「うーうーうーうーうー!!!!! 緊急はるちんが通りマス! 緊急はるちんが通りマス!!」
「待ちなさい葉留佳、廊下を走っては駄目よ!」
自分の口でサイレンを鳴らしながら廊下を疾走する三枝葉留佳。それを、姉の二木佳奈多が全力で追っていた。教室の廊下側の窓から、大勢の生徒が何事かと顔をつきだしている。やいのやいのと騒ぎ出す。
「ああ、また三枝だよ。今度は何やらかしたのかな」
「しかし追ってるのって二木だろ? 風紀委員辞めたって聞いたんだが」
「ああ、それがな。二木が辞任した後、風紀委員会の治安維持能力がガタ落ちしてな。権威が失墜して生徒達が言うこと聞かなくなってますます治安が悪くなると言う、負のスパイラルに陥ってしまったらしい。これを打開すべく、引退していた二木元委員長に頼み込んで、特任即応予備風紀委員として、再任用することにしたんだとか」
「元とは言え、氷の風紀委員長が復活したとあればそれだけで震え上がる奴も多い。あっという間に校内の秩序が引き締まって、今じゃ反乱を起こすのはあの三枝ぐらいなものなんだそうだ」
「でも三枝って最近以前よりはおとなしくなってなかったか?」
「情報処理室にこもりきりで、ペンタゴンのシステムを破壊する研究をしてたりとか、そんなことやってたな」
「それおとなしくなったって言うのか」
「一般生徒に迷惑かけてるわけじゃないしなあ」
「だが、二木が特任即応予備風紀委員になったことで、自分と遊んでもらえなくなると思った三枝は不満を持ったらしい」
「それでまた暴れるようになったのか」
そんな生徒達の噂や陰口をよそに、葉留佳は廊下を走り続けた。姫君に恋したバイクが一番大切なものを盗み取っていったかのように。
「はるちんは緊急車両に指定されたのでサイレンを鳴らしていればスピードを出してもいいことになっているのデス!」
「あなたは車じゃないでしょう!」
「デスカラ、緊急はるちんだと言ってるじゃないデスカ」
「屁理屈を言うのはやめなさい。あなた、全教室の花瓶に青い色素入れて回ったでしょう? 白いバラが青色になって、大騒ぎになったのよ!」
「実現不可能といわれた青いバラの品種改良に成功した、まさに日本の技術力の象徴ですネ」
「あれは遺伝子導入の特許技術よ、青い色素なんて昔からよくあるペテンの一つじゃないの」
「はるちん実はペテンとか大好きなんデス!」
そう言いつつ葉留佳は廊下の角を急カーブし、その先にあった階段を滑り降りるかのように高速で降りていった。佳奈多は慣れた足付きで角を曲がり、ステップを踏む勢いを使ってそのまま跳ね上がり、空中を階段に向かって突進していった。そのころ葉留佳は既に踊り場を過ぎて、1階に向かう階段を疾走しだしていた。佳奈多は降りる直前にそれを視認し、咄嗟に右手を伸ばして階段の欄干を掴み、右腕に力を入れて手すりを飛び越えるように体を空中で回転させ、反対側の階段に一気に降り立った。が、葉留佳の足の方が一歩早く、降り立った場所は葉留佳の真後ろだった。足場が不安定な階段の途中で佳奈多が体勢を立て直している間に、葉留佳 は校長室の方に駆けていってしまった。佳奈多もすぐにそれを追った。
走り去ろうとした葉留佳 は、校長室の前でふとあるものに気づき、それを持ち上げようとした。台の上に置かれた、人の身長の2/3程もある大きな壺だった。陶製らしく、簡単には持ち上がらない。諦めた葉留佳 は、代わりにポケットから小袋を取り出し、その中身を壺の中にぶちまけた。その一部始終を、追っている佳奈多は見ていた。
「はるかっ! あなた何をしたのっ!?」
「見ていたのでしょう? この壺の中に、例の青い色素を入れたのデスヨ」
「あ、あなた…それ校長先生の壺でしょっ!? なんということを…」
