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けっこんをしたがらないリトバスの棗恭介

 
原案:「けっこんをしたがらないリスのゲルランゲ」(ロッシュ=マゾン)
 
 
 寮付属の食堂。ここは広いので、寮生が会議室代わりに使うこともあります。今まさに、女子寮生達が会議の真っ最中。食堂は女生徒達で埋め尽くされています。特に男子禁制というわけでも無いようで、後ろの方では男子寮生も数名、会議の行方を見守っています。──そう、男子寮生にとっても気になる会議の内容なのです。
 
 司会は、あーちゃん先輩から女子寮長を引き継いだ二木佳奈多のようです。
「『うちの兄についての相談です。うちの兄はやたらかっこつけていますがその実ヘタレで、恋愛とか全くダメな人です。奥手なのを隠そうと、幼なじみの男の子に手を出すふりをしたり、妹にセクハラしてきたりします。正直いたたまれないので何とかして下さい』──女子寮在住、棗鈴さんからのお便りです」
「なんで名前読み上げるんだっ! 手紙にした意味ないだろっ!」
 手紙の主から抗議の声が上がりました。
「だって名前書いてあるんだもの」
「それは…手紙には名前を書くものだと教わった」
「匿名の手紙だってあるじゃ無い」
「かなたは堅物だから『匿名掲示板って悪質なデマサイトの事よね』とか言って無視されるだけ、という風に聞いた」
「…誰がそんなこと言ったのよ」
 鈴は口では答えず、ぴっと傍らの女生徒を指さしました。指さした先にいたのは、前女子寮長のあーちゃん先輩でした。
「にゃはは…」
「…。」
 佳奈多、もの凄く何か言いたそうでしたが、ぐっとこらえて続けました。
「とにかく。棗さんはお兄さんのことで困っています。何か解決策を提案してあげられませんか?」
 会場はざわつきだします。相談する声や尾ひれを付けた噂話、いろんな声が混じっています。
「あんなかっこいいお兄さんがいるのに、贅沢な話よねえ」
「でもセクハラしてくるんでしょ? ちょっとそれは…」
「えー、でもあたし棗君にならセクハラされた〜い」
「セクハラって何されるのかしら」
「あんたじゃ相手にして貰えないから安心しな」
「というか、それを妹にしかしないというところが問題なんでしょ?」
「女慣れしてないだけならともかく、妹に手を出すんじゃねえ…」
「手を出してるのは妹じゃ無くて直枝君だって話よ」
「そうそう。あれはガチよ、ガチ」
 それを聞いていた唯湖が、挙手して立ち上がります。
「ではこういうのはどうだろう。恭介氏に真っ当な恋人を用意して、妹や男の子で変な発散をする必要が無いようにするんだ」
「そうはいいますが、急にそんな真っ当な恋人と言われても」
「いや、少し言い方が悪かったな。フリでいいんだ。おままごとみたいなものだ。恭介氏に、ああ女の子っていいものだなと、そう思わせるだけでいいんだ」
