Campus Kanon

10:学生の憂鬱

7月。夏休みだ。遊ぶぞ!

北川「まだだ。」

香里「休みどころか、試験前でしょ。」

そうだったのか。ここに屯ってる連中は、遊びに来ているわけじゃなかったのか。

祐一「う〜む、すっかり忘れていた。いや、どうもここ最近海馬の調子が悪くてな。」

香里「相沢君の海馬は、昔から死んでるでしょ。」

相変わらず厳しいことをいう。

佐祐理「ふえぇ、祐一さん海馬死んでるんですか?お薬あげようか?」

どんな薬だ。

香里「海馬は薬じゃ治らないわよ。」

「海馬。大脳の構成要素の一つ。記憶の制御と管理を司る。胎児期にその大半が構成され、一度死んだ部分は二度と元に戻らない。」

北川「なるほど、一つ勉強になったぞ。これで試験はバッチリだ。」

香里「北川君は『ヒトの科学』取ってないでしょ。」

北川「いや、来期取ろうと思って。」

祐一「気の長い奴だな。」

北川「お前と違って人間が出来ているからな。」

祐一「なんだと、それじゃまるで、俺が出来損ないの人間みたいじゃないか。」

香里「出来損ないかどうかはともかく、記憶力のなさは天下一品よね。」

祐一「その分理解力で補っているから、いいんだ。」

「・・・じゃあ、これやって。」


香里「非斉次三次微分方程式ね。」

祐一「んなもんできるかあぁ!」

「・・・祐一、うそつき。」

いや、嘘はついてないと思うが・・・・。

祐一「だいたい、そんな高度な内容試験に出るわけないだろ。」

「・・・出るかもしれない。」

祐一「たとえ出たとしても、おまけみたいなもんだよ。これが出来なかったから不可って事はあり得ない!」

佐祐理「でも、『これが出来たら無条件で優』って事はあるかもしれませんよ?」

北川「なるほど!」

祐一「安心しろ北川、これは俺達の専門科目の話だ。」

北川「いや、来年越境で取ろうと思って。」

祐一「またそれかよ。」

香里「北川君、来期来年のこともいいけど、今期の試験は大丈夫なの?」

北川「大丈夫、俺は普段からまじめに授業受けてるからな。」

祐一「そうなのか?てっきりテープレコーダーなんか持ち込んでるもんだと思ってたが。」

「・・・それは祐一。」

北川「水瀬が『ノート見せて』って泣きついてくるからさァ、ま、俺としてはまじめに受けざるを得ないわけよォ。」

香里「なぁに?その妙に得意ぶった語尾のばしな口調は。」

北川「いや、話を誇張してるんだって事が解るようにしたつもりなんだが。」

祐一「なるほど、北川がまじめに授業受けてるってのは、誇張だったんだな。」

北川「いやそうじゃなくて、『水瀬が泣きついて』ってとこが誇張なんだけど・・・。」

祐一「そうだったのか。俺はてっきり、その部分は真実だと思ってた。」

香里「名雪が聞いたら怒るわよ?」

佐祐理「大丈夫ですよ、さっきからずっと寝てます。」

名雪「(くー)」

香里「どうりで静かだと思ったわ・・・・。」

北川「くそ、突っ込んでくれないはずだぜ。」

祐一「俺は気づいていたが、あまりにいつものことだから当たり前に受け流していた。」

佐祐理「どうします?おこしますか?」

祐一「ま、起こせるものならな。」

佐祐理さんの目が、一瞬キラーンと光った。ような気がした。

佐祐理「やります。」

北川「佐祐理さんって、見かけによらずチャレンジャーだよな。」


15分後。

佐祐理「起きません・・・・・・。」

祐一「ま、アレで起きるんだったら、苦労はしないけどな。」

北川「でも俺はあんな起こされ方されてみたい・・・・」

佐祐理「どうします?このままじゃ名雪さん、落第ですよ。」

祐一「いや、今寝たぐらいで落第する名雪じゃないと思うが・・・・。」

香里「じゃあ、ほっとく?どうせ学科が違うんだから、専門は一緒にやっても意味無いしね。」

北川「ちょっと待て、俺は水瀬と一緒なんですけど・・・・・。」

祐一「わかった、じゃあ北川のために起こすとしよう。・・・・いけ、舞。」

「・・・どこへ。」

祐一「いや、名雪を起こしに行くんだ。」

「・・・時間の無駄。」

