祐一「よ、舞。おはよう。」
舞「・・・おはよう。」
祐一「どうだった、その、職場の方。一日休んじゃっただろ?」
舞「・・・・怒られた。」
祐一「・・・そうか。」
舞「・・・ポケットにやたら物を入れるなって。」
祐一「あ、・・・そういうことね。」
正直、ほっとした。舞の所為ではないとは言え、無断欠勤したのだ。
下手すればクビなのではないかという危惧が、正直あったのだ。
祐一「クビになってたら・・・ぶっ殺してやったところだぞ・・・」
舞「・・・誰を?」
誰を。そう、誰を恨めばいいんだ。
思案に暮れながら俺は、斑模様の外を見た。
憂鬱な雨は、月が変わってもまだ降り続いていた。
あの冤罪逮捕劇。
それは、とある匿名の告発に端を発すると聞いた。
巧妙に数回に分けて事件の内容を送られ、そこから読みとれる関係者の姿は、舞に酷似していた。
そして歩調を合わせたかのように、別のルートから舞の銃刀法違反容疑での告発が行われる。
こうして冷静に全容を見つめてみると、改めて俺達がおとしめられたという疑いの念は強くなる。しかも組織的だ。
誰が。何のために。
俺達をおとしめた連中。 佐祐理さんを攻撃する連中。
それは、同じ勢力なのだろうか。
それを裏付ける物はなにもない。状況証拠ですら不十分だ。
憂鬱な事態も、何らの解決も見せないままだった。
祐一「何から調べればいいんだ・・・・。」
意気込みは、早くも空回りを見せていた。
祐一「ということで、協力してくれ香里。」
香里「なにが『ということで』なの。」
祐一「細かい理由は後で言う。大体の事はわかるだろ。だけど俺一人じゃ、どうも埒があかん。ここは一つ・・・」
香里「・・・・・・。」
祐一「・・・な、香里。」
香里「できないわ。」
祐一「そうかそうか。て、え?!」
その答えは予想外だ。
香里「・・・ごめんね。」
祐一「・・・・・・・。」
困った。断られるなんて思ってなかったから、香里を中心としたプランを既にいくつも練っているところだったのに・・・
祐一「・・・なんか、不都合あるのか?」
香里「・・・・・・。」
祐一「もしかして・・・」
以前あった「何か」と関係あるのか?と訊こうとして、思いとどまった。
あれは、もう訊かない約束なのだ。
香里「ごめんね。」
再び香里が繰り返す。
俺の顔は、よほど困った顔をしているのだろう。
香里「・・・ねえ相沢君。新濃さんに頼んでみたら?」
祐一「え・・・・?!」
冗談じゃない。
祐一「なんであんな変態に。」
香里「相沢君が思ってるほど、役立たずじゃないわよ。」
そりゃあ、そこら辺の紙くずよりは役に立つだろう。
だが、あいつに頼むことは、俺のプライドが・・・・
祐一「と思ってるのに、なんで俺はここにいるのだ。」
新濃「なんの用かね相沢君。この私に相談かね。」
祐一「・・・・・・・。」
仕方なく、とりあえずあったことだけを手短に話す。
新濃「・・・・なるほど。そいつは災難だったな。」
祐一「あんたの口から、そんな人を気遣うような台詞が聞けるとは思わなかった。」
新濃「ばかな。私はいつだって、君たちのことを心配してるさ。」
祐一「やめてくれ気持ち悪い。」
新濃「何を。気持ち悪とはなんだ、失敬だろう。」
・・・こんなところで、くだらない押し問答をしている場合じゃない。
祐一「それでだな。俺は、今回の逮捕が、仕組まれたものな気がしてならないんだ。」
新濃「誰に。」
祐一「それはわからない。」
新濃「・・・でも、疑っている連中はいる、と。」
祐一「・・・勘がいいな。」
新濃「それはきっと、私も同じ事を思っているからだよ。」
祐一「げ。」
新濃「・・・君はつくづく失礼だな。」
祐一「気にするな。でだな、俺としては、連中がやったという証拠を」
新濃「掴んでどうする?」
祐一「え・・・?」
新濃「証拠を片手に、自治会室に殴り込みをかけるか?それとも、裁判でも起こすつもりか?」
裁判。一瞬、美坂弁護士の顔が浮かんだ。
新濃「裁判は、金も時間もかかるぞ。」
俺の考えを読んだかのように、新濃が言葉を発する。
祐一「・・・・・・・。」
どうすればいいんだ。確かに、証拠を掴むことばかり考えていて、その先のことなど考えていなかった。
新濃「結局のところ、なにもしない方がいいんだよ。」
祐一「なにもせず・・・でもそれじゃ、俺達報われないじゃないか。」
新濃「連中だって所詮は常人だ。こんな正道からはずれたことをし続けていれば、必ずこける。それを待つんだ。」
祐一「ひたすら待ち続けろって言うのか。」
新濃「なにもせずじっと耐えるのも、策のうちだぞ。」
確かに、こいつの言うことは正しいかもしれない。
でも。
ずっと耐えて、待ち続けて、只それだけなんて、それでは・・・
祐一「運命に身を委ねて漂っているのと、同じじゃないか・・・・」
新濃「そうだな。」
いやだ。そんなのは、いやだ。何故だかわからないけど、嫌だ。
ここは耐えるのが正解だろう。頭ではわかる。でも俺の性格は、そんな行動を許さない。
自滅的な性格だな。それは直せと、舞に教わったはずなのに。
