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ふくびきかなたん

 
 
 年末は何かと買い込んで準備をしないといけないと言いますけど。最近はコンビニはいつでも開いてるし大型スーパーも正月から開いてますし、無理して年末に物を買い込む必要は無くなっているのですよね。それでも年末に買い物をしてしまうのは、セールで値引きしているからとか抽選券が貰えるからとか、そういう理由の方がむしろ大きいと思いますの。
 この二人も、きっとそう。
 
「クドリャフカ。安いからってあんまり物を買い込みすぎてはだめよ」
「わかってますよ。だからこうしてリストも作ってますし、佳奈多さんにもついてきて貰ったのです」
「わかってるならいいのよ」
「あ、ブリが安いです! 佳奈多さん、ブリ大根作りませんか?」
「ブリも大根もリストには無いわよ」
「あっあっ、でも、おせちの材料にブリは必要かと」
「おせちにブリの照り焼きを入れるところはあるけど、ブリ大根は入れないと思うわよ。汁が垂れるし。意外と日持ちのしないものだし」
「わふ。でも、この前リキがブリ大根食べたいって言ってたのです」
「直枝が…?」
 
 二木さん、少し考えます。
 
「わかった。じゃあブリは私が買うわ」
「リキの名前を出した途端自分で買うと言い出す佳奈多さんに何か汚いものを感じてしまうのです…」
「そうよ。私は汚い女よ。…知っているでしょう?」
「佳奈多さん。お金は半分づつ出しましょう。それがいいと思うのです」
「…そうね。確かにそれが一番穏当な解決法だと思うわ」
 
 こうしてこの二人は、リストに無いブリと大根を買い込んだのでした。だから言ったではありませんか、値引きは怖いって。
 
「予定に無い物も買ってしまったので、抽選券がいっぱいになってしまいましたねえ」
「まあ、この際しょうが無いわね。それにほら、1等賞はタブレットPCですって。あなたそういうの欲しいんじゃ無いの?」
「葉留佳さんも欲しがりそうですねえ」
「そうね」
「佳奈多さん、半分づつ引きましょう」
「何を言ってるの? クドリャフカの買い物で貰った抽選券でしょう。クドリャフカが全部引きなさい」
「付き添ってくれたお礼です。それにブリと大根は半分づつ出してますし」
「そう。じゃあ引くだけ引いて、当たったら考えることにするわ」
 
 こうして二人は抽選会場に向かったのでした。はじめに能美さんが引きます。はい、3等賞が当たりました。
 
「佳奈多さん、3等賞あたりましたですっ! どうしましょう、3等賞、温泉権って書いてあります!」
「クドリャフカ落ち着いて。しかし3等賞で温泉旅行だなんて、随分と豪勢ねえ」
「温泉旅行ではありません。温泉権です」
 
 係の人が説明しています。
 
「あなたが何らかの理由で万一温泉を掘り当ててしまった場合、その時に必要な行政手続きその他諸々の費用を負担して貰える権利です」
「え…?」
「温泉が貰えるわけでは無いのですか?」
「違います」
「あの、じゃあ土地とか採掘権とか、そういうのは含まれてないんですか?」
「ないです。3等賞でそこまで入ってるわけ無いじゃないですか」
「ということは、温泉を掘る場所は自分で探さないといけないんですか?」
「佳奈多さんどこか温泉の出る場所知らないですか?」
「知るわけないでしょう…。なんなのこの賞品。妙な賞品が含まれてるのね」
「商店街の店舗や常連さんからの提供品ですので。たまにこういうのも含まれてます」
「こういうのにこそ、残念賞って付けた方がいいんじゃないのかしら?」
「佳奈多さんは頑張って残念で無い賞引き当ててください…」
「抽選なんだし、頑張ってどうにかなるものじゃないと思うけど。ま、とにかく引いてみますか」
 
