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魔剣

第十話



 川澄舞は、テーブルの上に座っていた。
 
「・・・。」
 
祐一「なあ舞、悪かった、俺が悪かったから、もう降りてくれ。」
 
名雪「ホント、祐一が悪いよ。なんでテーブルの上に座るのがうちの作法なの。」
 
祐一「いや、だから冗談のつもりだったのに・・・」
 
 舞に冗談は通じない。記憶力のない相沢祐一には、なかなか周知出来ない事実だった。
 
秋子「あらあら舞ちゃん、あんまり祐一さんいじめたら駄目ですよ」
 
いじめてるつもりはなかった
 
秋子「さあ、ご飯が出来ましたよ。」
 
「・・・お米?」
 
 舞の言葉は、そう言うのがあまりにも当たり前であるかのように無視された。舞は自我を否定されたかのようで、少し悲しかった。
 
名雪「いただきます」
 
それが過酷な日常。
 
祐一「ところで舞、お前は何時頃帰るつもりなんだ?」
 
問いかけ。疑問。そもそも、居住人でもない舞が、何故ここの家で夕食を共にしているのか。
 
「・・・」
 
秋子「舞ちゃんは、今日は泊まっていくのよね?」
 
 舞が何かを答えるまえに、秋子の言葉が方向を決定してしまった。それが舞の意志であるかどうかに関わらず。
 
「・・・。」
 
 箸を口に当てたまま、目線だけを秋子の方に向けている舞。彼女の意志とは少し違った。
 
「(・・・ま、いいか。)」
 
適当に納得して、食事再開。
 
祐一秋子さん、なんか舞のことずいぶん気に入ったみたいだな・・・
 
あゆうん、どうしてかな
 
名雪若い男というわけでもないのにね
 
祐一いや、その言い方はあんまりだろう・・・
 
勝手な会話が進行していた。
 
秋子「・・・・・・。」
 
過酷な日常。
 
 そして夜は更けてゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 祐一の部屋。一人になった彼は、天井を見上げながら考えていた。
 
祐一「犬肉料理って、うまいのかな・・・」
 
 FIFAによって消滅させられるまえに韓国に行きたい、祐一がそう考えだしていたとき。庭の方から物音が聞こえてきた。
 
祐一「・・・?」
 
 窓から見下ろすと、物置で何かをあさっている人影が見えた。
 
祐一「泥棒・・?!」
 
 この考えはおそらく間違いである。そもそも、一般家庭の物置というものは大体がろくなものを置いていないのが常識である。こんなところを宝の洞窟だと思いこむのは、小学生か物好きな大学生ぐらいである。
 
祐一「ということは、あれは小学生か・・・」
 
 小学生がこんな時間に出歩いて、しかも人の家の敷地に入り込むなど許されることではない。ここは一つ俺が出ていって、叱ってやるのが人として正しい行為だろう。祐一の父性心がめらめらと燃え上がる。時として他人にとってはた迷惑な心理状況。
 
名雪「あれ。祐一、どっか行くの?」
 
祐一「俺は教員を目指すべきなのかもしれない。」
 
名雪「・・・は?」
 
 
 
 
 
 庭。庭という場所は家であって家でない、不思議な場所。
 
祐一「こら。そこで何をしている!」
 
「・・・・?」
 
 物置につっこまれた半身、その持ち主は舞だった。
 
祐一「な・・・なにやってんだ?」
 
予想外の人物。小学生ではなかった。ある意味小学生並みといえるが。
 
「・・・捜し物。」
 
祐一「捜し物? なんでこんなとこで・・・」
 
「・・・ここに、あると思ったから。」
 
そんな予感。
 
「でも。ここには、無いみたい・・・」
 
 埃を払いながら立ち上がる舞。
 
祐一「そ、そうか。」
 
 既に立ち去り初めている舞を追いながら、祐一は家の中に入っていった。
 
名雪「あれ、祐一。もう戻ってきたんだ。」
 
祐一「俺は、ウズラでも育てている方が性に合ってるのかもしれない」
 
名雪「・・・は?」
 
 
 
 
 
 そして夜が更ける。祐一は布団の中にいた。
 
祐一「布団の中に入ったと思いこんでいたが実は布団カバーの中だったというのは良くあることだよな・・・」
 
 相変わらず馬鹿なことを考えていた。馬鹿なことを考えると眠りにつきやすい。そして祐一は、睡眠の魅力に落ちようとしていた。
 そのとき、祐一の部屋の扉が開く。かかり始めたもやが少し晴れ、祐一はそれを認識した。
 
