荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸Key系ページ >>リトルバスターズ!KX >>リトバスSS >>半分÷半分の誕生日

半分÷半分の誕生日

 
 
「姉妹はいつでも半分こ。二木は昔、三枝にそう言ったらしいな」
 
 誕生日を前にした佳奈多を前に、突然恭介が切り出した。
 
「ええ。確かに昔、そんな事も言いましたね」
「だからお前達姉妹は、毎年同じ日に誕生会をやっていると」
「いえ、待って下さい。私達は誕生日が同じなので、それで同じ日になってしまうだけです。別に半分こしてるわけでは無いです」
「そうなのか。だが、三枝はそうは思っていないようだぞ」
「そうなんですか?」
「たまには自分一人でみんなに囲まれた誕生会をやりたいと」
「──そうですか。あの子がそんなことを」
「そこでだ。俺達は考えた。中途半端な半分こでは無く、もっときっちりけじめを付ければいいのでは無いかと」
「そうですか。何をなさるおつもりで?」
「10/13を午前と午後に分ける」
「単純ですが、確かにはっきりしてますね」
「職員室に体育館を丸一日借りる許可を貰ってきた。そこで、午前中に三枝の誕生会を、午後に二木の誕生会をやる。寮会生徒会文化部会の承諾も取り付けてある。あとは一応運動部会の承諾も貰いたいわけだが」
「何も体育館まで借りる必要は無かったんじゃ無いですか? それに私の分は結構ですよ」
「まあ、これも三枝の希望でな」
「そうですか。まあ、あの子がそう希望しているのなら」
 
 そう言って佳奈多は、手にしていた書類を束ねてとんと置いた。この話は終わり、了承。わかりやすい意思表示だった。
 
「意外とあっさり承諾したんだな」
「抵抗して何か得があるとでも?」
「いや、いいんだ。じゃあ当日の準備は俺達でやるから、二木は三枝の誕生会が始まるまでに来てくれればいい」
「そうですか。それは助かります」
 
 
 
 そして10月13日がやってきた。
 午後0時を挟む昼休みの1時間、それとその前後の数コマを休講またはずらすことで、三枝葉留佳と二木佳奈多の全校一斉誕生会の時間が確保されていた。午前中は三枝葉留佳の、そして午後0時になると同時に二木佳奈多の誕生会に切り替わる、と進行表ではそうなっていた。
 
「休講にしてまでこういう事をするのは感心しないのですけど」
 
 葉留佳の部が始まる直前にやってきた佳奈多は、呆れ気味に主催の恭介に話しかけた。
 
「先生方も勤め人である以上有給休暇を取りたいという事さ」
「それでですか。職員組合まで動かしたと聞いたときは何事かと思いましたが」
「職員組合だけではないさ。必要な関係諸機関には全て手回ししてある。消防とかな」
「どんな危険なことを企んでるんですか…」
「そんなおおげさな話じゃ無いさ。何かあったときの念のため、というだけだ」
「そうですか。ではひとまずその言葉を信じることにします」
「ああ、悪いようにはしないつもりだ。ほら、三枝の誕生会が始まるぞ」
 
