18:黒幕


自治会長「倉田佐祐理、欠席続けてるらしいね。」


香里「・・・ええ。でも、じき良くなるわ。」

自治会長「・・・ふうむ、そうか。」


香里「まだ、やり足りないのかしら?」

自治会長「いや・・・・。それを決めるのは、俺達じゃないしな・・・」


香里「え?」

自治会長「ん、んん。ま、とにかく君には感謝しているよ。いづれ、礼をしないとな。」

そういって、自治会長は店を出ていった。

香里「そうね。礼はしてもらうわよ・・・・。」

 


 

祐一「佐祐理さん・・・ほんとに大丈夫?」


佐祐理「大丈夫っ!もうすっかり元気なんだから。ほら、50Kgのバーベルだって、軽い軽い〜。」

祐一「それ・・・名雪騙すために俺が作ったオモチャ・・・・」

佐祐理「え?あ、あはは・・・。と、とにかく、テストも近いことだし、休んでばっかりじゃ駄目でしょ?」


祐一「そうなんだけどさ・・・・」

佐祐理「ほんとの事言うと、うちにこもってるのって、結構疲れるの・・・・」


祐一「あ、ああ、一人でいるのがつまんないって言うならさ、俺が一緒に・・・」

佐祐理「こら、祐一。」

佐祐理さんの両手が、俺の頬をとらえた。

祐一「え?」


佐祐理「佐祐理をだしに学校さぼろうなんて、許しませんよ?」

祐一「あ、は、はい、すみません・・・・」

「・・・遅れる。」

祐一「おおっ、舞。いつの間に・・・」

 


 

昼休み。噴水広場に、自治会の連中の姿を見る。
向こうはまだ、こちらの存在に気づいていないようだ。

祐一「・・・後ろに回り込もうぜ。」

一計を案じた俺は、二人を促した。
 

とんとん。
執行部員の一人の肩を叩く。
自治会3「ん、なんだ?・・・・あ。」

振り向いた執行部員の目に映ったもの。
にやにやしている俺。
にこにこしている佐祐理さん。
無表情の舞。

自治会3「・・・・・おい。」

執行部員は、傍らにいる仲間に呼びかける。
呼びかけられた男(確か、会長だったはずだ)も、「あ」

と言いたげな顔をしていた。

が、彼はすぐに平静を取り戻した。

自治会長「・・予定より少し早いが、始めるとするか。」

そう言った後、マイクを持っていつもの演説を始めた。

俺にはもう、聞き慣れた内容だ。
佐祐理さんは・・?

佐祐理「・・・・(苦笑い)」

・・・・ま、全く平気というわけには行かないよな、当然・・・・。

と、舞がすっと前に歩み出る。

自治会長「私たちが甘い態度を見せれば、彼女は尚一層・・・・ん?

演説をする会長の前に出た舞は、そのまま無言で、会長をじっと鋭く見つめた。

自治会長「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

自治会長「・・・・・・・。」

沈黙。

自治会2「・・・おい、大丈夫か?」


自治会長「あ?ああ・・・・」

仲間に促され、再び演説を始める会長。
だがそれは、先ほどとうって変わって全く迫力も説得力もない内容だった。
いや、内容以前に、日本語として破綻すらしていた。

自治会2「・・・おい、替わろう。」

醜態を見かねたのか、傍らの執行部員がマイクを取り上げた。

弁士交代。そして再び始まる演説。
だがそれは、俺達と直接関係のない内容に替わっていた。

それが解ると舞は、歩いてこっちに戻ってきた。

「・・・・・・・。」


佐祐理「・・・うん。行こっか。」


 
 

歩きながら俺は、舞に話しかけた。

祐一「・・あいつ、びびってたな。」


「・・・・・・・。」

祐一「ちょっと、かっこよかったな。」


「・・・・・・・。」

佐祐理「でも舞、あんな脅しみたいな事、もうしなくていいからね。」


「・・・私が、守るから。」

佐祐理「え?」


「・・・佐祐理と祐一は、私が守る。」

祐一「そうか。って、俺は別に守らなくて良いんだよ。」

舞が首を振る。

「・・・二人と、約束したから・・・」


祐一「二人って・・・誰?」

「・・・何でもない。」

そういって舞は、すたすた行ってしまった。

 


