北川ラヴ・ストォリィ大作戦

                                                    佐祐理編

 俺は今、恋をしている。相手は、世間一般で言われているような、美坂香里ではない。確かに美坂は美人だが、俺の趣味ではない。しかし世間は、何故か俺と美坂をくっつけたがっている。中には、本編で俺が美坂を追い回しているという醜聞を流す奴までいる。違う、あれは違うのだ。確かにあの日、相沢と水瀬が腹を空かせてぶっ倒れていた日、俺は美坂を手伝ってパンを買いに行った。しかしあの日は、ちゃんと口に出して言っているように、ついでがあったのだ。そう、購買の季節限定販売品「赤マント風チリカツサンド」を買うという用事が。
 まあいい。どんな噂を流されようとも、俺の彼女に対する思いは変わらない。その彼女とは、倉田佐祐理。

 俺が彼女と初めてあったのは、俺達の教室だった。ちょうど俺が清掃当番の日。その日俺は、逃げようととする相沢を監視しながら、労働に励んでいた。そこに颯爽と現れたのが佐祐理様だった。その美しく気品のある姿は、俺の心を射抜いた。もう俺の生活は、彼女なしでは考えられなくなってしまったのだ。
 彼女は相沢と親しい。教室にきたのだって、相沢に会いに来たからだ。俺は、よもやぐうたらで自己中な相沢が、可憐な佐祐理様とつきあうというおこがましいことをしているのではないかと危惧し、奴を問いつめた。だが相沢がつきあっているのは、佐祐理様と一緒に来ていた、舞とか言う暗い女の方らしい。とは言え、浮気者の相沢のことだ、きっと心の内では佐祐理様を狙っているに違いない。そう考えた俺は相沢の女、舞をたきつけ、めっためたにしておくよう手配した。これで、少なくとも当分は、相沢は佐祐理様に手を出さないだろう。
 
 だが、佐祐理様は俺のこんな気持ちを知らない。知っているなら、俺と佐祐理様の仲はとっくにラブラブになっているはずだ。だがそうはなっていない。ということは、佐祐理様は俺の心の内を知らないと言うことだ。だから俺は、このピュアでホットな思いの丈を彼女に伝えなければならない。
 とはいえ、直接彼女を呼びだして俺の気持ちを伝えることはできない。俺はシャイな人間だからだ。そこで、人を介して伝えることにした。とは言え、佐祐理様と俺の仲を取り持てる人間など、限られてしまう。・・・仕方ない、奴に頼むか。

北川「やあ大親友の相沢君。ちょっといいかな?」
祐一「何かな、美坂にベタ惚れの北川君。」

北川「何を言うか、俺は美坂なんかに興味はないぞ。全く、周りで勝手に決めやがって。」
香里「なんかって何よ。失礼ね。」

北川「すまん美坂。噂を払拭するためには、こう言うしかなかったんだ・・・。」
香里「そう。まあいいわ。あたしもあんたみたいな人、興味ないから。」

北川「で、頼みだが・・・。」
名雪「イチゴサンデー3個。」

祐一「何で名雪が報酬を要求するんだ?」
名雪「当然だよ。」
北川「何が当然なんだ?」

名雪「祐一と北川君だからだよ。」
北川「・・・なんで?」

祐一「まあいいか。金出すのはどうせ北川なんだし。」
北川「・・・おい。」

祐一「あ、ちなみに、俺への報酬は、別だからな。」
北川「そんな・・・・。」

・・・仕方ない。愛は金に換えられない。ここは涙をのんで、おとなしく金を出そう。

祐一「で、頼みって何だ?」
北川「ああ。実はな・・・・」
 

 翌朝。俺が佐祐理様を好きなことは、学年中に知れわたっていた。いや、学校中かも知れない。俺の知り合いの一年生が、「北川先輩、3年の先輩の下僕になったって、本当ですか?」と、真顔で訊いてきたからだ。まあ、ばれたものは仕方あるまい。それに、このようなことでくじけるような俺の愛ではないし。
 教室に入り、相沢の元に行く。相沢は毎朝佐祐理様と顔を合わせるらしいから、俺の言葉はもう伝えてくれているはずだ。

北川「相沢。」

祐一「北川。済まん・・・。」
北川「済まんって・・・?まさか、忘れたのか?」

祐一「いや、忘れた訳じゃない、ただ、俺にはとてもあの台詞は言えなかった。・・・くくくくく。」
北川「な、なにぃ!俺が3日掛けて考えたあの台詞を、お前は無に帰したというのかっ!」

