Campus Kanon
21





香里「相沢君。」

俺が部室に入ると、そこには既に香里がいた。

祐一「何の用だ?」
香里「用なんか無いわよ。入ってきたから呼んでみただけじゃない。」

祐一「そんなことだと思った。」

そう言いながら、香里と向き合うように腰を下ろす。

香里「相沢君・・・」
祐一「今度は用があると見た。何だ?」

じーっ

香里が、俺の方をじっと見ている。

祐一「な・・・なんだ?虫でもいるか?」

じーっ

祐一「か、顔は洗ったし、髪もたぶん立ってない。鼻毛は・・・手入れしてないが、たぶん大丈夫だろう。」

じーっ

祐一「香里?香里ィ?香里おねぇさま〜」

香里「はあっ・・・・」

祐一「な・・・なんだ今のリアクションは。なんか、失礼な気がするぞ。」
香里「そんなことないわよ。」

祐一「そんなこと無いって・・・あのなあ」
香里「別に相沢君のことバカにしたわけじゃないのよ。」

祐一「・・・じゃあ、何でため息なんか。」

香里「乙女の悩み、若者の悩み。いつの時代も、変わらぬ夢。」
祐一「はあ?」

なんじゃそりゃ

香里「わかんない?」
祐一「あ、謎解きか?」

・・・・。

祐一「う〜ん・・・・便秘。」
香里「・・・そりゃあ、なってたら深刻な悩みよね・・・」

祐一「違うのか?じゃあ、貧血。」
香里「貧血の人間が、こんな余裕かましてるとは思えないわ。」

祐一「生理痛。」
香里「男の子にそういうの言われると、ちょっと恥ずかしいわね。」

祐一「そうか・・。ま、がんばれよ。」
香里「ちょ、ちょっと待って。あたし別に、生理痛ってわけじゃないわよ?!」

祐一「そうなのか。」

楽しい会話。
いつもと変わらぬ会話。

祐一「あ。」

香里「なに?」

祐一「・・・いや。」

つい昨日ぐらいまで何となく気まずい雰囲気だったはずなのに。
いつの間にか、元のさやに収まっている。

祐一「やっぱり、ほんとのこと知るって大切だよな・・・」

香里「ほんとのこと?」

祐一「ああ。香里が南国フルーツカツサンド食べたって事。」

香里「それがどう大切だって言うのかしら。」


佐祐理「名雪さん。」

呼び止められて、名雪は振り向いた。

名雪「あ、倉田さん。」

夕刻の食堂。
遅めのおやつを食べるものから、早めの夕食を採るものまで。
混雑はしていなかったが、決して閑散としているわけでもなかった。

佐祐理「これからお食事ですか?」

名雪「うん。これから走るからね。軽くだけど。」

佐祐理「部活ですか。佐祐理も、これから部活なんですよーっ。」

名雪「あれ、倉田さん、何の部活ですか?」

佐祐理「ラップ部です。」

名雪「ラップ・・・軽音楽ですか?」

佐祐理「そっちのラップじゃないです。サランラップとか、クレラップとかの。」

名雪「え・・・・?」

訝しがる名雪を余所に、佐祐理はさっさと座る場所を見つけていた。

佐祐理「ほらここ。ご一緒しません?」
 
 
 
 

