荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸Key系ページ >>薫り米 >>KanonSS >>魔剣 >>第七話

魔剣

第七話


祐一「そらが、きれいだな・・・」

曇り空だった。

北川「相沢・・・おまえ、それはもしかして俺に対するイヤミか?」

名雪「どうしてそうなるの?」

祐一「よくわかったな。」

名雪「ほ、ほんとにそうなんだ・・・」

祐一「ついでに言えば名雪、おまえに対するイヤミでもあるぞ。」

名雪「わ、どうして?わたし、イヤミ言われるような覚えなんか無いよ!」

祐一「覚えが無いぃ? おい名雪、北川。おまえら、そろいもそろって役立たずなくせして、よくもそんな偉そうな口が利けたものだなあ。」

祐一は右手の人差し指を立て、順番にぴっぴっと指しながら言った。

北川「い、いやだからさそれは」

名雪「ひどいよ、役立たずなんて・・・」

香里「実際役に立たなかったんだから、役立たずと呼ばれても仕方ないでしょ?」

香里が割り込んでくる。妙にうれしそうな顔で。

北川「ううう・・・」

名雪「わたし、どうしてあんなことになったのか、よくわからないんだよ。仕方なかったんだよ、不可抗力なんだよ・・・。」

少し顔を赤くしながら、名雪がつぶやいた。

北川「そ、そうだ。オレだって、好きで失敗したわけじゃなく、ただ、なんというか、突然気持ちがこみ上げてきたというか・・・」

そして北川は、再びあのときの手の感触を思い出して赤くなっていた。

祐一「あー、わかったわかった。わかったから。俺もう寝る。」

祐一はふて寝モードに入ろうとした。

香里「待って相沢君、寝るのは待って。」

頭をうつぶせようとする祐一の、そのあごを手で押さえながら香里は言った。

祐一「なんだよ香里、俺の睡眠の邪魔するのが、そんなにうれしいか?」

香里「そうじゃなくてね。あのね」

そこまで言って香里は、突如周りをきょろきょろし出した。
 教室にはもちろん、彼女ら以外の人間が大勢いる。中には、彼女らの一挙一動を注意深く見守っているものもいる。おもしろいから。それが彼らの言い分だ。相沢、美坂、水瀬、北川。この4人はこの教室の中では公人扱いなのだ。プライベートなど無いのだ。

香里「相沢君。授業終わったら、ちょっと来てくれない?」

祐一「絶対に嫌だ。」

香里「ど、どうして?!」

予想だにしなかった祐一の言葉に、香里は驚愕を隠せなかった。

祐一「どうせ重たいもの運ばせる気だろう。」

香里「そんなことさせる気無いわよ。・・・誓うわ。」

祐一「わかった。そこまで言うのなら、行ってやっても良いぞ。」

香里「・・・ありがとう。」

なぜ自分がここまで下手に出なければならないのか。香里は少し釈然としなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

授業終了。

祐一「ああ授業の神様、今日も無事に授業を終わらせてくれてありがとう・・・」

北川「授業の神様なんているのか?」

祐一「当たり前だ。浪漫の神様がいるんだから、授業の神様だって当然いて然るべきだろう。」

名雪「浪漫の神様なんているの?」

祐一「いる。おなかに『ロ』って書いてある。」

北川「それって・・・」

香里「馬鹿な事言ってないで。相沢君、行くわよ。」

祐一「おおう。」

香里と祐一は、教室を出た。

名雪「ねえ北川君。祐一、その人のおなか見たのかな?」

北川「人じゃなくて神様。まあ、裸だから見えたんじゃないのか?」

どうでも良さそうに北川は言った。

名雪「はだかなんだ。ちょっとえっちだね。」

北川「なんで?」
 
 
 
 
 

