さらに一週間が過ぎた。
自治会による佐祐理さん攻撃は、静かに広がっていた。
否、連中によるものという証拠は実はないのだが・・・・。
祐一「あれ、お二人さん、今日は車じゃないの?」
舞「・・・車、壊れた。」
祐一「壊れた?なんで」
佐祐理「ちがいますよ。ちょっと調子悪いだけですから。」
そういって先に行ってしまう。
祐一「なあ、ほんとに壊れたのか?」
舞「・・・・・壊された。」
祐一「壊された?」
舞「・・・誰かのいたずら・・・・」
いたずらなものか。
犯罪だぞ。
舞「・・・こんなのが貼ってあった。」
祐一「馬鹿、わざわざ当人に見せたりするなっ!」
佐祐理「いいんです。いずれは佐祐理の目にも触れるものですから。」
卑猥な内容を含む中傷文書。
相変わらず実名公表は避けているものの、解る人には解ってしまう書き方だ。
他にも、俺達の目に触れないところで、いろいろ行われているのかもしれない。
キャンパスは広いのだ。
祐一「なにが目的なんだよ。」
ただ苛立つことしかできない自分に、さらに苛立ちを覚える。
自治会の本拠地に乗り込んで問いただすことも考えた。
が、それはヤツに止められている。
新濃「やめとけ。奴らは論争のプロだ。お前が行ったところで、逆に糾弾されるのが落ちだぞ。」
祐一「くそ・・・・・・」
こんな事なら、弁論術の一つも身につけておくんだった。
佐祐理「気にしないで下さい。佐祐理は平気ですから。」
苛立つ俺に、はらはらした佐祐理さんが声をかける。
祐一「佐祐理さんが平気でも、俺達が平気じゃないよっ」
舞「・・・・・・。」
祐一「舞だって香里だって、そう思っているさっ」
香里「そうよね・・・・・。」
そう言いながらも香里の目は、何か別の場所を見ているような感じだった。
祐一「・・香里?」
香里「う、ううん、なにも。」
焦る俺を後目に、佐祐理さんはだんだんこの状況に慣れてきているようだった。
佐祐理「あははーっ、またあんな事言ってますよーっ。」
そんなことを言ってやる余裕まで見せている。
これは別に気負いとか言うのではなく、本当に慣れてきてしまっているのだろう。
祐一「ま、佐祐理さんが平気なら、ほっといてもいいか・・・・。」
俺もそんな風に考えるようになっていた。
舞「・・・でも、車は使えない。」
祐一「それぐらい我慢しろ。それとも、いっそ学校に泊まるか?」
舞「・・・嫌。」
祐一「じゃあ、電車通学だな。」
舞「・・・祐一、泊めてくれないの?」
祐一「う〜ん、確かに以前そんなことを言ったが。」
佐祐理「舞、新聞配達は?」
舞「そうだった。」
「君たち、ちょっといいかな?」
その声に顔を上げると、そこには背広姿の男が立っていた。
背後には、制服を着た男が二名。・・・・警官か?