祐一「そんなに大事な台詞なら、自分で言うべきじゃないか?」
北川「それができないから頼んでるんじゃないか。」

祐一「とにかく。俺にはあの台詞は口にできん。じゃあな。」
北川「そんな・・・・。」

香里「あら名雪。早いわね。」
名雪「いつもと同じだよ・・・。」

祐一「名雪、ごめん。イチゴサンデーはなくなった。」
名雪「え〜。」

祐一「俺には、あの台詞はとても言えなかった。」
名雪「そっか〜。じゃあ仕方ないね。」
北川「仕方ないで済むかっ!俺の、俺のこの純粋な気持ちは・・・。」

名雪「私が言おうか?」
北川「何、やってくれるか。」

名雪「イチゴサンデー5個。」
北川「いい、いい。5個でも10個でも、好きなだけおごってやる。」

名雪「やった♪ でもあの台詞はさすがに恥ずかしいから、ちょっと手を加えてもいい?」
北川「そうだな・・・。女の子の校正を入れたほうがいいものになるかな。」
 

 昼休み。相沢と水瀬が教室を出てゆく。水瀬は佐祐理様と面識がないので、相沢の仲介が必要というわけだ。俺もこっそりついていこうかと思ったが、見つかると恥ずかしいので、やめた。
 昼休み終了10分前。二人が戻ってきた。

北川「・・・どうだった?」
名雪「『はえ〜〜〜』って。」

北川「蠅?」
祐一「くくくくく・・・。」

北川「で?」
名雪「『間に合ってますから・・・・』だって。」
北川「間に合って・・・・。」
祐一「くくくくく・・・。」

北川「そうか・・・。」
名雪「でも、本心じゃないと思うよ。だって、奴隷が間に合ってる人って、そういないと思うし。」

北川「・・・・は?」
名雪「きっと北川君を傷つけまいとして・・・。」

北川「ちょっと待て、奴隷って何のことだ?」
祐一「くくくくく・・・。」

北川「相沢。どういうことだ?」
祐一「間に合ってるんだってさ。」

北川「だからそうじゃなくて、奴隷って何のことだよ。」
名雪「え?だって北川君、倉田先輩の奴隷になりたいんでしょ?」

北川「誰がそんなこと言った。」
名雪「言わなくても、わかるよ。」

北川「なにをどうすれば、俺が奴隷になりたがってると思うんだ?!」
名雪「あの台詞を、私なりに解釈してみたんだよ。それで、北川君は奴隷志望だって・・・。」

北川「何故そうなるんだ・・。」
祐一「それが普通だと思うぞ。今日一日で校内に広まった噂、知らない分けじゃあるまい。」
香里「そうね。」

北川「・・・で、佐祐理様になんて言ったんだ。」
名雪「『北川って人が、あなたの奴隷になりたいそうですよ』って。」

北川「それだけか?!」
名雪「簡潔な方がいいと思って。」

北川「簡潔すぎる!しかも間違ってる!!」
祐一「佐祐理さんの奴隷になるの、いやか?」

北川「嫌じゃない、けど、・・・」
祐一「じゃあ、間違ってない。これで良かったじゃないか。」

北川「よくねえぇっっっっっ!」
 

 結局俺は、自分で言うことにした。もう恥ずかしいなんて言っていられる状況じゃない。それに、これだけの噂と、水瀬の吹き込んだ情報を考えれば、自分の口で訂正せざるをえないだろう。
 相沢に佐祐理さんの教室を訊き、赴く。相沢は「ちゃんと『ブッシュ斉藤さんいますか?』って呼ぶんだぞ」と言っていたが、誰がそんな事するか。

北川「あの・・・・倉田さん、いらっしゃいますか?」
3年「もしかして・・・君が北川君?」

くそ、俺も有名人になってしまった。

北川「そうです。有名人の北川です。」
3年「くくくくく・・・呼んでやるから、そこで待ってな。」
 

佐祐理「あなたが、奴隷志願の北川さんですかぁ?」
北川「違いますっ」

佐祐理「ふぇ〜〜、違うんですか。祐一さんと水瀬さんから話聞いて、佐祐理は北川さんのこと、奴隷志願で下から見るのが好きな変態さんだと思ってましたぁ〜」

くそ、相沢の奴。さらによけいなこと吹き込んでたな・・・。

北川「違うんです。僕は、純粋に佐祐理様のことを。」
佐祐理「佐祐理『様』ってのは、やめません?」

北川「じゃあ、佐祐理さん。僕の話を聞いてください。」

すぅっ

北川「あの雪光りがまぶしい冬のあの日。あなたは教室に颯爽と入ってきた。可憐なその姿は、見るもの全ての心を捉えたであろう。そして僕の心も、あなたの虜になってしまった。美しい君よ、僕とあなたはあまりに不釣り合いだ。だけどもし、あなたに慈悲の心があるならば、願わくば、この狂おえる心に安らぎを与えてくれたまえ・・・」

