「あんちゃん、旅行者かね?」
 

道ばたで休を取っていると、隣に腰掛けていた婆が話しかけてきた。

往人「ああ、そうだな。」

 「学生かね?」

往人「いや、違うな。」

 「ほしたら、なんかね。」

往人「はぐれ人形遣い純情派。」

 「ああ、藤田まことやね。」

素で流されてしまった。

「で、藤田さんはここに何しに来たとね?」

往人「藤田じゃない。」

 「こんななんもないところにわざわざ。絵でも描きに来たかね?」

馴れ馴れしい婆さんだった。
暇なのだろうか、何かと話を振ってきた。俺にとってはどうでも良いことばかりだった。

「俺は、あんたの相手してるほど暇じゃないんだ。」

そう言ってやろうと思った矢先

「あんちゃん、おにぎり食うね?」

往人きゅぴーん!)

その一言で俺は、婆のトーキングフレンドとなった。
 
 
 
 

「あんちゃん、一人ね?」

必至になっておにぎりを喰らう俺に、婆さんは唐突に話しかけてきた。

往人「俺はずっと一人だ。一人で旅をしてきた。」

 「連れ合いは、おらんね?」

往人「連れ合い・・・」

頭の中が、一瞬検索モードになった。

往人「連れ合いと呼べるかどうかはわからんが・・・待っている人ならいる。」
 

行きずりの婆にこんな事を話す必要もないと思ったが、俺の口はそれを思う前に既に言葉を発していた。

「そうかね。あんまり待たせたらあかんよ。」

往人「・・・ああ。捜し物が見つかったら、すぐ戻るつもりだ。」

 「そうね。」
 

捜し物とは何だと問われるかと思ったが、婆は訊いてこなかった。

「手紙ぐらい、書いとるんか?」

往人「いや・・・・・」
 

そのようなもの、生まれてこの方書いたことがあるだろうか。

「ちゃんと書いた方がええで。あんた目つき悪いから、そのうち愛想尽かされるに。」

往人「会ってないんだから目つきは関係ないだろう・・・」

だが俺は、そのとき何故か、手紙の一つくらい書いてもいいかという気分になっていた。
 
 
 

だが

往人「紙も鉛筆もない。」
 

旅先からの手紙。そんなロマンチックな野望は、現実の壁を前に一瞬で砕け散った。

「それくらい、買い。」

往人「金がない。」

 「そんな金も持っとらんとね?」

往人「持ってない。」

 「はぁ〜」
 

婆は少し呆れたような表情になった。
そして

「来んね」

往人「は?」

 「ええから、来んね」

俺は婆に手を引かれ、連れさられてしまった。
 
 
 
 
 
 

「暑中見舞いの葉書、まだ残っとるから、それに書き。」

往人「・・・・・。」

俺は婆の家まで連行されてきていた。

「別に急がんでもええで。わしはせかすつもりはないけの。」

往人「いや、急ぐ気など毛頭ないが・・・」

いきなり葉書を目の前にして書けといわれても、何を書けばよいのかわからない。
長方形の紙の右下に、いかにも夏っぽい絵。

往人「暑中見舞い、か。」

 「あ、もう立秋とっくに過ぎとるから、暑中じゃ無しに残暑見舞いやね。」

婆が台所でなにやらごそごそやりながら、そう返してきた。

往人「ザンショ・・・」

一瞬、彼女のマダム語が頭に浮かんだ。

往人「残暑見舞いざんしょ。」

よし、冒頭はこれで決まりだ。
次は、何を書こうか。

「・・・なんね、これ。」
 

見上げると、婆が葉書を覗き込んでいた。

往人「ひ、人の手紙をのぞき見るんじゃない!」

 「誰がスポンサーだと思っとるか。」

往人「スポンサーなら何をしてもいいのか。」

 「いい。」

往人「・・・・・。」

反論できなかった。

「まあそれはいいとして。あんた、そんな書き方じゃ、手紙の相手に愛想尽かされるで。」

往人「・・・そうか?」

 「あんた、ろくに手紙書かないんやったね。わぁった。わしが手ほどきしたるで、あんたその通りに書き。」
 
 
 
 
 

手紙を書き終えた頃には、もう夕方だった。

「わしの言うとおりに書け言ったのに。」

往人「それじゃ俺の手紙にならないだろ。」

 「それもそうじゃな。あ、・・・今から出しても、集めるの明日やな。」

往人「かまわん。どうせ、急ぐ手紙じゃないんだ。」

 「そうね。・・・あなたそれ、住所書いとらんに。」

往人「住所?そんなものが必要なのか。」

 「あたりまえやろ。」
 

住所。そういえば、俺は彼女の住所を知らない。場所は分かるが、そこが何の何番地などということは、訊いた覚えがなかった。

往人「・・・・・。」

 「わからんね?」

往人「・・・・ああ。」

 「だいたいでもわからん?」

往人「大体なら、解らないこともない。」

 「だったらそれ書いときや。大体はそれで届くから。それと、差出人とこ、ここの住所書いとくとええ。もし届かんかったら、ここに戻ってくるから。」

往人「ここに戻ってきても意味無いだろう。」

 「わしが預かっとくきに、あんたまたここ戻ってきて確認したらええ。」

往人「・・・・またここに来るのか。」

 「そんな嫌そうな顔しなさんな。茶ぐらいだすけん。」

往人「・・・わかった。それじゃ、そういう事でよろしく頼む。」
 
 
 
 
 

翌朝。
俺は再び旅立った。
結局、あの婆の家に一晩厄介になってしまった。別れ際、婆は寂しそうに俺に手を振っていた。
バス停までの道すがら、ポストを見つけたので、葉書を投函しておいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

美凪「・・・暑中見舞い。こんな季節はずれに。」

美凪「しかも、住所がバス停・・・・」

美凪「・・・往人さん?」

美凪「・・・・・ぽ。」
 

母「何を照れてるの、この子は?」

美凪「・・・ううん、なんでも。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

拝啓、残暑お見舞い申し上げます。
遠野美凪におかれましては、健やかにお過ごしでありましょうか。
俺は今、とある口うるさい婆に命ぜられこの手紙を書いております。
でも大変良い人でしかも美人なのでご心配なきよう。
この街も、そろそろ色付き始める頃です。そちらもそんな季節でしょうか。
色付くというのは色気づくのとは違うらしいのでお間違いなきよう。
昨夜は星を見ました。星は何でも知っています。
でも捜し物はまだ見つかりません。しかし、必ず見つけだします。
そして、必ずあなたの元に帰ります。
その日まで、ごきげんよう。

国崎往人












残暑見舞








(2000年9月16日執筆)



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