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魔剣

第四話


昼前。午前と言うのだろうか。
相沢祐一はぼんやりと外を眺めていた。

祐一「あ、九官鳥の群が飛んでる・・・」

北川「っておい、野生の九官鳥かよ!そんな日常の風景みたいに言わないでくれよ!」

祐一「何を言うか。野生のアヒルや鶏がいるんだから、九官鳥が野生化していたって別に不思議ではないだろう。」

北川「え?ま、そりゃそうかもしれないけど・・・」

祐一「久々にゆったとりとした時間をすごしてるんだからさ。邪魔しないでくれよ。」
 

北川は黙ってしまった。少し悲しそうだった。
そして相沢祐一の優雅な時間は続いた。彼女が扉を開け放つその瞬間まで。

「祐一ちゃん、いる〜?いるよねえ、せっかく舞がこうしてきたんだからぁ。」

祐一「げ。」

「祐一ちゃんが寂しがってると思って、舞はるばるやって来ちゃったぁ」

佐祐理「あははーっ、佐祐理もいますよお」
 

彼女たちは、なんのためらいもなく教室に踏み込んでいった。いつもの光景だった。誰も何も言わない。
そして二人は祐一の接近してゆく。祐一は少し怯えていた。

「何怯えてるのお?別に、いじめに来たわけじゃないのよん」

祐一「いや、それは解ってる」
 

この上苛められたりしたらたまったものではない、祐一はそう思った。
 

「ね、祐一♪」

祐一「な、なに?!」
 

祐一はまだ怯えていた。
 

「舞が来て、嬉しい?」

祐一「いや、それは・・・」
 

そういって祐一は目を反らした。
 

佐祐理「あははーっ、祐一さん、照れてますよーっ。」

祐一「いや、決して照れているんではない。」

「え・・・?」
 

1秒ほど呆然とした表情になる舞。目を反らしていた祐一は、それに気づかなかった。

「祐一・・・もしかして、嬉しくない?」

祐一「・・・え?」
 

その言葉に驚いて、祐一は振り返った。舞の目は潤んでいた。
 これはまずい、祐一がそう感じたときには、時は既に遅かった。彼は教室中の視線を一手に受けていた。しかも、決して憧れや尊敬のまなざしなどではない。非難と軽蔑の視線だ。これに耐えられる人間は、そんなにいない。相沢祐一は耐えられない人間だった。彼は、救いを求めるように友人3人の方を向いた。名雪、香里、潤。彼らの目にもまた、軽蔑の色が浮かんでいた。

名雪「<あーあ祐一ってば、また女の子泣かせてるよ。>」

香里「<ほんっとに、女心のわからない人ね。>」

北川「<オレ、友達やめようかな。友達いなくなっちゃうけど。>」

祐一「ええい、だまれだまれだまれぇ!」
 

3人とも何も言っていないにも関わらず、祐一は一人で勝手に叫んで暴れ回っていた。

そんな祐一を、舞が唐突に抱きかかえた。

祐一「え?」
 

何が起きたのか解らず戸惑う祐一。そして、その祐一を抱きかかえる舞。二人には体格差がほとんどないので、さすがに軽々と言うわけには行かない。

祐一「ま、舞・・?」

「祐一が喜んでくれないなら、いっそここから飛び降りる。」

祐一「は?!」
 

「祐一も一緒。2人で心中。」

 祐一の頭の中に、情報検索命令と回答が流れる。祐一の席は窓側。しかもここは3階。地上約10m。頭から地面に突っ込めば致命傷。うまいこと足を下にしても、よくて片足破損。少なくとも言えることは、とてもイタイ。これを逃れる方法は。舞から逃げること。でも、今自分はしっかり舞に抱きかかえられている。まず、この呪縛から逃れなければならない。

