翌朝。謙吾の案内で、佳奈多達勇者一行は大魔王棗恭介の魔宮の前まで来ていた。
「随分あっさり到着してしまいましたネ」
「知っていれば通りにくい道でも無かったですしね」
「あの道、謙吾君が作ったの?」
「ああ。秘密基地を作るときに資材を運びやすいように、整備しておいた」
「オレはあんな道知らなかったぞ」
「貴様にバレ無いような作り方をしておいたからな」
「てめえ…」
謙吾と真人が睨み合っているのをよそに、佳奈多は魔宮の入り口まで歩いて行った。入り口には扉代わりにすだれがかけてあり、その傍らには「準備中」の札が掲げられていた。
「…前回の件で学習したのかしら」
「前回何かあったのですか?」
「かなちゃんが、無神経にずかずか入り込んでいったから。勝手に入ってくるな、って札掲げてるのよ。かなちゃんってば、真面目ぶって非常識なとこあるから」
「あーちゃん先輩だって棗先輩の服の中に手をつっこんでりしていたじゃないですか…」
「前回一体何があったのですか…」
「…とりあえず、準備が出来るまで待ちましょうか」
そう言って、佳奈多は腕組みをして待機の姿勢を取った。その場にいる他の面々も、それぞれの方法で時間つぶしを始めた。謙吾はコマを回し、葉留佳が喝采をあげていた。
「戦争なんてくだらねえみんな俺のコマさばきを見ろおぉっ!」
「地球が自転するプラネットダぁンス!」
「てめえ…昨日から一体何なんだよ」
「貴様には負けん、と言ったはずだ」
その様子を、佳奈多は入り口の前に立ったまま見つめていた。そんな佳奈多にあーちゃん先輩がそっと声をかけた。
「仲間に入りたいの?」
「そういうわけではないです。葉留佳が楽しそうにしてるのは微笑ましいですけど」
「割とはっきり言うのね」
そう言ってあーちゃん先輩は、入り口をちらりと見た。
「…これだけ楽しげにしてるのに、中から出てくる様子が無いわねえ」
「あーちゃん先輩ならすぐ出てきそうですけどね」
「アタシ神話の神様じゃ無いわよ?」
「そういう意味で言ったんじゃないですけど」
「あらそう。しかし遅いわねえ、いつまで準備してるのかしら」
「飲食店とか、準備中と言いつつ実際には中に誰もいない、ということもよくありますよね」
「むしろそっちの方が多いけどね」
「確認した方がいいでしょうか?」
「どうやって?」
「呼びかけてみるとか」
「じゃあやって」
「…なんか恥ずかしいです」
「たぶん顔見知りしかここにはいないわよ?」
「だからこそです」
「困った子ねえ。じゃあ、ちょっとだけ中覗いてみたら?」
「お願いします」
「かなちゃんがやるのよ?」
「私がやったら、覗いた瞬間に、覗き趣味の変態少女とか言い出すつもりじゃないんですか? あとかなちゃんじゃないです」
「随分疑り深くなったのねえ」
「おかげさまで」
「しょうがないなあ、じゃあアタシが先にちょっと見てあげるわ」
そう言ってあーちゃん先輩はすだれをほんの少しだけずらして、中を見た。そしてすぐに顔を引っ込めた。
「かなちゃん。かなちゃん、ちょっと中見てみて」
「かなちゃんって呼ばないで下さい。なんですか一体」
「いいから。ちょっと見てよ」
促されるままに、佳奈多はすだれを押しのけて中を覗き込んだ。中では理樹が着替えをしていた。
「あら」
佳奈多は思わず声を上げた。理樹は佳奈多に気づいた。
「えっ。佳奈多さん!?」
「ん? なんだ、二木が来てるのか?」
少し奥の方からもう一人の声がしたので、佳奈多がそちらを見ると、そこには椅子に座って腕と足を両方組んでいる恭介の姿があった。佳奈多は思わずすだれをかき分けて中に入っていった。
「ちょっと何してるんですか…直枝をこんなところで着替えさせて、それを観察していたんですか!?」
