今も空の下で~霧島医院の夜

 何時だったか。覚えていない。私が眠っていたのは確かだった。その眠りは、激しく扉をたたく音によって打ち破られる。
「霧島先生、お願いします、霧島先生ー」
 扉を開けるとそこには、子供を抱いた男の姿があった。
「涼子が…この子が、苦しんで、熱がすごいんです──」
 3、4歳くらいか。触ってみると、確かに高熱だった。
「…。」
 気づくと、傍らに国崎往人が立っていた。彼も起きてきてしまったようだ。
「…とりあえず、解熱剤だな。」
 誰に言うでもなく、そう口に出していた。だが、そう言いながら私は、心の中では別のことを考えていた。おそらく、ここで解熱剤を授与しても意味はないだろうと。解熱剤が効かないほどの症状かどうかはわからない。ただ、これだけの熱を下げるための解熱剤を一気に投与すると、却ってそれが子供の命を奪う結果にもなりかねない。小さな子供は、大人と同じように扱うわけには行かないのだ。かと言って、時間をおいて少しづつ投与していく余裕は無さそうだった。
「集中治療室でもあればよいのだが・もちろん、部屋だけ合っても駄目で、それを運用するスタッフが欠かせないのは言うまでもないのだが。何にしろ、ここにはそのどちらもない。
「…。」
 私の中で、一つの結論が出た。少女に幾量かの解熱剤を投与した後、私は電話機に向かった。
「──夜分恐れ入ります、私、霧島診療所のものなのですが──」
 電話の相手、それは、隣町の総合病院。あまりかけたくない相手ではあったが、人の命と個人の感情を輝にかけることなどできない。私は半ば頭を下げるように、患者の受け入れを頼み込んでいた。

 二人で、走り去る救急車を見送っていた。横に立つ国崎往人が、呟くように言う。
「…これで、よかったのか?」
 
「何がだ。」
 
「隣町の病院に送ったりして。」
 
「私の判断が間違いだと。」
 
「いや、間違ってるとは言わない。でも、あんたはどうなんだ。隣町の病院などに送らず、自分の手で治したかったんじゃないか?」
 
「馬鹿を言うな。つまらないプライドのために命を軽んじるような真似が、許されると思うのか。」
 
 国崎往人は黙ってしまう。少しきつく言ってしまったようだ。
「ま、とは言え。本心を言えば、余計な仕事をしなくて済んだと、清々しているところだ。」
「そうか。」
 
 彼はそれ以上、何も言わなかった。ただ、彼がその言葉に納得していないことは、私が診療所の中に入ろうとしても尚、外に居続けたことでわかった。
「入らないのか?」
「…ああ。」
 
「…国崎君。医者というのは、因果な職業なんだよ。周りにはどう見えているのか知らんが、やっている身として言わせて貰えば、これほど卑劣な職業は無い」
「…。」

 その言葉にも彼は、納得しなかったようだ。結果私は、待合室で座ることになる。住乃も起きてきてはいない。
 わずかな時間ではあったが、緊張に満たされた濃密な時間。それが終わった時、ずっとつながっていた意識にできる僅かばかりの隙間。そこから見えるのは、普段は覆い隠されている、過去の記憶の断片だった。
「…。」
 久々に垣間見るその記憶の映像に、私は次第に意識を委ねていった──。

