A組の教室で三枝葉留佳は、あやとりを披露していた。ぎこちない手つきでたいして巧くも無かったが、だがやめる事は無かった。やめることができなかった。誰かにもういいよと言って貰えるまで止められない自己制御の効かない状態に陥っていた。周りで見ていた相川や有月はと言えば、それを止めるようなことはしなかった。決して意地悪などではなく、もうやめろなどという普通ならば酷になる台詞を言えないだけだった。優しさと後ろめたさが、負のスパイラルを招いていた。
二木佳奈多はと言えば、自分の席からずっとその様子を見守っていた。佳奈多は、葉留佳が何を望んでいるかわかっていた。しかしその一方で、自分が口を出せば葉留佳は逆に意地になってあやとりをやめようとしなくなり、逆効果であるということも承知していた。だから口を出せなかった。
誰でもいい、誰か第三者の介入を。教室中がそんな空気に溢れていた。
そして天使は現れた。
「佳奈多さん、勤務表を提出して下さい」
能美クドリャフカが佳奈多の脇に立っていた。それまで教室を包んでいた空気と比べるとあまりに場違いな発言だったため、全員の視線がクドに集まった。クドは想定外の注目を浴びて狼狽した。
「あ、あの、私何かおかしなことを言ったでしょうか…?」
どちらかというとおかしなことである、何故ならここはどこかの事業所では無く教室なのだから。そう思った者もいたが、しかしそれを指摘することはなかった。おかしいのは自分の方なのかもしれないのだから。
「ああごめんなさい勤務表ね忘れていたわ、葉留佳もこっちに来て書きなさい」
「やははしょうがないなアじゃあ続きはまた今度ということで」
葉留佳は好機到来とばかりに佳奈多とクドの元に移動した。
「神北さんと西園さんとあーちゃん先輩はここにいないけど、私が代わりに書けば良いのかしら?」
「はい、代わりでかまわないですよ」
「えっ、じゃあ私の分も代わりに書いてよ」
「そう。自分で書きたくないというのならば、さっきまでいたあの場所に戻ってさっきまでやっていたことを続きから再開する事ね。私はかまわないわよ?」
「いいえ、是非自分で書かせてくだサイ」
そんなやりとりをしている間に、佳奈多は自分の文を書き終え、2人目の分に取りかかっていた。
「書き終わりましたか。ちょっと見せて下さい」
クドはそう言って、佳奈多の記入した大魔王棗恭介討伐任務の勤務表を読み始めた。
「魔宮解体(30分)、とありますけど…?」
「ああ。棗先輩…大魔王棗恭介が勝手に秘密基地、じゃなかった魔宮を作ってたから、壊してきた」
「えっ。じゃあ大魔王棗恭介は…?」
「うん、なんかその場で前のめりに倒れ込んでたかな」
「ガーン! もう大魔王倒してしまったですかっ!?」
「えっ? いや、倒したというか…。まあかなりショックは受けてたみたいだけど」
「そうですか。それで恭介さん今日学校に来ていないのですね…」
「えっ、そうなの?」
「はい。ですので、きっと佳奈多さんが何かやったのだろうと思って確認がてら来てみたのですが」
「何かやったって…そんな悪い事したみたいな」
「あっ、あっ、そういう意味では無いのです。ただお仕事の方に何か進展があったのかな、と」
「仕事としては、魔宮を一つ壊しただけで、棗先輩…大魔王棗恭介には何も手出ししてないわ」
「うん、確かにお姉ちゃんは何もしてないデスネ」
「そうなのですか…じゃあリキが恭介さん…大魔王棗恭介の所にいるのも、純粋な看病というわけでは無いのですね…」
「なんですって!?」
佳奈多が大声を出して机に手をついて席を立ったため、クドも葉留佳も驚いた表情で暫し無言になってしまった。佳奈多は気まずそうな顔をして、自分を落ち着かせるために深呼吸を一つした。
「えっと。直枝が、大魔王棗恭介の所にいるですって?」
「はい。直枝さんも教室にいなかったので電話してみたら、『よくわからないけど恭介が寝込んじゃったから看病してるよ』と…」