 

自治会長「君とこうして会うのは、これで何回目かな。」


香里「13回目よ。」

自治会2「・・・数えてたのか。」


香里「数えたくもなるわ。」

自治会長「そうひねないでくれよ。君はもはや、我々にとって必要不可欠な同志なのだから。」


香里「本当にそう思ってるのかしら。」

自治会長「もちろんさ。だからこそ、今日こうして、この場に呼んだんだ。」


香里「・・・・・・。」

自治会2「お。いらしたみたいだな・・・・。」


 

背広姿の男が、香里達と向き合うように座った。

自治会長「おひさしぶりです。」


男「うん。」

自治会2「こちら、美坂香里さん。今回の件で、協力していただきました。」


男「ほう、この子が・・・・」

香里「・・・・・・。」


自治会長「ああ、こちらは、安井さんだ。我々の活動の、良き理解者だ。」

香里「安井・・・・?」

聞き覚えのある名前だった。

安井「・・・倉田佐祐理・・・登校したそうだね。」


自治会長「ええ・・。でも、あそこまでやっておけば・・・」

安井「何を言っている。」


自治会長「は?!」

安井「私は、なんと言った?」


自治会2「・・・倉田佐祐理に、陽を見せるな。」

香里「・・・・・・。」

安井が、うんと頷く。

安井「解っていたら、さっさと次にかかれ。」


自治会長「いえしかし・・・こう言ってはなんですが、もう自分らには何も・・・」


自治会2「今回倉田佐祐理を追いつめたのも、ここにいる美坂さんの協力を得て、ようやくのことなんです。」

安井「ふうん・・・」

安井が、香里を一瞥する。

安井「きみは・・・倉田佐祐理の何だね?」


香里「友人・・・・です。」

安井「ほう、・・友人ねえ。倉田佐祐理は、ついに友にも裏切られたというわけか。」

少し満足げに、安井がいう。

自治会長「あの、ですから・・・我々としては、出来うる限りの事はやっているわけでして・・・」

安井「ふん。失敗ばかりしているくせに、何を言うか・・・」


自治会2「それは・・・・川澄舞の一件でしたら、あれは・・・」

安井「あの一件か・・・。確かに、あの北越の狼さえ出てこなければな・・・・」

そう言ってふと、安井は気づいたように香里に問いかけた。

安井「・・・君、名前はなんと言った?」


香里「美坂香里です。」

安井「失礼だが、お父上の名前は?」


香里「・・・美坂誠悟。」

安井「・・・ふ、は、はっはっははっ」

安井は、笑いながらいった。

安井「こいつは、とんだ茶番だな。我々の計画を邪魔したあの美坂弁護士の娘が、最大の協力者とはな!」


自治会長「え・・・・・?」

安井「・・・で、なにかね。君は一体、何故我々に協力する?何か目的があるのかな?」


香里「何を、・・・。あなた達が無理矢理・・・・」

香里は、泣きそうな顔をした。
もちろん演技である。が、彼らはそれに気づかなかった。

安井「・・・いや、そうか。これは悪かった。」

場を紛らすようにコーヒーに口を付け、煙草に火をつけた。

安井「・・・わかった。君たちの努力は認めよう。これ以上のことも、当分しなくていい。」


自治会長「はい、ありがとうございます。」

安井「私も、いつまでも私事にかまけているわけに行かないからな・・・」


自治会2「選挙、ですね・・・。」

安井「ああ。今後は、君たちにもそっちの手伝いをして貰うつもりだ。」


自治会長「わかりました。」

それで香里は思い出した。

この安井という男が、倉田の元秘書であったことを。

香里「選挙に・・・でるんですか?」

安井「ああ。倉田さんが辞めてくれたおかげで、当選の見込みがでてきたよ。」

香里「・・・元秘書、なのにですか?」

安井「そんなことまで知っているのか・・・。」

香里「・・・少し政治に関心のある人なら、当然知っていることですよ。