香里と祐一は、人のあまりこない倉庫脇の階段前に来ていた。

祐一「こんなところに俺を連れ込んで・・・どうするつもりだ。」

香里「どうしてほしい?」

祐一「叩かれるのは嫌です。」

香里「叩いたりしないわよ。話があるだけ。」

祐一「話・・・」

香里「うん。あのね・・・」

香里は笑いを解き、真面で祐一に向き合った。

祐一「香里・・」

祐一も真面になる。

「どき、どき。」

栞の目は期待に満ちている。

香里「て、栞、なんでここにいるの・・・」

「おねえちゃんが人気のないところに男連れ込んでますー。相手が祐一さんってのが気に入らないけど、でもこのまま行く末を見守りますー」

香里「・・・あのね栞。お姉ちゃん、大事なお話があるの。だから、ちょっとあっち行っててくれない?」

「わ、人に見られたら困るような事するつもりですー。これはもう、絶対見逃せないですー。」

香里「栞・・・わかったわ、じゃあそこにいてもいいけど、口は挟まないでね。」

「いやですー。お姉ちゃん抜け駆けでずるいですー。私にも物言いする権利あるはずですー。」

香里「そう・・・。じゃあ、仕方ないわね。」

香里はポケットからテープを取り出した。幅広のテープ、それを15Cmほど切り取る。

祐一「香里、おまえいつもそんなもの持ち歩いてるのか?」

祐一のその質問には答えず、香里は切り取ったテープを栞の口元にあてがった。

香里「はい、おしまい。」

「ぇうー! んいううんえううん〜、うんあううううおおいあいえう〜!」

祐一「香里・・・」

香里「さ、相沢君、話の続きよ。あのね」

祐一「お、おう・・なんだ?」

香里「今、困ってるわよね。」

祐一「あ、ああ。ちょっと・・・そうかもな。」

香里「相沢君、あたしのことどう思ってる?」

祐一「ど、どうって・・・」

香里「役立たずだと思ってる?」

祐一「いや・・・頼りになる友人だと思うぞ・・・」

香里「そう。」

そこで香里は言葉を切り、満足そうにほほえんだ。

香里「相沢君、あのね。」

祐一「ああ。」

祐一の喉が、口にたまったつばを飲み込む。

香里「あたしね。相沢君を」
「きらいですー」

祐一「そうだったんか・・・」

予想もしない横槍。香里が横を見ると、右手に剥がしたばかりのテープを持った栞が、不機嫌そうに立っていた。

「いきなりテープ貼るお姉ちゃんなんか嫌いですー」

香里は無言のまま、両手の指を栞の口に入れて引き延ばした。

「へうー、ふぁいふうんへふはあ〜、ふぁふぁひふぁあいひはっふぇひふんへふふぁ〜」

香里「いいこと栞?今度よけいな横槍入れたら、ただじゃ於かないわよ。そう、おしおきペンペンよ。いいわね?」

「えう〜」

祐一「おしおきペンペン・・・」

祐一はそれを見てみたくなった。

祐一「あのな、栞」

香里「相沢君。栞によけいなこと吹き込まないでね?」

祐一「はい・・・」

野望は潰えた。

香里「それでね、相沢君・・」

そう言って香里は、不安そうに栞を見た。
まだ疑っていた。

香里「・・・紙に書くわ。それ見せるから、読んでね。」

祐一「だったら、こんなとこに呼び出さなくても、書いたもの渡すだけで良かったんじゃ・・・」

祐一の言い分をもっともだと思いながら、香里は引き裂いた手帳の一片に伝文を書き殴っていた。

「なに書いてるの?」

香里「見ちゃだめ!」

「えう〜」

祐一「・・・。」

そして書き終わった香里は、それを祐一の目の前にばっとつきだした。
祐一の心臓は、どきどき鳴っている。

『あたしが、川澄さんの持ってる剣を取り返してあげるわ。』

祐一「・・・・・・・なんだ、このことか。」

香里「な、なんだはないでしょ!人がどれだけ苦労して・・」

苦労したのは確かだった。

祐一「わかったわかった、感謝するよ、でも報酬は出せないぞ。」

香里「金品の報酬なら、最初から貰うつもりはないわ。」

祐一「そ、そうか。」

香里「任せて♪」

香里は明るく言い放った。自信に満ちあふれている。

「『金品の報酬ならいらない』って事は、それ以外の何かを貰いたいって事ですよね・・・」

栞はなにやらぶつぶつ言っていた。
 
 
 
