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 実体を持ち得ない心の中。そんな中に僕は、相沢祐一の存在の象徴とも言えるものを見いだしていた。ゆっくりと、「彼」に近づく。彼もまた、僕の存在に気づいた。
 僕は彼に声をかける。
 

魔剣

最終話
 
「よお、遅かったじゃないか。君は僕と同じだね。ついでに言うと3人目だ。」
 逃げよう。そんな意志が伝わってくる。
「冗談だよ。」
 僕は心を響かせて、彼に意志を伝える。
「それに逃げることは出来ないよ。ここは君の中なのだから。たとえ君が自分自身を放棄しても、生ある限りここから逃れることは出来ない。」
「・・・・。」
 相沢祐一はあっさりと観念した。決して愚かではなく、いざというときには腹をくくれる。そう、これもまた、彼の魅力の一つ。彼を慕う少女達に、与えられてしまう理由の一つ。
「・・・で。お前は誰だ。」
 彼が僕に問いかけてくる。それは抱くべき当然の疑問。だが僕は、それに答えることは出来ない。
「わからないんだ。」
「は?」
「僕が何者であるかに、明確な定義はない。名前もない。いつから存在し、いつそれを終えるのか、それすらもわからない。存在する理由も、非常に不安定で曖昧だ。」
「じゃあ、何が出来る存在なんだ。」
「真実。」
「は?」
「閉じこめられた心の中の真実を解き放つこと。伝えたい真実を言葉にすること。僕を所有した者に、真実に気づかせること。」
「・・・お前は。」
 相沢祐一が口を開く、否正確には、心の中での自答が始まる。
「あの剣なのか?」
「そう・・・だね。」
 相沢祐一の中に拡がる、不細工な剣のイメージ。それを踏まえて、僕はそう答えた。
「でもそれは、君たちの目に見える姿でしかない。本当の僕は形など存在しない。さっきも言ったように、僕自身は本来非常に曖昧な存在だからだ。」
「そうか。」
 相沢祐一の中に、納得が生まれる。そして新たな疑念。それはまだ、はっきりとした形にはならない。形になったものから順に、彼は僕への質問として言葉を生み出していく。
「あの剣を手にした者が、所有者というわけだな。」
「そう。」
「それを持つと、自分の心の中の真実に気づくことになる。」
「気づくこともあるし、意図的に封じていた場合もある。」
「そしてそれを言わずにいられなくなると?」
「それが伝えるべき真実ならば。」
「言うべき事でないなら?」
「真実を伝えなくていいということは、ほとんど無い。」
「意図的に封じていたものでも?」
「人の意志というものは、必ずしも真実を導くとは限らない。」
「じゃあ結局、全部ということになるじゃないか。」
「本来ならそうでありたいと思う。」
「そうでない場合があると?」
「そう。あまりに拒絶の意志が強かったために、真実を表に出せなかったときがある。」
「そのときは、あきらめたと。」
「いや・・・相反する意志の激しいぶつかり合いで、結局お互いに壊れてしまった。」
「そうか・・・。」
 一瞬、相沢祐一の意思が止まる。否正確には、思考の整理が始まる。過程の中に美坂香里の造影が浮かび、彼が僕の言葉を理解したことが分かった。そして再び、言葉が現れる。
「そこまでして・・・真実を伝えようとする意味があるのか・・・?」
「もちろんだ。」
「・・・。」
「知らないこと、それ自体は罪ではない。だがもし。知って欲しいと願うこと、知れば未来が変わること、そういったものが知らされずに済んでしまうとしたら。それはとても罪なことと思わないかい?」
「それは・・・。」
「君の周りの人たち。彼らが抱えていた真実を、君は知ったはずだ。互いに好意を交わしながらも、なお熱い思いの丈を内に秘めてしまっていた少女。幼いときからずっと、君のことを慕い続けていた少女。君に友情を感じつつも、羨望と嫉妬の念を抱かずにいられなかった少年。全てみな、知ればその価値がよく分かるものばかりだ。」
「そうだな・・・」
 彼の中に、これまで起きた事が駆け足で巡ってゆくのが分かる。
「知らないままだったら俺は・・・冷たく人として不出来な行動を、取ってしまっていたかもしれない。」
「そう。そしてこれもまた、君が気づくべき真実の一つだ。」
 僕はそこで、言葉を切った。
「さて。僕が直接語りかけるのは、そろそろ終わりだ。彼女らの心の真実を知った君には、もう自分で何をすべきかが、わかると思う。僕の手助けなしでも、君は自分で心の内を伝えることが出来るだろう。」
「そうだな・・・。」
 相沢祐一が立ち上がる、あくまで心の内で。
「そういえば・・・お前はどうなるんだ? また剣に戻るのか?」
「いや・・・」
 それは、僕にもわからない。
「でもきっと、君たちの側にいることになると思う。何らかの形で。そして必要なときにはまた、目に見える形で姿を現すかもしれない。」
「そうか。」
 相沢祐一の心が、再び彼自身のものとなってゆく。僕は今の自分の存在が希薄になって行くのが感じられた。このまま、彼の中に溶けこむのだろうか。彼が感じる聴覚、心の外でかけられている声が聞こえてくる。
「さあ、そろそろ目を覚まして。君を必死に呼んでいる人たちがいるよ・・・」
 