「女の子だったらいつも私達が近くにいるじゃないデスカ」
 葉留佳が口を挟みました。
「うむ。だが私達は元々理樹君を中心に集まった面子な上に、殆どが鈴君のクラスメートだ。恭介氏にとっては妹の延長線としか捉えられないだろう」
「私達では恭介さんの恋人にはなれないと…」
 何故か美魚が残念そうに言います。
「まあそう気を落とすな。どのみち今の恭介氏では、誰も落とせない不沈戦艦状態だぞ。それを改善する為の作戦でもある」
「じゃあ、それは誰がやるんですか? あと、生半可なことをすれば棗先輩は逃げるだけだと思いますけど」
「恋人役はこの場で公募しよう。やり方は…そうだな、一,二週間ほど同じ部屋で同居生活して恭介氏の病んだ心を解きほぐしてあげる、というのはどうだろう」
「お、同じ部屋で同居って…! それって同棲って事じゃ無いですか!!!」
 真面目な佳奈多、つい大声を上げてしまいます。
「ふ、不潔…いえ不潔とまでは言いませんが、規律違反です! 寮長として認めるわけには行きません!」
「何故だ? 女子寮に男子が入ってはいけないという規則はあるが、逆は無かったはずだぞ?」
「常識の問題です! モラルの問題です! 何かあったら誰が責任を取るんですか!」
「そりゃあ…恭介氏だろう」
「…。」
 佳奈多、もの凄く反論したそうな顔をしていますが、言葉が出てこないようです。
「まあしかし、佳奈多君の言い分もわかる。なので部屋には何かあってもすぐわかるように、監視カメラを付けておくことにしよう」
「誰が監視するんですか?」
「そりゃあ、言い出しっぺは佳奈多君だから、佳奈多君が監視するのが筋だろう」
「…そうですか」
「いつ過ちが起こるかわからない夫婦ごっこ真っ最中の2人を日夜監視する佳奈多君…フフ、君がそんな助平女だとは知らなかったよ」
「な! 何を言うんですか! これはそもそもあなたが!!!」
「まあ監視はさておき。誰が恭介氏と夫婦ごっこをするか、決めなくてはな」
 唯湖に促された佳奈多は、はぁと溜息をついてから、一同に呼びかけました。
「誰か、棗先輩の恋人役をやりたい方は?」
 1人がぴっと手を上げました。しかしそれ以外は、静まりかえるかの如く誰も手を上げません。手を上げたのはあーちゃん先輩でした。
「あ、あら…?」
「あーちゃん先輩一人しかいないようですが…それでいいですか?」
 佳奈多が確認するように呼びかけます。
「だって…急に言われても恥ずかしいし…」
「監視カメラ付きじゃさすがにねえ…」
「逃げたりされたら却ってショックだし」
「鋼のメンタルを持つあーちゃん先輩なら適任じゃないかなあ」
 食堂の声をひとしきり聞いてから、佳奈多は小さく頷き、そしてあーちゃん先輩の方を向きました。
「そういうわけですので。あーちゃん先輩よろしくお願いします」
「んもうぅ。アタシ、抑えきかないかもよ…?」
 そして、後ろの方で聞いていた男子生徒の一人が、男子寮に向けて走って行きました。
 
