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勇者佳奈多と百万円の壷

 

第九話 『姉妹』の結束

 
 
 
 あの坂を登れば海が見える。そんなことを言ったのは一体誰だろうか。裏山の坂を上りながら、佳奈多はそんなことを考えていた。魔王討伐というしょうもない任務の為に上るのは、そろそろ終わりにしたい。そうも考えていた。そして坂を登り切った棗恭介言うところの魔王の館のある場所に辿り着いたとき、佳奈多の目に飛び込んだのは彼女が予想だにしなかった光景だった。
 魔王の館の入り口の前で、自称大魔王であるところの棗恭介が、四つん這いになって地面に這いつくばっていた。何かから逃げたくて、しかし逃げられない、そんな苦悶の表情を浮かべていた。ズボンが何かに引っかかって動けない、佳奈多の目には一瞬そう映った。正確にはそれは違った。恭介のズボンは引っかかっていたのでは無く、人の手によってしっかりと掴まえられていた。あーちゃん先輩の右手が恭介のズボンの裾をしっかりと掴んでいた。恭介のズボンを守るはずのベルトは、原因はわからないが外れていて、ズボンは後ろにずれて恭介の肌は露出していた。あと少し、ほんの少しだけあーちゃん先輩が右手に力を入れれば、恭介のズボンは脱ぎ降ろされてしまう。まさにそんな状況だった。
 
 
 
 佳奈多はその状況を前にして、何も言葉を発することが出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。佳奈多が立ち止まってしまったので、すぐ後ろにいた理樹が軽くぶつかってしまった。
「どうしたの佳奈多さん、後ろつかえて──」
 佳奈多の後ろから前方の状況をのぞき見た理樹も、また固まってしまった。
「どうしたんデスカ理樹君──あっ」
 理樹の後ろを歩いていた葉留佳も、また絶句した。葉留佳の後ろを歩いていた謙吾は、背が高い為に声を発する前に、前の方で何が起きているのかを見てしまった。このまま何も見なかったことにして、回れ右をして山を下りた方がいいのだろうか。謙吾はそう思った。
 
 誰も何も言わなかった。その場にいる全員が無言で立ちすくんでいる、そんな状態が数分続いた。何か言った方がいいのだろうか、山を登ってきた4人がそんなことを考え始めたとき、あーちゃん先輩が口を開いた。
「…わざとじゃ無いのよ?」
「はぁ」
 佳奈多が気の抜けた声で返した。あーちゃん先輩はその返答が不服そうだった。
「信じてくれないの?」
「普段が普段ですし」
「普段の行いがあるからこそ信じて貰えると思ったんだけどなあ」
「そう言われても。私や棗先輩の前ではいつもふざけてばかりじゃ無いですか」
「一応人は選んでるつもりなんだけどねえ」
 そう言った後、あーちゃん先輩ははっとしたように顔を上げた。
「あたし今何してると思われてるの?」
「この間上を脱がせてたので、今度は下なのかな、と」
「かなちゃんあなた一体何を言ってるの?」
「えっ?」
「そりゃあ、かなちゃんは普段から直枝君にそういう事してるのかもしれないけどさあ」
「はあ!? ちょ、ちょっと一体何を言ってるんですか!」
「だってかなちゃんが言い出したことだしぃ」
「違います! 私、そんなことしてません! してませんから!」
「そうだよ!」
 理樹が佳奈多を弁護する為に、一歩前に進み出た。
「佳奈多さん、最近は同意無しにそういう事はしないよ!」
「昔はしてたのか…」
「最近でも同意があればするんデスカ…」
「直枝君…かなちゃんをかばったつもりなんだろうけど、ううん、だからこそ、その発言は無いと思うわあ」
「えっ? えっ? あれ?」
 自分の弁護が裏目に出て、理樹は戸惑っていた。佳奈多は肩を震わせていた。
「違うんです…違うんです…」
「うん。何が違うのか聞いてあげるから、言ってみな」
「直枝がズボンにお茶こぼして…洗濯しないといけないし、だから脱がせたんです…それだけです…」
「うん、わかったけど……普通はそういう事しないからね」
「あーちゃん先輩こそ! 何してるんですか!」
「あたし? あたしは、恭介が逃げるから捕まえてるの」
「棗先輩のズボンずれてるじゃ無いですか」
「だからわざとじゃ無いって言ってるじゃないの」
「そう言われても」
「じゃあ、中立の立場の人間に説明を求めたらどうだ?」
 謙吾が仲裁するようにそう言って、あーちゃん先輩の傍らに立っている鈴を見た。鈴はその視線に気づいて顔を上げた。
「ん? あたしか」
「ああ。何があった?」
「あたしはあー姉様の味方だから、中立というわけでは無いぞ」
「そうなのか? まあいい、説明してくれ」
「話すと長くなる、どこから説明したものやら」
「長くてもいいから、わかるところから説明してくれ」
「そうか。じゃあ最初から話すとだな」
 鈴は状況の説明を始めた。
 