名雪「ラップ部なんて・・・変わった部活ですね。」

佐祐理「そうですね、ちょっと変わってるかもしれません。」

名雪「どうしてそんなところに・・・」

佐祐理「他にもいろいろ迷ったんですよーっ。ハンガー部とか、空き缶部とか。」

名雪「ここって・・・そんなにたくさん変な部活があったんだ・・・」

佐祐理「あははーっ。でも、郷土研究部にはかなわないですよーっ。」

名雪「郷土研究部・・・祐一と香里が入ってるところ・・・・ですね。」

佐祐理「あの二人も変わってますからねーっ。」

名雪「佐祐理さん・・・・」

佐祐理「はい?」

名雪「あの・・・・あとでちょっと、相談のってもらえますか?」

佐祐理「いいですよーっ。何時にどこにします?いっそ、なんか食べにでも行きましょうかーっ。」

名雪「はい。そうしましょう。」

相談に乗って貰う以上、あなただって変わった人だという突っ込みは、敢えてしないことにした名雪であった。


香里「ところで相沢君。」

祐一「は、なんでしょう。」

香里「学園祭の期日は、刻一刻と迫ってるって、知ってるかしら?」

祐一「知ってたけど忘れてました。」

香里「でしょうね。」

にっこりとほほえんで、香里は机の上にどさりと紙の束を置いた。

祐一「・・・いやな手法採りますね。そんな風にやられると、心理的圧迫感が強いじゃあないですか。」

香里「圧迫感が軽いと、あなた逃げそうだから。」

祐一「ごもっとも。」

香里「今日は、時間あるんでしょ?二人でこれやっておかない?」
 


佐祐理「で、相談って何です?」

居酒屋とも喫茶店ともおぼつかないような店で、佐祐理はイチゴジャムトーストをほおばる名雪に問いかけた。

名雪「うん、・・・・あのね、祐一と香里のこと・・・・何ですけど。」

佐祐理「そのことですかぁ。」

名雪「倉田さんは知ってたんですね。」

佐祐理「最近ですけど。あの二人、どうなるんでしょうねえ。」

名雪「・・・・・・。」

佐祐理「でも困っちゃったなあ。佐祐理としては、やっぱり舞にがんばって貰いたいしーっ。」

名雪「・・・川澄さん?」

佐祐理「舞だっていい子ですよーっ。香里さんには負けませんよーっ。」

名雪「そうなんだ・・・。じゃあ、味方がいないのって、わたしだけなんだ・・・」

佐祐理「え?・・・・・・あ。」

名雪「北川君は、香里を全面的に応援してるし・・・」

佐祐理「ふぇ〜。あの二人、手組んでたんですか。」

名雪「うん・・・。それで、北川君は、わたしのこと好きだって・・・」

佐祐理「はぇ〜」

名雪「わたし・・・・どうしたらいいのかわからない・・・・」

佐祐理「う〜〜〜ん・・・でも、わからないというのは、どういうことですか?」

名雪「うん・・・北川君はいい人だし・・・香里は親友だし・・・それで、祐一は・・・」

佐祐理「鈍感。」

名雪「え?」

佐祐理「そうですよね?しかも優柔不断。」

名雪「う、うん・・・そう、ですよね・・・・」

佐祐理「許せませんね。」

名雪「え?」

佐祐理「名雪さん。これからあなたのうち行きましょう。祐一さんのこと、懲らしめてあげます。」

名雪「こ、懲らしめるって・・・」

妙に楽しそうな佐祐理の顔を見て、名雪は一抹の不安を覚えるのだった。


祐一「なあ、香里。」

香里「なあに?」

祐一「これ・・・いつまで続けるんだ?」

香里「いつまでにしたい?」

祐一「え〜と、・・・・そろそろ終わりたいかなあ、何て・・・」

香里「相沢君・・・これって、元々あなたが言いだした事よねえ?」

祐一「はい、そうですが。」

香里「それなのに、あたし一人を置いて、自分だけさっさと帰ろうておっしゃるのかしらぁ?」

祐一「香里は、まだ帰るつもり無いんだ・・・」

香里「これでも部長だしね。」

祐一「・・・わかった。俺も残るよ。」


名雪「・・・祐一、帰ってないみたい。」

佐祐理「けしからんですねーっ。夜遊びするなんてーっ。」

名雪「遊びなのかな・・・」