 
 
「きょーすけが大ピンチだぞおぉーーーーっ!」
 男子寮中に響き渡る声。その声は、理樹の部屋で遊んでいた恭介の耳にも届きました。
「ん、なんだ…?」
 戸惑う恭介達の下に、声の主が飛び込んできました。
「恭介、大変だ!」
「大変なのはわかったから落ち着け。そう大声を出すな」
「事態はそう甘くない!」
「雇用対策無き金融緩和と円安で国債価格が暴落することは織り込み済みだ。まだ慌てる時間じゃない」
「女子寮生達が、あーちゃん先輩を恭介の恋人にする決議を採択した! 今使節団がこっち向かってる!」
「な、なに…?」
 それを聞いた恭介は、窓から逃げだそうとします。
「どこへ行く、恭介」
「止めるな謙吾。俺は…今思い出したんだ、明日は大事な面接がある。」
「まだ慌てる時間じゃ無いんじゃなかったのか」
「金融の世界は1分1秒を争うんだよッ!」
 そう行って恭介は窓から飛び出しました。1階なので特に怪我はしません。が、それ以上先に進むことは出来ませんでした。いつも佐々美にまとわりついている女生徒達が既に行く手を塞いでいたのです。
「ここは通しません」
「…謙吾に免じて通してくれないか?」
「私達は佐々美様の忠実な部下ですが、宮沢さんの部下というわけではありませんので」
「佐々美様がどけというのならどきます」
 恭介は振り返り、哀願するような目で謙吾を見ます。
「謙吾、お前から笹瀬川に…」
 謙吾は黙って首を振ります。
「くそっ…」
 そうこうしているうちに、佳奈多を代表とする女子寮からの使節団は理樹の部屋までやってきてしまいました。
「棗恭介! 話があるので来て貰います」
「話ならここで聞く」
「そうですか。ここにいるみんなに聞かれてもいいんですね?」
 佳奈多は確認するように一呼吸置いてから、続けました。
「棗恭介が、妹の棗鈴や直枝理樹にいかがわしいことをするので困る、という通報がありました。矯正策を執りますのでついてきて下さい」
「理樹は妹じゃない」
「妹みたいなものでしょう?」
「えっ」
「まあ、そうだが」
「ええっ」
「ご納得いただけたのならついてきて下さい」
 理樹の抗議の声も無視して、佳奈多は恭介を連れて行こうとします。
「待て、俺はご納得していない。1から10まできちんと説明しろ」
 佳奈多は1から10まで早回しのように説明を始めました。しかしさすが恭介、それを聞き落とさず全部把握したようでした。
「なるほど…。俺はこれから、麻宮亜麻乃と夫婦生活をしなければならない、と」
「誰です麻宮亜麻乃って」
「お前達があーちゃん先輩と呼んでいるあいつのことだ。名無しのあーちゃんでは困るからとりあえずそう呼ぶことにした」
「なんでもいいですけど…これでご納得いただけましたか?」
「いや、まだだ。俺は、結婚生活をするにあたって相手に求めていることが3つある。例えフリでも夫婦生活をするからには、それを守って貰う」
「なんですか?」
「1つ。食事は3食手料理、それも和洋中必ず揃えること」
「それじゃブラジル料理の入る余地が無いよ!」
「あれは洋食ということでいいんじゃねえか?」
「2つ。俺の漫画コレクションをきちんと整理し、いつでもすぐ取り出せるようにしておくこと」
「それは本棚使えばいいんじゃないかな?」
「いや、入りきらないから倉庫にしまっている分なんかもある」
「お前、寮の倉庫勝手に使ってるのかよ…」
「3つ。俺の毛並みの良さをきちんと維持すること」
「毛並みって…お前は馬か犬か」
「そうじゃない。華族や財閥一族の生まれだとあいつは毛並みがいいとか言うだろう。そういう意味の毛並みだ」
「たかが花火職人の孫風情が何言ってやがる…」
「とにかく、以上3つが条件だ。呑めるか? 駄目ならこの話はナシだ」
「…あーちゃん先輩に確認してみます」
 佳奈多は携帯電話を取りだし、別室で待機中のあーちゃん先輩に連絡を取りました。
「…OKだそうです」
「マジかよ」
 恭介、少し当てが外れたようで面食らった顔をしています。
「いや、疑うわけじゃないんだが、出来もしないのに出来ると言っている可能性もある。出来なかったときのルールも決めておきたい」
「では、出来なかったら一週間お昼の放送で自らの恥ずかしい話を暴露し続ける、ということでどうだろう」
 傍らでずっと聞いていた唯湖が口を挟みます。
「その代わり、恭介氏も音を上げたりしたら同じ事をして貰うぞ」
「む…まあ、いいだろう」
 
 理樹が契約書を作り、謙吾と真人が証人になりました。

 こうして、恭介とあーちゃん先輩の同棲生活が始まりました。
 
 
 
 
「おう理樹、今日は恭介の所に飯食いにいかねえか?」
 真人が相部屋の理樹を誘いました。
「えー。普通に食堂でいいんじゃないの?」
「恭介は今、あーちゃん先輩に和洋中の豪華な食事だしてもらってんだろ? ちょっとお相伴にあずかるぐらいいいじゃねえか」
「そんな…迷惑じゃないかな」
「迷惑なようだったら帰ればいいだろ。ほら、行こうぜ」
 真人は理樹を引きずるようにして、恭介達の部屋に向かいました。
 
