Campus Kanon
16(f11)







夜。

佐祐理さんは、何も言わない。

普段は明るい佐祐理さんが暗く落ち込んでいる。
それだけで、周りの人間まで暗くなってしまいそうだ。

祐一「よし名雪、テレビつけろ。」
名雪「リモコン、祐一のとこだよ。」

祐一「お、そうか。」

リモコンの電源スイッチを押す。テレビから、光が帰ってくる。
音も帰ってくる。馬鹿騒ぎな笑い声。

祐一「・・・さすがに、こういうのはちょっとな・・・」

そう思い、チャンネルを変えた。
騒々しくない紀行ものでもやっていないかと期待したが、生憎そういうのはやっていなかった。

祐一「ま、ニュースでいいか・・。な、名雪。」
名雪「わたしはかまわないよ。」

祐一「佐祐理さんも、いいよな?」

試しに同意を求めてみたが、返答はなかった。
仕方なく同意があったものと見なし、局をNHKに変える。

アメリカ大統領選のニュースが流れていた。
そして、画面が切り替わり、次のニュースが流れる。
女性キャスターの横に出る表題は、「倉田議員辞職」と銘打たれていた。

祐一「え・・・?!」

一瞬、硬直してしまう。
チャンネルを変えようと思った。が、リモコンを持った手は、何故か動かない。
テレビから流れる声と映像、ただひたすらそれを受け止めるばかりだった。

日中の電話の一件を思い出す。
繋がらなかったり、慌ただしかったのは、こういう事だったのだろうか。

辞職に関するニュースが終わり、次のニュースに伝る。

そこで俺は、ようやくはたと気づき、佐祐理さんの方を見た。

きっと見開いていた瞼が緩み、肩が落ちる。
食い入るようにテレビを見ていた様子がよくわかる。

それはそうだろう。自分の父親が辞職、それも決して風評の良くない辞め方をするのを、公に流されているのだから。

ふと俺は、今の佐祐理さんは、何を考えているのだろうと思った。

父親のこと?
自分のこと?
自分を攻撃した連中のこと?
自分が攻撃された理由のこと?
自分をそこから連れだした仲間のこと?
そして今自分がいるところ?
目の前にあるおかずのこと?

・・・・・・。

祐一「名雪?」
名雪「うん。こういう時はね、とりあえずなんか食べた方がいいんだよ。」

祐一「そうだな・・・。」

そういうやけ食いみたいな事をすると太るぞ、と言おうとして、止めた。
俺自身が出した目前の結論が、そういう考えを馬鹿馬鹿しく思わせた。

祐一「とりあえず、食べよう。な、佐祐理さん。名雪が、なんかよくわからないものを作ってくれた。」
名雪「え?普通の野菜炒めだよ・・・・。」


朝。目が覚めると俺は、木製の檻に入れられていた。

祐一「・・・イスか。」

ゆっくりと、事情を思い起こす。うちには佐祐理さんが来てて、とりあえず俺の部屋を使って貰ってて、だから俺は台所で・・・・
ああ、そうかここは台所だ。さっきから音がすると思ったら、誰かなんか作ってるんだな。

