竹刀乱舞~宮沢謙吾オンリーーイベント~


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竹刀乱舞~宮沢謙吾オンリーーイベント~

 

 

「ねえねえ二木さん」

「素敵なイベントがあるの」

 佳奈多さんが声に応じて顔を上げると、そこには西園さんと古式さんが立っていました。二人とも両手で何かのチラシを持っています。佳奈多さんが沈黙したままだったので、西園さんがチラシを佳奈多さんに手渡しました。そこにはこんなことが書いてありました。

 

竹刀乱舞~宮沢謙吾オンリーイベント 1~

日曜日、体育館にて開催

 

 佳奈多さんはざっと目を通して、すぐに顔を上げました。

「うん、これ知ってる」

「えっ。二木さんが、何故?」

「体育館の使用許可申請一覧。私まだ運動部会の関係者という事になってるから、一応資料だけは回ってくるの」

「そうでしたか」

「宮沢謙吾同人イベント? だったかしら? よくもまあ、そんな下らないことを思いつくものね」

「でも二木さんはそれを止めなかった、と」

「資料は回ってきても、口出しする権限まではもう無いの。それに仮にあったとしても」

 そこで何故か二木さん、軽くため息をつきます。

「どうせ棗恭介が手を回しているんでしょう? 止めようが無いじゃない」

「二木さんも随分とあきらめが良く…いえ、人として丸くなりましたね」

「昔だったらどんな手を使ってでもこういうのは潰そうとしたのに」

「別に、いつもそこまで厳しくした覚えは無いわよ」

「そうでしたね。三枝さんや恭介さんが絡んだときだけムキになっていた節もありましたね」

 二木さん、むっとしたように黙ってしまいます。

「まあまあ、今は柔軟になったのだからそれでいいじゃないですか。それで、二木さん。二木さんは宮沢さんとは交友関係もある方ですし、折角ですから是非このイベントに参加して頂きたく」

「えっ。サークル参加?」

 佳奈多さんのその言葉に、一瞬二人が沈黙します。

「えっと…二木さん、何故その言葉をご存じなのですか?」

「…いえ、用語は以前私がみっちり教え込みました」

「そうだったのですか。そんなことが。そうでしたか」

「はい。それで二木さん、サークル参加をご希望ですか?」

「ち、違うのよ。勘違い。サークル参加を打診されたのかと勘違いをしてしまっただけ。私自身が例えそれが社交辞令だとしてもそれを希望しているわけでは無いし、ましてや心の底から望んでいることなど決してありえ無いわ」

「二木さん、動揺しすぎてキャラが崩壊しかかってますよ」

「安心して下さい、二木さんには警備責任者としてスタッフに入って貰いたいだけです」

「あら、そうなの。そうね、確かにそれなら私には経験があるし、声をかけられるのも納得だわ」

「二木さん、もうイベントスタッフの経験が…。駆け出しの私にはまぶしすぎます」

「そうじゃないわ。風紀委員長として警備責任者の経験がある、という意味よ」

「あっ。そうでしたか、それは失礼しました」

「そうですよ。二木さんはまだ、一般参加ですら妹に嘘をついて出掛けるレベルの初心者ですよ」

「初心者なのですか」

「そうです。家族に堂々と言えるようになってやっと素人卒業、家族をも巻き込むレベルになってようやく一人前です」

「そうでしたか。確かに弓道をやっているときも、家族の協力無しでは熟達者の道を目指すのは困難でした。同人の道も決して平坦では無いのですね」

「道って…」

「二木さんも剣道をやってらした方なら、道の心得くらいはおありでしょう」

「同人に道があるという話は今初めて聞いたわ…」

「戦車にすら道がある時代ですよ」

「むしろ戦車の必要の無い道が世界に広まって欲しいものだわ」

「それは政治家に言って下さい」

「それで二木さん、警備責任者の方は」

「引き受けるわよ。あなた達、というより葉留佳と棗恭介を放置しておくわけにはいかないもの」

「今回はむしろ、その他の一般参加者の暴走を事前に食い止めて貰うのが目的なのですが…。まあ、いいでしょう。二木さんなら私如きがいちいち口を出さずとも、臨機応変な対応を取って下さるでしょうから」

「随分と厚い信頼を頂いて、光栄の限りだわ。で」

 二木さんは再びチラシに目を落としながら、続けました。

「スタッフは先に会場に入れるのよね」

「…念のためお訊きしますが、何が目的ですか?」

 二木さんは答えませんでした。

 

 

 

 

 

