春の息吹見ゆる季節

 

香里「だからっ、そんな事してくれなくていいって言ってるでしょっ」
祐一「またそんな遠慮して。俺と香里の仲じゃないか、何を気兼ねすることがある。」

香里「気兼ねなんかじゃない。して欲しくないっていってるのよ。」
祐一「なんで!」

香里「・・・・・・。」

どうしてだろう。確かに、断るに足る理由はたくさんある。でも、どれも本当の理由ではない気がした。
だからあたしは、黙ったままでいた。

祐一「香里・・・怒ってるか?」
香里「怒ってないわ。」

祐一「でも、・・・怖いぞ。」
香里「それはごめんなさい。」

確かに、あたしの言い方は怒っているように聞こえるかもしれない。
怒る理由なんて、無いのに。相沢君、あなたが悪いわけじゃないのよ。

ふと、心の中でそんな一人芝居を演じる自分に気づき、恥ずかしくなる。
それを払拭するように、席を立ち、教室を出た。

祐一「やっぱり怒ってるのかな・・・・・。」
名雪「当然だと思うよ。」

祐一「怒られるような事した覚えはないぞ。」

名雪「十分してるよ。なんなの、『美坂香里様降臨18周年記念祝賀祭』って。」
祐一「いや、こういう大袈裟なネーミングの方が喜ぶかなと思って。」
北川「喜ぶわけねーだろ。」

祐一「俺の『乙女コスモ』の力を最大限に使って編み出した最高のネーミングだと思ったのに・・・・」
北川「なんだそれは」
名雪「そんなあやしいもの使うからだよ・・・・・」
 

あたしは、屋上にいた。
吹きすさぶ風が、唸りをあげている。それでもその姿は、冬の英雄が戦場で轟きをあげていた頃に比べれば、幾分穏やかにはなっている。

香里「この学校とも、もうすぐお別れね・・・・。」

2月も終わり。一週間後には、卒業式だ。同時にその日は・・・・

香里「・・・・・・。」

ふと、先刻のことを思い出し、何故かむっとする。
何故こんな気分になるんだろう。

ううん、理由はほんとはわかってる。気づかないフリしてるだけ。
あたしって、演技派だから・・・・。


「お姉ちゃん、卒業生の総代やるんだよね。」
香里「・・・まあね。」

「練習とか、しないんだ。」
香里「必要ないわよ。」

やりたくてやるわけでもないし。
学年主席、それだけの理由で回ってきた役柄。あたしが望んだかどうかなんて、関係ない。
ずっとそうだった。学級委員だって、「美人で優等生」ってだけで、無条件で決まり。
確かに間違いじゃない。それは認める。けど・・・・

香里「それだけじゃないでしょ、あたし・・・・・」
「・・・・・・・。」

つい思いを口に出してしまったあたしを、栞が心配そうな顔で見つめている。

「大丈夫だよ、お姉ちゃんのこと解ってくれる人は、きっといるよ。」

さすが姉妹ね。考えていることが、わかっちゃったみたい。

香里「そうね。」

確かに、そんな人はいる・・・・・


そしてあたしは、18になった。

「待ってよ〜、お姉ちゃん」
香里「待たない。」

「今日で、最後なのにぃ〜」

最後。そうか、今日で終わりなんだ。
栞との登校。校門に群れる生徒をかき分け、入る教室。
そこには級友達の笑顔があって、窓際にはいつも連んでる連中。水瀬名雪。北川潤。
相沢祐一。

