Minax

「OSを作りました。名前はMinax」
「みちるPC持ってない」
「大丈夫、インストール対象は国崎さん」
「おい」
「記録媒体はお米ディア」
「それ大丈夫か?起動失敗したら」
「何度でもやり直し」
「千年再試行繰り返してきた一族の末裔だろ、とっとと食べろ」
今はまだ、windの中
 #HBDKey

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※2014/12/22Twitter投稿SS

今も空の下で~霧島医院の夜

 何時だったか。覚えていない。私が眠っていたのは確かだった。その眠りは、激しく扉をたたく音によって打ち破られる。
「霧島先生、お願いします、霧島先生ー」
 扉を開けるとそこには、子供を抱いた男の姿があった。
「涼子が…この子が、苦しんで、熱がすごいんです──」
 3、4歳くらいか。触ってみると、確かに高熱だった。
「…。」
 気づくと、傍らに国崎往人が立っていた。彼も起きてきてしまったようだ。
「…とりあえず、解熱剤だな。」
 誰に言うでもなく、そう口に出していた。だが、そう言いながら私は、心の中では別のことを考えていた。おそらく、ここで解熱剤を授与しても意味はないだろうと。解熱剤が効かないほどの症状かどうかはわからない。ただ、これだけの熱を下げるための解熱剤を一気に投与すると、却ってそれが子供の命を奪う結果にもなりかねない。小さな子供は、大人と同じように扱うわけには行かないのだ。かと言って、時間をおいて少しづつ投与していく余裕は無さそうだった。
「集中治療室でもあればよいのだが・もちろん、部屋だけ合っても駄目で、それを運用するスタッフが欠かせないのは言うまでもないのだが。何にしろ、ここにはそのどちらもない。
「…。」
 私の中で、一つの結論が出た。少女に幾量かの解熱剤を投与した後、私は電話機に向かった。
「──夜分恐れ入ります、私、霧島診療所のものなのですが──」
 電話の相手、それは、隣町の総合病院。あまりかけたくない相手ではあったが、人の命と個人の感情を輝にかけることなどできない。私は半ば頭を下げるように、患者の受け入れを頼み込んでいた。

 二人で、走り去る救急車を見送っていた。横に立つ国崎往人が、呟くように言う。
「…これで、よかったのか?」
 
「何がだ。」
 
「隣町の病院に送ったりして。」
 
「私の判断が間違いだと。」
 
「いや、間違ってるとは言わない。でも、あんたはどうなんだ。隣町の病院などに送らず、自分の手で治したかったんじゃないか?」
 
「馬鹿を言うな。つまらないプライドのために命を軽んじるような真似が、許されると思うのか。」
 
 国崎往人は黙ってしまう。少しきつく言ってしまったようだ。
「ま、とは言え。本心を言えば、余計な仕事をしなくて済んだと、清々しているところだ。」
「そうか。」
 
 彼はそれ以上、何も言わなかった。ただ、彼がその言葉に納得していないことは、私が診療所の中に入ろうとしても尚、外に居続けたことでわかった。
「入らないのか?」
「…ああ。」
 
「…国崎君。医者というのは、因果な職業なんだよ。周りにはどう見えているのか知らんが、やっている身として言わせて貰えば、これほど卑劣な職業は無い」
「…。」

 その言葉にも彼は、納得しなかったようだ。結果私は、待合室で座ることになる。住乃も起きてきてはいない。
 わずかな時間ではあったが、緊張に満たされた濃密な時間。それが終わった時、ずっとつながっていた意識にできる僅かばかりの隙間。そこから見えるのは、普段は覆い隠されている、過去の記憶の断片だった。
「…。」
 久々に垣間見るその記憶の映像に、私は次第に意識を委ねていった──。