佐祐理「はぁ・・・・・。」
北川「佐祐理さんっ、僕と・・・」

佐祐理「だめです、ごめんなさ〜い」
北川    そうですか。」

いや、ここでひいてはいけない。あっさりOKする人なんて、少ないと言うじゃないか。

北川「あの、では、お友達というのは。」
佐祐理「だめです。」

北川「そんな・・・。自分には友達になる価値もないって言うんですか?!」

佐祐理「はい。・・・じゃなくて、北川さん、友達になりたくて友達になろうとしてるんじゃないですよね?」
北川「はあ」

佐祐理「最終的に佐祐理と恋人になりたくて、お友達になろうとしてるんですよね。そういうのって、ダメです。不純です。人として間違ってます。」
北川「が〜〜〜〜〜〜〜〜ん。」

佐祐理「もし北川さんが、下心無く純粋に佐祐理とお友達になりたくなったら、また来てくださいね。そのときは歓迎しますよーっ。」
 
 
 

香里「そう、あえなく玉砕したのね。」
北川「うっ、うっ、、、、、」

祐一「ん〜、いかにも佐祐理さんらしい言葉だなぁ」
北川「うっ、うっ、、、、、」

名雪「北川君、(ちょっとだけ)かわいそう。」
北川「うっ、うっ、、、、、」

祐一「ま、恋はこれで終わりじゃないさ。青春は、まだ続くんだから」
北川「うっ、うぐっ、、、、、」

あゆ「そうだよ。いつかきっと、ボクと祐一君みたいに、すてきな関係になれる恋人が見つかるよっ」
北川「・・・・誰だあんた。」

祐一「あゆ・・・。今の北川に、そんな見せつけるような台詞はくな。」
あゆ「うぐぅ・・・励ますつもりだったのにぃ。」
秋子「まあまあ。 北川さん、落ち込んでいても始まりませんよ?」
北川「ほっといてください。」

秋子「・・・重症ですね。そうだわ、あれを・・・・。」
名雪「(はっ)わ、わたし宿題に出てたヘチマ水の観察やらないと・・・。」
香里「・・そうね、わたしも手伝うわ。」
あゆ「ボクも手伝うよっ」
祐一「俺も・・・。」

だが、相沢だけは逃げられなかった。俺が相沢の袖をつかんで泣いていたからだ。

秋子「あら・・?ずいぶん人数が減ってますね。」
祐一「あ・・・あ・・・・あ・・・・・」

相沢が恐怖におののいている。見ると、秋子さんの手には、黄色い物体の入った瓶があった。

北川「それは・・・?」
秋子「ジャムです。特に、今のあなたのような人には、とても効果的なんですよ」

祐一「助けて・・・お母さん・・・・・」
北川「なんか、相沢おびえてるんですけど・・・。」
秋子「大丈夫ですよ。さあ北川さん、召し上がれ。」

北川「・・・いただきます。」

がぶっ。

北川「・・・・・・・・・・・・・うまい。」
秋子「あら。」
祐一「何?!」

北川「うまい、うまい、うまい、うまい、うまい、うまい、うまい、うまい、うまぁい!」
秋子「あらあら、そんなに喜んでいただけるなんて、うれしいわ。」
祐一「北川・・・・。」

北川「秋子さん。これ、なんですか?なんかこう、傷ついた心を一気にいやしてくれるような・・」
秋子「秘密です。」

北川「秘密ですか・・・。」
祐一「北川、お前どうしたんだ?何か悪いもの喰って、いや喰ってるな。」

秋子「なんですか、祐一さん?」
祐一「ご、ごめんなさい、許して、殺さないでぇ!」
北川「相沢、秋子さんに何て失礼なことを!」

秋子「いいんですよ。それより、もっと食べませんか?ジャム」
北川「はい!」

こうして、失恋で傷ついた俺の心はいやされた。不思議な味のするジャムと、不思議な魅力を持った秋子さんによって・・・。
 
 

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