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勇者佳奈多と百万円の壷

 

第五話 東の魔王

 
 
 
 
 
 二木佳奈多が現場に到着したときには、山道の入り口は赤い腕章をつけた風紀委員で固められていた。山側ではその進路を阻むように一般生徒数名が陣取っている。「決起」「棗恭介」等と書かれた、即席とおぼしきのぼり旗まで立っている。
「これは…」
 佳奈多の後に付いてきた葉留佳が息をのんだ。同じくついてきた5人も、等しく言葉を失っている。佳奈多の姿を認めた現・風紀委員長が、佳奈多の元に駆け寄ってくる。
「よく来て下さいました。我々では到底対処できる事態では無く…」
「ねえ、これはどういうこと?」
 現風紀委員長と話をしている佳奈多の後ろから、あーちゃん先輩が顔を覗かせて問いかけた。その後ろにいる一同も、無言で頷きながら説明を求めている。佳奈多はそれを理解して、現風紀委員長に説明を促した。
「私は電話で簡単に説明を受けたけど…改めてどういう状況なのか、説明して貰えないかしら?」
「直接の原因はわかりませんが、棗恭介が直枝理樹を連れて裏山の中にある自分の陣地に立てこもり、腹心の何名かに、解放のために行動を起こせ、というような指令を送ったようです。それが一般生徒の間にも伝わり、従前から棗恭介にシンパシーを抱いていた生徒達が続々と裏山に集結し、一部生徒が先鋭化して決起を主張し始め、それを受けて棗恭介が解放区の設立を宣言した…のがつい20分前の話です。我々が到着したのはその直後だったので、既に群衆の興奮を沈静化させることなど出来ず…」
 佳奈多は振り返って、井ノ原真人の方を見た。真人が照れているので、違う違うと手を振って否定し、携帯を耳に当てる仕草で意図を伝えた。真人は自分の携帯を取りだして、開いた。
「お。恭介からメール来てるわ…」
「どれどれ…あー、確かに、解放作戦決行、というタイトルになってますネー」
「でもこれって…」
 後ろで議論を始めている一行をよそに、佳奈多は表情を険しくさせていた。
「自分一人で勝手なことをやるだけならいざ知らず、直枝まで巻き込んでこんな事始めるなんて…」
「その直枝君なんですか、二木さん、あなたは彼の連絡先をご存じですよね?」
「え? え、ええ、そうね、知っているわよ」
「彼は今、棗恭介と一緒にあの集団の中心にいると思われます。何とか協力を要請できませんか?」
「そうね…でもどうやって?」
「え? いやだから、彼の携帯番号、お持ちですよね?」
「持ってるわよ。それがどうかしたの?」
「だから、そこにかけて下さいと」
 佳奈多はきょとんとした。数秒、間が空いた。そして佳奈多の顔が赤くなった。
「あああああ、あなた、私に、直枝に直接電話をかけろというのっ!?」
「え!? いや、そうですけど…あの、何か問題でも?」
「大ありよっ! 男女が電話で会話だなんて、そんな、冷静さを失った恋人みたいな真似…」
 佳奈多はうつむいて顔を逸らしてしまった。現風紀委員長はしばらく唖然とした後、頭をかいて、葉留佳の元に歩み寄り肩を叩いた。
「はイ? なんでしょうカ?」
「君のお姉さんのことなんだが…直枝理樹と付き合ってるんじゃ無いのか?」
「大変むかつき腹立たしく認めたくすら無い事実デスガ、付き合ってますヨ」
「直枝君に電話をかけるのは嫌だ破廉恥だと言い出してるんだが…」
「あー。その件デスカ…」
 葉留佳は、言ったものかどうか判断に迷う、そんな顔をしてから、気まずそうに事情を話し始めた。
「前にデスネ。理樹君からかかってきたんだったかな…夜中に電話してたんですヨ。もう姉が大喜びしちゃって、でもあの姉でしょう、冷静ぶっちゃって堅めの話ばっかしようとして、剰余価値とエントロピーについて語りましょうとか言い出すモンだから、端で聞いてた私がさすがにもっと恋人らしい話しろって言ったら、今度は理樹君が理想的な男になる為にはどうあるべきかとかいうのを延々、それこそ徹夜ペースで説教始めちゃって…」
