ぷらね18禁

 部屋のから物音がする。近づくとそこでは、ゆめみがうずくまり、スカートの中に手を入れて、はぁはぁ言っていた。
「どうした、どこかおかしいのか」
「あ、お客様。ただいま強制廃熱のためのセルフメンテナンス中でございます。ご心配をおかけして申し訳ありません。」
「強制廃熱?」
「はい。設計仕様の限界を超えた稼働や外部からの熱吸収が過剰になった場合、
内部部品を守るために強制廃熱操作を行う必要があるのです。」
 言われてみると確かに、ゆめみの顔は持った熱のためか、赤く上気しているように見えた。
必要事項を伝えたゆめみは再びスカートの中に手を入れ、はぁはぁと息を吐き出すかのように、頭部からの廃熱を再開した。
スカートの中は見えないが、その中でゆめみの手は自らの股間をまさぐっているようにも見えた。
「その手は、一体何のためなんだ?」
「はい。強制廃熱操作を行う際には、服の内側の、足の付け根のスイッチを操作する仕様となっております。
このスイッチは通常の電子制御とは別系統で廃熱機構を動かす回路につながっています。
熱で電子系等が正常動作しなくなった場合でも、担当者が直接廃熱操作を行えるように、このような設計仕様となっております。」
 顔を赤くし息を荒くしたまま、ゆめみはそう答えてくれた。
言われてみればゆめみは精密機械でもあることだし、そういう事も必要なのかと思えなくもなかった。

 ただ。そういう俺の理性的な部分とは裏腹に、人として、男としての本能は、その言葉を素直に受け取ってはいなかった。
確かにロボットではあるが、しかし見た目は美しい少女であるゆめみ。その彼女が、
人で言えば性器に当たる部分を自らの手でいじり回し、顔を赤らめ、息を荒くしている。
 本物の女というのはこれまで数えるほどしか会ったことはなく、ましてや彼女らと性的な交渉を持ったことなど、無い。
だから女の性的な行動というものは想像で推し量るしかない。だが、否だからこそ。
ゆめみのこの行為は、彼女が自らの手で、己の性欲を満たす行為をしている。そんな風に思えてきた。
 そしてそんな想像は、否応なしに俺自身の性欲をも高め、次第に肉体的な欲望が思考を覆いだしていった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」
 ゆめみの声が、広いホールにこだまする。それはとても色っぽいもの、そういう風に聞こえた。
理性は浸食され、意味の無いものとなった。
 俺はゆめみに抱きつき、その熱い体に自らの肉体をこすりつけ始めた。
「あの、お客様。いかがなされたのでしょうか。」
 肉欲の果ての行動を前に、なお俺を気遣う発言をするゆめみ。愛しい。そう感じた。
だがそのわずかに残った理性故の感情さえ、もはや肉欲を増大させる要因にしかならなかった。
ベルトをはずし、ズボンを降ろし、普段排泄にしか使わない部位を取り出す。
それは堅く、今のゆめみの体以上に熱を帯びていた。
「お客様。こちらはお客様のものでしょうか。ひどく熱を帯びているように思われます。
差し出がましいようですが、廃熱処理が必要かと考えます。」
「ああ。だから今から、処理をする。ゆめみ、手伝ってくれ。」
 そういって俺は、ゆめみの右手、スカートの中に伸びたままになっていた腕に手を添えた。
それに這わせるようにして、自らの手をゆめみのスカートの中に進入させた。
ゆめみの手が、ゆめみの股間に当てられている。それをそっと押しのけ、自らの手でその部位に触れた。
小さな突起に触れると、ゆめみが大きくため息をつくように、空気をはき出した。
「ああっ、はぁっ。」

 俺の手はなおも股間をまさぐり続ける。その指先が、小さな穴を捕らえた。
そこに触れることで、俺の中に大きな安堵と満足感が拡がるのがわかる。
「あの。お客様、そこは。」
 制止するようなゆめみの声。しかし俺はそれを聞かず、腕を少しだけ上げてゆめみのスカートをまくり、
露出させたままになっていた自らの部位を、その中に侵入させた。
そしてもう一方の腕でゆめみを抱きよせ、ゆめみの股間がその部位に当たるようにした。先端がゆめみの体を感じる。スカートの中の手を動かし、自らの部位を這わせ、穴へと導いていった。
敏感な先端が、くぼみの感触を捕らえる。
「お客様、申し訳ございません。そこは、そのような事をするところではございません。
そこは電源供給用ソケットでして、規格外のものを挿入すると双方に故障が発生する原因となり得ます。
どうかおやめください。」
 しかし、今の俺にそれを聞く余裕はなかった。腰を浮かせ、ゆめみを抱く腕に力を入れて下に押した。
穴はとてもきつく、なかなか入りそうになかった。だが何度も力を入れているうちに、先端が入り、中程まで入っていった。
「お客様。お客様のなさっていることは大変危険です。
私の体の内部には、一部駆動系で1200Vの高電圧も使用されています。
お客様の挿入されているものは規格に合いません。
直ちに抜き取ってください。」
 ゆめみの言葉は俺の耳に入らない。俺は渾身の力を込め、ゆめみの中に自らの部位を入れた。
それは、ついに最後まで入ってしまった。先端に、何かが当たる感触がした。

 そのとき、先端に電気が走った。比喩ではなく、正真正銘の電気だった。
その一瞬は痛みすら感じず、ただ自分の部位がなくなったような感覚を覚え、そして激しい痛みが襲ってきた。
その痛みを遮断するかのように、俺の意識は遠のいていった。
虚ろな感覚の中に、ゆめみの声が聞こえた。
「お客様、お客様大丈夫でございますか。
ただいまのお客様の状態は、大変深刻なものと考えます。
早急に医療スタッフによる処置が必要と考えます。
ただいまサポートセンターに緊急救命コールを送り続けております。
ですが、先ほどから全く応答いたしません。
このような場合自律判断システムによる救急措置を行うことになっておりますが、
私の内部データベースにはこのような事態への対応が入っておりません。
データベースの緊急更新が必要ですが、それもセンターが全く応答しておりません・・・・・」

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※執筆時期不明

長森乳業

「長森、俺は会社を興すことにした。」
「え?」
「いわゆる流行のベンチャービジネスという奴だ。最近は1円でも株式会社が作れるらしいしな。」
「良かった、私安心したよ。」
「ん?」
「だって浩平ってば将来のこととか何も考えてなさそうで、いつまでも学生続けてそうだったんだもん。」
「そうか、そう見えたか。それは光栄だな。」
「褒めてないよ。」
「まあそれはいいとして。長森にも一緒にやってもらうつもりだからな。」
「え、それはかまわないけど。でも、何の会社興すの?」
「うむ。乳をひさごうかと思うんだ。」
「牛乳? あんまりベンチャーっぽくないけど、でも牛乳は体にいいし、いいかもね。」
「いや、牛乳じゃない。売るのは母乳だ。」
「母乳って・・・人間のお母さんの?」
「そうだ。」
「うーん、そんなの売れるのかな・・・?  それに、誰の母乳使うの? 売るんだったら相当の量がいると思うし。」
「それもそうだな。どのくらいの量が出るかは、確認しといた方がいいな。」
「うん、それがいいと思うよ・・・え、ちょっと浩平何するの」
「搾乳量の確認だ。長森が自分で言い出したんじゃないか。」
「え、ちょっと、待って、私なの?どうして私なの?私お乳なんて出ないよ、だってお乳は赤ちゃん産まないと出てこないんだよ、私赤ちゃんいないもん、だからそんなことしても無駄だよ、あ、だめ、やだ、あんッ」

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※2013年頃の執筆と思われる

水瀬名雪様

水瀬名雪様。
 伝えたいことがあります。
 貴女に初めて会った時。貴女はじっと目を閉じていました。ただ眠っているだけ、それに気づいたときそれが却って愛らしく思えて、貴女のことを見続けていました。
 それ以来貴女の姿を目で追い続けていました。朝、髪をなびかせ校舎に駆け込んでくる姿。夕刻、結った髪で部活の友人に声をかける姿。昼食時、席が無くて戸惑っている姿。何度か席が一緒になったこともありました。最初の一回こそ偶然でしたが、その後は、貴女の友人に頼んで、来てもらっていたのです。
 その友人から聞きました。ずっと想いつづけた方に失恋したということを。同じ恋をするものとしてお察しします。そして不躾で申し訳ないのですが、私では変わりになれないでしょうか

「いや、やっぱりこの下りはまずいかな」
「北川君、何書いてるの?」
 水瀬の声。オレは、慌てて手紙を隠した。
「あっ。いや、これはその。」
「あ、見られたらまずいものだった? ごめんね、一生懸命何書いてるのかなと」
「いや、いいんだ。後で水瀬には見てもらいたかっしな。」
「そうなんだ。じゃあ、後で見せてね。」
 添削ー、添削ー、と歌いながら去る水瀬。
 それを見ながら、オレは呟いた。
「必ず、見せるからさ・・・」

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※執筆時期不明 「Campus Kanon」続編

10%の思春期

 空は、晴れ渡っていた。この場面にふさわしくない。天はオレに味方しない。そう宣言しているかのように。それでもオレは、腕を振り上げた。喉の奥から、咆吼が響き渡る。叫び声は腕が風を切る音とともに、鈍い衝撃音へと集約されていった。
 コンクリートの床の上に、たたきつけられて転がる相沢の姿があった。

10%の思春期 is staring….

