暑苦しい部室。うずたかく積まれた資料。人をうんざりさせるには、十分すぎる要件だ。
香里「元はといえば、相沢君が言い出したことでしょ。」
祐一「そうだったか?」
香里「そうよ。もう忘れちゃったの?それとも、すっとぼけ?」
祐一「どっちがいい?」
香里「ちょっと決めかねるわね。」
ちなみに目の前にある資料は、この地方の民俗関係の資料だ。
図書館から借りてきたり、部の倉庫から引っ張り出してきたのだ。
祐一「・・・部室、第二部室、倉庫。この部には、一体いくつ部屋があるんだ・・・?」
そんなことを考えていると、部の「主」
が、息せき切って入ってきた。
新濃「そ、外に高校生が大量にいるぞぉ!」
祐一「え?」
新濃「高校生、高校生がいっぱい・・・高校生はハイティーンでげろんげろんのびちょんびちょん・・・」
なにやら口走っている。
香里「オープンキャンパスでしょ。いてもおかしくないわ。」
祐一「ああ、そんなものもあったな。」
要するに、大学の見学会のことだ。
新濃「・・・ふ、そんなことは知っていたさ。」
祐一「知らないことを知らないと言うのは、恥じゃないぞ。」
新濃「いや、知っていた。私が言うのだから間違いはない。」
祐一「その割には、ずいぶん興奮していたじゃないか。」
新濃「そりゃそうだろう。何しろ、高校生だぞ。けちょんけちょんのぐでんぐでんだぞ。」
・・・よくわからないが。
祐一「女子高校生を見て興奮するなんて、あんたも好きだな。まあ、さすが変態といったところか。」
新濃「女子高生?馬鹿な、そんなものに興味あるか。」
祐一「・・・女子高生でなかったら何に興奮していたんだ。」
新濃「女子でも男子でもない高校生がいるなら、お目にかかりたいものだ。」
祐一「男子高校生見て興奮していたのか・・・。まあ、あんたならあり得るか。」
新濃「君は興奮しないのか?彼らは、びろんびろんのどでんどでんだぞ。」
祐一「・・・・何言ってんのかさっぱりわかんねーよ。」
新濃「・・・フ。君も、それだけ歳を取ったということだな・・・。」
なんでそうなるんだ。
新濃「ちなみに、男子中学生はもっと好きだぞ。」
祐一「変質者?!」
新濃「そうじゃない。彼らの若き頭脳に宿る、自由なる精神が好きなだけだ。」
香里「・・・もしかして、自らとの共通性を感じたりしてるのかしら。」
なるほど。確かに、男子中学生はこの世で最も愚かな種族だからな・・・。
祐一「つー事は、あんたの精神年齢は中学生並と理解していいんだな?」
新濃「褒めてもらえて嬉しいよ。」
祐一「褒めてねーよ。」
とりあえず部室にこもってばかりだとうんざりするので、見物に行くことにした。
色とりどりの制服が、学内をうろつき回っている。滅多に見られない光景だ。
祐一「どれ、栞は来てるかな?」
香里「来てないと思うわ。来ないって言ってたから。」
祐一「来ればいいのに。」
香里「・・・・・・。」
祐一「しかしやっぱり、我が母校の制服は目立つな・・・。」
香里「そうね。」
これだけ目立つと、知った顔を見つけるのも容易だ。
祐一「よ、おひさ。」
美汐「どなたですか?」
祐一「・・・そんな応答されると、立つ瀬がないんですけど。」
美汐「じゃあ沈んでください。」
酷いことを言う。昔はこんな事言う子じゃなかった・・・・
美汐「本気にしてますか?」
祐一「本気にしたら沈まなきゃいけなくなるから嫌だ。」
香里「あたしが沈めてあげてもいいわよ?」
祐一「・・・・どこに。」
香里「噴水広場で良いかしら?」
祐一「・・・嫌です。」
美汐「・・・・?」
香里「で、その子は。相沢君のお知り合い?それとも、知らない人なのに馴れ馴れしくしてるのかしら。」
祐一「さすがにそれはない。」
美汐「天野美汐です。相沢さんとは・・・不思議な繋がりと言ったところです。」
祐一「ちなみに『みしお』というのは美坂栞の略じゃないからな。」
香里「わかってるわよ。」
祐一「で、こいつは『かおりん』だ。」
美汐「粘土ですか?」
香里「どうして名前をいじりたがるのかしら・・・」
呆れたように言った後、自分で名乗る。
香里「美坂香里。相沢君の・・・・そう、同級生。」
美汐「そうですか。」
祐一「で、天野。これからの予定は?」
美汐「特にないです。見るつもりのところはだいたい見ましたので。」