「うわあ。それはきついねえ…」
 横で聞いていた小毬が溜息交じりに言った。
「理樹君4時ぐらいまではずっと聞いてたらしいんですケド、その後寝ちゃって。その寝たのが、普通に眠くなって寝たのか、例の発作が起きて寝たのか、その辺がよくわからないんデスヨネ。それで姉は、今度はすごい取り乱しちゃって」
「自分の説教のせいで発作が起きたんだったとしたら、穏やかじゃないよねえ」
「そういう事があったので、姉にとって理樹君との電話という行為は、一種のトラウマなのですヨ」
「そういう事か…」
 現風紀委員長は少しばかり落胆したような表情になり、言葉も少なくなった。他のその場にいる面子もみな黙ってしまった。後ろの方にいた真人が、携帯を手に持ちながら身を乗り出してきた。
「理樹の番号なら俺も知ってるんだが…」
「ああそうか、君たちは友達だったな」
「だがさっきからかけてるんだが、ずっと繋がらねえ」
 それを聞いた葉留佳が自分の携帯を取りだし、理樹の番号を表示させて発信ボタンを押した。コール音も鳴らないうちに回線は切れてしまった。
「あー。これもしかして輻輳状態になってるかもしれないデスネ」
「ふくそう?」
「非常時とかで電話を使う人が多いと、回線の取り合いになって結果的に全部使えなくなってしまうことがあるんですヨ」
「おー。確かに、だんだん騒ぎが大きくなってきてるしなあ。見ろよ、TV局が来てるぜ」
 真人の指さす方には、地元のケーブルTV局のカメラクルーがいた。
「じゃあ、理樹君と連絡とる方法は無いって事?」
「メールなら時間が経てばそのうち届くでしょうケド、今すぐというわけには」
「直枝さんにもウィルコム持っておいて貰えばよかったです…」
「一箇所に人が集まってるときは意味無いですヨ」
「矢文や伝書鳩なんてどうでしょう」
「伝書鳩って自分の基地に戻るだけで、どこにでも手紙送れるわけじゃ無いのよねえ」
 一同がやいのやいの議論している、その前で佳奈多はずっと黙って腕組みをしていた。そして、何かを決心したかのように一瞬目を閉じ、隣にいた風紀委員からメガホンを奪い取って叫んだ。
「直枝理樹!!!」
 その場にいた、裏山に立てこもる群衆も裏山を取り囲んでいた風紀委員も、一斉に黙ってしまった。佳奈多は繰り返し叫んだ。
「直枝理樹!!! いるんでしょう、出てきなさい! あなたにまだ私のものだという自覚があるなら、棗恭介の元から逃げ出して、今すぐ顔を見せなさい!!!」
 佳奈多が言い終えると、静寂がその場を包んだ。誰も何も言えなかった。暫くして佳奈多達の頭上の絵だが音を立て、人の声が聞こえてきた。
「やれやれ。相変わらず真面目そうな顔してとんでもないことを言うお嬢様だ」
 姿を見せたのは理樹では無く、理樹を連れ去った恭介だった。入り口近辺を一望できる木の枝の上で、傍らの枝に捕まりバランスを取りながら腰掛けていた。
「棗恭介…!」
 佳奈多の拳に力が入った。後ろにいた葉留佳が一歩前に、佳奈多の少し前に出て、恭介に向かって叫んだ。
「恭介さん、これどういう事デスカ!? なんか話が違く無いですカ!?」
「話を違わせてしまったのはそちらだろう…」
 恭介は、葉留佳と佳奈多の後ろにいる一団に目をやった。その中の一人であるあーちゃん先輩が笑いながら恭介に手を振り、恭介は悔しそうに目を逸らした。佳奈多は一度溜息をつき、そして表情を戻して恭介に宣告した。
「なんであれ、このような騒ぎを起こすのは許されません。要求があるのなら話し合いますから、今すぐ解散させなさい。それと、直枝理樹を解放しなさい!」
「解放しろ、か…」
 恭介は、フッ、と笑った後、続けた。
「違うな。俺が理樹を、否ここにいる同志諸君全てを解放したのだ」
「は? 何を言って」
