Campus Kanon
17(f11)






香里「佐祐理さ〜ん。」
 
 

祐一「佐祐理さ〜んっ!」
 
 

名雪「迷子の迷子の佐祐理さぁ〜ん」
 
 
 

「・・・・・・・。」
 



 

佐祐理は、走り続けていた。
どこに向かって走っているのか、わからない。
だが、当てもなく走っているわけではなかった。
佐祐理の心の中にわき出る、指標のようなものが、ある場所へと向かわせていた。

そして佐祐理が立ち止まった場所。
そこがおそらくは、目的地であった。

佐祐理「児童公園・・・・。」

50mも無い、狭い敷地。落葉低木や子供用の遊具が立ち並ぶその場所に、佐祐理は入っていった。
砂場、鉄棒、ブランコ、滑り台、ジャングルジム・・・・・
そして誰が置いたのか、清涼飲料のロゴが入った壊れ駆けたベンチ。そこに、佐祐理の探し求める人物は座っていた。

佐祐理「一弥・・・・・。」

そこにいたのは、倉田一弥。佐祐理の弟。10年前に死んだはずの。
そう、死んだ。一弥は死んだ。だからこれは、一弥ではない。
そう否定することも可能であった。否、むしろそれが正当な判断だろう。
だが佐祐理は、否定しなかった。目の前にいる存在が、自らの弟であることを。

佐祐理「・・・少し、大きくなったね。」
一弥「あれから十年経ってるんだよ。成長もするよ。」

佐祐理「・・・そうだね。」

笑いたかった。でも、何故か泣いていた。
涙腺って、なんて厄介なんだろう。そう思わざるをえなかった。

一弥「ちゃんと来てくれて、嬉しいよ。」
佐祐理「一弥がよんだからだよ・・・・」

とりあえず、涙を止めよう。佐祐理は、私は泣きたいためにここに来たわけじゃない。

佐祐理「笑おう。あははーっ」
一弥「いきなりそんなこと言い出すと、アブナイ人みたいだよ。」

佐祐理「そ、そうだね。」

一弥も、笑っていた。

佐祐理「・・・ねえ。水鉄砲。水鉄砲無いかな?」

何をしたいのか。それはたくさんあった。たくさんあって、いちいち順番をつける余裕なんて無い。
だから、思い出した順に口にしていた。

一弥「・・・無いよ。水鉄砲も、水道の蛇口も。」
佐祐理「そうかぁ・・・・。」

ふと、佐祐理の目に留まったもの。

佐祐理「ブランコ。ブランコで遊ぼう。ね。」
一弥「うん?」

佐祐理「お姉さん、ブランコ得意だったんだよ。回転ローリングジャンプってね。」
一弥「その名前、ヘンだよ?」

佐祐理「いいからいいから♪」

そう言って私はブランコに駆け寄り、鎖で繋がれた板の上に乗った。

佐祐理「よ〜し、いくよぉ」

ブランコを漕ぎ出す。鎖と鉄パイプを繋ぐ留め具が、ぎしぎしと音を立てる。

一弥「壊れないかなあ・・・・。」
佐祐理「大丈夫だよ。そぉれっ」

十分な高さを得た頃合いを身計り、私は手を放し、板を蹴った。

佐祐理「回転ローリングじゃーんっぷ!」

さぁっ
 

どさっ

佐祐理「・・・・・・。」
一弥「・・・大丈夫?」

私は、仰向けになって転がっていた。高さが足りず、回転し切れなかった。

佐祐理「・・・あはは、そうか、あの頃よりも、成長してるんだもんね・・・・」
一弥「・・服、汚れてるよ?」

佐祐理「あ・・。ん〜と、平気平気。」

と、私は一弥の方を見た。

佐祐理「・・・一弥の服も、汚してやる!」
一弥「わあ、なにするんだよぉ!」

私は一弥の体を押さえ込み、地べたに擦りつけた。
端から見たら、さぞかし異様な光景だったろう。
でも、そんなことはお構いなしだった。

私が手を放したあと、一弥がぼそりと呟いた。

一弥「・・・汚された。」
佐祐理「どこでそういう言い方覚えたの。」

一弥「いろんなところ・・・・・かな。」

そういうと一弥は、表情を改めて言った。

一弥「いろんな事が、あったんだよね。」

佐祐理「・・・うん、そう・・・だよ。」

そのとき私は思いだした。
あのとき、あの人達に言われたこと。
私がかつて、一弥にした仕打ちを。

佐祐理「・・・・・一弥。ごめんね。」
一弥「いいよ。服は洗えば、汚れが落ちるから。」

佐祐理「そうじゃなくて・・。私、一弥にずいぶん冷たい仕打ちしたよね。」
一弥「・・・・・・・。」

佐祐理「酷いお姉さんだよね。」
一弥「・・・そんなことないよ。」

一弥は、私をじっと見つめて言った。

一弥「お姉さんは・・・・お姉さんだもの。」
佐祐理「・・・・・・。」

一弥「今日だって、一緒に遊んでくれたし、・・・・それに、いつも僕と一緒にいた。」
佐祐理「でも、一緒にいて、それで、一弥は・・・楽しかったの?」

一弥「今日は、楽しかったよ。・・・・過去は、過去だよ。」

過去。でも、その過去に一弥はとても辛い思いをして、それで・・・・

一弥「・・・気づいたみたいだね。」
佐祐理「一弥・・・。ううん、でも」

一弥「もう、戻らなきゃ。お互いの世界に。」
佐祐理「お互いの・・・」

一弥「そう。僕はもう、ここにいるべき存在でなくなるから。」
佐祐理「でも、でも一弥はこうして私の目の前に・・・」

一弥「目に見えるものが真実とは、限らないんだよ。」
佐祐理「・・・・・・。」
 

祐一さゆりさぁん!
 