 漆黒の闇の中、赤い光がまばらに見える風景。病院の窓から見える、都会の夜の光景。これが都心であれば外はもっと光に満ち、逆に田舎であれば、それは全くの色の無い世界になっているのだろう。生まれ育った町がそうだった、光も音もない、真なる夜の世界。人という種族の大半が眠りにつく世界。
「佳乃はもう、寝ただろうか…」
 遠く離れた故郷を思い、長く会っていない妹を案じる。
 そんな感傷的な気分を振り払わせる、断片的な光と連続した音。音は止まり、光は残る。窓から辛うじて見える救急用の入り口に担架が吸い込まれてゆく。
「──行くか。」
 当直医。それが今日の私の仕事だ。本来の営業時間否診療時間外であり、本来患者のいないこの時間、それでも今のような緊急の患者がやってくることがある。それに備えるために、私のような若い医者が交代で詰めているのだ。経験も専門知識も無い、ひよっこの医者が。
 無論、必ずしも適切な処置をしてもらえるとは限らないわけだ。
「だから夜中に倒れたりしてはいかんのだよ…」
 テーブルに脱ぎ捨てていた白衣を羽織りながら、誰に向かってでもなく吐き捨てる。そしてインターホンが鳴る。
「霧島さん、救急外来です。」
 その声と呼び方で、藤屋だとわかる。私と同じ年だが、現場の経験は私より5年ほど長い、看護婦。
「──子供の患者さんです。」
 その言葉に、思わず舌打ちをしたくなる。元々、救急外来というのは、事故でなければ子供か老人の発作と相場が決まっている。子供が来たからと言って、決して運が悪いというわけではない。とは言え、私が小児科の専門というわけではない事もまた事実。しかも子供の救急救命率というのは、極めて低いのだ。子供は大人とは違う。単なる小さな大人ではない。体のつくりも未発達、生命の危急に耐えられるだけの体力も精神力もないのだから。
「霧島さん?」
 藤屋の呼ぶ声。その声に、手短に答える。

「わかった、すぐ行く。」
 心の中のことはいっさい口には出さず、インターホンの受話器を置いた。
部屋を出る。弱く青白い光だけが、廊下を照らしていた。
「三人殺して一人前、か…」
 いつだったか聞いた言葉。医者という職業が背負う宿命のようなものだ。その言葉を岐きながら、私は救命室へと向かっていった。

 両親は、取り乱していた。症状や経過を訳いても要領を得ず、ただ助けてくれと懇願するばかり。
「(助けて欲しいのはこっちの方だよ…)」
 口には出さず、心の中でそう言い放っていた。
「なんとか、しますから…」
 そう言うのが精一杯だった。両親を藤屋に押しつけるようにして、処置室に戻っていった。
 患者は10歳の男児。息の音から察するに、小児職息の類か。ただ、これまで発症歴はない。両親は風邪だと思って、一週間ほど寝かせていたらしい。
 辛うじてわかっていることを頭の中で並べ立て、今必要な処置をたぐり寄せていく。医学部六年間を費やして学んだことも、今ここで取り出せなければ何の意味もない。そして、私の今知る、為し得る限りは全て行った。これで、良いはずなのだ。だが、頭の中から不安は離れない。
 そしてふと頭をよぎる事実、小児救急の救命率の低さ、その数字。多くの子供が、夜の病院で死んでゆく現実。逆に言えばそれは、今ここで私がこの子を助けられなくても、誰も私を非難したりしないということ。何故ならそれはあまりに日常的なことで、咎め立てする筋合いのものではないのだから。

 心が、振れてゆく。

 そのとき。私の耳に、かすかな声が聞こえた。
「くらい…こわい…たすけて…おかあさん…」
 それははっきりした言葉ですらない、絶え絶えの息の中で吐き出される言葉の断片に過ぎなかった。ただ、それを私が自分の中で勝手に解釈しただけだった。
 そして解釈は広がる。私の中で広がる、彼の今日までの一週間。風邪だということで、一人で寝かされていた夜。初めはすぐ治ると信じていた。でも、日が経つにつれ悪くなるばかり。体は悪くなっていく。そして、心は不安になってゆく。暗い部屋。たった一人。苦しい。助けて欲しい。誰も来ない。苦しい。一人。暗い部屋。言葉が、重なる。今遠い空の下にいる、彼女の言葉と。
 
 私は、そっと彼の手を取った。
「大丈夫だ…私が、助けてやる…」
 助けられる保証など、どこにもなかった。それはあまりにも安請け合い過ぎる言葉だった。それでも私は、再びこう言った。
「…助けてやる…」
 