「人は何故働くのか。多くのものにとってそれは、食うためであろう。だがそうやって働いたところで、コメすら満足に買えやしない。発展途上国の話では無い、この日本でだ。そう言うと、権力者はこう言うのだ。もっと働けばいい、そうすればコメでも牛肉でも、好きなものが買えると。身を粉にしなければコメも食えない現状などおかしい、我々は言う。すると彼らはこう言うのだ、よろしいならばコメの値段を下げよう。これを素直に喜んでいいのか。我々が被っていた負担をコメ農家に転嫁しただけでは無いのか。ここにはただ、ひたすらマイナスを押しつけあうという発想しか無い。まともに働けばまともにコメの飯が食える、そんな当たり前を実現しようと我々はそう言っているだけだ。しかしこれを言うと、彼らは犬を放ち、我々を国家に反逆する存在として駆逐しようとする。そして権力者の意志が民衆の意志であるかのような幻想を振りまくのだ。そう、国家は人民のものであるいう発想が、彼らの中には根本的に欠如しているのだ!」
「そうだ!」
「我々は人間だ! 部品じゃ無い!」
「眠けの中で働いても結果など出ない!」
「現実を直視できないものに上に立つ資格があるか!」
「政治が悪い! 政府が悪い!」
「棗! 棗!」
「「「「「棗! 棗! 棗! 棗! 棗! 棗!」」」」」
 恭介の演説に対し、周りに集まった群衆が次々と主張や怒りの声を上げていく。その声はだんだんと大きくなっていき、もはや何を言っているのかすら判別できないまでになっていた。佳奈多はしばらく黙っていたが、群衆の声が理性を失いかけた頃合いを見計らって、再びメガホンをとった。
「静粛に! 今彼は、私と話をしています!」
 群衆の叫び声が小さくなり、僅かばかりの会話の声のみになっていき、次第にそれも収まっていった。それを確認するように佳奈多は群衆を見渡し、そして恭介の方を向いて、話し始めた。
「こんな大きな騒ぎにまでして…どういうつもりですか」
「最初はただ、俺と理樹が逃げ出せればそれでよかった。だがここまで話が大きくなってしまった以上致し方ない、俺は理樹と共に地上の人民全てを解放する」
「馬鹿ですか? たかが裏山を占拠したくらいで」
「今はまだこの裏山だけが解放区だ。だが俺は、俺と同志諸君の持つ全ての力を行使して、全世界を解放区にしてみせる!」
「随分と大きく出ましたね。聞きようによってはそれは、世界征服の宣言にも聞こえますが?」
「かまわん。そもそも俺は、大魔王棗恭介だからな」
「…そうだったわね。ごめんなさいすっかり忘れていたわ。え、ええ? ええと」
 佳奈多は、返す言葉を探しているうちにだんだん顔がうつむいていってしまった。そもそも自分の目的が何だったのか、よくわからなくなって軽い混乱状態にあった。その様子を見て恭介の表情は少し勝ち誇ったものになった。
「どうだ。大人しく理樹のことは諦めて、引き下がったらどうだ?」
「な、直枝は関係無…いえ関係あります、直枝は引き渡して下さい!」
「駄目だ。理樹は俺のものだ」
「直枝は何と言ってるんです? 本人の意思を尊重するべきだと思いますけど」
「ハンデを抱えた人間が競争で押しつぶされない社会を作るために俺に協力してくれと言ったら、快諾してくれたぞ」
「そんな、卑怯な…ッ!」
「なにが卑怯だ、経緯はどうあれ本気で言っていることだぞ」
「…あなたはいつもそうだわ、そうやって言葉巧みにみんなを利用していく…」
「そういうつもりでは無いんだがな…どうやら平行線だな」
 恭介は一度目を閉じ、そして全体を見渡した。群衆の中に佳奈多が孤立しているかのように、恭介にはそう見えた。
「一度引いてはどうだ? このまま睨み合っていても、お互い得るものなど無い」
「…確かに、睨み合っていても時間の無駄のようですね」
 佳奈多は現風紀委員長の方を向いて、言った。
「ごめんなさい、私は一度撤収します。あなた達は──」
「警戒を解くわけにはいきません。が、事態に進展が無いなら人数は減らしましょう」
「そうね。休ませてあげて」
「それは風紀委員をですか? 彼ら棗派をですか?」
「両方よ。…両方」
 そう言って佳奈多は立ち去っていった。少し遅れて、葉留佳達もあとをついていった。
 