 そしてイベント当日。体育館の周りには、一般生徒の行列と、一部のいそいそと荷物を運び込む生徒の姿がありました。

「…行列は女子が多いようね」

「謙吾のイベントだし、やっぱり女子が中心になるんじゃ無いかな」

 警備担当の佳奈多さんと直枝さんが、見回りをしながら話しています。

「ところで、どうしてあなたが私と一緒に警備担当をすることになったのかしら」

「二木さんだけだと言い方がきつくなりがちだから、穏やかに話が出来る人も必要だって」

「そうね。出来るだけ穏便に、と言われてるものね」

 そこに、竹刀を肩に背負った宮沢さんがやってきました。行列を作っている女子達が、きゃー宮沢様、などと歓声を上げています。

「あら、宮沢。随分と遅いじゃない、もうとっくに会場入りしてるものだとばかり思ってたわ」

「うむ。不覚にも寝坊してしまってな」

「謙吾が寝坊するなんて珍しいね」

「正確に言うと決まった時間にはもう目が冷めていたのだが、何故か起き出したくなくてずっと布団に篭もっていた」

「それは軽い鬱状態ね」

「そんなに今回のイベントがいやなの?」

「嫌と言うより、何をされるかわからなくて不安だ」

「万一女子達が襲いかかるようなら私が責任持って救出するわよ」

「いや、女子の扱いはそれなりに慣れている」

「じゃあ棗恭介? それこそあなたは長い付き合いなんだから、慣れていそうなものに思えるのだけど」

「ああ、いつもならな。だが今回はどうにも勝手が違う気がしてな」

「確かに、いつもとは違う禍々しい何かを感じるね」

「とにかく、そろそろ時間よ。一緒に中に入りましょう」

「ああ。今更逃げるわけにもいかんしな」

 

 宮沢さんは、二木さんと直枝さんに付き添われて、会場の体育館の中に入っていきました。

 

 

「よく来てくれた謙吾。謙吾には特別席を用意してある、スタッフが案内するから彼についていってくれ。理樹と二木も、警備任務ご苦労様。最後までよろしく頼むぞ」

 中に入ると、恭介さんと西園さんが出迎え得てくれました。

「ええ。勿論引き受けたからにはちゃんとやりますよ」

 そう言いつつ、二木さんの視線は会場内を探し回るように泳いでいました。それに気づいた恭介さんが言いました。

「三枝ならB列の5番にいるぞ」

「そ、そうですか。てっきりスタッフでもやっているのだとばかり」

「何も聞いていなかったのですか」

「ええ。何も教えてくれなくて」

「佳奈多さんに言うとうるさくダメ出しされると思ったんじゃない?」

「そ、そんなこと。しない…わよ」

「しかし、配置図を見ればサークル参加だということくらいはわかるだろう。渡していなかったか?」

「いえ、さすがに警備上必要ですし、貰ってますけど」

 そう言って佳奈多さんは、懐から配置図を取り出して確認しました。

「B-5…独立数理研、としか書いてないですけど」

「そういうサークル名にしたんでしょう」

「これだけだと葉留佳だとわからないじゃ無いですか」

「まあ、確かにそうだな」

「他のイベント行ってもいつも思うんですけど、どうして個人名でリストを作らないんですか? これでは誰がどこにいるのかわからないじゃ無いですか」

「あれ、佳奈多さんそんなに他のイベント行ってるの?」

「それには歴史的経緯というものがありまして…。よそですと何も個人参加とは限りませんし。というより元々は団体参加が基本だったのですよ。サークルメンバー全員の名前を載せていたらきりがありませんし。それに昨今では個人情報保護という厄介な問題も加わってきますし」

「めんどくさいわねえ」 

「とはいえどっちみち対面なのだし、このIT化の時代、今どのスペースに誰が座っているかぐらいは、把握できるようにした方が一般参加者には親切かもしれないな。今回は到底そこまでは手が回らなかったが」

「まあ、いいです。今はもうわかりましたから。直枝、後で行きましょう」

「え?」

「見回りがわたしたちの仕事でしょう?」

「あ、見回りにかこつけて葉留佳さんのスペースに行くんだね」

「嫌な言い方しないで頂戴。葉留佳が不穏な行動をとらないかチェックしに行くだけよ」

「ふうん」

 