「え? いやそういうつもりでは無いんだが…」
「椅子にふんぞり返って直枝の着替え見てたんじゃ無いんですか?」
「いや、たまたまこういう姿勢取ってたときにお前が入ってきたから、そのまま固まっちまっただけだ」
「着替えを見てた理由にはなりませんけど」
「それは…違う、誤解だ。奥に鈴がいるし、見張っていただけだ。やましい気持ちやよこしまな感情など…無い。俺はただ純粋に理樹を見つめていた」
「ええっ!? 結局見てたの!?」
驚きの声を上げる理樹をかばうように、佳奈多が理樹と恭介の間に割って入る位置に立った。
「待て二木…お前は今、相当な誤解をしている」
「何が誤解ですか。準備中と言うから大人しく待っていたら、こんな…」
「だからそれが誤解だと…」
「かなちゃーん。なんか騒ぎになってるみたいだけど、大丈夫?」
外からあーちゃん先輩の声が聞こえてきた。その声を聞いて、佳奈多も恭介も一度呼吸を整えた。
「…一度外に出ないか? 落ち着いて話をしよう」
「そうですね。さすがに外でならいかがわしいこともしないでしょうし」
「あの、僕まだ着替えの途中で…」
「ならさっさと着なさい」
「はい」
「私は先に出て待って…いえそれはだめね。棗先輩いえ大魔王棗恭介、あなたが先に出て下さい」
「そこまで信用を失っているのか…」
苦渋に満ちた表情で恭介が外に出ていき、それについて佳奈多も外に出た。外ではあーちゃん先輩と美魚が待機していた。美魚が目を潤ませながら佳奈多に話しかけてきた。
「中で何があったのですか?」
「たぶんあなたが想像している通りよ」
「…そうでしたか。私も様子を見に来るべきでした。コマなどに夢中になっていた私が馬鹿でした」
「待て。コマなど、とはなんだ」
謙吾が抗議の声を上げた。
「中で行われていた美しい行為に比べたら、コマなど取るに足りません」
「西園も二木も俺という人間を誤解している…」
「じゃあまず誤解を解きなさいよ。こっちは準備中とか言って散々待たされてたわけだし」
「準備中? ああ、あの札のことか。いや、あれはだってお前らが前回…」
そう言って恭介は一度あーちゃん先輩の顔をちらりと見、そして苦痛の表情を浮かべた。あーちゃん先輩が苦笑いをし、暫しその場が静粛になった。
それを引き取るように、佳奈多が続けた。
「準備中なら準備中でいいです。で、それはいつ終わるんですか?」
「…そこにいるあーが撤収するまで…」
「あーちゃん先輩帰って下さい」
「えー。何それ、かなちゃん冷たすぎない?」
「ごめんなさい私には無理でした他の条件を考えて下さい」
「くそっ…なんなんだお前ら」
「私はただ、そこの準備中の札をさっさと変えて欲しいだけです」
「札を変えればいいのか。変えればいいんだな? だったらこうしてやる」
恭介は準備中の札を取り外し、代わりに別の札に何かを書き込んで、それを取り付けた。新しく取り付けられた札には「冷やし中華始めました」という一文が書かれていた。
「…ナンデスカコレハ」
「準備中だとうるさく文句を言う人がいるから、取り替えた」
「いつからここはラーメン屋になった」
「ドラッグストアで野菜を売る時代だぞ。大魔王の魔宮で冷やし中華出して何が悪い」
「別に悪いとまでは言いませんが…」
佳奈多は何も言わず腕組みをしていたが、暫くして口を開いた。
「そうですね。じゃあ、注文お願いします。冷やし中華、ここにいる人数分」
「えっ」
「冷やし中華を人数分です。ええと、私にあーちゃん先輩、葉留佳、西園さん、神北さん、クドリャフカ、宮沢、ええと井ノ原も一人前に数えていいのかしら」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「たくさん食べそうだから一人前で足りるのかしら、と思っただけよ。とりあえず8人前ね」
