今日は佳奈多さんとデートだ。佳奈多さんが人に見られるのは恥ずかしいって言うから、出来るだけ人目に付かないコースを選んだ。佳奈多さんはいつもの地味な私服だ。デート前に「制服と私服どっちがいい?」と訊いてくるから私服がいいんじゃないかなと答えたら、あなたは制服が好きだと思ったのにとちょっと不満そうだった。…いや、確かに佳奈多さんの制服姿は凛としていて素敵だけどさ。
目立たないということで、目的地までの経路は住宅街の裏道を通ることにした。佳奈多さんは白い目で見てため息付いたけど、それ以上は何も言わなかったからよしとしよう。
結構狭い道だし、溝のふたもない。僕は佳奈多さんの手を取って、佳奈多さんが落ちないように気を使いながら狭い道を歩いた。佳奈多さんのこと大事にしてるアピールをするチャンスだ。僕だってそれなりの計算はある。
「別に、ここまでしてくれなくたって…。転んだりしないわよ」
「うん、でも万一ということもあるし」
「そうね。あなたが転ぶといけないから、手を握っていてあげるわ」
「はは、そういうことでいいや」
しばらく歩くと、佳奈多さんがふと立ち止まって片足をとんとんと地面に突いた。もう疲れたのだろうか?
「大丈夫?」
そう訊くと、大丈夫よと答えて、佳奈多さんは足を戻した。そしてそのまま、その足を僕の前の方に移動させた。
…どういうつもりだろう?
よくわからなかったけど、たぶん足の運動か何かだろう。そう思ってそのまま跨いで歩き出した。佳奈多さんは小さくはぁとため息を付いて、僕に手を引かれて歩き出した。…何か不満だったんだろうか。少し気になった。
しばらく歩くと、佳奈多さんが今度はいきなり足を突き出してきた。直前で気づいた僕は、はたと立ち止まった。
一体どういうつもりなんだろう。僕は振り返って佳奈多さんの顔を見た。佳奈多さんなぜか目を逸らす。恥ずかしそうに目を合わせようとしない。僕は目線を足下に戻した。佳奈多さんの足はまだ僕の足の前にある。つま先が僕のすねに当たりそうだ。
…これって。まさか。佳奈多さん、僕のこと転ばせようとしてる…!?
いやいやいや。まさか。まさか。だって、あの佳奈多さんだよ!? 真面目一貫、世間知らず。ちょっぴりあぶないお姉ちゃんとも言われてるけど。でも僕と付き合うようになってからは葉留佳さんに変な事しなくなったって聞くし。
…葉留佳さんの代わりに僕に変な事しようとしてる!?
いや考えすぎだ。いやでも。いやいやいや葉留佳さんじゃ無いんだし。いやでも目の前に佳奈多さんの足あるし。
気づかなかったことにしよう。そう決めて佳奈多さんの足を跨いだ。後ろから、はぁ、とがっかりしたような溜息が聞こえる。きっと佳奈多さん疲れてるんだ。早く目的地に着いて、少し休ませてあげよう。
僕は佳奈多さんの手を引いて、少し早足で歩きだした。慣れない道だし狭くて歩きづらい。ちょっと蹴躓いてしまった。そう、ほんのちょっと蹴躓いただけだった。はずだった。
「大丈夫、直枝!?」
そう叫んだ佳奈多さんは僕の手をぐいと引っ張った。片手だから体が佳奈多さんの方に反り返ってしまう。佳奈多さんの顔が見える。佳奈多さんってやっぱりきれいだなあ、なんて馬鹿な事を考えている間に、佳奈多さんはもう片方の腕で僕を抱きかかえてきた。そして掴んでいた手は放されてしまう。僕は抱きかかえられたまま、体重を佳奈多さんに預けるしか無くなった。
佳奈多さんは腕をゆっくりと降ろしていったので、僕の体はだんだん地面に近づいていった。
「あの、佳奈多さん? なんか押し倒されてるんだけど…」
「大丈夫。今は誰も見ていないから」
目的地の公園に着いた。少し休もう。いや違う、佳奈多さんを休ませるんだった。
「座って待ってて。飲み物買ってくるよ」
「自分で行けるわよ」
「僕が行くよ。佳奈多さん疲れてるんだから」
「そこまで疲れてないわよ」
「佳奈多さんいつも忙しいんだし。ここに座ってて、ね?」
佳奈多さんをベンチに座らせて、僕は飲み物を買いに行った。佳奈多さんは無糖のお茶がいいかな。緑茶と紅茶はどっちがいいだろう。両方買って好きな方選んで貰えばいいか。
佳奈多さんはベンチで大人しく待っていてくれた。そりゃそうだよ、佳奈多さん落ち着いた人なんだから。僕なんかよりずっと大人なんだから。
ベンチは佳奈多さんの向こう側が空いていたので、僕は佳奈多さんの前を通ってそっち側に座ろうと思った。通り過ぎるときに佳奈多さんが足を突き出してきた。不意だったので、止まることもできずそのまま引っかかってよろけてしまった。
まただよ、と思ってる間に、佳奈多さんが僕の体を抱きかかえてきた。
「地面は危ないわ、ベンチで寝てなさい」
そう言いながら佳奈多さんは、そのまま僕をベンチに引き込んで押し倒してきた。
「あの、佳奈多さん…」
「大丈夫。今は誰も見ていないから」
お茶を飲ませたら佳奈多さんは落ち着いた。というか僕も落ち着こう。
ベンチに座ってお茶の缶を持ちながら、目線の先にある池と林を二人で眺めている。いいなあ、こういう時間。
「ねえ。ボートに乗らない?」
佳奈多さんが提案してきた。
「うん、いいね」
二人で貸しボートに乗った。
「直枝、漕げるの?」
「大丈夫だよこれくらい」
そう言って僕はボートを漕ぎだした。佳奈多さんはじっと僕を見ている。恥ずかしいのといいとこ見せようという気持ちが相まって、僕は力を入れてボートを漕いだ。
「直枝、倒れそうよ」
「え? いや、漕いでる反動だよ」
「でも危ないわ。私の手に掴まって」
「大丈夫だって」
「いいから。言うこと聞きなさい」
そう言って佳奈多さんは僕ににじり寄ってきた。そして僕の体を引き戻すのでは無く、逆に押し倒してきた。いやいやいや佳奈多さん、ここ、池の上だし。
「この方が安定するし安全でしょう?」
「僕の心が不安定だよ…」
「大丈夫。今は誰も見ていないから」
帰り道。なんかもう疲れたのでいつもの普通の道を通って帰ることにした。大きな道だからか、佳奈多さんは手を繋いでくれない。まあ、僕も恥ずかしいけど。
「直枝、車に気をつけなさい」
「うん。佳奈多さんも気をつけて」
「私は内側にいるからいいの。それともあなたが内側に来る?」
「僕が外側で大丈夫だよ」
「そう言ってるうちに車来たじゃ無いの、ほら」
そう言って佳奈多さんは僕の体をぐいと引き寄せた。そして車が通り過ぎたらそのまま押し倒してきた。
「佳奈多さん、さすがにこんなところで…」
「大丈夫。今は誰も見ていないから」
でも僕には確かに見えていた。押し倒されてる最中に視界に映った、クドや葉留佳さん達の姿が。
「わふ。佳奈多さんったら…」
「マッタクあの姉、人が見てないとほんとやりたい放題デスネ!」
「見なかったことにしよう。そうしてあげよう、ね?」