自治会長「倉田佐祐理、欠席続けてるらしいね。」
香里「・・・ええ。でも、じき良くなるわ。」
自治会長「・・・ふうむ、そうか。」
香里「まだ、やり足りないのかしら?」
自治会長「いや・・・・。それを決めるのは、俺達じゃないしな・・・」
香里「え?」
自治会長「ん、んん。ま、とにかく君には感謝しているよ。いづれ、礼をしないとな。」
そういって、自治会長は店を出ていった。
香里「そうね。礼はしてもらうわよ・・・・。」
祐一「佐祐理さん・・・ほんとに大丈夫?」
佐祐理「大丈夫っ!もうすっかり元気なんだから。ほら、50Kgのバーベルだって、軽い軽い〜。」
祐一「それ・・・名雪騙すために俺が作ったオモチャ・・・・」
佐祐理「え?あ、あはは・・・。と、とにかく、テストも近いことだし、休んでばっかりじゃ駄目でしょ?」
祐一「そうなんだけどさ・・・・」
佐祐理「ほんとの事言うと、うちにこもってるのって、結構疲れるの・・・・」
祐一「あ、ああ、一人でいるのがつまんないって言うならさ、俺が一緒に・・・」
佐祐理「こら、祐一。」
佐祐理さんの両手が、俺の頬をとらえた。
祐一「え?」
佐祐理「佐祐理をだしに学校さぼろうなんて、許しませんよ?」
祐一「あ、は、はい、すみません・・・・」
舞「・・・遅れる。」
祐一「おおっ、舞。いつの間に・・・」
昼休み。噴水広場に、自治会の連中の姿を見る。
向こうはまだ、こちらの存在に気づいていないようだ。
祐一「・・・後ろに回り込もうぜ。」
一計を案じた俺は、二人を促した。
とんとん。
執行部員の一人の肩を叩く。
自治会3「ん、なんだ?・・・・あ。」
振り向いた執行部員の目に映ったもの。
にやにやしている俺。
にこにこしている佐祐理さん。
無表情の舞。
自治会3「・・・・・おい。」
執行部員は、傍らにいる仲間に呼びかける。
呼びかけられた男(確か、会長だったはずだ)も、「あ」
と言いたげな顔をしていた。
が、彼はすぐに平静を取り戻した。
自治会長「・・予定より少し早いが、始めるとするか。」
そう言った後、マイクを持っていつもの演説を始めた。
俺にはもう、聞き慣れた内容だ。
佐祐理さんは・・?
佐祐理「・・・・(苦笑い)」
・・・・ま、全く平気というわけには行かないよな、当然・・・・。
と、舞がすっと前に歩み出る。
自治会長「私たちが甘い態度を見せれば、彼女は尚一層・・・・ん?」
演説をする会長の前に出た舞は、そのまま無言で、会長をじっと鋭く見つめた。
自治会長「・・・・・・・。」
舞「・・・・・・・。」
自治会長「・・・・・・・。」
沈黙。
自治会2「・・・おい、大丈夫か?」
自治会長「あ?ああ・・・・」
仲間に促され、再び演説を始める会長。
だがそれは、先ほどとうって変わって全く迫力も説得力もない内容だった。
いや、内容以前に、日本語として破綻すらしていた。
自治会2「・・・おい、替わろう。」
醜態を見かねたのか、傍らの執行部員がマイクを取り上げた。
弁士交代。そして再び始まる演説。
だがそれは、俺達と直接関係のない内容に替わっていた。
それが解ると舞は、歩いてこっちに戻ってきた。
舞「・・・・・・・。」
佐祐理「・・・うん。行こっか。」
歩きながら俺は、舞に話しかけた。
祐一「・・あいつ、びびってたな。」
舞「・・・・・・・。」
祐一「ちょっと、かっこよかったな。」
舞「・・・・・・・。」
佐祐理「でも舞、あんな脅しみたいな事、もうしなくていいからね。」
舞「・・・私が、守るから。」
佐祐理「え?」
舞「・・・佐祐理と祐一は、私が守る。」
祐一「そうか。って、俺は別に守らなくて良いんだよ。」
舞が首を振る。
