昼前。午前と言うのだろうか。
相沢祐一はぼんやりと外を眺めていた。
祐一「あ、九官鳥の群が飛んでる・・・」
北川「っておい、野生の九官鳥かよ!そんな日常の風景みたいに言わないでくれよ!」
祐一「何を言うか。野生のアヒルや鶏がいるんだから、九官鳥が野生化していたって別に不思議ではないだろう。」
北川「え?ま、そりゃそうかもしれないけど・・・」
祐一「久々にゆったとりとした時間をすごしてるんだからさ。邪魔しないでくれよ。」
北川は黙ってしまった。少し悲しそうだった。
そして相沢祐一の優雅な時間は続いた。彼女が扉を開け放つその瞬間まで。
舞「祐一ちゃん、いる〜?いるよねえ、せっかく舞がこうしてきたんだからぁ。」
祐一「げ。」
舞「祐一ちゃんが寂しがってると思って、舞はるばるやって来ちゃったぁ」
佐祐理「あははーっ、佐祐理もいますよお」
彼女たちは、なんのためらいもなく教室に踏み込んでいった。いつもの光景だった。誰も何も言わない。
そして二人は祐一の接近してゆく。祐一は少し怯えていた。
舞「何怯えてるのお?別に、いじめに来たわけじゃないのよん」
祐一「いや、それは解ってる」
この上苛められたりしたらたまったものではない、祐一はそう思った。
舞「ね、祐一♪」
祐一「な、なに?!」
祐一はまだ怯えていた。
舞「舞が来て、嬉しい?」
祐一「いや、それは・・・」
そういって祐一は目を反らした。
佐祐理「あははーっ、祐一さん、照れてますよーっ。」
祐一「いや、決して照れているんではない。」
舞「え・・・?」
1秒ほど呆然とした表情になる舞。目を反らしていた祐一は、それに気づかなかった。
舞「祐一・・・もしかして、嬉しくない?」
祐一「・・・え?」
その言葉に驚いて、祐一は振り返った。舞の目は潤んでいた。
これはまずい、祐一がそう感じたときには、時は既に遅かった。彼は教室中の視線を一手に受けていた。しかも、決して憧れや尊敬のまなざしなどではない。非難と軽蔑の視線だ。これに耐えられる人間は、そんなにいない。相沢祐一は耐えられない人間だった。彼は、救いを求めるように友人3人の方を向いた。名雪、香里、潤。彼らの目にもまた、軽蔑の色が浮かんでいた。
名雪「<あーあ祐一ってば、また女の子泣かせてるよ。>」
香里「<ほんっとに、女心のわからない人ね。>」
北川「<オレ、友達やめようかな。友達いなくなっちゃうけど。>」
祐一「ええい、だまれだまれだまれぇ!」
3人とも何も言っていないにも関わらず、祐一は一人で勝手に叫んで暴れ回っていた。
そんな祐一を、舞が唐突に抱きかかえた。
祐一「え?」
何が起きたのか解らず戸惑う祐一。そして、その祐一を抱きかかえる舞。二人には体格差がほとんどないので、さすがに軽々と言うわけには行かない。
祐一「ま、舞・・?」
舞「祐一が喜んでくれないなら、いっそここから飛び降りる。」
祐一「は?!」
舞「祐一も一緒。2人で心中。」
祐一の頭の中に、情報検索命令と回答が流れる。祐一の席は窓側。しかもここは3階。地上約10m。頭から地面に突っ込めば致命傷。うまいこと足を下にしても、よくて片足破損。少なくとも言えることは、とてもイタイ。これを逃れる方法は。舞から逃げること。でも、今自分はしっかり舞に抱きかかえられている。まず、この呪縛から逃れなければならない。
祐一は、子供がだだをこねるように手足をばたばたと動かした。ただでさえ祐一を持つのに苦労している舞は、ふらふらとよろけた。
