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魔剣

第15話
 
 
 数分後。全校放送で、屋外部活動の中止並びに、校庭への集結、生徒会への協力要請が告知された。
 
 集まった生徒達は、全校生徒の三分の一にも満たなかった。既に帰宅してしまったものもいるし、生徒会への協力を渋る者もいたためである。それでも、これから始まる大捕物を実施するには、十分すぎる数が集まった。
 彼らを前にして生徒会長久瀬は、興奮しながら熱く政治的弁舌をふるっていた。たとえ目的がどんなにくだらないことであろうとも、大衆を喚起させ、自らの行動に正当な理論を与え、集団を一つの意志の元に行動させることは、彼にとって喜び以外の何物でもなかった。これが彼の趣味なのである。
「とんでもない騒ぎになってしまったな・・・・」
「あいつを巻き込んだのはもしかして間違いではなかったのか?」
 壇上で熱くなっている久瀬の傍らで、祐一達はそうひそひそと話をしていた。集団から歓声が沸き起こり、演説を終えた久瀬が意気揚々と彼らの元に降りてくる。
「諸君。民衆は、喜んで我々に協力すると言ってくれた。すべからく、我々の目標は大いなる革命的意志の元に達成されることであろう。」
「普通の言い方で話してくれ、頼むから。」
「ついては相沢君、君には、彼ら善良なる労働者農民市民階級の前衛として、指導的役割を果たしてもらいたい。」
「御免被る。」
「何を言う。元々君の問題だぞ。それを御免被るとは、一体どんな言いぐさかね。」
「俺は日和見主義者なんだ。」
 そんな祐一の後ろから、仲間達が声をかかる。
「まあしかし、相沢に何らかの形で責任的立場を取れと言うのは、道理だよな。」
「そうですねー。元々祐一さんの問題ですしーっ。」
「私もそう思います。」
「俺の問題なのか・・・?」
 祐一は、救いを求めるように舞を見た。舞はそっと、祐一の肩に手を置いた。
「・・・がんばれ。」
 祐一から、抵抗の手段は奪われた。
 
 
 
「・・・で、何をするって?」
 久瀬と並んで歩きながら、祐一はそう尋ねていた。
「包み隠さず言うと、君には囮になってもらう。」
「囮・・・」
「今回の作戦では、まず彼女・・・美坂香里を校庭におびき出すことから始めなければならない。」
「ふむ。」
「ところで彼女は、君のことを追い回している。逃げると走って追いかけてくるということだったな。ということはつまり、君が彼女の前に姿を現して、然る後校庭まで逃げれば、君を追った彼女を校庭まで誘導できるというわけだ。」
「それはとりもなおさず、俺の身に危険が及ぶということになるわけだが・・・」
「大丈夫。君なら最後までやり通せる。」
「・・・根拠は?」
「残念ながら、無い。ちなみに今のは、単なる君への勇気づけだ。」
 とんでもない話だ。やっぱり逃げたい。祐一の心は沈んでいった。
 久瀬のポケットから、着信音が鳴る。
「ああ僕だ。・・・ふむ、そうか。よしわかった、すぐそちらに連れて行く。」
 会話を終えた久瀬が、携帯電話を通話OFFにする。
「美坂香里は第3物理教室前を移動中だ。さあ行くぞ。」
「い、いやだ・・・」
「逃げるのか? 人にものを頼んでおいて、いざとなったら自分の責務を放棄するのかね?」
「・・・・。」
「相沢君。僕に出来るのは、こうして人出を集めて準備しておくことだけだ。だが君には、・・・君にしかできないことがあるはずだ。」
「く、くそっ・・・うあーっ!」
 祐一は思考を止め、何も考えずただひたすら、香里のいる場所に向け走っていった。
 
 
 
