Campus Kanon
15(f10)






連中は、いつもの噴水広場に陣取っていた。
演説をする彼らに近づき、いつものように声援を送る。

祐一「よお、相変わらずご苦労様だねえ。」

俺のその言葉に、彼らの顔が一瞬こちらを向く。
何も応えはしない。
だが俺は、その彼らの顔に、一瞬の笑みが浮かんだ気がした。

祐一「・・・・?」

一抹の不安がよぎる。

そんな不安をよそに、佐祐理さんも声をかけた。

佐祐理「がんばってねーっ。」
自治会「ご声援ありがとう。」

返礼が帰ってきた。
そして、次に帰ってきた言葉。

自治会「かの議員令嬢にも、このような暖かみがあったらよろしかったのですが。」

今度ははっきりと見て取れた。彼らの、まるで勝利を確信したかのような笑みを。

自治会「ご存じでしょうか?かの議員令嬢の、非人間的な性質。そう、端から見た分には、彼女は非の打ち所のない人間だそうです。ええ、もちろん外聞がありますから。しかし、実際そうではなかった。」

・・・・何が言いたいんだ。

自治会「これを、『倉田家の秘密』とでもいうのでしょうか。倉田議員には、かつて自らの後継者となるべき子息がいました。倉田嬢の弟に当たる方ですな。ところがその息子は、数年前精神性衰弱により亡くなっている。」
祐一「・・・・・なに?!」

自治会「何故だと思います?いじめですよ。姉による。倉田嬢は弟に、一切の楽しみを与えず、一種の監禁状態に置いていたそうです    」

連中の口から流れる言葉。
彼女の、ごく一部の親しいものしか知り得ない過去。
佐祐理さんの、心の傷である事実・・・・・

俺ははっと気がついて、佐祐理さんの方を見た。
一瞬その姿は、平然としているかのように見えた。
だが、すぐにそれが誤りであることに気がつく。

目が、死んでいる。

俺は慌てて呼びかけた。

祐一「佐祐理さん。佐祐理さん!」

応えない。

今の彼女は、何らの音声情報も処理できなくなっているのだろう。
それは、ある意味幸運でもあった。
未だに続いている奴らの中傷が、これ以上佐祐理さんに伝わることはないからだ。