「それは罠デスネ」
「罠ですか?」
「『看病なんだから問題なし』と勇者を安心させて手出しさせないようにして、その間に理樹君を食っちまおうという大魔王棗恭介の狡猾な陰謀デスヨ!」
「な、なんて卑劣なっ!」
「そうですヨ! 卑劣で卑猥な行為が行われているのデス!」
「なんという! 許しがたき大魔王棗恭介!」
「今すぐ助けに行くべきデスヨお姉ちゃん…いや勇者佳奈多!」
クドと葉留佳に割と真剣に詰め寄られた佳奈多は、やれやれと言うように首を振った後、返答した。
「わかったわ。放課後にみんなで集まって対策を練りましょう。今すぐは無理」
「わかりましたっ。小毬さんと西園さんとあーちゃん先輩にもお知らせしておきますっ」
クドは教室を飛び出していった。
「…クドリャフカ、かなり真剣だったわね」
「そういうお姉ちゃんはよく落ち着いていられますネ」
「え? いやだって私は、直枝のこと信じてるし」
葉留佳は、ケッとでも言いたそうな表情をして、そのまま黙ってしまった。
放課後。空き教室に、佳奈多・美魚・小毬・あーちゃん先輩・葉留佳・クドの6人が集まっていた。
「能美さんは依頼主の代理? のはずだけど、ここに集まってていいの?」
「緊急事態ですゆえっ」
興奮しているのか、クドの口調が少しおかしくなっていた。
「…話はだいたい聞きましたが…直枝さんが棗先輩…大魔王棗恭介の看病をしていることが、そんなにいけないことなのですか?」
「いけないことなのですっ!」
「いかがわしいことしてるかもしれないんですヨ!?」
「それはわかります、でも何故それがいけないことなんですか?」
「学校休んでそういう事してるってのと、直枝君はかなちゃんの恋人だからそういう事するのは浮気になる、って所じゃなかしら」
「かなちゃんって呼ばないで下さい、…それと…いえなんでもないです」
「えっとねぇ、看病って言ってるのにどうしてそういう発想になるのかが、わたしにはよくわからないなぁ…」
「たかが寝込んだ程度で学校休んで丸1日看病してるという事自体既に異常なんですヨ!」
「う〜ん…まあ、それはそうかも」
「きっと異常な事してるんですヨ!」
「ダビデ王の息子のようにハート型の菓子とか作らせてるのですよ!」
「そもそも」
佳奈多が、興奮気味のクドをなだめるように話しかけた。
「大魔王棗恭介は何故寝込んでるのかしら? 確かに魔宮を破壊したけど、それはいつも私がやってるのとそう変わらないはずなのよね」
「私も、私なりに気を遣ったつもりだったのですが…」
「…ほんとに寝込んでるのかしら」
「ほら、やっぱり怪しいデスヨ!」
「現地に行って確認して見た方が良くないかしら?」
「そうね。どちらにしても、直枝は一度救出しないといけないし。行きましょうか」
勇者一行は大魔王棗恭介が眠る場所へと旅だった。
男子寮の看板は、大魔空亜空間魔宮城という名前に書き換えられていた。入り口では、井ノ原真人が壁により掛かって腕組みをしながら佳奈多達を待っていた。
「待ってたぜ勇者さんよ」
「別にあなたと待ち合わせをした覚えは無いのだけど。それとも何、女の子を待ち伏せ? いい趣味してるわね、裁判所に提訴して半径50m以内に近づけないようにして貰おうかしら?」
「普通に用があるから待ってただけだよっ! そんなストーカーみたいに言わないでくれよっ!」
「じゃあ勿体ぶらずにその要件をさっさと言って頂戴」
「あ、いや、そんな改まって言えと言われると大したことじゃ無いんですが…えっと、ここは通しません」
「何故?」
「大魔王様に、えっとなんだっけ、我が目覚めの時まで何人たりともここを通すなかれ、だっけか、そう言われたから」
「宅配便が来ても?」
「オレが受け取れと言われた」
「宅配ピザでも? 代金は?」
「半分食っていいから立て替えておけと言われた」
「ボールが中に入ったから取らせてくれと言われたら?」
