14:星と森の感情
 

俺は、くびきを背負っていた。
自らが架けられる十字架を背負い、向かう先はゴルゴダの丘・・・・

 

香里「キリスト教徒が聞いたらブチ切れるわよ?」
 

祐一「かまわん。どうせキリストは俺を救ってくれないんだ。」
 
 

北川「今のお前の状況が、キリストから与えられた罰だとは考えないのか。」
 

祐一「考えない。俺はクリスチャンじゃないからな。」
 
 

 

ちなみに俺が背負っているのは、大量の荷物。具体的には、キャンプ用品だ。
何故俺がこんなものを背負っているのか・・・・

 

 
祐一「おう北川、電話したそうだな。」
 

北川「ああ、アパートにかけても出なかったからな、もしかしたらそっちじゃないかと思ったんだ。」
 
 

祐一「何のようだ?借金なら休み前に返したぞ。」
 

北川「その借金を、再びこさえる気はないか?」
 
 

祐一「無い。」
 
 

北川「残念だな。夏休みに相応しい、若者の青春という言葉が似合うイベントを思いついたのだが。」

祐一「・・・海にでも行くのか?」
 
 

北川「いいところを突いてきたが、少し違う。行くのは、山だ。」
 

 
 
北川「おう、みんな揃ってるな。」
 

佐祐理「揃ってません。祐一さんと名雪さんが、まだです。」
 

香里「予想はしてたけど・・・やっぱり遅刻なのねあの二人。」
 
 

 

30分後。

 

名雪「祐一が、近道しようなんて言うから〜!」
 

祐一「なんだと!そもそもお前が寝坊したんだろうが!」
 
 

香里「来たわね・・・・。」
 
 

祐一「済まんみんな、名雪が寝坊した所為で・・」
 

名雪「ちがうよ、祐一が変な道通りたがるから・・・」
 
 

祐一「何だと、人の所為にするのか。」
 

名雪「祐一の所為だもん。」
 

北川「うむ、そうだな。」
 
 

祐一「・・・なにが『そうだな。』だ。」
 

北川「相沢、お前が悪い。」
 
 

祐一「いや違う、今日のは明らかに・・・・」
 

北川「ではみんなに聞こうじゃないか。相沢と水瀬、どっちが悪いと思うか。」
 
 

5対0

北川「決まりだな。」
 

祐一「まて!ことこの件は、多数決で決めるような・・・・」
 
 

北川「まあまあいいじゃないか。ということで、この荷物を持ってくれ。」
 

祐一「冗談じゃない、俺の有罪はまだ確定して・・・・」
 
 

北川「残念だったな。君がこの荷物を持つことは、罪の有無に関わらず決まっていたことなんだよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

祐一「北川ぁ!」
 

北川「なんだ。」

祐一「お前も荷物もて!」

北川「嫌だ。」

祐一「名雪ぃ!」

名雪「何。」

祐一「お前も遅刻したんだろうがぁ!」
 

名雪「祐一の所為だもん。」
 
 

祐一「香里ぃ!」
 

香里「か弱い女の子に荷物持ちやらせる気?」
 
 

祐一「舞ぃ〜〜」
 

「・・・(なでなで)」
 
 

祐一「持ちたくないんだな・・・。おいこら変態!」
 

新濃「誰のことかな?」
 
 

祐一「そうやって反応してるお前のことだ。何故お前がここにいる!」
 

新濃「何を言う。部の合宿に前部長が来て、何の不可思議さがある?」
 
 

佐祐理「はぇ?これ、郷土研究部の合宿なんですか?」
 

北川「いや、それだけは違うと言っておこう。」
 
 

 

大学のある街から、電車で1時間。とりあえずは、近場だろう。
この山でキャンプを張ろうなどと言い出したのは、北川。
まあ、せっかくの夏休みだし、行ってみるかという気分になって、こういう事になってしまった。

 

祐一「これじゃ俺、向こう着いてから何も出来ないよ・・・」
 

北川「安心しろ。どうせお前は料理できないんだから。」
 
   

 

 

佐祐理「つきましたねーっ。」
 

祐一「なあ、一つ疑問を口にしていいか?」
 

北川「何だ。」
 
 

祐一「俺は、料理できないから、荷物持ちやらされたんだよな?」
 

北川「そうだぞ。ちなみに、俺は出来るからな。」
 
 

祐一「ああ、お前はいいんだ。だけど、こいつはどうなんだ?」
 
 

 

そう言って、変態を指さす。

 

