10:逮捕

 

さらに一週間が過ぎた。

自治会による佐祐理さん攻撃は、静かに広がっていた。
否、連中によるものという証拠は実はないのだが・・・・。

祐一「あれ、お二人さん、今日は車じゃないの?」


「・・・車、壊れた。」

祐一「壊れた?なんで」


佐祐理「ちがいますよ。ちょっと調子悪いだけですから。」

そういって先に行ってしまう。

祐一「なあ、ほんとに壊れたのか?」


「・・・・・壊された。」

祐一「壊された?」


「・・・誰かのいたずら・・・・」

いたずらなものか。

犯罪だぞ。


 

「・・・こんなのが貼ってあった。」


祐一「馬鹿、わざわざ当人に見せたりするなっ!」


佐祐理「いいんです。いずれは佐祐理の目にも触れるものですから。」

卑猥な内容を含む中傷文書。
相変わらず実名公表は避けているものの、解る人には解ってしまう書き方だ。

 

他にも、俺達の目に触れないところで、いろいろ行われているのかもしれない。

キャンパスは広いのだ。

祐一「なにが目的なんだよ。」

ただ苛立つことしかできない自分に、さらに苛立ちを覚える。

自治会の本拠地に乗り込んで問いただすことも考えた。

が、それはヤツに止められている。

 新濃「やめとけ。奴らは論争のプロだ。お前が行ったところで、逆に糾弾されるのが落ちだぞ。」

祐一「くそ・・・・・・」

こんな事なら、弁論術の一つも身につけておくんだった。

佐祐理「気にしないで下さい。佐祐理は平気ですから。」

苛立つ俺に、はらはらした佐祐理さんが声をかける。

祐一「佐祐理さんが平気でも、俺達が平気じゃないよっ」


「・・・・・・。」

祐一「舞だって香里だって、そう思っているさっ」

香里「そうよね・・・・・。」

そう言いながらも香里の目は、何か別の場所を見ているような感じだった。

祐一「・・香里?」


香里「う、ううん、なにも。」


焦る俺を後目に、佐祐理さんはだんだんこの状況に慣れてきているようだった。

佐祐理「あははーっ、またあんな事言ってますよーっ。」

そんなことを言ってやる余裕まで見せている。
これは別に気負いとか言うのではなく、本当に慣れてきてしまっているのだろう。

祐一「ま、佐祐理さんが平気なら、ほっといてもいいか・・・・。」

俺もそんな風に考えるようになっていた。

「・・・でも、車は使えない。」


祐一「それぐらい我慢しろ。それとも、いっそ学校に泊まるか?」

「・・・嫌。」


祐一「じゃあ、電車通学だな。」

「・・・祐一、泊めてくれないの?」


祐一「う〜ん、確かに以前そんなことを言ったが。」

佐祐理「舞、新聞配達は?」


「そうだった。」

「君たち、ちょっといいかな?」

その声に顔を上げると、そこには背広姿の男が立っていた。
背後には、制服を着た男が二名。・・・・警官か?

