7月。夏休みだ。遊ぶぞ!
北川「まだだ。」
香里「休みどころか、試験前でしょ。」
そうだったのか。ここに屯ってる連中は、遊びに来ているわけじゃなかったのか。
祐一「う〜む、すっかり忘れていた。いや、どうもここ最近海馬の調子が悪くてな。」
香里「相沢君の海馬は、昔から死んでるでしょ。」
相変わらず厳しいことをいう。
佐祐理「ふえぇ、祐一さん海馬死んでるんですか?お薬あげようか?」
どんな薬だ。
香里「海馬は薬じゃ治らないわよ。」
舞「海馬。大脳の構成要素の一つ。記憶の制御と管理を司る。胎児期にその大半が構成され、一度死んだ部分は二度と元に戻らない。」
北川「なるほど、一つ勉強になったぞ。これで試験はバッチリだ。」
香里「北川君は『ヒトの科学』取ってないでしょ。」
北川「いや、来期取ろうと思って。」
祐一「気の長い奴だな。」
北川「お前と違って人間が出来ているからな。」
祐一「なんだと、それじゃまるで、俺が出来損ないの人間みたいじゃないか。」
香里「出来損ないかどうかはともかく、記憶力のなさは天下一品よね。」
祐一「その分理解力で補っているから、いいんだ。」
舞「・・・じゃあ、これやって。」
香里「非斉次三次微分方程式ね。」
祐一「んなもんできるかあぁ!」
舞「・・・祐一、うそつき。」
いや、嘘はついてないと思うが・・・・。
祐一「だいたい、そんな高度な内容試験に出るわけないだろ。」
舞「・・・出るかもしれない。」
祐一「たとえ出たとしても、おまけみたいなもんだよ。これが出来なかったから不可って事はあり得ない!」
佐祐理「でも、『これが出来たら無条件で優』って事はあるかもしれませんよ?」
北川「なるほど!」
祐一「安心しろ北川、これは俺達の専門科目の話だ。」
北川「いや、来年越境で取ろうと思って。」
祐一「またそれかよ。」
香里「北川君、来期来年のこともいいけど、今期の試験は大丈夫なの?」
北川「大丈夫、俺は普段からまじめに授業受けてるからな。」
祐一「そうなのか?てっきりテープレコーダーなんか持ち込んでるもんだと思ってたが。」
舞「・・・それは祐一。」
北川「水瀬が『ノート見せて』って泣きついてくるからさァ、ま、俺としてはまじめに受けざるを得ないわけよォ。」
香里「なぁに?その妙に得意ぶった語尾のばしな口調は。」
北川「いや、話を誇張してるんだって事が解るようにしたつもりなんだが。」
祐一「なるほど、北川がまじめに授業受けてるってのは、誇張だったんだな。」
北川「いやそうじゃなくて、『水瀬が泣きついて』ってとこが誇張なんだけど・・・。」
祐一「そうだったのか。俺はてっきり、その部分は真実だと思ってた。」
香里「名雪が聞いたら怒るわよ?」
佐祐理「大丈夫ですよ、さっきからずっと寝てます。」
名雪「(くー)」
香里「どうりで静かだと思ったわ・・・・。」
北川「くそ、突っ込んでくれないはずだぜ。」
祐一「俺は気づいていたが、あまりにいつものことだから当たり前に受け流していた。」
佐祐理「どうします?おこしますか?」
祐一「ま、起こせるものならな。」
佐祐理さんの目が、一瞬キラーンと光った。ような気がした。
佐祐理「やります。」
北川「佐祐理さんって、見かけによらずチャレンジャーだよな。」
15分後。
佐祐理「起きません・・・・・・。」
祐一「ま、アレで起きるんだったら、苦労はしないけどな。」
北川「でも俺はあんな起こされ方されてみたい・・・・」
佐祐理「どうします?このままじゃ名雪さん、落第ですよ。」
祐一「いや、今寝たぐらいで落第する名雪じゃないと思うが・・・・。」
香里「じゃあ、ほっとく?どうせ学科が違うんだから、専門は一緒にやっても意味無いしね。」
北川「ちょっと待て、俺は水瀬と一緒なんですけど・・・・・。」
祐一「わかった、じゃあ北川のために起こすとしよう。・・・・いけ、舞。」