 漆黒の闇の中、赤い光がまばらに見える風景。病院の窓から見える、都会の夜の光景。これが都心であれば外はもっと光に満ち、逆に田舎であれば、それは全くの色の無い世界になっているのだろう。生まれ育った町がそうだった、光も音もない、真なる夜の世界。人という種族の大半が眠りにつく世界。
「佳乃はもう、寝ただろうか…」
 遠く離れた故郷を思い、長く会っていない妹を案じる。
 そんな感傷的な気分を振り払わせる、断片的な光と連続した音。音は止まり、光は残る。窓から辛うじて見える救急用の入り口に担架が吸い込まれてゆく。
「──行くか。」
 当直医。それが今日の私の仕事だ。本来の営業時間否診療時間外であり、本来患者のいないこの時間、それでも今のような緊急の患者がやってくることがある。それに備えるために、私のような若い医者が交代で詰めているのだ。経験も専門知識も無い、ひよっこの医者が。
 無論、必ずしも適切な処置をしてもらえるとは限らないわけだ。
「だから夜中に倒れたりしてはいかんのだよ…」
 テーブルに脱ぎ捨てていた白衣を羽織りながら、誰に向かってでもなく吐き捨てる。そしてインターホンが鳴る。
「霧島さん、救急外来です。」
 その声と呼び方で、藤屋だとわかる。私と同じ年だが、現場の経験は私より5年ほど長い、看護婦。
「──子供の患者さんです。」
 その言葉に、思わず舌打ちをしたくなる。元々、救急外来というのは、事故でなければ子供か老人の発作と相場が決まっている。子供が来たからと言って、決して運が悪いというわけではない。とは言え、私が小児科の専門というわけではない事もまた事実。しかも子供の救急救命率というのは、極めて低いのだ。子供は大人とは違う。単なる小さな大人ではない。体のつくりも未発達、生命の危急に耐えられるだけの体力も精神力もないのだから。
「霧島さん?」
 藤屋の呼ぶ声。その声に、手短に答える。

「わかった、すぐ行く。」
 心の中のことはいっさい口には出さず、インターホンの受話器を置いた。
部屋を出る。弱く青白い光だけが、廊下を照らしていた。
「三人殺して一人前、か…」
 いつだったか聞いた言葉。医者という職業が背負う宿命のようなものだ。その言葉を岐きながら、私は救命室へと向かっていった。

 両親は、取り乱していた。症状や経過を訳いても要領を得ず、ただ助けてくれと懇願するばかり。
「(助けて欲しいのはこっちの方だよ…)」
 口には出さず、心の中でそう言い放っていた。
「なんとか、しますから…」
 そう言うのが精一杯だった。両親を藤屋に押しつけるようにして、処置室に戻っていった。
 患者は10歳の男児。息の音から察するに、小児職息の類か。ただ、これまで発症歴はない。両親は風邪だと思って、一週間ほど寝かせていたらしい。
 辛うじてわかっていることを頭の中で並べ立て、今必要な処置をたぐり寄せていく。医学部六年間を費やして学んだことも、今ここで取り出せなければ何の意味もない。そして、私の今知る、為し得る限りは全て行った。これで、良いはずなのだ。だが、頭の中から不安は離れない。
 そしてふと頭をよぎる事実、小児救急の救命率の低さ、その数字。多くの子供が、夜の病院で死んでゆく現実。逆に言えばそれは、今ここで私がこの子を助けられなくても、誰も私を非難したりしないということ。何故ならそれはあまりに日常的なことで、咎め立てする筋合いのものではないのだから。

 心が、振れてゆく。

 そのとき。私の耳に、かすかな声が聞こえた。
「くらい…こわい…たすけて…おかあさん…」
 それははっきりした言葉ですらない、絶え絶えの息の中で吐き出される言葉の断片に過ぎなかった。ただ、それを私が自分の中で勝手に解釈しただけだった。
 そして解釈は広がる。私の中で広がる、彼の今日までの一週間。風邪だということで、一人で寝かされていた夜。初めはすぐ治ると信じていた。でも、日が経つにつれ悪くなるばかり。体は悪くなっていく。そして、心は不安になってゆく。暗い部屋。たった一人。苦しい。助けて欲しい。誰も来ない。苦しい。一人。暗い部屋。言葉が、重なる。今遠い空の下にいる、彼女の言葉と。
 
 私は、そっと彼の手を取った。
「大丈夫だ…私が、助けてやる…」
 助けられる保証など、どこにもなかった。それはあまりにも安請け合い過ぎる言葉だった。それでも私は、再びこう言った。
「…助けてやる…」
 