 相沢がオレを睨んでいる。何をするんだ、俺にはこんな仕打ちをされるいわれはない。そう言いたげに。だが、奴の口は開こうとはしない。口元から血が流れ出している、それが理由ではなく。きっとオレの口から言葉が出るのを待っているから。
 オレの口は、言葉を発しない。何も言いたくない。あるのはただ憎しみだけで、それは謂われのない憎しみ、実体の無いもの。それを意味ありげな言葉にすることは、オレにはできない。
 目に差し込む光。救いを求めるかのように、天を仰いだ。脳裏に浮かぶ、彼女の言葉。
「ねえ きたがわくん」

「北川君の席って、暖かそうだね」
「あ? ああ、まあそうだな。」
「よく眠れそう。うらやましいな。」
「水瀬はどこでだって眠れるだろ」
「うん。でも、やっぱり気持ちのいいところで寝たいとは思うよ。」
「お前さんさあ。念のために言うと、学校は寝るところじゃないぞ」
「うーっ・・。でもでも、北川君だって寝てるじゃない」
「な、何で知ってるんだよ」
「わかるよ。だって、北川君って、わたしと同じ感じがするから」
「ハァ?」
「たぶん。同じ事、してると思って。」
「まあ、・・・寝てるのは事実だけどな」
「うんっ。だからね、今だけ席代わって。いいでしょ?」
「あ、ああ・・・」
「暖かい・・・くー。」
「・・・・・・。」

 額に落ちる、水滴の感覚。涙ではない、天から降り注ぐ、雨粒の先魁。
「なんだよ、今頃になってオレの味方してくれるのかよ・・・。」
 降り始める雨。目の前には、まだ転がったままの相沢。明るい友情とはほど遠い場面が、まだ続いている。
「どうせ味方するなら、もっと早く・・・転がってるのが、オレの方で良かったからよっ!」
 出る言葉以外に心はない。心以外の何かが体を動かし、左足を思い切り振り上げる。目標は相沢の脇腹。振り下ろす途中でよろめき、体全体ががくりと落ち込んでいく。痛み。
「ちっ、こんな時に側溝にはまるなんて・・所詮これが、オレにお似合いの姿だってのかよっ・・・!」
 かっこいいヒーローになんてなれやしない。ちょっと変わったことが好きな、でも普通以上になれないオレは
「でも きたがわくん いいひと」

「そ、そうかな?」
「うんっ。わたしは、そう思うよ。」
「まいったなあ、これでも結構ワルぶってるつもりなんだぜ、お嬢さぁん。」
「うーん・・・でも、わたしの頼み、いろいろときいてくれるし、話ちゃんと聞いてくれるから。わたしにとっては、すごくいい人。」
「はは、まいったなあ・・・。でも、それぐらい他の奴だってするだろ?」
「ん・・・そんなことないよ。北川君と、香里ぐらい、だよ。」
「そうか・・・」
「なぁに? あたしが、なんですって?」
「わ、香里。ううん、なんでもないよ。」
「ほんとかしらあ? あんたたち二人の会話って怪しいのよねえ。ほらほら素直に白状した方がいいわよぉ」
「ふぉんふぉんとになんでもにゃいよ。ひたいよかおり、わはひむひふ。」
「はははははっ、・・・・・は。いい人、か」

「いい人が・・・こんな事しねえよ・・・・」
 側溝に半身を突っ込んだまま、オレは両手を路上に広げて空を見上げていた。感覚は、過去の思い出に支配されてしまっている。相沢が起きあがったことを感じ取っても、体は動こうとしない。
 衝撃。体が引き上げられ、頭を少しだけ揺さぶられる、揺り起こされたような感覚。相沢の右手が、オレの胸ぐらをつかんでいた。
「なんのつもりだよ。」
 相沢の顔が、間近に見える。相沢祐一。相沢祐一。そう、これが、相沢祐一。オレはコイツを殴った。オレが殴った相手。オレが憎い相手。憎むべき相手。殴るべき相手。相沢祐一。
 睫毛に垂れた滴が視界を遮る。言葉が甦る。

「ゆういちが くるの 。」

 見えない視界の向こうから聞こえてくる脳裏の言葉。

「ゆういちは わたしと くらすの 。」

「誰だよ、それ。」
「祐一だよ。わたしのいとこの。前にも話したじゃない。」
「あたしは聞いたわよ。」
「ああ・・・ああ。オレも聞いた。」
「7年ぶりなんだよ。」
「男・・・だよな、祐一って・・・」
「うん。男の子」
「女だったらびっくり。」
「男、か・・・。いい男か?」
「う~ん、ずっと会ってないから見た目はわからないけど、でも・・・」
「いい男だといいわね。」
「・・・うんっ。」

 そのとき、気づくべきだったんだ。いや、違う。本当は気づいていた。
 水瀬が心を満たしたい奴はそいつ、祐一なんだと。水瀬にとって、オレはただの友達、寂しい時に心を埋めてくれる、友達。欠片でしかないんだ。
 そしてオレは。その現実を受け入れてしまった。自分が欠片であることに気付いてしまったから。欠片は、捨てられてしまうかもしれないから。捨てられない欠片であり続けるしか、無かったから。水瀬への思いは、無くしたくなかったから。

「ゆういちと ともだちに なってね」

 ほんの少しでいいと思った。水瀬のそばにいられればいいと思った。祐一の、相沢の友達になっておけば、水瀬が喜んでくれると思った、オレへの好意が少しでも上がると思った。昔オレのいた場所がどんどん相沢に占められていっても、水瀬の目線の先が相沢ばかりになっていっても。ほんの一瞬だけ、水瀬がオレに微笑みかけてくれるだけで、オレは満足してしまっていた。そして、相沢の、水瀬に気がないような言葉を聞いて、オレは希望を持ってしまった。持ち続けてしまった。

「いっそ、ずっとあのままならよかったんだよ・・・」

 そうすれば、憎しみも怒りも無かった。ただ笑っていられた。恥ずかしげも無く、一生の友達と言い合っていられたかもしれない。

「いっそ、オレに言ってくれれば良かったんだよ・・・」
 
 そうすれば、憎しみも怒りもなかった。笑って祝福することも、出来たかもしれない。恥ずかしげも無く、最後の勝負と拳で友情を語ることも、出来たかもしれない。

 でも。相沢は何も言わなかった。水瀬も、何も言わなかった。
 そしてオレは、聞いてしまった。片隅に女子が集まった中で、水瀬が語るのを。

「・・・うん 痛かったよ   でも 祐一は優しくしてくれたから   すごく幸せだった・・・」

 血の気が引いてゆく。言葉が体の筋を走ってゆく。寒い。何もできない。瞼だけは痙攣して。後は何も動かない。ただ座って虚空を見つめる人形のように。感覚は白。流れる、白。
 感情が戻ったとき、水瀬が憎いと思った。でも、それは一瞬で消えた。水瀬は、名雪は、オレが決して憎んではいけない存在だから。理屈抜きで、感情のほんの一割でも、そう思ってはいけない存在。

だから、憎いのは、

「お前だッ!」

オレは、現実の視界のすぐ前にあった、そいつの顔を思いっきり殴った。
これ以上、過去は無い。あるのは今、今のオレの感情のみ。

「オレはずっと水瀬が好きだった!水瀬は相沢が好きだった!わかっていた!だからオレは少しでいいと思った!今は少しでも、いつかは全てが手にはいると思っていた!ああ、確かに勘違いさ!身の程知らずの勝手な思いこみさ!吐き気のするような自惚れだよ!だけどな・・・」