「あら、直枝君に井ノ原君、いらっしゃい」
 理樹と真人が部屋に入ると、あーちゃん先輩が出迎えてくれました。その奥にはなんだかしょんぼりした表情の恭介が座っています。
「丁度これから食事なの。一緒に食べてく?」
「ありーっす。ではごちそうになります」
 理樹と真人がちゃぶ台の前に座ると、そこにはお茶漬けの入った椀が置かれていました。
「恭介、これは…?」
「見ての通り、茶漬けだ」
「うん、見たまんまだね。どうしたの、これから食事なのにお茶漬けなんて食べて」
「いや、これが食事だ」
「は?」
「…和食だそうだ」
「えっ。いや確かに和食だけど…」
「おにぎりだけじゃ物足りないって言ったらお茶漬けになった」
「お前、何かあーちゃん先輩を怒らせるような事したんじゃねえか?」
「最初からずっとこんな調子なんだが…」
「昨日は何食べたのさ」
「昨日の昼はチンゲンサイのごま油炒め」
「それは中華だね」
「それだけ」
「えっ、肉無し?」
「肉もご飯もない」
「ええっ、ご飯もないのっ!?」
「ご飯は和食になるからって…」
「じゃあ洋食は何なんだ」
「パスタ」
「パスタかあ。何のパスタだ?」
「塩」
「うん、塩パスタ意外とおいしいよね、塩パスタ」
「それが毎日」
「…毎日はきついね」
「ちくしょおぉ! 何でこうなったああぁぁぁっ!!!」
 恭介はちゃぶ台に突っ伏して泣き出してしまいました。泣き声を聞いてあーちゃん先輩がやってきました。
「どうしたのよ急に泣き出して」
「どうしたもこうしたもあるかっ。毎日こんな粗末な食事…」
「だってお金無いんだからしょうが無いじゃない。自炊って結構お金かかるのよ」
「それをするのが条件だっただろう!」
「アタシは和洋中出せとしか聞いてないわ。それは出してるでしょ。豪華にしろとか栄養考えろとかは聞いてない」
「そ、それはそうなんだが…」
「文句があるなら仲裁役のかなちゃんに訴えてみたら?」
 恭介は泣きじゃくりながら携帯電話を取りだし佳奈多に電話をかけました。
『…もしもし?』
「二木かっ。聞いてくれ、麻宮亜麻乃が…」
 恭介は現在の窮乏を佳奈多に訴えました。
『お話はわかりましたが…しかしそれはあーちゃん先輩に分がありますね』
「しかし、このままでは俺は衰弱してしまう…」
『でしたら食堂で足りない分を食べればいいでは無いですか。食堂に来てはいけないというルールはありませんよ』
「ぐっ…」
『これだけではあーちゃん先輩との同居をやめる理由にはなりませんね。他に何か?』
「いや、これだけだ…」
 電話を切ってうなだれている恭介を前に、理樹と真人は引きつった笑いを浮かべていました。
 
 
 
 
「謙吾! 聞いてくれ!」
 廊下を歩いていた謙吾に、突然恭介が泣き付いてきました。
「どうした恭介。お前が泣くなんて珍しい…」
 そこまで言って謙吾ははたと気づきました。
「…あーちゃん先輩か」
「そうなんだ! あいつ、俺の漫画を全部…」
 そこまで言って恭介は、廊下に座りこんでおいおいと泣き出してしまいました。謙吾は何とか恭介をなだめて、部屋まで様子を見に行くことになりました。
 
 謙吾が恭介に連れられて部屋に行くと、本棚にあったはずの漫画が全部無くなって殆どスッカラカンになっていました。
「…全部捨てられたのか?」
「捨ててなんかいないわよ」
 声のした方に謙吾が振り向くと、そこにはスマートフォンを持ったあーちゃん先輩がいました。
「これはどういう事です先輩? 漫画は整理していつでも取り出せるように、という話だったはずですが」
「ええ。だから電子化してこのスマホに入れてあるわ。いつでもどこでも読めるわよ」
「む。そういう話ですか…」
「取り込んだ後の漫画本は全部倉庫に置いてあるわ」
「だ、そうだぞ恭介。何も泣くようなこと無いじゃないか」
「だが聞いてくれ謙吾! その漫画本、全部切り刻んであるんだ!」
「なん…だと?」
「だって背表紙切り落とさないとスキャナで取り込めないんだもの」
「ふざけるなぁ! お前、俺の大事なコレクションを…お前、お前、これは本に対する侮辱だぞっ!」
「でも国立国会図書館でもやってるわよ?」
「だったらこれは国家権力による横暴だっ!」
「落ち着け恭介。とりあえず直上の権力である二木にこの件を抗議してみたらどうだ?」
「ああ、そうしてやる…ッ!」
 恭介は佳奈多に電話をかけました。
『…もしもし?』
「二木かっ。聞いてくれ、麻宮亜麻乃が…」
 恭介は現在の惨状を佳奈多に訴えました。
『お話はわかりましたが…しかしそれはあーちゃん先輩に分がありますね』
「何故だっ。俺の漫画本は切り刻まれてしまったんだぞっ」
『漫画を整理していつでも読めるように、という条件は守られているはずです。紙の本で無いといけないとか、本を断裁してはいけない、という条件は無かったはずです』
「そ、それは…」
『それに。棗先輩、漫画本を溜め込んでいた倉庫。あそこは寮の共有施設ですよね。個人で占領してしまっていたこと自体、そもそもどうかと』
「うっ」
『いつ捨てられてしまっても文句は言えない状態だったんですよ。捨てられる前に電子化してくれたあーちゃん先輩にむしろ感謝すべきでは無いですか?』
「そ、それは…」
『これではあーちゃん先輩との同居をやめる理由には到底なりませんね。他に何か?』
「いや、もういい…」
 電話を切ってうなだれている恭介を前に、謙吾は乾いた笑いを浮かべていました
 