安井「なるほど。政治に関心がある、か・・・」

自治会2「だったら、君も安井さんの選挙を手伝ったらどうだい?」

香里「私は、未成年ですから・・・」

安井「そうか、それはまずいな。」

安井「・・・いや、もういい。君には、十分協力して貰った。厄介なことに巻き込んで、済まなかったな。」


香里「いえ・・・・」

安井「ま、なにか困ったことがあったら、相談に来なさい。彼らのことも、使って貰っていい。」


香里「ありがとうございます。」

そう言って香里は、席を立った。

安井「石井君、送ってやりなさい。」


香里「いえ、結構です・・・・。」

そう言うと香里は、力無く出口の方へ歩いていった。
だが、その耳はぎりぎりまで彼らの会話をとらえていた。

自治会長「いいんですか?彼女はまだ、利用価値が・・・


安井「馬鹿者。あの北越の狼の娘だぞ。いつこっちに牙をむくか、解ったものじゃない・・・


 
 

香里「お生憎様。もう牙はむけられているのよ。」

店を出た香里は、そう呟いた。

北川「それは怖い話だな。」

香里「き・・・北川君。」


北川「よお美坂。こんなところで会うとは、奇遇だねえ。」

香里「・・・・ほんとに奇遇ね。まさかあなたに会うなんて・・・」


北川「何をしてたんだ?・・・あれ、自治会長達だろ。」

香里「・・・見てたの?」


北川「ああ。・・なんかあったのか?」

香里「別に。」


北川「そうか?そうは見えなかったが・・・」

香里「北川君こそ、何してるの?」


北川「俺か?俺は、秘密のバイトの帰りだが・・・・」



 

北川「・・・というわけだ。」


祐一「・・・・・・・。」

北川「俺にはよくわからないが・・・何か面倒なことに関わってるなじゃないか?」

祐一「・・・・そうだな・・・・。」

北川「・・・なあ、相沢。」


祐一「うん?」

北川「香里もだけど・・・相沢も、ここんとこ変じゃないか?何か俺に、隠してない?」


祐一「隠し事はいっぱいあるさ・・・・」

北川「なんだよそれ。」


祐一「いや・・・。まだ話す時期じゃないって事さ。」

北川「・・・気になるじゃないか。」


祐一「そのうち、な。・・・香里のこと、言ってくれて感謝するよ。」

北川「あ、ああ。」

感謝。いや、知らなかった方が、良かった気もする・・・。


祐一「香里。」


香里「なあに?」

祐一「ちょっと、・・・」


香里「ここじゃ駄目なの?」

祐一「・・・たぶん、その方がいいと思う。」


香里「人に聞かれたら都合が悪い話なのね。」

祐一「・・・ああ、たぶん、な。俺はともかく、香里がな・・・」

香里「あたしが?あたしは、そんなやましい事なんて、無いわよ?」

祐一「本当か?」

香里「ええ。なんなら、今ここで話を聞いても良いわよ。」

・・・・・・・。

祐一「そうか、じゃあ訊く。香里、自治会の連中と会っていたそうだな。」


香里「・・・北川君に聞いたのね。」

祐一「西谷さんにも頼んで、確認した。1回や2回じゃないらしいな。」


香里「・・・・・・。」

ただならぬ雰囲気に、佐祐理さんが何事かと近づいてきた。

佐祐理「あの・・・・」

祐一「佐祐理さん・・・。今はちょっと、はずしてくれないか・・?」


佐祐理「え・・・・」

香里「・・・その必要はないわ。むしろ、聞く権利があるんじゃないかしら。」


祐一「香里・・・・」

香里「さ、なんなの。言ってみて。」

俺は、覚悟を決めた。

祐一「香里、自治会の連中と接触していたのは、連中への情報提供者としてだろう。」


香里「よくわかったわね。」

祐一「西谷さんが・・・彼女もおかしいと思ったそうだ。上の方が、妙な振る舞いをしてるってな。情報源の明確でないことを、機関誌で流したり。それで調べたら、香里と頻繁に接触していた。」

