Campus Kanon

20:最後の闘い


選挙が終わって数週間。あの事件から起算すると数ヶ月。
学園内は平穏且つ閑散としていた。夏休みが始まっていたのだ。

祐一「さすがに夏休みともなると、自治会も喚いたりしないか・・・」

もちろんそれだけではないだろう。
先の選挙で、彼らがかなりの力を入れて支援していた候補が、みっともない落選をしてしまった。
そのショックも大きいのではないか。

どんな顔しているか、ちょっと見に行ってやるか。
何故かそんな気分になった。

 


 

祐一「よお。」

執行部室には一人しかいなかった。
確か、自治会のナンバー2。副会長をやっている男だ。

副会長「・・・・。」

副会長は、相変わらずの無視を決め込んでいる。

祐一「この度はご愁傷様。まあ、人生まだまだ長いし、あんたらが落ちたわけでもないんだから、そう落ち込むなよ」

副会長「・・・君にそんなことを言われる筋合いはない。」

どう心が動いたのか、副会長は初めて俺に言葉を発した。

祐一「お、俺に言葉を返してくるなんて。ずいぶん進歩したじゃないか。」

副会長「・・・無関係の人間と無駄話をするほど、我々は暇ではなかったということだ。」

祐一「暇ではなかった、ねえ。ということは今は暇なんだな。ま、この様子を見ると、いかにも暇そ〜にしているように見えるけどな。」

副会長「・・・・・・・。」

祐一「それと、無関係じゃないぞ。俺達はあんたらに、いろいろされてきたわけだし。」

それに

祐一「・・・それと、香里を取られちまったんだからな。」

副会長「美坂香里、か。」

副会長は、初めて顔に笑みを浮かべた。
最もそれは、嬉しさの感情から来るものでないことは一目瞭然ではある。

祐一「・・・なんだ?」

副会長「いや・・・・。」

副会長は、作業の手を一時休めていった。

副会長「確証のないことは口にしない方が良い。今度の一件で、それがよくわかった。」

祐一「・・・?よくわからんが。」

副会長「必要があるなら、彼女自身の口から聞けるさ。」

そう言うと副会長は立ち上がり、食棚に歩み寄った。

副会長「折角来たんだ。茶ぐらい入れてやろう。」

祐一「・・・どうしたんだ今日は。まさか、何かとんでもないことを企んでいるんじゃないだろうな。」

副会長「それが出来たらどんなに良かったかと思うよ。」

熱い水が葉に注がれる。

祐一「じゃあ、なんなんだ。」

副会長「まあ、君には少しだけ感謝している、と言ったところかな。」

祐一「感謝・・・?」

副会長「西谷を世話してくれてただろう。あいつがいるおかげで、執行部再建の道筋が立ったんだ。」

祐一「再建・・・・」

副会長「選挙も含めて、これまでの活動の総括を巡って意見が割れてるんだよ。会長も、事実上辞任だ。まとめられるのは、選挙と一切関わってなかった西谷だけなんだ。」

祐一「今の自治会は、そんなにガタガタなのか?!」

副会長「・・・ああ。自治会に限らない。安井陣営の支持組織は、今ほとんどがぐらついている。」

祐一「・・・・・・・。」

副会長「相互不信と責任転嫁で、どこも溝だらけ。ずたずたさ。醜いもんだぜ。」

祐一「よく聞く話ではあるが。」

副会長「仲間を潰すが為に、昨日まで敵だったものと平気で手を組むやつもいるし。」

ま、俺も今そんな心境だけどな、そう付け加えて彼は、カップを俺の前に置いた。

副会長「憎しみは高炉さ。一度火がついたら、簡単には消えない。」

祐一「そうなのか。・・そんなんじゃ、安井さんは次の選挙に出るのは、無理だな。」

副会長「ああ、その安井さんだけどな・・・」

一呼吸

副会長「今、行方不明なんだよ」

 


 

