魔剣
第二話
翌日。
相沢祐一は登校拒否を起こしていた。
祐一「東京コーヒー東京コーヒー、うー、俺はキーコーヒーが好きなんだあ!」
秋子「ごめんなさい、うちは自家製なのよ。」
どうやらコーヒーの木も自宅の庭で栽培しているらしかった。
何故北の地でコーヒーが育つのかは、気にしてはいけないらしかった。
祐一「登校拒否はいつから不登校になったんだあ!言葉のまやかしだあ!」
名雪「行くよ祐一!時間無いよ!」
名雪に引きずられ、祐一は強制的に家から排除された。
佐祐理「あ、祐一さんだ。」
舞「わ〜!祐ちゃんだあ〜。おはよぉ〜!」
祐一「こ、こっち来る・・・・。」
飛びかかってくる舞を避けるため、祐一は咄嗟に名雪を楯にした。
名雪「わ〜、何するの祐一!」
抵抗する名雪。こうも暴れたのでは、楯として役に立たない。それ以前に、楯そのものが危害を加える可能性すらあった。
その間にも舞は祐一に接近している。
祐一は、仕方なく逃げることにした。
祐一「あばよ、キャロリーナ。」
そう言って祐一は、柵に右手と左足をかけた。
名雪「え?祐一、そっち川だよ?」
祐一「気にするな。」
名雪「気にするよ〜。川に飛び込んでどうするつもり?」
祐一「古来より、スズメバチに襲われたときは池に飛び込んでやり過ごすだろう。それと同じだ。」
名雪「トムとジェリーの見過ぎだよ・・・」
舞はさらに接近している。
祐一は右手に力をかけ、足を蹴り上げて、宙に舞った。
祐一「ああ。今の俺って、端から見るとちょっとかっこいいんだろうな・・・」
バカだった。
祐一が右手を放す。暫しの上昇、そして落下。3mの下には、流れる川。あそこにたどり着けば、逃げられる・・・・。
そのとき、もう一つの物体が宙に飛んだ。高速で移動してきたそれは、地上から祐一のいる場所へ、地面を蹴って飛びかかってきた。
舞「捕獲っ」
祐一「何故!」
事態は最悪だった。観衆はおよそ10人、いや20人はいるだろうか。
その全てが、空中で抱き合う二人に注視している。
そして2mの下には川。
1m。
ばしゃん
祐一「っってぇ〜!」
川は浅かった。座っても腰を浸す程度の深さしかなかった。
臀部を打った祐一は、かなり痛そうだった。
祐一「〜〜〜〜・・・」
舞「祐ちゃん、大丈夫?」
祐一に抱きついたまま、舞は祐一をいたわった。
祐一「尻が痛い・・」
名雪「祐一、お尻痛いんだ。」
北川「何やってんだよ、お前ら。」
名雪「あ、北川君。」
北川「おはよう、水瀬。」
名雪「おはよう。北川君、祐一、お尻痛いんだって。」
北川「知ってる。聞いてた。」
名雪「普段から鍛えておかないからだよね。」
北川「尻って鍛えるものか?」
名雪「北川君、祐一にお尻の鍛え方教えてあげてよ。」
北川「何で俺が。」
名雪「北川君、お尻のこと詳しそうだから。」
北川「・・・なんか引っかかる言い方だな。」
名雪「そんなことないよ。」
祐一「・・なあ、漫才やってないで、できれば助けてくれないかな?」
川の深さは助けると言うほどのものでもなかったが、コンクリートで固められた川縁は、一人で上るには少しきつい高さだった。
佐祐理「あははっ、じゃあ、佐祐理が手伸ばしますから、それに掴まってください。」
そう言って両手を伸ばす。
祐一「え?二人いっぺんはきついんじゃない?」
佐祐理「あははーっ、大丈夫ですよーっ。佐祐理はこう見えても力ありますからーっ。」
そう言った後、佐祐理はぐんと両手を引き上げた。
引き上げられた舞と祐一は柵の柱に掴まり、壁を蹴って上まではい上がった。
おーっ、観衆が拍手する。
北川「素敵だ・・・。」
北川が妙に感心していた。
祐一は、恥ずかしかった。
玄関で3人は分かれた。
佐祐理「それじゃ祐一さん、またお昼。」
祐一「ああ、そうだな・・・・。」
舞「祐ちゃん、しばらく会えないけど、我慢してねー!」
ぶんぶんと手を振りながら去る舞の姿に、祐一はため息を付くしかなかった。
昼。
舞「お昼♪お昼♪祐ちゃんとお昼♪ご飯もうれしいけど、やっぱり祐ちゃんと一緒っていうのがうれしいのー」
教師「おい、川澄。」
舞「あ、山形先生。ねえねえ、山形先生は新潟出身なのに、どうして山形なの?」
教師(山形)「それを言ったら、沖縄には宮城や石川がたくさんいるじゃないか。こっちの方が変だぞ。」
舞「舞、沖縄行ったこと無いからわかんない。」
教師(山形)「それはいいとして。川澄、その背中に背負ってるものは、なんだ?」
舞「剣。」
教師(山形)「剣?」
舞「舞の宝物なの♪」
そういって舞は、剣を教師に見せた。
教師(山形)「・・・これ、剣なのか?」
舞「うんっ」
教師に目にも、それは剣には見えなかった。
教師(山形)「何でこんな物背負って歩いてるんだ。」
舞「宝物だから。」
教師(山形)「宝物だからって、何も背負って歩くこと無いだろう。」
舞「でも、大切なものだから。」
教師(山形)「みっともないぞ。」
舞「みっともなくないの!」
教師(山形)「川澄、それ預かっておこう。」
舞「え?没収?」
教師(山形)「没収じゃない。だけどな、これはあまりにも見栄えが悪い。川澄への周りの目もあるだろう。だから、今日一日預かっておく。」
舞「預かるだけ?」
教師(山形)「ああ、帰りにちゃんと返すから。な。」
舞「・・・うん。」
剣は教師(山形)の手に渡った。
教師(山形)「帰りに職員室まで取りに来いよ。それと、あんまり変なもの拾うなよ。」
舞「・・・・。(こくり)」
教師は去っていった。
舞「・・・・・。」
舞「・・・・・わたし」
佐祐理「あ、舞ーっ。こんなところで何してるのぉ?早くいこ。」
舞「・・・佐祐理。」
佐祐理「ん?どうしたの?」
舞「・・・私。佐祐理に何してた?」
佐祐理「え?」
舞「・・・恥ずかしい事してた。」
佐祐理「え。」
たーっ。
佐祐理「あ、ちょ、ちょっと舞!」
突如、廊下を駆けてゆく舞。
佐祐理は慌ててその後を追った。
祐一「お昼♪お昼♪佐祐理さんのお弁当♪・・・でもハイテンションな舞と会うのはちょっと憂鬱・・・」
祐一はスキップとため息を繰り返しながら、廊下を進んでいた。
その様は、端から見ると少し異常に見えた。
どしん!