祐一「・・・・?」
 
重い意識。目など開けたくない。進入してきたものが誰かを知りたいという欲求はあった。欲求と欲求のせめぎ合う葛藤。
 
祐一「昔こういう状況で、結局おねしょしちゃったことがあったよな・・」
 
全然関係ないことに思考が飛ぶ。これは彼の特徴。
 
その間にも侵入者はベッドに接近する。傍らまでくると、しゃがみ込んで祐一を覆う布団をめくった。
ごそごそごそごそ
侵入者は部屋ならず祐一の布団の中にまで進入してきた。
 
祐一「!!!」
 
祐一はたまらず声を上げた。正体不明のものに安楽の場所を侵されるほど不快なものはない。
 
祐一「誰だよ!」
 
侵入者は何も答えない。その無言の回答が、彼に侵入者特定の手がかりを与えた。
 
祐一「舞か?!」
 
「・・・・。」
 
こくり。頷くが、舞の頭は布団の中にあるので、祐一からは見えない。
 
祐一「な、なんだ。何の用なんだよ!」
 
 舞は答えない。代わりに、どんどん布団の中に入ってくる。人二人が収まるには狭すぎる布団。それでも進み続ける舞。
 舞の腕が、祐一の体にかかる。少しだけかかる舞の体重。そしてそれは、祐一にとってもっとも感じやすい部分だった。
 突然遅い来る快感。祐一は戸惑い幸せになり理性と感情の混濁に混乱していた。
 
祐一「ぁあうっ・・ま、まい・・・」
 
その原因を作っているものの名を呼ぶのが精一杯だった。
 舞はその言葉を無視するかのように、さらに進み続ける。腕は祐一の体の向こう側に達し、舞の体が祐一に覆い被さる格好になっていた。舞の柔らかいものが祐一の体に当たっていた。
 
祐一「ぁぁぁぁ・・」
 
 もはや祐一は、何も出来なかった。思考すらも奪われた状態にあった。堕ちてゆく、ただそれを感じるのみであった。
 
舞はなおも、祐一の体の上で動き回っている。
 
 
名雪「祐一、なんかあったの? 変な声聞こえたけど・・・」
 
 名雪が来ていた。彼女の目に映る光景。祐一のベッド。布団の中から伸びる少女の足。その布団の中で、誰かが動き回っている。祐一に覆い被さるように。そしてその祐一の顔は、なんだか幸せそう。
 
名雪「ひ、ひどいよ・・・」
 
それが名雪の出した結論だった
 
名雪「そ、そりゃ、祐一が川澄舞さんのこと好きだってのは知ってるけど、かなり深い仲だってのは知ってるけど、祐一がまじめそうな顔して実はムッツリだってのは知ってるけど、でも、でも、うちでこんなことするなんて、せめて、わたしに配慮くらいしてくれたって、・・・」
 
違う。誤解だ。たぶんお前は誤解している。祐一はそう言いたかった。言いたかったが、言葉が出なかった。それどころではない事態が、なおも彼を責め続けていたから。
 
名雪「・・・おかあさんにいいつけてやる。」
 
 彼女にとっての、せめてもの復讐。祐一にとっては避けたい事態であった。だが、今の彼にそれを止める力はなかった。
 祐一は破滅を予感した。真っ白な思考の中に、わずかだけ残った理性。今はもう、それさえも捨て去って目の前の快楽に溺れた方がせめてもの身の救いなのではないか。彼がそう結論を出しかけたとき。ずっと動き回っていた舞の動きが、止まった。
 
「みーけっ」
 
 舞は何かを手に取った。それを手に取ると、彼女はそそくさと布団の中から出た。
 単に、それを探すのが目的であったから。
 
祐一「ま・・・舞?」
 
その呼びかけに応えるように、舞は祐一の枕元にしゃがみ込む。
 
「こら祐一。へんな気分になってたでしょ。」
 
あの状況でならない方がおかしい、祐一はそう反論したかった。
 
「しょうがないな祐一は。こんな事ばっかり考えてたらダメだぞ」
 
祐一「違う、違うんだ。俺はそういう男じゃないんだ。わかるだろ、舞。」
 
「わかんない。祐一、スケベだし。」
 
祐一「・・ああそうだ。俺は確かに、助平の権左右衛門かもしれない。だけどな、舞。俺がそういう風になってしまうのは、舞、お前の所為でもあるんだぞ。」
 
祐一の悪い癖が始まった。
 
祐一「舞。俺はな、誰に対しても助平なわけじゃない。いや、敢えて言うならば舞、お前の前でだけ助平なんだ。何故ならそれは、舞があまりにも魅力的で、俺はそんな舞が大好きだからなんだ。」
 