祐一は、子供がだだをこねるように手足をばたばたと動かした。ただでさえ祐一を持つのに苦労している舞は、ふらふらとよろけた。

佐祐理「あー。いいな舞、佐祐理にもやらせて。」

それを見た佐祐理は、何を勘違いしたのか、にこにこしながら接近してきた。
 

 やばい。祐一はそう感じた。とにかく、今舞といるより佐祐理の手に身柄が渡ったときの方がやばい、そう感じた。窓から二人で心中するよりやばいことがあるのかどうか疑問だが、とにかく彼はそう感じた。

佐祐理「舞。佐祐理にも祐一さん貸して。」

「・・・え〜?」
 

舞は少しいやそうな顔をした。
 

佐祐理「いいでしょ。ちょっとだけ。ね?」

「うん・・・」
 

舞は、しぶしぶながら祐一を佐祐理に渡した。佐祐理は、祐一の体を軽々と抱きかかえた。祐一を受け取ると、佐祐理はにっこりと微笑んだ。

佐祐理「はーい、祐一ちゃん。佐祐理ママでちゅよー」

祐一「ーーーーーー!!!!」

佐祐理「うふふ、祐一ちゃん、おおきくなったねー。」
 

祐一は暴れた。否、暴れようとした、力の限り。逃げようとして。だが、その手足はしっかりと佐祐理の両腕にかためられていて、ささやかな抵抗程度にしかならない。そして、その小さな手足の動きは

