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魔剣

第13話
 
 今日は新たな出会いの予感がするぜ。夢の中でそう叫んでから、川澄舞は目が覚めた。
「・・・・。」
 6時58分。目覚まし2分前に起きるのが昔からの習わし。慣れればどうと言うことはない。着替える前に手洗いに立つ。朝の舞ちゃんはちょっとワイルド、鏡を見るたびにそう思う。寝間着の下だけ脱いで腰掛ける。おトイレ舞ちゃん。祐一にはちょっと見せられない。変な趣味に走ったら困るし、最初からそう言う趣味だったらそれはかなりヤダ。
 部屋に戻って制服に着替える。口に出しては言わないけど、祐一はこの短いスカートがかなりお気に入り。風が吹いたり階段があったりするとものすごく反応する。動きや視線がすごく不自然。他の女の子は見ないようにしてるから、そこは褒めてあげたい。でも私には見たいって言っていいのに、そこは少し不満。
 私はいつからこんな事を考えるようになったのだろう、家を出てからふとそんなことを思った。前は、何も考えてはいなかった。ただがむしゃらだった。消えてしまった幻影を追い求めて、ひたすら闘っていた。心の余裕がなかった。
 心の余裕が出来たのは
「まーいっ、おはよう。ぼんやりしてるね、気をつけないとまた雀にふん落とされるよ?」
 いい、雀はかわいいから。
 祐一はもっとかわいい。
「今日の日経見た? また新しいベンチャー支援制度が出来るって。政府持ち株という形で、16歳以上対象なんだって。高校生でもいけるって事だよねー?」
 うちは新報だから見てない。
 祐一は私を見捨てない。
「あ、祐一さんだ」
「おう、祐一さんだぞ。ちなみに今の女子高生らしからぬ会話は、一体何ですか?」
「女子高生らしくありませんかあ?」
「そうですよ。女子高生でも男子高生でも、日経なんてあまり読みませんし。」
「でも、これからの女子高生はむしろこうあるべきだと思うんですよーっ」
「いや、その意見自体には甚だ賛同ではあるんですが・・・」
 これこそが、余裕の原因。祐一とのとてもとても楽しい時間。これを手に入れて、私は少しづつ変わってきた。そんな気がする。あれ、でもそもそも、がむしゃらに闘っていた原因自体が祐一にあったような・・・?
 そう考えるとちょっとムカツク。
「よお、舞。まだ今日は挨拶してなかったな。お詫びに褒めてやろう、今日も舞はかわいいぞ」
「・・・。」
 舞の機嫌は直った。口には出さないが、始終上機嫌だった。これからの時代はシンプルいずベスト、佐祐理はそんなことを考えていた。
 