 扉が開く。封筒を手にした藤屋がそこにいた。
「霧島さん。レントゲン写真、出来たわよ。」
 
「…わかった、行こう。」
 少年の状態は、先刻と何ら変わってはいなかった。私は彼を置いて、隣の部屋に移った。
 
 
 
 光にかざされたレントゲン写真、それを見ながら私は、これから自分が何をすべきかを、為し得る限り的確に判断していった。医療的なことも、精神的なことも、全部含めて。余計な迷い気の重みは既にどこかに行っていた。
「竹本先生は、呼んだら来てくれるかな。」
「…そこまで、手に負えない状況なの?」
「いや…ただこの子を死なせたくないだけさ」
 
 今は、彼を助けるために──。

「お姉ちゃん?」
 
 目を開けるとそこには、祀さ込む住乃の姿があった。外から入り込む光がはっきり見える。
「ああ、もう朝なのか。」
「お姉ちゃん全然起きないから、死んじゃったかと思ったよお」
「私がそんな簡単に死ぬか。」
「だろうな。あんたは放射線に当たっても死にそうにない。」
 佳乃の後ろから聞こえる、国崎往人の言葉。その言葉に反応して、私は懐に手を入れる。と、彼の手に一通の葉書があるのに気づいた。

「国崎君。なんだ、それは?」
「ああ、なんか今来た。あんた宛だ。」
 葉書を受け取り、差出人を確認する。あの、少年からだった。
「なんだ、ずいぶんご都合主義な展開じゃないか…」
 
「何がだ?」
 

「いや…こちらの話だ。」
 内容は自分の部屋で見ることにして、私は葉書をポケットにしまった。

「お姉ちゃん。…誰から?」
 佳乃が覗き込むようにして訳いてくる。
「そうだな…」
 
 私は、佳乃に葉書を奪われないよう防御しながら答えた。
「佳乃と、同じ男の子だよ…」
 

「…え?どういう意味?」
 きよとんとする佳乃。そして国崎往人。この二人を置いて、私は部屋へと戻っていった。

 久々に感じる、自分の中の感傷を感じながら。

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(2001年11月23日執筆:サークル:不玉山 寄稿作品)

もしもAIRの遠野美凪が「分身」をテーマにSSを書いたら(仮題)

「…ところで、SSって何ですか?」
「そっから始まるのかーーーーーー!!!!!」

『もしもAIRの遠野美凪が「分身」をテーマにSSを書いたら』

「本来地の文で説明すべき部分だろうが、敢えてこの国崎往人が口頭で説明しよう。みちるがタイトル大書したでかい看板持たされて、泣き顔になっている」
「うっうっうっ…。何でみちるがこんな目に…」
「…それは。ちゃんと読者に見せないと、タイトルわからないでしょう?」
「いや、だからって看板にタイトル書いて持ってるとかあんま聞かないし。て言うかこれ文章だから看板に書いたって読者にはわかんないし。そもそも本文とは別にタイトル枠用意されてるし」
「…まあ。ご不満?」
「不満だーーー!!!」
「…まあ。折角、『AIRのカンバン娘』の称号をみちるにあげようと思ったのに」
「いや、みちるそんなポジションじゃないことは承知してるから。中の人はKeyの看板声優かもしれないけど」
「リトバスで止まったけどな」
「…ちなみに、カンバンってトヨタのカンバン方式のカンバンですから」
「このでかい看板とどういう関係があるんだーーー!!!」
「…日本が世界に誇る生産管理手法ですよ?」
「俺達は一体何を生産していると言うんだ」
「だいたい看板にタイトル書くのとは関係ないし。それに、在庫を持たないリスクという欠点がこの3ヶ月あまりで露呈したわけだし。やっぱりカンバンってちょっと…」
「…そろそろ、テーマに沿った話をしましょうか」
「ごまかしたー!」

