荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸Key系ページ >>薫り米 >>KanonSS >>魔剣 >>第14話

「新しい話を書くたびにATOKのバージョンが変わっているというのは、やはり問題ありだと思うな。うん。」
 そんなことを呟きながら、生徒会長久瀬は生徒会室に向かっていた。颯爽と廊下を歩くその姿は、さながら学園の貴公子。そう信じて疑わない生徒も、未だ少なからず存在した。だが、そんな彼らも例外なく知っている。生徒会長久瀬には、絶対に克服することの出来ない天敵が存在することを。
 彼の放課後の主たる執務室である、生徒会室。そこは彼にとっての聖域であった。学園のすべてを統括する生徒会。選ばれし者が集う場所。その頂点に立つ、生徒会長久瀬。生徒会室はまさに、その彼のステイタスを象徴する場所であるのだ。
 3メートル、2メール、1メートル。扉の前で、彼は向きを変える。「生徒会室」、そう書かれたプレートを確認するのが、彼にとっての癖になっていた。扉の左上、プラスチックの板をはめ込めるように、器具が取り付けられている。だがそこには、あるべき板はなかった。
 彼は驚き、慌ててあたりを見渡す。そして、扉に、否扉からはみ出るくらい、大きな和紙が貼り付けられていることに気づく。こう書かれている。
「臨時美坂香里対策委員会統括中央執行本部」
 2秒、1秒。生徒会長久瀬はがっくりと膝をついた。崩れ落ちた彼の膝の傍らに、取り外された「生徒会室」の文字版が転がっていた。
 
 

魔剣

第14話
 
 話は少し前に戻る。
 その日の授業中、美坂香里は歌い続けていた。
「キュンキュン♪ キュンキュン♪ 香里は萌えキャラぁ〜♪」
 彼女が歌い出すたびに、相沢祐一は憂鬱になった。否勿論、その教室中にいる全員が、決してそれを快くは思っていなかったのだが。祐一にあっては、香里がそうなった原因が自分にあるのではないかという呵責の念が、彼の憂鬱をいっそう増すのであった。
「おい北川」
 祐一は、すぐ後ろの席に大親友北川潤に声をかけた。
「おまえ隣の席だろう。何とかしろ。」
「ならばお前も、隣の席で且つ生計を共にしているあの娘をどうにかしろ。」
 そう言って北川は、目線で祐一の隣で眠っている水瀬名雪を指した。眠るだけではなく、なにやら寝言まで言っているようであった。
「わたしもう、こんな生活いやだよ・・・」
 夢の中でも、逃げ切れていなかった。
 相沢祐一は、大きくため息をついて、前を向いた。ああなってしまった名雪を起こすことの出来る人物は、まずいないだろう。きっと百たたきをしたって起きない。百たたきといえばそういえばいつだったか、名雪の尻を素手で百たたきしたいと叫んでいたバカがいたっけか。勿論そいつは生徒会に頼んで放校処分にしてもらったが。
「生徒会、か・・・。」
 そう呟きながら祐一は、別に生徒会がある方向というわけでもない窓の外を見つめていた。
「相沢、授業くらい聞いていた方がいいぞ。」
 そう北川が忠告する。
「いいんだ。どうせ俺達は、アブノーマルでアウトサイダーな4人として世間から認識されてるんだ。」
「だからこそ、だ。成績さえ良ければ多少の無茶をしたって、変な友達がいたって、周りは目をつぶってくれる。」
「・・・そうか。」
「オレは相沢が転校してきて以来、そうやって生きてきた。」
 最後の言葉は、祐一の心に引っかかった。が、気にしても仕方ないという結論を得、彼は授業に集中し始めた。
 
 
 
「そんなわけで、ちゃんと授業が終わってから生徒会の力を借りに来たというわけだ。」
 延々と経緯を説明した後で、祐一はそう付け加えた。
「カエレ。」
 久瀬の返答は簡潔であった。
「何故だ。可愛い生徒がこうして生徒会の威光にすがろうと頼ってきているというのに、それを見捨てるというのか君は。見損なったぞ久瀬注。」
「なんだそのクゼチュウというのは」
「君の名前だ。忘れたのか?」
「僕はそんな名前じゃない。」
「荒井注と同じ名前だと聞いていたのだが・・・」
「誰に聞いたんだ!」
 川澄舞がさっと手を挙げる。
「君とは思わなかったよ・・・」
 久瀬は再び、がっくりと膝をついた。
「なんか違ったみたいなんですけど?」
「あっ、わかりました!」
 そう倉田佐祐理が声を上げる。
「クゼチュウというのは、『久瀬さんを中心に愛と叫ぶ』の略なんですよーっ!」
 それを聞いた5人、その場にいる中で久瀬を除くすべての人間が、さっと立ち上がった。つかつかと歩み寄り、久瀬を取り囲んで手をつなぎ、叫んだ。
「「「「「愛。」」」」」
「・・・君たち。それはいわゆる、イジメというやつかね? それともまさか本気かね?」
「・・・・・。」
 本気だった。
 
 
 