 オレは再び、相沢の胸ぐらを掴んだ。

「今のてめえは、もっと吐き気をもよおさせる存在なんだよっ!」

 左手を振り上げた。その手を制止する声は、右側から聞こえた。
「やめてっ! やめてよ北川くんっ・・!」
 振り返る。左手は無意識のうちに下がっていく。泣きながら駆けてくる水瀬と、無表情の美坂が視界に入った。
 水瀬は、駆け寄ってくるとすぐに相沢を抱きよせ、泣きながら喚いていた。
「どうして! どうして二人がこんな、こんな事しないといけないんだよ!」

 もはや感情は無い。最後の感情までをも奪われてしまった。それが残酷だと感じる心すら無い。
 水瀬はまだ泣いていた。後ろから、美坂がゆっくりと歩み寄ってきていた。

「美坂・・・お前が、連れてきたのか?」
「ええ。」
「こんな場面見せて・・・水瀬が喜ぶとでも思ったのかよ・・・」
「思わないわ。」
 その顔は、無表情のままだった。視線の先には、抱き合う二人の姿があった。
「だったら、何で連れてきたりしたんだよ・・・!」
「あたし・・・あたし、そんなできのいい女じゃないもの・・・」
 その視線の先は、まだ相沢と水瀬がいた。だが、美坂の瞳には、何も映ってはいなかった。

 気がつくと、雨はやんでいた。

「名雪ぃ、それに相沢君。今日は、一緒にお昼ご飯食べましょうねぇ」
 翌日の、昼になっていた。
「今日も、だろ? いつも一緒じゃないか。」
「うふふふ。でも、今日はね、ちょぉっと違うの。ほら、二人のためにお赤飯作ってきてあげたのよ。」
「お赤飯・・・・」
「オレはゴマ塩持ってきてやったぜ。」
「いや、待て・・・お赤飯は、わかる。何となく俺達への嫌みだということが。しかし、ゴマ塩ってなんだ?なんの意味があるんだ?」
「意味などあるか。赤飯にはゴマ塩が付き物だろう。」
「・・・それだけかあ?」
「疑り深い奴だな。」
「いやしかし」
「いいじゃない。折角北川君が持ってきてくれたんだから。ねっ」
 そう言って、水瀬は笑った。笑顔。オレは、それに顔を背けそうになるのを必死で堪えていた。
 美坂は、笑っている、相沢も、笑っている。だから、オレも笑おう。それでいいじゃないか。こいつらはいい奴だ。一緒にいて楽しい奴らだ。他に何を、これ以上何を、望むというんだ。
 否、一つだけ。一つだけ望むことは。心の奥深く、重りをつけて沈めたはずの10%の感情が、今この場で浮かび上がってこないように。ただそれを願って。
「食べよっ」

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※執筆時期不明 「Campus Kanon」続編

北名-無題

「行ってきます」
それだけ言って、わたしは外に出た。特に行くところもない、
ただの散歩。だって今日は天気がいいからね。
祐一は、あゆちゃんとどこかに出かけていった。どこへ行ったのかは
わからない。祐一は、当てもない二人の逃避行だなんて言って、
あゆちゃんが本気にしてたけど。

公園で、ハトに餌をやる北川君を見つけた。髪型ですぐにわかった。
しょうがねえなあとか言いながら餌をやっている姿が妙にしっくり
きていて、わたしはつい笑ってしまった。
「あっ」
笑い声で振り返った北川君は、それがわたしだと気づいてひどく
とまどっていた。

「水瀬は、何やってるんだ?」
北川君は隣のわたしにそう訊いてきた。公園のベンチに腰掛けた二人。
日差しも風も気持ちいいけど、ベンチだけは少し冷たい。
「ただの散歩。北川君は? ハトの餌やり?」
「いや、決してそういうわけではないんだが・・・」
北川君は、何か言いづらいことがあるように、紙袋をいじり回していた。
餌ではなく自分が食べるつもりだったのかもしれない。でもそれは、
あえて訊かないことにした。
「相沢は? 家か?」
半ばごまかすように、北川君は訊いてきた。
「ううん。あゆちゃんとデート。」
「そ、そうか。」
それを聞いた北川君は、また何か気まずそうな表情をした。
「すまん。」
「え、なにが。」
「いやその。水瀬の前で、二人のことを持ち出したのはまずいかなと。」
「・・・・。」
「あ、美坂から聞いたんだ。水瀬もその、7年も前から、相沢のこと」

「うん、そうだね。」
わたしはそう言って立ち上がった。少しだけ、光がまぶしい。
「でも、ふられちゃったんだし。祐一にも彼女出来たし。
 それでも想い続けてるなんて、わたし、そんな病んだ女じゃないよ?」
念を押すように、振り返って北川君の顔を見た。北川君は、呆然とした
表情でわたしの顔を見ていた。
「? どうしたの?」
わたしの言葉で、北川君は我に返ったようだった。横を向いて、まあなんだ
とかぶつぶつ言っていた。
クックックッと鳴きながら、ハトが1羽近づいてきた。それを見て、北川君が
さも思い出したように言った。
「ああ、そうだ、オレ、ハトに朝飯食われちまったから、もう帰らないと」
言葉として少しおかしい気がしたけど、気にしないことにした。
立ち上がった北川君に、わたしは声をかけた。
「また、今度。」
「おう、また今度な。」
そう言って北川君は駆けていった。それを見送ってから、わたしも家路についた。
もしかしたら明日あたりいいことがあるかな。そんなことを思った、
春の午後の一時だった。

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※執筆時期不明 「Campus Kanon」続編

SS祭大学理学部 空想物理学特別講義I

SS祭大学理学部 空想物理学特別講義I

監視役、佳奈多に「みなみけ」の話をする。

葉留佳、初を鶏肉で釣ろうとする。
佳奈多が釣りと釣り行為は違うと指摘する。

葉留佳、クドをけしかけて佳奈多を釣ろうとする。
クド、赤マルソウの醤油で佳奈多を釣ろうとする。
クドはお金が無くてと弁解する。

佳奈多、理樹達の教室に怒鳴り込む。

恭介、「三枝葉留佳の存在位置は、常に確率論的にしか語ることが出来ない。仮に位置を補足出来ても、今度は三枝葉留佳がどんな行動を取るかわからない。これは即ち、ハイゼンベルグの不確定性原理でいうところの、位置と運動量は同時に計測出来ないという定理に該当する」
佳奈多、「どうしてこう、量子力学はおかしな理屈の材料にされてしまうのかしら…」

三枝葉留佳は量子的存在である。

量子なら量子テレポーテーションが可能である、理論上は。

量子テレポーテーションは対になる量子が必要になるが、葉留佳 は佳奈多と対になるので問題無い。

葉留佳も佳奈多に変身したことがある。バッドエンド、理樹の軽いトラウマ。

量子テレポーテーションには光ファイバーが必要。

三枝葉留佳ファイバー
三枝葉留佳繊維→かっこ悪い

繊維である必要はないのではないか

放送大学
「佳奈多さん、AIRは知ってるんですね…」

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※2016年頃にどこかに投下したもの? AIR15周年企画向け?

エム

わたしの、お母さん。
美人で、背が高くて、かっこいい。
 すぐ泣いちゃうところがわたしに似てるけど、本当はとっても強いんだって、お父さんが言っていた。
「本当は、お父さんの方がもっと強いんだけどな」
「・・・嘘ばっかり。」
 お父さんが冗談を言うとき、お母さんはいつも冷たい。ときどき、叩いたりもする。そんなときお父さんは反撃するのだけど、いつも負けてしまう。やっぱり、お母さんの方が強い。
 でも、二人とも悲しそうな顔はしていない。とても楽しそうだ。二人だけで、楽しいことをしている。そう思うと、わたしは少しさみしくなる。さみしくなって、おかあさんをまねて、お父さんに殴りかかったりする。お父さんはすぐ負けてくれて、お母さんは笑ってる。だからわたしも、笑ってる。でも本当は、少しさみしい。
 二人の時とは、ちがうから。

 ときどき。こうしてひどく、さみしくなる・・・・・

「舞ちゃん先生!」
 呼ばれて、声のした方に振り返る。一人の生徒が駆け寄ってきていた。
「先生、今日もうあがりですか?」
「あがり・・・?」
「仕事、まだ残ってるんですか?」
「・・・いや。無い。」
「だったら、これから一緒に買い物に行きません? 先生の車で。」
「買い物?」
「日曜日の、観察会の買い出しですよ。あたし、バードウォッチングって行ったこと無いから、何持っていけばいいのかよくわからなくて。」
「・・・双眼鏡と、お弁当があればいい。余計な物はいらない。」
「え、でも。やっぱり、双眼鏡も選んだ方がいいだろうし。・・一緒に行ってもらえませんか?」
 ・・・・。
「わかった。一度職員室に戻るから、車の前で待ってて。」
「はーいっ!」
 彼女も自分の荷物があるのだろう、教室の方に駆けだしていった。私はそのまま、目の前まで来ていた職員室の中に入っていった。
「お、舞ちゃん先生。今日は早めにお帰りなんですか?」
 外の会話を聞いていたらしい男性教師が、からかうように私に話しかけてくる。
「・・・舞ちゃんと呼ばないで。」
「だって生徒達は、舞ちゃん舞ちゃんと呼んでるじゃないですか」
「私のクラスの生徒だけ。他の人に許した覚えはない。」