「これから校長室の前に生けられる花は全て青色になるのデス。空のあを、海のあを、花のあを。うん、ナカナカいい言葉デスネ、後で美魚ちんに聞いて貰おう」
「無言の罵りを受けるだけだからやめなさい。そしてさっき投入した色素は壺の中から回収すること」
「えー。この壺おっきいし、そこまで手届かないし、回収なんて無理デスヨ」
「無理とか言わないの。何とか知恵を絞って回収しなさい」
「はるちんの知恵はもっと人類の発展とか世界平和に資することに使いたいデスヨ」
「だったら最初からそういう方面で有意義な活動をするようにしなさい。あなたが自分でしでかしたことなのよ、ちゃんと責任持って始末しなさい」
「ワカリマシタヨ。では、幸い今この壺他に何も入ってないことですし、中に水を入れてさっきの色素流してしまいましょう」
そう言って葉留佳は、バケツに水をくみ、戻って来た。
「あ、でもこれ、壺の口の位置が高すぎて水入れられないデスネ」
「下に降ろせばいいじゃない」
「そうなんですケド、さっき見てたからわかると思うけど、これ結構重いんですヨ」
「そう。じゃあ手伝ってあげるから二人で降ろしましょう」
「え? 手伝ってくれるの?」
葉留佳の顔がぱっと明るくなった。佳奈多は、自分の顔が緩んでいないかが気になり、咄嗟に顔をそむけた。
「じゃあお姉ちゃん、一緒に持ち上げますヨ。いいー?」
葉留佳 は確認をとったが、既に壺を持つ体勢に入っていたため、佳奈多がまだ顔をそむけたままな事に気づいていなかった。
「ええ、いいわよ…」
佳奈多は返答を返した。その返事は、手伝ってくれるのかという葉留佳の問いに対するもののつもりだったのだが、既に葉留佳の行動はその次に移ってしまっていることに佳奈多は気づいていなかった。
「よおし、じゃあ一気に持ち上げちゃいますヨ。せーの!」
葉留佳 は勢いよく、壺の片側を持ち上げた。反対側で佳奈多が支えていると信じて。だが佳奈多は、壺ががたりと動いたときにようやく葉留佳が何をしようとしているかに気づいたぐらいで、壺の片側を押さえるなどという事は全くしてはいなかった。
はたして。壺は葉留佳が持ち上げた分だけそのまま傾いてしまい、そして重力にひかれてそのまま反対側、佳奈多のいる方向に倒れていった。
ばしゃぁん。廊下のコンクリートの上で陶製の壺が激しく割れる音が響いた。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
葉留佳は佳奈多に駆け寄った。倒れてくる壺を避けた佳奈多は、床に手を付けて這うような体勢をとっていたが、怪我は無いようだった。
「大丈夫。それより壺は…」
佳奈多が後ろを振り向くと、そこには叩きつけられて割れた壺の破片が散らばっていた。
「…」
「…」
二人とも暫し無言だった。と、その時、校長室の扉が開き、中から校長が出てきた。
「随分大きな音がしたが、何事ですか?」
そう言って校長は佳奈多と葉留佳を見、そしてその脇に散らばっている壺の破片を見た。校長は一瞬顔をしかめ、そしてそばで倒れそうな体勢になっている佳奈多に声をかけた。
「大丈夫ですか君…二木佳奈多さんだったね、怪我は無いかな?」
「ええ…怪我は大丈夫です」
「そうですか。破片が体に入ったら大変だからね」
破片という言葉を聞き、佳奈多ははっと気づいて、立ち上がり校長に向き直り頭を下げて言った。
「申し訳ありません。この壺は私が割りました」
「え。待って、でもその壺は私が…」
「葉留佳は黙ってなさい」
おろおろする葉留佳を、佳奈多は頭を下げたまま押しとどめた。
「責任は私にあります。…私が弁償します」
それを聞いて、校長は少し顔をしかめた。
「弁償…ですか。この壺はある生徒から寄贈されたものなのですが…それを、一生徒が易々と弁償できると思うかな?」
「…いくらなんでしょうか」
「幾ら…ですか。百万円…と言ったら、どうするつもりかね?」