「おねえちゃん?」

香里「え?!」

そこはまだ、雪道の上だった。

「・・・疲れてる?」
香里「違う意味で、憑かれてるかもね・・・。」

「・・・・?」

祐一「よお、W美坂、おはよう。」
「そんな十把一絡げな挨拶する人、嫌いですっ」

相沢君・・・。

祐一「悪かった悪かった、かわいいぷりちい栞ちゃん。」
「馬鹿にする人も嫌いですっ!」

そうよね。栞と相沢君は・・・・

祐一「ところで香里。降臨祭の件だが・・・・」
名雪「まだあきらめてなかったの・・・?」

「降臨祭ってなんですか?」
祐一「うむ、それはだな」
香里「説明せんでよろしい。」

「おねえちゃん、私を仲間はずれにしようとしてる?」
香里「そんなわけないでしょ。」

祐一「いや、今のは明らかに栞に対するイヂメだぞ。」
香里「そんなこと・・・・」

祐一「きっと、俺と栞の仲の良さを妬んでのことだな。やれやれ・・・」

−☆!
今の言葉は、さすがにむかついた。

べしっ

祐一「????!!!!!」
「きゃあっ、祐一さんっ」

顔中雪まみれになりながら呆然としている相沢君を後目に、あたしは早道で学校へと歩き出した。



香里「あ〜、もうっ!」

あからさまに不機嫌な態度で席に着くあたしを、クラスのみんなは訝しげに見ている。

北川「どうした美坂、機嫌悪いな。」
香里「ちょっと、ね。」

北川「ふむ、俺でよければ相談に乗るぞ。但し言っておくがカネはない。」
香里「オカネなんかより、ずっと難しい問題よ・・・。」

北川「・・・・なるほど。」

そいつは困ったという感じで首を振る北川君。

北川「どうするんだ?」
香里「どうするって・・・どうしろっていうの。」

北川「今日は幸か不幸か、卒業式だ。決着をつけるつもりなら、今日をおいて他にない気がするぞ。」
香里「・・・・。」

北川「それとも、思い出を胸にしまって、将来の作家デビューの種にでもするか?」
香里「作家になる気なんか無いわ。」

北川「じゃあ、当たってみることだな。香里なら、砕けずにそのまま突進できそうだぞ。」

香里「・・・褒めてるの?」
北川「もちろんさ。」

当たって。そんなこと、考えても見なかった。
だって、それはしちゃいけないことだと思ってたから・・・・。

北川「一人でやりきる自信がないなら、俺が協力してもいいぞ。」
香里「北川君・・・・。」

北川「ま、美坂にはこの三年間、いろいろ世話になったしな。」
香里「あら、でも結局結果は・・・・」

北川「いいんだ。その結果は、俺一人が背負うことにするよ。」

北川君。あなたって・・・

香里「いい人ね。」

北川「いい人は、もてないんだよなあ・・・・」

はっはっはと力無く笑うその姿に、あたしは何故か「同志」という言葉を感じた。



そして卒業式も終わる。
万事、つつが無く・・・・

北川「美坂、例の件だけどな・・・・」
香里「例の件?」

北川「いや、俺が美坂に協力するという話。」
香里「ああ、あれ・・・・」

北川「とりあえず、相沢の話に乗っかる、っていう線でいいか?」
香里「相沢君の話って、あの降臨祭とかいうやつ?」

北川「ちょっと不満だろうが、他にいいチャンスが思いつかなかったんだ。」
香里「そうね・・・・・。」

でもそれだと・・・・栞も来るわね・・・・


祐一「美坂香里様、降臨18年おめでとーっ」
「わーい」

名雪「祐一、恥ずかしいよ・・・」
北川「大丈夫だ水瀬、恥ずかしいのは相沢だけだと思えばいい。」

名雪「そうだね・・・」

あたし達は、名雪(と相沢君)の家にいた。
やるかやらないかわからない状態で、結局店の予約なんかやって無かったのだそうだ。

北川「ま、なまじ外でやるより良かったかもな。秋子さんの手料理は、そんじょそこらの店じゃかなわないし。」
秋子「あらあら、そういっていただけると嬉しいわ。」
「わたしも見習いたいです。」

北川「水瀬・・いえ、名雪さんの技も、お母さんの直伝なんですね。」
名雪「技って、そんな凄いもの持ってないよ。」

祐一「いやいや、調理実習の時の名雪、あれはかっこよかったぞ。『とぉりゃあ、だぁっ!』ってな。」
名雪「わたしそんなこと言ってない・・・・」

そんな平和な風景を眺めながら、あたしは一人考えていた。
やっぱり、別に今のままでもいいかな・・・・・

でも、そんな考えを北川君は遮ってくれた。

北川「よし、これからくじ引きを行う。負けた人間は、買い出しだ。」
秋子「あら、買い物なら私が・・・」

そういう秋子さんに、北川君が耳打ちする。

祐一「・・・何をたくらんでいる。」
北川「秋子さんを犯罪に巻き込むわけには行かないからな。」
名雪「犯罪・・・??」
「そんなやばいもの買ってくるんですか?」

北川「ま、それは当たった人間のお楽しみということで・・・」

そういって、5本のくじを差し出す。

北川「ちなみに当たりは2本だ。結構確率高いぞ。」
祐一「二人も必要な買い出しなのか・・・?」

北川「さあ、最初は誰だ?」
「ひきます。」
 
 