佐祐理「行って来まーすっ!」

バイトに行く佐祐理さんの声が、台所まで響く。

あれ以来、佐祐理さんはずっとこのアパートに住み着いている。
住み着いているという言い方も変だが。

まあ、いわゆる帰りそびれたと言うところか。

いや、実際はそれだけではないのだが。

祐一「・・・自転車姿の佐祐理さんって、なんか可憐だよな・・・・」

名雪「祐一、朝から色ボケ?」

祐一「ち、違う!美しいものを愛でようという、これは、人が人足るための文明開化の条件であり・・・」

名雪「なに言ってんのかわかんないよ。」

祐一「あ〜〜〜、そうだ、今日俺、出かけるから。何となく遅くなる気がするから、よろしく。」

名雪「何となくじゃ困るよ。」

祐一「じゃあ、きっぱり遅くなる。」

名雪「早く帰ったらお仕置きだよ。」

祐一「緊急事態が起きてもか?」

名雪「そのときは、早く帰ってきてね。」

携帯も持ってないし、実際に緊急事態が起きても、出かけていたんじゃ解らない気もするが・・・
そうは思ったが、特に逆らう言葉は出さなかった。

 


 

俺と舞は、門の前に立っていた。
割と立派な屋敷の前。表札は「倉田」となっている。

祐一「倉田父から呼び出し喰らうなんて・・・舞、お前何やった。」

「・・・何もしてない。」

祐一「じゃあ、やっぱり俺が原因か?!」

ドアホンからの声が入る。
さっき呼び鈴を押してから、ちょっと時間の間があった。

倉田父「どなたかな?」

祐一「あ。相沢と川澄ですけど・・・」

倉田父「おお。済まない、待たせてしまったな。」

再び間をおいた後、倉田父が玄関から出てくるのが見えた。
 
 
 

祐一「俺こういう屋敷って初めて来るけど・・・てっきりメイドさんが誰かが迎えに来るもんだと思ってた。」

「・・・前来たときより散らかってる。」

倉田父「ははは・・。引っ越し前なものでね。多少の点はご勘弁願うよ。」

祐一「あ、いえ、決して非難しているわけでは・・・」

倉田父「いやいや。実際部屋は汚いし、あらかたのものは処分してしまったから出すものも何もないのだが・・・」

倉田父が俺達を一室に通すと、一人の女性が茶菓子を持ってきた。

祐一「・・・・・。」

綺麗な人だ。

「・・・祐一、惚れた?」

祐一「ば、ばかなことを!」

倉田父「ははは、家内ですよ。いや、最近は家内という言い方は禁句だったかな。」

ということは、佐祐理さんのお母さんか。

倉田母「ごゆっくり。」

祐一「・・・で。今日は、いったい何のご用件で。」

倉田父「うむ。まあ、いろいろと話がしたくてね・・・・・」
 
 

倉田父の話は、佐祐理さんのことだった。
最も、それ以外に話すことなどありそうもないが。

佐祐理さんの近況。
俺達が佐祐理さんと知り合った経緯。
佐祐理さんが幼い、まだ俺達が知らない頃の話。

倉田父「一弥の一件では、佐祐理にもずいぶん辛い思いをさせてしまった・・・」

祐一「そうですね。」

そこだけは、俺はきっぱり、そして倉田父を詰問するような口調で言った。

詰問しても仕方がないのだが。そうなってしまっていた。

倉田父「佐祐理は良くできた子だったから、十分任せられると思っていた。私の後継者となる人間なら、それくらい出来て当然と思っていた。だが、・・・親の替わりをさせるのはあまりに酷だったと、反省している。」

祐一「そんなに忙しかったんですか」

倉田父「ああ。忙しかったのは確かだ。一弥が死んだときも・・・そこにいてやれなかったし、後のことも秘書に任せっきりだった。」

祐一「・・・・・。」

倉田父「あれから・・・佐祐理は私に一線を引くようになってしまった。

   が、父と呼んでもらえるだけ、幸せなのかもしれないな。」

祐一「そうですね・・・・」

そんな言葉しか思いつかなかった。


佐祐理「たっだいまぁ♪」

名雪「あ、おかえりなさい。」

佐祐理「祐ちゃ〜ん♪明太子バナナチップス買ってきたよーっ」

名雪「あ、祐一出かけてるんだよ。」

佐祐理「ふぇ、そうなんですか?折角祐ちゃんが好きそうなもの買って来たのに・・・」

名雪「祐一、そんなもの好きなの?」

佐祐理「たぶん。」

名雪「たぶんって。え?え?」

 


 

祐一「あれ、そういえば舞は・・・?」

倉田父「ああ、川澄さんなら、さっき出ていったぞ。」

祐一「黙ってですか?!」

倉田父「あの子が黙っているのはいつもの事じゃないのかね?」

祐一「いや、そういう事じゃなくて・・・」

何も言わずに席を立つのって、失礼じゃないのか?