「ひゃく…」
金額を聞いてまた葉留佳が慌てただした。葉留佳の不安を感じ取った佳奈多は、それを断ち切るように校長に返答を返した。
「…私が返します。時間はかかるかもしれませんが、必ず返します」
校長はうーんと唸った後、佳奈多に返した。
「事故があった直後で君も冷静では無いのだろう。落ち着いたら…そうだね、一週間くらいしたらまた来なさい。ああ、片付けはやっておいてね」
「はい…」
校長は部屋に戻ってゆき、佳奈多と葉留佳は割れた壺を片付けて教室に戻っていった。
「いつになく浮かない表情をしていますね、二木さん」
教室に戻って席で沈んだ表情をしている佳奈多に、おなじクラスの有月初が話しかけた。
「そんなに暗い表情に見えるかしら?」
「私がわざわざ声をかける程度には」
「…そう」
「三枝さんの姿がありませんね。それでですか?」
「そうね。そうかもしれないわ…」
「…壺の件ですか?」
壺という言葉を聞いて、佳奈多はびくっと肩をふるわせた。
「なんでも大金が必要だとか」
「ええ…そうよ、そうなの…」
「おうちの方は当てに出来ないんですか?」
「金額が金額だし…それにまた葉留佳が怒られるわ。せめて半分くらいは自分で返す算段を付けないと…」
「そうですか。それで西園さんはこれを私に…」
そう言って初は、一枚の紙を佳奈多に渡した。
「求人票…?」
「時給がいいので本当は私がやりたいくらいなんですが…採用条件が合わないので」
そう言われた佳奈多は、求人票の時給欄に目をやった。時給2200円。完了時に別途賞与支給。
「…こういうのの時給ってあまり詳しく無いのだけど…これはかなり待遇がいいのかしら?」
「良すぎるくらいですね。初心者歓迎でこの時給だったら、逆に疑わないといけないレベルです」
「これは初心者ではダメ、と…。私アルバイトの経験は無いのだけど…」
そう言って佳奈多は、条件欄に目を移した。年齢16歳以上。リーダーシップのある方。武術とマネジメント能力あれば尚良し。勇者又はラスボス経験は必須。
「は…?」
目を疑った佳奈多は右手で目をこすり、もう一度求人票を見返した。勇者又はラスボス経験必須。確かにそう書いてある。
「二木さんって確か、ラスボス経験ありましたよね」
「え!? ええと何のことかしら…」
「隠さなくていいですよ、みんな知ってますから」
「そう…そうなの。と言うか、そもそもラスボス経験を要求される仕事って、一体何なのよ…」
そう言って佳奈多は、職種欄に目を移した。こう書いてあった。大魔王棗恭介討伐任務。
「え…?」
大魔王棗恭介が直枝理樹をさらって自分の館に連れ込んだため、大魔王を倒して直枝理樹を救出する。4人一組で任務に当たる為、そのリーダーを務めて貰う(4人分の給与支給)。他3人のメンバーはリーダーが選任。
「先にこっちを見ておくべきだったわ…」
佳奈多は机に突っ伏してしまった。時給とか条件以前に、内容がばかばかしすぎる。誰かのいたずらだろうか? 疑いの目で求人票を見ながら、佳奈多はそんな事を考えていた。
「西園さんは是非やって欲しいというようなことを言っていましたよ。不満かもしれませんが、一度話してみた方がいいんじゃないですか?」
「西園さんかあ…」
西園美魚。E組の秀才で、葉留佳がいつも世話になっている、物静かなくせ者。
「無視するわけにも行かないか…」
佳奈多は席を立ち、美魚と話をするためE組の教室に向かった。
E組の教室に入った佳奈多は、自席にいた美魚に話しかけた。
「西園さん」
「そうです、私が西園美魚です」
「これの事なんだけど…」
佳奈多は初から受け取った求人票を美魚に見せた。出だしでボケたつもりだった美魚は、それを無視された事が少し不満そうだったが、何も言わず求人票に目をやった。
「ああ、これですか。引き受けてくださるのですか?」