 そう言いながら、二木さんは所定の回数分を引きました。
 
「おめでとうございます! 特別賞です! 出た! 出ました! 本年度の抽選会最大の目玉賞品、遂に出ました!」
「え…?」
「佳奈多さん、やりましたね!」
「え、ええ。でも、特別賞って…? え、1等賞より上なの?」
「1等賞は値段が高いです」
「1等賞だものね」
「タブレットPCならそれなりの値段ですしね」
「じゃあ、特別賞は?」
「プライスレス」
「え?」
「と、提供者の方はおっしゃっていました」
「プライスレスって…あなたと過ごした30年とか、そういうの?」
「30年までは行きませんが、似たようなものです」
「いったい何なの?」
「直枝理樹を一日好きに出来る権利」
「…。」
「…。」
 
 二木さんと能美さんは、一瞬無言になりました。そして能美さんは、半ば本能的に、二木さんの手にある目録を奪い取ろうとしました。二木さんも本能的にそれを後ろに隠しました。
 
「す、すみません佳奈多さん、つい出来心で…」
「え、ええそうね。出来心も起きるわよね。仕方のないことだわ。仕方のないことよ」
 
 二人ともかなり動揺しているようです。
 
「よく考えたらこれはクドリャフカの買い物なんだから、あなたに権利があるのよね」
「いえでもこれは佳奈多さんが自分の分として引いたものですし」
「ブリの分でしょう? あれは半分ずつお金を出すという話だったじゃないの」
「でも引いたのは佳奈多さんです」
「ねえ、この権利、半分ずつには出来ないの? 半日ごととか」
「いかなる脅迫や圧倒的権力を以てしても権利の分割や譲渡は認めない、という付帯条件が付いています」
「なんでそんな強力な条件が付いてるのよ…」
「提供者の意向で」
「提供者って一体どこの誰なのかしら」
「すみません、後ろ並んでいるので。お話でしたら後日」
「そ、そうね」
「佳奈多さん、寮に戻って落ち着いてゆっくり考えましょう」
 
 二木さんと能美さんは、寮への帰路に就きました。すると、後ろから呼び止める声がしました。棗恭介さんです。
 
「待て、二木佳奈多」
「あら棗先輩。なんですか」
「理樹は俺のものだ」
 
 二木さんと能美さんは、3秒ほど無言になってしまいました。そして何事もなかったかのように会話を再開しました。
 
「クドリャフカ、ガスボンベは買い足さなくて良かったかしら?」
「ガスボンベは秋口にたくさん買い置きしてしまったのです」
「そうだったわね。円安で石油製品が値上がりすると思ったのに、原油価格が暴落するなんて」
「まさかサウジアラビアがシェールオイル潰しに走るとは思わなかったのです…」
「おい待て。おまえら一体何の話をしている」
「ガスボンベの話ですけど?」
「俺はガスボンベの話などしていない」
「あなたと話しているつもりはありませんから」
「人が話しかけているのに無視するなんて失礼じゃないか」
「いきなり意味不明なことを言い出すのも失礼だと思いますけど?」
「ん? そんなに意味不明だったか?」
「意味不明というか、脈絡がなかったのです…」
「そうか。確かに説明が足りなかったな。もう少しきちんと言おう。二木佳奈多、おまえが引いたその特別賞の理樹を一日好きにしていい権利は、俺のものだ」
 