倉田父も、それを何事もなかったかのように受け取っているし。

う〜ん、慣れは怖いってやつだろうか。
 

祐一「あ、いたいた。おい、舞。何こんなところで寝てるんだよ!」

「・・・・・??」

倉田父「はっはっは、君は、よほどのその椅子がお気に入りのようだね。」

「・・・。(こくり)」

倉田父「いいよ。帰りに持っていきたまえ。」

「・・・(ぺこり)」

祐一「え、いいんですか?!」

倉田父「ああ。どうせ処分してしまうものだからね。この家も、一ヶ月後には取り壊されてしまう。なにかを気に入ってくれている人がいるのなら、それはその人に使って貰った方が良い。」

祐一「はあ。確かに、それはそうですね。」

倉田父「君も、何か欲しいものがあるなら、持っていって貰っていいぞ。」

祐一「いや・・・。俺は、この屋敷には特に思いでもないですし・・・」

倉田父「屋敷の思いで、か・・・・。」

倉田父「・・・佐祐理には、この屋敷のいい思いではあるんだろうか・・・」

沈黙する倉田父。

祐一「・・・ありますよ。」

俺は断言していた。
根拠はなかった。だけど、きっとそれはある。そう思えた。


佐祐理「ふえぇ?祐ちゃん佐祐理の家に行ってるんですかぁ?」

名雪「そうだよ。知らなかったの?」

佐祐理「はぇ〜、何しにいったんでしょう?」

名雪「プロポーズとか。」

佐祐理「ええ〜っ!そんな、そんなのいきなり、照れちゃいますーっ。」

名雪「でも、プロポーズだったら、佐祐理さんも一緒に行くんじゃない?」

佐祐理「え?あ、あはは、そ、そうですよねーっ。」

コンコン

名雪「あ、誰か来た。」

佐祐理「わたしが出ますよ。はーいっ」

がちゃ

男「恐れ入ります、私、空き缶回収代行業『ピュアメタル』の崎島ともうします。」

佐祐理「はあ。」

男「新リサイクル法の施行はご存じですよね?廃棄物の処理にメーカーが責任を持つという。私どもは、飲料メーカーに代わってご家庭から空き缶を回収するよう承っているものでございます。」

佐祐理「はぁ〜」

名雪「佐祐理さん、誰?」

佐祐理「え〜っと、新リサイクル法で空き缶を回収する業者の人・・・」

男「ちょっと、中よろしいですか?台所見せていただきたいのですが」

 


「・・・。」

がたっ

祐一「?どうした、舞。」

「・・・(ぺこり)」

倉田父「ん、なんだね?」

「・・・椅子、後で取りに来ますから。」

倉田父「え、あ、それはかまわないが。」

「・・・失礼します。」

祐一「え?おい、舞、ちょっと待て!」

祐一「どうしたんだ舞!いきなり出ていくなんてよ。」

「・・・緊急事態。」

祐一「緊急事態・・・って」

「・・・感じる。」

ふと、朝の名雪との会話を思い出す。

祐一「・・・まさか、・・・俺の家じゃないよな?」

「・・・(こくり)」

祐一「・・・・!」


玄関から施錠の音。
それを合図としたかのように、男の表情が変わる。

佐祐理「え・・・・?」

そして、もう一人男が台所に入ってくる。

男2「ここは、狭いんじゃないか?」

男1「・・・そうだな。」

そういうと男達は、顔の向きを佐祐理に向ける。
微妙な薄笑い。

男1「済みませんが、あちらの部屋に移っていただけますか?」

 


 

祐一「ま、舞。緊急事態って、何なんだ?」

俺は、必死に舞に歩調を合わせながら問いかけた。

「・・・わからない。」

祐一「わからないって・・・」

「・・・だから、これから確かめに行く。」

祐一「あ、ああ。でもこっち、駅と逆方向・・・」

「・・・電車じゃ間に合わない。」

 


 