祐一「・・・なんの用ですか?」

後ろめたいことは何もないのだが、つい警戒心を顕わにした声を出してしまう。

私服警官「刀を持ち歩いている危険人物がいるという通報があってね・・・。ちょっと調べさせてもらうよ。」

私服警官がそう言うと、制服警官二人が舞を挟むように立つ。

「・・・刀は持ってない。」


祐一「そうだぞ、舞が刀持ち歩いてたのは高校生の頃で・・・・。」

つい余計なことを言ってしまう。

私服警官「調べれば解ることだ。」

香里「待って。令状も無しにそんなことが出来るんですか?」

香里が口を挟む。

私服警官「もちろん、あくまで任意の取り調べのつもりだがね。」

香里「それに、ここは学内ですよ。許可無く警察が入ってきてはいけないはずでしょ。」

私服警官「許可は出ている。自治会も同意済みだ。」

自治会・・・・・
その言葉に、一瞬虚をつかれる。

その隙に、制服警官の一人が、舞のポケットをひっくり返した。

ジャラジャラジャラ・・・・

なかから、物がこぼれ落ちる。小銭、シャーペン、クリップ、カッター、ドライバー、ペンチ、コンデンサー、・・・・・

その中の一つを、警官が拾い上げる。

私服警官「・・・これは、何かね。」


「・・・カッター。」

私服警官「刃物だね。」


「・・・・(こくり)」

私服警官「よし、連れてけ。」


祐一「ちょっと待て、どういうことだ!」

私服警官「銃刀法違反だ。」


祐一「カッターナイフぐらいで銃刀法違反かよ!」

私服警官「カッターという物は、普通筆箱などに入れて置くものだろう?ポケットに入れて持ち歩くべきもじゃないね。」


祐一「そんな、カッターをポケットに入れとくくらい、誰だってやってるじゃないかよ!」

そう言って俺は、ポケットからカッターを取り出してみせる。

祐一「ほら、俺だって持ってるぞ!」

私服警官「・・・・・・。」


佐祐理「・・・・・・・。」


香里「・・・・バカ。」

私服警官「・・・仕方ない、君も連行だ。」

祐一「ちょっと、おい!」

抵抗するも、警官二人に腕を掴まれては為す術もない。

香里「ちょっと待って、こんなのが任意の取り調べだなんて、言えないわ。」


私服警官「言い分は署で聞こうか。」

香里「・・・あたしまで連れてく気?」

私服警官「さすがに、そういうわけには行かないな。」

そういって、警官は俺と舞を連れて行こうとする。

祐一「はなせぇ!俺は無実だ!」

この騒ぎに、いつの間にか人だかりが出来ている。この群衆が、俺達の無実を一斉に主張して警官を追い払ってくれないだろうか。そんな期待をした。
だが、それは全くの幻想に過ぎなかった。連中の目は、協力も敵対もしない、不干渉の姿勢を示していた。

くそ、権力には盲従ってわけかよ・・・・。

舞は、あきらめているのか、何か策でもあるのか、おとなしく警官に従っている。それを見た俺も、おとなしく連れて行かれる覚悟をした。

後ろを振り向くと、佐祐理さんと香里の姿が見える。不安そうな佐祐理さん。そして香里

香里「話が違うわ・・・・。」

そう、聞こえた気がした。
 
 

 

 

11:冤罪

 

祐一「俺が何をしたって言うんだよっ!」


警官「それを調べるのが我々の仕事だ。なんのためにこんなものを持ち歩いている?」

祐一「要るときがあるかもしれないからだよ。」


警官「要るときとは?」

祐一「ノート切るとか、梱包解くとか・・・」


警官「だったら、ポケットに入れておく必要はないな。他に目的があったんだろ?」

祐一「ねーよ、そんなもん」

俺は警察署の取調室にいた。
初めて受ける尋問は、想像していたような非人道的なものではなかった。

が、それは「人道」

に反しないというだけで、「被疑者」

つまり俺が受ける精神的圧迫感は、相当堪える−ものがあった。

祐一「♪わぁたぁしぃはぁやってないぃ!」

警官「・・・まあいい。俺も疲れた。今日はこれくらいにしておこう。」

取調官も疲れたらしい。俺が相手では、仕方ないだろう。

 


 

警官1「なかなか強情な奴だ。元々ノーマークの、只の下っ端だと思ったから、大したこと無いとふんでいたんだが。」


警官2「もう一人の、首謀者の女の方は?」


警官3「もっと厄介だ。完全に黙秘権を行使している。」


「・・・・・・・。」


警官1「まあでも、現行犯逮捕だからな。なんとかなるだろう。」


警官2「銃刀法や軽犯罪法で立件しても、意味ねーんだよ・・・」

 


 

祐一「あーあーあー、うーうーうーーーー」

看守「うるせえっ、静かにしろ!」

代用監獄の中で俺は一人喚いていた。
何しろ、退屈なのだ。飯を喰う以外何もすることがない。その飯も、とっくに喰ってしまった。しかもタダではない。ちゃんと後で金を払わされるのだ。全く以て腹が立つ。