「で。『分身』でどう話を進める気だ。俺の中の人が緑川と杉田で別れている件か」
「おお。そう言われてみればそんな事もあったな。」
「…その線も考えましたけど。けど、国崎さん役を杉田智和にしてしまうと、私の中の人も桑島法子にされてしまいそうなので」
「なんでそうなる? アニメで普通にお前の役、柚木涼香だっただろう」
「…あの頃の杉田智和は、まだ駆け出しで今みたいな売れっ子ではありませんでしたから」
「でも今は違うってか? で、何で桑島法子なんだ。お前坂上智代と全然キャラかぶってないぞ」
「…だって。国崎さん役が杉田智和なら、国崎さんが大好きな私の役は当然杉田智和が大好きな桑島法子にしろって要求されるに決まってるじゃないですか」
「お前は一体何を言っているんだ」
「…東京エンカウント、見てませんか?」
「金のない俺がAT-Xなんか契約できるわけないだろう。というか杉田桑島の関係以前に、その前の前提条件がおかしい」
「契約してないくせに東京エンカウントがAT-Xの番組だって事は知ってるのか」
「…そこはそれ、分身を使った特殊な視聴方法というものではありませんか?」
「おい、人を勝手に犯罪者扱いするな」
「…勝手に…。という事は、許可を取れば問題無いんですね」
「許可しねーよ。何でお前はいつもそう…」

「ところで、なんで国崎往人の役は2人に別れたんだ?」
「んー、まあ詳しい経緯はわからんが、いわゆる大人の事情という奴だろう」
「そっかー。じゃあ、大人じゃないみちるにはわからないな」
「いや、初回版発売から起算したら、お前もとっくに大人だろう」
「みちるって大人になるの?」
「…あ~、いや、どうなんだろうな。最後に出てきた方のみちるなら、大人になるんじゃないか?」
「あ゛ー、あのみちるのパチモンね。全く、お父さんもとんだ好き者だよねー。ただでさえ、みちると美凪のお母さんもかなりのロリ系だったって言うのに、別れてまた若い女と再婚して子供こさえるとかさー」
「いや、再婚相手が若い女とかいう描写、どこにも出てきてないから。勝手に脳内補完するなよ」
「…そうです、あまりお父さんの悪口を言わないで下さい」

何でで美凪とみちるなの? いや姉妹は分身みたいなもの、って言いたいのはわかるんだけど。」
「ええ。確かに、姉妹といっても分身という意味ではただの姉妹よりは双子の方がよりインパクトが強いですし、Key作品なら藤林姉妹や二木・三枝姉妹という選択肢もありましたね。」

中央新幹線と東海道新幹線
首都分散

二次創作は分身?

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※30回ぷちSSこんぺ投稿未遂作品?

佳奈多をめぐる冒険~奈多編~

二木島駅は三重県にある。佳景山駅は宮城県にある。では、奈多駅はどこにあるのか。答えは福岡県である。海の中道線(正式名称は香椎線)にある。

筆者は、実は3年ほど福岡に住んでいた事がある。鍵を知って間もなく就職して、研修も何も無しに速攻で飛ばされた挙げ句潰されて現在の障害を負う身になった、因縁の地である。
それぐらい職場に拘束されている日々だったので正直ろくな思い出が無い。海の中道線も1回だけ乗った事があるのだが、こんな駅があるというのは、実は知らなかった。昨年の統一地方選の際に奈多駅の事が話題に出ていて、「あ、こんな駅あったのか…」と思ったのが、正直なところである。

しかし、知ってしまったからには行きたくなるのが、佳奈多派のさがである。佳奈多が好きな人間は中身はるちんだからである。異論は認めない。

元々は、9/18の大阪コミトレが終わった後、そのまま大阪南港から弾丸フェリーで北九州に上陸して、奈多駅まで行く、という計画をたてていた。正直体力的にかなりキツいが、金銭的には一番安上がりだった。

しかしその後、政府の熊本震災復興政策である「九州復興割クーポン」が頒布開始になった為、こちらを利用する方が少なくとも体力的には楽では無いかと、頒布元の旅行サイトのサイトを見てみた。熊本と大分以外は見事に頒布終了になっていたが、大分は航空券付きなら残りあり、熊本に至っては全て残っている有様であった。本末転倒である。

調べたところ、9/25にコミックライブ系の即売会が大分で実施される事がわかり、また大分には大学の同級生夫婦が住んでおり、なにより大分市には「高城駅」という駅もあるので、あんまり佳奈多とは関係ないが、大分経由で奈多駅を目指す事にした。
予約を取る段階で、帰りは大分空港で無くてもよい事がわかったので、どうせ一旦福岡まで出る事だし、熊本のクーポンも余りまくってる状態だったので、最終日だけ熊本に泊まる事にした。