「いや、あの」
「何? さっさと出して頂戴、冷やし中華」
「大変申し上げにくいのですが、材料が無いのです…」
「材料が無い? 材料が無いですって? 材料も無いのに冷やし中華始めましたなんて大口叩く内容の看板を出したというわけ?」
「その件につきましてはただいま担当の者が不在でして」
「看板変えたのあなたじゃ無いの。あなたが担当じゃ無いの?」
「上の者と相談しないと」
「あなた大魔王でしょう。ここで一番偉いんじゃ無いの?」
「一番偉くても材料が無いのはどうしようも無いんだ、わかってくれ」
「材料ならここにあるぞっ」
中から鈴が物資を携えて出てきた。
「小麦粉に、酢に、醤油。これだけあればできるんじゃないのか?」
「いや、待て鈴」
「…出来ないのか?」
「そういう問題では無く。俺に、作れと? この場で、冷やし中華を」
「何よ恭介ったら。折角鈴ちゃんが材料見つけてきたのに、つまらない言い逃れしようというわけ?」
「妹の好意を無にするなんて殆ど犯罪ね」
「鈴ちゃんえらいよ鈴ちゃん」
「やめれ…」
「くそっ…何だこの展開は…ああ、わかったよ、作ればいいんだろう、作れば。冷やし中華8人分!」
「ボウルと麺棒もちゃんと持ってきた」
「ありがとよ鈴…」
「褒められた!」
恭介は少し涙目になりながら小麦粉をこね始めた。
「ほんとに作り出しちゃいましたヨ」
「いいじゃない。朝ご飯まだだったし」
「朝から冷やし中華ですか…。いいですけど、でもこのままだと具無しになりますよ?」
「さすがにそこまで文句は言えないわ」
「おお、大魔王様が自ら生地をのばしていらっしゃる」
「なんと凜々しく神々しいお姿。ありがたやありがたや冷やし中華大魔王」
「お前ら…実は俺の事馬鹿にしてるだろう…」
「そんな事は無い。それよりこの後どうやって茹でるんだ? 燃料が切れたけど買いに行く金が無いという話を聞いた記憶があるが」
「電気コンロがあるからそっちを使う…鈴、湯加減を見ていてくれ」
恭介は電気コンロを発電機に繋いで、自転車をこぎ始めた。
「火力足りないぞー。がんばれー。がんばって漕げー」
「くそっ…何で俺がこんな目に…」
「ごめんね恭介さん。たぶん自業自得だと思うの」
「今ここに俺の味方は一人もいないのか…」
「あたしちゃんと手伝ってるだろ」
「ありがとよ鈴…」
「褒められた!」
ちょっとした騒ぎの中、魔宮の中から理樹が顔を覗かせようとしていた。それに気づいた佳奈多は、入り口の所まで行ってそっと理樹を押し戻した。
「直枝は見ない方がいいわ…」
「えっ。どうして?」
「武士の情けよ」
「意味がわからないよ…」
「いいから中で大人しくしてなさい」
佳奈多は理樹を中に押し込み、蓋をするように入り口の前に立った。
暫くして、紙皿に盛った即席の冷やし中華を手に恭介がやってきた。
「冷やし中華…8人前…お待ち…」
「随分とお疲れですね」
「当たり前だろう…お前…自転車でお湯沸かすのがどれだけ大変か…」
「そうですね。暫く座って休んでて下さい。直枝、椅子持ってきてあげて」
理樹が椅子を持って中から出てきた。
「うわっ。どうしたの恭介、すごい汗だよ!?」
「ちょっとな…」
「着替えた方がいいよ。僕取ってくるから、恭介座ってて」
理樹は中に戻り、恭介は椅子に座った。椅子に座った恭介の服をあーちゃん先輩が脱がせ始めた。
「待て…お前…何をしている…」
「着替えるんでしょ? 脱がないと着替えられないわよ」
「お前が…脱がせる必要が…どこにある…」