「いや…むしろ逆の気分なんだけど」
「何故ですか? 給料も悪くないですし、それに、あなたにしか出来ないやりがいのある仕事ですよ」
「そんなこと言われても…なんというか、ばかばかしすぎるし」
「なにがばかばかしいと?」
「棗先輩が大魔王で直枝をさらっていったとか…」
「夢が広がりますよね」
「え? う、うん、確かにファンタジーよね…」
「夜陰に紛れて直枝さんを連れ去った大魔王恭介。照明も無く月明かりだけがさす部屋、大魔王恭介はそこに置かれたベッドに直枝さんを横たえ…」
美魚はあらぬ事を妄想してうっとりしていた。
「私、是非直枝さんが連れ込まれたという大魔王の館に行ってみたいです…」
「そんなところ行ってどうするのよ…」
「二木さんは人が悪いですね…人の多いこんな場所で、そういう事を私に口走らせたいと」
「あなたが何を言ってるのかわからないわ…ううん、わかりたくない」
「成る程。二木さんにはそういう趣味はない、と」
美魚は一呼吸置いてから続けた。
「確かに二木さんは直枝さん一筋ですものね」
「な…!」
動揺した佳奈多はつい声を大きくしてしまった。教室中の注目が佳奈多と美魚に集まり、佳奈多は声を潜めて美魚の耳元で言った。
「変な事言わないでくれる!?」
「私が何も知らないとでも? うふふ…」
「な、なによ…脅迫でもするつもりかしら?」
「別にそんなつもりは…ただ私は、二木さんにこの仕事を引き受けて貰って、私を仲間に加えて欲しい。そう願っているだけですよ」
「…。」
佳奈多は苦虫を噛み潰したような顔をしています。
「お給料も入りますし、直枝さんも助け出せますし、二木さんにとっても悪い話では無いと思うのですが」
「だから直枝は…関係ないわよ…関係ない」
「そんな口をとがらせなくても…微笑ましくて私の方が表情が緩んでしまいます」
「もういいわ。あなたと戦っても意味無いもの」
「そうですよ。戦うべき相手は、大魔王、棗恭介です。さあ勇者よ、共に立ち上がりましょう」
美魚は椅子から立ち上がり、佳奈多の手を取りながら言った。また教室中の視線が二人に集まった。
「ねえ西園さん、どこか別のところで話した方がいいんじゃないかしら?」
「この仕事を引き受けてくださると約束すれば」
佳奈多は一瞬渋い顔をしたが、すぐに結論を出して返答を返した。
「わかった、引き受けるという方向で。でもそうね、詳しい話を聞かないと…」
「そうですね。では、移動しましょうか」
美魚は佳奈多を連れて教室から出た。
挨拶労働部。そう書かれた紙が貼ってある扉の前で、佳奈多は美魚と一緒に立ちすくんでいた。
「…なにこれ」
「英語に直訳すればいいんじゃないでしょうか」
「こんな部、うちにあったかしら?」
「最近出来たそうですよ。厳しさを増す学生の就職活動を支援し、就職やアルバイト先の紹介仲介を行うのが目的なのだとか」
「どうしてうちの学校はこう変わった部活動が多いのかしらね…」
「その求人票も、ここで貰ってきたものなのですよ」
「だから内容がうさんくさいのかしら…」
そう言って佳奈多は、扉を開けた。
「あ、佳奈多さんなのです。はろー、うぇるかむわーく!」
「…クドリャフカじゃない。こんなところで何してるのよ」
「挨拶労働部のお仕事で雇用相談員をやっていますです。なんでも気軽に相談してくださいねー」
「ブラック企業の蔓延は社会経済全体にとってもマイナスになるから、何とかして欲しいんだけど」
「…そういう規模の大きいお話は、本物のハローワークに相談して欲しいのです…」
「職業安定所って基本仕事紹介するだけの所だから、そっちに相談してもあまり意味は無いのだけどね…」
佳奈多はやれやれという表情をしてから、思い出したように話を切り替えた。
「そんな話をしに来たんじゃ無いの。西園さんが貰ってきた、大魔王討伐とかいう求人の事なんだけど…」