 二木さんは、呆れたように大きくはぁとため息をつきました。
 
「この賞は私が自分で引き当てたものなんですけど?」
「そうだ。そもそもおまえが引いてしまったこと自体が間違いなんだ」
「なんですかそれ。意味が分かりません」
「その賞は元々俺が提供した。よって俺のものだ。以上」
「あの、提供したのでしたら、もう恭介さんのものではなくなっているはずなのでは」
「自分で引くつもりだった」
「は?」
「一度は俺の手から離れた理樹を、己の運気を以て自らの手に取り戻す。それこそが俺の理樹に対する愛の証になるんだ。付帯条件で理樹はいかなる暴力を以てしても俺から引き離せないようにしてある。誰にも邪魔はさせない。完璧な条件で、理樹との至福の一日を過ごせるはずだった。なのに、それをおまえはいともたやすく邪魔しやがって…」
「別に邪魔したつもりはないんですけど。そんなに欲しかったなら、私より先にこの賞引けば良かったじゃないですか」
「もちろんそうするつもりだった。だが抽選券が途中で無くなった。大急ぎで調達している間に、お前等が割り込んできて…」
「割り込んでません。ちゃんと順番守ってます」
「俺が抽選券無くて困ってる間に…。何でお前等そんなにたくさん抽選券持ってんだよっ!」
「すみません、私がたくさん買い物したばっかりに…」
「クドリャフカ。あなたは何も悪くないんだから、謝ったりしては駄目よ」
「わふ。でもこのままでは恭介さんがかわいそうなのです」
「違う意味でね」
「そんなかわいそうな俺のためにこの4等賞の炊飯機能付きモバイルバッテリーと交換していただけないでしょうか」
「特別賞と4等賞を?」
「あ、私それ欲しいです! 3等賞と交換して下さい!」
「ですって。よかったですね、4等賞よりランクあがりましたよ」
「あ、ああ」
 
 能美さんと棗先輩はお互いの景品を交換しました。
 
「…なんだこれ」
「温泉を掘り当てたときに行政手続きの費用を負担してもらえる権利、だそうです」
「そんなの使い道あるのかよ」
「あるんじゃないですか? あなたなら意図せず温泉を掘り当ててしまうことぐらいありそうですけど」
「ねえよ…さすがにねえよ…。そうだ二木、むしろお前の方が使い道があるだろう。おまえんとこの実家の裏山から温泉が沸いたときとか」
「三枝の山から温泉が沸くくらいだったら、カルトまがいの宗教ビジネスになんて手を出していないし、私達姉妹もあんな目に遭ったりしてません」
「そうですよねえ」
「あの、オバマケア1年分上乗せするので、理樹を好きにしていい権利と交換していただけ無いでしょうか」
「交換しません。するわけないじゃないですか」
 
 棗先輩は絶望の叫び声を上げながらその場に崩れ落ちてしまいました。
 
「行きましょうか、クドリャフカ」
「あの、恭介さん放っておいていいんでしょうか」
「おなかがすいたら寮に戻ってくるわよ」
「それもそうですね」
 
 二人は棗先輩を放置して寮に戻りました。
 
 
 
 そして自室に戻った二木さん。机に向かいながら権利証書をひらひらさせています。
 
「さて。どうしたものかしらねこれ」
「お姉ちゃ〜ん。なにやら良いものをお持ちのようですねえ」
 
 三枝さんが二木さんにいやみらたらしく顔を近づけています。二木さんはその顔をぐいと押しのけました。
 
「あげないわよ」
「ちぇー」
 
 三枝さんは椅子をがらがらとひっぱってきて、隣に座り直しました。
 
「まあ、内容はクド公に聞いてますケドネ。理樹君を欲望の赴くまま好きにしていい権利ダトカ」
「いやらしい言い方しないでよ」
「じゃあ、どう使うつもりなんデスカ〜?」
「別にどう使おうといいじゃないのよ…」
「理樹君にいかがわしい事しようと企んでるんじゃないんデスカ?」
「な、なにを言うのっ! 言いがかりよ。いいわよ、そんなに言うなら、明日この権利使うから、クドリャフカと一緒に見てなさい。私の直枝への思いがいかに健全か、見せてあげるわ」
「うん、まあいいけど。お姉ちゃん疲れてるみたいだし、落ち着いて休んだ方がいいよ。今日はもう寝た方がいいね、お布団整えてあげるね」
「え、ええ。ありがと…」
 