佐祐理「まあ、祐一ちゃん、ぱたぱたしちゃってかわいい〜」

彼にとって不幸な結果しか生んでいなかった。
 

祐一「さ、さゆりさん・・・やめてくれよ・・・」

祐一は、やっとの思いでそう声に出した。大声は出せなかった。みんな見てるから。

だが、佐祐理は

佐祐理「まあ、祐一ちゃんしゃべれるようになったのねー。ママうれちいでちゅよー」

聞いちゃいなかった。
 

祐一は泣き出したかった。でも、泣けなかった。そうすればさらに悪い結果を招くことは明白だった。

佐祐理「はえ〜、どうしたのかな?機嫌悪いのかな〜?」

そう言いながら祐一の顔を覗き込む佐祐理。祐一は思わず顔を逸らした。

佐祐理「う〜ん・・おっぱいかな?おむつかな?」

祐一「(おっぱいがいい)」
 

祐一は直感的にそう思った。そして次の瞬間、激しい自己嫌悪に陥った。
自己嫌悪状態にあるため、祐一の顔はさらにむずかしいものになった。

佐祐理「この顔はやっぱりおむつかなー。今取り替えてあげまちゅねーっ。」

そう言って佐祐理は、祐一の体を机の上に横たえた。

祐一「・・・え?!」
 

佐祐理の手が、祐一の腰に伸びる。この時祐一は、佐祐理が何を意図しているのか、完全に理解していた。

祐一「やめて・・やめてくれよ・・・!」
 

ショックのあまり、祐一の喉は震えている。か細い声しか出ない。

佐祐理の手が、祐一のベルトにかかった。

佐祐理「むずからなくてもいいですよーっ、すぐに終わりまちゅからねーっ。」
 

祐一に微笑みかけながら佐祐理は言った。
佐祐理のその女神のような笑顔が、今の祐一には酷く恐ろしいものに見えた。

やはり暴れて脱出するしかないのか。そう考えた祐一は、渾身の力を振り絞って暴れた。

佐祐理「あ、こら、暴れちゃダメでしょーっ」

「あ、私が抑えてるね♪」
 

出番到来とばかりに舞が駆け寄り、祐一の体に上半身を覆い被せた。
 

祐一「ま、まい・・・」 精一杯の哀願のまなざし。祐一は舞に、救いを求めた。
それを見た舞は、ほんの少しだけ優越感を感じた。そして、祐一に小声で語りかけた。

「祐一。助けて欲しい?」

祐一「え・・?」

「それとも、佐祐理に脱がされたい?」

祐一「い、いやだ・・・こんなとこで脱がされるのはいやだ・・・・」

「こんなとこじゃなかったらいいの?」

祐一「え、そりゃあ、誰も観ていない二人きりの状況なら」

「佐祐理。すっかり脱がせちゃって。」

佐祐理「あははーっ。じゃあ、取っちゃいますよーっ。」
 

佐祐理は祐一のベルトをはずした。

祐一「!!!!!!」

「祐一が悪い。」

祐一「え、あ、そ、それは・・・」
 

ズボンのフックがはずれる。

祐一「た、たすけてくれ・・・助けてくれよ、舞!」

「じゃあ、もう浮気しない?」

祐一「浮気なんかしてない!」

「・・・・。」

祐一「わ、わかった。浮気しない。約束する。」

「これから舞の言うことなんでもきく?」

祐一「なんでもというわけには・・・」

「・・・・。」

祐一「わかった、きく、なんでもきく!」

「OK.約束破ったら承知しないぞ」
 

舞は祐一の額に軽くチョップし、そして起きあがって佐祐理の方を向いた。

「さゆりん、すとぉーっぷ。」

佐祐理「ふえ?あとちょっとなんだけど。」

佐祐理の手は、祐一のズボンの両端にかかっていた。彼女の言葉どうり、あと少しだった。
 

舞は顔を佐祐理に近づけた。
真剣な眼差し。

「祐一脱がせていいのは。私だけ。」

佐祐理「ふえ・・そ、そうだね。あはは、佐祐理悪のりし過ぎちゃった。」
 

舞の気迫に押されて、佐祐理は簡単に折れた。もとより、突っ張るほど重要なことでもなかった。

その間に祐一は、机から降りて立とうとしていた。先刻までの恐怖が余韻として残っていて、手足ががくがくと震える。立ち上がろうとしてよろけ、膝をついた。

香里「北川君。手伝ってあげたら?」

北川「そうだな」
 

だが、北川より早く、舞が祐一の元に立って手を貸していた。

祐一「さ、さんきゅ・・」
 

祐一は立ち上がる。この時ズボンが少しずり落ちた。

祐一「あ・・・・」
 

祐一は羞恥のあまり真っ赤になった。慌ててズボンを戻そうとする。が、手が震えてうまくいかない。

香里「北川君。手伝ってあげたら?」

北川「何でオレが。」
 
 

祐一はやっとの事でズボンをあげた。だが、ベルトを締めるのにまた手間取っていた。

「私が手伝って上げるね♪」

祐一「い、いいよ・・・」

「遠慮しないの。」
 

そういって舞は、祐一の手を払いのけてベルトを締め、ファスナーが開いていることに気付いてそれも締めた。

「はい、おしまい。」
 

祐一はかなり恥ずかしかった。

それでも祐一はかなり落ち着きを取り戻していた。周囲からの憐憫と嫉妬の視線は相変わらずだったが、それにも慣れはじめていた。

祐一「ふう・・・」

ため息一つ。

ふと、祐一の背中をつつくものがいた。

祐一「ん?」

祐一が振り返ると、そこには名雪がいた。
まるで猫を見たときのような、あの甘い目つきで。

祐一「な・・・なんだ?」

名雪「次、わたし。」

祐一「え・・?」

名雪「わたしもゆういちだっこする・・・」

冗談じゃない、祐一はそう思った。そして、迷わず逃げた。

名雪「あ、祐一、どこ行くんだよ!わたしの足から逃げられると思ってるの?」

そう言って名雪は後を追った。

「わー、追いかけっこ。舞が先に捕まえちゃうぞ♪」

舞も教室を飛び出していった。

佐祐理「あ、舞、待って。えっとみなさん、これで失礼しますねーっ。」

佐祐理も出ていった。
 

静まりかえる教室。
残された30余名の生徒+1。

学級委員の美坂香里は呟いた。

香里「・・・バカ?」
 
 

そして、いつの間にか入ってきていた教師山形は呟いた。

山形「俺の授業・・・・」
 
 
 
 
 

魔剣:第四話.終了。
第五話に続く。
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