北川ラヴ・ストォリィ大作戦

秋子編



 俺は今、恋をしている。何度も言うが、相手は、世間一般で言われているような、美坂香里ではない。確かに美坂は美人だが、俺の趣味とは違う。俺は、愛に飢えているのだ。優しさに飢えているのだ。そんな俺の心を満たしてくれるのは、この世でただ一人、彼女だけ。その彼女とは、水瀬秋子。

 秋子様と俺が知り合ったのは、ついこの間。失恋に苦しむ俺に、そっと手製のジャムを渡した秋子さん。そう、それはきっと、俺への気遣い、思いやり、そして愛なのだ。それを伝えるのに、言葉でなくものと雰囲気を使うなんて。何て奥ゆかしい人なんだ。だから、俺には彼女の思いに答える義務がある。たとえこの世の全てを敵に回そうとも!
 そう、俺達の間には、あまりにも障害が多い。そもそも、秋子様と俺とは、親子ほども歳が離れている。もっとも秋子さんは、20代でも通用するくらい若々しく見えるが。だが世間がこの年の差の事実を知ったら、きっと俺達に後ろ指を指そうとするに違いない。オヤジが女子高生に手を出しても許されるのに、女の人の方が年上だと、やれ色ボケババアだのとさんざん罵られる。そう、日本はまだまだ男女不平等社会なのだ。
 こういう事情があるから、秋子さんの方から表立って動くことは難しいだろう。やはりここは、俺の方から積極的に行動するべきだ。まずは、既成事実を作って、世間に俺と秋子さんの仲を認知させよう。そう、「将を射んと欲すれば、まず馬から」と言うではないか。

北川「やあ名雪ちゃん。ちょっといいかな?」
名雪「な、なに?!北川君・・・。」

北川「名雪ちゃん。今日から俺のことを、パパと呼んでくれ。」
名雪「・・・・・・。」
祐一「・・・・・・。」
香里「・・・・・・パパ。」

ふっ。いきなりパパは、ちょっと唐突すぎたかな。まずは「お父さん」だもんな。

名雪「・・・くー。」
香里「あたし、聞かなかったことにするわ・・・。」
祐一「北川・・・。どうしたんだ?何があった?悪いものでも喰って、いや、この間喰ったな。」
北川「何もない。悪いものも喰ってない。俺は俺。北川潤そのもの。そしてなゆちゃんのパパだ。」

祐一「・・・保健室行こう。いや、救急車の方がいいか?緑色の。」
北川「保健室も緑の救急車も、俺には必要ない。俺に必要なのは、愛。愛だけが欲しいのだ。」

香里「北川君、倉田先輩に振られたのが、よっぽどショックだったのかしら。」
祐一「いや、俺はやっぱり、秋子さんのジャムが原因だと思う。」
北川「秋子様の悪口を言うなあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

はっ、いかんいかん。クールな俺としたことが、つい興奮してしまった。

祐一「秋子・・・・様。」
名雪「北川君、お母さんに手紙出すの?」
北川「そうだな、手紙も悪くない。今すぐこの俺の思いの丈を、文章にして手渡したいところだ。」

香里「思いの・・・。北川君、念のために訊くけど、あなたまさか・・・。」
北川「さすがに察しがいいな美坂。そう、俺は秋子さんに、恋をしているのだ!」

教室中に、どよめきが走る。

祐一「そうか、今度は秋子さんの奴隷に・・・。」
北川「だから、何でお前はそう!」

香里「さしずめ恋の奴隷ってとこでしょ。間違ってはいないと思うけど?」
北川「美坂・・・。くぅ、悔しいが、その通りだ。」

香里「北川君。協力してあげても、いいわよ?」
北川「何、美坂、ほんとうか?!」

祐一「香里、本気か?」
名雪「香里・・・・。」
香里「悪いわね、名雪。今ここで北川君を誰かとくっつけておかないと、あたしにこんな風に迫られたらたまらないわ。」

名雪「ひどいよ香里、だからって、お母さんを犠牲に何て・・・。」
北川「貴様ら・・・・。」

香里「おっと。そんな口の利き方はは許さないわよ。あたしは貴重な協力者なんだからね。」
北川「・・・・くそ。」

香里「安心しなさい。あたしは、名雪や相沢君みたいに、協力する振りして話をおもしろおかしくするようなまねをしないわ。」
名雪「わたしは祐一と違って、そんなことしてないよ。」
祐一「俺だって、して・・」
北川「しただろ!」