「ああ。あの、業務委託で持ち込まれたお仕事ですね。あれは確かに佳奈多さんにぴったりのお仕事ですよー」
そう言いながらクドは傍らのパソコンを操作し、情報を引き出していた。
「こちらは挨拶労働部が直接請け負った仕事なので、挨拶労働部が雇用する形になりますねえ。時給とか諸条件は佳奈多さんが持ってる求人票の通りです。社会保険は雇用保険だけで厚生年金と健康保険はつかないですけど…それでもいいですか?」
「雇用保険がつくというだけで驚きなんだけど…」
「3ヶ月以内に大魔王討伐が終わる保証は無いですからねえ。あ、でも契約は1ヶ月毎の更新になります。大魔王討伐が終わったら契約終了という事で。ああでも、早く任務が終われば賞与が出ますから」
「うん、そういう事は実はあまり気にしてない…」
「何かご不明な点がありますですか?」
「そもそも大魔王って、これ一体何なのよ?」
「恭介さんですけど?」
「うん…そうね、そう書いてあるものね」
「他に何か?」
「直枝って何でこうすぐ捕まるのよ…」
「直枝さんって、以前にも捕まったことありましたっけ…?」
「…ううん、何でも無い。今のは私の質問が悪かったわ」
「あまり普通のお仕事ではありませんから、いろいろ不安になるのはわかります。引き受けた後でも疑問に感じた事は何でも訊いていただいてかまいませんよ」
「うん、普通の仕事じゃないって認識があるだけでもちょっと安心した」
「でも人のためになるいい仕事だと思いますよ」
「そうね…巻き込まれてるなら助けないといけないし」
「ではこの仕事、引き受けてくださいますか…?」
引き受ける、と答えようとして、佳奈多はためらった。本当にこの仕事を引き受けていいものなのか、理屈にならない迷いが佳奈多の中にあった。
「あの…もしかして、3人仲間を集めないといけないところで迷っておられるのでしょうか…?」
「え? ううん、そういうわけでは無いわ…西園さんが仲間になってくれるって言ってるし」
「そうでしたか。それは心強いですね。西園さんはアドベンチャーコンサルタントの資格を持っていますし」
「何? え? アドベンチャーコンサルタント? 何それ国家資格?」
「国家資格ではありませんが…最近この分野で注目されている資格の一つです。持っておけば名刺の肩書きが一つ増えますし」
「そんな名刺貰っても、って気もするけど…」
「時代の過渡期にはよくある事です。よくわからないけど知らない方が無知なだけなのでは無いかと思わせてしまうカタカナ職業の氾濫。…後々まで残るのはほんの僅かですが」
「それはつまり役に立たないと言う事ではないの?」
「そんな事は無いと思いますよ。西園さんのアドバイスはきっと佳奈多さんに役に立ちますし、残り2人の仲間もすぐ見つかるようになりますよ」
「そう。それは心強い事ね」
「では。西園さんと組んで、この仕事はお引き受けくださるという事でよろしいですか?」
「二木さん。先ほども言いましたが、私、この仕事やりたいです」
二人に迫られた佳奈多は、観念したかのように目を閉じ、そして小さく頷いた。
「引き受けてくださいますか。わふー。では早速手続きをしてしまいますね」
はあ〜、と佳奈多は大きく溜息をついた。とうとう引き受けてしまった。でもこれで壺を弁償できれば。しかし何故自分はこんな事をしているのだろう。
「時給制ですので、毎日勤務時間を申告して貰います。業務報告もお願いしますね。勤務時間は自由ですけど、大魔王はちゃんと倒せるように計画してください。佳奈多さんなら大丈夫だと思いますけど」
クドの説明を聞きながら、佳奈多はぼんやりと窓の外を眺めていた。学校の裏手にある小さな山が見える。大魔王と戦う前から既に負けた気分だ、と口にしようとして、しかしそれをすんでの所で思いとどまった。