 恭介が顔を上げて目線を前方にやる。壇上に設けられた特別席に葉留佳が座り、周りを選ばれた数名が取り囲んでいる。檀の下にも何名かが集まっている。
 
「ほら、二木も行ってやれ。三枝が一番来て欲しいのは二木、お前じゃ無いのか?」
「──そうですね。人の多いところは苦手なのですが、葉留佳の為というなら」
 
 そう言って佳奈多は、葉留佳とそれを囲む一団に近づいていった。
 
 
「よお。遅かったじゃ無いか」
 
 謙吾に声をかけられる。
 
「時間通りに来たつもりだけど?」
「いや、二木が来たらそう言ってくれと頼まれていてな」
「誰に。葉留佳? 棗先輩?」
「いや、西園だ」
「西園さん?」
 
 佳奈多は壇上にいる西園美魚をちらりと見た。葉留佳と何か詰めの打ち合わせでもしているようだ。
 
「何故西園さんが」
「そこは俺もよくわからん。お、何か始まるようだぞ」
 
 壇上では葉留佳を取り囲む一団が一斉に拍手を始めていた。それにつられるように、段下にいる生徒達も拍手を始める。佳奈多も合わせるように拍手をした。
 
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「ワタシハココニイテイインダ!」
 
 葉留佳が天井を仰ぎながら何か叫んでいる。
 
「…なんなの、あれは?」
「いや、だから、俺にはよくわからん」
 
 佳奈多の心に、にわかに不安感が拡がり始めた。あれが何なのかよくわからないけど、もしかして同じ事を自分もやられるのでは無いだろうか。いや、あれと同じでは無いにしても、ああいう恥ずかしい思いをする何かをされるのではないだろうか。そもそも、この誕生会は葉留佳の希望したものなのだ。
 
 葉留佳が私にしたがること──。
 
 そう考えると、佳奈多の背筋には寒気が走った。どんな目に遭わされるかわかったものでは無い。しかも協力しているのはあの棗恭介だ。
 企画:三枝葉留佳、実行:棗恭介。佳奈多の目には悪夢しか見えなかった。
 
 何とかしてこの場から逃げ出さなくては。
 佳奈多は咄嗟に周囲を見渡した。出入り口は、受付と称して残された一つを除いて、全て封鎖されている。受付のある出入り口も、すぐに閉じられるよう両脇を生徒が固めている。さらに、その生徒を守るように、体育会系の生徒が警護している。封鎖されている出入り口も、やはり体育会系の生徒達によって守られている。
 
「(私が逃げ出すことは織り込み済み、か──)」
 
 他に逃げ出せる場所はないだろうか。窓なら上の方にもある。が、あそこから飛び降りるなど自殺行為だ。楽屋や倉庫から抜け出せるルートは無かっただろうか。佳奈多は必死に考えた。おそらくはそこにも人が配置されているだろう。通路はあってもとても狭い。数名いれば簡単にブロック出来るだろう。
 
「(緊急時の避難計画を見直した方が良さそうね…)」
 
 こんなときにでも、そんな事を考える余裕があった。否、むしろそんな事を考える程度にしか余裕が無かった。佳奈多は完全に追い詰められていた。
 佳奈多は壇上に目をやる。葉留佳を取り囲む中に、小毬や唯湖の姿もある。そういえばあの子達は、屋上や放送室と行った逃げ場を確保して、これまでを凌いできたのだったかしら。
 ──逃げ場所といえば、自分にもあるじゃないの。保健室が。
 気分が悪くなった、休みたい。保健室に行きたい。そう言って、堂々とここから出ればいいのだ。あとは、今回の誕生会に確保していた時間が過ぎるまで保健室で休んでいればいい。それ以降はちゃんと授業をやることになっているのだから。
 
 方針を決めた佳奈多は、身近にいた謙吾に話しかけようとした。
 
「宮沢、私、少し気分が──」
「うおっ、なんだあれは」
 
 佳奈多が話しかけたその時に、謙吾が声を上げる。その視線の先には、大道具用に確保された大きめの出入り口があった。先程まで閉鎖されていた扉が大きく開け放たれて、外から白色の大型車両がバックで入ってきていた。
 
「オーライ! オーライ! オーライ! オーライ! ストーップ!」
 
 高規格救急車だった。車の中から乗り込んでいた医師と看護師が降りてくる。
 
「ドクターカー!? 何故あんなものが…」
 
 唖然とする佳奈多の下に、恭介が歩み寄ってきた。
 
「恭介。なんだあれは?」
 
 呆然としたままの佳奈多の代わりに謙吾が尋ねる。
 
「ドクターカーだ」
「それくらいは俺も知っている。何故そんなものを呼んだ」
「折角の誕生会なのに、急病人が出て中座する人間がいては水を差すことになるからな」
「誕生会にドクターカーを呼ぶ方がよほど水を差す気がするのだが…」
「しかし三枝がしきりに二木の体調を気にかけていたからな。よく保健室通いをしていると」
 