出発は9/24(土)。19時過ぎに大分空港着。大分空港は、国東半島(くにさきはんとう)にある。国崎最高とは関係ない。たぶん。
バスの中で地図を見ていて気づいたのだが、国東半島の南側にも「奈多海岸」というのがあった。そもそも、「奈多」とはどういう意味なのか。佳奈多によると「実りおおからんことを」という意味らしいが、福岡の奈多も海岸である事を考えると、実りというのは海産物の事かもしれない。奈良は内陸だが。
ヘギョー。

今回は特にバス遅延とか航空機の遅延とか無かったのだが、そもそもの出発予定時刻が18時だった為、大分駅に着いたときには既に20時過ぎだった。
別に金曜日は午前中の通院以外これと言った用があったわけでもなかったのだから、金曜日着にして土曜日1日フリーにしておけば、大分観光も出来たのだが。そこまで頭が回らなかった。

そういうわけで、あまり日程に余裕が無かったので、高城駅は「おでかけライブ大分」当日の朝に寄ってきて、その足で会場に向かう事にした。

その日はRewrite最終回を見て、そのまま寝る。正直よく意味がわからなかった。
Rewriteはガチ勢に任せると元々決めているので、別に構わない。翌日のイベントでなにがしかRewrite本でも出せば、Charlotteに続いて「放送終了後第1号!」と銘打つ事も出来たのだが、別にそこまでするつもりも無かった。いや、余裕があったらやったかもしれんが、そこまでの余裕が無かった。

翌日、9月25日(日)。
8時45分、高城駅着。
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何度でも言うが、ここは高城である。左下の国道標識をよく見るように。
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これで大分訪問の目的の半分は達した。クソ眼鏡に人権を。

おでかけライブ大分についての報告は、別文書で上げているのでそちらも参照されたし。本・グッズともCharlotteが大変好評だった事は特記しておこう。次に大分に行く事があったら、高城本を出したいものである。
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正直、大分には鍵っ子はあまりいないものと思い込んでいたが、決してそんな事は無かった。そもそもよく考えたら、みらくる☆みきぽんの出身地は大分県である。いないはずが無い。

大分と言えば、温泉とから揚げである。会場が温泉健康センターの併設だったので、そこに寄ってくれば良かったのだが、なんか頭が疲れていたのかそのまま大分駅まで行ってしまった。
せめてから揚げでも食おうとネットで検索してみたが、どうにも近所の店が見つからない。
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仕方ないので大分駅まで戻ったら、普通に駅構内にあった。
5個入りを買ってきたが、この日は朝から何も食べていなかったので、10個入りでも良かったかもしれない。
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初ちゃん感涙。

独り身ですが。

同級生夫婦は余計な事に巻き込まれるのを恐れたのか会ってくれなかったので、大分でのミッションはこれにて終了。翌日は、朝8時の特急で博多に向かう事にした。

11時前に博多駅に到着。九州新幹線の関係で改修工事をした為か、昔となんか違う。正直、わかりづらくなった。
折角福岡市まで来たので、Rewriteの聖地「ガイア本部」を見てくる。
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正式名称は「アクロス福岡」。なんか、クラシックコンサート用の施設らしい。我々オタ種族など立ち入る事も許されないであろうガチで神聖な場所である。
場所は、天神の少し東、那珂川を渡ると中洲川端になる場所にある。隣には、ベスト電器(九州地区最大の家電量販店)の本店がある。

Twitterでも書いたが、福岡在住時代は割としょっちゅうベスト電器本店に来ていたので、アクロス福岡も実は何回か見ている。Rewrite初プレイ時に、「何かこの場所見覚えあるなあ…」と思ったのだが、周りの鍵っ子に聞いても誰も答えが返ってこず、何となく沖縄の役所にありがちな建物に見えたのでHT君に訊いてみたら「これ福岡にあったコンサート会場だろ」という意外な返答が返ってきたので、にわかに信じがたかったのだが、確かに福岡にある建物だった。

