檻に封じた動物たち
光を見たくて外に出る
奥に溜まった心の蒸留
飲んで欲しくて湧き上がる
あるべき姿と混じり合い
飲んではならない物となる
あり得ないと叫ぶもの達
押し戻そうと銃を撃つ
そして飛び散る檻も樽も
全てを流し逸し滅す
砕け散った心の欠片
後には何も残らない
砕け散った心の欠片
どこに飛んだかわからない
魔剣
第八話
相沢祐一の心。
俺は今、何を考えているだろう。
目を開けたまま横たわる香里を前に、俺は立ちつくしていた。
俺のためにやったことの、結果がこれか。
口にすればみんなは違うと言うだろうけど、でもこれが事実なんだよな。
でも俺は、どう責任をとったらいいかわからない。
外を見る。
夕闇。なんて絶好のシチュエーションなんだ。
悲しすぎるじゃないか。
このまま黙っていると、悲しくなるばかりだ。
祐一「なあ、栞・・・」
栞「なんですか祐一さん・・?」
祐一「香里、・・どうする?」
栞「どうするって・・・・どうしようも無いじゃないですか。」
今は。
美坂栞の心。
まさか、私じゃなくお姉ちゃんのためにこれを使うことになるなんて。
家にかけてから、まだ手に持ったままの携帯電話。ほんとは携帯とは言わないらしいけど。
元々、お姉ちゃんが言い出したんだよね。私が倒れてもすぐに連絡つくように、って。あのときは過保護なお姉ちゃんだなあって思ったけど。
お姉ちゃんが倒れるなんて考えもしなかったから。正解だったね。すぐにお母さんが来るからね。
栞「それで病院に行けば、・・何とかなります。」
名雪「なればいいけど・・・」
栞「・・・・。」
名雪「わ、ご、ごめんねへんなこと言って。うん、なるよっ、ゼッタイ良くなるよっ」
そうだよ。
水瀬名雪の心。
良くなってくれなきゃ、困るよ。だって香里、わたしの親友なんだよ。
仲が良すぎるとかレズだとか、いろいろ噂たてられたけど、ずっと続いてきたんだよ。
こんな事で終わりだなんて、いやだよ。
ね、香里。香里、ちょっとよくわからないところもあって、わたし寂しいときもあったけど、でもわたしのことはいつも助けてくれたよね。
わたしどうしたらいいかわからないけど、でも、何とか香里を助けるよ。
名雪「なにか、今なにか出来ること、無いかな?」
佐祐理「そう、ですね・・・悔いが残らないようにしないと・・・」
栞「悔いがって・・・もう手遅れみたいじゃないですか・・・」
佐祐理「ご、ごめんなさい・・・そんなつもりじゃ。」
そう、そんなつもりじゃない。
佐祐理の心。
ただ、悲しみをもう、増やしたくなかっただけ。
こんなはずじゃ、なかった。そんな台詞はもうたくさん。
だから今。できること、やりたいと思うことは、ちゃんとやっておかないと。
どんなことになろうとも、ずっと笑顔でいたいから。
佐祐理「香里さん。あなたとは、いいお友達になりたかったです・・・」
舞「・・・」
佐祐理「良くなったら、なれますよね・・?」
舞「・・・。」
佐祐理「ね、舞?」
舞「・・・。」
なれない。
川澄舞の心。
なれるはずがない。
だって、香里をこんなにしたのは、私の所為だもの。
そう、私の所為。
私が剣を渡さなければ、こんな事にはならなかった。
ううん、逆かもしれない。もっと早く渡していれば良かったのかもしれない。
そうじゃなく。それ以前に、剣など拾わなければ。香里の剣を、自分の物にしようとしたから、こんな事に。
きっとこれは罰なんだ。勝手な事した私への
香里はきっと、私の身代わりになってしまった。
だから、香里を助けるためには、私がちゃんと罰せられないといけない・・・
舞「・・・。」
祐一「どうしたんだ、舞?」
剣。あの剣で、私は自らを罰する
舞「・・・無い。」
祐一「は?」
舞「・・・剣がない。」
祐一「剣・・・アレ、そういえば」
無いな。あのとき香里が剣奪い取って、で、そのとき剣持ったままうずくまって、あんな事になって・・・
混乱してたから忘れてたけど・・・どこいったんだ?
