16:夢に立つもの

 

夜。

佐祐理さんは、何も言わない。

普段は明るい佐祐理さんが暗く落ち込んでいる。それだけで、周りの人間まで暗くなってしまいそうだ。

祐一「よし名雪、テレビつけろ。」


名雪「リモコン、祐一のとこだよ。」

祐一「お、そうか。」

リモコンの電源スイッチを押す。テレビから、光が帰ってくる。
音も帰ってくる。馬鹿騒ぎな笑い声。

祐一「・・・さすがに、こういうのはちょっとな・・・」

そう思い、チャンネルを変えた。騒々しくない紀行ものでもやっていないかと期待したが、生憎そういうのはやっていなかった。

祐一「ま、ニュースでいいか・・。な、名雪。」


名雪「わたしはかまわないよ。」

祐一「佐祐理さんも、いいよな?」

試しに同意を求めてみたが、返答はなかった。
仕方なく同意があったものと見なし、局をNHKに変える。

アメリカ大統領選のニュースが流れていた。
そして、画面が切り替わり、次のニュースが流れる。
女性キャスターの横に出る表題は、「倉田議員辞職」

と銘打たれていた。

祐一「え・・・?!」

一瞬、硬直してしまう。
チャンネルを変えようと思った。が、リモコンを持った手は、何故か動かない。
テレビから流れる声と映像、ただひたすらそれを受け止めるばかりだった。

日中の電話の一件を思い出す。

繋がらなかったり、慌ただしかったのは、こういう事だったのだろうか。

辞職に関するニュースが終わり、次のニュースに伝る。

そこで俺は、ようやくはたと気づき、佐祐理さんの方を見た。

きっと見開いていた瞼が緩み、肩が落ちる。
食い入るようにテレビを見ていた様子がよくわかる。

それはそうだろう。自分の父親が辞職、それも決して風評の良くない辞め方をするのを、公に流されているのだから。

ふと俺は、今の佐祐理さんは、何を考えているのだろうと思った。

父親のこと?
自分のこと?
自分を攻撃した連中のこと?
自分が攻撃された理由のこと?
自分をそこから連れだした仲間のこと?
そして今自分がいるところ?
目の前にあるおかずのこと?

・・・・・・。

祐一「名雪?」


名雪「うん。こういう時はね、とりあえずなんか食べた方がいいんだよ。」

祐一「そうだな・・・。」

そういうやけ食いみたいな事をすると太るぞ、と言おうとして、止めた。
俺自身が出した目前の結論が、そういう考えを馬鹿馬鹿しく思わせた。

祐一「とりあえず、食べよう。な、佐祐理さん。名雪が、なんかよくわからないものを作ってくれた。」


名雪「え?普通の野菜炒めだよ・・・・。」


 

朝。目が覚めると俺は、木製の檻に入れられていた。

祐一「・・・イスか。」

ゆっくりと、事情を思い起こす。うちには佐祐理さんが来てて、とりあえず俺の部屋を使って貰ってて、だから俺は台所で・・・・
ああ、そうかここは台所だ。さっきから音がすると思ったら、誰かなんか作ってるんだな。

・・・誰だ?名雪か?
まだそんな遅い時間ではない。いや、あの名雪が、こんな早く起きるなんて、あり得ない。
と、すると・・・

俺はごそごそと、テーブルの下から這い出した。
味噌汁のにおいがぷんとする。
においの発せられる方向を向くと、そこには佐祐理さんがいた。

佐祐理「・・おはようございます、祐一さん。」


祐一「起きてて大丈夫なのか?」

佐祐理「・・・別に、病気じゃないですよぉ」

いつもの佐祐理さん ・・・・・ではなかった。
落ち着いた、と言うよりは、元気がない。
それでも、口をきくようになった分、昨日よりはましと言える。

祐一「悪いな、朝からこんな・・・」


佐祐理「・・いいんですよ。あ、ご飯まだ炊けてないんです・・・」

祐一「そうなのか。じゃあ、俺は顔でも洗ってくる。」


顔を洗って歯を磨いてついでに名雪をつついてから戻ったが、飯はまだ炊けていなかった。

祐一「飯を炊くのって、何でこう時間がかかるんだろうなあ。」


佐祐理「・・どうしてでしょうね。」

祐一「五分で炊ける炊飯器作ったら、売れるかな?」


佐祐理「・・かもしれませんね。」

祐一「・・・・・・・。」


佐祐理「・・・・・・・。」

秒針の音が、時間の経過を際だたせていた。

佐祐理「・・祐一さん。」

次に口を開いたのは、佐祐理さんの方だった。

佐祐理「・・お父様・・佐祐理の、ですけど・・どうして辞職したと思います?」


祐一「え?それは・・・」

昨日のニュースによると。
倉田議員の新たな汚職疑惑が持ち上がって、それを掲載した雑誌が売り出されたのが昨日。
献金疑惑に関して、検察も先日から本格捜査に乗り出していた。
そして昨日の夕刻、突然の辞職表明。