佐祐理「あー。いいな舞、佐祐理にもやらせて。」
それを見た佐祐理は、何を勘違いしたのか、にこにこしながら接近してきた。
やばい。祐一はそう感じた。とにかく、今舞といるより佐祐理の手に身柄が渡ったときの方がやばい、そう感じた。窓から二人で心中するよりやばいことがあるのかどうか疑問だが、とにかく彼はそう感じた。
佐祐理「舞。佐祐理にも祐一さん貸して。」
舞「・・・え〜?」
舞は少しいやそうな顔をした。
佐祐理「いいでしょ。ちょっとだけ。ね?」
舞「うん・・・」
舞は、しぶしぶながら祐一を佐祐理に渡した。佐祐理は、祐一の体を軽々と抱きかかえた。祐一を受け取ると、佐祐理はにっこりと微笑んだ。
佐祐理「はーい、祐一ちゃん。佐祐理ママでちゅよー」
祐一「ーーーーーー!!!!」
佐祐理「うふふ、祐一ちゃん、おおきくなったねー。」
祐一は暴れた。否、暴れようとした、力の限り。逃げようとして。だが、その手足はしっかりと佐祐理の両腕にかためられていて、ささやかな抵抗程度にしかならない。そして、その小さな手足の動きは
佐祐理「まあ、祐一ちゃん、ぱたぱたしちゃってかわいい〜」
彼にとって不幸な結果しか生んでいなかった。
祐一「さ、さゆりさん・・・やめてくれよ・・・」
祐一は、やっとの思いでそう声に出した。大声は出せなかった。みんな見てるから。
だが、佐祐理は
佐祐理「まあ、祐一ちゃんしゃべれるようになったのねー。ママうれちいでちゅよー」
聞いちゃいなかった。
祐一は泣き出したかった。でも、泣けなかった。そうすればさらに悪い結果を招くことは明白だった。
佐祐理「はえ〜、どうしたのかな?機嫌悪いのかな〜?」
そう言いながら祐一の顔を覗き込む佐祐理。祐一は思わず顔を逸らした。
佐祐理「う〜ん・・おっぱいかな?おむつかな?」
祐一「(おっぱいがいい)」
祐一は直感的にそう思った。そして次の瞬間、激しい自己嫌悪に陥った。
自己嫌悪状態にあるため、祐一の顔はさらにむずかしいものになった。
佐祐理「この顔はやっぱりおむつかなー。今取り替えてあげまちゅねーっ。」
そう言って佐祐理は、祐一の体を机の上に横たえた。
祐一「・・・え?!」
佐祐理の手が、祐一の腰に伸びる。この時祐一は、佐祐理が何を意図しているのか、完全に理解していた。
祐一「やめて・・やめてくれよ・・・!」
ショックのあまり、祐一の喉は震えている。か細い声しか出ない。
佐祐理の手が、祐一のベルトにかかった。
佐祐理「むずからなくてもいいですよーっ、すぐに終わりまちゅからねーっ。」
祐一に微笑みかけながら佐祐理は言った。
佐祐理のその女神のような笑顔が、今の祐一には酷く恐ろしいものに見えた。
やはり暴れて脱出するしかないのか。そう考えた祐一は、渾身の力を振り絞って暴れた。
佐祐理「あ、こら、暴れちゃダメでしょーっ」
舞「あ、私が抑えてるね♪」
出番到来とばかりに舞が駆け寄り、祐一の体に上半身を覆い被せた。
祐一「ま、まい・・・」
精一杯の哀願のまなざし。祐一は舞に、救いを求めた。
それを見た舞は、ほんの少しだけ優越感を感じた。そして、祐一に小声で語りかけた。
舞「祐一。助けて欲しい?」
祐一「え・・?」
舞「それとも、佐祐理に脱がされたい?」
祐一「い、いやだ・・・こんなとこで脱がされるのはいやだ・・・・」
舞「こんなとこじゃなかったらいいの?」
祐一「え、そりゃあ、誰も観ていない二人きりの状況なら」