「遺失物として警察に届けろと言えと言われた」
「隙が無いわね…」
「いや、どう考えても隙だらけでショ!?」
「とにかく。あんた達を通すわけにはいかねえ。どうしても通りたきゃオレを倒してからいきな」
真人は入り口に立ち塞がり、その巨体で佳奈多達の通り道を完全に塞いだ。
「クド公なら、隙間から抜けられそうじゃないですカ?」
「抜けてその後どうするのです?」
「それは勿論、色仕掛けで倒すのさッ!」
「葉留佳さん。私に仕掛けられるような色が無いことを承知で、そのようなことを言っているのですか?」
「怖っ! クド公怖っ! 目が据わってるよ!」
「ですが、隙間から抜けるという考え自体はそんなに悪くないかも知れません。抜けた人だけ先に行って、様子を見てくればいいのですから」
「おお、それそれ。私もそれが言いたかったのデスヨ」
それを聞いていた真人は、ごろりと寝そべって下の方の隙間を塞いだ。
「どうだい。これで隙間から抜けることはできないだろう」
「あんたバカですか。それだと上ががら空きなんだし、跨いで通れば済む話じゃ無いですカ。ねえ?」
葉留佳は一同に同意を求めた。しかし誰も何も言わず、服の端をつまんだりしているばかりだった。佳奈多が呆れたように言った。
「葉留佳。あなたは、スカート姿のままであの男の上を跨いで通るつもりなの?」
「えっ」
葉留佳は慌ててスカートを押さえた。
「井ノ原君のスケベ! ヘンタイ! ドヘンタイ! ローアングルマニア! そんな人だと思わなかった!!!」
「ちょっと待て何勝手な事言ってるんだ。オレはただ、空でも飛ばなきゃ上の方は通れないから、下だけ塞いでおけば大丈夫、って思っただけだよっ!」
「何故そんな思考に…」
「と、とにかくだ。これでお前らはここを通れない。通りたければオレを倒すしかねえぜ」
「もう倒れてますけど?」
「自分で倒れただけでお前らに倒されたわけじゃ無いからいいんだよっ!」
「どうするの? いろいろ屁理屈こねてるけど、アタシらが通れないのは事実なわけだし」
「倒された、と納得させるしか無いようね…」
「お姉ちゃんの容赦なき罵倒で精神的にブッ倒す、という方向でどうでしょうカ?」
「うーん。言葉で倒してもあの場で茫然自失となって弁慶の如く動かなくなるだけじゃないかな…」
「厄介な子ねー」
「どうだい風紀委員長さん…いや今は特任風紀委員だっけか? いや勇者か、まあなんでもいいや。あんたは、しょっちゅう理樹を押し倒してるみてえだが、どうだい、このオレは簡単には倒せないだろう?」
「な…何を言い出すのあなたっ!」
「ちょっと、今の話どういう事デスカ!?」
「お二人はあくまで健全な関係だと思って見守っていたのにっ!」
「かなちゃんったら…」
「大魔王棗恭介のことをどうこう言っている場合では無くなりますね…」
「ち、違うのっ! 違うのよ…」
勇者一行が仲間割れを起こしたかの如く口論を始めた姿を見て、真人はほくそ笑んだ。
「所詮はその程度の結束力か…。なあ勇者さんよ、仲間を率いるなんて無理なことは諦めて、いっそ一人でオレや大魔王を倒す訓練でもした方が良くねえか?」
「それは違うよ井ノ原君」
それまで口論をなだめるのに徹していた小毬が、真人の話を聞いてずいと前に歩み出た。
「神北さん…」
「いいから、任せて」
小毬は真人の前にまで歩み寄って、語り始めた。
「井ノ原君。毛利元就と三本の矢を知ってますか?」
「いや、しらねえ」
「ではどういう話か実践してみましょう。ここに、矢があります」
小毬は一本の矢を真人に渡した。
「折ってみて下さい」
「これ弓道部のだろ? 折っていいのか」
「古式さんから古くなって処分する物を譲り受けました。大丈夫、折ってみて下さい」
「あの子いつの間に…」
真人は矢をへし折った。
「折れたぜ」
「では、今度は2本同時に折って下さい」
小毬は矢を2本真人に渡した。