だが、だからといってこの場にこのまま放置しておくべきではない。

舞「・・・祐一。」
祐一「わかってる。」

俺と舞は、佐祐理さんを抱えるようにしてその場を退散した。

自治会「おや、行ってしまうのですか。残念ですねえ、あなた達の声援、いつも楽しみにしていたのですよ。」

そんな声が、後ろから聞こえた。
その口に拳を突っ込んでやりたい衝動を抑えるのが、精一杯だった。


香里「どうしたの?!」

廊下で出くわした香里が、声をあげる。

祐一「見ての通りだ。佐祐理さんが、やばい。」
香里「そうね。」

細かいことは聞かずともわかっている、そんな雰囲気だった。
話の早い奴だ。

祐一「この学校、保健室ってあったか?」
香里「保健室というか・・・健康センターっていうのがあったと思うわ。」

祐一「よし・・・。とりあえず、そこへ連れて行こう。」


祐一「済みません・・・・。」
保健職員「どうしました?」

祐一「えっと、・・・・ちょっと、気分が悪くなったらしくて・・・」

俺の言葉を受けて、保健職員が問診をする。
が、さゆりさんは何も応えない。

保健職員「・・気分が悪いなんてものじゃないわね。何があったの?」

俺は、答えるのをためらった。

香里「・・・話した方がいいと思うわ。」
保健職員「そうよ。プライベートなことは、口外してはいけない事になってるから。」

その言葉に促され、俺は事情を話した。

保健職員「・・・・そう・・・・。」

話を聞いた保健職員は、難しそうな顔をしている。

保健職員「今日は、高木先生来ないわよねえ?」
事務職員「ええ。当番は明日ですから。」

保健職員「ごめんなさい・・・。今日、精神科の先生が、お休みなのよ・・・・。」

精神科。
その言葉に、少なからぬショックを感じた。

保健職員「とりあえずしばらく様子を見て、それでもこのままだったら、病院の方へ連れて行った方がいいですね。」

祐一「・・・そうですか。」

香里「家の方には、連絡した方がいいわね。」
祐一「そうだな。」

公衆電話を探しに走ろうとする俺を、香里が引き留めた。

香里「これ。使っていいわよ。」

祐一「・・・持ってたのか。」
香里「今時、持ってるのが当たり前よ。」

そう言って俺に、携帯電話を渡した。

祐一「サンキュ。・・・・ついでといっちゃ何だが、佐祐理さんちの電話番号も教えてくれ。」
香里「知らないわよ。」

祐一「・・・・舞。」
舞「・・・知ってる。」

俺から携帯を受け取った舞が、数字キーを押してゆく。

束の間の沈黙の時。
再び舞が、同じ操作を繰り返す。
再び沈黙。

舞「・・・・繋がらない。」
祐一「繋がらない?出ないんじゃないのか?」

舞「・・・・繋がらない。」

どういうことだろう。
料金滞納でもしているのだろうか。

香里「他に、連絡先はないの?」
舞「・・・待って。」

そう言って舞は、佐祐理さんの懐を探り出す。

舞「・・・あった。」

佐祐理さんの手帳を引っ張り出した舞は、そのまま手帳を繰って連絡先を探し出す。

祐一「おいおい、勝手に見ていいのか?」
舞「・・・緊急事態。」

ま、そりゃそうだ。

舞の動きが、一瞬止まる。
次の瞬間には、もう電話をかけていた。

沈黙。

舞「・・・やっぱり繋がらない。」
祐一「どこにかけたんだ?」

舞「・・・佐祐理のお父さん。」

祐一「う〜ん、携帯まで料金滞納しているとはな・・・・。」
香里「そんなわけないでしょ。」
舞「・・・もう少し待ってみる。」

だが、再びかけても結果は同じだった。

舞「・・・おかしい。」
祐一「なあ、他に連絡先は、無いのか?」

言われた舞が、再び手帳を取る。

舞「・・・安井さん。」
祐一「え?」

舞「・・・そう書いてある。」

見るとその欄は、他にも「さん」付けの名前がずらりと並んでいた。

祐一「誰だろ・・・。全部携帯の番号だし。」
舞「・・・秘書の人。」

祐一「そうなのか?」
舞「・・・たぶん。」

たぶんって・・・・。

舞「・・・かけてみる。」
祐一「あ、いや、まて。俺がかける。」

間違いだったときの対応を考えると、その方がいいような気がした。

トゥルルルル、トゥルルルル、・・・・・

安井「もしもし、安井です・・・・・」
祐一「あ、突然済みません。自分は、倉田佐祐理さんの友人で、相沢と申しますが」

安井「・・・・・・佐祐理・・さんの。」
祐一「えとですね、佐祐理さんがちょっと具合が悪くなって、家に連絡取ろうとしたんですが。電話が繋がらなくて。」

安井「ああ。まあ、そうでしょうね。」
祐一「え?」

安井「ん・・・・。いえ、それで。佐祐理さんが、具合が悪くなった?」
祐一「ええ。それで、家の方に連絡取りたいんですけど・・・。」

安井「なるほど、そうですか・・。しかし、私はもう辞めた身ですしね・・・。」
祐一「は?」

安井「先月までは、倉田議員の秘書を務めていたんですけどね・・・。」
祐一「はあ・・・・。」

安井「・・・・いえ。わかりました、倉田の緊急用の番号をお教えしますよ。ただ、くれぐれも私が教えたということは内密に・・・。」
祐一「お願いします。」

事情はよくわからないが、とにかく連絡が取れるならそれでいい。

番号を聞きだし、回線を切る。
即座に、聞きだした番号にかけ直した。

トゥルルルル、トゥルルルル、・・・・・

倉田議員「・・・誰だ?所定の電話以外からかけるなと・・・」
祐一「あ、済みません。自分、佐祐理さんの友人で相沢と・・・」

倉田議員「佐祐理の?」
祐一「はい、それで、佐祐理さんが体調を崩したので、連絡をと思い・・・」

倉田議員「この番号は、誰に聞いた?」
祐一「あ、それは・・・・」

内密に、と言われている。

倉田議員「・・・まあいい。佐祐理がどうしたと言うのだ。」
祐一「はい、体調が・・・というより、精神的なショックを受けて、今医務室にいるんですけど・・・」

倉田議員「精神的な・・・?」
祐一「昔のこと・・・弟さんのことで、中傷を受けたんです。」

倉田議員「一弥のことでか・・・」

その一言で、彼の態度は変わったようだった。

倉田議員「・・・大変申し訳ないが、今は取り込んでいて長く話をすることが出来ない。
  後ほど、こちらから改めて電話させていただくと言うことで、よろしいですか?」
祐一「はい。あの、こっちの番号は・・・。」