 翌日。俺は、水瀬家近くのゴミ捨て場の脇に潜んでいた。香里が俺に授けた作戦によるものだ。香里の作戦によると、こういうシナリオになる。

北川「秋子様っ!おはようございます!」
秋子「あら北川さん。おはようございます。早いんですね。」
北川「はい、秋子様に会いたくて、不肖北川早起きしてきました!」
秋子「あらあら。」
北川「ゴミ捨てですか?大変ですね。そんなこと、相沢にやらせればよろしいのに。」
秋子「わたしの仕事ですから。」
北川「そうですか・・・。でもおかげで、こうして秋子様に会うことができてうれしいです!」
秋子「あらあら。そんなこと言ってもらえて、わたしもうれしいわ。」
じ〜〜〜ん。
ぐ〜〜〜ぅ。
北川「あ・・・・・。」
秋子「あら北川さん、おなかが空いてるんですか?」
北川「ははは、まだ朝ご飯まだなんですよ。」
秋子「じゃあ、うちで朝食をご一緒しませんか?」
北川「はいっ!」

・・・と、こうなるはずだ。

 秋子様が、ゴミを持って歩いてくる。ああ秋子様、あなたの美しいその手に、そのような汚いものが・・・。今すぐ、この北川がお持ちいたしますっ!

しゅぅんっ

ん、今脇を何かが走り抜けたような・・・。

あゆ「秋子さん、おはようっ!」
秋子「あらあゆちゃん、早いのね。」

あゆ「えへへへ・・・。秋子さんに会いたくて、早起きしちゃった。」

な、なにっ!あいつ、俺の言おうとしていたことを・・。

あゆ「ゴミ捨てだなんて、大変だねっ。祐一君はやってくれないの?」
秋子「わたしの仕事ですから。」

あゆ「でも、おかげで秋子さんに会えて、うれしいよっ。」
秋子「わたしもあゆちゃんに会えてうれしいですよ。」

ぐぅ〜〜〜〜。

あゆ「あ・・・・・。」
秋子「あらあらあゆちゃん、おなかが空いてるの?」

あゆ「うぐぅ・・・朝ご飯まだなんだよ・・・。」
秋子「じゃあ、うちで朝食ご一緒しません?」

あゆ「うんっ!」

あ、あの女・・・。俺のやろうとしていたこと、全部横取りしやがって・・・。

がさっ

秋子「あら、ゴミの山に何かいるのかしら?」
あゆ「きっと変態さんだよ。ボクがあんまりかわいいもんだから、つけてきたんだよっ」

秋子「あゆちゃん。変態を変態といったら、失礼ですよ?」

秋子様!俺は変態なんかじゃ・・・。あ、行っちゃう。



 

北川「美坂。うまくいかなかった。」
香里「どうして。あたしの作戦に、抜かりはなかったはずよ。」

北川「妨害者が現れた。そいつに、俺のやろうとしたこと全部持ってかれた。」
香里「妨害者?」

北川「確か、相沢の愛人の、あゆとか言うやつだ。」
祐一「♪美坂の「み」はミミズの「み」〜♪」
香里「相沢君・・。」

祐一「はっっ、香里!済まん、今の歌は聴かなかったことにしてくれ!ごめん、申し訳ない!殺さないで!」
香里「とりあえず保留しておくわ。それより、訊きたいことがあるの。」

祐一「何でございましょう、香里様。」

北川「お前の愛人に、あゆっているだろ。」
祐一「愛人?あゆは愛人じゃないぞ。」

北川「このやろ。じゃあ、あの舞って言う暗い女の方が愛人か?」
祐一「お前・・・二人に対して、失礼とは思わないか?」

北川「失礼なのはお前の方だ。二股かけたりして。しかも一人は、小学生じゃないか。このロリコン」
あゆ「うぐぅ。ボク小学生じゃないよ〜」

祐一「あゆ・・・何で学校にいるんだ。」
あゆ「祐一君に会いたかったんだよっ」

名雪「よく咎められなかったね。」
あゆ「壁を上って、窓から入ったんだよ。」
北川「何者だこいつ・・・。」

香里「あなたがあたしの作戦を邪魔したのね。」
あゆ「え?なんのこと?」

北川「とぼけるな!お前の所為で、俺は、俺の愛は、、、、、」
あゆ「うぐぅ〜、なに言ってんのかわかんないよ〜」
祐一「気にするな、あゆ。」
香里「気にして欲しいわね、あたしの作戦を台無しにしておいて。」