「祐一接近!」
 美坂香里はそう叫ぶと、立ち止まり、廊下の端を指さした。程なくして、祐一がそこに駆け込んできた。
 祐一の視界に香里の姿が映る。急停止。向きを変え、真っ直ぐに香里を見つめ、そしていつでも逃げられる体勢を取った。20m、あるかないか。祐一は目視で距離を測った。
「うふ。うふふふふふふふ・・・・」
 香里の口から静かな笑い声が漏れる。抑えきれない嬉しさ。有り余ったそれは、興奮へと変わってゆく。真っ直ぐに張られた右腕は次第に垂れ下がってゆく。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
 香里は両腕を曲げ、上半身を前に傾け、中腰になって体を上下させている。もうすぐ、来る。祐一はそう感じた。心の中でカウントダウンが始まる。3,2,1。
「らぶらぶかおりんがいでーん!」
 叫びながら、香里が突進してきた。祐一は身を翻し、走り出す。遅れた、彼自身そう感じた。僅かに振り返る。差は既に、僅か10m。香里が相手なら、ちょっとした角の競り合いですぐに追いつかれてしまう。距離と時間を無駄に出来ない。校庭に向かう最短ルートに逃げ込む。祐一の頭の中で、検索と計算が繰り返される。
「(渡り廊下から一般教室棟に移って、2階玄関の直線階段を通って一気に校庭に駆け下りる・・・!)」
 祐一の目前に、特別教室棟と一般教室棟とをつなぐ渡り廊下がひろがる。ここを抜ければ、一般教室棟の3階に出る。一般教室棟には、1階と2階の両方に玄関があり、校庭に面している。2階に下りる階段と、玄関での曲がりで逃げ切れば、後は校庭まで一直線。
「(行ける・・・!)」
 祐一は一気に渡り廊下を駆け抜け、その終点にある壁を蹴り、一気に階段に駆け込んだ。
「(良し、後は玄関・・・)」
 祐一がそう思った矢先。すぐ脇を、何かが落ち抜けていくのが感じられた。咄嗟に目で追う。それは、階段の途中で着地する前に手すりを飛び越えながら、あっという間に1階まで降りていってしまった。祐一の思考が止まる。降りきって、上を見上げてVサインを掲げているそれが、さっきまで自分を追っていた美坂香里だと認識したために。
 
 祐一は躊躇する。今ここで2階玄関から出て下に降りても、1階玄関から出てきた香里が待ちかまえているのは明白。なれば、このまま校庭を目指しても意味はない。
 香里はじっと下で待っている。どうするの、次はどうするの。動くおもちゃを見つけた子猫のように、心をたからせながら祐一を待っている。
 祐一は心を決めた。身を翻し、2階玄関に向けて走り出す。同時に、香里も1階玄関に向けて走り出す。靴を置く箱が並ぶ一角、その箱の一つに祐一は手をかけ、強引に向きを変える。体が跳ね、手首がひねられる。その痛みに耐え、祐一は扉の外に躍り出る。眼前に下に降りる階段、その向こうに生徒達が集まる校庭が拡がっている。
 祐一は腹の底から声を張り上げ、叫んだ。
「作戦変更だ! 校庭までは行かない、こっちまで来てくれ!」
 
 静寂。音も映像も、何も動かない。そしてその一瞬を過ぎて、舞が校舎に向けて駆けだしてゆく。祐一の視界にもそれははっきりと見え、続いて大量の生徒達がそれに続くのが見え、そして眼前の階段の下に香里が立つのが見えた。
 間に合わない、祐一はそう思った。香里が全速力で階段を駆け上がってくれば、すぐにこの場所にまでたどり着いてしまう。かと言って校舎の中に逃げ込めば、香里もまたそれを追って校舎に入ってしまい、捕獲が難しくなる。とどまるしかない。たとえ自分が、彼女の手に落ちても。
 
 祐一は覚悟を決めた。そっと目を閉じ、上を向いた。ふと空を見たくなって、再び目を開けた。青い空が彼に視界中に拡がった。そしてその中に、落下してくる何かが飛び込んできた。それはだんだんと大きくなり、祐一に接近し、そして彼の足下にかがみ込んで着地した。祐一はその、着地した少女を上から覗き込む。
 少女は振り向きながら勢いよく立ち上がり、祐一の顎にぶつかった。
「痛いぞ、舞。」
「・・・それは私も同じ。」
 舞は祐一の方を見ずに、そう答えた。その視線は真っ直ぐに、すぐ下にいる香里をとらえている。2mと、すこし。香里はずっと、舞が降りてきた瞬間からそこに立ち止まっている。
「・・・邪魔するの?」
 舞は頷く。
「・・・あなたには悪いけど。たとえ恨まれても、私は祐一を守らなくてはいけない。」
「あたし、すっかり悪役ね・・・。」
 香里は少し視線を落とし、目を潤ませながら言った。
「あたしはただ、祐一の側にいたいだけなのに・・・」
「・・・祐一は嫌がってる。」
「いや、嫌がってるとまではさすがに」
 舞の右手が祐一の頭に振り下ろされた。
「・・・嫌がれ。」
「はい。」
 祐一はさらに殴られるのが嫌だったので、舞に服従することにした。その様子を見て、香里は心に大きな不満を抱いた。
「あなただって、暴力で祐一を言うこと聞かせてるんじゃない。よくないと思うわ。」
「・・・。」
 そのまま沈黙が流れる。対立感情が張りつめた空気を生む。2秒、3秒。そしてその緊張は、階段の下に、追いついてきた生徒達が集まってきたことで打ち破られる。拡声器を手にした久瀬が、集団をかき分けてその先頭にやってきた。
「美坂香里さん。あなたにもう逃げ場はありません。おとなしく我々に投降し、その背中にある剣をよこしなさい。」
「や!」
 香里は、久瀬から剣を隠すように180°向きを変えた。故にそれは、舞と祐一からは丸見えの位置に現れる。
「舞・・・取れそうじゃないか?」
「・・・やってみる。」
 舞はそっと階段を下り始め、手を伸ばし、香里の背にある剣をつかみ取ろうとした。そして香里は、背後に迫る気配に気づく。
「だめ、これは渡せないの!」
 そう言って香里は、振り向きざまに舞の手を払おうとした。舞は咄嗟にそれを避け、逆に香里の手をつかみ返そうとし。香里はまたそれを避け。
 凄まじい、手と手のやりとりが始まった。端から見ればそれは、どつきあいが始まったようにも見えた。
「と、突入だ! 川澄さんを支援しろ!」
 久瀬が号令をかけ、下にいた生徒達が一斉に階段を駆け上がり始めた。
 