 私は、この春から高校の教師をしている。新任で、いきなり1年生のクラスを任された。確かに本採用前は、数年間臨時教師をやったりはしていた。でも、担任というのは初めての経験だった。
 始業式の前夜。私は、クラスの生徒達に受け入れられるか、とても不安になっていた。その不安を、夫に打ち明けてみた。私たちは8年前に結婚をしていて、既に娘も一人いた。
「祐一、私、生徒達に受け入れられるかしら。正直に言って、かなり不安・・・」
 私は夫のことを、祐一と呼んでいた。祐一は自分のことを「まいダーリン」と呼ぶよう強く希望していたが、私は時々つきあい程度にそう呼んであげるに留めていた。
 そんな夫の言うことなのだから、まともに聞くべきではなかったのかもしれない。でも私は、そのとき祐一がくれた助言を、翌日そのまま実行してしまった。
「・・・私の名前は、川澄舞。でも、舞ちゃんと呼んでもらってかまわない・・・・」
 結果私は、クラスの生徒の三分の二からは舞先生、残り三分の一からは舞ちゃん先生と呼ばれるようになった。誰も、川澄先生とは呼んでくれなかった。

「他の生徒達だって、そう呼んでますよ。彼らの口に戸は立てられませんからねえ」
 男性教師は、しつこく食い下がってきていた。
「でも、あなたまで真似することはない。」
「・・・は。そうですね。ああ、舞ちゃん、じゃなくて川澄先生はキビシいなあ」
 男性教師は、少し小馬鹿にした感じの入った鼻息を立てて、そのまま机の方に向き直った。私も自分の荷物を取りに自分の席に行き、荷物を取ってそのまま職員室を出て行った。
 歩きながら、またあの日のことを思い出していた。初日からいきなり恥をかいた私は、家に帰ってすぐに、祐一にお仕置きをした。祐一は弁解しながら激しく抵抗したが、そのお仕置きという行為自体に楽しみを感じ始めていた私は、やめようとしなかった。その光景をじっと見る娘の視線に気づくまでは。
「・・・なにをしてたの?」
 私は、すぐに答えられなかった。親として、教育者として、一人前ではないにせよ立派な行為をしていた、とは思えなかった。その説明を口にすることが、娘にとって良くないことであるかのように感じてしまった。だから、何も言えなかった。
「・・・・・・・。」
 娘は、それ以上訊いてくることはなかった。

「舞ちゃん先生の娘さんも、ゆきって言うんですよね?」
 動き出した車の中で、その女生徒、ユキはそう訊いてきた。
「・・・そう。幸。 どうして知っているの?」
「うーんっと、誰かがそう言ってたんですよ。誰だったかなあ、あ、坂井君だったかな」
 坂井というのはおそらく、私が顧問をしている野鳥観察会の坂井だろう。今ここにいるユキと同じ二年生で、野鳥観察会以外、特に私と繋がりがあるわけでもない。それなのに、何故彼がそこまでのことを知っているのか、という疑問は抱いたが、追求しても仕方のなさそうなことなので、忘れることにした。
「ゆきちゃんも、今度の観察会にくるんですよねっ。私、会えるの楽しみなんですよー」
 会ったこともないくせにいきなりちゃん付け呼ばわり。しかも、一体何がそんなに楽しみだというのだろう。私は少し苦笑した。
「・・・そう、来る。ついでに言うと、祐一も来る。」
「祐一って誰ですか?」
 祐一を知らないのかこの娘は。自分だってついで呼ばわりしたくせに、私は憤りを感じてしまっていた。
「祐一は、私の・・・・夫。」
「へえ、そうなんですか。あ、舞ちゃん先生赤くなってる。どうしたんですか?あ、もしかして照れてる。わー、そうなんだ。えー、そんなに祐一さんのことが好きなんだー」
「・・・決して嫌いではない。」
「もー、そんな言い方しちゃってー。素直に『大好き』って言えばいいじゃないですか。ああ、これはもう絶対チェックチェック。」
 ユキは鞄から手帳を取り出して、なにやら書き込みを始めていた。私は、憂鬱さを顔に出すことを隠すことが出来ずにいた。

 よく晴れた、日曜日だった。俺は自宅から駅に向かっていた。
「舞、荷物を持つという行為を体験してみたいとは思わないか?」
「思わない。」
「そうか・・・。」
 俺の手には、野鳥観察用の道具一式と家族3人分の弁当があった。実際のところ野鳥観察の道具などそんなにかさばるものでもないし、3人分の弁当にしたって一人は子供用だから、そこまで重いわけでもない。それでも俺が舞に荷物を託したくなったのは、理不尽だと感じたからだ。手ぶらで身軽な舞が、娘と二人楽しそうに手をつないで歩いている様を、俺一人が荷物を持って追いかける。世間一般的父親はこういう役回りなものなのだと知ってはいるものの、実際その役を引き受けてみれば腹も立つ。俺だってゆきを愛してるいるんだぞ! と、公衆の目もはばからず叫びたくもなる。
「お父さん、にもつ重いの?」
 舞と手をつないだままのゆきが、気遣うようにこちらを見上げてくる。
「いや。決してそんなことはないさ。」
 ここで重いなどと言おうものなら、ゆきは自分が持つといって聞かなくなるだろう。一体誰に似たのか、ゆきにはそういう向こう見ずな優しさがある。それに、実際重いわけではない。むかついただけだ。
「・・・・。」
 舞がじっとこちらをみている。まるで俺の心を見透かそうとしているかのように。
「・・・三人で手をつないで歩きたいというなら、半分持ってもいい。」
 実際、見透かされていた。
「・・・ああ、その通りだ。俺はゆきと手をつないで仲良く歩きたいんだよ。」
「最初から素直にそう言えばいいのに。」
 最初から見透かされていたらしい。

「仲良し親子、はっけーん!」
 駅に着くと、口やかましい少女が待ちかまえていた。
「わー、その人が『祐一』さんですか? ずいぶんアゴが目立ちますね。いえ、悪く言ってるんじゃないですよ、かっこいいって意味ですから、そんな睨まないでください舞ちゃん先生、で、こっちの女の子がゆきちゃん・・・・ですか・・? うそ・・・」
 少女の目は、ゆきに釘付けになっていた。危険だ、俺の第六感が警告を発していた。
「かわいいい・・・」
 そう言いながら少女は、ゆきに接近してきた。怯えたゆきが、舞の後ろに隠れてしがみついている。その姿は、あのやかまし少女ならずとも愛玩心をそそるものがある。実際ゆきは、親の欲目を除いても超がつくほどの美少女なのだ。長い黒髪に、大きなくりっとした瞳。敢えて言うならば、小さいときの舞にそっくりである。
 少女の目は、何かに取り憑かれたように妖しくとろんとしていた。そう、たとえて言うならば、俺のいとこの名雪が猫を発見するとそうなったように。そうするとこの少女は、猫好きならぬ美少女好きということか。もう少し世間体の悪い言い方をすれば、ロリコンか。ロリコンというのは変わった趣味の男の人、という印象があったが、10代の女性でもロリコンは十分存在しうる、ということに俺はこの時初めて気づかされた。
 俺は決して、ロリコンを否定したいわけではない。大学生の頃には、誘われてやっていたことではあるがロリコン差別に反対する全国運動に加わっていたこともあったくらいだ。だが現実に人の親、それもロリコンが好むような美少女の親になってみると、あのとき狂ったようにロリコンを非難し続ける「親たち」の心情も、わかるような気がする。頼むから娘に手を出さないでくれ、そういう事なのだ。今の俺も、そんな心境だ。
「舞・・・」
 俺は、ゆきをかばっている舞に目配せをした。ゆきは俺が預かるから、とにかくあの変な子を止めてこい。どうせおまえの生徒だろう。
 舞は頷くと、後ろに隠れていたゆきを俺の手に渡した。俺はゆきを受け取ると、両手でしっかりと抱き寄せてやり、事の成り行きを見守っていた。
 やかまし変態少女の前に進みゆく舞。少女の前に立つと舞は、右手を振り上げ、そのまま少女の頭の上に振り下ろした。
「痛い・・・痛いよ、舞ちゃん先生」
「・・・ゆきが怯えてる。あまり変態じみた行為をするな。」
「えーっ! そんなあ、あたしそんな変態みたいな事して無いのにぃ」
 少女が抗議の声を上げている。自分だけは変態ではないという、絶対の自負があったのだろう。そんな自負など持つだけ無意味というものだよ、プライドと同じでね。自分でも訳のわからないせりふを心の中で呟き、これは口に出さないようにしておこうと思いながら、俺は立ち上がった。ゆきは俺の両腕に抱きかかえられていた。
「祐一、この子は竹内由希。私のクラスの生徒で、野鳥観察部員。」
「・・・ユキと呼んでください。」
 舞に叩かれた場所を両手で押さえながら、俺の腕にいるゆきを物欲しそうに見つめている。
「ね、ゆきちゃん。私も、ユキって言うんだよ。」
「ユキ・・・さん?」
「そう。だから私のことはお姉ちゃんって呼んでね。」
 まだあきらめていないらしい。油断は禁物だ。
「他の子達は・・・あそこに固まってるのがそう?」
「はい。たぶん、みんなもう集まってますよ。」
 そう言ってユキが指さした先には、3人程の学生がいた。
「みんなぁ! 舞ちゃん先生来たよぉ!」
「知ってる。」
「さっきから見てた。」
 手を振りながら駆け寄るユキに対して、3人は冷淡だった。
「水野、坂井、島村。全員いる。」
 指さし点呼で部員全員がそろったこあにはとを確認した舞は、満足そうに頷いていた。