・・・誰だ?名雪か?
まだそんな遅い時間ではない。いや、あの名雪が、こんな早く起きるなんて、あり得ない。
と、すると・・・

俺はごそごそと、テーブルの下から這い出した。
味噌汁のにおいがぷんとする。
においの発せられる方向を向くと、そこには佐祐理さんがいた。

佐祐理「・・おはようございます、祐一さん。」
祐一「起きてて大丈夫なのか?」

佐祐理「・・・別に、病気じゃないですよぉ」

いつもの佐祐理さん ・・・・・ではなかった。
落ち着いた、と言うよりは、元気がない。
それでも、口をきくようになった分、昨日よりはましと言える。

祐一「悪いな、朝からこんな・・・」
佐祐理「・・いいんですよ。あ、ご飯まだ炊けてないんです・・・」

祐一「そうなのか。じゃあ、俺は顔でも洗ってくる。」


顔を洗って歯を磨いてついでに名雪をつついてから戻ったが、飯はまだ炊けていなかった。

祐一「飯を炊くのって、何でこう時間がかかるんだろうなあ。」
佐祐理「・・どうしてでしょうね。」

祐一「五分で炊ける炊飯器作ったら、売れるかな?」
佐祐理「・・かもしれませんね。」

祐一「・・・・・・・。」
佐祐理「・・・・・・・。」

秒針の音が、時間の経過を際だたせていた。

佐祐理「・・祐一さん。」

次に口を開いたのは、佐祐理さんの方だった。

佐祐理「・・お父様・・佐祐理の、ですけど・・どうして辞職したと思います?」
祐一「え?それは・・・」

昨日のニュースによると。
倉田議員の新たな汚職疑惑が持ち上がって、それを掲載した雑誌が売り出されたのが昨日。
献金疑惑に関して、検察も先日から本格捜査に乗り出していた。
そして昨日の夕刻、突然の辞職表明。

祐一「・・・やっぱり、汚職の責任取って・・・って事になるのかな・・・。」

佐祐理「それも、あるでしょうね・・。」

でも、と佐祐理さんは続けた。

佐祐理「・・それだけでしょうか?」

それだけ?
確かに、いくら佐祐理さんの父とは言え、潔すぎる感もある。
疑惑はあくまで疑惑でしかない。
検察が捜査しているとは言っても、まだ告訴の見通しが立ったわけではない。
そんな段階で、いきなり辞職してしまうのは・・・。

佐祐理「・・佐祐理は・・・お父様が辞職した理由・・佐祐理のためのように思うんです。」
祐一「佐祐理さんのため?」

佐祐理「・・一弥が・・弟が亡くなったとき、佐祐理はとても悲しみました。自分を責めました。でも」
佐祐理「お父様も、やはり苦しんだのだと思います。表には出なくても。」
祐一「・・・・・・・。」

佐祐理「昨日、電話でおはなししたとき    あのときのお父様と、同じ声がしたんです。」

そんなのが電話でわかるのだろうか、と思った。
だが、決してあり得ない話ではない。
それに、俺にはわからない親子の絆みたいなのがあって、そういうのがわかるのかもしれない。

佐祐理「・・お父様は・・佐祐理が、一弥みたいになってしまうと思ったんでしょうか?」
祐一「そう・・・かもな。」

佐祐理「・・だとしたら、お父様は偉いですね・・。佐祐理のために、自らの職までなげうってくれたんですから・・・」

ああ、と言おうとして、寸でで思いとどまった。
偉いというのは、誰に対して偉いのか。
それは、弟に対して優しくできなかった、佐祐理さん自身に対して偉いということなのか。

佐祐理「・・・・・・・。」

俺が何も言わないためか、佐祐理さんは黙っている。
俺も黙っている。返す言葉など無い。

二人で、黙ったままになってしまった。

こんな時舞がいたら、どうするだろうか。
そんなことを考えた。

何も言わないかもしれない。いや、多分そうだろう。
でもいてくれたら、二人とも楽な心境にはなるだろう。

しかし舞は、新聞配達があるから、ここには今いないのだ・・・
 
 

