因果律は絶対ではない。予定された運命は存在しない。
 
 

運命は、残酷だから形容詞





「川澄さん、おはよう。」
「・・・おはよう。」

「ああ、俺、川澄さんと声交わしちゃったよ・・・」
「ただの挨拶だろうが。」
「挨拶だけでも良いよ。俺幸せ。」
「まあ、あんまり会話する人いないみたいだしな。」
「希少かもな。」
 
 
 

佐祐理「あははーっ、おはようございますーっ。」
「あ、おはよう」

「わー、俺倉田さんに声かけられちゃったよ。」
「うわー、ひょっとして、目付けられてんじゃないのか?」
「惚れられた?惚れられた?」
「ああ、でも俺、倉田さんってタイプじゃないんだよなあ。」
「ああ、わかる。なんつーか、ちょっと近寄りがたいしなあ。」
 
 
 

「ねえねえ、川澄さんって、かっこいいよねえ。」
「すらっと背が高くて。クールな感じだよね。」
「ああん、私、恋しちゃうかも。」
「だめよ。不毛な恋になるのは目に見えてるんだから。」
「川澄さん、そういうこと関心無さそうだもんね。」
「そういう問題じゃないでしょ。」
 
 

「ねえねえ、あなた、倉田さんって好き?」
「え、うーん・・・」
「あたしは、ちょっとノーサンキューだなー」
「だよねだよね。ちょっと近づきがたいよね。」
「明るいのも良いけど、あそこまで行くとね。はっきり言ってバカってカンジ?」
 
 
 
 

「川澄さん、食堂行くの?」

「・・・・・。」(こくり)

「一緒に行って、良いかなあ?」

(こくり)
 

「・・・牛丼四つ。」

「えー、いきなり注文出されちゃったよー」

「問答無用で牛丼なんだー」

「川澄さん、おもしろーい」

「・・・・・。」
 
 
 

「ちょっとちょっと、あれ見てよ、倉田さんのお弁当。」
「うわ、すごい。なにあれ。」
「あんな弁当、普通持ってくる?」
「ねえねえ知ってる?倉田さんのうちって、議員やってるんだって。」
「えー、そしたら、倉田さんって、お嬢様ぁ?」
「わー、なんか違うと思ったんだよね。」
「なんというかねえ。あたしらとは格が違うって言うの?異世界の人だよね。」
「あんなかわいい顔してさあ。心の中ではあたしらのこと見下してんじゃない?」
「わー、そうかもね。」
「やだやだ。あたしそういうの大嫌い。」
 
 
 
 

「川澄さん、生徒会に入る気は無いかい?」

「・・・無い。」

「参ったなあ、即答かい。」

「・・・・・。」(こくり)

「全く。君ほどの人物が、運動部にも入らず、生徒会にも入らず。毎日授業が終わったら即帰宅。もったいないよ。」

「・・・学校は勉強するところ。」

「確かにそのとおりだな。ま、気が変わったらいつでも来てくれ。君のポストは開けておく。」
 
 
 

佐祐理「お仕事終わりましたーっ。」

「ああ、そうかい。」

佐祐理「他にすること無いですか?」

「無いね。」

佐祐理「はえー、でもみなさん忙しそう・・・」

「腰掛けの君に任せる仕事なんて無いよ。」

佐祐理「ふえ?」

「君は能力や人望でここに入ったわけじゃない。親の威光を借りたくて上が押し込んできただけなんだ。それを自覚して貰わないと困るね。」

佐祐理「はえーっ・・・。」

「あ、辞めたくなったらいつでも辞めていいよ。代わりの人材は目星をつけてある。」
 
 
 
 
 

「おはよー」
「おはよー」

「ガルルルルル」

「あ、犬が・・・」
「どうしよう、中入れないよ。」
「あ、こっち来る!」
「きゃーっ!」

「あ、川澄さん、そっち行ったら危ない!」

「・・・・・・。」

バシーン!