 
 
 
 
「どこへ行く二木」
 裏山から寮の方向へ向かって歩いていた佳奈多を、宮沢謙吾が呼び止めた。
「どこって…そうね、食堂ででも休もうかしら」
「休むんなら自室に戻った方がいいんじゃないのか?」
「…少し休んだら打ち合わせとかしたいし。ああ、わかるかしら、裏山のあれ。一応、何とかしないと」
「それは知っている。だが、誰と打ち合わせする気だ?」
「それは…」
 佳奈多は振り返った。丁度葉留佳やクド達が追いつくところだった。
「置いてけぼりにして一人だけさっさと行ってしまった仲間と打ち合わせ、か…」
「…」
 佳奈多は気まずそうにうつむいた。追いついた葉留佳がどしたの? と佳奈多の顔を覗き込み、真人は謙吾をにらみつけた。
「おい、何したんだよ」
「何もしとらん、ほんの少し皮肉っただけ…のつもりだったが」
 謙吾は佳奈多の様子をちらりと見て、言葉を続けた。
「…思った以上に弱っているようだな」
「恭介がやらかしてくれたからな」
 そこで真人ははたと気づいたように言った。
「お前、こんなところで何してるんだよ。恭介から招集があったんじゃないのか」
「お前こそ何をしている」
「オレは…その、メール見そびれてる間になんか話がでっかくなっちまって。今更向こうに行くのもなんだしと思ってよ」
「そうか…。まあ、俺もそんなところだ」
「お前、今までずっと一人だったんじゃ無いのかよ」
「どうだかな」
 自販機のある方角から、飲み物を抱えた小毬と美魚が走ってきた。あーちゃん先輩がありがとうと言って受け取り、全員に配り始めた。
「とりあえず、これ飲んで落ち着きましょ」
「座る場所があると良かったんだけどねえ」
「今から探して歩くのも何ですし」
「ここで呼び止められてしまったのだから仕方ないですよ」
「お前、もっと呼び止める場所選べよ」
「こんな事まで想定して呼び止めるか普通」
「はい、お姉ちゃんの分」
 葉留佳は飲み物の缶を佳奈多に手渡した。佳奈多はラベルを確認した。恋するリンゴとトマトの心、と書かれていた。葉留佳は佳奈多に、ニコッと笑いかけた。
「クドリャフカ、交換して」
「いいですよ」
「ええっ! なんでっ?」
 佳奈多は葉留佳には答えず、クドから受け取ったグレープジュースの栓を開けて飲み始めた。飲んで一息ついたところで、謙吾に問いかけた。
「呼び止めた理由を聞いていなかったわ。なあに?」
「恭介を止めて欲しい」
「言われなくてもそのつもりだけど」
「何があったかは知らんが、今のあいつは冷静さを欠いている。訊いても理由を教えてくれない」
「そう…」
 佳奈多は事情を全部話すべきかどうか、迷った。
「今はまだ裏山の秘密基地に立てこもる程度で済んでいるが、ほっとくとそのうち何をしでかすかわからん。だが、俺が何を言っても聞く耳を持ってはくれない──だろう」
 謙吾は、美魚と葉留佳をちらりと見た。
「だが、あいつが、大魔王の恭介が自分と同じかそれ以上の実力があると認めた二人、その二人が力を合わせれば、彼を止めることも出来るのではないか、そう俺は思った」
「急に思考の軸がずれたのね」
「──まあ、俺はそういう男だからな。で、だ。その二人とは、一人は勇者二木佳奈多、お前だ」
「まあ、そんなところだと思った。で、もう一人は?」
「東の魔王、と呼ばれる人物だ。聞いたことはあるか?」
 佳奈多は振り返って、後ろにいた葉留佳達に無言で知ってる? と問いかけた。葉留佳と小毬は手を振って、知らないと答えた。代わりに美魚が口を開いた。
「ここより東の地に…美しき音色を奏でる聡明で見目麗しき女の魔王がいる、という話を聞いたことがあります。その方のことでは無いかと」
「大魔王の次は東の魔王、ねぇ……魔王の多い世の中だこと」
「英雄がいなければ代わりに魔王を求める…いずれにせよ大衆の自信のなさの表れよ」
「…ま、いいか。で? 勇者と、その、東の魔王? とが手を組めば、大魔王棗恭介を倒せる、と」
「倒すと言うより、改心させて欲しい。仮にも盟友だ、恩情をかけて貰えるならそれに越したことは無い」
「恩情をかけるなんて余裕があるのやら…私とその、東の魔王に」
「俺は出来ると信じている」
「はぁ…」
 佳奈多は溜息をつき、考え込み始めた。正直な話、どこまでが茶番でどこからが想定外なのか。クドリャフカの顔を立てて茶番に付き合いだしたのはいいけど、どうもややこしい話になり出してしまっている。…ううん、佳奈多は首を振った。ややこしくて想定外になっているからこそ、自分に解決を求められているのでは無いか。結局やることは同じだ。
「実際に出来るかどうかはともかく、今のままでは何も出来ないのは確か、ね…」
 佳奈多は意を決して、言った。
「行きましょう、その、東の魔王の所へ」
「よくぞもうされました勇者殿。では私が案内します…」
 そう言って美魚が先導を始めた。佳奈多達はその後についていった。
 