 そんな会話をしている間に、開場時刻になりました。一般生徒が整然と体育館の中に入ってきます。そして恭介さんがマイクでアナウンスをしています。

「ただいまより、第1回宮沢謙吾オンリーイベント・竹刀乱舞を開催致します。一般入場の方、暫しお待ちを。本日の主役、宮沢謙吾がこれより特別席に座ります」

 そう言いながら恭介さんが身振りで指す先には、まるで玉座のように高くしつらえた特別席と、そこから床に繋がる階段がありました。その階段を、宮沢さんが、恥に耐えるかのような苦渋に満ちた表情で登っていきます。そして、頂上にある王座のごとき装飾の施された椅子に渋々座りました。後から上がってきた恭介さんがその傍らに跪いて身をかがめ、宮沢さんに耳打ちします。

「どうだ謙吾。高いところから愚民共を見下ろす気分は」

「俺にそういう思想は無い。恭介、貴様はそういう人間だったのか」

「お前がそう思うんなら、そうなんだろう」

 ふん、と宮沢さんは鼻を鳴らして、そして吐き捨てるように言います。

「とてもそうは見えんがな」

「そいつはどうも」

「今回は一体何がしたい」

「何がしたい、か…」

 恭介さんは遠い目をして上を見上げます。

「謙吾。俺と一緒に上を目指さないか」

「俺はいつまでもこんなところにいるつもりは無い」

「おお。そうか、俺と一緒に上に行ってくれるか」

「早く下に降りたいと言っているんだ」

「馬鹿な。わざわざ下を目指そうというのか。進歩的生物としての使命を捨て、与えられたものを消費するだけの動物に成り下がるつもりか。それこそ堕落では無いか。精神的敗北だ。文化を衰退させ、社会を荒廃させる原因だ」

「そんな哲学を語っているのでは無い。このような阿呆な場所に座らされているのは屈辱だから降ろしてくれと言っているだけだ」

 

 宮沢さんと恭介さんがそんな会話を交わしている間、佳奈多さんと直枝さんは会場内の見回りをしていました。

「B-5、B-5」

「佳奈多さん、A列から周らないの?」

「どっちからでもいいでしょっ。ええと、ここが4になるから」

「あ、お姉ちゃんだ」

 B-5スペースには三枝さんが座っていました。

「あら、葉留佳じゃない。こんなところで何をしているの?」

「謙吾君のコピ本を売っているのデスヨ」

 そう言われて佳奈多さんと直枝さんが机を見ると、「宮沢謙吾の発声パターンの数理的解析と考察」というタイトルの薄い本が何冊か積んでありました。

「…これ、売れるの?」

「サア」

「さあ、って」

「まあ、手にとってよんで貰えれバ」

「つまり売れないのね」

「ソウデスネ」

「売れない物を置いてどうするのよ」

「評論系は基本赤字前提なのですヨ」

「そ、そうなの」

 

 佳奈多さんと葉留佳さんがそんな会話をしている間に、宮沢さんは玉座から降りてしまっていました。すると、間を置かずにファンの女の子達が集まり出しました。

「宮沢様!」

「宮沢様、公式物販スペースで宮沢様公認竹刀を買いました、サインして頂けますか?」

「俺はそんなものを公認した覚えは無いのだが…まあサインくらいいいだろう」

「宮沢様、差し入れのムルキムチです、受け取って下さい」

「何故そのようなものを差し入れようと思ったのかわからんが、まあ受け取っておこう」

「宮沢様、あの、あの」

 女子の集団の中から、おすおずと笹瀬川さんが歩み出てきて、宮沢さんに薄い本を1冊手渡しました。

「これは?」

「今回のイベントのために私が作った新刊です、読んで頂けますでしょうか」

「うむ、折角作ってくれたのなら読まねばな」

 そう言って宮沢さんは、その場で本を開いて読み出してしまいました。

 