新濃「それではまるで、私が料理の出来ない男みたいじゃないか。」
 

祐一「できるのか?!」
 
 

新濃「当然だ。私の料理の腕、とくと見るが良い。」
 

祐一「見るのはかまわんが、食う気にはならんな・・・・。」
 
 

新濃「そうか?まあいい。私の料理は、お嬢さん方に・・・・」
 

佐祐理「あ、ごめんなさい。佐祐理達は自分で作りますからーっ。」
 
 

新濃「ん?そうか。じゃあ、北川君・・・」
 

北川「なにが悲しくて男の手料理を」
 
 

新濃「そうだよな。じゃあ、やっぱり相沢君が食べるしかないねえ。」
 

祐一「待て、俺だって男の手料理なんか嫌だ!」
 
 

新濃「何を今更。君と私の仲で、そんな遠慮することもあるまい。」
 

北川     !」
 

祐一「な、何を言い出すんだこの変態!」
 

「・・・不潔。」
 

香里「最低ね。」
 

名雪「変態、だよ。」
 

佐祐理「もう佐祐理と口をきかないでください。」
 
 

祐一「ま、まて!こいつの言ってることは、全部ウソ、虚言、妄言、事実無根だぁ!」
 

香里「そんなにムキにならなくても。大丈夫よ、みんなからかってるだけなんだから。」
 
 

 

笑いながら立ち去る一団。
・・・みんな、オニだ。

 

祐一「・・北川。」
 
 

俺は、北川の肩をがっしと掴む。

 

祐一「・・・何だって、あんな変態まで誘ったんだ。」
 

北川「いや、誘ってない。」
 
 

祐一「え?」
 

北川「なんか知らんが、勝手についてきたんだよ。相沢の友達って言うから、まあいいかと思ったんだが。」
 
 

 

・・・・迂闊だった。遅刻さえしなければ・・・・・  

部外者が一人ついてきたことは、さらなる問題を引き起こした。
俺が運んできたテントは、6人分。二人用が三つだ。

 

祐一「こっちが、舞と佐祐理さん。こっちには名雪と香里が入るとして・・・・残り一つは、誰が入るんだ?」
 

新濃「もちろん、残りの三人だろう。」
 

北川「・・・二人用だってば。」
 
 

新濃「二人用だから三人無理ということもないだろう。狭いテントの中、三人で熱い友情を語ろうじゃないか。」
 
 

 

北川が心底嫌そうな顔をしている。
同行を許したお前にも責任あるんだからな、北川。

 

新濃「ん?どうした二人とも。何か不服かね?」
 
 

当たり前だ。

 

祐一「このテントには、俺と北川が入る。お前は野宿しろ。」
 

新濃「・・・そうか。君たちは、二人きりになりたい関係だったんだね。」
 

北川「・・・・・・・!」
 
 

「・・・不潔。」
 

祐一「ま、まて!」
 
 

非難の大合唱が始まる前に、俺は制止の声を挙げた。

新濃「やれやれ、そんなこととも知らず、とんだ邪魔をしてしまったよ。いや悪かった。邪魔者は、一人で寝ることにするよ。」
 
 

そういって新濃は、自分でもってきたテントを組み立てだした。

祐一「持ってるんだったら、最初から使えぇ!」
 
 

 

夜。

目が覚める。

・・・・何時だろう。時計を持ち歩かないので、時刻がわからない。
北川を起こそうか。いや、怒られそうだな。
ま、こんな山の中で、時間を気にする方がどうかしてるか・・・・
そんないいわけを思いながら、気晴らしにテントを出た。

 

祐一「星が綺麗だな・・・・・。」
 
 

 

街で見る星空(それでも都会のそれとは雲泥の差がある)とは、明らかに違っていた。
星座を知らない者でも、思わず線画を描きたくなる。そんな星空が広がっていた。

ふと、後ろに人の気配がした。
振り返ると、香里がテントの中から出てきていた。

 

祐一「香里・・・・。」
 

香里「相沢君。どうしたのこんな時間に。」
 
 

祐一「香里こそ。どうしたんだ、夜這いでもするのか?」
 

香里「失礼ね。あたしが誰に夜這いかけるっていうのよ。」
 
 

祐一「新濃。」
 
 

香里「相沢君。今あたしが相沢君殺して埋めても、誰にもわからないと思わない?」
 

祐一「・・・・お星様が見てるさ。」
 
 

 

我ながらナイスな返答・・・なわけないか。

 

香里「で?相沢君は、何してるの。お星様見てるの?」
 

祐一「いやまあ、そうなんだけど。別に星が見たかったわけじゃない。」
 
 