 
 
 そして翌朝。二木さんはすっきりした頭で、自分が何を口走ったかを理解したのでした。慌てて取り消そうと葉留佳さんの姿を探しましたが、部屋にはもういません。
 代わりに能美さんがやってきました。
 
「佳奈多さん。用意できましたよ」
「用意って?」
「佳奈多さんのリキに対する健全な思いを私達に見せて下さるんですよねえ」
「そ、それはっ」
「大丈夫です、家庭科部の部室を使わせてもらえるよう了解を取りましたので。私達以外部外者は簡単には入ってこれませんよ」
「えっえっでも」
 
 二木さんは能美さんに家庭科部部室に連行されてしまいました。
 
 
 
 部室には既に直枝理樹が待機していました。
 
「直枝…。ごめんなさい、変なことになってしまって」
「大丈夫だよ佳奈多さん。それに僕、佳奈多さんのこと信じてるから」
「直枝…」
 
 直枝理樹に信じていると言われて、二木さんの中に抑えられない衝動が沸き起こりました。直枝理樹にすり寄って、そっと頬に手を伸ばします。そして、はっと視線に気づきました。三枝さんと能美さんがにやにやしながらじっとそれを見ていました。
 
「ちょっと、何見てるの!」
「イヤ、見せてくれるって話だったじゃないデスカ」
「大丈夫ですよ佳奈多さん。まだ健全です。続けて下さい」
「続けろと言われても…」
 
 二木さんは少し頬を赤らめながら直枝理樹の方を見ました。
 
「その…さわってもいいかしら、直枝」
「う、うん…」
 
 二木さんはまた手を伸ばして、そっと直枝理樹の頬に触れました。
 
 そのとき、部室の扉が勢いよく開かれました。
 
「二木ぃ佳ぁ奈ぁ多ぁぁぁぁ! 貴ぃ様ぁ!」
 
 血涙を流さんばかりの表情をした棗先輩がそこに立っていました。
 
「っ貴様、よくも俺の理樹に手を出しやがって!」
「えっ、確かに手を出してますけど。でもこれはそんないかがわしい意味じゃなくて」
「そうです! まだ健全です!」
「うるさい! 理樹を目の前にしてやましい気持ちを抱かない者がこの世の中にいるものか!」
「あ、それは確かにその通りです…」
「クド公!?」
「それをみんな我慢して、抑制して生きてきているんだっ。それを二木佳奈多、貴様は、貴様は、そもそも、理樹は、理樹は俺のほげしっ」
 
 棗先輩は蹴り倒されました。
 
「悪は滅びた…」
「鈴ちゃんいつの間に」
「兄が挙動不審だったのでまたばかなことをしでかしているのではないかと思ってこっそりあとをつけてみたら案の定ばかなことをしていたので、けり倒した」
「ま、まあ今回はお手柄というべきかしらね」
「ほめられた!」
「でも恭介どうしよう。のびてるけど」
「そうだな。ゴミ捨て場に捨ててくる」
「鈴さん、さすがにゴミ捨て場はきついのでは…」
「確かにゴミ捨て場までは遠いな。よし、玄関先まで引きずって放り出してくる」
「あの、きついってそういう意味ではなく」
「行ってくる。しばしまて」
 
 棗鈴は棗先輩を引きずって玄関まで行ってしまいました。
 しばらくして戻ってきました。
 
「帰ったぞ。あたしも見学していいか?」
「ほんとはあまり大勢の人に見られたくはないのだけど…でもさすがに断りづらいわね」
「そうか。ならあたしははるかの後ろに隠れてこっそり見学する」
「鈴も随分ふてぶてしく…たくましくなったね」
「ほめられた!」
「いやいやいや、今のは褒めてないから」
「そんなことより早く続きやれ」
「急かされてもね。見せ物じゃないんだし。…あら?」
 