 半裸にされて縛り付けられた宮沢さんの上に、やはり半裸になった笹瀬川さんが乗っている絵が出てきました。

 
『や、やめろ笹瀬川、なんのつもりだ』
『何のつもり、ですって? 宮沢様もお人が悪い、わかっててそんな事をわざわざ訊くなんて』
『冗談はやめろ』
『冗談などではありませんわ、むしろ本気です。その本気を宮沢様がわかって下さらないから、こうしてお仕置きしているのではないですか』
『笹瀬川、お前は正気じゃ無い。薬でも飲んだのか』
『ええ、宮沢様への思いが募りすぎて、私とても正気でなどいられませぬ。だからこれから、宮沢様のお体というお薬を頂くのですわ』
『意味がわからん』
『宮沢様。私が今感じている感情のようなものは精神疾患の一種ですわ。でも治し方は私が知っています、私にお任せ下さい』
『医者に任せろ』
『お医者様でも草津の湯でも治せませぬの。治す方法はただ一つ、宮沢様のお体を頂くこと』
『理不尽すぎる、解放しろ!』
『ええ。思う存分、宮沢様の欲望を解放させて差し上げますわ。ん、んくっ』
『あ、あああああ』
『あああ、宮沢様、あの宮沢様がついに私のものに…ああっ』
『くぁあっ、やめろっ、やめろっ』
『体は正直ですわよ宮沢様』
『あ、あああああ』
『あああ』
『あ、あああああ』
『あああ』
『あ、あああああ』
『あああ』
『っ、ぁはっ、はあっ、…』
『うふふ…宮沢様、パパになってしまいますわね…』


「…なんだこれは?」

 宮沢さんが顔を上げると、笹瀬川さんの姿は既にありませんでした。

 会場中を見渡すと、出口に向かってもう突進していく笹瀬川さんの姿がありました。そして出口から飛び出るすんでの所で、両脇から鈴さんと神北さんに取り押さえられてしまいました。

「離して下さいまし! わたくしもう、恥ずかしくて生きていられませぬ!」

「あんしんしろ、あたしの兄以上にはずかしい人間など、そうめったにいるもんじゃない」

「おい待て鈴、それは一体どういう意味だ」

 

 そんな様子を宮沢さんが唖然としながら眺めていると、一人の男が得体のしれない出で立ちで宮沢さんの前に現れました。全身に割り箸で作った何かをまとっています。

「真人か。何の用だ。というより、なんのつもりだ」

「なんのつもりとは?」

「その得体のしれない奇天烈な恰好のことだ」

「謙吾のコスプレ」

「は?」

「謙吾のコスプレ」

「声は聞こえている。何故それが俺のコスプレになるのかと訊いているのだ」

「謙吾は剣道部だろう」

「ああ。それで?」

「試合の時、鎧を着るだろう」

「胴着のことか?」

「試合では自己アピールが必要になる」

「剣道の試合に自己アピールは必要無い」

「剣道だと面接があると聞いたが」

「面は使うが、面接はしない」

「まあいいや。とにかく自己アピールが必要だ」

「よくない。自己アピールも必要無い」

「で、謙吾と言えば割り箸だ。なので割り箸で鎧を作った」

「どこからそんな話が出てきた」

「使い古した竹刀を素手で叩き割って割り箸に再利用するエコでワイルドな宮沢様、ともっぱら一部女子の間で評判だ」

「その一部女子の具体的な名前を聞かせろ」

「来ヶ谷唯湖とか」

「ほう」

「三枝葉留佳とか」

「ほう」

「能美クドリャフカとか」

「すまん、今のはさすがにショックだった」

「リサイクルの精神も重要なのですね! と褒めていたぞ」

「…後で訂正をいれておかねば。他にはもういないだろうな」

「あーちゃん先輩とか」

「そんなところにまで広めたのか貴様。どこまで言い触らした?」

「そりゃもう、今日この会場来ている人できる限りに」

「貴様…なんということをしてくれる! そこに直れ!」

「お、この最強の謙吾コスプレに身を包んだ俺と勝負しようってか? いいぜ、やってやるぜ!」

 宮沢さんと井ノ原さんが乱闘を始めたので、周りも人だかりが出来てあっという間に大変な騒ぎになってしまいました。

「ちょっと、何事なのあなた達! 会場内での私闘は禁止よ!」

 二木さんが駆けつけて二人の間に割って入ります。そして直枝さんと恭介さんで暴れていた宮沢さんと井ノ原さんを後ろから押さえつけました。

「外に連れ出して」

「いや、待ってくれ二木。真人はともかく、謙吾は今日の主役なんだが」

「主役でも壁サークルでも関係ありません。問題を起こしたなら退場して貰います」

「謙吾は女生徒に人気がある」

「人気があれば何をしてもいいわけが無いでしょう」

 こうして宮沢さんと井ノ原さんは外に連れ出されてしまいました。主役がいなくなってしまったので女生徒達も次第に会場から減っていき、閉会時には殆どいなくなってしまいました。それでも、僅かに残って往生際悪く掘り出し物を物色している人もいました。

 

 閉会後、サークル参加者が撤収を始めている中、恭介さんが佳奈多さんにそっと耳打ちしました。

「なあ。先程西園と三枝から提案があったんだが、今度は二木佳奈多オンリーイベントを」

「やりません」

 

 

 

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