「す、すごい・・・」

「え、なに?何があったの?」
「川澄さんが、シャベルで犬ぶっ飛ばしちゃったの。」
「えー、すごーい。あんな怖い犬なのに。」
「おとなしそうに見えて、やるときはやるよなあ。」

「あ、川澄さん、何やってるんだろ。」

「え、犬に手囓らせてる・・・」

「うそ、なんでそこまでするの・・・・」

「・・・・・。」

佐祐理「あ、あの、手じゃなくて、良かったらこのお弁当食べさせてあげて?」

「・・・・。」(こくり)

「わ、何あの女。川澄さんに取り入ろうっていうの?」

「自分の弁当自慢したいだけなんじゃねえの?」

「わー最低。川澄さんち貧乏だって解っててやってんのかしら?」

「・・・代わりに昼食、奢るから。」

佐祐理「え?・・・うん、ありがとう。」
 
 
 
 
 
 

「川澄さん、最近倉田さんとお昼食べてるんだって」
「えー、なんでなんで?」
「お弁当がおいしいらしいよ。」
「あー、川澄さんそういうの弱そうだもんねえ。」
「ご飯で釣られちゃってるんだ。可哀想。」
 
 
 
 
 

「おい倉田。」

佐祐理「はい、なんです?」

「お前、かわいい顔してんじゃん。」

佐祐理「あははーっ、ありがとうございますーっ。」

「でもお前、バカなんだってな。」

佐祐理「あはは・・そうですね、ちょっとお馬鹿ですねーっ。」

「そんなんじゃ、男もあんまり寄ってきやしねーだろ。」

佐祐理「そうですねーっ。でも、佐祐理は全然平気ですよーっ。」

「強がんなよ。」

佐祐理「え・・・?」

「本当は欲求不満なんだろ。お嬢様だから、ろくに遊びにも行けないしな。」

佐祐理「そんなこと無いですよーっ。」

「男欲しさに毎晩夜泣きしてるって噂だしな。」

佐祐理「誰ですか、そんな事言うのはーっ。」

「本物の男じゃ寄ってこないから、代わりに川澄手に入れようとしてるわけだしな。」

佐祐理「そんな・・・舞はそんなんじゃないです。」

「俺の女になれよ。」

佐祐理「え・・・?」

「泣くほどかわいがってやるぜ。女同士いちゃいちゃするよりましだろ。」

佐祐理「え、あ、や、やめてください!」

「恥ずかしがんなよ、ほらほら」

バシッ

佐祐理「・・・・・え?」

「な、何だよ、お前・・・」

「・・・佐祐理に手を出すな。」

「・・・川澄かよ。何だよお前、もうすっかり倉田に凋落されちまったってか?」

「・・・失せろ。」

「・・・ちっ、なんだよ・・・・・」
 
 
 
 

「ねえねえ、夕べ、校舎のガラス割られたって。」
「ああ、俺見てきたよ。特別棟の二階。」
「泥棒かな?」
「こんな学校から何盗むんだ?校長の机くらいしかないぞ。」
「憂さ晴らしじゃないの?」
「誰が?」
「誰とは言わないけど・・・」
「うーん、普段おとなしそうにしてる人が、夜中に暴れ回ってって、あるしね・・・」
 
 
 

「ねえねえ、川澄さんが職員室呼び出されたって!」
「うっそー、なんで?!」
「ガラス事件の時ね。夜中に、川澄さんらしき人が校舎の中にいるの、見たっていう人がいるんだって。」
「なにそれ。それ本当に川澄さんなの?」
「さあ。ただの噂だと思うけど。」
「大体さ、その、見たって奴は何で学校の中いたのよ。」
「わかんないわよ。誰がそんなこと言いだしたのかわかんないし。」
「あんたねえ。根拠のない噂べらべらふりまくんじゃないわよ。」
「へへ、ごめーん。」
 
 

