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魔剣

第三話


山形「ふ。ふふふふふふ・・・」

教師「山形先生、どうかしたんですか?」

職員室。教員の屯する場。教員以外の職員は事務室と呼ばれる場所にいるのだから実際には教員室と呼ばれるべきである。

山形「けーんけーんけーんみーん やきびーふん・・・」

教師「・・・・。」

「・・・失礼します。」

祐一「俺も失礼します。」

石橋「何だ相沢。どうしたんだ?」

祐一「あ、俺じゃなくてちょっと、舞が」

石橋「ん、川澄が?」

「・・・剣、返してもらいに来た。」

石橋「剣?」

祐一「いや、ちょ、ちょっと山形先生に用事が・・・」

石橋「山形先生に・・・」

石橋は山形の方を見た。山形は一人笑っていた。

石橋「今でないとだめか?」

「・・・今がいい。」

石橋「そうか・・・。」

祐一「何か不都合があるんですか?」

石橋「いや、不都合というか・・・今日の山形先生は、ちょっとおかしいんだ・・・」

祐一「おかしい?」

山形「秋野ヨーコ。荻野目ヨーコ。具志堅ヨーコー。ぐふふふふふ・・・」

祐一「・・・・。」

祐一は今、必死に自己の脳内情報を引っかき回していた。山形という教師はあんなキャラクターだっただろうか。

山形「ぼくさー、ぼくさー、ボクサー。ぐふふふふふ・・・」

祐一「・・・ちがうな。」

相沢祐一の知っている山形という教師は、あんな人物ではなかった。もっと気さくで、何となく物わかりの良さそうな、少なくとも明るい人間だったはずだ。

山形「やっぱりお米はぁ水晶米」

出直した方が良さそうだ、祐一はそう判断した。今の教師山形は、明らかにヘンな人だ。
だが舞は、そうは思わなかったらしい。もしくは、気づいていなかったか、それともそういうことには無頓着であったか。

黙って歩み寄り、山形の傍らに立った。

「・・・・。」

山形「まんぷくまる!たららん」

「・・・先生。」

山形「かわすみ・・・」

山形はにやりと笑った。

山形「からすみはボラの卵巣・・・」

「・・・剣、返して。」

舞は山形の言葉をあっさり無視した。

山形「剣。」


山形は、放ったギャグが不発だったため、不満そうだった。
が、その表情はすぐに持ち直される。

山形「けーんけーんけーみーん、やきびーふん・・・・」

「・・・。」

舞の頭の中は、一瞬、焼きビーフンのことでいっぱいになった。
焼きビーフンは飽きるほどは食べていなかった。

「・・・そうじゃない。」

舞は思考を戻した。 山形は一人でくっくっと笑っていた。その両手は、舞からの預かりものがしっかりと抱きしめていた。

「・・・返して。」

山形は一人悦に入っていた。ナルシストの心境。

舞は強硬手段に出た。山形の合意を得ることなく、剣を取り戻しにかかった。剣を両手で引っ張る。意外なほどするりと抜けた。

「・・・。」

川澄舞、駄剣奪還。

用が済むだけ済むと、舞はさっさと部屋を出てしまった。祐一は慌てて後を追った。

祐一「あ、し、失礼しましたっ」




祐一はすぐに追いついた。舞が立ち止まって待っていたからだ。

祐一「あ、おっとっととと」

舞が待っているとは予想していなかった祐一は、危うく追い越してしまうところだった。

祐一「えっと、良かったな舞。剣戻ってきて。」

「うんっ。」

祐一「さ、帰るか。」

「祐一。」

祐一「うん?」

「佐祐理、今日遅くなるんだって。」

祐一「そうか。」

「今は、祐一と舞と、ふたりっきりっ」

祐一「そうとも言うな。」

「だから。デートしよっ」

祐一「・・・・・は?!」

祐一は立ちすくんでしまった。
約2秒。

祐一「でー、っと・・・・」

祐一は時間稼ぎとはぐらかしの為に、そんなことを言った。

「祐一最低。」

祐一「さ、最低はないだろう・・・」

最低ってのは一番下のことなんだぞ、祐一はそんな当たり前のことを思っていた。

「でも。」

舞は両手を祐一の頭に回してきた。舞が持っていた剣が、祐一の頭に当たった。
祐一は痛かった。

「ほんとは、祐一は舞の中では最高!」

祐一「あ、あのなあ・・」

先刻の時間稼ぎが不発だったため、祐一はまだ状況把握が出来ていなかった。
ふと気付くと、二人の周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。
放課後恋愛ショー。そんな言葉が祐一の脳裏に浮かんだ。
二人を焦点に、様々な視線が飛び交っていた。羨望、嫉妬、慈愛、期待。
祐一は、とりあえず恥ずかしくなった。

祐一「舞、移動しよう。」

「うんっ。」

舞は祐一の腕にしがみついてきた。舞が抱えていた剣が、またしても祐一の頭に当たった。

ごちっ

祐一「イタイ・・・」

それは冗談抜きで痛かった。頭が悪くなるのではないかと思うほど痛かった。
その痛みは、相沢祐一を13秒思考停止させた。
そしてその痛みから復帰したとき。祐一の頭に、一つの疑念が浮かんだ。