祐一「・・・やっぱり、汚職の責任取って・・・って事になるのかな・・・。」

佐祐理「それも、あるでしょうね・・。」

でも、と佐祐理さんは続けた。

佐祐理「・・それだけでしょうか?」

それだけ?
確かに、いくら佐祐理さんの父とは言え、潔すぎる感もある。
疑惑はあくまで疑惑でしかない。
検察が捜査しているとは言っても、まだ告訴の見通しが立ったわけではない。
そんな段階で、いきなり辞職してしまうのは・・・。

佐祐理「・・佐祐理は・・・お父様が辞職した理由・・佐祐理のためのように思うんです。」


祐一「佐祐理さんのため?」

佐祐理「・・一弥が・・弟が亡くなったとき、佐祐理はとても悲しみました。自分を責めました。でも」


佐祐理「お父様も、やはり苦しんだのだと思います。表には出なくても。」


祐一「・・・・・・・。」

佐祐理「昨日、電話でおはなししたとき    あのときのお父様と、同じ声がしたんです。」

そんなのが電話でわかるのだろうか、と思った。
だが、決してあり得ない話ではない。
それに、俺にはわからない親子の絆みたいなのがあって、そういうのがわかるのかもしれない。

佐祐理「・・お父様は・・佐祐理が、一弥みたいになってしまうと思ったんでしょうか?」


祐一「そう・・・かもな。」

佐祐理「・・だとしたら、お父様は偉いですね・・。佐祐理のために、自らの職までなげうってくれたんですから・・・」

ああ、と言おうとして、寸でで思いとどまった。
偉いというのは、誰に対して偉いのか。
それは、弟に対して優しくできなかった、佐祐理さん自身に対して偉いということなのか。

佐祐理「・・・・・・・。」

俺が何も言わないためか、佐祐理さんは黙っている。
俺も黙っている。返す言葉など無い。

二人で、黙ったままになってしまった。

 

こんな時、舞がいたら、どうするだろうか。
そんなことを考えた。

何も言わないかもしれない。いや、多分そうだろう。
でもいてくれたら、二人とも楽な心境にはなるだろう。

しかし舞は、新聞配達があるから、ここには今いないのだ・・・

がちゃり

「・・・朝御飯?」

祐一「祐一がふと顔を上げると、そこには川澄舞が立っていた。」

「・・・・・・・。」


ピーッ、ピーッ

炊飯器が、炊飯完了を知らせる音を出す。

「・・・・・。」

ぱかっ

佐祐理「・・あ、ご飯炊けたんだね・・・。」


祐一「て、何いきなりよそいだしてるんだよ!」


「・・・朝御飯じゃないの?」

そういいつつ舞は、俺の返答を待たずに食べ出していた。

祐一「・・・・・・・。」


佐祐理「・・・あはは・・・」

ほとんど丸一日ぶりに見る佐祐理さんの笑顔。
それを見て俺は、やっぱりこいつがいて良かったと思った。

祐一「・・・ところで舞。お前、どうやってここに入った。」


「・・・玄関から。」

祐一「・・・鍵はかけておいたはずだが?」


「・・・預かってる。」

鍵を取り出して見せる舞。

祐一「名雪からか?」


「(こくり)」

祐一「そうか。」

ボケボケだけど、要所要所で気のつく奴だな・・・。
あ。

祐一「いかん、そろそろ起こし出さないと。」


1時間後。俺と舞は家を出た。
名雪は一応起きたから、たぶん大丈夫だろう。

佐祐理さんは・・

佐祐理「・大丈夫です、いけますよ・・・。」


祐一「いや、見るからに大丈夫じゃない。今日は休んでおいた方がいい。」


「(こくり)」

祐一「ほら、舞も同意している。」


佐祐理「・・そうですか・・・」


 