「ああ、川澄、済まんな、呼び出したりして。」

「・・・気にしてない。」

「そうか。いやな、別に川澄を疑ってるわけじゃないんだ。ただ、変な噂が流れてるから、一応確認取っておかないといかんと思ってな。」

「・・・・。」

「窓ガラス割ったの、あれ、川澄じゃないよな?」

「・・・。」

「ん、違うんだな。この件はもういいわ。」

「・・・じゃあ」

「あ、ちょっと待て。川澄、・・お前、最近倉田と付き合いがあるそうだな?」

「(こくり)」

「そうか。まあでも、なんというか、程々にしておいた方が良いぞ?」

「・・・?」

「いやな、教師の口からこんな事を言うのはなんだが、あれは厄介な生徒だからな。」

「・・・・。」

「上は、議員の娘だから優遇すれば何かとメリットがあると思っているようだが・・もうそういう時代でもないんだよ。」

「・・・。」

「小選挙区制導入で、威張る議員は落とされるようになったしな。利益誘導何てやった日には、マスコミに叩かれて即没落だ。」

「・・・。」

「議員の娘なんて、お荷物でしかないんだよ。実際、一般生徒の受けも良くないみたいだしな。」

「・・・。」

「川澄もな、あんまり倉田と深く関わると、そのうち仲間はずれにされるぞ?」

「(ほざいてろ)」

「まあ、表向きとしては、川澄みたいな優秀な生徒がついていてくれるというのは、ありがたいことなんだけどな。」

「・・・。」

「でもなあ。その所為で川澄まで沈んでしまっては、やはり教師として惜しいと思うわけだよ。」

「・・・。」

「川澄も、倉田みたいな劣等生に、足引っ張られたくないだろ?」

「(殺す)」

「ん・・まあ、川澄がそれでいいというなら、留め立てはしないが・・・。まあ、よく考えて行動することだな。」

「・・・・・・。」
 
 
 
 
 

佐祐理「さあ舞、お弁当だよーっ。」

「・・・いただきます。」

佐祐理「舞、同じクラスになれなくて、残念だったね。」

「・・・。」(こくり)

佐祐理「でも、毎日こうして一緒にお弁当食べようね。」

「・・・。」(こくり)

佐祐理「・・・ねえ、舞。舞はどうして佐祐理と一緒にお弁当食べるの?」

「・・・おいしいから。」

佐祐理「それだけ?」

「・・・。」(こくり)

佐祐理「あははっ、舞は正直だねーっ。」

「・・・楽しいから。」

佐祐理「え?」

「・・・一緒に学校来るのは、楽しいから。」

佐祐理「・・・・・そっか。」
 
 
 
 
 

「ねえねえ、倉田さん生徒会辞めたって。」
「うそ。追い出されたんでしょ。」
「使えないから?」
「あるある。そんな感じするよね。」
「でさ、後任に、川澄さんが入るって。」
「え、でも川澄さん断ったって聞いたよ。」
「うそー、もったいない。」
「そうかなあ?あたしは、川澄さんが生徒会入る方がもったいないと思うけど。」
「う〜ん、それもそうだね。」
 
 
 
 
 

久瀬「倉田さんは・・・どうして辞めたんですか?」

「さあな。この仕事が向いてないと悟ったんだろ。」

久瀬「そんな・・・。でも彼女は」

「倉田議員の娘、か?は、そんなこと、学生の俺達に関係あるか。」

久瀬「・・・・。」

「そんなことは気にするな。彼女が辞めてポストが空いて、そのおかげで今君はここにいるんだしな。」
 
 
 
 
 
 

「・・・佐祐理、こんなの見つけた。」

北川「やっほー」

佐祐理「あははーっ、何これ?」

北川「ヤッホーじゃないよ俺、何捕まってんだよ、離せよおい。」

「・・・髪が立ってる。」

佐祐理「あははーっ、おもしろいねこれーっ。」

北川「あ、こら、やめろ、つつくなおい」
 
 
 
 
 

「またガラス割られたらしいよ。」

「えー、またぁ?」

「泥棒じゃないらしいよ。誰だろうねえ。」

「ね、もしかして、あの人じゃない?」

「あの人って?」

「ほら、あれよあれ。生徒会追い出されて、その腹いせに、ってやつ・・・」

「ああ、ありかもね。」

「見かけに寄らず力あるらしいからねえ。」
 
 
 
 
 

久瀬「倉田さんじゃないです!彼女は、そんなことをする人じゃない!」

「証拠があるのか?」

久瀬「証拠?やっていないことに、証拠があるはず無いでしょう!そっちこそ証拠があるんですか?」

「無いね。」

久瀬「だったら!」

「証拠も論証も必要ない。我々が欲しているのは、スケープゴートなんだ。」

久瀬「そ、それは・・・」

「考えても見たまえ。例えば、川澄舞。もし仮に彼女が犯人であるという発表をして、一般生徒がそれに納得すると思うかね?」

久瀬「いえ、それはしかし・・・」

「真犯人などどうでもいい。必要なのは、生徒たちの批判の目を我々から逸らすための『犯人』なんだよ。」
 
 
 
 
 
 

佐祐理「・・・・・・。」

「・・・佐祐理?」

佐祐理「あははっ、ごめんね、ちょっとぼけっとしちゃった」

「・・・疲れてる?」

佐祐理「そうかもね、あははーっ」

「・・・・。」

佐祐理「・・・・ねえ、舞。舞、佐祐理と一緒にいて、迷惑じゃない?」

「・・・。」

ぽかぽかっ

佐祐理「あははっ、ごめん、変なこと訊いちゃったね。」

「・・・今度言ったら許さない。」
 
 
 