「で、だ。」
 美坂栞に占拠されていた生徒会長専用椅子を何とか奪還した久瀬は、ようやく平常心で会話をすることが出来るようになっていた。
「我が生徒会にすがってくるのはいいとして。これは一体どういうことかね?」
 そう言って久瀬は、転がされていた「生徒会室」の文字版を机の上に投げ出した。
「ああ、それ。通りかかった人が誤解するといけないと思って、はずしておいた。」
「誤解も何も、ここは間違いなく生徒会室だっ!」
「まあまあ久瀬さん。ここは一つ、佐祐理に免じて」
「僕は最近、真の黒幕は実はあなたではないかという猜疑の念を抱いているのですけどね」
「あははははー」
 佐祐理はただ笑うだけで何も答えない。沈黙が生徒会室を覆い包んだ。時計の針がコッチコッチと音を立てている。
「・・・まあ、いい。」
 沈黙に耐えかねた久瀬が口を開いた。
「とにかく、誰でもいいからこの板を元の所に戻してきたまえ。それでこの件は不問に付そう。」
「あ、じゃあ私が行ってきますー」
 そういって栞が、文字版を手にとって戸口にかけていった。
「君じゃ背が届かないだろう。台を用意してあげるから待っていなさい。」
 久瀬は立ち上がり、折りたたみの椅子を持って栞の元に向かっていった。その様子を見て、北川が呟いた。
「久瀬も助平だな、栞ちゃんにそんなことやらせようとするなんて。下から覗く気か?」
「きゃー。」
「な・・・・!」
 佐祐理が歓声を上げ、久瀬の顔は真っ赤になる。
「何を言っとるんだ君は! そんなこと言うんだったら君がやればいいだろう! 代われ、今すぐ彼女と代われ!!」
「まあそう怒るな」
「人を怒らせるようなことを言っておいて、何て言いぐさだ・・・。」
 久瀬は頭痛を感じ始めていた。出来ることなら理性を失って清掃用具を振り回し、彼らを追い出してしまいたい。そう願い始めていた。だが生徒会長としての彼のプライドが、辛うじてその行動を抑制させていた。
 代わりに彼は、早急に彼らの言う問題を解決し、それを以て彼らと関わることに終止符を打とうと考えた。
「君たちはつまり・・・」
 久瀬は窓際に歩み寄り、動揺を隠すために窓の外を向いたまま話し始めた。
「おかしくなってしまった美坂香里をどうにかしたいのだろう。よろしい、僕が力を貸す。その代わり、この問題が解決したら二度と僕と関わり合いを持たないと約束してくれたまえ。」
 動揺のため、彼は息継ぎもろくにせず、一気に言葉を発した。それは、その場にいる5人にも伝わる。もう少しいじりたい。そんな欲求が、佐祐理の中に芽生える。
「・・・佐祐理、これ以上は駄目。問題解決を遅らせる。」
「ふえ。でもそうだね。今日は、もうやめておきましょう。」
「今日で、終わりにしてくれ・・・・」
 久瀬は泣き出しそうだった。
 
 
 
「祐一レーダー!祐一レーダー! ぴこーん、ぴこーん。」
 美坂香里は両手をこめかみにやり、くるくる回りながら校舎内を徘徊していた。その様子を、久瀬と愉快な仲間達が物陰からそっと覗っていた。
「確かにあれは・・・手に負いがたいものがあるな。」
「そうなんです。今日は一日中ずっとあんな調子で、祐一さんのことを追い回しているんです。」
「校内秩序にも関わりますよねーっ。」
「・・・ま、そうだな。」
 久瀬は右手でそっと眼鏡を直す仕草をした。彼の視界の中心に、香里の背中にある剣がとらえられた。
「あれが、そうかね。君たちがこの一連の問題の元凶と目している剣というのは。」
「そうです。あれと関わってから、お姉ちゃんはおかしくなってしまったんです。」
「ついでに言うと、舞と水瀬さんと、北川さんもおかしくなりました。」
「元々おかしい連中ばかりだな。」
 久瀬のその悪態は、好意によって聞き流された。
「おかしいというより、あれは、・・・・」
「・・・。」
 北川が、その当時を思い出すかのように考え込み、舞もまた同じように黙り込んでしまった。
「持った人間をおかしくしてしまう、いわば呪いの剣、か。いや、本心を言えば、そんなファンタジーな事を信じたくはないのだが。」
 久瀬は指を立てて、自らの眼鏡の位置を直した。
「ここは君たちの言うことを信じて、あの剣を彼女から奪い取るという方向で、作戦を立てるとしよう。」
 そう言うと久瀬はさっと身を起こし、香里とは反対方向に歩き始めた。
「どうするんだ?」
「人を集めて彼女をそこに誘い込み、取り押さえて剣を奪う。なるべく多くの人手が欲しいから、放送で呼びかける。」
「なるほど。」
「無論、当事者である君たちにもやってもらうぞ。友人親類の伝手を頼って、人を集めて来たまえ。」
「俺、友達いない。」
 祐一のその発言に、一同は一瞬の間凍り付く。
「・・・親類ならいるだろう。呼んで来たまえ。」
「名雪のことか? あいつ、寝てるから。」
「寝てる? 彼女は、部活でここにいないのではないのか?」
「いや。教室で寝てる。」
「ああ。今日朝から、ずっとだよな。」
「下手に起こすと蹴られるから、手出ししていないんだ。」
「・・・そうかい。じゃあ他の誰かを呼んで来たまえ。」
「だから友達がいないというのに。」
「佐祐理もいろいろあって、気軽にお願い事が出来る友達は舞しかいないです。」
「私も、長期欠席していたので・・・」
 久瀬はため息をついた。
「北川君、君は? 君は確か、友達たくさんいるだろう。」
「ああ。いることはいるが。でもあいつら、何か頼むとすぐメシ要求してきやがるから、嫌なんだよなあ。」
「・・・・・・。」
 使えない連中だ。久瀬は再び頭痛を感じ始めていた。
 
 
 
魔剣.第14話.終了
第15話に続く。
 
<2005年1月17日執筆完> −−−−−−−−−−−−−−

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