祐一「・・・なんの用ですか?」
後ろめたいことは何もないのだが、つい警戒心を顕わにした声を出してしまう。
私服警官「刀を持ち歩いている危険人物がいるという通報があってね・・・。ちょっと調べさせてもらうよ。」
私服警官がそう言うと、制服警官二人が舞を挟むように立つ。
舞「・・・刀は持ってない。」
祐一「そうだぞ、舞が刀持ち歩いてたのは高校生の頃で・・・・。」
つい余計なことを言ってしまう。
私服警官「調べれば解ることだ。」
香里「待って。令状も無しにそんなことが出来るんですか?」
香里が口を挟む。
私服警官「もちろん、あくまで任意の取り調べのつもりだがね。」
香里「それに、ここは学内ですよ。許可無く警察が入ってきてはいけないはずでしょ。」
私服警官「許可は出ている。自治会も同意済みだ。」
自治会・・・・・
その言葉に、一瞬虚をつかれる。
その隙に、制服警官の一人が、舞のポケットをひっくり返した。
ジャラジャラジャラ・・・・
なかから、物がこぼれ落ちる。小銭、シャーペン、クリップ、カッター、ドライバー、ペンチ、コンデンサー、・・・・・
その中の一つを、警官が拾い上げる。
私服警官「・・・これは、何かね。」
舞「・・・カッター。」
私服警官「刃物だね。」
舞「・・・・(こくり)」
私服警官「よし、連れてけ。」
祐一「ちょっと待て、どういうことだ!」
私服警官「銃刀法違反だ。」
祐一「カッターナイフぐらいで銃刀法違反かよ!」
私服警官「カッターという物は、普通筆箱などに入れて置くものだろう?ポケットに入れて持ち歩くべきもじゃないね。」
祐一「そんな、カッターをポケットに入れとくくらい、誰だってやってるじゃないかよ!」
そう言って俺は、ポケットからカッターを取り出してみせる。
祐一「ほら、俺だって持ってるぞ!」
私服警官「・・・・・・。」
佐祐理「・・・・・・・。」
香里「・・・・バカ。」
私服警官「・・・仕方ない、君も連行だ。」
祐一「ちょっと、おい!」
抵抗するも、警官二人に腕を掴まれては為す術もない。
香里「ちょっと待って、こんなのが任意の取り調べだなんて、言えないわ。」
私服警官「言い分は署で聞こうか。」
香里「・・・あたしまで連れてく気?」
私服警官「さすがに、そういうわけには行かないな。」
そういって、警官は俺と舞を連れて行こうとする。
祐一「はなせぇ!俺は無実だ!」
この騒ぎに、いつの間にか人だかりが出来ている。この群衆が、俺達の無実を一斉に主張して警官を追い払ってくれないだろうか。そんな期待をした。
だが、それは全くの幻想に過ぎなかった。連中の目は、協力も敵対もしない、不干渉の姿勢を示していた。
くそ、権力には盲従ってわけかよ・・・・。
舞は、あきらめているのか、何か策でもあるのか、おとなしく警官に従っている。それを見た俺も、おとなしく連れて行かれる覚悟をした。
後ろを振り向くと、佐祐理さんと香里の姿が見える。不安そうな佐祐理さん。そして香里
香里「話が違うわ・・・・。」
そう、聞こえた気がした。
祐一「俺が何をしたって言うんだよっ!」
警官「それを調べるのが我々の仕事だ。なんのためにこんなものを持ち歩いている?」
祐一「要るときがあるかもしれないからだよ。」
警官「要るときとは?」
祐一「ノート切るとか、梱包解くとか・・・」
警官「だったら、ポケットに入れておく必要はないな。他に目的があったんだろ?」
祐一「ねーよ、そんなもん」
俺は警察署の取調室にいた。
初めて受ける尋問は、想像していたような非人道的なものではなかった。
が、それは「人道」
に反しないというだけで、「被疑者」
つまり俺が受ける精神的圧迫感は、相当堪える−ものがあった。
祐一「♪わぁたぁしぃはぁやってないぃ!」
警官「・・・まあいい。俺も疲れた。今日はこれくらいにしておこう。」
取調官も疲れたらしい。俺が相手では、仕方ないだろう。
警官1「なかなか強情な奴だ。元々ノーマークの、只の下っ端だと思ったから、大したこと無いとふんでいたんだが。」
警官2「もう一人の、首謀者の女の方は?」