佐祐理「わかりませんけどね。夜遊びということにしておきましょう。」

名雪「しておくって・・・」

佐祐理「その方が叱りやすいですからーっ。」

名雪「何も叱らなくても・・・」

佐祐理「ほんとは、当事者全部集めた方がいいんですけどね。舞とか、香里さんとか。」

名雪「香里は、呼べば来ると思うよ。」

佐祐理「呼びますかーっ。。待つにしても、二人より三人の方がいいですし。」


祐一「なんか電話鳴ってるぞ。」

香里「あ、相沢君からだ。」

祐一「ふうん・・・て、俺ここにいるじゃん!」

香里「だって、ほら。」

ディスプレイの発信者表示は、俺の名前になっている。

祐一「あ、ほんとだ・・・。て、これもしかして名雪からじゃないのか?」

香里「たぶんそうね。」

そう言って香里は、着信をONにした。

香里「・・・あ、ごめん、あたし今、部活中なのよ・・・。うん、相沢君も一緒よ。・・・なあに、不満そうねえ。・・・」

香里が着信を切ってから、俺は訊いた。

祐一「・・・何で俺の名前で登録してあるんだ?」

香里「だって、相沢君とこの番号でしょ。」

祐一「名雪でいいじゃないか。何で俺。」

香里「・・・・・・。」

香里が、拗ねたような困ったような顔をしている。
こんな香里を見るのは、・・・初めてかもしれない。

祐一「・・・ええい、なんだよなんだよ。わかったよ、もう訊かないよ。」

香里「ほんとにわかったのかしら・・・」

祐一「えーっと・・・ああ、作業かからないとな。遅れるからな。」

半ばごまかすように、作業を再開した。

香里「・・・佐祐理さん、来てるんだって。」

祐一「どこに。」

香里「あなたのおうち。」

祐一「なんでまた。」

香里「相沢君のこと叱ってやるんだって、息巻いてるらしいわよ。」

祐一「え・・・?!俺、なんかしたか?!」

香里「一杯してるわよ。」

香里は、窓の方を向きながら言った。

香里「一杯、一杯・・・・」

祐一「・・・・・・・。」

何となく、言いたいことはわかる。
そう、何となく。
でも

祐一「・・・ごめん、おれ、やっぱりどうしても、その辺のこと、・・・はっきりわからないんだ。」

香里「そう。」

祐一「いや、わかりたくない、のかな・・・・もしかして」

香里「・・・あなたって、やっぱり名雪と似てるわね。」

祐一「失敬な!」

香里「そんな風に言う方が失敬よ。ま、いとこなんだから当然なんだろうけど。」

香里は、少し目を落とした。

香里「・・・うらやましいな。」

祐一「え?」

香里は、答えなかった。
俺も、それっきり何も言わなかった。

理由は・・・
二人とも作業に没頭していたから。
そういうことにした。
 
 
 
 
 
 
 

北川「はろぉ、えぶりばでぇ。ないすとーみーとそーす、ぴーすふるもぉにんぐえばぁぐりぃん?」

祐一「お前、何人だ。」

北川「天下無敵のバギ星人。」

祐一「それはこのSSの作者だ。」

香里「何を言ってるの?」

祐一「で、何しに来たんだ。今になって入部か?」

北川「いや何、ちょっとした援助活動さ。」

そういって北川は、スーパーの袋をどさりと置いた。

祐一「・・・夜食買ってきてくれたのか。何て気が利く奴だ。」

北川「ま、俺は二人の仲を応援してるからな。」

祐一「・・・・・!」

香里「ありがと、北川君。」

祐一「なにぃ!否定しろぉ!」

・・・まて。いやまて。香里にとっては、否定する事じゃない。そういえば、そうなんじゃないか。
 

北川「しかしわるいねえ、差し入れとは言え二人きりのところを邪魔したりして。」

香里「いいのよ。これの支払い、全部北川君が持ってくれるんでしょ?」

北川「はっはっは、参ったなあ。」

・・・二人きり。

祐一「そこに新濃が隠れて寝てるんじゃないのか?!」

香里「いないわよ。ちゃんと確認したもの。」

なんだと。
すると、どういうことだ?そういうことなのか?
俺はもしかして、罠にはまったのか?