ということで、置いて来た。

祐一「連中も、手ぐすね引いて待っていそうだからな・・・。」

そう思いながら階下に降りると、そこにはヘルメット姿の舞がいた。

祐一「どうしたんだ舞!」


「・・・これで来た。」

少し大きめの原動機付き自転車。

「・・・配達店の。」


祐一「あ、ああ。・・って、持って来ちゃって良いのか?」

「・・・いい。店長がそう言った。」


祐一「あ、そうか。ならいいんだ。」

おそらくは、電車通学の不便さを見かねて、貸してくれたのだろう。
とは言えここまでしてくれるのは、やはり舞が相当気に入られているということか。

「・・・乗ってく?」


祐一「・・・ああ。ちょっと怖いけどな。」


名雪も出かけ、がらんとしたアパートの部屋。
そこにただ一人残された、倉田佐祐理。

佐祐理「・・・・・・・。」

特にすることもなく、ただ座って宙を見つめていた。

佐祐理「・・・・・・(すー)」

朝早く起きてしまったためか、佐祐理はいつの間にか眠りに落ちていた。
 
 

「・・・さん。」


佐祐理「え?」

「お姉さん。」


佐祐理「・・・一弥?」

「どうしたの?何を落ち込んでるの?」


佐祐理「一弥・・ううん、お姉さんは強い子だから、落ち込んだりしないよ。」

「そう?本当にそうなの?」


佐祐理「・・・・」

「ねえお姉さん。話したいことがあるんだ。」


佐祐理お姉さんも・・・話したいことあるよ。」

「じゃあ、来て。」


佐祐理どこに?どこに行けばいいの?」

「僕は、ここにいるよ・・・」


 
 
 

佐祐理「一弥?!」

佐祐理の目が覚めたとき、彼女がいたのは祐一の部屋そのままだった。

感覚が一気に現実に引き戻される。
しかし頭の中では、夢の中の一弥の言葉がまだ響いていた。

佐祐理「・・・・・・。」

佐祐理は、何かに気づいたかのように立ち上がり、そして外に飛び出していった。


名雪「きゅーこ、きゅーこ、急行電車♪」

謎の歌を歌いながら、アパートに戻る名雪。
その目に、アパートから飛び出し、駆けていく佐祐理の姿が映った。

名雪「・・・?!」


名雪「祐一、祐一!」

祐一「お、何だ名雪。ここはお前のいるべき場所じゃないぞ。」


名雪「そうなんだけど、でも、たぶん大変なんだよ。」

祐一「なんだ?」


名雪「佐祐理さんが、出てっちゃったよ。」

祐一「え?!」


「・・・・・・・。」

名雪「あのね、今日午後の授業休講だから、うちに戻ろうと思ったんだよ。そしたら、佐祐理さんが走ってどこかに行くのが見えて・・・」


香里「飲み物でも買いにいったんじゃないの?」

名雪「そうかな・・。でも、なんか凄く慌てた様子だったし・・・」


祐一「・・・・・。」

「・・・祐一。」


祐一「ああ。探しに行くか。」


祐一「ということで、四人で分かれて捜そう。」


名雪「見つけたらどうするの?」

祐一「とりあえず家に戻るか、そこで待っていてくれ。」


香里「わかったわ。」

そして佐祐理を捜し出す四人。
その中で、走る三人とは対照的に、一人悠々と歩くものが一人いた。

「・・・たぶん、こっち。」


 




17:思念共存体

 

香里「佐祐理さ〜ん。」


 

祐一「佐祐理さ〜んっ!」


 

名雪「迷子の迷子の佐祐理さぁ〜ん」


 
 

「・・・・・・・。」



佐祐理は、走り続けていた。
どこに向かって走っているのか、わからない。
だが、当てもなく走っているわけではなかった。
佐祐理の心の中にわき出る、指標のようなものが、ある場所へと向かわせていた。

そして佐祐理が立ち止まった場所。
そこがおそらくは、目的地であった。

佐祐理「児童公園・・・・。」

50mも無い、狭い敷地。落葉低木や子供用の遊具が立ち並ぶその場所に、佐祐理は入っていった。
砂場、鉄棒、ブランコ、滑り台、ジャングルジム・・・・・
そして誰が置いたのか、清涼飲料のロゴが入った壊れ駆けたベンチ。そこに、佐祐理の探し求める人物は座っていた。

佐祐理「一弥・・・・・。」

そこにいたのは、倉田一弥。佐祐理の弟。10年前に死んだはずの。
そう、死んだ。一弥は死んだ。だからこれは、一弥ではない。
そう否定することも可能であった。否、むしろそれが正当な判断だろう。
だが佐祐理は、否定しなかった。目の前にいる存在が、自らの弟であることを。