 
「鈴。あーのことを姉様と呼ぶのはやめなさい」
「いやじゃボケ」
「いやじゃじゃなくてだな、あーはお前の姉じゃ無いだろう」
「何を言うか。あー姉様はあたしが姉と認めた人だぞ。なぜ否定する」
「鈴。勝手に姉を増やしてはいけません」
「簡単に増やせないことくらいわかっている、だが兄の嫁ということにすればそれはあたしにとって姉になるじゃないか。おお、われながら素晴らしいアイデア」
「…鈴。そういうのはまずお兄ちゃんの承諾を得てからにしなさい」
「それって、いちいち兄の許可を得ないといけないものなのか?」
「当たり前だっ。お前、なに人の嫁勝手に決めてるんだっ」
「あー姉様いい人だからうちの兄とくっついたらいいなと、そう思っただけなのに…」
「いやそれは…。じゃあせめて、あーのことを姉様と呼ぶなら、俺のことも恭介お兄ちゃんと呼びなさい」
「なんでじゃボケ」
「いや…なんでじゃはこっちの台詞なんだが…」
「お兄ちゃんじゃないものをお兄ちゃんとは呼べない」
「俺はお前の実の兄だぞ?」
「認めたくないものだ、若さゆえの過ちというものを」
「過ちってなんだ…」
「愚かな兄を持ってしまった、己の人生に対する」
「鈴は俺のことをなんだと思ってるんだ」
「バカ兄貴」
「…せめてバカは取ってくれ…」
「だったらバカな行いをするのをやめてくれ」
「…確かに、己の行動の全てが賢明だとまでは、言わない、だが、俺は鈴の前でそんなに愚かな行動をしてきたか?」
「生まれてこの方十数年間、ずっと兄の背中を見ながら育ってきたが」
「そうだ、鈴はいつも俺の後ろから」
「こいつあほだなー、とずっと思ってた」
「り、鈴、お前…。そこにいるあー、お前が鈴に変な事吹き込むから、鈴がぐれただろうがっ!」
「あたしの所為にしないでよー。何にもしてないわよ?」
「そうだ、あー姉様の所為にするな。そもそもあたしはぐれてなどいない」
「お兄ちゃんをいじめるような子は、ぐれてるんですっ!」
「あたしお兄ちゃんいじめなんてしてない」
「…どうせまた、お兄ちゃんという生き物はいないとか言い出すつもりだろう…」
「あ、そうか。訂正する、あたしはバカ兄貴をいじめてなどいない」
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!」
 
 
 
