Campus Kanon
19





翌日。

新濃「やあ相沢君。セリフは考えてきたかね?」
祐一「失せろ。」

新濃「はっはっは。どうやら駄目だったようだね。だから、私と一緒に・・・」

偉そうな口を叩く変態を置いて、俺は早足でその場を去った。
 


事実、なにも思いつかなかった。

自分が告白するというのなら、セリフなどいくらでも考えうる(言えるかどうかは別として)。
だけど、そうじゃない。
向こうが俺のこと好きで、俺がたまたまその事実を知ってしまったわけであり、それを相手に伝えるのだけど、まだ俺はつきあうとかそういうことは決めていない。
そんなややこしい話なのだ。

だから俺は、教室に入ったあとも頭を抱えていた。

佐祐理「はれ?祐一さん、頭痛ですか?」
祐一「痛くもなるさ・・・・」

佐祐理「そんなに悩むこと無いですよ。別に、悪い事しようってんじゃないんですからっ」

当たり前だ。

佐祐理「ほら、香里さん来てますよ。さあ行った行った。」

妙に楽しそうな佐祐理さんに促され(というか連行され)、俺は香里の前に立った。

香里「・・・なに?」

祐一「あ〜、・・香里、ちょっといいか?」
香里「だめ。」

祐一「さらば。」
香里「冗談よ。」

別に、冗談でなくても良かったのに・・・

香里「何?」
祐一「え〜っとだな・・香里、俺は知ってしまった。」

香里「何を?」
祐一「その・・・つまりなんだ、今の俺の立場というか、香里の心境お察し申し上げますと言うか・・・」

香里「はあ?」
佐祐理祐一さん。
祐一「はひ?」

佐祐理そんな婉曲な表現使っても、香里さんすっとぼけるだけですよっ
祐一そ、そうですな。

祐一「えっとだな。香里、実は俺のこと」
香里「相沢君。」

香里が、俺の言葉を遮る。

香里「栞に何を聞いたのか知らないけど・・・あれは、そう、ただのセプテンバーフールだから。」
祐一「は?」

香里「9月バカ。」
祐一「9月バカって・・・え、ちょっとどういうこと?」

香里「・・・・・・・・。」

香里は無言で席を立った。

祐一「おい、もう授業始まるんだけど・・?」
香里「まだ時間はあるわ・・・。」

そう言い残し、香里は立ち去った。
去り際に、舞の方を見たような気がした。
舞は、相変わらず無表情のままだった。

祐一「・・・どういうことなんだ?」
佐祐理「佐祐理に訊かれても・・・・。」

祐一「セプテンバーフールだなんて、俺知らなかったぞ。」
佐祐理「え?あ、あの、そんなの、無いと思うんですけど・・・」

祐一「なに?!俺はまたてっきり、成人の日がいつの間にか移動させられたみたいに、知らない間に変なイベントが始まっていたんだとばかり・・・」
佐祐理「は?あは、あははは・・・・」