香里「そう。」
 

祐一「ちょっと目が覚めただけなんだ。なんか知らんが、夜中に目が覚める癖があるんだよ・・・。」
 
 

香里「子供みたい。」
 

祐一「・・そうか?」
 
 

香里「ま、あたしも目が覚めて出てきたんだから、人のことは言えないわね・・・・。」
 
 

 

そういって、顔を上に上げた。目線の先には、さっき俺が見ていた星空がある。

 

祐一「・・・・・・・。」
 

香里「・・・・・・・。」
 
 

 

それっきり、二人とも黙ったままだ。

 

祐一「・・・・・・・。」
 

香里「・・・・・・・。」
 
 

 

ふと、思う。二人で並んで、無言で星空を見ているこの光景。
第三者が見たら、なんと思うだろう。

そう考えたら、星を見ていることが急に恥ずかしくなってきた。

 

祐一「・・・香里、どっか散歩に行かないか?」
 

香里「いいわよ。」
 
 

当てもなく、二人並んで歩いていた。
別に目的があるわけでもないから、かまわない。

 

祐一「お、ムササビだ。」
 

香里「よく見えるわね。」
 
 

祐一「いや、勘だ。」
 
 

 

交わす会話も、たわいない。

 

香里「ねえ、このキノコって、毒かな?」
 

祐一「縦に裂ければ食べられるらしいぞ。」
 
 

香里「あら、でもイッポンシメジは縦に裂けるらしいわよ。」
 
 

 

そう言って香里は、キノコの元にしゃがみ込んだ。

その上が丁度枝葉の隙間にあたるらしく、香里の元には星と月の光が射し込んでいた。
その光が、香里の髪に反射して・・・・・

 

香里「・・・・・・?」
 
 

祐一「あ、い、いや、食べてみれば、毒かどうかわかると思うぞ。」
 

香里「・・・確かにその通りだけどね・・・・。」
 
 

 

そう言って香里は、キノコをもぎ取った。

 

香里「相沢君、食べてみる?」
 

祐一「・・・遠慮しときます・・・・」
 
 

香里「そう?残念。」
 
 

 

そう言って笑う香里には、もう月の光は当たっていなかった。

・・・俺は、何を考えていたんだろう。

 

香里「星空の下でデート。」
 

祐一「え?!」
 
 

香里「今戻って誰かが起きてたら、きっとそう言われるわね。」
 

祐一「あ、ああ・・・そうだな。佐祐理さんなんか、そう言うの好きそうだし。」
 
 

香里「なんて言い訳するの?」
 

祐一「え、そ、そうだな・・・。う〜ん・・・・香里は?」
 
 

香里「あたし?あたしは・・・・」
 
 

 

そう言いかけた香里が、一瞬硬直する。
その目線の先に、光る二つの目があった。

 

祐一「・・・狐だよ。子ギツネだな。」
 

香里「・・・わかってるわ。」
 
 

 

子ギツネも、俺達を見て驚いていたのだろう。
暫く俺達を凝視した後、さっと身を翻して、闇の中に消えてしまった。

香里が少し、残念そうな顔をしている。

 

祐一「香里、キツネ好きか?」
 

香里「え?う、ううん、そんなことないわ・・・・」
 
 

じゃあ、何故あんな残念そうな顔を・・・

香里「・・・戻ろうか。」
 

祐一「ああ。」
 
 

 

そのときふと、俺の思考に記憶が甦る。
子ギツネ。伝承。俺が部活に入った理由。

 

祐一「・・・香里。」
 

香里「な・・・・なに?」
 
 

 

そのときの俺は、よほど真剣な顔をしていたのだろう。
香里が唾を飲み込むのがわかった。

 

祐一「・・・・部活。」
 

香里「・・・え?!」
 
 

祐一「郷土研究部でやること。一つ、提案があるんだが・・・・。」
 

香里「え?あ、ああ、そ、そうなの。」
 
 

 

そのあと俺は、この部活に入る気になった理由を、過去のことも含めながら香里に話した。
そして、とりあえず学園祭での研究テーマ発表を目標にしないかと提案した。

 

香里「わかった。考えておくわ。」
 
 

 

そのころには、香里はもう平静を取り戻したようだった。
動揺していたのは、俺が意気込みすぎたからだろうか。
 
 

テント設営地に戻ると、起きている奴が一人いた。

 

新濃「やあお二人さん。星空の下でデートだったのかな?」
 
 

・・・こいつにだけは、言われたくなかった。そんな気がした。
 

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