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魔剣

第六話


祐一「北川ぁ〜〜」

 相沢祐一は北川潤に詰め寄っている。
決して、彼を襲おうとか言う目的ではない。

祐一「おまえ、何ですぐ逃げなかったんだよ〜」

北川「い、いや、その・・・・」

 純真な少年北川潤は、そこで頬を赤らめた。
彼の心の中には、あのときの一瞬の甘酸っぱい思い出がローディングされていた。

祐一「北川・・・おまえ、まさか・・・」

北川「い、言わないでくれ・・・!」

祐一「実はあのとき、お漏らししてたのか?」

北川「するか!」

 お漏らし。それは、経験のある人間にしかわからないつらさである。お漏らしをするのに年齢は関係ない。幼児とか年寄りに限ったことではない。15になっても、30になっても、漏らしてしまう人間は漏らしてしまうのだ。もしそんな人間を見つけたら、決して非難や哀れみの目で見てはいけない。ましてや、からかいの対象になどもってのほかである。

祐一「北川、俺は、本気で相談に乗るぜ。」

北川「だから違うって言うのに・・・」

 お漏らしをしてしまう人間をいじめてはいけない。

香里「相沢君、その辺にしといてあげなさい。」

祐一「え、だってよ・・・」

香里「そもそも、北川君に頼んだりしたのが間違いだったのよ。」

北川「そ、そりゃないぜ美坂・・・」

香里「実際失敗してるでしょう。」

北川「うううう・・・」

祐一「そうだよなあ。他の誰かに頼めば良かったのかなあ。」

香里「そうよ。最初から、あた」
名雪「わたしに頼めば良かったんだよ!」

祐一「名雪・・・」

名雪「祐一。どうしてわたしに頼んでくれなかったの?わたし、祐一の役に立つことでは右に出るものはいないと思ってるんだよ。」

香里「・・・・。」

祐一「そうだな・・・右か左かは別として・・・北川が役立たずだった以上、他の誰かに頼まないといけないからな。うん、名雪に頼もう。」

名雪「うんっ、まかせてよ!」

祐一「ちなみに報酬は出ないぞ。」

名雪「祐一・・・・ケチ。」

祐一「悪かったな。」

名雪「うん、でも、わかったよ。祐一貧乏だもんね。居候だもんね。甲斐性無しだもんね。はっきり言って水瀬家の寄生虫的存在で穀潰しだけど、わたしとくっついちゃえばそんなことかんけーねーぜ!状態だもんね。」

祐一「・・・わかった、イチゴサンデー。それでいいだろ、な、な?」

名雪「うんっ!」

祐一「じゃあ名雪・・・放課後に説明するから、そこで待機していてくれ。」

名雪「うん、わかったよ。」

香里「・・・。」

それぞれの席に戻る祐一と名雪。その名雪の頬に、香里の手がすっと伸びた。

んに〜〜〜

名雪「い、いたひ・・・なにふるのかほり・・・・」

香里「別に。ちょっと虫がとまってただけ!」

香里は少し泣いていた。
北川も泣いていた。
 
 
 
 
 
 
 