「疲れてるんでしょ? 無理しないで、アタシが代わりに脱がせてあげるから」
「お前が脱がせたいだけじゃ無いのか…」
「だったら何なの?」
「否定すらしないのか…」
「袖が引っかかるわねえ。西園さんと神北さんちょっと手伝って。全部脱がせるから腕持っててあげて」
「いや…ちょっと待ってくれ…」
「なに。女の子3人に脱がされるのは嫌だって言うの?」
「…常識で判断してくれ…」
「アタシ一人に脱がせて欲しかったのかぁ。ごめんね気づけなくて」
「なんでそうなる…」
「常識で判断しろって言ったじゃない」
「今の…俺が間違ってたのか…?」
「あらぁ。自転車でお湯沸かすだけあって良い筋肉してるわねぇ」
「俺の筋肉を褒めても何もでないぞ…真人は写真に撮るんじゃ無い」
「後でアタシにも送ってね」
「送らなくていい…」
「恥ずかしがり屋さんねえ。照れちゃったのかしら、汗の量が増えたわよ」
「むしろ怒りの方だ…」
「冷ましてあげるわねー。ふー。ふー」
「やめろ…服はまだなのか…」
理樹が中から出てきた。
「ごめん恭介、着替え、無かったよ…」
「今、なんと?」
「ごめん恭介、着替え、無かったよ…」
「待ってくれ理樹…俺にこのまま…上半身裸でいろと…?」
「仕方ないじゃない着替えが無いんじゃ」
「仕方ないで済むか…お前…お前らがいるのに…」
「あら。何か問題あるの?」
「え?」
「オレは普段から上半身裸でいること良くあるけどな」
「ほら。問題無いって」
「そうか…俺今疲れてるからな…ちょっと判断力が…」
恭介は頭を垂れて、暫し沈黙した。そしてゆっくりと頭を上げた。
「いや…やっぱりおかしいだろう」
「何がおかしいって言うのよ。恭介が裸でいて、誰か損する人でもいるの?」
恭介はゆっくりと周りを見渡した。誰も恭介に同意する者はいなかった。
「もしかして…俺がおかしいのか…?」
「恭介疲れてるのよ」
佳奈多は、その様子を見ながら黙々と冷やし中華を食べていた。全部食べ終えた佳奈多は紙皿と箸を重ねて捨てに行こうとした。
「ごちそうさま。ゴミ箱どこですか?」
「あらかなちゃんったら、恭介の裸見てごちそうさまだなんて」
「何を言ってるんですか? 冷やし中華のことですよ」
「わかってるわよ。冷やし中華どうだった?」
「おいしくなかったです」
「待て…お前…人に無理矢理作らせておいて…おいしくなかっただと…?」
「嘘言っても仕方が無いじゃないですか」
「その割には全部食べたのですね…」
「残したら勿体ないし。ゴミ箱、中かしら」
佳奈多は中に入っていった。暫くしてすだれの隙間から顔を出して、理樹とあーちゃん先輩を手招きした。
「直枝、ちょっと手伝って。あーちゃん先輩も」
「え? 何?」
「また勝手に学校の備品持ち込んでるみたいなの。解体する前に仕分けするから、手伝って」
その声に恭介が顔を上げた。
「待て…俺がこんな状態なのに…今そんな事をするのは卑怯だろう…」
「何が卑怯なんですか」
「だから…今俺…疲れてるし…裸だし…」
「だったら余計な邪魔されなくて済みますし、丁度いいです」
「だから…それが卑怯だと…」
「私が脱がせたわけじゃ無いですし」
「いや…それはそうなんだが…」
「恭介お兄さん、お水どうぞ。落ち着きますよ」
「ああ、ありがとう…」
「今バカ兄貴の顔がゆるんだ…きしょっ」
「いや…違うんだ…今のは違うんだ鈴…」
恭介と鈴が言い合いを始めたのをよそに、佳奈多は理樹とあーちゃん先輩に目配せした。
「さっさとはじめましょう」
「僕とあーちゃん先輩だけでいいの?」
「中狭いし、一目見てわかる人だけで手早く済ませた方が効率いいわ」
佳奈多と理樹とあーちゃん先輩は中に入っていった。