名雪「え?な、なに?」

男二人に押されるように部屋に入る佐祐理。
その雰囲気は、明らかに穏やかではなかった。

佐祐理「わたしにもよくわからないんです・・・」

名雪に、というよりは男二人に向かって言う。

後から入ってきた方の男は、ただにやついているばかりだった。
先に入ってきた男は、佐祐理が部屋に入ったのを確認すると、玄関に声をかける。

男1「安井さん、準備できました。」

佐祐理「安井さん・・・・・?」

 


 

俺達は、新聞販売店の前まで来ていた。
店長だろうか、オヤジが煙草を吸いながら空を見上げている。

「・・・・・・。」

おやじ「お、川澄。どうした、今日は夕刊配達無いぞ。」

「・・・バイク、借ります。」

おやじ「お、デートか?」

オヤジは俺の方を一瞥した後、からかうように言った。

が、俺と舞の真剣な顔つきを見て、すぐに表情を変える。

おやじ「ん、ま、がんばれよ。」

祐一「ありがとうございます。」

「・・・祐一、後ろに乗って。」

祐一「ああ。・・・いいのかこれ?二人乗り」

「・・・つかまって。」

祐一「ああ。・・・って、どこに?」

「・・・・・・。」

他に掴まれそうなところなど、無かった。
舞の腰に、軽く両腕を回す。

「しっかりつかまってないと、振り落とされる。」

祐一「そんな突っ走るつもりか?」

「・・・非常事態。」

 


 

佐祐理「安井さん・・・・」

安井「お久しぶりだね。佐祐理さん。」

佐祐理「あの、これは・・・」

安井「ああ、名乗らなかったのかね?けしからんな。彼は崎島君、こっちは木沢君だ。」

佐祐理「いえ、そういうことじゃなく・・・」

安井「今日は、君とゆっくり話がしたいと思ってね。」

その言葉に、安堵の表情を見せる佐祐理。

佐祐理「あの、じゃあお茶でも・・・」

安井「茶か・・・。ふん、まあ出したいというのならかまわないがね。」

 


 

風が頬に当たる。
痛い、というか、怖い。

スピード違反なのは言うまでもない。
二人乗りどころの騒ぎではない。

祐一「なあ、舞。原付ってさあ、80Km/hか100Km/hか越えると、エンジン止まるんじゃなかったか?」

「・・・はずしてある。」

祐一「はずしてある?!」

「・・・エンジン、止まらないようにしてある。」

祐一「おいおい、そんなことしていいのか?また警察に捕まるぞ」

「・・・許可は貰ってる。」

祐一「誰に?!」

「・・・店長。」

祐一「意味無いじゃん!」

 


 

佐祐理「・・・どうぞ。」

言われるのを待つまでもなくくつろいでいる3人に、茶を勧める佐祐理。
その後から名雪も、適当に見繕った茶菓子を持ってくる。

安井「・・・今は、このお嬢さんと住んでいるのか?」

佐祐理「え?え、ええ・・・。」

「本当はもう一人、男の子がいる」佐祐理はそう言おうと思ったが、何故か言わなかった。

佐祐理「あの、お話って・・・」

安井「・・・・話、ね。」

名雪「あの、わたし席はずしますから・・・」

安井「・・・いや。君はここにいてくれ。」

名雪とは初対面のはずなのに、安井の言葉は妙に馴れ馴れしかった。

木沢「なあ。話なんかどうでもいいからさあ、さっさとやっちまおうぜ。」

その言葉に、佐祐理と名雪は打たれたように身を固くした。

 


 

祐一「舞っ!あと何分くらいだ?!」

「・・・10分もかからない。」

祐一「そうかっ!」

 


 