祐一「さすが舞、迅速かつ的確な判断だ。」

香里「どうするの?」

祐一「仕方がない・・・・。北川、今日だけは許す。」

北川「・・・なにを?」

祐一「いやだから、許す、って言ってるんだよ。」

北川「だから、何を許すんだよ。」

祐一「そんなことも解らないのか。それくらい自分で考えろよ。」

北川「わかるわけないだろ!」

祐一「そういうことで、後は任せたぞ。さあ、俺達はあっちで専門の勉強しよう。」




佐祐理「北川さん、なんだかかわいそうです。」

祐一「ん?」

顔を見やると、名雪の傍らで座りながら、途方に暮れる北川の姿があった。

祐一「うーん、まだ何もしてないか。」

香里「何をするって言うのよ。」

祐一「いや、俺は絶対、えっちなことをすると踏んでいたんだが・・・・。」

「・・・・・・・。」

香里「相沢君、いつも名雪にそんな事してるの?」

祐一 「いや、してない。してないけど。してないぞ。ほんとにしてないんだからな。」

三人の目は、明らかに俺のことを軽蔑している。居たたまれなくなった俺は、北川の元に避難した。

祐一「悪かった北川、もういいぞ。」

北川「なあ、結局俺は、何を許可されたんだ?」

祐一「いや、もう気にするな・・・・。さあ、あっちでみんなと勉強しよう。」

 ここで俺は、一つの間違いを犯した。すぐに戻るべきではなかったのだ。
 輪の中に戻った俺達を待っていたのは、三人の女神様による総括と糾弾であり、俺は徹底的な総括と自己批判を強いられることになってしまった。もちろん、試験勉強などできやしなかった。

試験、大丈夫だろうか・・・・。


前期期末試験期間開始前日。

祐一「明日は、・・・情報科学概論か。手つかずだ。」

香里「あたしもやってないわ。勉強するほどのことじゃないもの。」

祐一「悪かったな、どうせ俺は海馬死んでるよ。」

香里「別に非難してるわけじゃないのよ。」

祐一「・・・哀れんでんだろ?」

香里「さあ?」

祐一「仕方ない、縮小コピーでも始めるか。」

香里「なんの意味があるの?」

祐一「ふ、そんなことは訊くまでもあるまい。『コピ達祐ちゃん』と呼ばれた俺の腕、これから見せてやるぜ!」

香里「ふーん・・・・・。ま、いいけどね。」

佐祐理「そうか、縮小しておけば、持ち込むときにかさばらずにすみますよね。祐一さん、さすがです。」

祐一「ということで、コピー開始!」

がちゃんがちゃん うぃ〜ん、うぃ〜ん

佐祐理「ふぇぇ、こんなちっちゃくしちゃうんですか?」

祐一「これくらい小さくないと、ばれるだろ?」

佐祐理「ばれたらいけないんですか?」

祐一「・・・・あたりまえだろ。」

佐祐理「納得行きません。」

祐一「いや、カンニングペーパーってのは、ばれたらやばいものだろ・・?」

佐祐理「じゃあ、持ち込んじゃいけないんですか?」

祐一「そりゃそうだろ。・・・あ、もしかして遠回しに俺のこと非難してる?」

佐祐理「そんなことないです。ただ納得行かないだけです。」

祐一「なにが納得行かないんだ?」

佐祐理「だって、教科書も電卓も持ち込んでもいいのに、カンニングペーパーは持ち込んじゃいけないなんて・・・・。」

祐一「・・・・・・・・・なに?」

佐祐理「どうしてなんですか、香里さん?」

香里「あたしに訊かれてもねえ。相沢君が勝手にそう思いこんでるだけだし。」

祐一「あの〜、・・・・教科書も電卓も持ち込んでいいって・・・・。」

香里「最後の授業で言ってたでしょ。爆発物以外何持ち込んでもいいって。」

祐一「・・・・えいえんはあるよ、ここにあるよ・・・・」

佐祐理「どうしちゃったんですか?」

香里「現実の世界から離れたくなったんでしょ。」

祐一「・・・・納得いかん、コピー代返せ、俺の530円っ!」

香里「日本経済の消費拡大に貢献したのよ。決して無意味じゃないわ。」

祐一「530円ばっかで景気回復するなら、とっくに管首相が誕生してるわぁ!!」

「・・・・・・・(なでなで)」

祐一「なでなですんなぁ、余計惨めになるぅ!」

 