祐一「だいたいって事は、見てないところもあるんだな。」
美汐「はい。どういうわけか閉まってましたので。」
まあ、大学側にもいろいろ事情ってものがあるんだろう。
美汐「相沢さん達は・・・今日は何しているんですか?」
祐一「俺達は、部活だ。」
美汐「部活・・・・」
祐一「郷土研究部。」
普段は口にするのを恥じるその名も、今日だけは何故か誇らしく言うことが出来た。
香里「相沢君がそんな胸を張って部活の事言うなんて、初めて。」
祐一「・・・ま、入部以来初めて、有意義な部活動って奴をやってるからな。」
美汐「何をしてるんです?」
祐一「見に来るか?」
祐一「ここが部室だ。遠慮なく入れ。」
美汐「おじゃまします。」
新濃「・・・女子高生。」
祐一「あれは見なくていいからな。」
美汐「そんな事言われても困ります。」
新濃「相沢君。女子高生を部室に連れ込むなんて、君は一体どういうつもりかね?」
祐一「いけないのか?」
新濃「いや、もちろんプライベートに口を挟むつもりはないが。」
また何か変な方向に持っていきたがってるらしい。
美汐「・・・すごい資料の山ですね。」
机の上の堆積物を見て、天野が言う。
祐一「調べものの途中だからな。」
美汐「調べものですか・・・。」
感心したように、資料を手に取っている。
新濃「何だ、積木崩しをやっているんじゃなかったのか。」
香里「積木崩し?どちらかと言うと砂山崩しじゃ・・・・」
新濃「しかしどうしたんだね急に。君がこんな熱心に活動するなんて。」
祐一「ま、幽霊するよりは有意義だと思ってね・・・。」
新濃「君の場合は顔は出しているから、幽霊と言うより生き霊だね。」
祐一「呪縛霊みたいなお前に言われたくはない。」
新濃「で、どうするんだ?部誌を出すつもりなら、自治会に予算の折衝に行って来なきゃならんが」
祐一「それくらいの予算無いのか?」
新濃「無い!」
香里「大いばりで言わないで欲しいわ・・・」
祐一「ま、いいけどな。これは学園祭で発表するつもりだから。」
新濃「学園祭で?どの学園祭だ。」
祐一「どのって・・・ここの。」
新濃「それはわかる。で、いつの学園祭だ?」
祐一「今年の。」
新濃「今年のいつ。」
祐一「天野、学園祭っていつだ?」
美汐「私に訊かれても・・・」
香里「郷土漫才研究部に、名前変えようかしら・・・・」
祐一「俺は漫才してるつもりはないぞ。」
新濃「私だって、今回はまじめに訊いていたつもりなんだが。」
香里「そう。天性の才能なのね。」
新濃「まあ、そういうものもあるかもしれないが。で、いつの学園祭だ。」
祐一「まだ続ける気か。」
新濃「続けるさ。もし三週間後の学園祭でやるつもりなら、徹夜覚悟になるやもしれんのだからな。」
・・・・三週間後?
祐一「ここの学園祭って、夏休み中に学園祭やるのか?!」
新濃「知らなかったのか?三つの学園祭全部授業期間内にやるわけに行かないから、規模の小さいものは長期休暇中にやるんだ。」
三つ・・・・
祐一「知らなかった。学園祭って、三つもあるのか・・・・」
新濃「それも知らなかったのか。で、三週間後に発表するのか?」
さすがにそれは無理だ。
祐一「・・・次にする。」
新濃「まあ、多分そうだろうとは思ったが。」
香里「でも三週間後に学園祭あるなんて、あたしも知らなかったわ。発表まで行かなくても、なんか宣伝みたいな事やった方がいいのかしら?」
新濃「ん〜、別にいいんじゃない?毎年何もしてないし。」
なんていい加減なところだ。
こんなところだから、部員も集まらないんだよ。
美汐「・・・楽しいところですね。」
祐一「え、そうか?」
美汐「私も、ここに入りたくなりました。」
その言葉を聞いて、腑抜けた顔をしていた新濃が急速に反応した。
新濃「君、名前は?」
美汐「は、はい。天野です。」
新濃「・・・天野さん。是非この大学に来た前。合格を心から祈っているよ。」
美汐「は、はい・・・・・。」
新濃「一人確保。」
かつて人との交わりを拒絶していた少女、天野美汐。
だが彼女は、俺と知り合う過程で、人の棲む世界に戻ってきた。
そして、今。
彼女は、俺の所為で人の道から外れようとしている・・・・。
そんな事を考えてみたりする、夏の午後の一時だった。