 
 
 
 数日後。少し頬を赤らめながらいそいそと早足で歩く佳奈多の姿がありました。それを見つけた唯湖が呼び止めました。
「佳奈多君、どうしたのかね。少し様子が変だぞ?」
「い、いえ、なんでもありませんよ」
「…妹として言わせて貰えば何でも無いようには見えないのですケド」
 一緒に居合わせた葉留佳が唯湖に同調しました。
「大したことじゃ無いのよ。心配することじゃないのよ。時が解決してくれるわ」
「ふむ…」
 唯湖と葉留佳はしばらく訝しがっていました。やや間を置いて唯湖が言いました。
「時に、例の2人の監視はどうなった?」
「例の2人? ああ、あーちゃん先輩と棗先輩ですね、ええ、ええ、あれはもういいんです」
「いいってどういうことデスカ」
「もう監視はしなくていいって意味よ…あまり食いつかないでちょうだい」
「はぁ」
「じゃあ私、裏山の埋蔵水道管の対策に行かなくちゃならないから。先行くわね」
 そう言って佳奈多は去ってしまいました。
「…何かありますね」
 唯湖と葉留佳の後ろに立っていた美魚がそう言いました。
「うわぁっ! 美魚ちんいつの間にっ」
「先ほどから…。それより、二木さんの怪しい言動、検証する必要があるとは思いませんか?」
「うむ」
「監視カメラ絡み…と見ていいですヨネ」
「あれは放送室で管理出来るようにしてあるんだ。行こうか」
 唯湖と葉留佳と美魚は放送室に向かいました。
 
「ふむ。異常は無いようだ。機材を壊したというわけでは無いか…」
 放送室のモニターの一つには、恭介とあーちゃん先輩が同棲している部屋が映し出されています。
「部屋の方で何かがあったような気がしますね…」
「何かって?」
「…。」
 美魚は黙ってしまいます。それを見た唯湖が言いました。
「そんなに前で無ければ録画が残っているはずだ。ちょっと見てみよう」
 唯湖は録画用テープを巻き戻し、再生を始めました。
 
「おい亜麻乃、お前は何をしようとしている」
「毛並みを整える、というのも条件にあったでしょ」
「毛並みを整えるんじゃない、毛並みの良さを維持するんだ」
「どう違うのよ」
「俺の言ってる毛並みの良さとは、いわゆるセレブとか、そういう意味だ」
「あら。それは聞いてなかったわ」
「だがそういう約束になっている。どうだ、出来ないか? もう降参するか?」
「まさか」
「強がるな。自分で言うのもなんだが相当な無理難題だぞ。お前に何が出来る」
「セレブなら毛の手入れもきちんとしておかないといけないでしょう? 手入れしてあげるわ」
「む…まあそれは一理あるな」
「はーい、おとなしくしてねー」
「ってお前、何をしている、そっちは下だぞ」
「それが何か?」
「俺の頭はそんなところについてねえ!」
「誰が頭の毛だなんて言ったのよ」
「は? いやお前何を言って」
「これじゃ手入れしにくいわねえ、もっと下ろさないと」
「いやちょっとお前ふざけんな」
「あらあら、これはこれは…」
「は…はやくしまえっ」
「早く済ませろ? もう、せっかちさんねえ」
「頭沸いてんのかっ」
「毛の手入れの話よ?」
「…くそっ」
「おおっと手が滑ったぁ!」
「…ぁふっ」
「あら。恭介ったら意外に可愛い声出すのね」
「ち、違う、今のは…」
「にゅふふ〜。もう、強がらなくていいのよ?」
「や、やめろ…触るな…握るな……」
「どうして?」
「どうしてってお前、そんなことされたら俺…」
「恭介可愛い…」
 
