Campus Kanon
11(f6)






祐一「俺が何をしたって言うんだよっ!」
警官「それを調べるのが我々の仕事だ。なんのためにこんなものを持ち歩いている?」

祐一「要るときがあるかもしれないからだよ。」
警官「要るときとは?」

祐一「ノート切るとか、梱包解くとか・・・」
警官「だったら、ポケットに入れておく必要はないな。他に目的があったんだろ?」

祐一「ねーよ、そんなもん」

俺は警察署の取調室にいた。
初めて受ける尋問は、想像していたような非人道的なものではなかった。が、それは「人道」に反しないというだけで、「被疑者」が受ける精神的圧迫感は、相当堪える−ものがあった。

警官「・・・まあいい。俺も疲れた。今日はこれくらいにしておこう。」


警官1「なかなか強情な奴だ。元々ノーマークの奴だったから、大したこと無いと思っていたが。」
警官2「もう一人の女の方は?」
警官3「もっと厄介だ。完全に黙秘権を行使している。」
 

「・・・・・・・。」
 

警官1「まあ、現行犯逮捕だからな。立件にはこぎ着けるだろう。」
警官2「銃刀法や軽犯罪法で立件しても、意味ねーんだよ・・・」


祐一「あーあーあー、うーうーうーーーー」

看守「うるせえっ、静かにしろ!」

代用監獄の中で俺は一人喚いていた。
何しろ、退屈なのだ。飯を喰う以外何もすることがない。その飯も、とっくに喰ってしまった。
ちなみに、タダではない。ちゃんと後で金を払わされるのだ。

祐一「寝ちまうか・・・・。」

こんな早く寝たら、明日の朝起きるのか異常に早くなってしまう。結局、暇な時間を先延ばしにするだけなのだ。
それでも俺は、寝ることにした。寝坊する可能性だって、あるじゃないか。

ふと、警察署の玄関で分かれたきりの相棒のことを思い出す。

祐一「舞は、どうしてるかな・・・・。」
 
 
 
 

「・・・・・・・。」
 
 
 
 

祐一「ま、あいつはこういうの平気そうだからな・・・・・。」
 
 
 
 

「・・・・・・・・・祐一、心配。」



看守「おい、起きろ。」
祐一「ん〜〜〜〜?!」

看守「全く、普通は逮捕された夜は寝付けないものなのに・・・・。」
祐一「・・・・悪かったな。」

看守がわざわざ起こしに来たということは、間違いなく寝坊したんだろう。
してやったりだ。

祐一「取り調べの前に飯を済ませたいものだな。」
看守「残念ながら、その前にやることがある。」

祐一「体力測定か?踏み台昇降運動だけは勘弁してくれ。」

看守「警察署でそんな事すると思ってるのかお前は。面会だ。」



たぶん、佐祐理さんか香里だろう。いや、名雪かな。北川だったりして。みんなで来たかもな。
いや、案外秋子さんが来てくれたのかもしれない。ほんとに申し訳ないな、迷惑ばかり掛けて・・・。
そんなことを考えながら、面会室に入った。

だがそこで待っていた人は、俺の予想を完全に裏切っていた。
中年の、身なりのいい男性。・・・全く知らない人だ。

男性「初めまして。この度は大変でしたね。」
祐一「はあ、どうも。」

男性「私、北越弁護士会所属の美坂と申します。」

弁護士会。弁護士の人か。なるほど、誰かが呼んでくれたんだな。
・・・美坂?

男性「美坂香里の父です。」
祐一「・・・・そうですか。」

とりあえずそう返すことしかできなかった。そういうことか、そうだったのか・・・・。

美坂父「とりあえず香里と、あと川澄さんから事情は聞きました。あなたの話も聞いておきたいのですが。」
 

とりあえず自分の言葉で、事の成り行きを説明する。
 

美坂父「・・・わかりました。」

そういって立ち上がる美坂父。

美坂父「今日中には、出られますよ。」

自信たっぷりに言い切るその姿に、俺は頼もしさを感じずにはいられなかった。



面会を終え、代用監獄に戻る。
今日中に出られると美坂父はいっていた。これから警察官と丁々発止の渡り合いでもやるのだろう。
その決着が付くまでは、俺は待機というわけだ。

祐一「・・・・・・・。」

暇だ。

寝坊するくらい寝たから、眠ることも出来ない。
こんな事なら、ポケットに毛沢東語録でも入れておくんだった。
暇つぶしくらいにはなっただろう。
間違いなく、釈放が消えるだろうが。