祐一「誰も、拾ってないか?」
佐祐理「佐祐理は拾ってないです。」
祐一「・・まだ廊下に落ちてるのかな?」
栞「かもしれません。」
祐一「拾って、くるか・・・」
折角、香里が取り返してくれたんだからな。あんなになってまで・・・
舞「・・・・。」
祐一「みつかんねえなあ・・・」
相沢祐一は廊下を這い回っている。そう、文字どおり、這い回っているのだ。
祐一「たとえて言うならバッドモジョ・・・」
彼自身、その状況をしっかり理解している。根は深そうである。
祐一「なぜこんな事をしているかって?俺は今、捜し物してるんだよ。」
誰が訊いているわけでもないのに、彼はぶつぶつと言い訳がましいことを口にしていた。もしかしたら、彼自身内心非常に己の有様を恥じているのかもしれない。もしくは、逆に極度の恥知らずであるか。
私としては、是非後者を推したいところだ。
祐一「迷子の迷子の駄剣ちゃ〜ん」
まあいずれの理由であるにせよ、私が今彼の前に出ていくことは得策ではない。
祐一「あなたのおうちはここですよお〜」
・・・いっそ、このままなにも見なかったことにして、立ち去った方がいいだろうか。
でも、今の祐一を放って置いて良いものだろうか。あんな状態になってしまった祐一を見捨てていいのだろうか。他の誰かならいざ知らず、私が、この私が。
舞「・・・・。」
祐一「申し、そこなお方。このあたりに不細工な剣が落ちていたと思うのですが、もしや貴方はそれをご存じではありませぬか?」
「しらねーよ、関わらないでくれ!」
・・・ついに被害者まで出てしまっている。
やはり、出ていかなければならないのだろうか。
でも、なんとなく、ヤダ。
北川「相沢・・・・なにやってるんだよお前」
祐一「おお、大親友の北川潤。キミも一緒に、僕の失われてしまった心のかけらを探しておくれ」
北川「さようなら」
祐一「さようなら?なんて冷たいことを言うんだキミは!大親友の俺がこんなにも苦しんでいるというのに、キミは手助けもせずに立ち去るというのかい?!」
北川「しかし・・・今のお前は恥ずかしすぎるぞ。」
同感。
祐一「ケ。所詮お前の言う友情など、その程度なのかよ。こんの役立たずが。」
北川「・・・・今、なんと。」
祐一「使えないって言ったんだよ、役立たずの北川君。」
北川「・・・お、オレは・・・オレは・・・」
あ、北川君涙目。
北川「オレは役立たずじゃねえぇっ!」
祐一「じゃあ手伝え。」
北川「あー、手伝ってやるさ!いくらでもやってやるさ!お前がオレのことを認めざるを得ないくらい、手伝ってやるさ!」
祐一「よく言った北川。ほれ、金属探知器。」
北川「・・・金属探知器?」
祐一「今さがしているのは、剣なんだ。ほら、いつぞやお前が奪おうとして失敗した」
北川「おお、あの忌まわしき剣!あれの所為でオレは、すっかり役立たずのレッテルを貼られてしまったんだ!」
祐一「そう、その剣だ。今その剣が見あたらなくなっている。お前がその手で見つけて、見事名誉挽回を果たしてみよ!」
北川「おおう、やってやるぜ!オレはやるぜオレはやるぜえ!」
北川君。でもそれ、金属探知器じゃなくて消火器。
名雪「あ、こんなところにいた。ね、祐一、」
祐一「おうなんだ、役立たずの名雪。」
名雪「ひ、ひどいよ、役立たずなんて・・・」
祐一「そう呼ばれたくなかったら、手伝え。」
名雪「う、うん・・」
・・・被害者が、また一人・・・
剣は、見つからなかった。
あんなに恥ずかしい思いまでしたのに。
名雪「つくづく北川君って、不幸だよね・・・」
北川「・・・ああ。」
不幸。そう、不幸な事故だった。