「祐一・・・」
 
祐一「俺は、舞と一緒にいると、とても気持ちが高ぶってしまうんだ。どうしようもないくらいに熱くなってしまうんだ。体が触れ合えば、同じように体も熱くなってしまう。だからな。さっき俺があんな風になってしまったのは、仕方がないことなんだよ。」
 
「そっか・・・。じゃあ、仕方ないか・・・」
 
 そう言って、舞は頭をベッドの上に投げかけた。祐一の頭がすぐ見える場所に。恥ずかしくなるくらいすぐ近くに、お互いの顔がある。
 祐一の無意識の心は、その照れを隠すかのように、右手を舞の頭にやった。そして彼女の頭を引き寄せようとしたとき、彼は二人に注がれる熱い期待のまなざしに気づいた。
 
秋子「・・・・。」
 
祐一「あ、あきこさん・・・」
 
「秋子さんがどうかしたの?」
 
舞はとっくに気づいていた。
 
 祐一は硬直している。
 
秋子「あらあら・・・もう終わりなんですか?」
 
祐一「も、もう終わりって・・・」
 
秋子「折角、いいものが見られるって聞いて来たのに・・・」
 
片手を頬に当て、とても残念そうに言う。
 
 祐一は目で、秋子の後ろにいるものを追求した。
 
祐一「(秋子さんになんて言ったんだよ)」
 
 名雪は首と手とを、両方ともふっていた。そういう報告の仕方はしていなかったらしい。
 
祐一「はあ・・・」
 
祐一は頭をかきながら起きあがった。少なくとも当分、眠気が来ることは無くなってしまった。
 
秋子「お楽しみはまた今度と言うことですね」
 
 そう言って秋子は、そのまま部屋を出ていった。名雪も何も言わず、その後をついていった。その後ろ姿に祐一は、少しだけ罪悪感を感じた。
 
「・・・祐一?」
 
舞が祐一の顔を覗き込んでいた。
 
祐一「いや。なんでもない。」
 
「そう?」
 
祐一「ああ。それより。今日はもう、さっさと寝た方がいいんじゃないか?」
 
「うん。そうする。」
 
そう言って舞は、祐一の布団をめくって中に入ろうとした。
 
祐一「って、待て待て待て待て!」
 
「なに?」
 
祐一「なに、じゃなくて。これはまずいだろ、いくら何でも今日は、と言うかこの家では、ってことじゃなくて、いやとにかくまずい。」
 
「だって祐一が寝た方がいいって言うから」
 
祐一「ここである必要はないだろ!自分とこで寝ろよ!」
 
「祐一は細かい・・・」
 
祐一「細かくないってば・・・」
 
 祐一は大きくため息をついた。舞は立ち上がって部屋を出ようとした。
 
祐一「あ、そう言えば。」
 
祐一が舞を呼び止める。
 
祐一「舞。お前・・・何しにここ来たんだ?」
 
「これ。これ探しに来たの。」
 
 舞は手に持っていた剣を祐一に見せた。それは、いつか見た、舞が持ち歩いていた不細工な剣によく似ていた。
 
祐一「あ・・・・」
 
「なんか、ここにあるような気がしてならなかったから。探してみたらどんぴしゃり。」
 
祐一「な、なんで・・・。何で俺のところに?しかも、ベッドの中なんて・・・」
 
「うーん、それはわからないけど。でも、見つかったんだからいいじゃない。」
 
祐一「あ、ああ。そうだな・・・」
 
「じゃ、そういうことで。おやすみっ」
 
 舞は部屋を出ていった。祐一は少し混乱していた。しばらく寝付けそうもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
佐祐理「ふえー。剣、見つかったんだあ。」
 