 気づかれていたのか──。そう思うと、佳奈多の口元に何故か自然と笑みがこぼれた。しかし、今は笑っている場合では無い。
 
「なるほど。確かにドクターカーがあれば、体調を崩してもこの場で治療や休養が出来るな」
「ちょっと宮沢、何丸め込まれてるの!?」
「そういえば二木、さっき気分がどうとか言いかけていたような」
「気が晴れたわ。ええ、あまりにもサプライズ過ぎてもう、気が晴れたわ」
「そうか。それは良かった」
 
 全然よくない。これでもう完全に逃げ道は塞がれた。
 佳奈多は絶望感でいっぱいになった。
 
「おっ。そろそろ12時だな。お姫様の交代だ」
 
 前方に掲げられた時計を見ながら、恭介が言う。佳奈多には時間が無い。このままでは、自分は壇上に上げられて晒し者にされてワタシハココニイテイインダとか意味不明なことを叫ばされてしまう。
 壇上に上がっていた一団が、一旦下に降りてくる。クドが空欄の状態な名簿を差し出してくる。
 
「一緒に壇上に上がって欲しい人がいれば記入して下さい」
「やっぱり同じ事をするのね…」
「佳奈多さんから何かご希望があれば出来るだけそのようにしますが」
「そうね。今すぐここから逃げ出したい気分だわ」
「それはダメです。折角皆さん集まって下さっているのですから。好意を無駄にしてはいけません」
「葉留佳と棗先輩の悪意しか感じ無いんだけど」
「私達の善意も信じて欲しいのです」
「──そうね。信じたいところだけど」
 
 ふと、佳奈多の目に一人の男子生徒の姿がとまる。直枝理樹。彼ならもしかしたら何とかしてくれるのでは無いか。そんな期待が佳奈多の心をよぎった。
 
「ここに希望する名前を書けばいいのよね」
「はい。──え?」
 
 佳奈多がさっと書き込んだ名前を見てクドが戸惑っている間に、佳奈多は理樹の元に駆け寄って、有無を言わさず手首を掴んで詰め寄った。
 
「直枝。私と一緒に壇上に来て」
「えっ!? 僕が?」
「一緒に壇上に上がる希望者として名前は書いたわ。手続きはそれでいいんでしょう?」
「うん、手続きとかそんな大袈裟な話じゃ無いけど…」
「じゃあそれでいいのね。行きましょう」
「あの、佳奈多さん、他には? 他の方はいいのですか?」
 
 クドが必死に呼び止める。
 
「結構よ。どうしても人数が必要なら、じゃんけんでもバトルでも何でもして決めて頂戴」
「えっ、えっ、えっ」
 
 クドは戸惑い、謙吾と真人は早速バトルを始め、そして佳奈多は理樹を連れてさっさと壇上に上がってしまった。
 
 壇上からだと馬鹿二人のバトルがよく見える。理樹と一緒に下を見ながら、佳奈多はそんな事を思った。
 
「謙吾と真人も壇上に上がりたいのかな? 今からでも二人とも指名してあげたら?」
「あの二人はただ闘いたいだけでしょう。それよりも直枝。あなたにお願いがあるの」
「僕に?」
「──私を連れてここから逃げて」
「えっ!?」
 
 突然の、しかも意味ありげな佳奈多の言葉に、理樹は戸惑った。
 
「逃げ出すって。誕生会はどうするの?」
「知らないわ。葉留佳の分が終わったんだから、もうそれで十分でしょう」
「折角みんな集まってるのに?」
「それなりに余興も楽しんでるようだし、それで十分じゃ無いかしら」
 
 いまだに続いている謙吾と真人のバトルとそれに群がる群衆を横目で見ながら、佳奈多は続けた。
 
「葉留佳はどうだか知らないけど、私はこういう騒がしいのは嫌。もっと静かに、心を許せる人と二人でいたい。そんな誕生日がいい」
「僕には心を許してくれると」
「──そうね。認めざるを得ないわ」
「わかったよ。そういう事なら、何とか考えてみる」
 
 理樹は片手を顎に当てて、暫く思案し始めた。そして、考えた結果を佳奈多に耳打ちした後、佳奈多の手を取って突然檀の端の方、楽屋に向かって走り始めた。
 クドがすぐにそれに気づいた。
 