 
 
 
 
 佳奈多達は放送室の入り口の前に立っていた。
「そうね。こういうことね。こういう事なのね…」
「何か不満でも…?」
「東の地とか言い出すから、もう少し遠いところ、せめて校外かなと思ってたんだけど」
「ここは校長室より東側なので」
「校長室が基準なのですか?」
「JRではもう基準が変わってしまったようですが…昔の国鉄では、駅のホームの番号を振るときは、駅長室に近い順から1番瀬、2番線、と付けていったそうです。駅の責任者である駅長のいる場所を基準にしたのですね。それを考えれば、学校の場合は学校の責任者の部屋である校長室を基準に考えて然るべきかと」
「えええ。そういうものなんデスカ?」
「はい。そういうものです」
「じゃあ図書室が新しくもう一つ出来て、それが校長室より東側だったら、そこにいる図書委員は東図書委員になるの?」
「そういうこともあるんじゃないでしょうか」
「…かなちゃん、西園さん放っといていいの?」
「割といつものことですから」
 そう言って佳奈多は放送室の扉を開けた。中では椅子に座って足組みをしながら待ち構えている来ヶ谷唯湖の姿があった。唯湖は座ったまま佳奈多に語りかけた。
「東と付けると何でもかっこよく聞こえてしまうのは、東京一極集中がもたらした弊害の一つだとは思わんかね?」
「思いません」
「そうか…」
 唯湖は特に動じることも無く、ただ薄い笑みを浮かべていた。
「何なんですいきなり?」
「いやなに、扉の向こうから東の地がどうとか聞こえてきたものでな」
「来ヶ谷さんは東の魔王ということになっているらしいので」
「うむ。知っている」
「では、大魔王棗恭介の事もご存じですか?」
「裏山でなにやら騒ぎになっているようだな。あれは一体どういうことだ?」
 唯湖はちらりと葉留佳を、続いて美魚と小毬を見た。三人とも作り笑いをするだけで何も答えなかった。
「ふむ。想定外の事態、という奴か…」
「ええ。ですから尚のこと早めに沈静化したいのですが…私一人では手に余る事態なんです」
「なるほど、私一人、か…」
「宮沢のアドバイスで、来ヶ谷さん…東の魔王の助力を請おうと思って、やってきました」
「うむ」
「ご協力願えませんか?」
「うむ、断る」
「即答ですか…」
「決まっている答えに勿体を付けても仕方が無いからな」
「それは仰るとおりですが…何故そう決めたのか理由を教えて貰えませんか? …その、私の頼み方が良くなかったのでしたら謝ります」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」
 唯湖は今度は少し勿体を付けて考える仕草をしながら、再び語り始めた。
「佳奈多君は私の協力を得たとして、それで私に何をさせたいんだ?」
