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青春の色は空色と言うけどじゃあ本当の空色って何だ?

 
 オレの名前は北川潤。言わずとしれた、食堂大好きで面倒見の良いお兄ちゃんキャラな、Kanonの主人公だ。
 
「クロ。ダウト。大間違い。て言うかやめて」
「何を言う水瀬。れっきとしたシロだ。全国一億二千万人の北川ファンが言うのだから間違いはない」
「は? 何言ってるの? 一億二千万人のファンがいるのはわたしだよ? 何勝手に捏造してるの?」
「捏造してるのはお互い様でしょ…」
 振り返るとそこには、右手で頭を押さえた美坂香里がいた。偏頭痛なのだろうか。成人女性には偏頭痛が多いらしい。生理痛もあるし、女は痛い事だらけで大変だ。男の痛い事と言ったら、中二病くらいなものなのに。
「アファーマティブアクションみたいな政策はやっぱ必要だよな」
「…は? 突然何を言うの?」
「知らないのか。それくらい知っとけよ。もう選挙権もって久しいんだろ」
「誰が選挙権持ってるって言うのよ!!!」
 殴られた。暴力はよくないと思う。民主社会にあるまじき行為だ。
 
「それはともかく。これでお題はクリアだね」
 嬉々として水瀬が話しかけてくる。
「ああ。まあ、こんなのオレ達にかかれば造作もない事さ」
「これで国家公務員採用I種試験理工IIIも、余裕で突破だね♪」
「違うでしょ…。というか、何でよりによって理工IIIなのよ。一ノ瀬ことみが聞いたらブチ切れるわよ」
「え? IIIじゃまずかった? IVの方が良かったかな?」
「数字の問題じゃないのよ…」
 美坂はまた頭を抱えてしまった。よっぽど深刻なんだろうか。妹も病気らしいし、体の弱い家系なのかもしれない。
「それはそうと、お題はクリアしたけど、このままじゃオチが見えないよね」
「そうだな。このままグダグダと漫談を続けていたら、Angel Beats!のDVD特典みたいになっちまう」
「でもネットSSは叩き割られる心配がないから安心だね」
「物質と情報の越えがたい壁という奴だな」
 情報は情報で簡単に複製出来てしまうという致命的欠陥があるが。量子情報理論とやらが完成したらこの問題も解決するのだろうか。そういえば最近のアニメって高校の授業なのに量子力学の理論を教えてる場面が目立つよな。どういう学習指導要領を前提としているのだろう。ゆとり教育は一体どうなったんだ? いやそもそも、学習指導要領に固執せず生徒の自主性で高レベルの学問も学べるようにするというのも、ゆとり教育の趣旨の一つだったか。どうも誤解している人間が多くて困る。それに便乗して教育改悪を行う政治家はもっと最悪だ。
「やはり安倍内閣は失政だらけだったな、美坂」
「だから何の前振りもなく突然そんな話持ちかけられても。答えに窮するでしょ? わからない? コミュニケーション障害なの? ゆとりなの? これがゆとり世代なの?」
「そう言うな美坂。アンチゆとり世代として若い世代のオレ達に嫉妬する気持ちはわかるが」
 
 美坂がすっくと立ち上がる。表情はよく見えない。
 
「北川君、北川君。なんか、まずい雰囲気だよ。逃げた方がいいと思うよ」
「うむ。美坂の親友の水瀬がそう言うのならば、多分間違いはないだろう。ここは逃げるとしよう」
 オレと水瀬は、そそくさと教室から逃げだした。美坂は追っては来なかった。
 