真人は矢をへし折った。
「折れたぜ」
「では、今度は3本同時に折って下さい」
小毬は矢を3本真人に渡した。
真人は矢をへし折った。
「折れたぜ」
「うわあ。あいつ、矢と一緒に話の腰までへし折りやがりましたヨ」
「アベノミクス並みに脆い矢だったのかしらねえ」
「あっちはただ3本目…というか1本目の矢が用意してなかっただけだし」
「神北さん、どうするつもりでしょうか」
小毬は動じていなかった。
「井ノ原君。その矢は、どうして折れたと思いますか?」
「え? どうしてって、それはオレが力を入れたから…」
「その通り。井ノ原君の筋肉が、矢を折ってしまったのです」
「はは、その通り。オレの鍛え抜いた筋肉なら、矢の3本や5本折るなんてなんて事無いぜ」
「では、どこの筋肉ですか?」
「どこの筋肉…か。いいことを訊いてくれるぜ。素人はここで腕の筋肉って答えるんだけどな、こういうときには背筋も結構使うんだ。あと腰回りの筋肉も結構重要だな」
「はい。ではその筋肉のどれか一つでも欠けたら、どうなりますか?」
「ん? そりゃあれだな、他の筋肉に異常な負荷がかかっちまうから、最悪筋断裂とかになりかねないな。うん、こういうのはバランスよく鍛えないとダメなんだぜ」
「そうです。どれか一つだけではダメなんです」
小毬は一呼吸置いて、真人をじっと見た。
「こういうお話なんです。わかりましたか?」
「あ、ああ。目立つとこだけ鍛えてたんじゃダメって話だよな」
「二木さんも。一人で何でも出来る勇者さんですけど、結束力をないがしろにしてるわけじゃないのです。喧嘩してるように見えてもちゃんとみんなのことを気遣ってくれるし、ほんとはなかよしさんなのです。だからわたしも、二木さんのことをかなちゃんと呼んでいいのです」
「なんかどさくさに紛れて呼び名を変更されかかってますけど、いいんですか?」
「…今この状況で口を差し挟めるわけ無いじゃない…」
「いいじゃない、いい加減受け入れたら?」
外野をよそに、真人は小毬の言葉を聞いて感涙にむせんでいた。
「チクショウ…オレは、なんてバカだったんだ…。筋肉をひとりぼっち扱いするような、それと同じようなことをオレは言っちまってたなんて…ごめんよ、すまねえよ筋肉…」
「大丈夫。初めは誰でも筋力が無いんだよ? 筋肉は助け合って成長していくんだよ?」
「うおおおぉぉ、なんていい台詞だ…!」
「だから。井ノ原君も私達のこと、助けてくれないかな?」
「ああ、オレの筋肉を存分に役立ててくれ!」
「うん、じゃあね、大魔王棗恭介の所に案内して」
「ああいいぜ。オレの筋肉の力でどこへでも連れてってやる。さあ乗りな」
真人は四つん這いになった。
「乗っていいって」
「…さすがにそれは遠慮しておくわ」
「情け深い勇者様だ…さっきは酷い事言って悪かったな」
「うん、まあ、あなたがそう思いたいのなら別にそれでいいわ…」
真人は普通に勇者一行を大魔王棗恭介の部屋に案内した。
階段を上がる途中で、真人の携帯が鳴った。
「おう、理樹か。今から勇者一行をそっちに連れて行くから、恭介にもそう伝えて…いや、ただの見舞いみたいなもんだって、勇者様は慈悲深いからそんなことしねえって大丈夫だって」
「…何の話してるんでしょうね」
「病人の部屋で暴れたりしないかとか、そういう心配なんじゃないの? 普通に」
「はるちんいくら何でも病人に部屋でそんなことしませんヨ」
「アタシもそこまで馬鹿な女じゃないわ」
「誰のことを言っているのかちゃんと自覚があるなら、まあいいわ」
「チクショウ! 私は自覚した上で行動する女になってやる!!!」
そんな葉留佳を横目で見ながら、真人が携帯を顔から離した。
「ええと、全部で何人いる?」
「数えればわかるでしょう、あなたも入れて7人よ」
「そんなにいるのかよ…」
真人は再び携帯を顔に当て、理樹との会話を再開した。
