その姿、想い出の中に




寒い。
まあ、1月なんだから、寒いのは当たり前だ。
俺は今、ものみの丘に来ている。何故こんな所にいるのか。理由を付けるのは、そう難しくない。
一人になりたい。受験のストレスから逃れたい。寒風の中に、身と心を引き締めてみたい。
でも、本当の理由は・・・・。。

祐一「真琴・・・・。」

あれから一年が経とうとしている。真琴が俺の前にやってきて、そしてこの丘で消えた、あの事件から。

俺は天野に、強く生きると約束した。そして、強く生きてきたつもりだ。
でも、忘れることはできない。その思いは、一年経った今も、俺の心を呵み続けている。

祐一「・・・くそ。」

俺は自分の心の弱さを感じ取り、一人舌打ちする。
そして、ふて寝でもするかのように、枯れ草の上に横たわった。
 

ふと、昔のことが思い出された。
小学校時代の想い出。俺にとっての、もう一人の「沢渡真琴」のことが。

夢とも意識ともおぼつかない、その中間状態で、想い出に浸る。
 
 
 

祐一「・・・・・ぐす、ぐす、、、、」

沢渡「どうしたの?」

祐一「・・・・・・。」
沢渡「ねえ、なんで泣いてるの?誰かに苛められたの?」

祐一「・・・・・・(ぷい)」

友人「・・かっわいくない。こんな子、ほっとこうよ。」
沢渡「男の子なんて、みんな素直じゃないものでしょ。」

ぽん。

祐一「・・・・?」

沢渡「今は何も言わなくていいけど。言いたくなったら、いつでも私に言っていいからね。」
祐一「・・・・・うん。」
 
 
 

これが、始まりだったんだ。
でも、声を交わしたのはこれが最初で最後。
学年が違う、しかも住んでる場所も違う。会うことすら滅多にない。

でもそれから、俺は沢渡先輩を意識するようになっていた。
大きな丸い目と、三つ編みに下ろした髪。その姿を見ると、そばに駆け寄りたくなりもした。
でも、できなかった。          
理由がないから。周りの目もあるから。
 

そして、夏が来た。
いつもなら嬉しいはずの夏休みも、その年は心が沈むばかりだった。
 
 
 

「祐一、もう行くわよ。」
祐一「・・・行きたくない。」

「なに行ってるの。おばさんとこ行くの、いつも楽しみにしてたじゃないの。」
祐一「・・・・今日は行きたくない。」

「なゆちゃん、楽しみに待ってるんだよ。」
祐一「・・・・・・・。」
 
 
 

名雪「祐ちゃん、こんにちわっ」
祐一「・・・・・・・・。」

名雪「・・・どうしたの?祐ちゃん・・・・。」
祐一「・・・なんでもない。こんにちわ。」

名雪「・・・・・・。」
 
 

名雪「祐ちゃん、どこ行くの?」
祐一「・・・・・別に。」

名雪「・・・・わたしも一緒に行っていい?」
祐一「・・・だめ。僕一人で行く。」

名雪「・・・・・・・。」
 

名雪「お母さん、わたし、祐ちゃんに嫌われちゃったのかな・・・・。」
秋子「何かしたの?」

名雪「・・・なんにも。」
秋子「だったら、心配することはないわよ。祐ちゃんはちょっと、落ち込んでるだけなのよ。」
 
 

祐一「・・・帰りたいな。でも、帰ったところで、沢渡先輩に会えるわけでもないし・・・。」

キキィーッ
ブゥオン

祐一「あぶねえなあ。誰かひかれたら、どうするんだよ・・・・あ。」

「くぅん・・・・・。」

祐一「言わんこっちゃ無い、狐ひいてるじゃないか。・・・結構酷い怪我だな。」
「あぅ〜・・・」

祐一「どうしよう。動物病院に連れてくのがいいんだろうけど、僕お金持ってないし・・・。」
 
 

祐一「名雪!」
名雪「なに、祐ちゃん。」

祐一「お金貸して。」
名雪「・・・・どうするの。」

祐一「今は言えない。急いでるんだよ、早く貸して。」
名雪「う、うん・・・・」
 
 

獣医「まあちょっと傷が深いけど、大丈夫、治るよ。」
祐一「ほんとに」
 
 