 そして3人は校門に着く。反対側から来る生徒達の歩みが足早だった。その原因に最初に気づいたのは、佐祐理だった。
「ねえ、あれ。」
 佐祐理が指さす方向。そこには、朝の光に照らされた、一人の少女のシルエットがあった。指一本を出した右手を高々とあげ、左手は腰の仁王立ち。そして背中の長物。頭はわかめ。そしてその後ろにいた栞は、祐一達の姿を見つけるとさっと駆け寄ってきた。
「おはようございます、おはようございますっ、今日もいい天気ですね」
「ああ、栞。香里、今日から復帰なんだな・・・」
「ええそうなんですよ、復帰なんですよ、核抜き本土並みという約束が貰えたんですよ」
「そうかそうか。じゃ、行こうか」
「祐一さん。もしかして現実逃避しちゃってませんかー?」
「そんなことは無い、むしろこれから最も現実的な対応をしようとしていた所じゃないか」
 そう言って祐一は、足早に校門を通過しようとした。だが、現実は秒よりも早く進んでゆく。既に彼は、最終判定ラインを超えてしまっていたことに気づくべきであった。これを超えると戦う意外の選択肢はなくなる。
「祐一ッ・・!」
 事態の急変にいち早く気づいた舞が、とっさに祐一をかばう体勢を取る。正しい判断だった。が、危機は往々にして判断の前提となる予測を超えて起きるものである。祐一に真っ直ぐ接近していた物体は鋭角30°に方向を変え、舞の死角に入ったところで再び祐一に突撃した。
「チェストおー!」
「美坂屋のどらやきっ?!」
 祐一の意味不明な叫びにも、香里はひるまなかった。3,2,1,0。祐一の口に入ったのはどら焼きではなく、舌だった。
「でぃ、DVD、DVD!」
 佐祐理が猛烈な勢いで鞄をあさり出す。決して錯乱しているわけではなく、持ってきているはずのDVDレコーダ内蔵カメラを取り出す為。
「わ、わぁー・・・これはさすがにちょっとまずいのでは・・・」
 そう言いながら、栞はちらちらと舞を見ている。舞の目には、涙が溜まっていた。
「・・・。」
 ぼかっ。
 舞の右手が、祐一の頭頂を直撃する。その衝撃で祐一の口は香里から離れた。
「ぐぶはっ・・・」
 掴まる物もなく、そのまま祐一は地べたに座り込んでしまった。殴られた頭、今はまだその痛みしか感知できなかった。
「きゃあっ祐一大丈夫っ?! 待ってて、今お姉ちゃんが愛のお手当してあげるわ!」
「ちょっと待てお姉ちゃんって誰やねん」
「そうですよ、お姉ちゃんをお姉ちゃんと呼んでいいのは私だけなんですから、ここは保健委員に任せて然るべきかと存じます!」
 中心を突き抜けはせずとも的の端に突き刺さるくらいの価値はあるはずのその発言は、香里によって無視された。香里は祐一より少し頭がでるくらいまでしゃがみ込み、そして頭を抱え込んで右手で撫でた。
「痛いの痛いの、名雪の所にとんでけー!」
 むしろお前の所に飛んでけ、祐一はそう言いたくなったのを我慢した。
「・・・。」
 ぼかっ。
 舞の右手が祐一の頭頂に振り下ろされた。
「ああっ?! 祐一、今のも痛かったでしょっ?!」
「痛い・・・」
「そうよね、痛いわよね。まだ痛い? まだ痛むのかしら? わかったわ、お姉ちゃんがぺろぺろしてあげるから。それできっと良くなるわよ」
 そう言うと香里は、祐一の髪をかき分け始めた。毎日頭を洗っていて良かった、祐一はそう思い、そしてそんなずれた考えでコンマ数秒を浪費したことを激しく後悔した。
 香里の舌が口から出たとき、再び舞の右手が祐一の頭に振り下ろされる。
 ぼかっ。
「きゃあっ、祐一!」
「・・・て言うか、舞っ! 何でさっきから俺の方を殴るっ!!」
 祐一が舞をにらみつける。舞は目を逸らした。
「・・・わかってる。祐一は、悪くない。」
「なら何で俺を殴る。」
「・・・悪くないけど、でも悪いの。」
「なんだそりゃ」
 舞は再び、視線を祐一に戻した。
「・・・祐一が他の女の子と仲良くしてるのは、見ていて辛い。」
「しかしこれは仲良くしてるわけではなく」
「・・・わかってる。でも」
 続く言葉。
「私は、祐一を愛するものだから。」
 そして沈黙。
 人は得てして、言葉を発してしまった後に、その意味に気づくことがある。川澄舞はまさにその罠に陥っていた。自分の言葉に感情が縛られる。もう何も言えない。
 ぼかっ。ぼかっ。ぼかっぼかっ、ぼかっぼかっぼかっぼかぼかぼかぼかぼかぼかぼか。
 舞の右手が激しく上下運動をする。出来るのはただ、代償行為。消えない言葉の反作用。
 殴られる方は堪ったものではない。しかし祐一は耐えていた。これは試練、愛の試練だと。行者が滝に打たれるようなものだ。これを乗り越えなければ、二人の新天地を開くことなどで気はしない。
「だから香里、素手で拳を受け止める必要などないのだ。」
「そうなの? じゃあ足で・・・」
「いや、それもいい。」
 香里は祐一の護衛を中止した。左手も降ってくるようになった。当社比二倍増。きついな。いっそ肩にしてくれないか? 最近疲れてるんだよ。祐一がそう思う頃には、既に彼の眼は閉じていた。
「あの。祐一さんもしかして、気絶してません?」
「きゃあ、大変! 人工呼吸、人工呼吸!」
「お姉ちゃん、取り乱すフリをするのはやめてください!」
 栞に羽交い締めにされる香里。そして舞には不安と後悔が走る。祐一に顔を寄せ、語りかける。
「・・・ゆ、祐一・・・」
 祐一の意識はまだあった。
「大丈夫さ舞ハニー。確かに少しきつかったが、それでもすべて舞の愛のなせる結果と思うと、むしろうれし恥ずかしい気分なくらいだ。」
「・・・いつもの祐一で良かった。」
「ああ、いつもの俺だ。だから少し、舞の腕と膝の上で眠らせてくれないか? さすがに少し疲れたんだ。ついでに磁気もあるとうれしい。」
「・・・磁気は無理。」
 そう言って舞は、祐一の頭を膝の上に乗せ、両手で覆い隠した。佐祐理はずっと、その光景をとり続けていた。香里はまだ、栞に取り押さえられていた。
「ぷーぷー、ぷーぷー!」
「やめてくださいお姉ちゃん、はずかしいです!」
 その光景を、名雪と北川は教室の窓から見ていた。
「栞ちゃんって、偉いよね・・・」
「・・・ああ。逃げたオレ達は、所詮ヘタレだな・・・」
 そう言って二人は、人だかりのする窓際からそっと離れていった。
 
魔剣.第13話.終了
第14話に続く。
  <2004年1月12日執筆完>
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