 
 
 
「祐一!」
「祐一さん!」
「相沢君!」
「相沢!」
「祐一さん!」
「祐一!」
 俺を呼ぶ声が、いくつも聞こえる。目を開けると、見慣れた顔が勢揃いしていた。名雪栞、香里、北川、佐祐理さん、舞。
「お、目を開けたぞ。」
「祐一、大丈夫?」
「・・・ああ、たぶんな。名雪は、寝てたんじゃなかったのか?」
「変な予感がして、起きて走ってきたんだよ。」
「水瀬、必死の表情でお前呼んでたんだぞ。」
「うー・・・香里ほどじゃないよ。」
「な・・・! 違うわよ、その・・・。」
 そう言われて香里は、真っ赤になって顔を背けた。
「ありがとう、香里。わかってるから。」
 俺はそう言って、微笑みかけた。香里はますます赤くなって、完全に後ろを向いてしまった。
「・・・祐一。」
「ああ、舞。大丈夫だ、今のは浮気じゃない。心配するな。」
「・・・そう。」
 舞はそれだけ言うと、また黙ってしまった。
「・・さて。いつまでもこんなところに寝てるわけにも行かないな。」
 俺は、階段の途中で寝たままだった。起きあがろうと体を動かすと、さっと6つの手が差し延べられた。一瞬、どういう行動を取るべきか迷った。そして言った。
「ありがとう。その気持ちはとてもうれしいけど。俺は・・・」
 舞の手を選んで、しっかりと握った。力強く引き上げられ、俺は起きあがることが出来た。すぐ間近に舞の顔があって、目が合ってしまった。それでもそれを離すことなく、しばらくずっと見つめ合っていた。
「あーあ。」
 佐祐理さんのそんな声が聞こえてきた。ようやく自分が何をしているかに気づき、さっと目線を逸らした。
「ま、でもしょうがないよね。」
「知った上で、これが相沢の出した結論なら。」
「中途半端な事されるよりは、ずっといいわね。」
「それより北川さん、どうしてあなたまで手を差し延べてたんですか?」
「え、どうしてって。オレ、相沢の親友だし・・・」
「この状況でわたし達と同じ事したというのが、気になるよ」
「もしかして・・・そういう趣味なんじゃないですか・・・?」
「きゃーっ。」
 空元気なのかそれとも本来の趣味なのか、彼女たちは北川をいじって楽しんでいた。それを傍目で見ながら、俺は舞に話しかけた。
「舞、ありがとう。」
「・・・何が?」
「いや。いろいろとさ。」
「・・・いろいろじゃわからない。具体的に言って。」
「そうか・・・。」
 言うべき事をちゃんと言わなければいけないな。心の中でそう呟くと、ふと、夢の中にいた、姿も思い出せないあの「剣」のことが頭をよぎった。
「舞。ありがとう。俺のことを心配してくれたこと。俺のことを守ってくれたこと。俺と一緒にいようとしたこと。俺のことを、ずっと好きでいてくれたこと。素直に全部言えないくらい、とても好きでいてくれたこと。全部、ありがとう。そして俺は・・・そんな舞のことが大好きだ。」
「・・・。」
 舞は、照れたように少し俯いてしまった。俺の服の袖を引っ張り、こくこくと頷いて、俺を玄関の人だかりのないところに連れて行った。
「舞ちゃんうれぴー。」
 そう言った。
「・・・は? と言うか、え?」
 俺は思わず、舞の背中を見た。両手を見た。あの剣は、どこにもなかった。
「・・・言ってみたかったから。」
 そう言って舞は、また俯いてしまった。
「そうか。・・・俺も、うれしいよ。」
 そう言って俺は、舞の顔をじっと見た。舞は何も言わない。それでも俺は、舞の意思を感じ取ることが出来た。
 辺りを見渡し、人のいないことを確認した。そして、そっと口づけを交わした。長く、長く。まるで心が一つになっているような、そんな感覚になって、時を忘れてそうしていた。人が見ているのも気づかず。ずっとずっと。
 
 外では、八つ当たりをするかのように香里達が暴れ回っていた。隠し得ない、いくつかの心の真実。
 
 
魔剣 完
 
<2005年1月17日執筆完> −−−−−−−−−−−−−−

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