祐一「ってぇ〜。ちゃんと前見て歩けよ!」
舞「・・・ごめん。」
祐一「って、舞か。どうしたんだよ。」
舞「・・・・・・祐一?」
かぁ〜っ
舞の顔が、見る見る赤くなった。
舞「・・・私・・・・祐一・・・・恥ずかしい・・・。」
祐一「え?」
たーっ。
祐一「あ、おい、待てよちょっと!」
佐祐理「あ、祐一さん。」
祐一「今、舞が。」
佐祐理「ええ。佐祐理も、舞のこと追いかけてたんです。」
祐一「何があったんだ?」
佐祐理「よくわからないんですけど。あ、舞逃げちゃう。」
祐一「わかった。俺も追いかける。」
祐一は立ち上がり、二人は舞を追い出した。
祐一「・・・なあ、佐祐理さん。」
佐祐理「何です?」
祐一「舞がさ、なんか恥ずかしいって言ってたんだけど。」
佐祐理「あ、さっきもそんな事言ってました。」
祐一「俺の事かな?」
佐祐理「どうでしょうねーっ。」
祐一「でも、俺、恥ずかしい人じゃないよな・・・?」
佐祐理「そんなこと無いですーっ。祐一さんは、凄く恥ずかしい人だと思いますよーっ。」
祐一は悲しかった。
舞は走っていった。逃げていた。その後を、祐一と佐祐理が追いかけていた。
逃げる舞。二人をかわそうと、懸命になっていた。
曲がり角。舞は減速せずに地を蹴ってそこを曲がる。そのとき、舞の目に扉が映った。舞は咄嗟にそれを開け、中に入った。
数秒の後、祐一と佐祐理が追いつく。
だが、その視界の先には、舞の姿はない。
祐一「・・・?」
佐祐理「はえ〜。確かにここを曲がったと思ったんですけど。」
突如目標を見失い、二人は途方に暮れていた。
だが、祐一が半開きになった扉に気付いた。
祐一「・・・ここに隠れてるんじゃないか?」
祐一は扉を開け、小さな部屋の中に入った。
部屋は簡易倉庫だった。
探すまでもなく、祐一は部屋の隅に舞の姿を見ることが出来た。
祐一「舞・・・」
舞「・・・どうして、追いかけてきたの。」
祐一「舞が、逃げるからさ。」
祐一は舞に二歩ほど近づいた。
舞「・・・来ないで。」
祐一「どうしてだ舞。俺って、そんなに恥ずかしい男か?」
舞「・・・恥ずかしい。」
祐一は再びショックを受けた。
舞「・・・でも、私はもっと恥ずかしい。」
祐一「?」
舞「・・・祐一。本当は、怒ってるんじゃないの。」
祐一「何を。」
舞「・・・私。・・昨日から、祐一に飛びかかったり、抱きついたりして」
それだけ言うと、舞は俯いてしまった。また顔が赤くなっているようだった。
祐一「そうだな・・・」
舞「・・・・。」
祐一「いや、怒ってなんかいないさ。」
そう言うと祐一は、舞の元まで歩いていって、しゃがみ込んだ。
顔の高さが舞と同じになった。
舞「・・・でも祐一、今朝は私から逃げた。」
祐一「あれは・・・・」
祐一の頭の中には、「恥ずかしかったから」という答えと、もう一つの答えが駆けめぐっていた。
そして祐一は、もう一つの方を選んだ。
祐一「舞が捕まえてくれるって、信じてたからさ。」
舞「・・・・・。」
祐一は少し後悔した。
舞「・・・どうしてそんな風に信じられるの?」
祐一「それは・・・」
舞「・・・昨日の私は、いつもの私じゃなかったのに。」
祐一「そうだな。」
祐一は舞の右肩に手を伸ばし、そっと髪に触れた。
祐一「俺は、元気な舞も好きだよ。」
懲りていなかった。
祐一「でも、舞が逃げたときは俺が追いかけてやる。必ず捕まえてやる。」