祐一「・・・詐欺だ。絶対仕組まれたものだ。異議申し立てを申請する!」
北川「何を言うか。それはあからさまに名誉毀損だぞ。」

くじに当たったのは、あたしと相沢君。
・・・仕組んだわね、北川君。

北川「さあさあ、敗北者はさっさと義務を果たす。」
香里「仕方ないわね。」
祐一「いいのか香里、お前はこんな不正を見逃すというのか?!」

香里「証拠がないわ。」
北川「その通りだ。」

祐一「くそ、いつか絶対おとしめてやる・・・。」
北川「さあ、これが買い出し品のリストだ。」

相沢君がリストを受け取り、あたし達は玄関に向かう。

「いってらっしゃい。」

何も知らない栞が、明るく手を振っている。
少しだけ、心が痛んだ。

出ようとするあたしを、北川君が引き留めて耳打ちした。

北川「うまくやれよ。」



祐一「・・・なんじゃこりゃ。」

メモを開いた相沢君が怒っている。

メックオール。わざとらしい汚い字で、そう書かれている。

祐一「くそ、馬鹿にしやがって。こんなものが今時売ってるかよ!」

メモをくしゃくしゃにしてたたきつける。

香里「道路にゴミを捨てない。」
祐一「はいはい。」

香里「・・・どうするの?捜す?」
祐一「ご冗談。」

香里「じゃあ、代わりの物を買うしかないわね。」
祐一「近場で適当になんか買おうぜ。」

近場。それはちょっとまずい。時間が無くなってしまう。

香里「どうせなら、なんか珍しいものがいいんじゃない?」
祐一「めずらしいもの?」

つい思いつきで、そんなことを言ってしまった。
でも

祐一「めずらしい・・・めずらしいもの・・・」

時間稼ぎにはなったみたいだ。

でも、時間だけ稼いでも仕方ない。目的はもっと別の事なのだから。

・・・なんて言おう。なんの、脈絡もなく唐突に言い出すのは、やはり変じゃないだろうか。
でも、何から切り出したらいいんだろう。
ああもう、なんか思考が空回りばっかりして・・・・

祐一「これにしようぜ。」
香里「え?!」

祐一「普通の店でこんなものが売ってるんだからな。沖縄ブーム様々だぜ。すいません、これ下さい。」

・・・恨むわ沖縄ブーム。


祐一「ただいまっ、北川君。」
北川「・・うれしそうだな。」

祐一「嬉しいさあ、なあ、香里。」
香里「・・・・・・。」
北川「そうか、そうか。」

満足げに頷く北川君。きっと、うまくいったものと思ってるのね・・・。

祐一「さ、北川。飲め。」
北川「・・・??」

祐一「いいか、読み方を間違えるんじゃないぞ。これは『うこん茶』だからな。勝手に字を入れ替えたりしちゃ駄目だぞ。」
「そんなこと言われると、入れ替えたくなります。」