一弥「ほら。みんな心配して捜してるよ。」
佐祐理「でも、私、私まだ一弥に・・・」

その心を読んだかのように、一弥が言った。

一弥「謝罪も贖罪も、もう必要ないよ。」
佐祐理「一弥・・・・」

だけど、そんなことを言われても

一弥「・・・そうだね、どうしても贖罪をしたいというのなら」

一弥「真実を見つけて。」
佐祐理「真実・・・?」

一弥「そう。僕のために、見つけて。」

私は、うんと頷いた。

一弥「・・さ。もう行った方がいいよ。」

その言葉に促され、佐祐理は歩き出した。
が、ふと思い、振り返った。

佐祐理「・・・また、会えるよね?」
一弥「・・・そうだね、どうしても会いたいなら。」

その言葉を聞いた後、私は公園を出た。
 
 
 



 
 
 

一弥「・・・本当はもう、会えない方がいいんだけどね。」

佐祐理を見送りながら、一弥は呟いた。
その後に、一本の木を見やった。

その木の上には、いつからいたのか一人の少女が座っていた。
少女は1m余りの高さの枝から飛び降りると、まっすぐ一弥の元に歩み寄ってきた。

あゆ「もう、いいの?」
一弥「うん。たぶん、もう大丈夫だから・・・・。」

あゆ「キミは?キミは、もう良いの?」
一弥「・・・そうだね。やっぱり、もう少しここにいたいかな。」

そういって一弥は、空を見上げた。

ざっ

背後の物音に、二人は振り返った。

「・・・見つけた。」
あゆ「え?ボク、今回は何も悪い事してないよっ?!」

「・・・わかってる。」

そういって舞は、ポケットから煎餅を取り出した。

「・・・食べる?」
一弥「ポケットにやたら物を入れるのって、良くないんだよ?」

「・・・知ってる。」

そういいながら舞は、二人に煎餅を渡した。

あゆ「たい焼きの方が良かったな。」
「・・・贅沢言わない。」

ばりっ、ぼりっ、ぼりぼりっ

一弥「・・・やっぱり、煎餅よりはたい焼きの方が良かった気がします。」
「・・・・・・・。」

一弥「あなた、舞・・・さんですよね。お姉さんの友達の。」
「(こくり)」

一弥「僕たちのこと、解るんですか?」
「・・・なんとなく。」

あゆ「そうなんだ。」
「・・・私と、同じ感じがするから。」

一弥「・・なるほど。思いの強さによって秘められた力、それはさしずめ僕たちの存在意義と同じということですか。」

「・・・あなた、理屈っぽい。」
一弥「そ、そうですか?」

「・・・それに、よく喋る。」
一弥「う〜ん・・・」

「・・・佐祐理から聞いてたのと、違う。」
一弥「それは、そうですよ。」

一弥は、遠い目をして言った。

一弥「だって、お姉さんの心の中には、15歳の僕は存在しないんですから・・・・」
 
 


祐一「さぁゆぅりぃさぁ〜ん!!」

祐一は、走っていた。佐祐理を捜し求めて。

祐一「さゆ・・・どわあっ!」

ずぼしゃぁん

祐一「ちくしょーっ、ドブに蓋ぐらいしとけーっ!行政は何をやっているんだァーっ!」

佐祐理「祐一さん・・・・。」
祐一「さ、佐祐理さん!」

佐祐理「・・・ごめんなさい。」
祐一「い、いや・・・。ドブに落ちたのは俺の責任であって、行政も佐祐理さんも悪くないと思うが。」

佐祐理「そうじゃなくて・・・なんか、心配かけちゃったみたいで。」
祐一「あ、ああ。心配したよ、うち飛び出したなんて聞いたから。」

佐祐理「ごめんなさい。ちょっと、気晴らししたくなって。」
祐一「そう・・・・なのか?」

佐祐理「はい。」
祐一「そうか・・。気は、晴れたのか?」

佐祐理「はい。もう私、何があっても平気ですっ!」

祐一「・・佐祐理さん・・?」
佐祐理「なんでしょう?」

祐一「・・・いや。・・佐祐理さん、服汚いね。」
佐祐理「え?あははーっ、祐一さんだって、ズボン汚れてますよーっ。」

祐一「言われてみればその通りだ。」

佐祐理「でも、祐一さんはズボンだけで、全身じゃないですね。不公平です。」
祐一「え?って、待って、何その手。なにするの!」

佐祐理「ほらほら、おとなしくしてっ」
祐一「するかよ!ええい、逃げるっ!」

佐祐理「あははーっ、こらぁ、待ちなさぁい!」
 
 
 
 
 

名雪「あ、佐祐理さんだ。」
香里「相沢君もいるわね。」

名雪「どうして追いかけられてるんだろう。」
香里「どうせ何か悪い事したんでしょ。」

名雪「そうだよね。」
 

走る二人のあとを歩きながら、香里は呟いた。

香里「・・元気になったみたいね。おかげで、心おきなく動けるわ。」
 
 
 

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