綺麗なわけでもない。
切れそうなわけでもない。
たとえて言うならば、演劇部が小道具として作ったが、あまりの出来の悪さに放置されてしまった物。
それほどまでに、不格好な剣だった。
もう、剣は手にしない、そう決めていたはずなのに。私は何故か、その剣を手にしたくてたまらなくなっていた。
しゃがみ込み、手を伸ばし、私は剣を取った。
魔剣
第一話
相沢祐一17歳。彼はその日も、女の子と登校するという幸せな日を過ごしていた。
隣に歩く少女、倉田佐祐理18歳。明るく美人だがかなり変わったところがあるので、祐一以外寄りつく男はいなかった。
そしていつもならもう一人、川澄舞18歳もいるはずであった。だが、この日は何故か二人だけの登校だった。
祐一「舞は・・・どうしたんだ? 」
佐祐理「佐祐理は知りません。」
祐一「そ、そうか? 」
佐祐理のいつもと少し違う口調に戸惑いを覚えながらも、祐一は一応その言葉に納得することにした。
祐一「・・寝坊かな? あいつ、睡眠時間削ってそうだし。」
佐祐理「佐祐理は知りません。」
祐一「朝飯食い過ぎて動けないとか。」
佐祐理「佐祐理は何も知りません。」
そんな会話が延々と続くのか、そう周りの人間が思い始めた頃。
祐一「ん。なんか、人だかりが出来てるな。」
佐祐理「佐祐理は知りません。」
祐一「いや知らないじゃなくて。ほらあっち。あそこ、人だかりできてるだろ。」
佐祐理「佐祐理には何も見えません。」
佐祐理の言葉に少しひっかかりを感じながらも、祐一は人だかりの方へ向かっていった。
祐一「また山犬かな。にしては、なんかみんな楽しそうだが・・・」
人だかりに近づく祐一。大勢の人間がいるので、その中心は見えない。それでも、声が聞き取れる距離まで近づくことは出来た。
「よろぴくーっ! 」
祐一「・・・・? どっかで聞いた覚えのある声だが・・・」
佐祐理「佐祐理は何も知りません。」
「いやぁん、どうして逃げるのぉ? 」
祐一「・・・やっぱり、どっかで聞いた声だぞ。なあ佐祐理さん? 」
佐祐理「佐祐理には何も聞こえません。」
祐一「???」
佐祐理の不審な態度に、さすがに疑問を感じ始めた祐一。
そのとき、祐一の目の前の人だかりが、わっと開けた。
そして祐一の目に、人だかりの中心となっていたものが見えた。
舞「くすん。どうしてみんな、舞のこと避けるの? 舞、悲ぴー。」
祐一「ま、舞・・・・・? 」
それは、いつも祐一が一緒に登校する、無口で恥ずかしがり屋、いやそのはずの、川澄舞だった。
舞「あ、祐ちゃんとさゆりん、はっけーん! 」
だが彼の目の前にいる少女は、明らかにいつもの川澄舞ではなかった。
舞「舞ちゃんロケット発射5秒前、4から飛ばして0発射! 」
避けきれない、佐祐理に飛びかかろうとする舞を見て、祐一はそう判断した。
だが佐祐理は、紙一重で舞をかわした。
舞「ああん、どうして避けるのお。さゆりんのいけずぅ! 」
佐祐理「佐祐理は何もしていません。」
祐一「なあ佐祐理さん。舞、どうなっちゃったんだ? 」
佐祐理「佐祐理は何も知りません。」
祐一「そおかあ? 」
舞「もう。さゆりんったら、さっきからこうなのよ。今日は機嫌悪いみたい。生理? 」
祐一「さ、佐祐理さんが生理・・・・・」
舞「もぉ、祐ちゃんったら何照れてるのお! 生理は照れるようなことじゃないのよ。」
佐祐理「佐祐理は生理じゃありません。」
舞「じゃあ、どうして? 今朝はずっと機嫌悪いの、何故何故? 」