「舞ちゃん先生、早く早くー!」
「・・そんなに早く走れない、ゆきがいるし」
 目的地の山に到着して、生徒達、特にユキは大はしゃぎだった。
「それに、そんな大騒ぎをしたら、野鳥が逃げてしまう。」
「あ。そっかー」
 生徒達に指導をする舞。その舞を横目で見ながら、俺はゆきの方を見やった。両手で双眼鏡を持って嬉々としている。言葉には出さないが、これからどんな鳥さんが見れるのかと、心躍らせているのだろう。
 俺は、しゃがみ込んでゆきに目線を合わせ、言った。
「ゆき。鳥さん楽しみだな。」
「うんっ」
「でも、さっきあの女の子が大騒ぎしてたからなあ。鳥さん、この辺にはいなくなっちゃったかもしれないぞ。」
 ゆきの顔がさっと曇る。
「いや、どこにもいなくなったというわけじゃないんだ。どこに行ってしまったのか、ちょっとお母さんに訊いてみようか。」
「うん。」
 ゆきが大きく頷いて同意したのを確認してから、俺は立ち上がってゆきの手を引き、生徒達に説教している舞のところまで行った。
「あー、舞ちゃん先生。御指導中のところ悪いんだが」
 とたんにチョップが飛んでくる。
「・・・舞ちゃん先生と言うな。」
「悪い悪い。舞、説教もいいが、そろそろバードウォッチングの極意というか、秘伝の技というか、そういうのを伝授してくれないか? なにしろ、俺達はバードウォッチングなんて初めてだからさ。」
「私もよく知らない。」
「そうかそうか。って待て、知らないって何だよ。お前は野鳥観察部の顧問だろうが。」
「なり手がないから引き受けただけ。詳しいことまでは知らない。」
「えーっ。舞ちゃん先生偉そうな事言っておきながら、詳しいこと知らないんですかぁ?」
 ユキが素っ頓狂な声を上げる。
「ごめんなさい、川澄先生には私が無理にお願いしたんです。去年まで顧問をしていた先生が、退職されてしまったものですから・・・」
「そうだぞ竹内。この間入ったばかりで事情を知らんのは仕方ないが、失礼だぞ」
 一方は俺に弁解をし、一方はユキをたしなめる。微妙にずれた連係プレーだった。俺に説明をしてきたのは、口調から言って、舞のクラスの生徒ではないだろう。たぶん、2年生で部長だと舞が言っていた、水野という子だ。ユキを冷たい口調でたしなめている男子生徒は、舞のクラスの坂井だろう、男子部員は一人だけといっていたから。すると残り一人が島村か。彼女は周りの様子を気にするでもなく、ただ双眼鏡の中を覗き込んでいた。
 くいくいと、引っ張られる感触。ゆきが俺を見上げながら、服の裾を引っ張っていた。目線が、「ねえまだ?」と訴えかけていた。
「とにかく。鳥がどのあたりにいるのかということを教えてくれないか?」
 俺は、舞と水野両方に問いかけるように言った。
「そうですね。さっきまで鳴き声がしたので、そんなに遠くには行っていないと思いますが。とりあえず、こんな大人数で固まってると鳥たちが警戒しますから。・・・3つにグループ分けしましょうか。」
「あ、あたし舞ちゃん先生と一緒がいいー!」
 その言葉に俺は、思わず苦笑した。

 結局経験のある3人を頭にグループ分けがされ、俺はゆきと一緒に坂井チームに入った。水野チームに入れられたユキは、「舞ちゃん先生と一緒」にならなかったことに、ご不満の様子だった。そしてこの坂井という男は、そのユキに関していたくご立腹の様子だった。
「ねえ。竹内って、ウザいと思いません?」
 そういう乱暴な言葉は、あまりユキの前では吐いて欲しくないな。教育上良くないから。そう思っている矢先に、ゆきが訊いてきた。
「うざいって、なあに?」
「どういう意味かな、坂井君?」
 俺は、言葉を発した張本人である坂井に質問を振った。こういう責任をとるという点においては、俺は相手が子供であろうとも容赦はしない。
「え、いやその・・・つまりなんですか、人として良くない点があると、そんなような意味ですよ。」
「竹内さん、よくないの?」
「えっとまあ・・・僕の目から見れば、そういう事ですね、はい。」
 坂井は動揺しているのか、子供相手に敬語になっていた。最も、元から子供に対しても敬語を使う人間なのかもしれないが。だとしたら、君もちょっとウザいぞ。そう思って俺は、苦笑していた。
 その俺の傍らで、ゆきがぽつりと呟いた。
「竹内さんって・・・さっきのこわいひとだよね?」
「ん・・・」
 突然のゆきの言葉に、俺は何も言えなかった。坂井は、素早く反応した。
「そう、そうなんだよ、えっと、舞先生のお嬢さん」
「ゆきだ。」
「いや・・ゆきというと、どうしても竹内を連想してしまうもので」
 俺とゆきの自己紹介をしたとき、ゆきの名前を聞いたときの彼の顔。俺はそれを思い出しながら、彼の言動に何度目かの苦笑をしていた。
  茂みをかき分ける、音がした。熊かと一瞬ひるみ、思わずゆきを抱き寄せた。
「あーっ、やっぱりゆきちゃん達だー」
 ユキだった。よほど道ならぬ道をかき分けてきたのか、腕に切り傷も見える。
「竹内か・・。わざわざ草むらかき分けて来てんじゃねーよ」
「あー、坂井。あんたさっき、あたしの悪口言ってたでしょー!」
「真実に基づく所感を述べていただけだろ。」
 盛んに言い合いをする二人。これじゃまた、鳥が逃げるな、そう思っていた俺の耳に、ぽつりと呟くゆきの声が聞こえた。
「よくない・・・」
 風が、吹き抜けた、そんな気がした。いや、風ではなく、何かが頭の上を飛んでいるような感覚。そう思った矢先、その何かは頭上から急降下してきた。
「あっ」
「きゃっ!」
 一瞬だった。上から飛んできたそれは、ユキめがけて衝突し、地上に降り立った後すぐさま樹上に飛び上がった。木々を渡り、俺達から少し離れた木の枝で、ようやくそれは動きを止めていた。
「りす・・・か?」
「マリネ、ですね。モモンガやムササビの仲間の。」
 気がつくと、ユキと同行していた島村が傍らに立っていた。
「普通は山奥に住む生き物だから、こんな場所で見かけるとは思いませんでしたけど。」
「いや、それよりも・・・そのマリネってのは、ああいう凶暴で人を襲う生き物なのか?」
 そういって俺は、ユキの方を見やった。うずくまった彼女の腕からは、血が流れ出ていた。そのときに俺は、ようやく手当てしなければという考えに行き着いた。
「いいえ。マリネはおとなしい生き物ですから。人を恐がりこそすれ、あんな風に襲いかかるなんて事は・・・」
 手当の為に駆け寄った俺の背中に、島村はそう答えた。
「じゃあ、なんで・・・」
「ここのマリネは肉食なんですよ、きっとっ!」
 介抱する俺に向かって、ユキはそう笑いながら茶化して見せた。
「そんなわけあるかよ。」
 そう言ってユキを見下ろす坂井。その目の冷たさが印象に残った。