自分の左腕にしがみつく舞。今の彼女は、いわゆる「いつもの舞じゃない」状態にある。
だが、先程はどうだったろう。つい先刻まで、舞はいつもと同じ無口で自己進行的な「いつもの舞」ではなかったか。

祐一「何が彼女をそうさせたのか!」

祐一は戦前の映画のタイトルを口走った。

「祐一、ふるーい。」

その指摘が出来る舞も古いのかもしれない。古き物。培われしもの。好ましき物。大切な物。

そして祐一は、先刻自分の頭に打撃を与えたものに考えを及ばせた。
そもそも、舞がおかしくなったのは昨日。舞が剣を抱えだしたのも昨日。
今は剣を持っている。でも、昨日、舞が逃げたとき、彼女は剣を持っていただろうか。
そして祐一は、ようやく一つの結論を出した。

祐一「舞、その剣を俺によこせ。」

「え?」

祐一「いいから。」

「うーん・・・・」

舞はしばし考え込んだ。手放したくないのだ。

祐一「一つ、確かめたいことがあるんだ。」

舞は考えた。手放したくはない。でも、祐一がそういうなら、少しだけ渡してもいいかな。でも、そのまますんなり渡してしまって、果たしてよいものだろうか。いや、と言うよりも、折角のこのチャンスを、何か有益なことに生かした方がいいんじゃないかな。

「祐一」

祐一「なんだ。」

「キスしてくれたら、渡してもいいよっ」

祐一「・・・・・・。」

祐一は考えた。キスぐらい、別にどうってことない。と言うより、是非したいくらいだ。折角舞がそう言ってるのだから、してしまってもいいか。いやしかし、周りをよく見ろ。あの俺たちを取り囲むものの、色事に飢えた目を。このまますんなり、彼らの欲求を満たしてしまってよいものか。それは、天下のひねくれ者相沢祐一の名に傷を付けることになりはしないか。

考えたあげく祐一は、妥協点を見いだした。別の場所に移ればよいのだ。何だ、簡単なことではないか。
有効な解決策を見いだした祐一は、早速それを実行に移した。舞の手を取り、たっと駆け出す。迅速に、予測不可能なほどに。それは、今周りにいる人間に後を付けられないため。
舞にとってその一連の行動は楽しかった。

そして二人は、誰もいない場所に着く。それは、先日舞が逃げ込んだ場所でもあった。
祐一がそれを意図したわけではない。ただ彼の心の隅に、この場所の情報がおかれていたことは事実である。

相沢祐一は、この部屋に誰もいないことを確かめると、黙って舞に手を差し出した。
舞は、その差し出された右手のひらに、自信の左手を添える。

祐一「て、何お手やってんだよ。」

「祐一が手を差し出した。」

祐一「そうじゃない。俺は、その剣を渡せという意味で手を出したんだ。」

「だったら、最初からそう言ってっ。」

舞は剣を渡そうとし、そして思い直してそれを引っ込めた。

「キスが先。」

祐一「・・・わかった。」

この部屋には誰もいない。遠慮する理由はない。断る理由もない。祐一は自分の心を決するため、そう念じた後舞ににじり寄った。

二人の距離が近づいた。
心は。既に同じものを求めていた。
23Cmの空間。これを最後に、二人の視覚情報は意図的に中断される。
あとは、嗅覚と、皮膚の感覚。そして、お互いの信頼。
唇の感覚。
32秒。







二人の視野が再び開けたとき、その片隅に止まるものがあった。
扉の方向。
二人がそちらを向くと、ビデオカメラを構えた少女がそこにいた。

佐祐理「あはは、見つかっちゃいました」

祐一「さ、佐祐理さん・・・・」

佐祐理「でも、いいですよねーっ?お互いやましいことしたわけじゃないんですし。」

祐一「そ、それは・・・」

「うーん、いいけど。でも、そのテープはどうするの?」

舞は、佐祐理の手にあるカメラを指して言った。

佐祐理「大丈夫。裏で売りさばくなんて事はしないから。」

「そんなことわかってる。」

佐祐理「佐祐理が家に帰ってから、ゆーっくり楽しませてもらうからねーっ」

「わかった。」

祐一「わかったって・・・納得なのか?!」

祐一としては、それもやめてほしかった。恥ずかしいから。他に理由など無かった。

祐一「佐祐理さん、お願い・・そのテープ返して。」

佐祐理「え?このテープはもともと、佐祐理のですよ?」

祐一「いや、そういうことじゃなくて・・・」

佐祐理「あ、わかりました。ダビングしてほしいって事ですねーっ。」

祐一「いや、そういう意味でもない・・・」

佐祐理「いいんですよ。青春の思いでは、やっぱり手元に残しておきたいですよねーっ。」

佐祐理は限りなく嬉しそうだった。
祐一は、頭を抱えてへたり込んでしまった。
舞はそんな二人を見ながら、笑っていた。両手に、剣を抱えながら。

魔剣:第三話.終了
第四話に続く
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