天気がよかったのでこのまま公園でずっと休憩していた気分だったが、本来の目的をまだ果たしていなかったので、中洲川端駅から地下鉄に乗って、貝塚に向かった。
貝塚で西鉄貝塚線に乗り換え、和白へ。途中に「千早」という駅があったが、私は咲夜ではないので、今回はスルー。
和白で海の中道線に乗り換え、1駅で奈多駅である。
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知らないおばちゃんが駅入り口から動こうとしないので、駅の全景は撮れなかった。しかもこのおばちゃん、自分と同じ電車に乗って降りてきたのに、駅入り口に突っ立ってただけで、迎えを待っていたわけでもなく何故か自分同じ電車に乗って戻っていった。駅写真を撮るわけでもなく、ただ自分が写真撮るの妨害しただけで奈多駅を去って行ったこのおばちゃん、何者なのか。

何はともあれ、これで「二木島」「佳景山」「奈多」3駅コンプリートである。
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この後は、九州新幹線で熊本に移動したのだが、鍵関連はもう特にない
と思いきや、駅売店で買ったおにぎりが、吉野だった。
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熊本は、前述のように鍵絡みの事が特に何も無かったので、特筆すべき事は無い。

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豊肥本線は読みが「ほうひ」だから童貞なので友利が乙坂をとか考えたがどうやら疲れていたようなので、このあとむちゃくちゃ馬すじラーメン食べた。
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もう一度繰り返しておこう。
「二木島」「佳景山」「奈多」、略して二木佳奈多3駅コンプリートである。
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お金があれば、「1日で3駅全部周る」とか「二木島~佳景山経由~奈多」の切符を買う、とかやりたいが、さすがにそんなカネは無い。
誰かカネのある奴がやってくれ。

佳奈多をめぐる冒険~二木島編~

麻枝准は、急行が好きである。CLANNADで岡崎朋也と汐が乗っていたのも、Charlotteで友利奈緒と乙坂有宇が乗っていたのも、急行である。麻枝准は何故急行が好きなのか。その謎を解明する為、我々は三重県に飛んだ。
三重県は紀伊半島東岸を占める南北に長い県であり、県中央部の伊勢市は麻枝准の出身地である。三重県内の鉄道交通網は近鉄が主流であり、かつては国鉄の駅長が名古屋出張で近鉄を使っていた事が新聞記事になって問題になった事もあるほどである。それほどまでに三重県は近鉄が強い。岐阜県内の近鉄養老線が養老鉄道として分社化された今、東部近鉄沿線は全て三重県であるといっても過言では無いほどである。つまり、近鉄が乗り入れている名古屋駅は三重県になるのである。浜松は名古屋駅でうなぎパイを売りたかったらまず三重県の赤福に勝たなければならない。麻枝と涼元の確執も、元を辿ればここに根源的な理由があるのである。
 そして、近鉄は急行が速い。名阪特急が新幹線より安上がりな事は名古屋民には割と常識だが、急行でも十分日帰り往復できる事は、あまり知られていない。かくいう筆者も、妹に教えられるまで知らなかった。近鉄名古屋から伊勢中川で大阪上本町行きの急行に乗り換えれば、3時間ほどで大阪まで行ける。高速バスと変わらない。
 麻枝の急行好きの根源もここにあるのではないか。我々調査班はそう考えた。

 だが、そういう話は今回はどうでもいい。佳奈多は城桐キャラであって、麻枝キャラでも涼元キャラでも無いからだ。そして、佳奈多の姓である二木を関する駅「二木島駅」は、JR東海の紀勢本線にある。南部の熊野市、「東紀州」にあたる場所になり、近鉄では行けない。