祐一「舞、今朝佐祐理さんと会ってるのか?」
佐祐理「・・・・佐祐理は誰とも会ってません。」
祐一「佐祐理さん・・・」
舞「さゆりんったら、酷いのよぉ。舞が『さゆりんおっはー! 今日も元気にカムチャツカ体操!』って言ったら、たーってどっか行っちゃうんだもん。」
祐一「そ、それは・・・・・」
佐祐理「佐祐理はカムチャツカ体操なんて知りません。」
祐一「舞、ラジオ体操第3にしとけば良かったんだよ。」
佐祐理「それも知りません。」
舞「だから舞、一緒に学校行ってくれるお友達探してたの。でも、みんな逃げちゃうんだもん。舞、さみしー。」
祐一「それは・・・・」
祐一は、先刻の光景を思い出していた。
加えて、舞がここに来るまでの光景を想像していた。
舞「あたし舞ーっ。ヨロピクーっ! 一緒に学校行こーっ? 」
祐一「なるほどな・・・。」
祐一には、佐祐理が逃げ出した理由が解った。例えば彼が佐祐理の立場だったら、やはり逃げ出していただろう。
だが、もはや逃げ出したことは無意味であった。学校という大勢の人間が集まる場所。ここで舞に捕まってしまった。衆目注視の中、舞と掛け合いをしている。
もはや、どんな言い逃れも通用しない。相沢祐一と倉田佐祐理、この二人は、もはや川澄舞と同類だ。
祐一は覚悟を決めた。
祐一「あきらめようぜ、佐祐理さん・・・」
佐祐理「佐祐理はあきらめません。」
そう言って佐祐理は、二人から離れてすたすた歩き出した。
舞「んもうさゆりん、舞をおいてどこ行くのお? 」
そういって舞は、佐祐理の肩を掴んだ。
佐祐理「佐祐理に関わらないでください。」
舞「あ、ひどぉい! さゆりん、お友達の舞にそんな態度とるんだぁ」
佐祐理「佐祐理は教室に入ります。」
佐祐理は無視するかのように、そのまま歩き出した。
舞は肩を掴んだままだったので、そのまま引きずられていった。
ずるずるずる
舞「やーん、さゆりん力持ちぃ。」
佐祐理「佐祐理はちっとも重くありません。」
舞「んもう、さゆりんの意地っ張りぃ。意地っ張りさんには、お仕置きしちゃうんだからあ。」
そういって舞は、佐祐理の胸を揉み始めた。
舞「ほーら、もみもみもみ♪」
佐祐理「さ、佐祐理は何も感じません!」
祐一「はうっ、・・・う、うらやましい・・・・・」
顔を赤らめながら佐祐理は、しかし尚、前進を続けていた。
舞「さゆりぃん。ずっと意地っ張り続けるなら、教室でもモミモミしちゃうぞ?」
佐祐理「・・・舞、お願い、やめて・・・」
佐祐理はついに墜ちた。
舞は、まだしがみついたままだった。
舞「さゆりん舞に意地悪したから、罰として教室まで連れて行ってね。」
祐一「佐祐理さん・・・」
佐祐理「祐一さん、またお昼に・・・」
舞を引きずったまま去ってゆく佐祐理。祐一は、ふと、舞の背中に長いものが背負われていることに気付いた。
教室に入った祐一は、席に着くとそのまま思索にふけりだした。
祐一「(佐祐理さんが意地張り続けてたら、舞はあのまま教室まで引きずられながらもみもみしてたんだろうか・・・)」
香里「相沢君、エッチなこと考えてるでしょ。」
祐一「か、か、か、か、か、か、か、か、考えて、ない! 」
香里「そう? 」
香里は微笑みながら去っていった。
祐一は何故か、秘密を知られたような気分になった。
祐一「(そうだ。俺はエッチなことを考えたくて考えてた訳じゃないぞ。そう、これは、たまたま思考の方向がそっちに行ってしまっただけで・・・)」