「取り押さえろ!」
 怒号が広がり、香里の周りに生徒達があふれかえる。取り押さえようと飛びかかる者がいる。腕をつかもうと手を伸ばす者がいる。香里はそれらを殴り返し、また蹴り倒していった。はじき飛ばされた生徒は後ろから引きはがすように回収され、代わりに別の生徒が香里に向かってくる。そのあまりの勢いに、呆然としていた舞は集団の外縁に追いやられていた。そしてその数の多さに、香里も押され気味になり始めていた。後ろから捕らえられそうになる。香里は振り向きざまに大きな蹴りを入れて、それを回避した。
「ぱんつみえた。」
 下からそんな声が聞こえた。一同は、即時にその言葉に反応する。生徒達の、男子生徒のすべての動きが止まり、その様子に動揺した女子生徒の動きもまた、止まった。
 香里は、このチャンスを逃さなかった。手近にいた女子生徒の腕をつかみ、振り投げて、自分の周りにいる生徒達すべてをなぎ払った。一人が階段から足を踏み外して転倒し、それが引き金となって将棋倒しが始まり、集団は階下に転げ落ちた。
「救護班! 救護班前へ!」
 久瀬の叫び声が聞こえる。香里は息を切らしている。舞は階上でその様子をうかがい、祐一は怯えている。倒れた集団の中から、下敷きになった生徒が救い出される。そしてその脇を縫うようにして、佐祐理が階段を上がってきた。その手には、ジャージのズボンがあった。
「美坂さん。これを履いてください。」
「え・・・?」
 香里は佐祐理の意図をはかりかねた。
「暴れてるときに、スカートの中、見えちゃったみたいです。でも女の子ですもの、やっぱりそういうの、見られたくないですよね。だから、これ。履いてください。」
 そう言って佐祐理は、ジャージを差し出した。
「あ、ありがとう・・・」
 香里はジャージを受け取り、両手で持って、履くために左足をつっこんだ。その両手を、佐祐理ががっちりと掴んだ。
「え・・・?」
 香里は身動きがとれなくなった。
 
「ごめんなさい。卑怯だとは思ったんですけど。でも、他に方法がなかったんです。」
 香里は腕を振って佐祐理から逃れようとした。だがそれは、香里の力では振り解くことは出来なかった。
「舞。今のうちに!」
 佐祐理のその言葉に、舞が反応する。階段を駆け下り、再び香里に接近し、剣を取ろうとする。
「させないっ!」
 香里は右足で段を蹴り、左足で舞を蹴り飛ばそうとした。避けた舞の腕に、ジャージの裾がからみつく。
 舞はそれを引いて香里の足をたぐり寄せ、左足を掴み、そして右足をも掴んだ。香里は暴れた。だが、手足共に捕まれた状態で、もはや抵抗の術はなかった。
「・・・祐一!」
 舞に呼びかけられ、祐一は自分のすべきことに思い至る。階段を下り、捕獲された香里に近づき、その背にかけられた剣に手を伸ばす。掴み、抜き取る。
 
 剣は祐一の手に渡る。
 
「が・・・ぐっ・・・!」
 意志が彼の心の中に拡がってゆく。普通の人並みでしかない彼の心はすぐに占有され、彼は現実を認識することが出来なくなった。そんな彼に、僕は呼びかけた。
「やっと、つながった・・・・」
 
 
 
 
 
魔剣.第15話.終了
最終話に続く。
 
<2005年1月17日執筆完> −−−−−−−−−−−−−−

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