 二木さんは直枝理樹の上着に手をかけました。
 
「直枝、脱いで」
「え? ええええ?」
「ほら。早く脱いで」
「だめだよ、そんな…やめて!」
「直枝。私の言うことが聞けないの? いいから脱ぎなさい」
「このエロ姉! もうデスカ? もうそっち行っちゃいますカ!?」
「佳奈多さん、少しは我慢して下さい…」
「だめよ。我慢できない」
「かなたはなにをしようとしてるんだ?」
「理樹君脱がせていやらしい事しようとしてるんデスヨ」
「は? 何言ってるの。上着の裾がほつれてるから、直したいだけよ。こういうのはすぐ直さないとどんどんひどくなってしまうの」
「あ、そうなんだ」
 
 3秒ほど沈黙の時間が流れました。
 
「クド公〜。あんた一体何を我慢しろって言ってたんですかネェ〜」
「葉留佳さんこそ! いやらしい事って何ですか!」
「思わせぶりな台詞でクド公に変な想像をさせるなんていやらしい、という意味デスガ?」
「ガーン!」
「はるか、たしかエロ姉とか言ってたような」
「そうだ。許し難きエロ姉だ」
 
 突如窓の外から声がしました。一同が窓の外を見ると、棗先輩が上からロープで下りてきていました。
 
「二木佳奈多。貴様は許され難き大罪を犯した」
「あなた程ではないです」
「理樹を脱がせるという行為は俺だけに許されたもの」
「あなたに許されてるかは知りませんけど、私今直枝に何をしてもいいことになってるはずです」
「では何をするつもりだった」
「裾を直すだけって言ってたの、聞こえませんでした?」
「本当にそれだけか?」
「そんなこと訊いてどうしようというんですか! いやらしい…」
「理樹にいやらしい事をしているのは貴様の方だと何度も…ん? さっきからロープが揺れているな。一体なんだ」
 
 棗先輩が上を見上げると、ロープをくくってある上の階に、西園さんがいました。
 
「あ、西園さんではないですか。そんなところで何をなさっているのですか。危ないではないですか。いけません、ロープをほどいてはいけません。ロープをほどいたら私は落ちてしまいます。あああぁぁぁぁ……」
 
 棗先輩は下に落ちてしまいました。
 一同は窓際に寄って、棗先輩が落ちたのを確認しました。
 
 しばらくすると部室に西園さんがやってきました。
 
「これでよろしかったでしょうか?」
「もう少し穏便な方法はなかったのかしら」
「手段を選んでいる余裕があったとでも?」
「まあ、無いわね」
「それより、美魚ちんがこっちの味方するとは意外デスネ」
「てっきり恭介さん側に回るものだとばかり」
「たまに誤解されるのですが、私は何も美少年同志の絡みばかりを追い求めているわけではありません。美しいものを側で見つめていたい、ただそれだけなのです」
「そーだったのか」
「才気溢れる美少女がか弱い美少年を手込めにする姿も、それはそれで美しいと思いますよ。ねえ、二木さん?」
「て、手込めだなんて。私は何もそこまで」
「そこまでって、じゃあこの人一体どこまでならやるつもりなんデスカネ」
「裾を直すだけって言ってるでしょう。ほら直枝、わかったでしょう。早く脱いで」
「う、うん」
「脱ぐのは上だけでいいのか」
「……そうよ」
「今の間はなんデスカ」
「棗さんの口からそんな台詞を聞くと思わなかったから、戸惑っただけよ。ほら、わかったらさっさと脱いで」
「うん、わかったよ」
「脱いだらこっちに渡して」
「うん」
「渡したら膝の上に寝て」
「うん、寝る。…えええっ!?」
「なによ。さっさとしなさいよ」
「いやいやいや、なんで膝の上で寝ることになるのさ」
「…膝が寒いのよ」
「あっ。すみません、この部屋少し暖房の利きが悪くて」
「真冬なのにそんな短いスカートはいてくるからですよ…」
「理樹君の前だからっていいカッコしようとしちゃって。部屋ではいつもジャージなくせに」
「葉留佳っ!」
「ぷー」
「何か膝掛けになるもの持ってこようか?」
「大丈夫よ。直枝がちゃんと私の言うとおりにすれば済む話だもの」
「そうか。深いな」
「いやいや、深くないから」
「だまれ理樹、ちゃんとかなたのいうことをきけ」
「はい…」
 