佐祐理「・・・少し、大きくなったね。」


一弥「あれから十年経ってるんだよ。成長もするよ。」

佐祐理「・・・そうだね。」

笑いたかった。でも、何故か泣いていた。
涙腺って、なんて厄介なんだろう。そう思わざるをえなかった。

一弥「ちゃんと来てくれて、嬉しいよ。」


佐祐理「一弥がよんだからだよ・・・・」

とりあえず、涙を止めよう。佐祐理は、私は泣きたいためにここに来たわけじゃない。

佐祐理「笑おう。あははーっ」


一弥「いきなりそんなこと言い出すと、アブナイ人みたいだよ。」

佐祐理「そ、そうだね。」

一弥も、笑っていた。

佐祐理「・・・ねえ。水鉄砲。水鉄砲無いかな?」

何をしたいのか。それはたくさんあった。たくさんあって、いちいち順番をつける余裕なんて無い。
だから、思い出した順に口にしていた。

一弥「・・・無いよ。水鉄砲も、水道の蛇口も。」


佐祐理「そうかぁ・・・・。」

ふと、佐祐理の目に留まったもの。

佐祐理「ブランコ。ブランコで遊ぼう。ね。」


一弥「うん?」

佐祐理「お姉さん、ブランコ得意だったんだよ。回転ローリングジャンプってね。」


一弥「その名前、ヘンだよ?」

佐祐理「いいからいいから♪」

そう言って私はブランコに駆け寄り、鎖で繋がれた板の上に乗った。

佐祐理「よ〜し、いくよぉ」

ブランコを漕ぎ出す。鎖と鉄パイプを繋ぐ留め具が、ぎしぎしと音を立てる。

一弥「壊れないかなあ・・・・。」


佐祐理「大丈夫だよ。そぉれっ」

十分な高さを得た頃合いを身計り、私は手を放し、板を蹴った。

佐祐理「回転ローリングじゃーんっぷ!」

さぁっ

どさっ

佐祐理「・・・・・・。」


一弥「・・・大丈夫?」

私は、仰向けになって転がっていた。高さが足りず、回転し切れなかった。

佐祐理「・・・あはは、そうか、あの頃よりも、成長してるんだもんね・・・・」


一弥「・・服、汚れてるよ?」

佐祐理「あ・・。ん〜と、平気平気。」

と、私は一弥の方を見た。

佐祐理「・・・よし、一弥の服も汚してやる!」


一弥「わあ、なにするんだよぉ!」

私は一弥の体を押さえ込み、地べたに擦りつけた。
端から見たら、さぞかし異様な光景だったろう。
でも、そんなことはお構いなしだった。

私が手を放したあと、一弥がぼそりと呟いた。

一弥「・・・汚された。」


佐祐理「どこでそういう言い方覚えたの。」

一弥「いろんなところ・・・・・かな。」

そういうと一弥は、表情を改めて言った。

一弥「いろんな事が、あったんだよね。」

佐祐理「・・・うん、そう・・・だよ。」

そのとき私は思いだした。
あのとき、あの人達に言われたこと。
私がかつて、一弥にした仕打ちを。

佐祐理「・・・・・一弥。ごめんね。」


一弥「いいよ。服は洗えば、汚れが落ちるから。」

佐祐理「そうじゃなくて・・。私、一弥にずいぶん冷たい仕打ちしたよね。」


一弥「・・・・・・・。」

佐祐理「酷いお姉さんだよね。」


一弥「・・・そんなことないよ。」

一弥は、私をじっと見つめて言った。

一弥「お姉さんは・・・・お姉さんだもの。」


佐祐理「・・・・・・。」

一弥「今日だって、一緒に遊んでくれたし、・・・・それに、いつも僕と一緒にいた。」


佐祐理「でも、一緒にいて、それで、一弥は・・・楽しかったの?」

一弥「今日は、楽しかったよ。・・・・過去は、過去だよ。」

過去。でも、その過去に一弥はとても辛い思いをして、それで・・・・

 

 

一弥「・・・気づいたみたいだね。」


佐祐理「一弥・・・。ううん、でも」

一弥「もう、戻らなきゃ。お互いの世界に。」


佐祐理「お互いの・・・」

一弥「そう。僕はもう、ここにいるべき存在でなくなるから。」


佐祐理「でも、でも一弥はこうして私の目の前に・・・」

一弥「目に見えるものが真実とは、限らないんだよ。」


佐祐理「・・・・・・。」


祐一さゆりさぁん!