舞「・・・二人と、約束したから・・・」
祐一「二人って・・・誰?」
舞「・・・何でもない。」
そういって舞は、すたすた行ってしまった。
自治会長「君とこうして会うのは、これで何回目かな。」
香里「13回目よ。」
自治会2「・・・数えてたのか。」
香里「数えたくもなるわ。」
自治会長「そうひねないでくれよ。君はもはや、我々にとって必要不可欠な同志なのだから。」
香里「本当にそう思ってるのかしら。」
自治会長「もちろんさ。だからこそ、今日こうして、この場に呼んだんだ。」
香里「・・・・・・。」
自治会2「お。いらしたみたいだな・・・・。」
背広姿の男が、香里達と向き合うように座った。
自治会長「おひさしぶりです。」
男「うん。」
自治会2「こちら、美坂香里さん。今回の件で、協力していただきました。」
男「ほう、この子が・・・・」
香里「・・・・・・。」
自治会長「ああ、こちらは、安井さんだ。我々の活動の、良き理解者だ。」
香里「安井・・・・?」
聞き覚えのある名前だった。
安井「・・・倉田佐祐理・・・登校したそうだね。」
自治会長「ええ・・。でも、あそこまでやっておけば・・・」
安井「何を言っている。」
自治会長「は?!」
安井「私は、なんと言った?」
自治会2「・・・倉田佐祐理に、陽を見せるな。」
香里「・・・・・・。」
安井が、うんと頷く。
安井「解っていたら、さっさと次にかかれ。」
自治会長「いえしかし・・・こう言ってはなんですが、もう自分らには何も・・・」
自治会2「今回倉田佐祐理を追いつめたのも、ここにいる美坂さんの協力を得て、ようやくのことなんです。」
安井「ふうん・・・」
安井が、香里を一瞥する。
安井「きみは・・・倉田佐祐理の何だね?」
香里「友人・・・・です。」
安井「ほう、・・友人ねえ。倉田佐祐理は、ついに友にも裏切られたというわけか。」
少し満足げに、安井がいう。
自治会長「あの、ですから・・・我々としては、出来うる限りの事はやっているわけでして・・・」
安井「ふん。失敗ばかりしているくせに、何を言うか・・・」
自治会2「それは・・・・川澄舞の一件でしたら、あれは・・・」
安井「あの一件か・・・。確かに、あの北越の狼さえ出てこなければな・・・・」
そう言ってふと、安井は気づいたように香里に問いかけた。
安井「・・・君、名前はなんと言った?」
香里「美坂香里です。」
安井「失礼だが、お父上の名前は?」
香里「・・・美坂誠悟。」
安井「・・・ふ、は、はっはっははっ」
安井は、笑いながらいった。
安井「こいつは、とんだ茶番だな。我々の計画を邪魔したあの美坂弁護士の娘が、最大の協力者とはな!」
自治会長「え・・・・・?」
安井「・・・で、なにかね。君は一体、何故我々に協力する?何か目的があるのかな?」
香里「何を、・・・。あなた達が無理矢理・・・・」
香里は、泣きそうな顔をした。
もちろん演技である。が、彼らはそれに気づかなかった。
安井「・・・いや、そうか。これは悪かった。」
場を紛らすようにコーヒーに口を付け、煙草に火をつけた。
安井「・・・わかった。君たちの努力は認めよう。これ以上のことも、当分しなくていい。」
自治会長「はい、ありがとうございます。」
安井「私も、いつまでも私事にかまけているわけに行かないからな・・・」
自治会2「選挙、ですね・・・。」
安井「ああ。今後は、君たちにもそっちの手伝いをして貰うつもりだ。」
自治会長「わかりました。」
それで香里は思い出した。
この安井という男が、倉田の元秘書であったことを。
香里「選挙に・・・でるんですか?」
安井「ああ。倉田さんが辞めてくれたおかげで、当選の見込みがでてきたよ。」