「…これ以上はどこかからお叱りが来てしまいそうだな」
 再生を止めた唯湖がそう言いました。
「やはは…そうですよねー」
「見てはいけないものを見てしまった…なるほど、先ほどの二木さんの挙動不審の原因はこれですね」
「こう言っては何ですが、姉のことです、きっと最後まで見てますヨ」
「うむ。まあ、どこまで見たかはさておき…」
 3人とも一瞬無言になります。そして、無言の合意が得られたかのように再び口を開きます。
「まあ、この事実は伏せておこうか」
「それがいいデスネ」
「私口は堅い方です」
 
 
 その日の夜。食堂には珍しく恭介とあーちゃん先輩の姿がありました。
「あーちゃん先輩、なんだか随分とつやつやとしてますねえ」
「あらそう? そうねえ、もしかしたらそうかも。にゅふふ」
「何かいいことでもあったですか?」
「愛する人と一緒にいれば、それはそれはいいことがあるものなのよ」
「わふー…そうなのですか、それは勉強になります…」
 生き生きと会話しているあーちゃん先輩とは対照的に、恭介はなんだかげっそりとしています。そんな恭介に、佳奈多が話しかけました。
「あの、棗先輩…」
「…ん、なんだ、二木か…」
「私に訴えたいことがあるのなら、どうか遠慮なさらず…」
「ん…そうだな…」
 恭介は視線も定まらない様子でしばらく考えていますが、やがて答えを返しました。
「…いや、いい。…今はいい。…大丈夫だ。…俺はまだ戦える」
「そうですか…」
 佳奈多はそれ以上何も聞かず、その場を立ち去りました。
 
 
 
「ここ数日、棗さん…鈴さんや直枝から聞いた話では特に目立ったセクハラ発言等も無いようであり、状況は改善の傾向にあると見受けられます。よって、棗先輩とあーちゃん先輩の同居生活は一旦打ち切りにしたいと思います」
「えー」
 食堂に集まった生徒達を前に、佳奈多は作戦の終了を宣言しました。不満の声を上げたのはあーちゃん先輩一人だけで、他には特に異論は出ませんでした。なのであーちゃん先輩も特に騒いだりする事無く、成り行きを見守っていました。
「助かった…」
 そして恭介は安堵の声を漏らしていました。それを、あーちゃん先輩はじっと見ていました。
「えー、折角男女両方の寮生が集まっていますので、ここで決めておきたいことがあります。まず…」
 進行が普通の総会モードに移ったタイミングを見計らって、あーちゃん先輩が恭介の側に移動してきました。
「な、なんだよ…夫婦ごっこはもう終わったんだぞ」
「そうねえ。終わっちゃったわねえ」
 にゅふふ、と笑った後、あーちゃん先輩は続けました。
「でもまたしたいわね」
「ああそうだな…って、そんなわけあるかっ、乗せられないぞ」
「あら、そうなの? どうして?」
「どうしてってそれは…いやほら、お前俺のこといじめるし」
「それは恭介が変な小細工しようとするからでしょ」
「そうなんだが…いやでもお前と夫婦になるとこういうことになるというのはよくわかった」
 それを聞いたあーちゃん先輩はすかさず返しました。
「あら。あれはごっこ遊びだからああしただけで、本物の夫婦になったらそんなことはしないわよ?」
「ん? そうなのか」
「にゅふ。今何かを期待しちゃったかしら? 何々、本物の夫婦になることを想像した?」
「な、何を言っているんだっ。お前、いい加減にしろよっ」
「はいはいそうですね〜。アタシはいい加減ですよ〜。恭介ほどじゃないけど」
「俺はいつだって本気で馬鹿をやっているだけだっ」
「アタシも基本そうなんだけどね。やっぱりアタシ達って気が合うわね」
「なんでお前はそういう方向に持って行きたがるんだ…」
「それは、アタシがもう恭介の本心を知っているから」
「はぁっ!?」
「恭介が素直になるまでアタシは待ってますよ〜」
 そう言ってあーちゃん先輩はその場を去って行きました。
「くそっ…。なんだこの妙な敗北感は…」
 恭介はまだ気持ちの整理が付けられず、心の中で一人闘っているのでした。
 
 
 
 
 恭介とあーちゃん先輩が実際に結婚するのは、ここからまだ数年先の話になるのでした。
 
 おしまい。
 
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