警官3「もっと厄介だ。完全に黙秘権を行使している。」
舞「・・・・・・・。」
警官1「まあでも、現行犯逮捕だからな。なんとかなるだろう。」
警官2「銃刀法や軽犯罪法で立件しても、意味ねーんだよ・・・」
祐一「あーあーあー、うーうーうーーーー」
看守「うるせえっ、静かにしろ!」
代用監獄の中で俺は一人喚いていた。
何しろ、退屈なのだ。飯を喰う以外何もすることがない。その飯も、とっくに喰ってしまった。しかもタダではない。ちゃんと後で金を払わされるのだ。全く以て腹が立つ。
祐一「寝ちまうか・・・・。」
こんな早く寝たら、明日の朝起きるのか異常に早くなってしまう。結局、暇な時間を先延ばしにするだけなのだ。
それでも俺は、寝ることにした。寝坊する可能性だって、あるじゃないか。
ふと、警察署の玄関で分かれたきりの相棒のことを思い出す。
祐一「舞は、どうしてるかな・・・・。」
舞「・・・・・・・。」
祐一「ま、あいつはこういうの平気そうだからな・・・・・。」
舞「・・・・・・・・・祐一、心配。」
看守「おい、起きろ。」
祐一「ん〜〜〜〜?!」
看守「全く、普通は逮捕された夜は寝付けないものなのに・・・・。」
祐一「・・・・悪かったな。」
看守がわざわざ起こしに来たということは、間違いなく寝坊したんだろう。
してやったりだ。
祐一「取り調べの前に飯を済ませたいものだな。」
看守「残念ながら、その前にやることがある。」
祐一「体力測定か?踏み台昇降運動だけは勘弁してくれ。」
看守「警察署でそんな事すると思ってるのかお前は。面会だ。」
たぶん、佐祐理さんか香里だろう。いや、名雪かな。北川だったりして。みんなで来た可能性が高いな。
いや、案外秋子さんが来てくれたのかもしれない。ほんとに申し訳ないな、迷惑ばかり掛けて・・・。
そんなことを考えながら、面会室に入った。
だがそこで待っていた人は、俺の予想を完全に裏切っていた。
中年の、身なりのいい男性。・・・全く知らない人だ。
男性「初めまして。この度は大変でしたね。」
祐一「はあ、どうも。」
男性「私、北越弁護士会所属の美坂と申します。」
弁護士会。弁護士の人か。なるほど、誰かが呼んでくれたんだな。
・・・美坂?
男性「美坂香里の父です。」
祐一「・・・・そうですか。」
とりあえずそう返すことしかできなかった。そういうことか、そうだったのか・・・・。
美坂父「とりあえず香里から、あとさっき川澄さんから事情は聞きました。あなたの話もお聞かせ願えますか?」
祐一「はあ、たぶん、あの二人と内容同じですが・・・」
とりあえず自分の言葉で、事の成り行きを説明する。
十数分。
美坂父「・・・わかりました。」
そういって立ち上がる美坂父。
美坂父「今日中には、出られますよ。」
自信たっぷりに言い切るその姿に、俺は頼もしさを感じずにはいられなかった。
面会を終え、代用監獄に戻る。
今日中に出られると美坂父はいっていた。ということは、これから警察官と丁々発止の渡り合いでもやるのだろう。
その決着が付くまでは、俺は待機というわけだ。
祐一「・・・・・・・。」
暇だ。
寝坊するくらい寝たから、眠ることも出来ない。
こんな事なら、ポケットに毛沢東語録でも入れておくんだった。暇つぶしくらいにはなっただろう。
間違いなく、釈放が消えるだろうが。
仕方ない、歌でも歌おう。
祐一「♪かあさんが、よなべをして・・・」
「うるせえっ、暗い歌歌うなっ!」
同居人に怒られてしまった。
歌も歌えないなんて、世知辛い世の中だ。
看守「相沢、出ろ。」
祐一「いよいよ死刑執行台か?」
看守「ばかやろ、釈放だよ。」
祐一「そうか。もう、あんたともお別れなんだな。」
看守「・・・・・。」
祐一「せっかく、友達になれたのにな。」
看守「そんな覚えはない。」
祐一「さみしいな・・・また会いに来ていいか?」
看守「・・・出たくないのか、お前?」
祐一「そんなこと全然ないぞ」
廊下の先に、舞の姿が見えた。
祐一「おお、舞っ、愛しのラブリー舞〜!」
舞「・・・・・・・。」
抱きつこうとする俺は、しかし、指一本でそれを留められてしまった。