祐一「だとしたら香里、何でまたそんなことを・・・」
佐祐理「さあ。それこそ、訊いてみないとわからないですね。」

だが香里が戻ってきたのは、授業の始まるまさに直前だった。

そして、授業が終わるとそそくさと教室を出てしまった。

何となく、避けられている。そんな気がした。

それに

香里「栞に何を聞いたのか知らないけど・・・」

俺がもう香里の気持ちを知っている。それをわかっているかのような口振りだ。

祐一「どういうことなんだ・・・・。」

考えてもわかる事じゃない。

新濃「やあ相沢君、お困りのようだね。」

でも、香里に直接訊くのは、どうも無理そうだし。

新濃「隠してもムダだよ、私には君の心の中が全てわかる。」

こういう時は、誰か間に挟んだ方がいい気がする。

新濃「困ったときは、この私を頼ってくれたまえ。」

だけど、誰に。佐祐理さんや舞では、結果が同じ気がするし。

新濃「そんなときのために、私がいるのだよ。」

・・・とりあえず、名雪かな。

新濃「さあ、言いたまえ青年よ。君の悩みは何だ!」

祐一「ちょっと俺、生活の方行って来るわ。」
佐祐理「ふえ?あっちの授業取ってましたっけ?」

祐一「いや、名雪を探しに行くだけだ。」
新濃「む、捜し物か?!いいだろう、私も手伝ってやる。」

祐一「・・・佐祐理さん。」
佐祐理「はいはい。あなたはこっちね。」
新濃「ああっ、なにをする!私は、私はこれから相沢君の捜し物を・・・・」


祐一「とはいえ・・・・名雪がどこにいるのかは、わからないんだよな・・・」

生活学部の建物で、俺は途方に暮れていた。

普段は、こんなところに用など無い。用のないところに来るほど、俺はヒマじゃない。
同じ大学の中とは言え、来たことのない場所の右左がわかるほど、俺は勘がいいわけじゃない。
さらに、名雪がいつも同じ場所にいるわけでもない。

祐一「・・・しまった。」

顔見知りの全くいない建物の中で、俺は呆然とするしかなかった。

北川「・・・・相沢?」

祐一「聞き覚えのある声に振り向くと、そこには北島三郎が立っていた。」
北川「誰が北島三郎だ。」

祐一「いや、冗談だ。」
北川「本気でこんな事言われてたまるか。」

そうか、こいつもこの学部なんだっけ。

北川「こんなところで、何をしている?」
祐一「いや・・・名雪を捜しているんだ。」

北川「・・・仲がいいな。」
祐一「そうじゃない。ちょっと、相談に・・・」

そうだ。

祐一「おい北川。今、時間あるか?」
北川「無いと言えば嘘になるが、無いことにしてやってもいいぞ。」

祐一「つまりあるんだな。ちょっとつきあえ。」
北川「水瀬に用があるんじゃないのか?」

祐一「名雪捜すより、お前に相談した方が早い。ちょっと来い。」
北川「やれやれ、なにが悲しくて男なんかと・・・」
 
 
 

北川を生協に連れ込んだ俺は、その場で飯をおごらされた。

北川「いわゆる、丁度いい時間という奴だな。」

祐一「くっそー、何で日本人は決まった時間に飯を喰いたがるんだ。」
北川「よそでも同じだと思うぞ。」

祐一「そんなはずはない。そもそも、米国のファストフード文化は・・・」
北川「長講釈はいい。要件を済ませてくれ。」

北川に促され、俺は事の顛末を身振り手振りを加えながら話した。
北川はそれを黙って(飯を喰っていたからだが)聞いていた。

北川「はあ、お茶がおいしい・・・」

飯を食い終わった北川が、お茶をすすっている。

祐一「・・・ちゃんと聞いてたか?」
北川「もちろんだ。スポンサーの言うことを無視するほど、俺は怠慢じゃない。」

プラスチック製の湯飲みをおいた北川が、表情を改めた。

北川「・・・で。おれにどうしろと?」
祐一「俺は・・栞がうそをついているとは思えない。だから、香里が何であんな事を言ったのか、確かめたいんだ。」

北川「確かめてどうする。」
祐一「え・・・?」

北川「『そんな嘘をつく必要はない、安心して俺のところに来い』とでも言うつもりか?」
祐一「いや、それは・・・・」

わからない。
もし俺が、香里のことを好きならば、恋愛の対象であるというならば、そういう事も言うかもしれない。
でも、それがわからない。
困ったことに、違うとも言い切れないのだ。そんな自分にふと気づいた。

祐一「・・・・う〜っ」

北川「やれやれ。伝説の色魔、相沢祐一も形無しだな。」
祐一「誰が色魔だ。」

北川「色魔だろう。三人もの女性の心を弄んでおいて。」
祐一「・・・それを言ってくれるな。」

北川「まあ、いいだろう。協力してやってもいいぞ。」
祐一「・・・助かる。」

北川「但し」

北川は付け加えた。

北川「問題解決は、俺のやり方で進めさせて貰う。それが条件だ。」
 
 


電話がかかってきたのは、3限目が終わったときだった。

香里「もしもし?」
北川潤ちゃんだよ〜ん。

香里「・・・北川君。よそでも、そういう電話の応答してるの?」
北川まさか。相手が美坂だからさ。

香里「そう。つまりあたしはナメられてるってわけね。」
北川い、いやまさか。

香里「冗談よ。・・・要件は?」
北川ちょっと大したこと、かな・・・?