香里「・・・元秘書、なのにですか?」
安井「そんなことまで知っているのか・・・。」
香里「・・・少し政治に関心のある人なら、当然知っていることですよ。
安井「なるほど。政治に関心がある、か・・・」
自治会2「だったら、君も安井さんの選挙を手伝ったらどうだい?」
香里「私は、未成年ですから・・・」
安井「そうか、それはまずいな。」
安井「・・・いや、もういい。君には、十分協力して貰った。厄介なことに巻き込んで、済まなかったな。」
香里「いえ・・・・」
安井「ま、なにか困ったことがあったら、相談に来なさい。彼らのことも、使って貰っていい。」
香里「ありがとうございます。」
そう言って香里は、席を立った。
安井「石井君、送ってやりなさい。」
香里「いえ、結構です・・・・。」
そう言うと香里は、力無く出口の方へ歩いていった。
だが、その耳はぎりぎりまで彼らの会話をとらえていた。
自治会長「いいんですか?彼女はまだ、利用価値が・・・」
安井「馬鹿者。あの北越の狼の娘だぞ。いつこっちに牙をむくか、解ったものじゃない・・・」
香里「お生憎様。もう牙はむけられているのよ。」
店を出た香里は、そう呟いた。
北川「それは怖い話だな。」
香里「き・・・北川君。」
北川「よお美坂。こんなところで会うとは、奇遇だねえ。」
香里「・・・・ほんとに奇遇ね。まさかあなたに会うなんて・・・」
北川「何をしてたんだ?・・・あれ、自治会長達だろ。」
香里「・・・見てたの?」
北川「ああ。・・なんかあったのか?」
香里「別に。」
北川「そうか?そうは見えなかったが・・・」
香里「北川君こそ、何してるの?」
北川「俺か?俺は、秘密のバイトの帰りだが・・・・」
北川「・・・というわけだ。」
祐一「・・・・・・・。」
北川「俺にはよくわからないが・・・何か面倒なことに関わってるなじゃないか?」
祐一「・・・・そうだな・・・・。」
北川「・・・なあ、相沢。」
祐一「うん?」
北川「香里もだけど・・・相沢も、ここんとこ変じゃないか?何か俺に、隠してない?」
祐一「隠し事はいっぱいあるさ・・・・」
北川「なんだよそれ。」
祐一「いや・・・。まだ話す時期じゃないって事さ。」
北川「・・・気になるじゃないか。」
祐一「そのうち、な。・・・香里のこと、言ってくれて感謝するよ。」
北川「あ、ああ。」
感謝。いや、知らなかった方が、良かった気もする・・・。
祐一「香里。」
香里「なあに?」
祐一「ちょっと、・・・」
香里「ここじゃ駄目なの?」
祐一「・・・たぶん、その方がいいと思う。」
香里「人に聞かれたら都合が悪い話なのね。」
祐一「・・・ああ、たぶん、な。俺はともかく、香里がな・・・」
香里「あたしが?あたしは、そんなやましい事なんて、無いわよ?」
祐一「本当か?」
香里「ええ。なんなら、今ここで話を聞いても良いわよ。」
・・・・・・・。
祐一「そうか、じゃあ訊く。香里、自治会の連中と会っていたそうだな。」
香里「・・・北川君に聞いたのね。」
祐一「西谷さんにも頼んで、確認した。1回や2回じゃないらしいな。」
香里「・・・・・・。」
ただならぬ雰囲気に、佐祐理さんが何事かと近づいてきた。
佐祐理「あの・・・・」
祐一「佐祐理さん・・・。今はちょっと、はずしてくれないか・・?」
佐祐理「え・・・・」
香里「・・・その必要はないわ。むしろ、聞く権利があるんじゃないかしら。」
祐一「香里・・・・」
香里「さ、なんなの。言ってみて。」
俺は、覚悟を決めた。
祐一「香里、自治会の連中と接触していたのは、連中への情報提供者としてだろう。」
香里「よくわかったわね。」