「え?」
「戦闘力の高さを見込んで大魔王棗恭介の陣地に切り込む先陣を切らせたいのか? 豊富な知識を当てにして参謀役に据えたいのか? それともいっそ、自分の代わりに指揮官の役割を担わせたいとか?」
「えっと、それは…」
「いや、こういうのをやりたくないと言っているわけじゃない。正直どれもこなす自信はある。他の事でもいい。ただ、佳奈多君の意志としては、私にどんな役割を期待しているのかと思ってな」
「…」
「たぶん、答えられない。そう思ったから私はもう答えを決めてしまった。それが理由だ」
「…すみません」
「いや、謝らなくていい。そもそも普通は、協力の約束を得てから役割分担を考えるものだしな」
「そうですね。…ですが、ここは一旦出直すことにします」
「…何も冷たくあしらってるつもりは無いのだぞ? 確かにゆっくりしていけと言うような場所では無いが」
「いえ。私も落ち着いてきちんと考えたいことがあるので」
「そうか。なら止める方が無粋というものだな」
 佳奈多は踵を返して扉に向かって歩いて行き、放送室を出て行った。
「あ、待って」
 葉留佳が後を追い、残りの殆どもそれについていった。あーちゃん先輩だけが放送室に残り、唯湖と二人だけになった。
「…もしかして」
 あーちゃん先輩が話しかけた。
「あなたの立ち位置をアタシに取られた、そう思っているのかしら?」
「…よしんばそうであったとしても、それが断った理由ではありませんよ」
「そっか。ならいいけど」
 唯湖の答えを聞いたあーちゃん先輩は、放送室を出て行こうとして、戸口で立ち止まってぽそりと言った。
「楽しみたいのなら急がないと。このまま参加できずに終わる可能性だって、あるわよ?」
 唯湖は返答しなかった。あーちゃん先輩は放送室を出て行った。
 
 
 
 
 
 理樹から佳奈多宛のメールが届いたのは、あーちゃん先輩が佳奈多達と合流してからのことだった。理樹からのメールを見た佳奈多は、机に突っ伏して考え込んでしまい、そのまま眠ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 次回
 
 恭介のことは心配しなくても大丈夫だから
 根詰めないでお姉ちゃん、ほら、青汁
 お友達になってください、とか、そういうのでは無いのか
 最悪と最高、常にどちらの想定外もありうるということを前提に動いていますから
 謙吾少年はどう動いたのか。その答えは見つけておいた方がいい
 
 次回 勇者佳奈多と百万円の壺、第六話「青汁ファイター」
 
 
 
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