祐一「寝ちまうか・・・・。」

こんな早く寝たら、明日の朝起きるのか異常に早くなってしまう。結局、暇な時間を先延ばしにするだけなのだ。
それでも俺は、寝ることにした。寝坊する可能性だって、あるじゃないか。

ふと、警察署の玄関で分かれたきりの相棒のことを思い出す。

祐一「舞は、どうしてるかな・・・・。」


 

「・・・・・・・。」


 

祐一「ま、あいつはこういうの平気そうだからな・・・・・。」


 

「・・・・・・・・・祐一、心配。」

 



看守「おい、起きろ。」


祐一「ん〜〜〜〜?!」

看守「全く、普通は逮捕された夜は寝付けないものなのに・・・・。」


祐一「・・・・悪かったな。」

看守がわざわざ起こしに来たということは、間違いなく寝坊したんだろう。
してやったりだ。

祐一「取り調べの前に飯を済ませたいものだな。」


看守「残念ながら、その前にやることがある。」

祐一「体力測定か?踏み台昇降運動だけは勘弁してくれ。」

看守「警察署でそんな事すると思ってるのかお前は。面会だ。」

 



たぶん、佐祐理さんか香里だろう。いや、名雪かな。北川だったりして。みんなで来た可能性が高いな。

いや、案外秋子さんが来てくれたのかもしれない。ほんとに申し訳ないな、迷惑ばかり掛けて・・・。
そんなことを考えながら、面会室に入った。

だがそこで待っていた人は、俺の予想を完全に裏切っていた。
中年の、身なりのいい男性。・・・全く知らない人だ。

男性「初めまして。この度は大変でしたね。」


祐一「はあ、どうも。」

男性「私、北越弁護士会所属の美坂と申します。」

弁護士会。弁護士の人か。なるほど、誰かが呼んでくれたんだな。
・・・美坂?

男性「美坂香里の父です。」


祐一「・・・・そうですか。」

とりあえずそう返すことしかできなかった。そういうことか、そうだったのか・・・・。

美坂父「とりあえず香里から、あとさっき川澄さんから事情は聞きました。あなたの話もお聞かせ願えますか?」


祐一はあ、たぶん、あの二人と内容同じですが・・・」

とりあえず自分の言葉で、事の成り行きを説明する。

十数分。

 

美坂父「・・・わかりました。」

そういって立ち上がる美坂父。

美坂父「今日中には、出られますよ。」

自信たっぷりに言い切るその姿に、俺は頼もしさを感じずにはいられなかった。

 

面会を終え、代用監獄に戻る。
今日中に出られると美坂父はいっていた。ということは、これから警察官と丁々発止の渡り合いでもやるのだろう。
その決着が付くまでは、俺は待機というわけだ。

祐一「・・・・・・・。」

暇だ。

寝坊するくらい寝たから、眠ることも出来ない。
こんな事なら、ポケットに毛沢東語録でも入れておくんだった。暇つぶしくらいにはなっただろう。
間違いなく、釈放が消えるだろうが。

仕方ない、歌でも歌おう。

祐一「♪かあさんが、よなべをして・・・」

「うるせえっ、暗い歌歌うなっ!」

同居人に怒られてしまった。
歌も歌えないなんて、世知辛い世の中だ。

 