北川「よし、じゃあ俺は早々に退散するよ。」

祐一「ま、待て北川。お茶ぐらい飲んでいかないか?」

北川「生憎俺は夜の茶は飲まない主義なんだ。」

香里「北川君。名雪のアパートに、佐祐理さんが来てるわよ。二人だけじゃつまんないって言ってた。」

北川「ほう。それは良いことを聞いた。」

香里「じゃあ、またね。」

北川「おう。」

祐一「い、行っちまうのか!」


コンコン

名雪「誰?痴漢だったら帰って。」

「痴漢じゃないです〜。」

名雪「・・・痴女?!」

「わ、ひどいです〜」

名雪「・・・栞ちゃん?」

「はい♪祐一さん、いますか?」

名雪「まだ帰ってないんだよ。」

「そうなんですか・・・・」

名雪「うん。部活だって。」

「部活ですか・・・・。じゃあ、仕方ないですね・・・」

名雪「そうだね・・。ま、あがって。」

「はい。」
 
 
 
 

佐祐理「・・・・?」

名雪「あ、この子、栞ちゃん。香里の妹なんだよ。」

佐祐理「あ、・・・。初めまして〜、倉田佐祐理です」

「美坂栞です〜」

佐祐理「祐一さんに会いに来たんですか?」

「はい・・・・よくわかりますね。」

佐祐理「佐祐理は、大体の事情もう知ってますから。」

「そうなんですか・・・」

名雪「でもこんな時間に来たりして、良いの?たぶん、もう電車無いよ。」

「はい。ですから今日は、親騙して泊まり込むことにしました。」

佐祐理「ふぇ〜・・・栞さん、大胆ですねえ・・・」

名雪「・・・・・・・。」
 
 
 
 

コン、コン

佐祐理「あ、また誰か来ましたよーっ。」
 

名雪「誰?今度こそ痴漢?」

北川「残念ながら、俺は痴漢にはなりきれないなあ。」

名雪「痴漢だ。帰って。」

北川「お、おい待て。何でそうなる!」

名雪「冗談だよ。」

北川「今の冗談は酷すぎると思うぞ。」

名雪「そうかな・・・?」

佐祐理「あ、北川さん?わーい、北川さんだ。」

北川「あそこまで喜ばれるのもなあ。裏がありそうで怖い。」

「あれ、北川さん。お久しぶりです。」

北川「お、栞ちゃんまで。・・・なるほど、川澄さん以外関係者全員集合ってところか。」

佐祐理「あ、そういえばそうですね。」

名雪「北川君は、栞ちゃん知ってたんだ。」

「ええ、ちょっと。で、関係者ってなんです?」

北川「うん。ま、さしずめ恋の複雑系科学といったところかな?」

「わかんないです・・・・」

佐祐理「四角関係より複雑なんですよーっ。」

「・・・・・・・・・・あ。」

名雪「あ。そういえば・・・香里と祐一、今一緒にいるんだよね・・・」

「そうなんですか?!」

北川「おう。しかも、例の変態部長いなかったから、二人きりだったぞ。」

「・・・・・・・・・。」

佐祐理「何してるんですか、あの二人。」

北川「それは・・・・ちょっとな、俺には言えないなァ・・・」

「・・・・・・・・・。」

すくっ

名雪「?!どうしたの、栞ちゃん」

「北川さん。二人、今どこにいるんですか?」

北川「え?サークル棟・・・の裏の森のプレハブ棟の一室。」

「すぐわかるところですか?」

北川「あ、いや、・・・暗いしなあ・・・ちょっと、わかりづらいかと・・・」

「だったら、案内してください!」

北川「え?!ちょ、ちょっと待って、俺、今日は水瀬に・・・」

ばたん。
 

名雪「・・・・・・・。」
 

佐祐理「ふぇ〜・・・・・。何が起きたんですかぁ?」
 
 
 

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