 直枝理樹は二木さんの膝の上に寝ました。
 
「ちょっと、何赤くなってるのよ」
「そんなこと言われても!」
「さっき上着脱いだし、風邪でもひいたのかしら」
「そんなすぐにひかないよ!」
「だめよ。あなた病弱なんでしょう? そういうのは気をつけないと」
「そうだ。気をつけないといけない」
 
 またしても棗先輩が、いつの間にか部屋に入り込んでいました。
 
「理樹は病弱だというのに、二木佳奈多、貴様は風邪をひかせるような真似をしやがって。許しがたき」
「だから風邪ひいてないよ!」
「どう責任をとるつもりだ二木。とりあえず理樹はこっちに渡せ」
「渡しません」
「理樹が死んだらどうする」
「それは…」
「えっ。そこで動揺するんだ」
「だって、直枝が死んじゃうなんて言われたら…私どうしたら」
「だから死なないよ」
「風邪を馬鹿にしてはだめ」
「風邪もひいてないから」
「では暖かいものでも食べさせてゆっくり寝かせるというのはどうだろう」
 
 いつの間にか来ヶ谷さんも部屋に入り込んでいました。
 
「調理室にこれが残っていたぞ。佳奈多君のものではないか?」
「あ、そうです。ブリ大根、直枝に食べさせようと思って作っておいたんです」
「佳奈多さん何抜け駆けしようとしてるですかっ!」
「抜け駆けだなんて…。私はただ、直枝が食べたいって言ってたって聞いたから、食べさせたいと思っただけで…」
「二人で作るという約束だったはずです…」
「ブリ大根…だと? 何の話をしている」
「直枝さんがブリ大根を食べたいと言っていたらしくて、それで二人で買い物に行ったときにブリを買ってきたようです」
「俺はそんな話知らないぞ。俺が、この俺が、理樹のことで知らないことがあるなんて、そんな馬鹿な話…」
「そんな馬鹿な話があるのだよ。さあ、わかったら恭介氏もブリを買いに行こうか」
「そうだな。それは一理ある」
 
 棗先輩はブリを買うため部屋を出ていきました。
 
「さて。じゃあ、裾を直したら、ブリ大根食べさせてあげるわ」
「う、うん。ありがとう」
「本当はもう少し時間をおいて、味をしませたかったのだけど」
「じゃあ、味見程度に少しだけ食べて、残りは後で食べるよ」
「そうね。それがいいわ。裾は直ったわ」
 
 二木さんは上着を直枝理樹にかけました。
 
「じゃあブリ大根食べさせてあげるわ。一口だけよ。口開けて」
「うん。って、自分で食べれるよ」
「だめよ。食べ過ぎておなか壊したらどうするの」
「さすがにありえないよ」
「食べ合わせが悪かったりするかもしれないわ」
「ブリ大根を一口だけって言ってるじゃない」
「あなたふろふき大根と勘違いして、裸になって腰に手当てて牛乳一気飲みとかしかねないもの。そうしたらお腹壊すかもしれないでしょう?」
「ふろふき大根関係ないし、牛乳もここに無いよね」
「ちわーっす。牛乳の配達でーす」
「あれ、恭介さん戻ってきちゃった」
「ブリはどうした」
「校門を出たところで俺は間違いに気づいた」
「そこに行くまで気づかなかったのか」
「年末だから魚屋はもう閉まっている。校門を駆け抜けてもブリは手に入らない」
「そっちですか」
「そういうわけで間違いに気づいた俺は、ついでに二人の仲を邪魔することも間違いだと気づいた」
「ようやく気づいたのですか」
「二人の仲を邪魔するよりも祝福しようと思って、牛乳の宅配を始めることにした」
「意味がわからんが、とりあえず恭介氏が何も気づいていないということだけはわかった」
「宅配ついでにりき瓶も回収します」
「は?」
「おおっと、俺としたことが空き瓶をりき瓶と言い間違えちまったぜ。これもひとえに俺の理樹に対する愛情の深さの現れだな」
「って、何わけわかんないこと言いながら直枝を連れていこうとしてるんですか! やめてください!」
「こいつ全く反省してないな」
「ちょっと応援呼んできます!」
 