看守「相沢、出ろ。」

祐一「いよいよ死刑執行台か?」


看守「ばかやろ、釈放だよ。」

祐一「そうか。もう、あんたともお別れなんだな。」


看守「・・・・・。」

祐一「せっかく、友達になれたのにな。」


看守「そんな覚えはない。」

祐一「さみしいな・・・また会いに来ていいか?」


看守「・・・出たくないのか、お前?」

祐一「そんなこと全然ないぞ」



廊下の先に、舞の姿が見えた。

祐一「おお、舞っ、愛しのラブリー舞〜!」


「・・・・・・・。」

抱きつこうとする俺は、しかし、指一本でそれを留められてしまった。

祐一「舞、こういう感動の再会シーンでは、普通抱き合うものなんだぞ。」


「・・・相手が北川君でもそうするの」

祐一「それは違う。だが恋人同士の再会は、別だ。さあ、もっかい行くぞ」


「・・・・・・・。」

祐一「ああもう、ここで突っ込んでくれなきゃ。香里なら、『あんたなんかと恋人同士じゃないわっ!』てぶん殴ってくるんだけどな。」

美坂父「香里は・・・そんな事するんですか?」


香里「しないわよ。」


祐一「はっ、美坂父!香里まで・・・・。」

見渡すと、佐祐理さんに名雪、北川までいる。

祐一「なんということだ。」


名雪「『なんということだ』じゃないよ!心配したんだから。」


北川「そうだぞ。こんな時は一言、謝罪の言葉の一つもあってしかるべきじゃないか。」

祐一「俺は何も悪い事しとらん!」


美坂父「その通りだ。」

満足げに言い切る美坂父。
そうだ、悪い事してないっていっても、この人のおかげで出られたことには変わりないんだよな。

祐一「・・・この度は、お世話になりました。」

深々と頭を下げる。舞も、それに倣った。

美坂父「うん、・・・まあ、気をつけることだね。今回は現場警官に手落ちがあったから良かったが・・・・。」

 

美坂父によると、こういう微罪での逮捕は、大概が別件での余罪を追求するのが目的なのだという。
そっちの方で立件の見通しがついてしまえば、たとえ当初の逮捕理由が違法でも、釈放の余地はなくなってしまうのだそうだ。

美坂父「川澄さんから一枚の調書も取れなかったのが、彼らにとっての不幸だったな。」

美坂父は、やはり満足げに語った。癖なのだろう。

・・・いや、違うな。最大の不幸否俺達の幸運は、たった一晩でこんな優秀な弁護士が付いたことだ。
口にこそ出さないが、別件での立件を目差している警察から釈放を取り付けるのは、並大抵のことではなかったはずだ。
そう考えるとつくづく、美坂親子に感謝しなければと思う。

佐祐理「あ、あの・・・」

佐祐理さんが口を開く。

佐祐理「弁護料とかの方は、どういたしましょう。こう言ってはなんですけど、私たち学生ですから、直ぐには用意できないと思うんですけど・・・。」

そんなものがあったか。

美坂父「弁護料ねえ・・・・。まあ、気にしなくていいですよ。」

さすがにそんなわけにはいかない。美坂父だって、これが仕事なのだ。

祐一「いえ、必ずお払いしますから。確かに直ぐは無理ですけど・・・」

美坂父「・・・・わかりました。じゃあ、出世払いということで。」


祐一「え・・・?」


香里「まさに不良債権ね・・・・。」

香里が首を振る。

美坂父「それでは、わたしはこれで。」

呆気にとられる俺を余所に、美坂父はさっさと話を切り上げてしまった。

美坂父「香里、今日は・・・どうするんだ?」


香里「・・・残るわ。明日も学校あるから。」

美坂父「・・そうか。」

そんな会話を香里と交わした後、美坂父は去っていった。

 


 

「・・・香里さん、ありがとう。」

帰途、突如舞が香里に頭を下げる。
背の高い舞がそんなことをする姿は、何となく滑稽だった。

香里「いいのよ。もう気にしないで。お礼を言われる筋合いじゃないし。」


「・・・でも、香里のお父さんにも迷惑かけた。」

香里「・・・あれは、いいの。こんな時でないと、役に立たないんだから・・・。」

まるで独り言のように呟く。

「・・・・・・・。」

名雪「誰が悪いわけでも、無いんだよ・・・。」

祐一「そうだよな・・・・。」

そこでふと思い起こす。何故俺達が、正確には舞が逮捕されたのか。
俺達を逮捕した警官は、たしか通報があってとか言っていた。

そして、美坂弁護士の言う、別件捜査の可能性。
・・・なんの件だ?

祐一「なあ、別件って、なんのことだと思う?」


北川「同一犯による別の事件のことだろ。」

祐一「もういい、お前帰れ。」


北川「俺が何したって言うんだ!」

非難する北川を見て、ふと思い起こしたこと。
こいつと名雪が関わってない、俺達の事件があったな・・・。

もちろん、今回の逮捕と関わっているかどうかはわからない。
でも

祐一「調べてみる価値はあるかもな・・・・。」


 
 


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