「ねえ。もしかして、もうこのまま終わっちゃうの?」
仕分け作業をしながら、あーちゃん先輩が佳奈多に問いかけた。
「そうですね。余計な邪魔が入らなければ、これで任務完了ですね」
「なんかつまんないなあ」
「あなたを楽しませるためにやっているわけじゃありません」
「そうかもしれないけど。もうちょっと派手に、勇者と魔王の戦闘とか、あると思ってたんだけどなあ」
「戦わずに勝つ方がいいに決まってます。無意味な戦闘など非効率です」
「アタシは効率より楽しさを重視したいんだけどなあ」
そこであーちゃん先輩は、何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ。ちょっと能美さんと話してくるわ」
「え? ちょっと、あーちゃん先輩!?」
あーちゃん先輩は外に飛び出していった。
「あ、あーちゃん先輩。恭介さんだいぶ元気になりましたよ」
「そう。それはよかったわ」
「…このままでは終わらせないからな」
「ええ。アタシもそのつもりで戻ってきたの」
「何? おい、何を企んでいる」
あーちゃん先輩は恭介の言葉には応えず、そのままクドのそばにいった。
「能美さん。今からクラスチェンジって出来る?」
「え? クラスチェンジですか? 今になってですか?」
「そう。今になって」
そう言ってあーちゃん先輩は恭介の所にゆっくりと歩み寄っていった。
「ここまで、かなちゃんと一緒に行動してきて、アタシも随分経験値溜まったと思うのねえ」
「おい…俺にまとわりつきながら経験値とかいうのやめろ…誤解されるだろうが」
「あら、誤解じゃなくってよ」
「誤解じゃなかったら悪質なデマだっ!」
「もう。経験値って一体何だと思ってるのよ」
恭介は苦渋の表情で顔を逸らした。
「あの。それで一体、何にクラスチェンジするのですか?」
「そうねえ。今アタシ、権力者ってなってるから、レベルアップして最高権力者」
「わかりましたです」
クドはノートパソコンを取り出し、数文字打ち込んで登録作業を完了させた。数秒して恭介達の携帯が鳴った。
「登録完了しました」
「はーい。それじゃあ、今からこの魔宮は、最高権力者となったアタシが接収しまーす」
「は? お前、何をふざけた事を言っている」
「恭介にもアタシの指示に従って貰いますからね〜」
「何を言っている、俺は大魔王棗恭介だぞ。貴様の指示になど」
「困るなあ、アタシの方が偉いんだから、ちゃんと従って貰わないと」
「なんでそうなるんだっ」
「あのねえ。最高というのは、一番上だから最高なのよ。魔王よりも神様よりも、最高権力者の方が上に決まってるじゃない」
「何だその言ったもん勝ちみたいな理屈はっ」
「大魔王だって似たようなモノでしょうが。さてと、勇者サマにもこの事実を伝えないとね〜」
あーちゃん先輩は魔宮の中に入っていった。
「あーちゃん先輩何やってたんですか」
「ちょっとクラスチェンジをね〜」
「は? よくわかりませんけど」
「アタシは最高権力者になりました。大魔王棗恭介はアタシの配下に入り、この魔宮もアタシが接収しました」
「あの、意味がわからないんですけど」
「そういうわけだから、勇者様は出ていって下さいね〜」
あーちゃん先輩は佳奈多の腕を引っ張り、そのまま背中を押して外に向かわせた。
「え? ちょっとなんですか」
「勇者かなちゃんは勝利を目前に油断して、結局魔宮から追い出されるのでした〜。そういうこと」
「かなちゃんって呼ばないで下さい!」
「はいはい、吠えるのは出てってからにしてね〜」
佳奈多は魔宮の外に放り出されてしまった。
「あーちゃん先輩! これ、どういうことですか!?」