 
 
 

香里は歩いていた。目標は、川澄舞。
その後を、祐一と栞が従っていた。

祐一「世界征服に向けての行進だな。」

香里「なんでそうなるのよ。」

祐一「ま、なんとなく・・ところで、舞から剣をとろうってのに、なんの準備もしなくていいのか?」

香里「いいのよ。まあ見てなさい。」

「あ、川澄さんです。」

香里「来たわね。じゃあ、見てなさいよ。」

祐一「あ、ああ・・」
 
 
 
 

廊下を歩く舞と佐祐理。その前に、少し老けた、否大人っぽい感じのする少女が立ちはだかる。

香里「川澄さん。」

「何?」

あまり見覚えのない顔。誰だろう、舞は疑問に思った。

香里「あたし、美坂香里。その剣を返してもらいに来たの。」

「美坂香里さん。」

舞は頭の中を必死で検索していた。答えはすぐでた。こんな知り合いはいない。

佐祐理「返して・・・ですか?」

佐祐理は別の単語にこだわった。

香里「そう、返して。それあたしのなの。」

「・・これ?」

舞は手に持ってる剣を、少し上に持ち上げた。
 

祐一「そ、そうだったのか・・・」

「おねえちゃん、また変なもの集めてたんですね・・・」

祐一は少しショックだった。最初から香里に頼めば良かったと、今更そう思った。
 

香里「うん、それ。」

「でもこれ、舞が見つけたんだぞ?証拠は?」

香里「証拠ね・・そうね、決め手になる証拠は、無いわ。強いて言うなら・・・あなたの良心、かしら。」

「良心・・」

香里「川澄さん。ちいさいころ、きれいな指輪を拾った子がいたとするわね。」

「うん」

香里「その子はそれを、宝物にして大事にしまっておいた。」

佐祐理「はえー、警察に届けないとだめですよ」

香里「あなたは黙ってて。」

佐祐理「ふえ・・・」

香里「でもある日。その子は、指輪の持ち主を知ってしまった。その人は、一生懸命指輪を探していた。」

「・・・。」

香里「そのこはどうしたのかしら?」

「指輪を返した?」

香里「そうね、それが正しい選択だわ。でも・・正しくない選択肢を選ぶ子だって、いるわよね?」

「・・・うーん。」

香里「返さないで、そのまま自分のものにしちゃって、ずっとずっと持ち続けている・・・」

「・・・・。」

香里「あなたは、どちらかしら?」

香里はにっこりと笑いかけた。
佐祐理が笑い返してきたので、少しとまどった。

「舞は・・・いい子だからちゃんと返す。」

香里「そう。」

「・・・・。」

香里「どうしたの?」

舞はもう一度、剣をかざす。

「・・あなたの、なの?」

まだあきらめがつかない。

香里「あたしのよ。それ、・・・一階の倉庫にあったものでしょ?」

「うん・・・」

香里「あたしの。」

「・・・わかった。ごめんなさい・・・」

香里「謝らなくていいのよ。あなたは知らなかったんだから。」

「うん・・・」

舞は剣を差し出した。

香里「ごめんね。」

香里は差し出された剣を、片手でとった。
剣が香里の手に渡る。

「・・・・。」

佐祐理「舞・・・残念だったね・・・」

「・・・。」(こくり)

佐祐理「で、でも。他にももっと、いっぱい剣はあるから。舞に見合うの、探そうよ。あ、そうだ、今度の休みに、祐一さんと買い物にいこ。ね?」

「・・・。」(こくり)
 

祐一「おいおい・・」

二人は週末の祐一の予定を勝手に決めていた。
 

香里「・・・・・。」

香里は無言のまま、その場を去った。

どくん。
 
 
 
 
 