名雪「で、祐一。わたしは何をすればいいの?」

祐一「全く北川といい名雪といい、頭の中に何の作戦も無しに協力するなんて言い出してるのかよ。」

名雪「だって・・・」

香里「だってじゃないわよ。」

祐一「全く、どいつもこいつも役に立たない連中ばかりだぜ・・・なあ北川?」

北川「うっうっうっ」

香里「あたしは役に立つわよ。」

名雪「北川君は、何をしようとして失敗したんだっけ?」

祐一「舞の持ってる剣を盗もうとしたんだ。」

名雪「わ、盗みはよくないよ、犯罪だよ〜」

祐一「北川が言い出したことだ。」

責任転嫁されていた。

名雪「わたしは、もっと正々堂々とやりたいよ。」

祐一「正々堂々ねえ・・」

名雪「うん、正々堂々。で、祐一はその剣がほしいんだよね。」

祐一「ま、欲しいというか、ちょっと調べたいというか」

名雪「わかった。でも、少し準備がいるから、実行は明日にしようね。」

祐一「・・・?あ、ああ・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

翌日。

廊下を歩く舞と佐祐理。

「今日も祐一とお昼♪お昼♪ ささやかな日常だけど、舞幸せ・・」

そこに立ちはだかる、一人の少女がいた。
長い髪、美しい足、そして手には木刀を持った、水瀬名雪が。

名雪「川澄舞さん、決闘だよ!」

何故かフルネーム敬称だった。

祐一「何考えてるんだあいつ・・・」

香里「理解しない方がいいと思うわ。」

背後には、事の成り行きを見守る祐一と香里がいた。

「・・・けっとう?」

佐祐理「ふえ、インシュリンですかあ?」

名雪「そのけっとうじゃないよ!川澄舞さんはわたしと戦って、そしてその剣をわたしに譲るんだよ!」

「この剣が欲しいの?」

舞は剣を両手で持ち上げ、指し示した。

名雪「そうだよ。その剣が欲しいんだよ。」

「あげない。」

名雪「じゃあ、力尽くで貰うよ!」

名雪は木刀を冗談に構え、俊足で舞に向かっていった。

「わ、本気で戦う気なの。怪我しても知らないぞ?」

 そう言って舞は、まず佐祐理を軽く押して、名雪の延線から逸らした。そして、名雪の剣先が届くかという、その微妙な瞬間に右肩をひねって半身となる。

名雪「避けるなんて卑怯だよ!」

「卑怯じゃない。」

名雪の無茶苦茶な物言いに、舞は不満の声を上げた。

祐一「これが名雪のいう正々堂々なのか・・・」

祐一は妙に納得していた。

 名雪が身を立て直し、舞に向き直る。
舞はすでに構えている。この間、名雪に手を加えてはいない。

本気で戦うつもりはない。

名雪「100mを5秒で走るわたしのスピードを見切るなんて・・・さすが、だよ。」

祐一「それは世界新だというのに・・・」

「あなたが賢い人なら、ここであきらめるべきだと思うな。」

名雪「今度はさっきみたいには行かないよ!」

賢くないらしかった。

名雪「どんっ!」

 名雪の右足が床を蹴る。常人の目には、その一瞬の動きは見えない。
剣を構えていない。陸上短距離走のフォーム。隙だらけだが、スピードははるかに出る。
 舞には、その隙が見える。しかし、そこは突かない。よけいな怪我はさせたくない。再び舞に接近し、剣を構えたとき。そのとき、その剣を払おう、そう考えていた。

1秒もない。もう、名雪は剣を構え出している。今   

そのとき、佐祐理が声を発した。

佐祐理「いいなあ・・・佐祐理も一緒に遊びたいなあ。」

舞は、佐祐理のその発言にツッコミを入れたくなった。その瞬間、舞の緊張はとぎれた。
それは、祐一と香里も同じだった。

名雪だけは、聞いていなかった。

名雪「もらったよ!」

名雪の声が、廊下に響く。その声に、舞は我に返り、あわてて身を後ろに引いた。

パシィンッ

直撃は避けられた。が、剣を払われてしまった。
名雪の目的は、剣だ。

カラーン

乾いた音がこだまする。

直後。名雪の手は、落ちた剣に伸びていた。

名雪「やったよ、祐一!」

剣を高々と掲げ、ぴょんぴょんと跳びはねる名雪。

「・・・・。」

香里「・・やるものね・・・。」

「・・・祐一、そこにいるの?」

舞が祐一の存在に気づく。

祐一「ああ、舞。ごめんな、変なことになって。ちょっと、その剣調べたかっただけなんだよ。」

「・・・。」

祐一「・・怪我、無かったか?」

「・・・無い。」

名雪「・・・祐一。」

祐一「そうか。それはよかった。  さて名雪、大儀だったな。」

名雪「・・・。」

祐一「約束だから、イチゴサンデーはおごるよ。とりあえず、剣渡してくれ。」

名雪「・・・いやだよ。」

祐一「名雪・・?」

祐一が立ち止まる、舞と名雪の狭間で。

名雪「祐一・・。わたしより先に、川澄舞さんの怪我の心配するんだね・・・。」

祐一「あ?いや、その・・・」

名雪「そりゃそうだよね。祐一、川澄舞さんのことが好きなんだもんね。」

祐一「名雪・・・」

名雪「考えてみたらわたし、バカみたいだね・・・一人ではしゃいじゃって」

名雪の、首と腕とが、力無く垂れ下がってゆく。

名雪「ほんとはね祐一・・この剣とったら、もしかしたら祐一、川澄舞さんと別れて私のところにくるかな、なんて。そんな虫のいいこと考えてたんだよ・・・」

祐一「名雪・・・」

 ごめん、その言葉が、祐一の脳裏に浮かんだ。が、それを口にすることはできなかった。出てこない言葉。
その言葉を出したのは、舞だった。

「・・・ごめんなさい。」

名雪「川澄舞さん・・・」

「・・・これしか、言えない。」

名雪「い、いいんだよ・・・わたしが勝手に突っ走ってただけだから・・・わたしこそ、いきなり決闘始めたりして・・・」

「・・・もしあなたが祐一を奪ったら、私もそうしていた。」

祐一「・・・・・・。」

祐一は少し怖かった。

名雪「う、ぐす・・・」

 名雪は泣いている。その名雪の肩を、舞は片手でそっと抱いた。

沈黙。

そして名雪が沈黙を破る。

名雪「川澄舞さん・・この剣、返すね・・・」

祐一「・・・え?」

名雪「祐一が振り向いてくれないなら・・・持っていてもしょうのないものだから・・・」

祐一「おい、それじゃ話が・・」

「・・・解った。」

剣は舞の手に戻った。

佐祐理「名雪さん、立てますか?」

名雪「うん、怪我したわけじゃないから・・ごめんなさい、お騒がせしました。」

佐祐理「あははー、気にしないでください。今度は佐祐理と決闘しましょうねーっ。」

ずれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

北川「水瀬・・・どうしたんだ、泣き顔・・・だぞ?」

教室に一人戻った名雪に、北川はそう声をかけた。

名雪「う、ううん・・・何でもないよ。」

北川「そうかあ? あれ、相沢と美坂は?」

名雪「・・・・。」

北川「いっしょじゃなかったのか。いや、別にいいんだ。」

名雪「・・・北川君。わたし、祐一ともう顔会わせられないよ・・・」

北川「なんで。」

名雪「わたし、変な事言っちゃったよ・・・どうしてあんな事言ったのか、わからないよ・・・」

名雪は、また泣き出しそうになった。
北川は、自分が泣かせたものと思いこんだ。

北川「ま、ま、な、なにがあったかしらなけど、さ、ほら、メシ食おうぜメシ。オレンジガナッシュ風揚げソーセージロールって、ほら、購買の新メニュー。」

香里「よけい泣くんじゃない?」

いつの間にか戻った香りが、そうつぶやいた。

北川「そ、そうかな・・・」

香里「あたしだったら、泣かないけどね・・・」

北川「・・・?」

香里は腕組みしながら、窓に向かって微笑していた。
 
 
 

魔剣:第六話終了
第七話に続く

2001年4月29日執筆

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