 
 

「川澄さん、まだ倉田佐祐理と一緒にいるよ。」
「どういうつもりなのかなあ。あんな不良少女と。」
「もしかして、川澄さんも一緒にガラス割ってるとか?」
「バカ、そんなことあるわけ無いでしょ!」
「ご、ごめん・・・」
 
 
 
 
 

「倉田ぁ、欲求不満なんだったら、俺が相手するぜえ!」
「おいバカ、そんな事言うなよ!」
「え、なんで。」
「あの笑顔で窓ガラス割るような奴だぜ。もしかしたら、平気で刃物で人刺すぐらいやりかねないぞ。」
「そ、そうか。やばかったな。」
「気をつけろよ。」
 
 
 
 
 

「ねえ、川澄さん・・・」

「・・・?」

「あ、あのさ、まだ、倉田・・・さんとおつきあいあるの?」

「・・・・。」(こくり)

「そうなんだ・・・・」

「・・・。」

「え、えっとね。もし、川澄さんが脅されて倉田さんとおつきあいしてるんだったら、あの、あたしら、相談に乗ってもいいよ?」

「・・・。」(きっ)

「え、ち、違うの。ううん、違うんだったら、いいの。川澄さんのことが心配なだけだったの。じゃあね。」
 
 
 
 
 

佐祐理「・・・・・・。」

「・・・どうしたの、佐祐理?」

佐祐理「う、ううん。何でもないよーっ。」

「・・・剃刀。」

佐祐理「え、えっとね、これ、佐祐理のカバンから落ちちゃったの。あははーっ、佐祐理、おドジさん。」

「・・・許さない」

佐祐理「ま、待って舞。どこ行くの!ねえ、落ち着いて!」

「・・・みんな佐祐理のこと悪く言う。許さない!」

佐祐理「舞、落ち着いて、ねえ、舞、舞!」

「許さない!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

佐祐理「あははーっ、夜になっちゃいましたねーっ。」

佐祐理「佐祐理はここで、何をしてるんでしょーっ。」

佐祐理「おうちに帰りそびれて、夜になっちゃいましたーっ。」

佐祐理「どうしてかなーっ、どうしてかなーっ。」

佐祐理「あははーっ、それは佐祐理が悪いんですーっ。」

佐祐理「佐祐理の所為で、周りがみんなぎすぎすしちゃってますーっ。」

佐祐理「舞も人気者だったのに、みんな遠ざかるようになってしまいましたーっ。」

佐祐理「みんなみーんな、佐祐理の所為でーすっ。」

佐祐理「・・・・・。」

佐祐理「・・・・佐祐理の所為ですね。」

佐祐理「佐祐理が悪いんですよね。」

佐祐理「だったら、悪い原因は、取り除かないといけませんねーっ。」
 

祐一「・・・誰か、いるのか?」

佐祐理「・・・・・・?」

祐一「こんな夜の校舎に人がいるなんて・・・って、俺が現にいるか。」

佐祐理「・・・・・。」

祐一「・・・・・・。」

佐祐理「・・・・・。」

祐一「月光の美女?妖精?女神? ・・・・・・って、あんた、何しようとしてるんだよ!」

佐祐理「放してくださいっ!佐祐理は、佐祐理はもう、役に立たない、悪いことしかできない人間なんですっ!」

祐一「何があったのかしらんが、放してくれと言われて放すくらいなら、最初から止めたりしねーよ!」

佐祐理「佐祐理は無価値なんです!いいえ、有害なんです!有害なものは、消去しなきゃいけないんです!」

祐一「本気で言ってるのか?!あんたのこと価値がないなんて、誰が言ってるんだよ!」

佐祐理「みんな言います!佐祐理は、みんなにとって邪魔なんです!」

祐一「そんなことはないだろう!無いはずだ!少なくとも、俺はそうは思わない!」

ガシッ!
カラーン

祐一「俺は、あんたは綺麗だと思うよ!」

佐祐理「・・・・はい?」

祐一「(・・・しまった。俺、なんか間違った事言っただろうか・・・?」
 
 
 

運命は一つではない。全ての道は苦難に満ち、そして不幸も幸せもある。
 
 
 
 
 
 

(2000年9月17日執筆)

 
 

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