北川「よ、美坂。」

あたしたちは、東口側にある喫茶店で落ち合っていた。

香里「わざわざこんな場所指定するなんて・・・」
北川「関係者に邪魔される確率が低いだろ?」

香里「関係者がいたらまずい話なわけね。」
北川「ま、俺はかまわないんだけど。美坂が良くないんじゃないかと思ってな。」

香里「・・・・・・。」

北川「相沢から話を聞いた、といえば、わかるかな?」
香里「・・・そう。その話なのね・・・。」

北川「・・・どういうことだ?過程はともかく、ようやく相沢に思いが伝わったんじゃないか。」
香里「その過程が問題なのよ。」

北川「そうだろうけどさ・・・。1年以上も待ち続けて、ようやく、だぜ?多少のいざこざくらい」
香里「・・・あたしだけが待ってたんじゃないもの。」

北川「え?」
香里「あたしと同じように・・ううん、あたしよりもずっと熱い思いで、だけどずっと静かに待ち続けてきた人がいるのよ。」

北川「水瀬のことか?」
香里「ううん・・。もちろん、名雪もそうなんだろうけど・・・・。」

北川「・・・誰だ?」
香里「川澄さん。」

北川「はあ〜っ・・・」

北川君が、驚いたように頭に手をやる。

北川「こいつはまた・・・強力なライバル出現ってところだな。」
香里「ライバル・・・なのかしら。」

北川「ん?」
香里「だって、あたしもう・・・・」

北川「おいおい。ここまで来て戦線離脱するつもりか?」
香里「でも、川澄さんは、ずっとおとなしく待っていた。あたしみたいに、卑怯な手使ったりしないで。だから・・・」

北川「おいおい、美坂が卑怯な手使ったってんなら、俺も卑怯人間って事になっちゃうんだぜ?」
香里「あ・・・ごめんなさい・・・」

北川「ま、いいんだけどさ。」

そう言って北川君は、コーヒーを一口すすった。
短めのフランクフルトソーセージが浮いていた。

これまずいなと言いながらカップをおいた北川君は、話を継いだ。

北川「だけどさ美坂。そうやって他人に遠慮ばかりして生きてくのって、正しいのかな?」
香里「え?」

北川「そうだろ。初めは水瀬に遠慮して、次は妹に遠慮して。今度は川澄さんか?」
香里「だって・・・」

北川「自分は汚い、自分は卑怯。だから自分のほしいものも、他人に譲ります、か。一見立派だけどさ・・・」
香里「・・・・・。」

北川「『自分を幸せに出来ない人間は、他人のことも幸せに出来ない』って、よく言うよな?」
香里「それは・・・・」

・・・・・・・。

北川「相沢のこと好きなんだろ?だったら遠慮なく戦えよ。」

北川「それで友情壊すほど、美坂も川澄さんも、ヤワじゃないだろ?」

香里「・・・・・そうよね。」

ずっと悩んで先が見えなかったものが、霧が蒸散するように見えてきたように思えた。
まだ、霧は晴れないけど、でも。

香里「ありがとう。あたし、踏ん切りついたわ。」
北川「お。なんかやる気だな。」

香里「ええ。・・・あたし、本気で行くわよ。」

そういってあたしは、席を立った。

香里「ありがとう、北川君。」
北川「ま、同志だからな。」

同志。

香里「・・・そういえば北川君。あなたの方は、いいの?」
北川「う〜ん、そうだなあ・・・」

香里「あたしの方ばっかに手取られて、何もしてないんじゃない?」
北川「何もしてないのは事実だな。」

香里「あたしに出来ることがあったら、遠慮なく言いなさいよ。北川君には、大きな借りが出来たし。」
北川「ああ、そうするよ。」

香里「じゃ、またね。」

そういってあたしは、店を出た。
 
 
 
 
 

一人席に残った北川。

北川「・・・・そうだな。いい加減俺も、動き出すか・・・・。」

ソーセージをくわえながら北川は、そう呟くのだった。
 
 
 

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