「そしてうちの兄が逃げだそうとしたから、あー姉様がとっさに捕まえた。ズボンの裾を掴んだらたらたまたまベルトの金具が壊れた。それで足がもつれて、兄は地面に四つん這いになった。あー姉様はズボンを放さなかったので、兄のズボンはちょっと脱がされた。だいたいそんなところだ」
「つまり鈴が原因という話か」
「あたしだってそれなりに責任は感じている。だからこうして兄の行く末を見守っている」
「むしろ鈴にこんな姿を見られたくは無かった…」
「恭介、意見していいか? 脱がされたのならはき直せばいい話だと思うし、鈴の前でそこまで恥をかかずに済むと思うが?」
「その為にはあーの方に戻らなければならない…」
「戻るって…たかだか数Cmだろう」
「1mmたりとも戻ってはいけない、戻ったら負けなんだ…」
「なんでそこまで…」
「俺は…自由でいたいんだ…」
 恭介が苦痛の表情で語り出した。
「もしここで俺が、ズボンを直す為に後ろに戻ったとするだろう。そうするとあいつはきっとこう言うんだ、『逃げようとしていた恭介が、立った1mmでもあたしの方に戻って来た、これは二人の関係にとって大きな進歩よね』、と」
「さすが恭介よねえ。あたしのことよくわかってくれてるわあ」
「そら見ろ…」
「こんな感じで、かれこれ小一時間こーちゃく状態が続いている」
「一時間って…」
「そろそろバッテリーが持たないと思う」
 そう言って鈴は、魔王の館の入り口の方を見た。美魚や小毬たちが様子をうかがっていて、美魚は携帯で恭介の様子を撮影し続けていた。
「…最近の携帯は高画質な録画が出来るのはいいのですが、バッテリーの持ちが悪いのが難点ですね…」
「撮影だけで一時間って持たな過ぎじゃ無いですカ?」
「部屋を出てから充電してませんし。それにネットで生中継しているので、たぶんその所為では無いかと」
「ネット中継って…美魚ちん残酷な事しますネ」
「恭介派の方たちに現状をお伝えするのが、この場にいる者としての義務だと思ったので」
「すごいんだよ、視聴者500人超えてるの」
「校外の人も大勢見てるみたいですねえ」
「恭介の背筋にみんな興味津々だからな」
「うん、それは違うと思うな」
「…括約筋ですよね」
「うん、それも違うから」
「お前ら俺を見世物にするんじゃない!」
「であれば恭介さんが変な意地張らずに戻ればいい話だと思うのです」
「私としては脱がされる方に一票入れたいですね…」
 恭介は泣き出しそうな顔になり、地面に頭を埋めた。暫くそうした後、顔を上げて佳奈多の方を見ながら話し始めた。
「二木…いや勇者佳奈多。今俺は、勇者の正義感に問いかけたい。この現状を見てどう思うかと。確かに俺は大魔王などと名乗って混乱を作り出した。生徒を煽って反乱まがいのこともした。いつか勇者に討たれる、当然その覚悟はあった。だがしかし。しかしだ。こんな屈辱を与えられることは想定していなかった。大魔王としての地位も誇りも名誉も全て、最高権力者を名乗る女に奪われてしまった。見ての通り不当な屈辱まで与えられている。勇者佳奈多よ、それでもお前は、俺を敵とみなすのか。今お前が戦うべきは、そこにいる最高権力者のあーじゃないのか」
 佳奈多は恭介の言葉を黙って聞いていた。そして恭介が話し終えるとそっと横を向き、口元を押さえて、肩を震わせ出した。
「お、お前、笑うなんて失礼じゃないかっ!?」
「だ、だって。こんな状況で、四つん這いであーちゃん先輩に脱がされかけてるのに、そんな決め台詞みたいな事言われても」
「イヤシカシ、うちの姉が吹き出すなんて珍しい」
「そうだよ恭介、佳奈多さんが吹き出しちゃうなんて滅多に無いことだよ。こんな状況に立たされても尚、佳奈多さんを吹き出させる事が出来るなんて。やっぱり恭介はすごいよ。さすがだよ恭介」
「理樹…お前は時々変な方向に俺のことを持ち上げてくれる…」
「ごめん恭介、僕なりに恭介を助けようとしたんだよ」
「ああ、それはわかってる」
「でも僕じゃ事態を打開できないみたいだ」
 そう言って理樹は、まだ肩を震わせている佳奈多の元に歩み寄った。
「佳奈多さん。恭介のこと、助けてあげられないかな?」
 理樹の言葉を聞いた佳奈多は、深呼吸をして息を整え笑いを鎮めた。
「──そうね。さすがに今のこの状況は理不尽だとは思うし。それに妹の前で恥はかきたくないものよね」
「うん、それに関してはもう手遅れだと思うけど。僕たちが出会ったときから」