「ええと、7人。誰と誰がいるか? ああ、まずは、お前のことが大好きでたまらない二木佳奈多に」
佳奈多は真人から携帯を取り上げた。
「俺の携帯返してくれよぅ…」
佳奈多は真人を無視して、自分で理樹と話し始めた。
「直枝? そう、私よ。さっきの馬鹿の発言は、その、気にしないで。うん、棗恭介がどういう状態になってるのか、一応確認しておきたいの。…ええそうよ、もちろん勇者として。何か文句ある? ああそう、そうなの、ほんとに寝込んではいるのね。…ええそっちに行くわ。あなたを信じていないわけではないの、一応自分の目で状況を確認しておかないとね」
佳奈多は一瞬携帯を顔から離し、そして持ち替えた
「どうかしたの?」
「…なんか、『本当は見舞いを受け入れる気分などでは無いが、二木佳奈多が本気で心配しているというのならば、棗恭介の王者の矜持にかけて敢えて見舞いを受け入れてやってもいい』とか言ってるらしいわ」
「元気そうね、安心したわ」
佳奈多は再び理樹と話し始めた。
「今日はお見舞いということでいいわよ。え? 私の他にいる人? ここにいるのは…まず葉留佳でしょ、西園さんに、クドリャフカ、神北さん、ああ井ノ原真人も入るわね。あと、あーちゃん先輩」
理樹が後ろにいる誰かと話している様子が、佳奈多の耳に伝わってきた。次いで、物が落ちる音何かが崩れる音ぶつかる音怒号叫び声そういったいろんな音が、携帯の電波を通じて佳奈多の耳に入ってきた。
そして電話は切れた。
「どうかしたの?」
「…何かあったみたい」
「何かというと…何でしょうか」
「美魚ちんが期待するようなものでは無いと思いますヨ」
「騒がしい音がして電話が切れたから…良くないことが起きた気がするわ」
佳奈多は携帯をポケットにしまい込み、早足で歩きだした。
「佳奈多さん待ってください」
「緊急事態なの。急いで行く必要があるわ」
「そうではなくて。井ノ原さんが携帯返してって泣いてます」
佳奈多は踵を返し早足で真人の元に戻り無言で真人の携帯を突き出した。
「おお、おお、よく返ってきてくれた我が愛しの理樹と繋がる携帯よ」
「お姉ちゃん、わざと間違えましたネ?」
「うるさい」
佳奈多達勇者一行は恭介の部屋の前に立った。全員が自然に目を合わせ、佳奈多は真人を目で促した。真人はドアを数回叩いた。反応はなかった。
「理樹、オレだぜ。…恭介でもいいぞ、いるなら返事してくれ」
返事はなかった。
「…まずいぜ、こりゃ」
「ドアは鍵がかかってるわね」
「…踏み込まれたらまずいことでもしてるのでしょうか。二人で」
一同は顔を見合わせた。
「ぶち破りまショウ!」
「ぶち破っちゃえー!」
「ぶち破るのです!」
煽られた真人は佳奈多の顔を見た。佳奈多は頷いた。
「もしかしたら人命に関わることかも知れないし。後始末は私がするから、遠慮無くやりなさい」
「オーケー、じゃあ遠慮無く」
真人はドアノブを破壊した。佳奈多は相田アナに手を差し込んでドアを開き、部屋の中に飛び込んだ。
「直枝っ!」
理樹はいなかった。
「誰もいませんネ」
「窓が開いてる…まさかあそこから逃げたのかしら」
「書き置きがあるみたいだよ?」
小毬が机の上に残されていた紙を手に取り、一同は一斉に覗き込むようにしてそれを見た。
【探さないでください 棗恭介】
「…リキは?」
「いっしょに連れて行かれたんじゃないかなあ」
「駆け落ち…という事ですか?」
「理樹姫は再び大魔王棗恭介に連れ去られた、ということじゃない?」
佳奈多は、無言で肩をふるわせていた。
「棗…恭介…!」
佳奈多の携帯が鳴ったのは、それからしばらくしてからだった。
次回
再び理樹と引き裂かれてしまった勇者佳奈多。理樹を連れ去った大魔王棗恭介は拠点に自らの手勢を集めて、勇者への反攻を開始する。大魔王棗恭介の人望の前に窮地に立たされた勇者佳奈多は、より強力な援軍を求めて東方の地へと赴いた。
次回 勇者佳奈多と百万円の壺、第五話「東の魔王」