祐一「ご苦労様香里、いやしかし、おどろいたよ、こうもあっさり手にはいるとは、と言うより、香里のだったんだな、知らなかったよ、もっと早く言ってくれれば、あ、相談しなかった俺が悪かったのか、あ、えっと、やっぱり何かお礼するよ」

少し混乱気味の祐一は、一気にまくし立てた。

香里「そ、そうね・・・」

どくん

「おねえちゃん、顔色悪いんじゃ・・・?」

香里「し、失礼ね、顔が悪いだなんて」

「そうじゃなくて、顔色。体調悪いの?」

香里「な、なんでもないわよ。」

祐一「そうか・・? じゃあいいんだけどさ。」

香里「うん、・・・」

どくん

祐一「でさ、お礼。何か欲しいものあるか?あ、あんまり高いものとかだめだぞ、わかってるだろ、俺貧乏だから」

・・・が欲しい。

香里「ち、ちがうの、」

祐一「?」

もっとなかよくなりたい

香里「な、なんでもないわ・・・」

そう、いまはなんでもない、でもいずれは

香里「な・・そうじゃなくて・・・いや」

祐一「なにがいやなんだ?」

いまのままなんていや

香里「・・・・。」

祐一「香里・・やっぱり体調悪いのか?」

香里「大丈夫よ・・・」

祐一「でも、なんか顔赤いし・・・」

香里「え・・・?」

だれのせいだとおもってるのよ

香里「・・・。」

すこしうづくまる、てをあたまにそえる、きぶんをおちつかせて

「おねえちゃん・・・」

祐一「香里、かなりやばいんじゃないか・・・」

ゆういちがちかづいてくる、ちゃんす、このままだきしめて

香里「な・・・何言ってるのよ!」

祐一「え? いや、だって、しゃがみこんだりするから・・・」

香里「・・・ちがうの、なんでもないの」

祐一「何でも無くない。栞、悪いが手伝ってくれ。香里を保健室まで運ぶ。」

「はい」

ゆういちが、あたしを、ほけんしつに。きっとそこではふたりきりの。

香里「な、何考えてるの!」

祐一「なにって・・・体調悪そうだから、診てもらおうと・・・」

香里「ご、ごめん・・・あたし、何言ってるのかしら」

わけわかんないこと。そうわけわかんないこと。どうしてどうしてこんなこと?

香里「・・・・。」

祐一「香里・・」

「おねえちゃん・・・」

らくになるほうほう、かんたんなこと。おもいもの、ぜんぶそとにだせばいい。あらいざらい、はいてしまえばいい。

香里「・・・・だめ。」

すべていってしまえばいい。めのまえにいるのだから、かんたんなこと。

香里「・・・・だめだってば!」

もうつらいおもいはたくさん。すなおになればどんなにらくになれるか

香里「でも、だめなの!」

もうげんかい。いってしまおう、しゃべってしまおう

香里「い、いやっ、いやっ」

いってまえ〜

香里「いやっ、いやっ、いやっ、いやっ、いやっ、いやっ、いやあぁっ!!!!!」

祐一「香里?!」
 
 
 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

香里        !」
 
 
 

ぶつかりあう、否、ひっぱりあう

かたくなに、譲ろうとしない

どちらも、どちらも

そして引っ張られた小さな欠片は

はじけてしまった、音もなく。
 
 
 
 

「おねえちゃん!」

強すぎた。

香里「・・・・・・・。」

解き放つ、つもりだったのに。

祐一「おい、香里、香里、おい、返事しろ」

収まる力が余りに強くて

「放心状態です・・どうしちゃったんですかおねえちゃん・・・!」

でも抑えられるほど強くはなくて

佐祐理「なにしてるんですか?」

引っ張り合って

祐一「佐祐理さん・・・わからないけど、香里が、香里が・・・」

耐えきれなくて

「おねえちゃん、おねえちゃん!」

はじけてしまって

「・・・とにかく、保健室。」

そして

祐一「・・わかった、とりあえず、そうだよな・・」

ぼくは、とびちった。
 

魔剣:第七話終了
第八話に続く

2001年5月13日執筆

  −−−−−−−−−−−−−− SSINDEXに戻る