「うんっ。舞が見つけたんだぞ」
 
翌日、昼食時。舞は前夜に見つけた剣を佐祐理に見せていた。
 
佐祐理「よかったですねーっ。祐一さん、必死になって探してましたよね?」
 
祐一「ああ。なんかよくわからないけど、とにかくよかった。」
 
佐祐理「で、どうするんですかこの剣。」
 
祐一「そうだなあ・・・。とりあえず・・・香里のところに持ってくか。香里のものらしいし」
 
「うん・・・。そうだね。」
 
少し名残惜しそうな舞。一体何をどうすれば、そんな駄剣に愛着がもてるのか。祐一は不思議だった。
 
佐祐理「でも、よく見つかったねーっ。どこで見つけたの?」
 
「うん。夕べ、祐一のベッドの中から。」
 
佐祐理「はえ? 祐一さんのベッド?」
 
「うん。祐一が寝てるときに。でね、そのときの祐一ってば・・・かわいかった、きゃっ」
 
祐一「な、・・・何を言い出すんだ舞!」
 
佐祐理「なんですなんです? 是非知りたいですねーっ」
 
 佐祐理の目が爛々と輝き出す。これは絶対おもしろい話に違いない、聞かずにおくものか。
祐一はすかさず目で舞に合図を送った。言うんじゃないぞ
舞は少し不満そうだったが、祐一に従った。
 
佐祐理「ふえ?どうしたの二人とも」
 
祐一「いや、なんでもないさ。」
 
佐祐理「そうですか? じゃあ舞、夕べの話聞かせて。」
 
「うーん。ごめん佐祐理、ないしょ。」
 
佐祐理「ふえ? そうなんだ。じゃあ、佐祐理のお弁当もナイショ。」
 
そう言って佐祐理は、舞が食べているお弁当を取り上げた。
 
「あ、うそうそ、ごめん、全部話すから」
 
祐一「なにーっ?!」
 
あっさり買収されていた。
 
 そして舞は、全てを語った。その話には、一点の偽りもなかった。全てが真実であった。だからこそそれは、舞にとっては楽しい話であり、祐一にとっては苦痛であった。
 
佐祐理「ふうーん・・・」
 
 話を聞き終わった佐祐理は、横目で祐一を見た。祐一は何も言わず、顔を赤くして小さく縮こまっていた。
 
佐祐理「・・・・。」
 
 
 
 
 
 
 
 
その夜。夕食を終えた水瀬家に、扉をたたく音が響く。
 
名雪「誰かな。こんな時間に」
 
名雪が扉を開けるとそこには、佐祐理が立っていた。
 
名雪「さ、佐祐理さん。どうしたんですかこんな時間に」
 
佐祐理「あははーっ。佐祐理はお泊まりしにきたんですよーっ。」
 
家中に響く大声で宣言する。祐一は、その発言を聞いて飲みかけの牛乳を吹き出してしまった。
 
祐一「な・・・・!」
 
名雪「ちょっと祐一、どういうこと?」
 
祐一「い、いや。俺は知らん、なにも知らん!」
 
佐祐理「ふえ? 祐一さんに話、行ってないんですかあ?」
 
佐祐理はすでに上がり込んできていた。
 
佐祐理「夕方に、秋子さんには了解もらったんですけどお?」
 
全員の目が、一斉に秋子に向く。秋子は手を頬に当てていた。
 
秋子「祐一さんは、知ってるものだと思いましたので・・・」
 
よくある話のすれ違い。
 
名雪「ま、お母さんが了解してるなら・・」
 
あゆ「逆らっても仕方ないしね。」
 
多数派も確保。もはや、抵抗勢力は屈服するか排除されるかのみ。
 
祐一「・・・・。」
 
秋子「部屋は二階なんだけど、いいかしら?」
 
佐祐理「はい、佐祐理はこう見えても頑丈ですから、屋根さえあればどこでもいいですよーっ。」
 
 さっさと泊まるべき部屋に行ってしまう佐祐理。その後ろ姿をみながら祐一は、巨大な不安と懸念を心の中に感じていた。
 
 
 
 
 
 
 
祐一「・・・杞憂であってくれればいいが。」
 
 そう言いながら祐一は、部屋の模様替えをしていた。否、バリケードの作成といった方がこの際正確であろう。扉に鍵をかけ、目張りをし、部屋中の動かせる家具を扉の前に置いた。
 
祐一「外から侵入してくる可能性もあるか・・・」
 
 祐一は腕組みをして考え、そしてベランダに通じる窓は罠は仕掛けるにとどめた。そこは、万一の際の避難路として確保しておきたかった。
 
祐一「・・・・。」
 
 祐一はベッドの布団の中に鞄を置いてふくらみを持たせ、自身は毛布一枚を持って机の下に潜り込んだ。
 
祐一「今夜は、安眠できないだろうな・・・」
 
 少し悲しい気持ちになりながら、祐一はじっと時が過ぎるのを待っていた。
 
 
 