 おかあさんの話では、ユキさんはまたけがをした。学校の中を歩いていたら、吹き矢がとんできてささったのだそうだ。
「つくづく運がないな、あのユキって子は。この間の肉食マリネの件といい。」
「本人はとても、明るいけど。」
 おとうさんとおかあさんは、ユキさんの話でもちきりだった。わたしは、ちょっとふくざつな気分だった。
「ねえ、おかあさん。わたしね---」
 そういって話しかけても、二人とも「ああそうだね」といって、すぐに話を元にもどしてしまった。
 仕方がないから、わたしは一人でごはんを食べた。

 ある日、町でユキさんをみた。うでに包帯を巻いていた。ほかの人と一緒だった。
「ねえ、ユキってここんとこ、ついてないよねー。」
「うーん。ツイテナイというか。何者かに狙われてるってカンジなのよねー」
「なにそれ。」
「何かに取り憑かれてるんじゃない? お祓いでもしてもらったら。」
「やだ。あたし、恋愛の神様以外信じないもんっ」
「なんじゃそりゃ。」
「なーにが恋愛の神様なんだか。舞ちゃん先生べったりで、浮いた話の一つもないくせに。」
「えー、だって。」
「だってじゃないよ。あんた、ちょっと舞ちゃん先生独占しすぎ。そのうち刺されるよ。」
「そうかなあ・・・」
「そうだよ。あんた、よくないよ。」
 よくない・・・
 その言葉は、前にもきいたことがある。ユキさんは、よくないひと。そう思ったとき、体のよこを風が通り抜けていくようなかんじがあった。
「きゃっ!」
「わ、ユキ、どうしたの。急に溝に落ちたりして。」
「わかんない・・・わかんないけど、なんか急に突き飛ばされたような気がして・・」
「あんた、やっぱ呪われてるんじゃない? 絶対誰かの恨み買ってるって。」
「そんなあ。あたし、そんな自覚無いのに・・」
 話は、さいごまできけなかった。わたしはこわくなってその場を逃げ出していた。
 あのときわたしの横を通りすぎたもの。あれがきっと、ユキさんをつきとばしたのだ。そしてどうしてあれがそんなことをしたかというと、それはきっとわたしがそう願ったから。あの森での出来事もそうだった。わたしがユキさんをきらいだと思ったら、ユキさんはどうぶつにおそわれてけがをした。よくわからないけど、わたしがユキさんをきらうと、ユキさんはけがをするのだ。

 ユキさんを、きらわないようにしよう。そう、こころに決めた。

 でも、その決意は長くはつづかなかった。

 その日は、おとうさんとおかあさんと、わたしと三人で、お買い物にいくはずだった。
 でも、いく前になってかかってきた電話が、人数を二人にしてしまった。
「ユキが・・・また襲われたらしい。」
 そういって受話器を置くおかあさんの顔は、とても深刻だった。わたしは、おかあさんは一緒にいけなくなったんだなと、直感した。
 ユキさんのせいで。いっしゅんそう思ったけど、すぐにその考えをふりはらった。そういうことをかんがえては、いけないのだ。
「仕方ないな。ゆき、お父さんと二人で行こうか。」
 そういってお父さんは、わたしの片手をとって歩き出した。もう片方の手が、さびしかった。

「よお、相沢・・・祐一!」
 町を歩いていると、お父さんの名前が呼ばれた。
「誰だ、俺を旧姓でフルネーム呼ばわりするやつは。」
「すまんすまん、つい昔の癖が抜けなくてな。川澄祐一君。」
「だから、フルネーム呼ばわりするなと言ってるんだ。」
「はっはっは、照れるな照れるな」
 このばかなことを言っているかみの立った人は、北川おじさん。おとうさんの、むかしからの友達。さいきんはあまりこなくなったけど、わたしがもう少し小さい頃は、よく家にもきてわたしと遊んでくれた。
 とてもいい人。かなりきらいじゃない。
「おー、ゆきちゃんか。しばらく見ないうちにまた大きくなったなあ。子供の成長は早いからなあ。」
 そういって北川おじさんは、わたしのことを抱き上げた。ちょっとはずかしい。
「しかもまた一段とかわいくなって。なー祐一。オレ、このままゆきちゃんお持ち帰りしちゃってもいいか?」
「何バカな事言ってんだよ。ふざけてないでゆき返せ」
「バカな事じゃないさ。オレ、ゆきちゃん大好きだからなぁー。」
「ったく、何言ってんだか。お前の好きなのは違うゆきちゃんだろうが。」
 ちがうゆきちゃん・・・
 わたしの心の中に、いっしゅんであの人の顔が思い浮かんだ。今日おかあさんをこれなくしちゃった、ユキさんの顔が。
「オイオイ、頼むからそれは言わないでくれよ・・・」
「いーや、言ってやる。お前さっき、フルネーム呼ばわりで俺のこといじめてくれたからな。お返しだ。」
「てめー。そういう事言ってると、ほんとにゆきちゃん持って帰っちゃうぞ。」
 ふたりの言葉が、耳からはいって素通りしていく。わたしの頭の中は、すでにユキさんのことでいっぱいだった。
 気がついたときには、わたしは家についていた。
「お、ゆき、気がついたか。全く心配したぞ、途中から急にぼーっとしちゃって。熱でもあるのかと・・・」
 そうやって心配してくれるおとうさんの声も、まだすっきり入ってこなかった。頭のなかには、さっきまでの変な思いがまだのこっていた。

 おかあさんが帰ってきたのは、夜遅くになってからだった。
「舞・・怪我してるのか?」
「・・・大したこと無い。」
 おかあさんの顔や腕には、かすり傷のようなものがいっぱいついていた。
「大したこと無いったってなあ・・・」
「祐一。」
「ん?」
「まだ、確信は持てないんだけど・・・」
 おかあさんは、座り込みながら一息ついて、続けた。
「魔物が・・・出たのかもしれない。」

「坂井?」
 昼食のおろしそばをすすり込んでいるときに、生活指導の谷口から声をかけられた。ユキを襲った犯人がわかったというのだ。
「まさか。」
 だがそれは、私にとっては少し信じがたい結果だった。犯人は、私のクラスの、野鳥観察部の坂井だというのだ。
 確かに、坂井はユキを疎んじている。多少の嫌がらせくらいしかねないのではないかという危惧はあった。だけど。ユキを襲った災難が、すべて坂井の仕業だとは、とうてい考えられなかった。
「・・・あれは、人間にできるようなことじゃない・・・」
 私は、先日ユキに呼び出されたときのことを思い出していた。

 ユキは、神社の前にいた。「また襲われちゃった、へへっ」そう言って笑ってはいたが、その心の内には、得体の知れないものに襲われる恐怖心がありありと見えた。
「何があったの?」
 私は、座り込んでいるユキの隣に腰掛けながら訊いた。
「ガラスが割れて・・・ううん、窓ガラスじゃないの、どこのガラスかわからないけど、とにかく割れる音がして、破片が飛んできて・・・」
「怪我は?!」
「大丈夫。当たったけど、怪我はしてないみたい。」
「そう。でも一応、病院に行った方がいい・・・」
 そう言った矢先、私の横を、風が通り抜ける感覚がした。いや、感覚は風だけではなかった。もっと不自然な、心の中の傷をえぐるような感覚。この感覚には、覚えがある—–
 だが、それが何であったのかを思い出す間も無く、私はユキをかばって地面に伏せなければならなくなった。無数の石の飛礫が、こちらに向かって宙を飛んできていた。幾つか、幾つかが私の背中に当たった。怪我をするほどではないが、痛い。
 結構長い時間が経って、ようやく石は当たらなくなった。背中が痛む。どうせなら、肩こりのツボにでも当たってくれればよかったのに。そう思いながらユキをみると、ユキの目には涙が浮かんでいた。
「泣いてない、泣いてないよ、舞ちゃん先生・・・」