 扉が開く。封筒を手にした藤屋がそこにいた。
「霧島さん。レントゲン写真、出来たわよ。」
 
「…わかった、行こう。」
 少年の状態は、先刻と何ら変わってはいなかった。私は彼を置いて、隣の部屋に移った。
 
 
 
 光にかざされたレントゲン写真、それを見ながら私は、これから自分が何をすべきかを、為し得る限り的確に判断していった。医療的なことも、精神的なことも、全部含めて。余計な迷い気の重みは既にどこかに行っていた。
「竹本先生は、呼んだら来てくれるかな。」
「…そこまで、手に負えない状況なの?」
「いや…ただこの子を死なせたくないだけさ」
 
 今は、彼を助けるために──。

「お姉ちゃん?」
 
 目を開けるとそこには、祀さ込む住乃の姿があった。外から入り込む光がはっきり見える。
「ああ、もう朝なのか。」
「お姉ちゃん全然起きないから、死んじゃったかと思ったよお」
「私がそんな簡単に死ぬか。」
「だろうな。あんたは放射線に当たっても死にそうにない。」
 佳乃の後ろから聞こえる、国崎往人の言葉。その言葉に反応して、私は懐に手を入れる。と、彼の手に一通の葉書があるのに気づいた。

「国崎君。なんだ、それは?」
「ああ、なんか今来た。あんた宛だ。」
 葉書を受け取り、差出人を確認する。あの、少年からだった。
「なんだ、ずいぶんご都合主義な展開じゃないか…」
 
「何がだ?」
 

「いや…こちらの話だ。」
 内容は自分の部屋で見ることにして、私は葉書をポケットにしまった。

「お姉ちゃん。…誰から?」
 佳乃が覗き込むようにして訳いてくる。
「そうだな…」
 
 私は、佳乃に葉書を奪われないよう防御しながら答えた。
「佳乃と、同じ男の子だよ…」
 

「…え?どういう意味?」
 きよとんとする佳乃。そして国崎往人。この二人を置いて、私は部屋へと戻っていった。

 久々に感じる、自分の中の感傷を感じながら。

----------
(2001年11月23日執筆:サークル:不玉山 寄稿作品)

サンマ

「あらーいサンマぁたやっちまったねぇ?」
ドアの向こうでハサミをかちかち鳴らしフェネックが急かしてくる。
「やめるのだフェネック…」
アライさんは怯えていた。怖い。ちょっとやらかしただけなのに。
「アライさーんトイレを占領したらだめだよー。早く出ないとこじ開けちゃうよー」
鍵穴にハサミが入る音。アライさんは恐怖で漏らしそうだった。

※Twitterに投下したサンマbot実験用SSを一部改稿

暫定告知_8月新刊

8月21日「コミックライブ名古屋」にて、新刊「リトルバスターズ!に見るリーダー論増補版」を発行致します。

表紙_色つき

裏表紙

また、こちら「とらのあな」通販にても取り扱いを委託しております。
http://www.toranoana.jp/bl/article/04/0030/42/45/040030424549.html?circle_new
7/20からスタートする「とらのあな電子書籍」にも対応しておりますので、併せて御検討下さい。

疲れておりますので、取り急ぎ

12/20おでかけライブ浜松お品書き

昨日今日また体調悪くて寝込んでたので行けるかどうか不安だったのですが、何とか行けそうな気がしてきたので告知。

12/20・「おでかけライブ浜松」(浜松駅前・アクトシティ浜松イベントホール)でのお品書きです。
(スペース番号は C-01 になります。)

page001

あと、お品書きにもちらっと書いてありますが、12/20は他に四日市・「恋するパレット」と広島「広島コミケ」にも委託参加しております。

今回の新刊は、ガタケでコピ本として頒布した「こぴかな時々あー」の増補版「こぴかな時々あー++」と、これまでにパブー等で頒布しているKey SS epub版をCD-Rにまとめた「荒野草途伸epub CD-R 2015年12月版」です。