祐一「(・・・馬鹿馬鹿しい。自分で自分に言い訳して、なんの意味があるんだ。)」
祐一「(そうだ。俺が考えたかったのは、舞の背中にあった長い物のことだ。)」
祐一「(長いもの・・・長い物短い物なーんだ)」
祐一「(それは孫悟空の如意棒でーす)」
祐一「(孫悟空の如意棒は便利だぞ。NASAが開発した技術で伸縮自在思いのままの長さになります)」
祐一「伸びろ如意棒!」
香里「・・・・・・。」
祐一「な、な、な、な、なんだ香里! 黙って人の横に立つな! 」
香里「相沢君、何考えてたの? 」
祐一「な、な、なんでもない、香里が気にするようなことじゃない、エッチな事じゃない。」
香里「そう? 」
香里は去っていった。
去り際に、「くす」と笑ったようだった。
祐一「・・・絶対誤解されたな。」
祐一の心はブルーだった。
祐一「(憂鬱だ・・・なんで俺ばっかりこんな目に・・・祐ちゃん憂鬱)」
祐一「(たとえて言うならば、今の俺の心はあの空の色・・・)」
祐一「(そう、あの空には、翼を持った少女がいる・・・)」
祐一「・・・今はまだ、風の中・・・」
名雪「どうしたの祐一?!」
香里「そっとしておいてあげなさい。思春期なのよ。」
名雪「う、うん・・・」
祐一の心は、昼まで晴れることはなかった。
名雪「おっ昼♪おっ昼♪」
名雪の歌声を反射条件とするかのように、祐一はふらふらと歩き出した。
北川「おい、大丈夫か相沢?」
祐一のただならぬ様子に、数少ない友人である北川が声をかけた。
祐一「ああ。少なくとも頭は大丈夫だ。」
北川「それは一大事だ。相沢の頭が大丈夫だなんて、世界の平和に関わる緊急事態だぞ。」
祐一「ああ、そうだな。じゃあWHOにでも連絡しておいてくれ。」
そう言い残して祐一は教室を出ていった。
北川「・・・いつもの相沢じゃないな。」
名雪「家を出たときはいつもと同じだったよ。」
北川「そうか。」
香里「でも教室に入ってきたときには、もうおかしかったわよ。」
北川「じゃあ、登校中に何かがあったんだな。」
名雪「でも、祐一が変なのはいつものことだよ? 」
北川「それもそうだな。」
3人は昼食を取るのも忘れて、祐一の行動の分析に花を咲かせていた。
階段にはいつものように二人が待っていた。
いつものように。その事に祐一は、安堵を覚えた。
祐一「佐祐理さん・・・」
佐祐理「あははーっ、祐一さんが来たから、早速お昼にしましょうかーっ。」
祐一「ありがたい、俺腹減ってるんだよ。」
それは、いつもと全く同じ光景
舞「きゃぅーん! さゆりんのお弁当、いつも楽しみーっ! 今日のおかずはなんだろなあ♪」
ではなかった。
祐一は咄嗟に佐祐理の行動に注視した。
佐祐理「あははーっ、今日はね、チーズアスパラバイカル湖風っていうのを作ってきたんだよーっ。」
舞「何それーっ。」
佐祐理は既に、舞のこの怪現象に慣れたようだった。
祐一は、人類の力強さ、環境適応能力に賛歌を送った。
祐一「嗚呼大恐竜時代・・・」
彼自身は、まだ慣れるのに時間がかかりそうだった。
ふと、祐一の目に、舞の背中にある物が止まった。
祐一「なあ、舞。その、背中にある長い物は、いったい何だ? 」
祐一は、午前中のうち半分の時間考えていた疑問を舞にぶつけた。
舞「長い物? 長い物って、これのこと? 」
そう言って舞は、背中からその「長い物」を抜き取った。
祐一「・・・ああ、それだ。」
佐祐理「ふぇーっ、不格好な剣。」
佐祐理が本音を口にする。