舞「佐祐理。すっかり脱がせちゃって。」
佐祐理「あははーっ。じゃあ、取っちゃいますよーっ。」
佐祐理は祐一のベルトをはずした。
祐一「!!!!!!」
舞「祐一が悪い。」
祐一「え、あ、そ、それは・・・」
ズボンのフックがはずれる。
祐一「た、たすけてくれ・・・助けてくれよ、舞!」
舞「じゃあ、もう浮気しない?」
祐一「浮気なんかしてない!」
舞「・・・・。」
祐一「わ、わかった。浮気しない。約束する。」
舞「これから舞の言うことなんでもきく?」
祐一「なんでもというわけには・・・」
舞「・・・・。」
祐一「わかった、きく、なんでもきく!」
舞「OK.約束破ったら承知しないぞ」
舞は祐一の額に軽くチョップし、そして起きあがって佐祐理の方を向いた。
舞「さゆりん、すとぉーっぷ。」
佐祐理「ふえ?あとちょっとなんだけど。」
佐祐理の手は、祐一のズボンの両端にかかっていた。彼女の言葉どうり、あと少しだった。
舞は顔を佐祐理に近づけた。
真剣な眼差し。
舞「祐一脱がせていいのは。私だけ。」
佐祐理「ふえ・・そ、そうだね。あはは、佐祐理悪のりし過ぎちゃった。」
舞の気迫に押されて、佐祐理は簡単に折れた。もとより、突っ張るほど重要なことでもなかった。
その間に祐一は、机から降りて立とうとしていた。先刻までの恐怖が余韻として残っていて、手足ががくがくと震える。立ち上がろうとしてよろけ、膝をついた。
香里「北川君。手伝ってあげたら?」
北川「そうだな」
だが、北川より早く、舞が祐一の元に立って手を貸していた。
祐一「さ、さんきゅ・・」
祐一は立ち上がる。この時ズボンが少しずり落ちた。
祐一「あ・・・・」
祐一は羞恥のあまり真っ赤になった。慌ててズボンを戻そうとする。が、手が震えてうまくいかない。
香里「北川君。手伝ってあげたら?」
北川「何でオレが。」
祐一はやっとの事でズボンをあげた。だが、ベルトを締めるのにまた手間取っていた。
舞「私が手伝って上げるね♪」
祐一「い、いいよ・・・」
舞「遠慮しないの。」
そういって舞は、祐一の手を払いのけてベルトを締め、ファスナーが開いていることに気付いてそれも締めた。
舞「はい、おしまい。」
祐一はかなり恥ずかしかった。
それでも祐一はかなり落ち着きを取り戻していた。周囲からの憐憫と嫉妬の視線は相変わらずだったが、それにも慣れはじめていた。
祐一「ふう・・・」
ため息一つ。
ふと、祐一の背中をつつくものがいた。
祐一「ん?」
祐一が振り返ると、そこには名雪がいた。
まるで猫を見たときのような、あの甘い目つきで。
祐一「な・・・なんだ?」
名雪「次、わたし。」
祐一「え・・?」
名雪「わたしもゆういちだっこする・・・」
冗談じゃない、祐一はそう思った。そして、迷わず逃げた。
名雪「あ、祐一、どこ行くんだよ!わたしの足から逃げられると思ってるの?」
そう言って名雪は後を追った。
舞「わー、追いかけっこ。舞が先に捕まえちゃうぞ♪」
舞も教室を飛び出していった。
佐祐理「あ、舞、待って。えっとみなさん、これで失礼しますねーっ。」
佐祐理も出ていった。
静まりかえる教室。
残された30余名の生徒+1。
学級委員の美坂香里は呟いた。
香里「・・・バカ?」
そして、いつの間にか入ってきていた教師山形は呟いた。
山形「俺の授業・・・・」
魔剣:第四話.終了。
第五話に続く。
−−−−−−−−−−−−−−