一弥「ほら。みんな心配して捜してるよ。」


佐祐理「でも、私、私まだ一弥に・・・」

その心を読んだかのように、一弥が言った。

一弥「謝罪も贖罪も、もう必要ないよ。」


佐祐理「一弥・・・・」

だけど、そんなことを言われても

一弥「・・・そうだね、どうしても贖罪をしたいというのなら」

一弥「真実を見つけて。」


佐祐理「真実・・・?」

一弥「そう。僕のために、見つけて。」

私は、うんと頷いた。

一弥「・・さ。もう行った方がいいよ。」

その言葉に促され、佐祐理は歩き出した。
が、ふと思い、振り返った。

佐祐理「・・・また、会えるよね?」


一弥「・・・そうだね、どうしても会いたいなら。」

その言葉を聞いた後、私は公園を出た。
 
 


一弥「・・・本当はもう、会えない方がいいんだけどね。」

佐祐理を見送りながら、一弥は呟いた。
その後に、一本の木を見やった。

その木の上には、いつからいたのか一人の少女が座っていた。
少女は1m余りの高さの枝から飛び降りると、まっすぐ一弥の元に歩み寄ってきた。

あゆ「もう、いいの?」


一弥「うん。たぶん、もう大丈夫だから・・・・。」

あゆ「キミは?キミは、もう良いの?」


一弥「・・・そうだね。やっぱり、もう少しここにいたいかな。」

そういって一弥は、空を見上げた。

ざっ

背後の物音に、二人は振り返った。

「・・・見つけた。」


あゆ「え?ボク、今回は何も悪い事してないよっ?!」

「・・・わかってる。」

そういって舞は、ポケットから煎餅を取り出した。

「・・・食べる?」


一弥「ポケットにやたら物を入れるのって、良くないんだよ?」

「・・・知ってる。」

そういいながら舞は、二人に煎餅を渡した。

あゆ「たい焼きの方が良かったな。」


「・・・贅沢言わない。」

ばりっ、ぼりっ、ぼりぼりっ

一弥「・・・やっぱり、煎餅よりはたい焼きの方が良かった気がします。」


「・・・・・・・。」

一弥「あなた、舞・・・さんですよね。お姉さんの友達の。」


「(こくり)」

一弥「僕たちのこと、解るんですか?」


「・・・なんとなく。」

あゆ「そうなんだ。」


「・・・私と、同じ感じがするから。」

一弥「なるほど。思いの強さによって秘められた力、それはさしずめ僕たちの存在意義と同じということですか。」

「・・・あなた、理屈っぽい。」


一弥「そ、そうですか?」

「・・・それに、よく喋る。」


一弥「う〜ん・・・」

「・・・佐祐理から聞いてたのと、違う。」


一弥「それは、そうですよ。」

一弥は、遠い目をして言った。

一弥「だって、お姉さんの心の中には、15歳の僕は存在しないんですから・・・・」


 


祐一「さぁゆぅりぃさぁ〜ん!!」

祐一は、走っていた。佐祐理を捜し求めて。

祐一「さゆ・・・どわあっ!」

ずぼしゃぁん

祐一「ちくしょーっ、ドブに蓋ぐらいしとけーっ!行政は何をやっているんだァーっ!」

佐祐理「祐一さん・・・・。」


祐一「さ、佐祐理さん!」

佐祐理「・・・ごめんなさい。」


祐一「い、いや・・・。ドブに落ちたのは俺の責任であって、行政も佐祐理さんも悪くないと思うが。」

佐祐理「そうじゃなくて・・・なんか、心配かけちゃったみたいで。」


祐一「あ、ああ。心配したよ、うち飛び出したなんて聞いたから。」

佐祐理「ごめんなさい。ちょっと、気晴らししたくなって。」


祐一「そう・・・・なのか?」

佐祐理「はい。」


祐一「そうか・・。気は、晴れたのか?」

佐祐理「はい。もう私、何があっても平気ですっ!」

祐一「・・佐祐理さん・・?」


佐祐理「なんでしょう?」

祐一「・・・いや。・・佐祐理さん、服汚いね。」


佐祐理「え?あははーっ、祐一さんだって、ズボン汚れてますよーっ。」

祐一「言われてみればその通りだ。」

佐祐理「でも、祐一さんはズボンだけで、全身じゃないですね。不公平です。」


祐一「え?って、待って、何その手。なにするの!」

佐祐理「ほらほら、おとなしくしてっ」


祐一「するかよ!ええい、逃げるっ!」

佐祐理「あははーっ、こらぁ、待ちなさぁい!」


 
 
 
 

名雪「あ、佐祐理さんだ。」


香里「相沢君もいるわね。」

名雪「どうして追いかけられてるんだろう。」


香里「どうせ何か悪い事したんでしょ。」

名雪「そうだよね。」


走る二人のあとを歩きながら、香里は呟いた。

香里「・・元気になったみたいね。おかげで、心おきなく動けるわ。」


 
 
 
 


その18へ

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