私が二木島駅に行ったのは、実は1年以上前の夏である。なので、実は当時の記憶があまり正確では無い。しかも、普段なら重要事項があればポメラでメモを取るところを、名古屋駅から亀山駅で乗り換えるときに電車の中にポメラを忘れてしまった為、メモを取る事も出来なかった。
青春18きっぷを使って普通列車だけで行った為(※快速みえを使うと伊勢鉄道を通る為別料金を取られる)、とにかく時間がかかった事だけは覚えている。
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隣の駅が「かた」(賀田)ということも、来てみて初めて知った。
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駅前はすぐ二木島湾という内湾なのだが、駅近くにある案内板によると、この湾を境にして紀伊国と志摩国に分かれていたらしい。
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…自分が習った歴史では、志摩国というのは現在の鳥羽市の一部と志摩市の辺りのみだった気がするし、そもそもここより少し北に紀北町とか大紀町という明らかに紀伊国の一部だった場所がある。そもそも、かの有名な大岡越前が徳川吉宗に登用されるきっかけとなった事件は、宇治山田奉行を務めていた際に管轄内の伊勢国と紀伊国の農民同士の争いを公平に扱った事例があった為であり、つまり宇治山田(現在の伊勢市)のすぐ近くまで紀伊国になっていたはずなのである。
それなのに、50Kmも南の二木島湾が志摩国とはどういうことなのか。

志摩国というのは「しまのくに」と読み、察するところ元の意味は「島の国」である。つまり、伊勢神宮近辺の島嶼部を管轄するのが志摩国であったと考えられる。(三河国渥美半島の目と鼻の先にある神島が志摩国であった事がその典型例と言える。)東紀州はリアス式海岸で半島が多く、昔は陸続きとは言え道など無く船で行き来していた(※今でもそういう地区があるらしい)ので実質島みたいなものだった。伊勢神宮付近の”島”なので、そういう場所は島の国に組み入れられた。
そういう話なのかもしれない。あくまで憶測である。裏を取る時間と気力はなかった。
佳奈多は一応巫女設定なので、まあこの程度の憶測は許されるだろう。

ついでに言うと、CLANNADの志麻賀津紀は志摩国(しま)~勝浦(かつ)~紀州(き)から来ている事は、想像に難くない。何故なら麻枝は三重県伊勢市出身であるから。国崎集落とか、倉田山公園とか、偶然にしては出来過ぎだろう。

そんなわけで、この後は勝浦まで寄ってこようかと思ったが、新宮まで行ったところで特急に乗らないとその日のうちに家に帰れない事がわかったので、あきらめて新宮で折り返す事にした。
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ちなみに新宮駅前からは、現時点での日本最長の路線バスである奈良交通の八木駅行きのバスが出ている。奈良交通だが、久弥は関係ない。はず。
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当然のことながら乗ってる時間はないので、このまま折り返した。

ちなみに亀山駅で忘れたポメラだが、この後疲れて電車の中で寝入ってしまって寝ぼけていた事もあって、たぶん多気駅だと思うのだが(そこすら明確な記憶が無い)
「名古屋からの電車のポメラを忘れたんですけど」
「…ここに名古屋からの電車は来ませんけど」
という意味不明なやりとりを駅員としていた事だけ覚えている。(その後名古屋駅の忘れ物センターまで行って問い合わせたら結局亀山駅にあって、後日取りに行く羽目になった。)

この後、佳景山駅・奈多駅に行く事になるのだが、それには1年もの間をおく事になる。

佳景山編に続く

国崎をめぐる冒険  (転載)

ダラダラ執筆を先延ばしにしてたんだけど、観鈴の誕生日だって言うから頑張ってユンケル飲んで書き上げることにした。間に合うか?

その地名を見つけたのは、もう2~3年くらい前の話だったか。請負のライティングの仕事の関係でGoogle マップで三重県の地名を調べていたら、三重県鳥羽市に「国崎町」という地名があるのを見つけた。
読みは「くざきちょう」で、「くにさきさいこう」では無かった。鳥羽市は伊勢市のすぐ南でこの辺りには倉田山だの松下だのそういう地名がごろごろあったのだが、その時点では無視した。別に守秘義務では無かったが、無視した。

その後数年経って、というか今年の頭くらいに、そういえばあの国崎集落ってどの辺だったかなとふと思い出して、もう一度Googleマップで検索してみた。
こんなものを見つけてしまった。

https://goo.gl/maps/II6lw

そうだ、仰るとおりだ。これは美鈴であって、観鈴では無い。神尾観鈴とは何の関係も無い。潮騒で有名な神島が愛知県渥美半島の目の前にあるにも関わらず三重県鳥羽市の所属になっているとは言っても、神尾観鈴とは何の関係も無い。たとえその住所地が、国崎町であってもだ。