「あっ、あっ、佳奈多さん、何リキ連れて逃げようとしてるですか!」
「なにぃ!?」
 
 クドの声に、葉留佳も事態に気づく。いや今は逆なんだけど、と佳奈多は心の中で突っ込んだ。
 
「この嘘つき姉! 私達3人、お姉ちゃんと私と四葉ちゃんとでまた来年も誕生会をしようね、って約束したのに!」
「あの、すみません葉留佳さん、私達そんな約束したでしょうか? 確か去年は、家に報告する為に形だけの誕生会しかしていないように記憶しているのですが」
「イヤ四葉ちゃんあのね、今はそういう事言わなくていいから…」
 
 葉留佳達が揉めている間に、佳奈多と理樹は奥に引っ込んで姿が見えなくなっていた。
 
「いかん。このままでは二人とも見失ってしまう。緊急配備だ、みんな、余興は中止だ!」
 
 無線機を手に指示を飛ばしながら、その合間に恭介は歯ぎしりしていた。
 
「おのれ二木佳奈多、俺の理樹を…!」
「何を言うのです恭介さん、私のリキです!」
「二人ともどさくさに紛れて何を口走ってるのデスカ! 人が遠慮してるのをいいことに!」
 
 追う側は全くまとまりが無かった。その証拠に、謙吾と真人のバトルはまだ続いていた。いい加減にしろと割って入った唯湖も結局巻き込まれて三つ巴の闘いになっている有様だった。
 
 それでも暫くすると何とか落ち着きを取り戻し、捜索部隊が編成された。
 
「無線機越しの報告では、二人ともどの出入り口からも出た様子は無い。──もっとも、二木に言いくるめられて虚偽の報告をしていなければだが」
「佳奈多さんがそこまでするでしょうか?」
「ああ、俺もそこまでするとは思っていない。だから、まだ体育館の中にいるか、或いは俺も知らない抜け道を使って外に出たか、だな」
「外を捜索する部隊も編成した方が良くは無いか?」
「だな。足の速いものを集めて、外側の捜索部隊を編成しよう。足の遅いもの体力の無い者は、引き続き内部の捜索と出入り口の警護を」
 
 そうして恭介ら生徒達が大騒ぎしている間。佳奈多と理樹は、楽屋奥の倉庫の片隅に身を潜めていた。
 
「──外の様子はどうなっているのかしら」
「まだ誰も探しに来ないし、意外と手間取ってるみたいだね」
「そうね。思ったより時間が稼げそうだわ」
 
 ふぅ、と佳奈多はため息をついた。
 
「でも、私一人では気がつかなかったわ。一人になりたいだけなら、何も体育館の外に出る必要は無い、って」
「一人じゃ無い、僕もいる。二人だよ」
「そうね。望んだとおりの、二人きりの静かな誕生日ね」
「お茶もお菓子も無いけどね」
「いいの。私にはこれで十分──」
 
 そう言って佳奈多は、自分の右手でそっと理樹の左手を握りしめた。
 
「か、佳奈多さん」
「しっ。静かに。でしょ?」
「う、うん…」
 
 
 そんな二人の様子を、扉の隙間からそっと観察していた一人の人物がいた。
 
「あーらら…あらまぁ」
 
 ひとしきり事態の推移を観察して楽しんだ後、あーちゃん先輩はそっと隙間から離れた。
 
「ま、みんなには黙っといてあげますか」
 
 そう言って扉から離れるあーちゃん先輩の元に、美魚が歩み寄ってきた。
 
「あーちゃん先輩。そちらには?」
「んん? まあ、見た限り、アタシにはよくわからなかったわねえ」
「──そうですか」
 
 何かを察した美魚は、そのまま踵を返して、人の集まる場所に向かって言った。
 
「おう西園、どうだった?」
「私は二人を見ていません」
「そうか。そっちにはいないかー」
 
 その場にいる殆どが、そう勝手に解釈した。結果、二人の捜索は困難を極めた。そして、佳奈多と理樹は、元々誕生会が予定されていた時間が終わるまで、ずっと二人きりの時間を過ごすのであった。
 
 
 
 その後どうなったかはいざ知らず。
 
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−
ツイート


リトルバスターズ!KXに戻る
−−−−−−−−−−−−−−