「理樹までそんなことを言うのか…」
「だって鈴がそう言ってるよ」
「あたしはずっとそれを主張してきたのに、兄が聞く耳を持ってくれなかった」
「鈴は兄という存在について何か誤解している…」
「いい加減現実を認めたらどうだ恭介」
「いやだ。俺はかっこいいお兄さんでいたいんだ…!」
「あたしはかっこいい恭介よりおもしろおかしい恭介の方が好きだなー」
「お願いですからあなたは黙ってて貰えないでしょうか…」
「えー。ひどぉい」
 あーちゃん先輩が不満気な顔をしたので、外野までもが恭介に野次を飛ばした。
「別にかっこ悪くてもいいじゃないか」
「恭介さん。かっこ悪くたって、恭介さんは恭介さんだよ」
「どんなにかっこ悪くたって、みんな恭介さんの味方ですよ…?」
「そう言ってお前ら俺の味方全然してくれて無いじゃないかっ! 今、現に!」
 恭介はしくしく泣き出した。そろそろ介入して止めるか、佳奈多がそう思って足を踏み出したとき、携帯を手にしたクドが駆け寄ってきた。
「佳奈多さん。来ヶ谷さんから伝言です」
「来ヶ谷さんから?」
「はい。『あの決め台詞はいつ言うつもりだ?』だそうです。」
「こっちの状況が見えてるかのような言い方ね…」
「見えてるのでは無いでしょうか。ネット中継してますし」
「ああ、そういえばそうか」
 佳奈多は携帯を手に撮影を続ける美魚の方を見た。佳奈多は一瞬考えた。
「あれ、さっきバッテリーが切れそうだって」
「最近はモバイルバッテリーという便利なものがあるのですよ」
「そう。じゃあこのまま中継が続くのね」
「そうなりますね。で、決め台詞って何ですか?」
「ええ、なんだったかしら…」
 佳奈多は一瞬悩み、そしてポケットに唯湖から渡された紙が入っていたことを思いだした。佳奈多は紙を取り出し開いて中身を確認した。クドも中身を覗き込んだ。
「どういう意味ですかこれ?」
「私に訊かないで…」
 クドの携帯が震え、クドは開いてメールを確認した。
「『さっさと言え』と来ヶ谷さんが言ってます」
 佳奈多は再び美魚の方を見た。中継は続いていた。ああ、あの人は私に恥ずかしい事させて楽しみたいだけなんだな、と佳奈多は思った。様子を察した理樹が佳奈多に歩み寄って、佳奈多の手を取って言った。
「大丈夫だよ佳奈多さん。僕がついてる」
「うん。ありがと…」
 佳奈多は一瞬頬を赤らめた。そして気合を入れるように首を振り、顔を引き締めて、あーちゃん先輩の方を向いた。
「あーちゃん先輩!」
「は、はい。なに?」
「そろそろ棗先輩…えっと大魔王棗恭介を解放してあげて下さい」
「えー? やあよ」
「やあよじゃないです、放して下さい」
「どっちに転んでもおいしい状況なんて、滅多にあるものじゃないのよ? それをみすみす手放せというの?」
「おいしいって…やっぱり脱がせること考えてるんじゃ無いですか」
「あたしが脱がせるんじゃ無いの。恭介が、自分の意志で、あたしと鈴ちゃんの前で、ズボンを脱ぐの」
「お前、それじゃ俺が変態みたいじゃないかっ」
「それが嫌ならもう一つの方を選べばいいじゃない。あたしとしてはそっちの方がいいし」
「だからそれは嫌だと…」
「じゃあ脱ぐの?」
「俺は鈴の前で脱ぐような変態兄貴じゃ無い…」
「確かにあたしの前で脱いだことは無いかもしれないが、しかしこいつは理樹の前ではよく脱いでいた」
「うわー」
「お前、それはたぶん、水遊びとかしてるときに着替えてただけだろう…。それに謙吾や真人も一緒にいたはずだ」
「いたっけか?」
「記憶に無いな」
「お前ら…」
 佳奈多はその様子を見てはぁと溜息をつき、一息置いてから改めて言い直した。
「あーちゃん先輩。もうそれくらいで放してあげて下さい」
「放したくないなあ」
「あーちゃん先輩。それ以上横暴を続けるようなら…その…」
 佳奈多は手にしていた紙を改めて見て、そして続けた。
「私達、東リトルバスターズが許しません!」
「え。今、なんて?」
「2回も言いません」
「ほんとによく聞き取れなかったんだけど」
「私達が、許しません」
「その間が聞こえなかったんだけど」
「ひ、東リトルバスターズ、です」
「なに、それ?」
「知りません! 来ヶ谷さんがそう言えって言うんです!」
 あーちゃん先輩は恭介と理樹を交互に見た。
「あのー、あれ? あたしの所為でリトルバスターズが東西に分裂したとか、そういう設定なの?」