舞「不格好って言わないの! そりゃあ見た目は良くないかもしれないけど、でも、舞の大切な宝物なんだから! 」
祐一「宝物・・・・そのゴミみたいな剣がか? 」
舞「ゴミなんて言うと、叩き切っちゃうぞ! 」
ぼかっ
舞の言葉が冗談だったのか本気だったのかはわからない。少なくとも言えることは、舞が持っている剣には殺傷能力は全くないということだった。
祐一「いや、悪かった。その剣のことはもう言わないことにする。」
言えば悪口しか出てこないからだった。
佐祐理「じゃあ、そういう事で、お昼にしましょうか。」
祐一「ああ、そうだな。・・・って待て、まだ何か重大な問題が残ってる気がする。」
佐祐理「重大な問題・・・・」
「ああ」、と、佐祐理は手を叩いた。
佐祐理「そうでした。祐一さん、お父様が、一度祐一さんに会いたいって言ってたんですよーっ。」
祐一「さ、佐祐理さんのお父さんが? なんで?!」
佐祐理「『私の娘に手を出すような不埒な輩は、この手で叩き切ってくれるわーっ』だそうです。」
祐一「な、なにそれ! 冗談だろ! 佐祐理さん、お父さんに俺の事何て言ってるんだよ!」
佐祐理「ラブラブなフィアンセで、しかもお父様は秋にはおじいちゃまになりますよ、って。」
祐一「嘘だろ・・・やめてくれよ・・・・」
佐祐理「冗談です。」
祐一「だよな・・・冗談だよな・・・冗談に決まってるよな・・・」
舞「さゆりぃん。舞、今の冗談は笑えないなぁ〜。」
佐祐理「ふえ? 」
舞「祐ちゃんのフィアンセは、あ・た・し。舞なんだから。ね♪」
そういって舞は、片腕で祐一をぐいと引き寄せた。
祐一は固まった。
佐祐理「はえーっ、舞が大胆発言!」
佐祐理も、驚愕の表情のまま固まった。
時間経過。
舞「・・・10秒。」
祐一「・・・・・。」
佐祐理「・・・・・。」
舞「20秒。」
祐一「・・・・・。」
佐祐理「・・・・・。」
舞「30秒経過しました。相沢名人、残り時間2分です。」
祐一「俺はいつから棋士になったんだ! 」
舞の腕を必至の表情で振りほどき、祐一は人差し指を水平に舞に向けた。
祐一「舞! 今日のお前はやっぱり変だぞ! 」
舞「くすん・・・祐ちゃんが、舞のことヘンって言った・・・・」
舞の表情が曇った。
舞「いいもん、変で。仕方ないじゃない、舞はそういう女の子なんだから。」
祐一「いや、そういうことじゃなくてだなあ・・・・」
祐一は返答に詰まった。
舞が、上目遣いに祐一を見る。
舞「祐ちゃんは、変な女の子、嫌い? 」
佐祐理「あははーっ、祐一さんは、変な女の子大好きですよねーっ。」
祐一は反論できなかった。
舞「ほんとに? じゃあ、舞のこと、好き? 」
祐一「・・・き、きらいじゃない・・・」
舞「嫌いじゃないってのは、好きって意味だよね? きゃーっ、舞、うれぴー! 」
舞は祐一に抱きついた。
舞「舞、すっごくうれしいから、祐ちゃんの言うこと何でも聞いちゃう。何してほしい? 」
祐一「い、いいよ別に、何もしてくれなくて。」
舞「んもう、祐ちゃんったら恥ずかしがり屋。かわいー」
祐一「は、恥ずかしいと言うわけではなく・・・」
今の祐一には、むしろ恐怖心の方が勝っていた。
舞「じゃあじゃあ。舞が、祐ちゃんにご飯食べさせてあげるねー。はい、あーんして♪」
佐祐理「あははーっ、じゃあ、佐祐理もお手伝いしますよーっ。」
祐一にはもはや、為す術は何もなかった。観念した祐一は、二人にされるがままになっていた。
舞の異常は、うやむやになったままだった。