「とにかく、話を聞いてみるか・・・」
 私の目の前には、食べかけのそばがあった。かなり未練があったが、それを残して私は生徒指導室に向かった。

「吹き矢の件と、植木鉢の件と、ガラスの件。これは認めるんだな?」
「はい。」
「じゃあ何で、他のことは認めないんだ!」
「だって、僕がやったんじゃないんですよ!」
 生徒指導室で、坂井は三人の教師に尋問を受けていた。指導主任に、学年主任に、私。
 もっとも私は、まだ何も彼に訊いてはいなかった。
「だったら、誰がやったというんだ!」
「知りませんよ・・・とにかく、僕がやったのはさっきの三つだけです!」
 その通りだ。私は心の中で、そう思った。吹き矢やガラスの事は、彼一人で殺ってやれないことでもない。でも、それ以外の、石が飛んでくるとか、壁にたたきつけられるとか、動物に襲われるとか。そんなことが、彼にできるはずもない。
 彼に、私のような能力があるというのなら別だが----
「谷口先生。」
 私は、立ち上がりながら言った。
「本人がやっていないと言っていることを、無理に追求するのもどうかと。被害者加害者ともに私のクラスの生徒でもありますし、ここは、私に引き取らせていただけないでしょうか。」
「そうですな。」
 あまり事を荒立てたくないのか、学年主任がすぐに同調してくれた。
「川澄先生は、彼も含めて生徒に慕われているようですし。ここで我々ががみがみ言うより、かえってその方がいいかもしれません。」
「わかりました。川澄先生、くれぐれも、よろしくお願いしますよ。」
 二人は、部屋を出て行った。私と坂井の二人だけになった。坂井は黙っていた。
「本当に、三つしかやっていないの?」
 坂井は黙ったままだった。
「大丈夫。私も、他に犯人がいると思っている。」
 その言葉に、坂井ははっとしたようにに顔を上げた。
「どうなの?」
「三つだけです。」
「そう。じゃあ、それについて詳しく聞かせてくれる? それと」
 私は、一呼吸置いて続けた。
「ユキ---竹内にも、この事は話しておくから。」

 私とユキは、私の家に向かう車の中にいた。ユキに坂井のことを話しておかなければならないが、学校や人目につくところでは少し困ると思っていたところへ、ユキが持ちかけてきた。
「舞ちゃん先生、あたし今日、先生の家に行ってもいいですか?」
 家なら無闇に他人に聞かれることもないし、行く途中の車の中でも話はできる。それに、ユキを襲う何者か-おそらくは、魔物-から、ユキを守ることができる。
 車が走り出してすぐ、私は坂井の一件を話した。
「そう、ですか。やっぱり。」
 ユキは薄々、幾つかに坂井が絡んでいるとは感づいていたようだった。そして、全てが坂井の仕業でないことも。
「でも。私、みんなの見ている前で、見えない何かに突き飛ばされたりしたんですよ。それも坂井の仕業ですか?」
「違うと思う。」
 私は断言した。
「何者かはわからないけど・・・坂井以外の、別の何かがあなたを狙っている。」
「ですよね。そうですよね。あたしも、そんな気がするんです。」
 とにかく明るく振る舞おうとするユキ。その姿が、また痛ましく思えた。
「・・・大丈夫。あなたのことは、私が守るから。」
 ユキを励ますつもりで言った言葉だった。だがその言葉で、ユキは却って意気消沈してしまった。
「ごめんなさい・・・舞ちゃん先生にまで迷惑かけちゃって・・・・」
 もはや、取り繕った明るささえもなかった。そのとき私は確信した、この子は本当に、私のことを好きでいてくれるんだと。
「気にすることはない。そもそも、教師というのは生徒が迷惑かけるために存在している。そのために給料をもらっているのだから、いくらでも迷惑かけてくれていいし、頼ってもらっていい。」
「舞ちゃん先生・・・なんかかっこいい!」
 ユキに、少なくとも表面上の明るさが戻った。ついでに言うと、目が潤んでいる。そこまで感動的な台詞だっただろうかと、私は疑問符を抱きながら、家路を急いだ。

 家に着くと、祐一はいなかった。まだ帰っていないらしい。ゆきは帰ってきていた。
「ただいま・・。」
「おかえりなさいっ・・・あ」
 明るい顔で私を迎えてくれたゆきの顔は、後ろに立っていたユキの姿を見て凝固した。
「ゆき、お客さん。ご挨拶は?」
「う、うん。こんにちは、ユキさん。」
「こんにちは、ゆきちゃん。」
 ユキは型どおりの挨拶をすませると、突然「うぅーん」と唸って、何かがはずれたようにゆきを抱きしめた。
「かわいー! ゆきちゃんやっぱりかわいぃ、かわいいよぉ」
 そういって頬ずりしたりしている。ゆきは少し嫌がっている感じだった。が、私は止める気にならなかった。作り物でない、本物の笑顔。今のユキの顔には、それがあった。今辛くてもじっと耐えている少女の顔から、本当に喜べることを奪ってしまうことが、とても残酷なことに思えた。
 ゆきも、そんな私の気持ちを察したのか、何も言おうとはしなかった。

 帰ってきた祐一は、ユキを泊めることに快く賛成してくれた。と言うより、祐一が勝手に決めてしまった。私もユキも、彼女が今日ここに泊まるということまでは考えていなかった。
「いや、訳のわからないものに怯えて一晩過ごすよりは、いっそ泊まっていった方がいいだろう、うん、その方がいい、そうするべきだ。」
 泊まるとも何とも言っていないのに、勝手に泊まると勘違いした。その恥ずかしさを隠したいのか、祐一は必死にユキを泊めようとした。
 私は、一抹の不安を覚えて、祐一にそっと耳打ちをした。
「祐一。」
「ん?」
「もし。もしユキを襲っているのが本当に魔物、あの魔物だとして。」
「ああ。」
「それはもしかして、私の作り出したものではないかしら。」
「そうなのか?」
「わからない。わからないけど・・・あの感覚は、昔私が作り出した魔物とよく似ていた。」
「・・・・。」
「もしそうだとしたら・・・ユキをここに泊めるのは、却って危険。」
「大丈夫だろ。」
 祐一は、即答で私の不安を否定した。
「今さら舞が魔物を生み出してしまう理由もないし、もし仮に生み出してしまったとしたら、そいつが真っ先に襲いかかってくるのは、俺のはずだろ?」
「・・・・。」
「それに、もし魔物が出たとして。その時は、また二人で戦って追い払えばいいじゃないか。昔みたいにさ。」
「・・・・・。」
 祐一の思考は、なんだか楽天的に思えた。それでも私は、その祐一の考えを信じたかった。自分の中の不安は、否定したかった。
 私は、ちらりとユキの方を見た。ユキは眠ってしまっていた。ゆきを抱いたまま。ゆきが困った顔をしていた。
 私は、ゆきをユキの腕から抜き取りながら、眠っている彼女の顔を見た。安らかな寝顔。ここにいれば安心、そう思いきっているのだろうか。
 私の心は決まった。もし魔物が出たとしたら。その時は、彼女を全力で守ってやるまで。それだけのことだ、と。
   

 そして、その夜。魔物は出た。

「ユキ、起きて。ユキ、ユキ。」
「う、うーん・・・」
 おかあさんが、ユキさんを起こしている。
「あ、・・・ごめんなさい、あたし、寝ちゃった」
「これから、食事に行く。起きて。」
「あ、はい・・・」
 ユキさんは、まだねむそうな目でごそごそと支度をはじめた。
「あれ・・・そういえば? 外に食べに行くんですか?」
「ああ。本当は今日は、俺の料理当番なんだけどさ。俺の作るメシ、不味いから。ちょっと食わせられねーなと思って。」
「そうなんですか?」
 そう。おとうさんの作る料理は、正直にいってあまりおいしくない。それはわたしもいつも思っていることだ。でもそれをいってしまうと、おとうさんはとても悲しそうな顔になるので、いわない。
「・・・祐一の料理は不味い。」
「ぐはっ」
 ・・・おかあさんがいってしまった。せっかく、わたしがいわないようにしていたのに。
「でも。昔よりずいぶん、おいしくなった。」
「舞・・・お前ってさ、ほんとにけなしてんだかフォローしてんだか、わかんないよな・・・」
「それは・・・褒めてるの?」
「そんなはずはないだろう。」
 くすくすっ、と、ユキさんがわらう。そのわらいごえを聞いてわたしは、さっきまでの複雑な感じをおもいだした。
 ユキさんのうでに抱かれていたとき。わたしは考えていた。わたしは、ユキさんをあまり好きではなかった。うるさいし、怖いことするし、おかあさんを連れていっちゃう。それなのに、ユキさんはわたしのことを大好きだという。どうしてだろう。どうしてだろう。わたしがユキさんをきらってしまっているのだから、ユキさんもわたしをきらって当然なのに。わたしは、そんなに人に好かれる子なんだろうか。それとも、ほんとうはユキさんは、とてもいい人なんだろうか・・・・。