祐一「舞、こういう感動の再会シーンでは、普通抱き合うものなんだぞ。」
舞「・・・相手が北川君でもそうするの」
祐一「それは違う。だが恋人同士の再会は、別だ。さあ、もっかい行くぞ」
舞「・・・・・・・。」
祐一「ああもう、ここで突っ込んでくれなきゃ。香里なら、『あんたなんかと恋人同士じゃないわっ!』てぶん殴ってくるんだけどな。」
美坂父「香里は・・・そんな事するんですか?」
香里「しないわよ。」
祐一「はっ、美坂父!香里まで・・・・。」
見渡すと、佐祐理さんに名雪、北川までいる。
祐一「なんということだ。」
名雪「『なんということだ』じゃないよ!心配したんだから。」
北川「そうだぞ。こんな時は一言、謝罪の言葉の一つもあってしかるべきじゃないか。」
祐一「俺は何も悪い事しとらん!」
美坂父「その通りだ。」
満足げに言い切る美坂父。
そうだ、悪い事してないっていっても、この人のおかげで出られたことには変わりないんだよな。
祐一「・・・この度は、お世話になりました。」
深々と頭を下げる。舞も、それに倣った。
美坂父「うん、・・・まあ、気をつけることだね。今回は現場警官に手落ちがあったから良かったが・・・・。」
美坂父によると、こういう微罪での逮捕は、大概が別件での余罪を追求するのが目的なのだという。
そっちの方で立件の見通しがついてしまえば、たとえ当初の逮捕理由が違法でも、釈放の余地はなくなってしまうのだそうだ。
美坂父「川澄さんから一枚の調書も取れなかったのが、彼らにとっての不幸だったな。」
美坂父は、やはり満足げに語った。癖なのだろう。
・・・いや、違うな。最大の不幸否俺達の幸運は、たった一晩でこんな優秀な弁護士が付いたことだ。
口にこそ出さないが、別件での立件を目差している警察から釈放を取り付けるのは、並大抵のことではなかったはずだ。
そう考えるとつくづく、美坂親子に感謝しなければと思う。
佐祐理「あ、あの・・・」
佐祐理さんが口を開く。
佐祐理「弁護料とかの方は、どういたしましょう。こう言ってはなんですけど、私たち学生ですから、直ぐには用意できないと思うんですけど・・・。」
そんなものがあったか。
美坂父「弁護料ねえ・・・・。まあ、気にしなくていいですよ。」
さすがにそんなわけにはいかない。美坂父だって、これが仕事なのだ。
祐一「いえ、必ずお払いしますから。確かに直ぐは無理ですけど・・・」
美坂父「・・・・わかりました。じゃあ、出世払いということで。」
祐一「え・・・?」
香里「まさに不良債権ね・・・・。」
香里が首を振る。
美坂父「それでは、わたしはこれで。」
呆気にとられる俺を余所に、美坂父はさっさと話を切り上げてしまった。
美坂父「香里、今日は・・・どうするんだ?」
香里「・・・残るわ。明日も学校あるから。」
美坂父「・・そうか。」
そんな会話を香里と交わした後、美坂父は去っていった。
舞「・・・香里さん、ありがとう。」
帰途、突如舞が香里に頭を下げる。
背の高い舞がそんなことをする姿は、何となく滑稽だった。
香里「いいのよ。もう気にしないで。お礼を言われる筋合いじゃないし。」
舞「・・・でも、香里のお父さんにも迷惑かけた。」
香里「・・・あれは、いいの。こんな時でないと、役に立たないんだから・・・。」
まるで独り言のように呟く。
舞「・・・・・・・。」
名雪「誰が悪いわけでも、無いんだよ・・・。」
祐一「そうだよな・・・・。」
そこでふと思い起こす。何故俺達が、正確には舞が逮捕されたのか。
俺達を逮捕した警官は、たしか通報があってとか言っていた。
そして、美坂弁護士の言う、別件捜査の可能性。
・・・なんの件だ?
祐一「なあ、別件って、なんのことだと思う?」
北川「同一犯による別の事件のことだろ。」
祐一「もういい、お前帰れ。」
北川「俺が何したって言うんだ!」
非難する北川を見て、ふと思い起こしたこと。
こいつと名雪が関わってない、俺達の事件があったな・・・。
もちろん、今回の逮捕と関わっているかどうかはわからない。
でも
祐一「調べてみる価値はあるかもな・・・・。」