 
 教室を出てしばらくしたところで相沢を見つけたので、追うことにした。相沢を確保しておけば、万一美坂の気が変わって猛烈な勢いでオレ達を追ってきたとしても、生け贄として差し出すことが出来るからだ。
「そういう訳で水瀬、相沢を確保するぞ」
「なにがそういう訳なのかわからないけど、祐一を確保するという言葉にはそこはかとない魅力を感じるよ」
 オレと水瀬はダッシュして相沢に追いつき、オレは相沢を取り押さえた。水瀬はなぜか相沢のズボンにしがみついていた。
「な、なんだ!? 名雪に北川、何をする、何を考えている!」
「オレの深謀遠慮が果たして貴様に理解できるかな?」
「わたしはいつだって祐一のことを考えているよ」
「意味わからん! 俺はこれから大事な用事があるんだ、放せ!」
「大事な用事ったってどうせ女絡みだろう」
「そうなの!? だったら絶対に放さないよ」
「否定はしないが、お前達の考えているようなやましいことじゃない! ただお友達とお食事を共にするだけだ!」
 そう相沢が言った直後、背後に気配を感じた。そして次の瞬間には、オレと水瀬、そして相沢が頭を何かで殴られてうずくまっていた。
「いたいお」
「誰かと思えば、一見根暗に見えるけど実は内面とんでもないはっちゃけ女との説もある川澄舞先輩じゃないですか。なにするんですか」
「て言うかなんで俺まで」
「…そこの触覚と天然は、祐一のことをいじめてたから」
 ひどい呼ばれようだ。て言うかなんで水瀬が天然だと知っている。
「俺はなぜ殴られた」
「…私と佐祐理を、ただのお友達扱いしたから」
「いや、それはまさに言葉の綾というやつで…というかお前は俺とどういう関係を望んでいるんだ、友達じゃ不満なのか」
「…ばか」
 相沢と川澄先輩が痴話喧嘩のようなことをしている間に、もう一人の強者、倉田佐祐理先輩がうずくまっている俺のもとにしゃがみこんできた。
「どうして祐一さんをいじめたりしたんですか? 祐一さんは佐祐理達とこれからお食事する予定だったんですよ?」
「いや、いじめていたわけではなく。ただ、いざというときに美坂香里への生け贄として確保しておこうと」
「…それは考えようによってはいじめより酷いですね」
「それは価値観によります。相沢は、女性の所有物となり服従することに悦びを感じる男です。だから問題ありません。親友のオレが言うのだから間違いありません」
「え、そうなの!? じゃあむしろわたしが…」
「かなり問題有りな気がしますけど…」
 倉田先輩は、困ったような顔をしたあと、少し真剣な顔持ちになって、オレに問いかけてきた。
「祐一さんの性癖はともかくとして。北川さんは、なぜ祐一さんを美坂香里さんへの生け贄にしようと思ったのですか?」
「それはですね、美坂の歳のことでちょっと誇大表現を使ったら、親友の水瀬が危機感を抱くほどに怒らせてしまったみたいで。それで、万一追い詰められた場合に、美坂の喜びそうなものを献上してその場を逃れようと」
「それは…あまり人として感心しない所行ですね」
「そうだよ、それにわたし、祐一を香里に献上するなんて聞いてないよ」
 二人がかりで怒られた。確かに、この行動は「いい奴」で定評のあるオレらしくない。ここは素直に謝るべきだろう。
「すみません、オレが間違ってました」
「うむ。よろしい」
 水瀬にオレの台詞をパクられた。
「そうすると。北川さんが本来とるべき行動は、なんでしょうね?」
 倉田先輩が天使のような微笑みで問いかけてくる。邪気のない笑顔。それだけで惚れてしまいそうだ。
「はい、それは、親友の相沢と組んで美坂を」
「北川さん?」
「…すみません。相沢に付き添ってもらって、美坂に謝りに行きます」
「はい、正解です。よかったら、佐祐理達もいっしょに付き添いますよ?」
「それはとっても心強いです」
 いろんな意味で。
「では、早速参りましょう。ほら相沢、行くぞ。ちょっと付き合ってくれ」
「…つきあう…?」
 川澄先輩が凄い形相でこっちを見て、そして相沢に詰め寄った。
「…祐一、他の女の子だけに飽きたらず、男にまで…」
「馬鹿! 違うだろ! どう考えても違うだろ! お前少し、前後の文脈とか空気とかちゃんと読め、それか日本語勉強し直せ」
「…確かに最近、ベトナム語の勉強のしすぎで、日本語が少しおろそかになっていたかもしれない」
 この人、ベトナム語なんて勉強してるのか。
「…いつか、ホー・チ・ミンのようになりたいから」
「チェ・ゲバラに憧れる人は結構いるが、ホー・チ・ミンというのは珍しいな」
「ゲバラもいいけど…」
 そう言うと川澄先輩は目を伏せた。
「…医学部は、さすがにちょっと厳しいから」
「そんなところでいきなり現実的になるなよ」
 その隙に川澄先輩から離れた相沢が、オレのほうに歩み寄ってきて言った。
「さあ行こうぜ相棒。いっしょに香里に謝ろう」
「いや、お前は謝ることないだろう。付き添うだけでいい」
「いや、実は謝ることがあるんだ」
「? なんだ?」
「この間、『お前の髪じゃツインテールは無理だからお前はツンデレとして二級品だ』という趣旨のことを言ってしまった」
「…それは、謝らないといけないな」
「ああ。だから、一緒に行こうぜ」
 そしてオレと相沢は、連れだって香里のいる教室に向かい歩き始めた。その後を、水瀬と倉田先輩と川澄先輩がついてくる。
「ところで、美坂香里さんというのは、同級生ですか?」
「うん。でも学年は一緒だけど、歳は私たちより上です。倉田先輩達と同じはずですよ」
「…?」
 川澄先輩が少し首をかしげていた、様に見えた。
 