 能美さんが部屋の外に出てしばらくして、神北さんが入ってきました。
 
「恭介さん。自己満足で幸せが自分の中でぐるぐる回っても、それは幸せスパイラルとは言わないのですよ」
 
棗先輩ははらはらと涙を流しました。
 
「俺が…間違っていたと…?」
「残念ながら」
 
 棗先輩はがっくりとひざをつきました。
 
「俺は…俺はただ…俺だって理樹の頬を撫でたり理樹の上着の裾を繕ってやったり理樹に膝枕させたり理樹に手料理を食べさせてやりたかった、ただそれだけなのに…」
「だからといって二木さんの邪魔をしてはいけません」
 
 棗先輩が嗚咽を漏らしていると、能美さんが寮長さんを連れて戻ってきました。
 
「強力な助っ人をお連れしました! って、あれ? もう解決しちゃいましたか?」
「したというかしてないというか…。というより、神北さんはクドリャフカが連れてきたんじゃないの?」
「ほえ? 私はたまたま通りがかったらなんか大変なことになってたから、それで恭介さんにお説教しただけですよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「なんで俺だけ?」
「なんでかな」
「俺…俺の扱い、余りに酷くないですか…? 抽選会の景品だって、わざわざ用意した特別賞二木に取られて、俺の手元にあるのはよくわからん温泉権とかいうの…」
「あ。その賞品アタシが用意した奴だ」
 
 寮長さんの言葉に、二木さん能美さんはじめその場の一同が一瞬凍り付きます。
 
「いやあ、かなちゃん辺りがこれひいたらおもしろいかなあ、とか、そう思ったんだけどねえ。…おもしろくなかったか」
「おまっ…おまっ…お前のせいで、俺、こんな、こんな目に…」
「うん、まあ、いろいろ言いたいことはあるんだろうけどさ。まあなんだ。話聞いたげるからアタシの部屋来な。特別に許可する」
「なんでそこで俺があなたの部屋に行く展開になるんですか…」
「素直じゃない子ねえ、話聞いたげるつってんのにさー。あー、宮沢君に井ノ原君、やっぱあんた達の力が必要だわ」
「ういーっす」
「寮長さんの部屋まで強制連行すればいいんですね」
「な、なんだ真人に謙吾、お前達まさか俺を裏切る気じゃ」
「うーし、肩行きまーす」
「足行きまーす。せーの」
「やめなさい君たちのやっていることはよろしくない。友よ、何故君たちはあーに魂を売ったのか」
 
 棗先輩は寮長さんの部屋に連れて行かれてしまいました。
 
 その後、二木さんが健全に直枝理樹を好きにするという話も自然とお開きという流れになったのですが。実はその後まだ時間がたっぷり残っているという事で二木さんがこっそり直枝理樹を保健室に連れ込んだ、という噂が聞こえてきまして。ええ、本当かはわかりませんけど。私が見たのは、人気のない場所で恥じらいながらブリ大根食べてる直枝理樹と二木さんの姿だったので。ええもういろんな意味で見てられなかったので、その後どうなったかは存じ上げませんけど。
 
 
 
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