仕方ない、歌でも歌おう。

祐一「♪かあさんが、よなべをして・・・」

「うるせえっ、暗い歌歌うなっ!」

同居人に怒られてしまった。
歌も歌えないなんて、世知辛い世の中だ。



看守「相沢、出ろ。」

祐一「いよいよ死刑執行台か?」
看守「ばかやろ、釈放だよ。」

祐一「そうか。もう、あんたともお別れなんだな。」
看守「・・・・・。」

祐一「せっかく、友達になれたのにな。」
看守「そんな覚えはない。」

祐一「さみしいな・・・また会いに来ていいか?」
看守「・・・出たくないのか、お前?」

祐一「そんなこと全然ないぞ」



廊下の先に、舞の姿が見えた。

祐一「おお、舞っ、愛しのラブリー舞〜!」
「・・・・・・・。」

抱きつこうとする俺は、しかし、指一本でそれを留められてしまった。

祐一「舞、こういう感動の再会シーンでは、普通抱き合うものなんだぞ。」
「・・・北川君でもそうするの。」

祐一「それは違う。だが恋人同士の再会は、別だ。さあ、もっかい行くぞ」
「・・・・・・・。」

祐一「ああもう、ここで突っ込んでくれなきゃ。香里なら、『あんたなんかと恋人同士じゃないわっ!』てぶん殴ってくるんだけどな。」

美坂父「香里は・・・そんな事するんですか?」
香里「・・・しないわよ。」
祐一「はっ、美坂父!香里まで・・・・。」

見渡すと、佐祐理さんに名雪、北川までいる。

祐一「なんということだ。」
名雪「『なんということだ』じゃないよ。心配したんだから。」
北川「そうだぞ。こんな時は一言、謝罪の言葉の一つもあってしかるべきじゃないか。」

祐一「俺は何も悪い事しとらん!」
美坂父「その通りだ。」

満足げに言い切る美坂父。
そうだ、悪い事してないっていっても、この人のおかげで出られたことには変わりないんだよな。

祐一「・・・この度は、お世話になりました。」

深々と頭を下げる。舞も、それに倣った。

美坂父「うん、・・・まあ、気をつけることだね。今回は現場警官に手落ちがあったから良かったが・・・・。」

美坂父によると、こういう微罪での逮捕は、大概が別件での余罪を追求するのが目的なのだという。
そっちの方で立件の見通しがついてしまえば、たとえ当初の逮捕理由が違法でも、釈放の余地はなくなってしまうのだそうだ。

美坂父「川澄さんから一枚の調書も取れなかったのが、彼らにとっての不幸だったな。」

美坂父は、やはり満足げに語った。癖なのだろう。

いや、最大の不幸は、たった一晩でこんな優秀な弁護士が付いたことだろう。
口にこそ出さないが、別件での立件を目差している警察から釈放を取り付けるのは、並大抵のことではなかったはずだ。
そう考えるとつくづく、美坂親子に感謝しなければと思う。

佐祐理「あ、あの・・・」

佐祐理さんが口を開く。

佐祐理「弁護料とかの方は、どういたしましょう。こう言ってはなんですけど、私たち学生ですから、直ぐには用意できないと思うんですけど・・・。」

そんなものがあったか。

美坂父「弁護料ねえ・・・・。まあ、気にしなくていいですよ。」

さすがにそんなわけにはいかない。美坂父だって、これが仕事なのだ。

祐一「いえ、必ずお払いしますから。確かに直ぐは無理ですけど・・・」

美坂父「・・・・わかりました。出世払い、ということで。」
祐一「え・・・?」
香里「まさに不良債権ね・・・・。」

香里が首を振る。

美坂父「それでは、わたしはこれで。」

呆気にとられる俺を余所に、美坂父はさっさと話を切り上げてしまった。

美坂父「香里、今日は・・・どうするんだ?」
香里「・・・残るわ。明日も学校あるから。」

美坂父「・・そうか。」

そんな会話を香里と交わした後、美坂父は去っていった。



「・・・香里さん、ありがとう。」

帰途、突如舞が香里に頭を下げる。
背の高い舞がそんなことをする姿は、何となく滑稽だった。

香里「いいのよ。もう気にしないで。」
「・・・でも、香里のお父さんにも迷惑かけた。」

香里「・・・いいの。こんな時でないと、役に立たないんだから・・・。」

まるで独り言のように呟く。

「・・・・・・・。」

名雪「誰が悪いわけでも、無いんだよ・・・。」

祐一「そうだよな・・・・。」

そこでふと思い起こす。何故俺達が、正確には舞が逮捕されたのか。
別件捜査の可能性。
なんの件だ?

祐一「なあ、別件って、なんのことだと思う?」
北川「同一犯による別の事件のことだろ。」

祐一「もういい、お前帰れ。」
北川「俺が何したって言うんだ!」

非難する北川を見て、ふと思い起こしたこと。
こいつと名雪が知らない、俺達の事件があったな・・・。

もちろん、今回の逮捕と関わっているかどうかはわからない。
でも

祐一「調べてみる価値はあるかもな・・・・。」
 
 

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