舞「・・・どこへ。」
祐一「いや、名雪を起こしに行くんだ。」
舞「・・・時間の無駄。」
祐一「さすが舞、迅速かつ的確な判断だ。」
香里「どうするの?」
祐一「仕方がない・・・・。北川、今日だけは許す。」
北川「・・・なにを?」
祐一「いやだから、許す、って言ってるんだよ。」
北川「だから、何を許すんだよ。」
祐一「そんなことも解らないのか。それくらい自分で考えろよ。」
北川「わかるわけないだろ!」
祐一「そういうことで、後は任せたぞ。さあ、俺達はあっちで専門の勉強しよう。」
佐祐理「北川さん、なんだかかわいそうです。」
祐一「ん?」
顔を見やると、名雪の傍らで座りながら、途方に暮れる北川の姿があった。
祐一「うーん、まだ何もしてないか。」
香里「何をするって言うのよ。」
祐一「いや、俺は絶対、えっちなことをすると踏んでいたんだが・・・・。」
舞「・・・・・・・。」
香里「相沢君、いつも名雪にそんな事してるの?」
祐一
「いや、してない。してないけど。してないぞ。ほんとにしてないんだからな。」
三人の目は、明らかに俺のことを軽蔑している。居たたまれなくなった俺は、北川の元に避難した。
祐一「悪かった北川、もういいぞ。」
北川「なあ、結局俺は、何を許可されたんだ?」
祐一「いや、もう気にするな・・・・。さあ、あっちでみんなと勉強しよう。」
ここで俺は、一つの間違いを犯した。すぐに戻るべきではなかったのだ。
輪の中に戻った俺達を待っていたのは、三人の女神様による総括と糾弾であり、俺は徹底的な総括と自己批判を強いられることになってしまった。もちろん、試験勉強などできやしなかった。
試験、大丈夫だろうか・・・・。
祐一「明日は、・・・情報科学概論か。手つかずだ。」
香里「あたしもやってないわ。勉強するほどのことじゃないもの。」
祐一「悪かったな、どうせ俺は海馬死んでるよ。」
香里「別に非難してるわけじゃないのよ。」
祐一「・・・哀れんでんだろ?」
香里「さあ?」
祐一「仕方ない、縮小コピーでも始めるか。」
香里「なんの意味があるの?」
祐一「ふ、そんなことは訊くまでもあるまい。『コピ達祐ちゃん』と呼ばれた俺の腕、これから見せてやるぜ!」
香里「ふーん・・・・・。ま、いいけどね。」
佐祐理「そうか、縮小しておけば、持ち込むときにかさばらずにすみますよね。祐一さん、さすがです。」
祐一「ということで、コピー開始!」
がちゃんがちゃん うぃ〜ん、うぃ〜ん
佐祐理「ふぇぇ、こんなちっちゃくしちゃうんですか?」
祐一「これくらい小さくないと、ばれるだろ?」
佐祐理「ばれたらいけないんですか?」
祐一「・・・・あたりまえだろ。」
佐祐理「納得行きません。」
祐一「いや、カンニングペーパーってのは、ばれたらやばいものだろ・・?」
佐祐理「じゃあ、持ち込んじゃいけないんですか?」
祐一「そりゃそうだろ。・・・あ、もしかして遠回しに俺のこと非難してる?」
佐祐理「そんなことないです。ただ納得行かないだけです。」
祐一「なにが納得行かないんだ?」
佐祐理「だって、教科書も電卓も持ち込んでもいいのに、カンニングペーパーは持ち込んじゃいけないなんて・・・・。」
祐一「・・・・・・・・・なに?」
佐祐理「どうしてなんですか、香里さん?」
香里「あたしに訊かれてもねえ。相沢君が勝手にそう思いこんでるだけだし。」
祐一「あの〜、・・・・教科書も電卓も持ち込んでいいって・・・・。」
香里「最後の授業で言ってたでしょ。爆発物以外何持ち込んでもいいって。」
祐一「・・・・えいえんはあるよ、ここにあるよ・・・・」
佐祐理「どうしちゃったんですか?」
香里「現実の世界から離れたくなったんでしょ。」
祐一「・・・・納得いかん、コピー代返せ、俺の530円っ!」
香里「日本経済の消費拡大に貢献したのよ。決して無意味じゃないわ。」