前期期末試験期間、中入り。

北川「中入りったって、たまたま間に土日が入っただけだけどな。」

祐一「しかし、この土日は実際貴重だぞ。さあ、どうする?」

名雪「寝る。」

祐一「一人で寝てろ。」

名雪「うー、ひどいよー、ひどいよー」

祐一「だいたい、本来なら俺が言いそうな無責任台詞を名雪が言うなんて、間違っている。」

名雪「そんなことないもん。わたし、どこでも寝られるもん。」

香里「相変わらず論理が破綻してるわ。」

名雪「でも眠いんだよ〜。眠いと頭の働きが鈍るから、勉強する意味ってあんまりないんだよ〜」

香里「試験前によく聞く逃避理論ね。」

佐祐理「あははっ、ちょっとだけならいいんじゃないですかぁ?」

祐一「いや、名雪の場合ちょっとで済まないから問題なんだ。」

名雪「う〜、祐一ぃ、寝ようよ〜、一緒に寝ようよぉ〜」

祐一「ば、バカ、なんちゅーアブナイ発言を!」

北川「やっぱりそういう関係だったのか・・・。相沢、俺はお前を軽蔑する。」

祐一「軽蔑するのはかまわんが、たぶんお前は誤解してるぞ。」

名雪「ねむいよ〜、ねむいよ〜、Windowsはメモリ32MBで動くけどほんとはもっと要るんだよ〜」

香里「たぶん、睡眠時間が足りないと言いたいのね。」

名雪「ね、かおり。はるをみたいとおもわない?」

祐一「見るのはかまわないが、売っちゃ駄目だぞ。」

香里「バカなこと言わないで。ただでさえやばい状況なのに。」

舞が名雪に指を向ける

「・・・3・・・2・・・1・・・」

ぱちん

名雪「くー」

佐祐理「わ、すごい。舞、催眠術も出来るんだ。」

祐一「いや、これは誰がやっても寝たと思うが。」

香里「でもどうするの?名雪きっと明日の朝まで起きないわよ。」

祐一「う〜ん・・・よし北川、お前つきあってやれ。」

北川 「え、つきあうって・・・。いや、オレそんな・・いきなり・・。」

香里「なに言ってるの。一緒に寝てあげたら、って言ってるのよ。」

北川「なんだ、そういうことか。・・・・・・・って、ええぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!」