オレは相沢と二人で、床を這い回りながら剣を探し回っていた。水瀬はオレ達が人にぶつからないようにと、見張りをしていた。
だが、あまりにも熱心すぎたのかもしれない。オレは、二人からはぐれてしまった。そしてオレは、窓から外を眺めている少女の足にぶつかった。そのときオレは驚いて、迂闊にも上を向いてしまったのだ。
オレは、その場で処刑された。
北川「不幸以外の何者でもない・・・」
祐一「でも、ちょっとよかった。だろ?」
北川「え?いや、それはその」
祐一「蹴られて。」
北川「断じてそんなことはない!」
そうだ。ちっともよくなかった。だいたい蹴られて気持ちいい時というのは、その蹴りに愛がこもっているときだけなんだ。あんな、ただヒステリックな感情から来ただけの蹴りなど、気持ちいいはずが
北川「そうじゃなくてだな。」
祐一「何だ。」
北川「こんなにひどい目に遭ってまで一生懸命探したのに、剣が見つからなかったのが不幸ということだ。」
あの事件のことはもう忘れよう。
名雪「スカートの中まで探したのにね・・・」
だから、忘れたいんだってば。
祐一「全く、見事な汚名挽回だよなあ、北川?」
北川「うっうっうっ・・・」
名雪「祐一。それじゃ、今まで北川君の汚名は濯がれていたみたいだよ?」
祐一「おっと、その通りだな。いや北川、悪い悪い」
北川「うっうっうっ・・・お、お前らだって見つけて無いじゃないかよお!」
舞「・・・私には、汚名など無かった。」
名雪「うん、その通りだよ。」
祐一「名雪にはあったぞ。」
名雪「ひどいよ祐一・・・」
北川「はいはい、汚名も弱みもないのに、探すの手伝っていただいて、ありがとござんした。」
舞「・・・無理矢理だった。」
祐一「ま、この借りはいつか返してもらわないとなあ。」
北川「ああ、そのうちな。」
・・・・・・・・・。
北川「待て。元々これは、お前のために探してるんじゃないか!何でオレがこんな言い方して、恩着せがましいこと言われなきゃいけないんだ!」
祐一「気にするな。」
北川「このやろう・・・・」
祐一「いや、悪かった。・・・・・でもな」
相沢の顔が、憂いを帯びたものになる。この表情に、魅せられてしまう女性も多いのだろうか。
祐一「俺のため・・・ってのは、少し違うんだよ。ここまで熱心に探してるのは、剣をとってくれた香里のためなんだ。」
舞「・・・・。」
北川「美坂の・・・」
美坂は。なんか知らんが倒れたとしか聞いていないが。そうだ、そのことを訊こうとして、相沢探して声かけて、・・・
祐一「そうだ。すっかり忘れていたが、香里どうなったんだ?」
名雪「そうそう、そうだよ。もともとわたし、そのことで祐一探しに来たんだよ。あのね祐一、香里のお母さんが来て、病院連れて行ったんだよ。」
祐一「そうか・・・。」
名雪「今から行っても、もう病院閉まってるよね・・・。」
祐一「そうだな・・・。」
相沢は、肩と目線を落とした。
舞「・・・祐一。」
祐一「せめて、剣だけでも見つかってればな・・・」
北川「ごめん相沢、オレ、また役に立てなくて・・・」
祐一「いいんだ北川、お前の謝る事じゃない・・・」
北川「でも・・・」
祐一「とりあえず、今日のところは帰るか・・・」
名雪「うん、そうだね・・・」
舞「・・・。」(こくり)
祐一「北川、行くぞ。」
北川「あ、ああ・・・。」
すでに立ち上がっている3人。オレも、その後に続いた。
歩く足取りは重い。
校舎を出たところで、オレは空を見上げたくなった。
北川潤の心
捜し物も見つけられないオレに、意味はあるのだろうか。
舞「・・・明日。」
北川「ん?」
舞「・・・明日、もう一度。」
北川「・・・。」
祐一「・・・ん、そうだな・・・。」
捜し物は、まだ見つからない。