静寂。
秒を刻む時計の針の音が、部屋に響いていた。

佐祐理の両腕は、男二人にがっしりととらえられていた。

佐祐理「あ、あの・・・」

静寂を打ち破るように、佐祐理が声を発する。

佐祐理「どういうことですか?」

安井「おやおや、説明しないと解らないのかね、このお嬢ちゃんは。」

佐祐理「いえ・・・。あの、そうじゃなくて、どうしてこんな事を・・・」

安井「どうして?そうかい、解らないのかい、君には。」

一瞬悲しそうな顔をした後、安井は続けた。

安井「都合の悪いことは解らない、その偽善者ぶり、父親と同じだな。」

佐祐理「お父様と・・・・」

安井「あんたのオヤジは俺を拾ってくれたよ、自分が殺した一家の息子である俺をな。だけど、肝心の俺の心内なんざ、何も解っちゃいなかった」

佐祐理「お父様が、殺した・・・・?」

安井「そうだ、殺した!姉ちゃんは売られて死んだ!オヤジも死んだ!俺だけが拾われた!家族を滅ぼした男にな!」

佐祐理「う・・・そ。うそ。嘘。嘘!嘘!嘘!嘘!嘘!」

安井「嘘なもんか!この俺が、家族を殺されたこの俺が言っているんだぞ!」

安井は明らかに興奮していた。

その興奮に水を差すように、木沢が言った。

木沢「なあ。話ばっかしてんだったら、俺先にこっちの子貰うぜ。」

そう言って木沢は掴んでいた佐祐理の左腕を離し、名雪の方ににじり寄る。

 


 

大学の脇道を通り抜け、住宅街の路地を右左
見慣れたいつもの俺の住む街

「・・・祐一、このままアパートの裏に入る。」

祐一「え?」

アパートの裏には、確かにちょっとした空き地がある。
しかし、階段からはそこは裏手になるはずだ。
わざわざ回り込むメリットはないように思う。

祐一「舞、別にアパートの前に留めても問題ないと思うぞ。」

「・・・だったら祐一がそうして。」

そういって舞は、ハンドルを左に切った。

「・・・あと、お願い。」

祐一「え?!」


名雪「い・・・いや・・・・」

か細い声で抵抗の意志を示す名雪。
それを聞いた安井は、つかつかと木沢に近づき、腹を蹴った。

木沢「あ・・・ぐ・・・」

安井「この子には手を出すな。」

木沢「だ、だけど・・・」

安井「我々の目的は、倉田佐祐理一人のはずだろう。契約外の行動は一切許さん。」

そう言い放つと、膝を折り、そっと名雪に話しかけた。

安井「・・・お嬢ちゃん、名前は?」

名雪「な・・・なゆき・・・」

安井「済まないね、名雪さん。怖い目に遭わせてしまって。」

その言葉は、事務的であった。

安井「・・・だけど申し訳ないが、開放するわけには行かない。名雪さんには、これから起こることの証人になって貰わなければならないからね。」

名雪「これから・・・おこること・・・?」

安井は名雪の質問には応えず、再び佐祐理の元に戻っていった。

安井「彼女にはああ言ったが、佐祐理さん。もしあなたが抵抗するようなら・・・私も彼らを押さえておく自信はないんだよ。」

佐祐理「・・・・・・。」

安井「姉ちゃんと同じ苦しみ、味わうが良い。」

 


 

舞はハンドルから手を放すと、すっくと立ち上がり、右足をハンドルに引っかけた。
左足は座席の上。
バイクの上で、しゃがんで身構えている体勢になる。

祐一「お、おい、舞!」

俺は慌ててハンドルを取りながら、舞を怒鳴りつける。

 


 

安井の手が、佐祐理の両肩に掛かる。

大声を出せば、近所の人が気づいて、助けてくれるかもしれない。

でも、出来なかった。

名雪のそばには、嫌らしい顔をした男が陣取っていた。

 


「・・・3・・・2・・・1・・・」

 

 

 

 

佐祐理「・・・舞・・・・一弥・・・・・祐一・・・・・・!」

 

 

 

0は言わなかった。
代わりに、舞の体がバイクからふわりと離れる。
まっすぐと空中を進むその先には、樺の木がそびえている。
太い枝の一つに、舞の腕が伸びる。
腕を軸に回転、ひねり。
そして腕が放されたとき、舞の進む方向はアパートの一室のベランダになっていた。
俺の部屋・・・

その光景を俺は、バイクと一緒に仰向けになりながら眺めていた。

舞の体が、ガラス戸に吸い込まれてゆく

 

 

 

 

ガシャアァン!