祐一「530円ばっかで景気回復するなら、とっくに管首相が誕生してるわぁ!!」
舞「・・・・・・・(なでなで)」
祐一「なでなですんなぁ、余計惨めになるぅ!」
北川「中入りったって、たまたま間に土日が入っただけだけどな。」
祐一「しかし、この土日は実際貴重だぞ。さあ、どうする?」
名雪「寝る。」
祐一「一人で寝てろ。」
名雪「うー、ひどいよー、ひどいよー」
祐一「だいたい、本来なら俺が言いそうな無責任台詞を名雪が言うなんて、間違っている。」
名雪「そんなことないもん。わたし、どこでも寝られるもん。」
香里「相変わらず論理が破綻してるわ。」
名雪「でも眠いんだよ〜。眠いと頭の働きが鈍るから、勉強する意味ってあんまりないんだよ〜」
香里「試験前によく聞く逃避理論ね。」
佐祐理「あははっ、ちょっとだけならいいんじゃないですかぁ?」
祐一「いや、名雪の場合ちょっとで済まないから問題なんだ。」
名雪「う〜、祐一ぃ、寝ようよ〜、一緒に寝ようよぉ〜」
祐一「ば、バカ、なんちゅーアブナイ発言を!」
北川「やっぱりそういう関係だったのか・・・。相沢、俺はお前を軽蔑する。」
祐一「軽蔑するのはかまわんが、たぶんお前は誤解してるぞ。」
名雪「ねむいよ〜、ねむいよ〜、Windowsはメモリ32MBで動くけどほんとはもっと要るんだよ〜」
香里「たぶん、睡眠時間が足りないと言いたいのね。」
名雪「ね、かおり。はるをみたいとおもわない?」
祐一「見るのはかまわないが、売っちゃ駄目だぞ。」
香里「バカなこと言わないで。ただでさえやばい状況なのに。」
舞が名雪に指を向ける
舞「・・・3・・・2・・・1・・・」
ぱちん
名雪「くー」
佐祐理「わ、すごい。舞、催眠術も出来るんだ。」
祐一「いや、これは誰がやっても寝たと思うが。」
香里「でもどうするの?名雪きっと明日の朝まで起きないわよ。」
祐一「う〜ん・・・よし北川、お前つきあってやれ。」
北川
「え、つきあうって・・・。いや、オレそんな・・いきなり・・。」
香里「なに言ってるの。一緒に寝てあげたら、って言ってるのよ。」
北川「なんだ、そういうことか。・・・・・・・って、ええぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!」
祐一「安心しろ、何も名雪の隣で寝ろといってるわけじゃない。そこのタンス貸してやるから、その中入れ。」
北川「なんだ。・・・・・・・なんでタンスの中で。だいたい俺眠くないし・・・・・」
香里「あのね北川君。名雪は、寝てしまったのよ。寝てしまったら、試験勉強は出来ないのよ。そのことについて、同級生のあなたはどう思うのかしら?」
北川「どう思うって・・・寝ちゃったんだからしょうがないじゃん・・・・。」
祐一「しょうがない。なんて冷たい言葉だ。あ、お前まさか、名雪が寝てる間に一人勉強して、自分だけ栄光を掴もうなんて考えてるんじゃないだろうな。」
北川「なんだよ、そのわけわかんない脅迫は」
祐一「脅迫じゃない。同志として、良き友人として、お前に人として正しい道を歩ませようとしているだけだ。」
北川「オレが間違ってるのか?!」
祐一「さあ、入った入った。羊毛のセーター入ってるから、眠れなかったらその毛玉の数でも数えてろ。」
北川「そんなむなしいことできるかぁ」
ばたん
がちゃん
祐一「実は鍵付きだったりするんだな、このタンス。」
香里「相沢君って、意地悪ね。」
祐一「香里にはかなわないさ。」
香里「あら。あたしのは純粋に友情よ。」
くくくくく。 二人で笑い合う。
舞「・・・似たもの夫婦?」
香里「冗談じゃないわ。あたしの海馬はまだ大丈夫よ。」
祐一「そこで『似たもの』の方を否定するか・・・。普通『夫婦』の方を否定するのに・・・。」
佐祐理「あの、ちょっといいですか?」