祐一「まあまあ香里、ここは一つ、俺の顔に免じて・・・。」
香里「ミミズの「み」って、先の「み」?後の「み」?」

祐一「はっ!ご、ごめんなさい、殺さないで!ひええぇぇぇぇ〜〜〜!!」
香里「じゃあ、あたしの作戦に協力してくれる?」


 美坂の脅迫を受けた相沢が協力して、俺はついに水瀬家にあがることができた。

北川「秋子様・・・・・。」

秋子「あら、北川さん、だったわね。」
北川「北川さんだなんて水くさい。潤ちゃんと呼んでください!

秋子「・・・・潤ちゃん。」
北川「秋子様。」

秋子「潤ちゃん。」
北川「秋子様ぁっ。」

秋子様に抱きつこうとする俺を、相沢が制していた。

北川「はっ、そ、そうだよな。いきなりこんな事、早すぎる。」
秋子「わたし、きた・・いえ、潤ちゃんにずいぶん気に入られたみたいですね。」

香里「潤ちゃん。秋子さんに、言うことがあるのよね。」
北川「そ、そうだ。 秋子様、僕の心はあなたで一杯。僕はあなたの虜。僕の全てはあなたのものです。」

祐一「前回に比べると、ずいぶんシンプルになったな。」

秋子「・・・・・。」

北川「秋子様、僕、あなたの言うことなら、何でも聞けます!」
秋子「・・・そうですか。じゃあ、これからお買い物、手伝っていただけますか?」

北川はいっ!

香里「秋子さん、北川君の言ったこと、ちゃんと理解してるのかしら・・・?」
祐一「大丈夫だ。秋子さんは、何でもお見通しなんだから。」
名雪「お母さん・・・。」

北川「それじゃあ諸君、行って来るよ。るんるんるん♪」
 
 
 
 

秋子「ただいま。」
北川「・・・ただいま。」

名雪「お帰りなさい・・・って、すごい荷物だね。」
秋子「潤ちゃんがいてくれたので、とても助かりましたよ。」
北川「秋子様・・・もったいなくもありがたいお言葉。」

祐一「秋子さん,じつは北川を利用したんじゃ・・?」
香里「ありえなくはないわね。確かめる術はないけど。」

秋子「潤ちゃん。今日はとても助かったから、おこづかいあげるわね。」
北川「秋子様。潤は、そのようなもの、いただけません!」

秋子「あら、でも・・・・。」
北川「僕は、純粋に秋子様の役に立ちたかっただけなんです。」

秋子「わたしも、潤ちゃんにお小遣いあげたかっただけなのよ。」
北川「・・・でしたら、別のものをいただけますか?」
 
 
 
 

名雪「お母さん、ちょっと・・・。」

祐一「名雪。今はそっとしておけ。」
名雪「どうしたの?って、わっ」

香里「・・・北川君、やるわね。」
名雪「お母さん、なにも膝枕なんて・・・。」

祐一「でもあいつ、幸せそうだぞ・・・。」
香里「事情を知ってさえいなければ、ほのぼのとした光景よね・・・。」
名雪「そうだね・・・・。」

祐一「秋子さんの魔力って奴か・・。さ、行こうぜ。新発売のいちごまん買ってきてあるぞ。」
名雪「イチゴ〜〜」
 
 
 

北川「秋子様・・・。」
秋子「・・・なにも言わなくていいのよ。」

北川「はい。」
秋子「またお手伝いしてくださいね。」

北川「はい。」
秋子「潤ちゃん、役に立ちそうだから・・・・。」
 
 

愛する人のそばにいて、役に立てる。俺は、今、最高に幸せだ。
 
 

北川ラヴ・ストォリィ大作戦 完
 

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