 
 教室に入り美坂の席の前までつくなり、オレ達二人は頭を下げた。
「美坂先生、歳のことでからかったりして済みませんでした!」
「二級品呼ばわりして済みませんでした!」
 美坂はオレ達を一別した後、ゆっくりと目を閉じて、ハァと溜息をついた。
「香里、許してあげて…? 二人とも、悪気があったんじゃないんだし…」
 水瀬が取りなしてくれる。なんだかんだ言っていい子だ。
「名雪…」
「それに、祐一の方はともかく、北川君の言ってることはあながち嘘でもないんだから」
「…は?」
 ん? 話がなんかおかしな方向に…。
「香里がわたし達より年上なのは事実なんだから。ここはその事実を踏まえて、年上らしく寛大に振る舞おうよ。ね?」
「…名雪。ちょっと待ちなさい名雪。」
「ん? なに香里?」
「…あたしは、あなたと同い年よ? ううん正確には、あたしは3月生まれであなたは12月生まれだから、あなたの方が年上なのよ?」
「え? 何言ってるの? そんなのあり得ないよ」
「名雪。学齢の計算法を間違って勘違いしているかもしれないけど、同じ学年なら、12月生まれは3月生まれより年上なのよ? 旧文部省の時代からずっとそう決まってるのよ?」
「そんなことはわかってるよ。でも、香里は何かの事情で学校入るのが遅れたんだよね? だから年上って事になるよね?」
「なんでそうなるのよ…!? 変な話捏造しないで!」
「だって、そうとでも考えないと辻褄が合わないよ。香里の言ったとおり、学齢とかの関係で」
「だから、なんでそこであたしがあなたより年上なのが前提になっちゃってるのよ! まずそこが間違ってるって言ってるのに!」
「えー。だって、香里がわたしより年下だなんて、そんなの受け入れられるわけ無いよ。一人の人間として」
 美坂はそのまま崩れ落ちて、床にへたばってしまった。オレの見立てでは再起はかなり厳しそうだ。まあ、一番信じていた親友にあそこまで言われちゃな…。
 後ろでは、倉田先輩が完全に苦笑い状態で「あはは…」とか言っている。川澄先輩は、変わらず無表情で事態を見つめていたようだ。
「舞。舞は、もしかして水瀬さんの勘違いに気づいてたの?」
「…最初から」
「そうなんだ。すごいね。佐祐理は全く」
「…祐一の周囲のことなら、全部調べ上げてあるから」
「そうなんだ、あははー」
「…。」
 相沢が怯えていた。オレは、まあ頑張れと言って相沢の肩に軽く手を置き、そして窓際に歩み寄っていった。空はすっきりとした真っ青、等ではなく、やたらと白い雲がうごめいている、そんな一番よくある光景だった。
「白がいいものって、誰が決めたのかな…」
 オレはふと、そんな事を口にしていた。
 
 


2010年11月13日執筆
第26回ぷちSS祭り受賞作品
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