祐一「安心しろ、何も名雪の隣で寝ろといってるわけじゃない。そこのタンス貸してやるから、その中入れ。」

北川「なんだ。・・・・・・・なんでタンスの中で。だいたい俺眠くないし・・・・・」

香里「あのね北川君。名雪は、寝てしまったのよ。寝てしまったら、試験勉強は出来ないのよ。そのことについて、同級生のあなたはどう思うのかしら?」

北川「どう思うって・・・寝ちゃったんだからしょうがないじゃん・・・・。」

祐一「しょうがない。なんて冷たい言葉だ。あ、お前まさか、名雪が寝てる間に一人勉強して、自分だけ栄光を掴もうなんて考えてるんじゃないだろうな。」

北川「なんだよ、そのわけわかんない脅迫は」

祐一「脅迫じゃない。同志として、良き友人として、お前に人として正しい道を歩ませようとしているだけだ。」

北川「オレが間違ってるのか?!」

祐一「さあ、入った入った。羊毛のセーター入ってるから、眠れなかったらその毛玉の数でも数えてろ。」

北川「そんなむなしいことできるかぁ」

ばたん

がちゃん

祐一「実は鍵付きだったりするんだな、このタンス。」

香里「相沢君って、意地悪ね。」

祐一「香里にはかなわないさ。」

香里「あら。あたしのは純粋に友情よ。」

くくくくく。 二人で笑い合う。

「・・・似たもの夫婦?」

香里「冗談じゃないわ。あたしの海馬はまだ大丈夫よ。」

祐一「そこで『似たもの』の方を否定するか・・・。普通『夫婦』の方を否定するのに・・・。」

佐祐理「あの、ちょっといいですか?」

祐一「なんだ?」

佐祐理「土日って貴重な時間だ、って、さっき話してましたよね・・・?」

祐一「・・・そうだった・・・・。」

ついバカなことで時間を過ごしてしまったじゃないか。


前期期末試験、千秋楽。

祐一「なあ、あの先生って、追試型かな、レポート型かな?」

香里「既にあきらめてるわけね。まあでも、温厚そうに見える人ほど、問答無用切り捨て型だったりするのよ。」

佐祐理「だ、だいじょうぶですよ。大学って、四年間で単位取ればいいんですから」

新濃「ふっふっふ、甘いね。」

祐一「・・・誰だあんた。」

新濃 「なんだ、もう私のことを忘れてしまったのか?それともいつもの嫌がらせかな?」

祐一「いや・・・マジでわからん。」

新濃「・・・・・・。」

香里「前部長。」

祐一「帰れ。」

新濃 「思い出したとたんにそれかい?それはちょっと酷いな。」

祐一「これから試験なんだ。あんたに余計な妨害されたくない。」

新濃「そうか・・・・。じゃあ仕方ない、帰るとするよ。」

祐一「ん?なんだ、今日はやけに素直だな。」

新濃「おっとその前に、お嬢さん方に『この試験で毎年必ず出る問題』を教えておかないとな。」

佐祐理「そんなのがあるんですか?是非教えていただきたいですね。」

祐一「待て、佐祐理さん、この変態と知り合いか?!」

佐祐理「はい。この間香里さんと歩いていたら、『美しいお嬢さん、私と一緒に世界平和について語りませんか?』って。」

祐一「帰れ、今すぐ帰れっ!」

佐祐理「でも、せっかくいい情報を教えてくれるって言うんですし・・・」

新濃「そうだぞ。君はどうやら知りたくないらしいがな。」

祐一「・・・・・・。」

香里「変な意地張ってないで、教えてもらったら?ただでさえ海馬駄目なんだから。」

祐一「またそれかよ・・・。解ったよ、教えてもらえばいいんだろ。」

新濃「よく言った、我が愛しき後輩よ。いっそ、狭い第2部室で、二人きりになって教えた方が良いかな?」

祐一「・・・・・・。」

我慢だ。試験が終わるまでの辛抱だ・・・・。

祐一「おわった・・・・・。」

佐祐理「あの問題、ほんとに出ましたね。」

祐一「信じてなかったのか?」

佐祐理「実を言うと、半信半疑でした。」

祐一「まああんな変態だけど、情報力だけは凄まじいからな。」

佐祐理「だったら、最初からあの人頼ってれば、もっと楽に対策たてられたんじゃないですか?」

祐一「それは俺のプライドが許さない」

香里「つまんないプライドにこだわると、そのうち沈没するわよ。」

祐一「うるさいわい。」

ん?待てよ。

祐一「香里、お前今回、やけに余裕だったよな。優等生だからと当たり前に受け取っていたが・・・」

香里「なあに?」

祐一「・・・まさか・・・・ヤツに極秘情報とか・・・・」

香里「秘密。」

祐一「秘密って、なんか『その通り』にも聞こえるんだけど。」

香里「秘密」

祐一「ちょっと待て、気になるじゃないか、あの変態と何があったんだ。」

香里「気になる?」

祐一「気になるから訊いてるんだ。」

香里「そう、だったらますます。ひ・み・つ・☆」

つんっ

祐一「え?」

いきなり額を突かれて、面食らってしまう。

香里「じゃあね、先に帰るから。」

そう言って、手を振って行ってしまった。

祐一「なんだって言うんだ・・・。」

佐祐理「祐一さん、なんとなく顔赤いですよ?」

祐一「え?」

なんでだ。

「・・・・・・・。」

ぶしっ

祐一「・・・い、いたい・・・。」

気がつくと、舞に鉛筆で額を突かれていた。 もちろん、先ではなく尻の方だが。

祐一「・・・なにすんだよ!」

 涙が出るほど痛い。

「・・・ちょっと、まねしただけ。」

祐一「こんな事真似すんなあ!」

佐祐理「あははーっ!」

祐一「あははじゃない、マジで痛いって・・・・。」

なんだかもうみんな、行動が意味不明だ。 試験が終わって気が緩んだ所為だろうか。




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