「行ってきます」
それだけ言って、わたしは外に出た。特に行くところもない、
ただの散歩。だって今日は天気がいいからね。
祐一は、あゆちゃんとどこかに出かけていった。どこへ行ったのかは
わからない。祐一は、当てもない二人の逃避行だなんて言って、
あゆちゃんが本気にしてたけど。
公園で、ハトに餌をやる北川君を見つけた。髪型ですぐにわかった。
しょうがねえなあとか言いながら餌をやっている姿が妙にしっくり
きていて、わたしはつい笑ってしまった。
「あっ」
笑い声で振り返った北川君は、それがわたしだと気づいてひどく
とまどっていた。
-
「水瀬は、何やってるんだ?」
北川君は隣のわたしにそう訊いてきた。公園のベンチに腰掛けた二人。
日差しも風も気持ちいいけど、ベンチだけは少し冷たい。
「ただの散歩。北川君は? ハトの餌やり?」
「いや、決してそういうわけではないんだが・・・」
北川君は、何か言いづらいことがあるように、紙袋をいじり回していた。
餌ではなく自分が食べるつもりだったのかもしれない。でもそれは、
あえて訊かないことにした。
「相沢は? 家か?」
半ばごまかすように、北川君は訊いてきた。
「ううん。あゆちゃんとデート。」
「そ、そうか。」
それを聞いた北川君は、また何か気まずそうな表情をした。
「すまん。」
「え、なにが。」
「いやその。水瀬の前で、二人のことを持ち出したのはまずいかなと。」
「・・・・。」
「あ、美坂から聞いたんだ。水瀬もその、7年も前から、相沢のこと」
-
「うん、そうだね。」
わたしはそう言って立ち上がった。少しだけ、光がまぶしい。
「でも、ふられちゃったんだし。祐一にも彼女出来たし。
それでも想い続けてるなんて、わたし、そんな病んだ女じゃないよ?」
念を押すように、振り返って北川君の顔を見た。北川君は、呆然とした
表情でわたしの顔を見ていた。
「? どうしたの?」
わたしの言葉で、北川君は我に返ったようだった。横を向いて、まあなんだ
とかぶつぶつ言っていた。
クックックッと鳴きながら、ハトが1羽近づいてきた。それを見て、北川君が
さも思い出したように言った。
「ああ、そうだ、オレ、ハトに朝飯食われちまったから、もう帰らないと」
言葉として少しおかしい気がしたけど、気にしないことにした。
立ち上がった北川君に、わたしは声をかけた。
「また、今度。」
「おう、また今度な。」
そう言って北川君は駆けていった。それを見送ってから、わたしも家路についた。
もしかしたら明日あたりいいことがあるかな。そんなことを思った、
春の午後の一時だった。
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※執筆時期不明 「Campus Kanon」続編