祐一「西谷さんが・・・彼女もおかしいと思ったそうだ。上の方が、妙な振る舞いをしてるってな。情報源の明確でないことを、機関誌で流したり。それで調べたら、香里と頻繁に接触していた。」
香里「あの子、おとなしそうな顔して結構やるのね。」
祐一「半分は俺が頼んだようなものだ。・・・香里、どういうつもりだ?奴らに、一体何を話して・・・」
そこで俺は、はたと気づいた。
祐一「香里・・・。お前まさか、あのこと連中に教えたの・・・・」
香里「あのこと・・・・どのことか、わからないわ。」
すっとぼける・・・・と言うよりは、開き直っているのか。
俺は、無性に腹が立ってきた。
が、すぐ横ではらはらしている佐祐理さんに気づき、何とか怒りを収める。
そうだ、これは、佐祐理さんの問題だ。
だから、俺が怒っても仕方のないことだ。
佐祐理さんの口から問いただせるべきかもしれない。
祐一「佐祐理さん・・・・」
佐祐理「は、はい・・。
祐一「佐祐理さんは、どう思うんだ。」
佐祐理「えっとあの・・・・香里さん、本当なんですか?あなた、結構冗談好きだし・・」
香里「・・・・・・。」
佐祐理「香里さん?」
香里「・・・ごめんなさい。いかにも、あなたの理解者みたいなフリして。」
佐祐理「・・・それって。」
香里「あのこと、言ったわ。あいつらに。」
佐祐理「・・・・!」
香里「ごめんなさい。」
佐祐理「 ・・・・・。」
香里「あなたには、悪いと思ってるわ。」
佐祐理「・・どうして、こんな事したんですか?」
香里「・・・・・。」
佐祐理「香里さん。」
香里「・・・言い訳は、しないわ。」
佐祐理「 でも、それじゃわけわかりません。」
香里「ごめんなさい。今は、言えないの。」
佐祐理「悪いと思ってないんですね・・・。」
香里「そんなことは・・・」
佐祐理「だったら、言い訳してください。悪いと思うなら、佐祐理にちゃんと理由説明してください。」
香里「・・・・・・。」
祐一「香里・・・・」
香里「ごめんなさい。あたし、嘘つきね・・・・」
そう言って香里は、席を立った。
祐一「おい、どこ行くんだよ!」
香里「・・・・・・・。」
無言のまま、香里は教室を出ていってしまった。
俺はそのとき、俯かざるを得なかった。
怒りと悔しさで、心と思考が埋め尽くされていた。
だから、舞が香里の後を追っていたのにも、気づかなかった。
舞「・・・待って。」
香里「何?まだ何か、糾弾することがあるの?」
舞「・・・・・・。」
舞は無言のまま、紙包みを取り出した。
舞「・・・これ。預かってる。」
香里「誰から?」
舞「・・・あなたの知らない人。。」
香里「あたしの知らない人?だれ。」
舞「・・・・・・。」
香里「そう。まあいいわ、お互い言えないことはあるものね。で、どうしてそんな人が、あたしに何かを渡すの?」
舞「・・・預かったのは、私。でも、私が持つよりあなたが持った方がいい。」
香里「どういうこと?」
舞「・・・見れば解る。」
香里「そう。じゃあ、見せて貰うわ。」
そう言って香里は、紙包みを受け取る。
香里「・・・・これって・・・・。」
舞「・・・・・・。」
香里「・・・・なるほど。確かに、あたしが欲しがっていたものではあるわ。」
紙包みをポケットに入れる香里。
香里「でも、何故これをあたしに?あなたは、どこまで解ってるの?」
首を振る舞。
舞「・・・あなたのことは信じてる。それだけ。」
香里「そう。・・・光栄だわ。」
香里は、舞とは反対の方、元進もうとしていた方向に向きを変える。
香里「・・・あとのことは、頼んだわ。」
舞「・・・わかった。」
そう言い残し、二人は互いに反対の方に歩き出した。