祐一「うら若き乙女は、考えても口にしないのが身のためだぞ。」
「はい・・・・・。」

北川「・・・・・・。」

沈んだ表情をしていた(だろう)あたしの方に、北川君の目が向く。

北川「美坂、ちょっと。」

祐一「おい、逃げるのか!」
北川「事実関係の確認だ。」


北川「なあ、念のために訊くが・・・・どうだったんだ?」
香里「・・・・・・。」

答える代わりにかぶりを振る。

北川「そうか・・・・。ん、ま、これが最後というわけでもないだろうしな・・・・」



祐一「あの二人、何やってんだ?逃げたんじゃないだろうな。」

名雪「・・・香里、なんか変だったよ。体調悪いのかな?」
祐一「え、そうか?」

名雪「祐一、一緒にいたんでしょ。気づかなかった?」
祐一「いや、なにも・・・・」

「私、見てきます・・・・」



北川「・・・・・か、それで。ほんとにいいのか?」
香里「いいのよ。」

北川「一年あまり伏してきたんだろ?」
香里「それがまたこれからも続くだけよ。何も変わらない。だから支障無いわ。」

北川「だけどそれじゃあんまり・・・」
香里「言ってどうなるって言うの?結局同じ事じゃない。相沢君には、栞がいるのよ。」

「・・・・・・。」


祐一「どうだった?」

「・・・・だいじょうぶです。そのうち戻ってきます。」
名雪「どうしたの?栞ちゃんまで、なんか変だよ・・・」

祐一「周りが変だ変だと思っていたら実は自分が変だった、てのはよくある話だな。」

名雪「そんなんじゃないよ・・・・」

北川「やあ諸君、お待たせ。」
祐一「あ、帰ってきおった。」

北川「さて。俺はこれを飲めば良かったんだったかな?」
祐一「あ、ああ・・・。」

北川「仕方ない、飲んでやるさ。バカタレな相沢のためにな。」
祐一「な、なんだその言い方。」

結局この日は、なんだかよくわからないままに終わってしまった。



そして。
この日以来、栞の様子が変になった。
何故か、あたしに対しておびえているような雰囲気があった。

何故だろう。心当たりは・・・無いこともない。
でも、それは栞が知るはずもないことだし・・・・だけど・・・・

その疑念は、栞の突然の謝罪によって解消されることになった。

「ごめんなさいっ、おねえちゃん・・・・」
香里「な、何言い出すの栞・・・」

「私・・・私知らなくて・・・なんにも知らなくて・・・」
香里「何を言ってるのかわからないわ。順序よく説明してよ。」

「お姉ちゃんの気持ち無視して祐一さんとつきあったりして、はしゃいだりして・・・」
香里「ちょ、ちょっと・・・」

どうして、栞が知ってるの。知るはずはないのに・・・。
・・・あのとき、聞かれた?

「でも、もういいから。」
香里「栞・・・・」

「私、祐一さんとは別れたから・・・・・」
香里「な・・・・!」

「だからもう、私には遠慮しなくていいから・・・」
香里「栞・・・・」

「・・・えぐっ・・・・」
香里「なんて事したのよ、あんたは!取り消しなさい、今すぐ電話して、さっきのは冗談だったって・・・」

受話器を取るあたし。だがそこに、栞がしがみついてくる。

「いいの、もういいの、おねえちゃん・・・・」


「おねえちゃん、郵便・・・・」
香里「・・・そう。」

「・・・大学からだよ。」
香里「・・・・そう。」

開けなくても、封筒の大きさからわかる。合格通知書だ。

「・・・よかったね。」
香里「・・・そうね。」

「・・・祐一さんも、受かってるといいね。」
香里「心配なら、行って来れば?」

ううん、と栞がかぶりを振る。

「私はもう、会っちゃ駄目なの。」

黙ったままのあたしに、栞がもう一度言った。

「祐一さん、受かってるといいな・・・・」


香里「名雪、お待たせ。」
名雪「わざわざ来てくれなくても、祐一がいるから大丈夫なのに。」

祐一「俺に名雪の荷物全部運ばせるつもりだったのか。」
名雪「そんなこと言ってないよ。私もちょっとは手伝うよ。」

祐一「ちょっとだけか?」

例のメンバー、北川君言うところの「美坂チーム」は、全員合格。
名雪と北川君は、学科が違うけども。

そして今日は、二人で下宿することになった相沢君と名雪の引っ越しの手伝い。

佐祐理「あははーっ、ごめんなさーい。ちょっと遅れちゃいましたーっ。」
北川「おい、相沢の知り合いって、あの美人のことか?」
香里「相沢君、やるわね。」
祐一「いや、別にそういう関係じゃ・・・。」

佐祐理「倉田佐祐理といいます。よろしくお願いしまーす。」
「・・・よろしく。」

新しい面々が入って

北川「しかし、この車に六人+荷物を載せるのか?無理そうだけど・・・。」
祐一「そうだな・・・。北川、おまえ、悪いがここで帰ってくれ。」

また、楽しいときが始まって

祐一「いじけるな。ほら、香里もつけるから。」
香里「ずいぶんな仕打ちね。」

泣き会ったり笑い合ったり

名雪「ごめんね香里。引っ越しの時は、私も手伝うから。」
香里「わかったわ。」
佐祐理「それじゃ、いきまーす」

そんな日々に没頭するのも、悪くないかもしれない。

北川「・・・置いてけぼり食っちゃったな。」
香里「そうね。」

北川「くっそ〜、相沢の奴。ポイント稼ぐチャンスだったのに・・・」
香里「なに言ってるの。北川君はこれから、いっぱいチャンスがあるじゃない。」

北川「でも、相沢の接近度は、今以上に高くなるんだぜ?俺勝ち目無いよ・・・」
香里「あきらめたら、最初から勝ちはないのよ。」

北川「それは、香里も同じだな。」
香里「・・・・・・。」

北川「俺なんかが言う事じゃないだろうけど・・・栞ちゃんのことは、気にしない方がいいと思うぜ。」
香里「知ってたの?」

北川「相沢がわんわん泣きながら、俺にくだまいてきたからな。」
香里「相沢君、そんな泣く人なんだ・・・・。」

北川「いや、ちょっと誇張してるんだけどな。」
香里「そうよね・・・」

北川「ま、お互いこれからがんばろうぜ。結果がどうなるかはともかく」
香里「そうね。・・・・そういうことなら、がんばりましょう。」

がしっ

香里・北川「恋の同志。」

肌をさする暖かい風は、季節が春であることをしっかりと感じさせた。
 
 
 

CampusKanonその1に続く

 

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