入り口の外、これまで佳奈多と行動を共にしてきた一同が集まっている場所よりさらに外縁に押しやられた佳奈多は、大声であーちゃん先輩に抗議し続けていた。
「随分不満みたいねえ」
「当たり前じゃ無いですか! 今までずっと一緒にやってきたのに!」
「だってかなちゃん、アタシの要望聞いてくれないんだもの」
「目的が違うって何度も説明してるじゃ無いですか!」
「目的って何よ」
「それは…」
「あー、そうか。直枝君を助け出すことだったわね。いいわよいいわよ、じゃあ直枝君はかなちゃんにあげる」
あーちゃん先輩は一度中に入り、理樹の手を引っ張って出てきた。
「え? え? え?」
「そおれ。かなちゃんの所に行けー」
あーちゃん先輩は理樹の背中を押した。バランスを崩した理樹は前のめりになり、は寝るようにして佳奈多の所まで進んでいった。
「おっと」
佳奈多は、自分の胸に飛び込む形になった理樹を受け止め、抱きかかえるようにして理樹の体を支えた。目の前にある理樹の頭を見て、佳奈多は無意識のうちに理樹の後頭部を撫でていた。
「ん…」
理樹は少しだけ声を上げた後は大人しくなり、そのまま動かなかった。一時、その状態が続いた。そして佳奈多は、はっとしたように周りを見た。全員が佳奈多と理樹に注目していた。
「ちょっと! 何見てるんですか!」
「えぇー。さすがにこの状況で、何見てんだとか言われても、ねえ?」
あーちゃん先輩が抗議の声を上げた。
「そういうのじゃありません! 直枝も、いつまで抱きついてるのっ」
「え? あ、ごめん…」
理樹は佳奈多から離れた。佳奈多は姿勢を戻して、きっとあーちゃん先輩を睨みつけた。
「おお、怖。でも直枝君は返してあげたんだし、これ以上文句言われる筋合いは無いと思うけどなあ」
「そういう問題では無くてですね」
「何、まだ何か不満なの? ああ、わかったわかった、じゃあ、三枝さんも返してあげるわ。あと、宮沢君もあげる。じゃあ、残りはアタシの所に集まってー、集合ー!」
葉留佳と謙吾以外はあーちゃん先輩の元にわらわらと集まった。残された葉留佳と謙吾は、仕方なさそうに佳奈多の所まで歩いてきた。
「ねえちょっとどうするの?」
「どうするって…」
「一体どういう状況なんだ。何か聞いてないのか?」
「何も聞いてないわよ。私も何が何だか…」
佳奈多達は混乱で話し合いもまともに出来ない状態だった。その間に、魔宮の前に集まっていたメンバーは全員が中に入ってしまい、残っているのはあーちゃん先輩と恭介のみになった。
「全員入った? かなちゃん達は入っちゃだめよー。ねえ恭介、ここってシャッター無いの? ガラガラピッシャンってやりたいんだけど」
「魔王の館にそんなものがあるかっ。現実で考えろ」
「大魔王とか魔王の館とかいってる人に現実とか言われてもねえ。まあいいか。これでも貼っときましょ」
あーちゃん先輩は、入り口の脇にある札の上に、「勇者立入禁止」と書かれた紙を貼った。佳奈多達はただ呆然とそれを見ているだけだった。
「そんなところで突っ立ってても何もいいこと無いわよー」
そう言ってあーちゃん先輩も中に入っていった。残された佳奈多達は、まだ呆然としていた。しばらく経ってから、理樹が口を開いた。
「とりあえず、山を下りようよ…」
「そうね…ここにいても仕方が無いし」
佳奈多達は行きに来た道を通って山を下りていった。助け出した理樹が加わったものの、人数は半分に減っていた。
次回
あーちゃん先輩の裏切りは佳奈多にも一般生徒達にも大きな動揺をもたらした。何をすべきか悩む佳奈多は、対策を話し合う過程で自分に足りなかったものを見いだしてゆく。
次回 勇者佳奈多と百万円の壺、第八話「対話」