 扉のノブをいじる音。彼の恐れるものがやってきた。
 
がちゃがちゃがちゃがちゃ
 
佐祐理「ふえ、開きません・・・」
 
 対策を施しておいてよかった、祐一は心からそう思った。備えあれば憂いなし。とはいえ、祐一の心から憂いは消えていなかった。
 
佐祐理「・・・えぇーいっ!」
 
がちゃぁん!
ノブが壊れる音。
 
佐祐理「はえ〜、今度はなんかつっかえてます・・・」
 
祐一「・・・・・。」
 
佐祐理「ふんっ、ふんっ!」
 
どかん、どかん、
 
祐一「・・・・・。」
 
祐一はただ、じっと息を殺すのみ。お願いだ、開かないでくれ、あきらめてくれ・・・
 
どかん、どかん、どかんどかんどかんどかどかどかどか
 
ぐあしゃあっ、がたがたがた
 
祐一「!!!!」
 
佐祐理「あはは、開きました。」
 
それは壊したと言うんだ、祐一はそうつっこみたいのを必死でこらえていた。
 
佐祐理「さーて、祐一さんはどこかなあ?」
 
 そう言いながらベッドに向かっていく佐祐理。その手には、なにやら毛紡機のようなものが握られていた。助かるか、祐一はそう思った。佐祐理がベッドまで行ったら、すぐに窓から逃げよう
 だが、佐祐理はベッドまで行くことはなかった。
 
佐祐理「あーっ。祐一さんってば、こんなところで寝て。寝相悪すぎですよーっ。」
 
方向を変え、祐一の方に向かってくる。
 もう迷っている暇はない。祐一は決心を固め、窓から逃げることにした。かぶっていた毛布を払い、机の下から出る。
 
佐祐理「あっ、祐一さん気づいてたんですねっ。無視するなんてひどいですよーっ。」
 
ひどいのはそっちだ。祐一は言い返したかったが、今はそれどころではない。
 這い蹲るようにして窓に向かい、窓を開け、足を外に踏み出す。仕掛けてあった紐が祐一の足に引っかかる。祐一こける。
 仕方のないことなのだ、未来は誰にも予測できないのだから。だが祐一は、この時ほど自分の行為を呪ったことはなかった。
 
 この間に佐祐理は、ゆっくりと祐一の元に歩み寄っていた。祐一を後ろから抱きかかえ、そのまま自分の膝の上に座らせる。口を祐一の耳元にやり、囁くように言った。
 
佐祐理「どうして逃げたりしたんですか?」
 
 祐一は何も言わない。何も答えられない。振り向くことすらできない。初めは呆然として、次は恐怖心故に。
 
佐祐理「佐祐理のこと、そんなに嫌いですか?」
 
祐一「・・・・。」
 
佐祐理「祐一さん逃げたりするから、佐祐理、傷つきましたよ。」
 
祐一「・・・・。」
 
佐祐理「こういうことしていいと思ってるんですか?」
 
祐一「・・・・。」
 
佐祐理「どうして何も言わないんですか?」
 
祐一「・・・・。」
 
佐祐理「おしおきされないと、わかりませんか?」
 
祐一「・・・・。」
 
佐祐理「そういう、ことですか。」
 
正当性獲得。
 佐祐理は当初からの目的を実行に移した。祐一のシャツをめくり、手にしていた毛紡機をそっとその中に入れる。
 
祐一「はうっ・・・」
 
 祐一は思わずうずくまる。それでも佐祐理は、手の動きを止めない。ゆっくりと体の上を、最も効果の高い部分を探っていく。
 祐一は逃げられない。佐祐理の左手が祐一の体をしっかりと止めている。声にならない呻きが部屋の中に響く。
 
名雪「祐一、今度は何の騒ぎ・・・・え?」
 
 起き出してきた名雪が見たもの。月明かりに照らされて、二人の男女が座っていた。一人は佐祐理、そしてその膝の上に祐一。佐祐理の右手は祐一の服の中で動き、祐一は顔を赤くしながら羞恥に耐えている。それでも、逃げ出すわけでもない。
 
名雪「ひ、ひどい・・・」
 
それが名雪の結論だった。
 
名雪「わ、わたし・・・祐一は川澄舞さん一筋なんだと思って・・・それで・・・それで身を引いたのに・・・こんな・・・こんなのって・・・・うわあ〜ん!」
 
 泣き崩れる名雪。その泣き声は、祐一の耳にも届いていた。
違う、違うんだ名雪。おまえはまた誤解している。そんなところで泣いてないで、早く助けてくれ。途切れそうになる意識の中で、祐一はそう叫んでいた。
 
 
 
魔剣第十話.終了
第11話に続く。
 
<2001年12月2日執筆> −−−−−−−−−−−−−−
 
 
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