数週間後。私は鳥羽行きのJR東海「快速みえ」に乗っていた。国崎町に行く為に。

JS7613
JR東海鳥羽駅。
ちなみに、今回はJR東海の週末フリー切符を使ったので、JRを使ったが、名古屋駅からの本数だけなら近鉄の方が圧倒的に多い。国鉄時代には、参宮線の駅長が名古屋に出張に行くのに近鉄を使っていた、なんて話もあったほどだ。今はそれほどでも無い。

KIMG0051_1
駅前の案内板。ちゃんと「国崎」の地名の記載がある。
鳥羽市のコミュニティバスを使えば、若干遠回りにはなるが行けるようだ。折角の国崎だ、やはりバスで行くのが王道だろう。

道路を渡ったところにある三重交通のバスセンターまで行って、時間と料金を確認。時間にかなり余裕があったので窓口で切符を買おうとしたら、「往復ですか?」と訊かれる。当日中に往復するなら、フリー切符を買った方が安いらしい。折角なのでそっちにする。
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折角周遊券を買ったので、国崎より先の鳥羽展望台までいったん行って、そこから国崎まで折り返してみることにした。が、曇っていた所為もあってか、眺望はあまりよろしくなかった。

12時過ぎに国崎バス停に到着。
JS8D6E
鍵っ子よ、これが国崎バス停だ。

この写真の背景からも少しわかるように、漁村である。
が、AIRの舞台とは、…残念ながらかなりイメージが違う。
JS402E

気を取り直して、第2目的地の喫茶美鈴に向かってみる。

正直、タブレットでマップ見ながらでも、ちょっと迷った。そういう場所にある。
JS972A
しかも閉まっていた。
只の休業日というわけでは無く、もしかしたらもう営業はしていないのかもしれない。

とりあえず行くべき所は行ったので、海岸辺りをフラフラしてみる。なんか、それっぽい服を着てそれっぽい鞄を持ったそれっぽい年齢のそれっぽい男性が、前方を歩いていた。
案外知る人ぞ知る場所になってるのかもしれない。いやだって、Googleマップに表記されてるくらいだものね、そもそも。

よくみると、電柱のそこら中に「国崎町」という地名表記がある。
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落書きは気にしない。

思わず「国崎最高ゥ!」と叫びたくなるが、人形も持ってないし、その辺に学校も無い。
ただ、学校跡ならあった。
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…えーと。この建物、何か以前にネットの写真で見た覚えがあるんだけど。「AIRに出てくる建物に似てない?」という話で。私は特に似てるとは思わなかったのだけど。

まあ、いい。

一応海岸と堤防の写真も撮っておいた。
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はい、こんなようなのならどこにでもありますね。終了終了。カラスすらいやしねえ。

次のバスが2時間後だったので、結構待たされた。「乗らないのかい?」どころの話では無い。とっととバスに乗って戻りたい。

次のバスは国崎折り返しだったので、定刻よりだいぶ前にバス停に着いた。中に中学生が一人乗っていた。私が乗り込んでも降りようとしなかった。運転手が言った。
「降りないのかい?」

そっちかよッッッ!!!

鳥羽駅まで戻って、一応観光みやげコーナーではんぺんとか鮫ジャーキーとか見て回っていたのだが、何かもうぐったりしてきたので、予定より早くその次の快速みえで帰ることにした。
車内空いてたし、ポメラである程度文章打ってその日のうちにBLOGにアップすることも可能だったはずなのだが、何かもういつの間にか気絶していてそれどころでは無かった。

そして2ヶ月の月日が過ぎた。
今頃のアップである。
まあ、観鈴の誕生日には間に合ったから、結果オーライとしよう。現時点で20:10。よし、多分間に合う。

後書きとして。
三重県の伊勢市近辺だとか、名古屋市昭和区の辺りだとか、その辺の麻枝と縁のある土地の地名見てると、結構「んん?」という地名見つかるから。まあ、これは以前も書いたことなんだけどね。
 来年のサミット開催地に決まった「伊勢志摩」にしたってさ。志麻賀津紀と無関係だと思うか?