 気がつくと、手を引かれて夜の道を歩いていた。両隣におとうさんとおかあさん、後ろから、ユキさんがついてきていた。
 ユキさんが、わたしの上に割り込むように、頭をつっこんできた。
「ね。どこ行くんですか?」
「そうだなあ・・・適当にラーメン屋でもいいか?」
「えーと、あたし、グルジア料理屋さんがいいと思います!」
「長寿料理・・・?」
「いや、それは、なんというか、そんな店この辺にあったか?」
 3人の話をききながら、わたしはまた考えていた。この人はいったい、なんなのだろう。わたしはこの人にとって、なんなのだろう。この人はよくないと思っていたから、わたしはずっとこの人がきらいだった。でもこの人がいい人だというなら、そのいい人をきらっていたわたしはどうなるのだろう。
 わたしは、もしかしてよくない子。

 そう思ったとき、通り抜ける風を感じた。あのときと同じ。
 立ち止まる。するどい視線。おかあさんの目が、じっと前を見すえていた。なにかが、たしかにそこにいた。
「下がって・・・!」
 おかあさんの左手が、わたしとおとうさんの行く手をさえぎった。
「出たのか・・・・? 舞!」
 ごくりとつばをのみこむ音がきこえる。わたしのすぐ後ろで、ユキさんが立ちすくんでいた。
「私がやる。祐一は、その二人を守っていて。」
 そういっておかあさんは、私たちをうしろにぐいと押しのけた。
「いや、やるって舞・・・お前、武器もなにも無しに」
「これを使う・・・」
 そういっておかあさんは、道ばたにすてられていた傘を拾いあげた。バンッと勢いよくひらき、その勢いのまま壁にうちつけ、いっきに傘の骨を取り払う。
「舞・・・」
「舞ちゃん先生・・・」
 わたしは言葉がでなかった。
 おかあさんは身構えたまま、じっと何かとにらみあっている。
 何かが、動いた。おかあさんの手がすばやく反応する。だけどそれは、何かをとらえることなく、すっと空振りしてしまう。
 わたしに、来る。そう思った。ユキさんにではなく、わたしに。
 わたしは、ゆっくりと目を閉じた。
「ゆきちゃん、危ないっ!」
 そのこえにおどろいて、ふたたび目を開ける。ユキさんの体が、わたしにおおいかぶさってくるのがわかった。そして、どしんと来る衝撃。
「ああッ!」
 何かは、ユキさんの背中に当たった。ユキさんは悲鳴を上げて、そのまま倒れ込んでしまった。
「ユキ!」
 おかあさんの叫ぶ声。それが一瞬、どっちのことなのかわからなかった。
 何かはそのままとおりすぎて、後ろのほう、私たちが歩いてきた方向でとどまっている。
「何者・・・一体何者・・・!」
 月明かりに照らされて、怒りにふるえたおかあさんの顔が見える。1、2、3。間合いをつめたおかあさんが、そのまま何かに飛びかかっていく。当たった。
 ずきん。
 体の底から、はげしい痛みがわき起こってくる。
「ゆき!」
 わたしを呼ぶ、お父さんの声が聞こえる。その声にふりかえった、おかあさんの姿が見える。そのむこうに、何かがいた。その何かが、少しづつ、はっきりと目に見える形になっていった。人の形。子供。女の子。あれは、わたし・・・?
 再びあれに目を向けたおかあさんが、その場に固まっていた。おとうさんも、ユキさんも同じだった。わたしも、動けずにいた。なにが起きているのか、よくわからなかった。ただ頭の中にあるのは、ひとつだけ。あれは、わたし。
 やがておかあさんが動きを取りもどした。ゆっくりと、軸だけになった傘をおろし、そしてわたしの方に歩みよってきた。
「あれは・・・あなたなの?」
 おかあさんは、ゆっくりと、やさしく訊いてきた。
「あなたなの?」
 わたしは、うなづいた。あれは、わたし。わたしの中から生まれた、わたし。証拠は何もない、だけど、わたしははっきりとした確信をもっていた。
「だったら---」
 おかあさんは、ゆっくりとわたしの前にしゃがみながら、傘の軸をさしだしてきた。
「あなたが、やりなさい。」
 すぐには、意味がわからなかった。
「あなたでないと、できない。」
 両手でさしだされた、傘の軸。これをもって、あの「わたし」と戦えということだろうか。わたしはおかあさんの目を見た。まっすぐにわたしの目を見つめる瞳が、そうだと言っていた。わたしは、おそるおそる、傘をうけとった。「わたし」が、おかあさんのすぐ後ろにまできていた。
 どぐっ。
 にぶいおと。おかあさんが、右手で肩をおさえていた。次の瞬間、おかあさんは体をひねって、左手で「わたし」をふりとばした。からだに、軽い衝撃を感じる。
「さあ、・・・行きなさい。」
 おかあさんは、再びわたしにうながした。自分で生み出した魔物なのだから、自分で始末をつけなさい。そう言っているような気がした。わたしはその言葉に従い、ふりとばされた「わたし」の元に歩いていった。
 どさっ。
 うしろから、倒れるおとが聞こえる。振り返ると、おかあさんが倒れていた。おとうさんとユキさんが駆け寄るのが見える。
「おかあさん!」
 おもわず、叫んでいた。その言葉に、起きあがったおかあさんはこう答えた。
「行きなさい!」
 それは、はじめて聞く母の強い言葉だった。 
 わたしは再び「わたし」の方に向き直り、そして傘をかまえた。「わたし」も、その場に立ちすくんでいるかのようだった。
「うわああああああ!」
 言葉にならない声を叫びながら、わたしは「わたし」に立ち向かっていった。
 ふりおろす傘。当たらない。よけられた。
「消えてっ! おねがいだから、消えてっ!」
 わたしは、必死の思いをさけびながら、「わたし」に傘をうち下ろしていった。
「あなたがわたしだというのなら! おねがい! もう、わたしたちの前から消えてっ!!」
 強くねがう。わたしはもう、わたしの周りの人をきずつけたくない。わたしの好きな人たちを傷つけたくない。だから。だから。人をきずつけるわたしはもう、消えてほしい。無くなって!
 光が、見えた気がした。正確には、感じた。とおりすぎる光が、わたしの前にいた「わたし」にからみつき、わたしの前から引きはなした。「わたし」の姿が見えなくなり、ふたたび何かへと戻った。それは光とからみあいながらうずまきのように空に上って行き、そして、消えてしまった。
「消えた・・・。」
 それがわかった、そこで、わたしの意識はとぎれてしまった。

エピローグ

「舞ちゃん先生っ」
 振り向くとそこに、ユキがいた。
「ゆきちゃん、どうですか? 元気にしてます?」
「・・・問題ない。」
 あの事件から、三ヶ月が経っていた。ゆきは、自分の生み出した魔物を倒したあと昏睡状態に陥り、一週間目を覚まさなかった。その一週間、わたしも祐一も泣き、取り乱していた。そんな私たちを支え励ましてくれたのが、ユキだった。今から思えば、ユキだって精神的にかなり追いつめられていたはず。それを思うと、正直ユキには頭が上がらない思いだ。
「学校にも行ってる。よく笑うようになった。」
 一ヶ月後、ゆきは退院できた。回復したゆきは、何かを吹っ切ったかのように明るくなった。誰とでもよく話すようになり、多少の悪口を言われても平然としていた。時としてお節介と思えるような事をすることもあった。そう、あまり言いたくはないが、誰かに似てきた。
「そう。よかった。」
 あまりよくない、一瞬だけそう思った。
「あなたは、最近おとなしくなった。」
「そう思います? ええ、そう心がけてますから。」
「そうなの?」
「はい。あたしも、いつまでも子供じゃいられませんから。」
 そう言って笑うユキの顔は、少しだけ大人びて見えた。そのとき私は思い出していた。坂井のことは不問にするから、今回の事件はいっさい無かったことにしてくれと、学年主任らに頭を下げるユキの姿を。どうやら私は、この子をかなり見くびっていたようだ。
「じゃ、先生。いずれまた、先生の家行かせてくださいね。ゆきちゃんにも会いたいし。」
「うん、いつでも来ていい。歓迎する。」
 そう言って私たちは、その場を別れた。
「さて・・・今日はもう帰ろうか。」
 今日は、ゆきも祐一も早く帰ってくるはずだ。今帰ればきっと、ゆきのかわいい笑顔が出迎えてくれることだろう。
「おかえりなさいっ、おかあさん。今日ね、おとうさんも早かったんだよ。だからわたし、すごくうれしいっ・・・・・・・・」

完。 

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※2002/9/23執筆 第2回かのんSSこんぺ出稿作品