がちゃり

「・・・朝御飯?」

祐一「祐一がふと顔を上げると、そこには川澄舞が立っていた。」

「・・・・・・・。」
 

ピーッ、ピーッ

炊飯器が、炊飯完了を知らせる音を出す。

「・・・・・。」

ぱかっ

佐祐理「・・あ、ご飯炊けたんだね・・・。」
祐一「て、何いきなりよそいだしてるんだよ!」
「・・・朝御飯じゃないの?」

そういいつつ舞は、俺の返答を待たずに食べ出していた。

祐一「・・・・・・・。」
佐祐理「・・・あはは・・・」

ほとんど丸一日ぶりに見る佐祐理さんの笑顔。
それを見て俺は、やっぱりこいつがいて良かったと思った。

祐一「・・・ところで舞。お前、どうやってここに入った。」
「・・・玄関から。」

祐一「・・・鍵はかけておいたはずだが?」
「・・・預かってる。」

鍵を取り出して見せる舞。

祐一「名雪からか?」
「(こくり)」

祐一「そうか。」

ボケボケだけど、要所要所で気のつく奴だな・・・。
あ。

祐一「いかん、そろそろ起こし出さないと。」


1時間後。俺と舞は家を出た。
名雪は一応起きたから、たぶん大丈夫だろう。

佐祐理さんは・・
 

佐祐理「・大丈夫です、いけますよ・・・。」
祐一「いや、見るからに大丈夫じゃない。今日は休んでおいた方がいい。」
「(こくり)」

祐一「ほら、舞も同意している。」
佐祐理「・・そうですか・・・」
 
 

ということで、置いて来た。

祐一「連中も、手ぐすね引いて待っていそうだからな・・・。」

そう思いながら階下に降りると、そこにはヘルメット姿の舞がいた。

祐一「どうしたんだ舞!」
「・・・これで来た。」

少し大きめの原動機付き自転車。

「・・・配達店の。」
祐一「あ、ああ。・・って、持って来ちゃって良いのか?」

「・・・いい。店長がそう言った。」
祐一「あ、そうか。ならいいんだ。」

おそらくは、電車通学の不便さを見かねて、貸してくれたのだろう。
とは言えここまでしてくれるのは、やはり舞が相当気に入られているということか。

「・・・乗ってく?」
祐一「・・・ああ。ちょっと怖いけどな。」



 

名雪も出かけ、がらんとしたアパートの部屋。
そこにただ一人残された、倉田佐祐理。

佐祐理「・・・・・・・。」

特にすることもなく、ただ座って宙を見つめていた。

佐祐理「・・・・・・(すー)」

朝早く起きてしまったためか、佐祐理はいつの間にか眠りに落ちていた。
 
 
 

「・・・さん。」
佐祐理「え?」

「お姉さん。」
佐祐理「・・・一弥?」

「どうしたの?何を落ち込んでるの?」
佐祐理「一弥・・ううん、お姉さんは強い子だから、落ち込んだりしないよ。」

「そう?本当にそうなの?」
佐祐理「・・・・」

「ねえお姉さん。話したいことがあるんだ。」
佐祐理お姉さんも・・・話したいことあるよ。」

「じゃあ、来て。」
佐祐理どこに?どこに行けばいいの?」

「僕は、ここにいるよ・・・」
 
 
 
 

佐祐理「一弥?!」

佐祐理の目が覚めたとき、彼女がいたのは祐一の部屋そのままだった。

感覚が一気に現実に引き戻される。
しかし頭の中では、夢の中の一弥の言葉がまだ響いていた。

佐祐理「・・・・・・。」

佐祐理は、何かに気づいたかのように立ち上がり、そして外に飛び出していった。


名雪「きゅーこ、きゅーこ、急行電車♪」

謎の歌を歌いながら、アパートに戻る名雪。
その目に、アパートから飛び出し、駆けていく佐祐理の姿が映った。

名雪「・・・?!」


名雪「祐一、祐一!」

祐一「お、何だ名雪。ここはお前のいるべき場所じゃないぞ。」
名雪「そうなんだけど、でも、たぶん大変なんだよ。」

祐一「なんだ?」
名雪「佐祐理さんが、出てっちゃったよ。」

祐一「え?!」
「・・・・・・・。」

名雪「あのね、今日午後の授業休講だから、うちに戻ろうと思ったんだよ。そしたら、佐祐理さんが走ってどこかに行くのが見えて・・・」
香里「飲み物でも買いにいったんじゃないの?」

名雪「そうかな・・。でも、なんか凄く慌てた様子だったし・・・」
祐一「・・・・・。」

「・・・祐一。」
祐一「ああ。探しに行くか。」


祐一「ということで、四人で分かれて捜そう。」
名雪「見つけたらどうするの?」

祐一「とりあえず家に戻るか、そこで待っていてくれ。」
香里「わかったわ。」

そして佐祐理を捜し出す四人。
その中で、走る三人とは対照的に、一人悠々と歩くものが一人いた。

「・・・たぶん、こっち。」
 
 

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