倉田議員「佐祐理の番号くらいは知っています。」

そういって、倉田父は電話を切った。

祐一「・・・佐祐理さん、携帯持ってるのか?」

電話機を香里に返しながら、俺は訊いた。

舞「・・・・・ある。」

佐祐理さんの鞄を探っていた舞が、それを取り出して見せた。

香里「言ったでしょ。今時持ってるのが当たり前だって。」
祐一「そんなこと言ったって・・・・俺達、貧乏だもんなあ。」
舞「・・・・・・(こくり)」


1時間ほど経った。

佐祐理さんは、とりあえず呼びかけに反応するまでにはなった。
が、言葉での返答が帰ってくるまでには至らない。

保健職員「一応、立ち直ってはいるみたいだから・・・このままなら、病院に連れて行くほどではないと思うわ。」

その言葉に安心しているとき、電話が鳴った。

舞が取る。

舞「・・・・佐祐理の電話。」

いや、確かにその通りだが。そういう応答するか普通?

二言三言の応答の後、舞が俺に電話を渡してきた。

祐一「ええと、お電話替わりました。」

倉田議員「ああ、先ほどの。よかった、さっきの子は、どうも私は苦手でね・・・。」
祐一「わかりますよ。」

倉田議員「佐祐理と話をしたいのだが、大丈夫かね?」
祐一「今はまだ話せるかどうかわかりません。」

倉田議員「とりあえず、替わってくれないか?」
祐一「はい。」

電話を、佐祐理さんの元に持ってゆく。

祐一「佐祐理さん、お父さんだけど・・・・・」
佐祐理「・・・・・・・・。」

電話機を、所定の位置にあてがってやる。
佐祐理さんは持とうとしないので、そのまま俺が支える格好になった。

受話口からは、倉田父の呼びかけとおぼしき音が漏れてくる。
佐祐理さんは、何も答えなかった。
だが、時折反応らしきものは見せていた。

そして

佐祐理「・・はい・・・・・・・・佐祐理は・・平気ですから。」

受話口からの音は、その言葉に応じたと思われる声を残した後、いったん途切れた。
そして、再び呼び出し音が鳴り出した。

祐一「おっと。」

急なことに、驚いてしまう。

祐一「はい。えっと、もうよろしいんですか?」
倉田議員「ああ。とりあえず、なんとかなりそうなのでな。」

祐一「そうですね。保健婦さんも、そういってますし。」
倉田議員「そうか・・・・。」

一呼吸おいた後、倉田父は続けた。

倉田議員「本来なら家に連れて帰りたいところだが・・・生憎今込み入った事情があってね。家の方がごたごたしているのだよ。」
祐一「はあ・・・・。」

倉田議員「厚かましいお願いだが・・・佐祐理を、暫く君たちの方で預かってはもらえないだろうか?」

祐一「それはかまいませんが・・。」
倉田議員「感謝する。では、私もまだ用件が残っているので、これで失礼させて貰います。」

本当にごたごたしているのだろう。用件を済ますと、倉田父は慌ただしく回線を切ってしまった。

祐一「・・・暫く預かってくれってさ。」
舞「・・・取りに来ないの?」

祐一「そんなモノみたいな言い方するなよ・・・。なんか、家の方がごたごたしてるらしい。」

電話が通じなかったのも、その所為だろうか。

香里「誰が預かるの?」
祐一「そりゃあ・・・・」

祐一「オレんとこしかないだろ。」
香里「・・・そうね。名雪もいるしね。」

名雪に事情を説明しなければならないが、この際仕方ないだろう。

祐一「佐祐理さん・・・たてるか?」

佐祐理さんが頷く。そして、立ち上がる。
が、意識と体の制御が一致しないのか、ふらふらとよろめいて倒れそうになった。

咄嗟に腕を舞が掴む。その腕を肩に回して言った。

舞「・・・大丈夫。佐祐理は、私が支えるから。」

うん、と頷いた後、オレは向き直って、センターの人に礼を言った。

保健職員「おかしいと思ったら、すぐ病院に連れて行くのよ。日中だったら、私たちも相談に乗れるからね。」
祐一「はい。お世話になりました。」


家に戻り、既に帰宅していた名雪に、事情を説明する。
自分は何も知らなかったと名雪は拗ねたが、それでもすぐに佐祐理さんの居場所を確保するために動き出してくれた。

祐一「俺はしばらく、台所生活か・・・。」

ぱたぱたと片づけられてゆく俺の部屋を見て、そう呟いた。

佐祐理さんは、何も言わなかった。
 

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