特に、今回頒布する”epub CD-R”は、数量限定500円のお買い得品となっております。
{参考までに、同時収録されているS妹!ともりちゃん前編だけでも、通常価格(書籍版・パブーダウンロードとも)だと500円になります。}
収録内容は、
「S妹!ともりちゃん前編」(Charlotte)
「こぴかな時々あー++」(リトバス)
「リトバスSSepub化第1号」(リトバス)
「AIRSS epub版」[15周年記念版](AIR)
「くさふぇす0乗」(Key総合)
他、関連データとなります。

「12月版」は今回作成した分がなくなり次第頒布終了となりますので、この機会に是非お買い求めください。
(電子データですので、とらのあな通販への委託予定も無いです。)

あと、すぐ3日後になりますが、名古屋・金城ふ頭でも直接参加予定ですので、併せてよろしく御願い致します。

ぷらねたりあん・れびゅー(転記)

荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸Key系ページ >>ぷらねたりあん・れびゅー

ぷらねたりあん・れびゅー


 Planetarian発売からもうすぐ二ヶ月も経とうとしている今頃にレビューなんて時期はずしだとは思うのだが。何故か自分とこのメインPCにインストールができなくて、読むの自体が遅れてしまっていたのだ。



 まあそんなわけで、レビュー。



 触れ込み通り、SFである。SFというと最近はえらく幅が広く捉えられてしまっているようで、中にはAIRがSFだとか言い出す人までいる世の中だが。Planetarianはそういうのではなく、正当派のScience Fictionである。



 大まかな内容は、世界大戦後、核と細菌兵器によって汚染された世界で、旧文明の遺物を探し回ることを生業とする「屑屋」が、侵入した廃棄都市で、ロボットのプラネタリウム解説員「ゆめみ」と出会い、彼がそれまで見たことのない星空を見せられる・・・・というものである。

 悲愴的な世界観が示すように、重い内容を含んだストーリー展開である。



 SF、特に長編SFにおいてはテーマ性というのが非常に重要であり、それ故に時として内容が政治的な意味合いを帯びてしまうことすら少なくないものであるが。本作に於いても、そのテーマ性というものは十分に見ることが出来る。

 内容についての詳細な説明は省くが、ロボットと人間の関係、技術の発達と文明の行く末、そして星を見る・見せるということの意味。そういった比較的重いテーマに対して、作者涼元祐一氏なりの取り組みを込めていると言えるだろう。



 ただ一つ難を言えば、複数のテーマを一つの作品に詰め込んでしまっているためか、その訴えようとする事が見えにくいということが言える。

 特に主人公の「屑屋」の心理描写があまり多くないために、その行動に時として不可解なものを感じることもある。これは、ダウンロード販売故に容量に厳しい条件が付き、文章の内容として心理描写よりも情景描写を優先せざるを得なかったということもあるのだろう。とはいえ、それ故に読み手に書き手からのメッセージが伝わらないことがあれば、それは悲しいことである。



 また、細かいことであるが。ラストで「ゆめみ」が、バッテリー残量が殆ど無い状態で、ホログラム投影を行うシーンがあるのだが。ホログラム投影というのは大電力を消費するものであり、いつバッテリーが切れるかわからない状態でそんな行動を取るのは、ちょっと理不尽ではないかと感じた。

 SFだからといって必ずしも科学的考察が完璧である必要はないのだが。直前の戦闘シーンの描写が克明なだけに、違和感が大きく、残念だった。



 まあ、なんであるにせよ。決して悪い作品ではない。千円という価格も、ハードカバーの新刊を買うことを考えれば決して高いものではない。SFが好きな人になら、一読の価値はあるだろう。





 ところで、某葉鍵板で知ったのだが、“Planetarian”が、日本プラネタリウム協会のWebページで紹介されているようだ(ココ)。

 従来のゲーム作品とは一線を画すとは言え、Key作品が、学術関係者などにも知れ渡り、それが真っ当なWebページでの紹介を受けるようになる事自体、Keyというものが社会に受け入れられたことの一つの現れといえるのではないだろうか。






(blog1/21分より転載)



--------------