・・・そういえば、あのころの舞が、今と同じような状況だったな。
舞というか、俺達三人が、か・・・
祐一「・・・・・・・。」
新濃「どうした。」
祐一「いや・・・。高校の頃にもさ・・・似たようなことがあったんだ。」
あのとき。あのときはどうしただろう。
ずっと、嵐が過ぎるのを待っていた。
それだけだっただろうか。何かあった気がする。
そう、久瀬。最終的にあいつが手を引いたから・・・
祐一「久瀬、か。」
新濃「久瀬?何者だ?」
祐一「倉田後援会の会長の息子だ。俺と・・・同学年だったんだ。」
新濃「ほう。」
俺は何故か、その久瀬と話してみたいという衝動に駆られていた。
アドバイスが得られるなどとは思えない。だが、何らかのヒントくらいは得られるかもしれない、そう思えた。
祐一「ええと、名簿名簿・・・・」
久瀬に電話をかけることに決めた俺は、卒業時に貰った名簿を引っ張り出した。
新濃「そうやって、自宅に置ききれない荷物を部室に持ち込むのは、止めて貰いたいね。」
祐一「あんただって私物持ち込んでんだろ。」
新濃「私の場合は、部にとって役に立つものしか持ってきていない。」
弁明する新濃をよそに、俺は久瀬の電話番号を捜していた。
祐一「く、く、く・・・お、あった。・・・・・ん、まてよ。」
ここに書いてあるのは、卒業時の久瀬の住所と電話番号。いわゆる実家のだ。
だが奴は、確か東京の大学に行ったはずだ。
夏休みだから戻っているかもしれないが、もしかしたらいないかもしれないのだ。
祐一「というか、こんな状況だからな・・。向こうにいるんだろうな・・・・。」
ちなみに俺は、東京の久瀬の連絡先は知らない。
祐一「なんてこったい・・・」
新濃「お困りの様子だな。」
祐一「ああ、見ての通りだ。」
新濃「私で避ければ相談に乗ろう。」
祐一「あんたなんかになにがわかる。」
新濃「わかるかどうかは、訊いてみなくちゃわからんだろう。」
祐一「・・・久瀬の、東京の連絡先。それがわからないんだよ。」
新濃「なんだそんなことか。」
祐一「そらみろあんたにはわからない事じゃないか。・・・・て、え?」
新濃「同学年ということは、君と同じ高校で今年の卒業だな?」
祐一「あ、ああ。ちなみに早稲田に行ったんだと訊いてる。」
新濃「上等だ。」
そういって新濃は、第二部室の中に入っていった。
新濃「おまたせ。」
15分ほどして戻ってきた新濃の手には、紙切れと黒電話があった。
新濃「これが久瀬君の下宿先の電話番号だ。」
祐一「・・・どうやって調べたんだ?」
新濃「知りたいかね?」
祐一「・・・・やめておく。」
知らない方がいいような気がした。
祐一「・・・で、このレトロな電話はなんだ?」
新濃「電話、かけるんだろ?」
祐一「・・・・・使っていいのか。」
新濃「ここで駄目と言ったら、君は怒るだろう。」
祐一「俺でなくても、怒る気がするな・・・・。」
何故黒電話なのかは、訊かないで置くことにした。
じーこ、じーこ、・・・・
慣れないダイヤル回転を繰り返すと、呼び出し音が鳴り出す。
暫くして、男の声がした。
久瀬「もしもし、久瀬です。」
祐一「ち、繋がっちまったぜ・・・・」
久瀬「・・・・誰ですか?」
祐一「お前が昔捨てた男だ。」
久瀬「・・・・そ、その非常識な物言い・・・まさか、相沢か?」
祐一「ご名答。さすがは元生徒会長だな。」
久瀬「なんのようだっ!」
祐一「冷たい言い方するなあ。俺と君の仲じゃないか。」
久瀬「・・・切るぞ。」
祐一「まあまて、話くらい聞け。」
久瀬「・・・・何だ。」
祐一「佐祐理さんのこと・・・・かな。例の事件、知ってるんだろ?」
久瀬「・・・ああ。おかげで俺は、東京にカンヅメだ。」
祐一「それでだな・・・。佐祐理さん、大学で攻撃されてるんだよ。」
久瀬「そうか。」
祐一「思えば難儀な人だよな・・・・。高校で迫害されて、大学でもまた攻撃されて・・・。」
久瀬「お前・・・・昔の話を蒸し返すために電話したのか?」
祐一「いや、そんなこと全然ない。」
久瀬「じゃあ何だ。」
祐一「お前・・・・会長やってた頃、舞のこと攻撃してたよな。」
久瀬「しっかり蒸し返してるじゃないか!」
祐一「気にするな。でだな、お前結局、手引いたよな。そのときの心境とか、聞かせてくれ。」
久瀬「・・・・・・。」
久瀬は、あまり多くを語らなかった。
だが、その数少ない言葉の中に、俺の心に染みついた言葉があった。
久瀬「怖かったんだよ。お前らみたいな非常識な人間が・・・」
祐一「・・・誰が非常識だ。」
新濃「少なくとも君は、非常識だと思うね。」
祐一「あんたにだけは言われたくない。」
新濃「褒め言葉と受け取っておくよ。」
褒め言葉、か。確かに、非常識は強い武器になるみたいだからな・・・・。
新濃「お、行くのか。」
祐一「ああ。良い考えかどうかはともかく、とりあえず考えが浮かんだんでな。」
新濃「そうか。・・・まあ、好きにやれ。」
祐一「ああ。それと、あんたにはちょっとだけ感謝しておくよ。」
そういい残して、俺は部室をあとにした。
その13へ