閉ざされたガラス戸が、破片となって部屋中に飛び散った。

音の方向に注視する一同。
割れたガラス戸。
そして、背の高い少女。

佐祐理「・・・・・まい」

佐祐理の声に反応した舞は、顔をそっちに向ける。
肌を顕わにされた佐祐理の姿が映る。

「・・・・・・・。」

舞の瞳の色が変わった。
鋭く鮮やかな、光を発するかのような。

視線が、佐祐理に手をかける男に向く。
睨みつけられた男の目は、驚愕から挑発的なものへと代わった。

ぎりぎりの理性が舞を押さえていた。
どこからか、すっと金属製の40Cm定規を取り出す。

安井「ほう、・・・・そんなもので、戦うつもりかね?」

安井が目配せをすると、崎島は佐祐理を掴んでいた手を放し、ナイフを取り出す。
どっと、佐祐理が床に崩れ落ちた。


 

祐一「いてて・・・チクショウ」

俺は腰をさすりながら、起きあがり、駆けだした。

俺の部屋で何が起こっているのか解らない。
今解ることは、舞がガラスを割ってその中へ飛び込んでいったということ。

祐一「急がなきゃ」

その気持ちが先走って、足はもつれにもつれた。
やっとの思いで、階段にたどり着いた。
手すりを握りしめ、ありったけの力で階段を駆け上がる。

 


 

舞と崎島の勝負は、一瞬で片が付いた。
ゆっくりと歩み寄る崎島の頸椎に、舞の定規が命中した。

そのまま佐祐理の元へ駆け寄ろうとする舞。

木沢「おっと、こっちにもいるんだぜ。」

振り返るとそこには、名雪にナイフを突きつけるもう一人の男の姿。

「・・・・・・。」

停止。

その間に、安井が崎島のナイフを取り上げていた。

安井「ちっ、気絶してやがる。」

その言葉で舞の実力を理解したのか、木沢の表情も真剣なものになった。

膠着。

 


 

ようやくたどり着く戸口。
ドアノブに手をかけようとして、一瞬躊躇する。

鍵は、かかっているだろうか。

迷いを吹っ切り、ドアノブを回す。

ガッ

開かない。

祐一「・・・くそ!」

こんな大事なときに。自分の直感力のなさを呪いながら、鍵を取り出す。

差し込む。
回す。

ガチャリ


鍵の開く音。

安井「誰か来たのか?!」

「・・・。」

舞の表情が変わる。

 


 

ドアノブを回し、勢いよくドアを開く。
閉める暇も靴を脱ぐ暇も惜しんで、中に駆け込んでいく。

台所には誰もいない。

一瞬が惜しい。

隣の部屋へ、床を蹴る。

そして見たもの

男にナイフを突きつけられた名雪。

金属定規を片手に構えた舞。

そのすぐそばに、倒れている男と、ナイフを手にした男。

半裸の佐祐理さん。

拒絶したくなるような現実が、目の前にはあった。

だが、それを払拭せんとするばかりに、舞の視線が俺をとらえた。

「・・・。」

言葉は、無い。
だが俺は、舞の意志を一瞬で理解した。

1秒と立たぬ内に、俺は佐祐理さんの元へ駆けていった。
舞は、名雪を楯に取る男の元へ飛ぶ。

佐祐理さんの元に着く。
すぐ目に付いたカーテンを引きちぎり、かけてやる。

そして振り返ったとき、ナイフを手にした男が背後に迫っていた。

祐一     !」

右足を振り、蹴りでかわそうとする。
足は空を切った。
男の姿が視界から消える。

右だ。

男は再びナイフを振り上げている。
ナイフの刃が、異常に大きなものに見えた。
俺は、咄嗟に佐祐理さんをかばった。
刺される。
それがそのときの俺の判断だった。

目は、閉じなかった。
どうせなら、最後までこいつと対峙し続けたかった。

視界が一瞬黒くなる。
 

そして
それが、髪が俺の目を覆ったためだと気づくのに、数秒かかった。

さらに数秒後。
起きあがった舞の向こうには、倒れている男の姿。

どこからか、うめき声も聞こえる。

「・・・祐一、電話。」

舞の言葉に、我に返る。

祐一「あ、ああ。そうだな。」
 



 

住宅街には似つかわぬ喧噪の中、俺は先刻までとの流れる時間のギャップを感じていた。
救急車が佐祐理さんと名雪、それに舞を運び去り、俺はパトカーに乗り込んだ。


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