香里「あの子、おとなしそうな顔して結構やるのね。」

祐一「半分は俺が頼んだようなものだ。・・・香里、どういうつもりだ?奴らに、一体何を話して・・・」

そこで俺は、はたと気づいた。

祐一「香里・・・。お前まさか、あのこと連中に教えたの・・・・」


香里「あのこと・・・・どのことか、わからないわ。」

すっとぼける・・・・と言うよりは、開き直っているのか。

俺は、無性に腹が立ってきた。
が、すぐ横ではらはらしている佐祐理さんに気づき、何とか怒りを収める。

そうだ、これは、佐祐理さんの問題だ。
だから、俺が怒っても仕方のないことだ。

佐祐理さんの口から問いただせるべきかもしれない。

祐一「佐祐理さん・・・・」


佐祐理「は、はい・・。

祐一「佐祐理さんは、どう思うんだ。」

佐祐理「えっとあの・・・・香里さん、本当なんですか?あなた、結構冗談好きだし・・」


香里「・・・・・・。」

佐祐理「香里さん?」

香里「・・・ごめんなさい。いかにも、あなたの理解者みたいなフリして。」


佐祐理「・・・それって。」

香里「あのこと、言ったわ。あいつらに。」


佐祐理「・・・・!」

香里「ごめんなさい。」

佐祐理 ・・・・・。」

香里「あなたには、悪いと思ってるわ。」


佐祐理「・・どうして、こんな事したんですか?」

香里「・・・・・。」

佐祐理「香里さん。」

香里「・・・言い訳は、しないわ。」

佐祐理 でも、それじゃわけわかりません。」

香里「ごめんなさい。今は、言えないの。」


佐祐理「悪いと思ってないんですね・・・。」

香里「そんなことは・・・」


佐祐理「だったら、言い訳してください。悪いと思うなら、佐祐理にちゃんと理由説明してください。」

香里「・・・・・・。」

祐一「香里・・・・」

香里「ごめんなさい。あたし、嘘つきね・・・・」

そう言って香里は、席を立った。

祐一「おい、どこ行くんだよ!」

香里「・・・・・・・。」

無言のまま、香里は教室を出ていってしまった。
俺はそのとき、俯かざるを得なかった。

怒りと悔しさで、心と思考が埋め尽くされていた。

だから、舞が香里の後を追っていたのにも、気づかなかった。
 
 
 
 

「・・・待って。」


香里「何?まだ何か、糾弾することがあるの?」

「・・・・・・。」

舞は無言のまま、紙包みを取り出した。

「・・・これ。預かってる。」


香里「誰から?」

 

「・・・あなたの知らない人。。」


香里「あたしの知らない人?だれ。」

「・・・・・・。」

香里「そう。まあいいわ、お互い言えないことはあるものね。で、どうしてそんな人が、あたしに何かを渡すの?」

「・・・預かったのは、私。でも、私が持つよりあなたが持った方がいい。」

香里「どういうこと?」

「・・・見れば解る。」

香里「そう。じゃあ、見せて貰うわ。」

そう言って香里は、紙包みを受け取る。

香里「・・・・これって・・・・。」

「・・・・・・。」


香里「・・・・なるほど。確かに、あたしが欲しがっていたものではあるわ。」

紙包みをポケットに入れる香里。

香里「でも、何故これをあたしに?あなたは、どこまで解ってるの?」

首を振る舞。

「・・・あなたのことは信じてる。それだけ。」


香里「そう。・・・光栄だわ。」

香里は、舞とは反対の方、元進もうとしていた方向に向きを変える。

香里「・・・あとのことは、頼んだわ。」


「・・・わかった。」

そう言い残し、二人は互いに反対の方に歩き出した。
 
 


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