祐一「なんだ?」
佐祐理「土日って貴重な時間だ、って、さっき話してましたよね・・・?」
祐一「・・・そうだった・・・・。」
ついバカなことで時間を過ごしてしまったじゃないか。
祐一「なあ、あの先生って、追試型かな、レポート型かな?」
祐一「・・・誰だあんた。」
祐一「・・・・・・。」
我慢だ。試験が終わるまでの辛抱だ・・・・。
祐一「おわった・・・・・。」
ん?待てよ。
祐一「香里、お前今回、やけに余裕だったよな。優等生だからと当たり前に受け取っていたが・・・」
つんっ
祐一「え?」
いきなり額を突かれて、面食らってしまう。
香里「じゃあね、先に帰るから。」
そう言って、手を振って行ってしまった。
祐一「なんだって言うんだ・・・。」
なんでだ。
舞「・・・・・・・。」
ぶしっ
祐一「・・・い、いたい・・・。」
気がつくと、舞に鉛筆で額を突かれていた。
もちろん、先ではなく尻の方だが。
祐一「・・・なにすんだよ!」
涙が出るほど痛い。
舞「・・・ちょっと、まねしただけ。」
なんだかもうみんな、行動が意味不明だ。
試験が終わって気が緩んだ所為だろうか。
香里「既にあきらめてるわけね。まあでも、温厚そうに見える人ほど、問答無用切り捨て型だったりするのよ。」
佐祐理「だ、だいじょうぶですよ。大学って、四年間で単位取ればいいんですから」
新濃「ふっふっふ、甘いね。」
新濃
「なんだ、もう私のことを忘れてしまったのか?それともいつもの嫌がらせかな?」
祐一「いや・・・マジでわからん。」
新濃「・・・・・・。」
香里「前部長。」
祐一「帰れ。」
新濃
「思い出したとたんにそれかい?それはちょっと酷いな。」
祐一「これから試験なんだ。あんたに余計な妨害されたくない。」
新濃「そうか・・・・。じゃあ仕方ない、帰るとするよ。」
祐一「ん?なんだ、今日はやけに素直だな。」
新濃「おっとその前に、お嬢さん方に『この試験で毎年必ず出る問題』を教えておかないとな。」
佐祐理「そんなのがあるんですか?是非教えていただきたいですね。」
祐一「待て、佐祐理さん、この変態と知り合いか?!」
佐祐理「はい。この間香里さんと歩いていたら、『美しいお嬢さん、私と一緒に世界平和について語りませんか?』って。」
祐一「帰れ、今すぐ帰れっ!」
佐祐理「でも、せっかくいい情報を教えてくれるって言うんですし・・・」
新濃「そうだぞ。君はどうやら知りたくないらしいがな。」
香里「変な意地張ってないで、教えてもらったら?ただでさえ海馬駄目なんだから。」
祐一「またそれかよ・・・。解ったよ、教えてもらえばいいんだろ。」
新濃「よく言った、我が愛しき後輩よ。いっそ、狭い第2部室で、二人きりになって教えた方が良いかな?」
祐一「・・・・・・。」
佐祐理「あの問題、ほんとに出ましたね。」
祐一「信じてなかったのか?」
佐祐理「実を言うと、半信半疑でした。」
祐一「まああんな変態だけど、情報力だけは凄まじいからな。」
佐祐理「だったら、最初からあの人頼ってれば、もっと楽に対策たてられたんじゃないですか?」
祐一「それは俺のプライドが許さない」
香里「つまんないプライドにこだわると、そのうち沈没するわよ。」
祐一「うるさいわい。」
香里「なあに?」
祐一「・・・まさか・・・・ヤツに極秘情報とか・・・・」
香里「秘密。」
祐一「秘密って、なんか『その通り』にも聞こえるんだけど。」
香里「秘密」
祐一「ちょっと待て、気になるじゃないか、あの変態と何があったんだ。」
香里「気になる?」
祐一「気になるから訊いてるんだ。」
香里「そう、だったらますます。ひ・み・つ・☆」
佐祐理「祐一さん、なんとなく顔赤いですよ?」
祐一「え?」
祐一「こんな事真似すんなあ!」
佐祐理「あははーっ!」
祐一「あははじゃない、マジで痛いって・・・・。」