「だから私に訊かれても…」
「かなちゃんが言ったんじゃないのよー」
「そうですね。じゃあそういうことにしておきましょう、しておきます」
「うん、じゃあ、そういうことでいいわよ。で、西側の最高権力者であるあたしは、東側におしおきされちゃうの?」
「おしおきとまでは言いませんけど…そろそろ大魔王棗恭介を解放してあげて下さい」
「見返り無しに?」
「見返りって、あなた…」
「かなちゃんはいいわよねー。随分といい思いしてるみたいだしぃ」
 そう言ってあーちゃん先輩は物欲しそうに佳奈多の手元を見つめた。佳奈多は理樹の手を握ったままだった。
「えっ!? いや、あの、これは、違うんです」
「何が違うっていうのよ」
「だからその…直枝もいつまで握ってるのっ」
「え? あ、ごめん」
 佳奈多と理樹は手を放し、ふたりとも赤くなって目を逸らしてしまった。
「ほらまた見せつけてくれちゃって。それであたしには恭介を放せって言うの?」
「そう言われても。さすがに私が勝手に、放さなくていい、なんて言うわけには行きません」
「黙って見逃してくれるだけでもいいのよ?」
「それも無理です。その、勇者の立場と言いますか…」
「ナルホド。事態を打開できずに困っておるようデスナ」
 葉留佳が両手をひろげて佳奈多の前に出てきた。
「ではこのネゴシエイターはるちんが、大魔王棗恭介と交渉してこの戦乱の世を和平に導いて見せまショウ」
「あなたの称号はひーらーでは無かったのですか?」
「…美魚ちん今意図的に省略したよね」
「いいえ決してそんなことは…」
「まあイイデス。実力で名誉を勝ち取って新たな称号を手に入れて見せますヨ」
 そう言って葉留佳は恭介の目の前に歩いて行き、目線を合わせる為にしゃがみ込んだ。恭介は一瞬目を逸らした。
「そういうわけなので、妥協して下サイ」
「俺をあーに差し出す気か…」
「まあ、なにがしかは差し出して貰わないと。そうですね、例えば世界の半分とか」
「そうか、世界か。いやそれで済むのなら」
「実は既に契約書を用意してありマス」
「やけに用意がいいな」
「はるちんこう見えて出来る女ナノデ」
 葉留佳 は契約書を恭介が読めるように差し出した。
「えっと…。大魔王棗恭介は、世界の半分を最高権力者あーちゃん先輩に引き渡す。残りの半分は東リトルバスターズのものとする」
 恭介は顔を上げて縋るように葉留佳を見た。
「俺の分は?」
「あんたこの状況で自分の分け前主張できると思ってるんデスカ?」
「いや…その、せめて俺の身の安全を保証しては貰えないだろうか」
「はあ。どうして欲しいと?」
「東側に行きたいです」
 あーちゃん先輩がええーと言いたげな顔をしたのを、葉留佳は読み取った。
「それでは西側が納得しないデス」
「人道的見地から亡命させて下さい」
「人道的見地からあー姉様の思いを叶えて欲しい…」
「あなたの妹さんはああ言ってますケド」
「なら政治亡命を希望します」
「ただの痴話喧嘩を政治問題にされてモ」
「じゃあどうしろって言うんだっ…ッ!」
 恭介は泣き顔になって両手を地面を叩きつけた。
「俺は、こんな事の為に…こんな事になるなら…これじゃ、呼びかけに応えた意味が無い…」
「なんで君たちはそういう事を言い出しますカネ」
 あーちゃん先輩が恭介のズボンを掴んだまま佳奈多に話しかけた。
「かなちゃん、呼びかけってどういうこと?」
「さあ。私にも何の事だか」
 葉留佳が慌てた表情になった。困惑と怒りが入り交じったまま、恭介を問い詰めるように顔を近づけた。
「恭介さ〜ん…!」
「いや…今のは確かに俺が悪かった…」
 佳奈多はゆっくりと葉留佳に歩み寄っていった。
「どういうこと、葉留佳?」
 葉留佳は観念した表情になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次回
 
 真実を知った佳奈多。知られてしまった葉留佳。全てを知っていたつもりの恭介を横目に、あーちゃん先輩は鈴に優しく微笑みかける。信じるべき善意は結局どこにあったのか、そこに本当に悪意は無いのか。その全てを佳奈多は知ることが出来るのか。
 次回 勇者佳奈多と百万円の壺、最終話「世界の中心で茶碗と叫ぶ謙吾」
 
 
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