祐一「よかったな、一週間くらいで治るってさ。」
「あぅ・・・・」

祐一「入院させるとお金かかっちゃうから、しばらくここにいような。」
「あぅ」

祐一「でも、みんなには内緒なんだぞ。名雪はアレルギー体質だから、ホントは動物飼っちゃいけないんだ。」
「あぅ・・・」

祐一「大丈夫だよ、僕がしっかり面倒見てやるから。」
「あぅ」

祐一「そうだ、名前つけような。どんなのがいいかな」

沢渡真琴

祐一「沢渡真琴。そうだ、おまえ沢渡真琴にしよう。」
「あぅ?」

祐一「沢渡真琴ってのはな、僕の憧れの人の名前なんだよ。いい名前だろう。」
「あぅ・・・」

名雪「・・・・・・・・・。」
 
 

名雪「祐ちゃん。」
祐一「なに?」

名雪「・・・ううん、なんでもない・・。」
 
 

祐一「ほんとはさあ、今すぐ帰って、学校にでも行きたい気分なんだよ。」
「あぅ・・?」

祐一「でも今は夏休みだし、どうせ行っても沢渡先輩はいないだろ。」
「あぅ」

祐一「だからさ、今は真琴と一緒にいるよ。沢渡先輩だと思って。」
「あぅ・・・・・」

祐一「ほーら、猫じゃらし。おまえ狐だけどな。」
「あぅ、あぅ」

名雪「・・・・・・・・・。」
 
 

名雪「・・・・真琴ちゃん。」
「・・・あぅ?」

名雪「怖がらなくてもいいよ。わたし、狐さんは平気だし。」
「あぅ・・・・。」

名雪「・・・真琴ちゃんはいいね。祐ちゃんと一緒にいられて。」
「あぅ?」

名雪「わたし、真琴ちゃんと代われたらいいのに。」
 
 
 

祐一「真琴、だいぶ怪我治ったなあ。」
「あぅ〜」

祐一「この分なら、もうすぐ山に帰れるぞ。」
「あぅ?」

祐一「・・だけど、もう少しだけ、俺と一緒にいような。俺が帰る日まで。」
「あぅ」

祐一「・・・そうだ、今から真琴の毛、三つ編みにしてやろう。」
「あぅ?」

祐一「沢渡先輩もな、三つ編みなんだぞ。それがまたよく似合うんだ。」
「あぅ、あぅ〜、あぅ」

祐一「おい、暴れるなよ、ほら。ははははは」

名雪「・・・・・・・・。」
 
 

名雪「お母さん、私の髪、三つ編みにして。」
秋子「どうして?今の髪型、かわいいわよ。」

名雪「・・・でも、祐ちゃんはただ結ぶだけより、三つ編みの方が好きみたいだから・・・。」
秋子「そう。」
 
 

名雪「祐ちゃん。」
祐一「どちらさま?あ、名雪?」

名雪「どう?」
祐一「うん、・・・かわいいんじゃない。」

名雪「ホント?」

祐一「うん、ほんと。じゃあね。」

名雪「・・・それ、油揚げだよね。どうするつもり?」
祐一「いや、ま、いろいろあるんだよ。」

名雪「・・祐ちゃん、わたし、ねこさん好きだよ。」
祐一「知ってる。でもアレルギーだから駄目なんだろ。」

名雪「でも、ねこさん以外の動物も、好きだよ。」
祐一「・・・・?そうかい。」
 
 
 

ちりんちりん
「あぅ〜♪」
秋子「あらあら、また来たのね。」

祐一「真琴〜、どこに行った〜?」

秋子「ほらほら、祐ちゃんが探してますよ。」
「あぅ」

秋子「私は一応、あなたがいることを知らないって事になってますから。祐ちゃんが降りてくる前に、外に出ますね。」
「あぅ」

祐一「あ、いた。駄目じゃないか勝手に部屋出たりして。見つかったらどうするんだ。」
「あぅ♪」
 
 
 

名雪「祐ちゃん、明日でお別れだね。」
祐一「そうだな。」

名雪「また、会えなくなっちゃうんだね。」
祐一「そうだな。」

名雪「でもわたし、待ってるからね。」
祐一「あ、ああ。冬にまた来るからな。」
 
 
 

祐一「そうか、明日でお前ともお別れなんだな。」
「あぅ?」

祐一「連れて行きたいけど・・・・都会じゃさすがに、狐は飼えないからな。」
「あぅ・・・・・。」

祐一「・・・明日の朝、山に帰ろうな。」
 
 
 

祐一「・・・この辺がいいかな。」
「あぅ・・・・」

祐一「ほら、街が見えるよ。あの辺りに、名雪の家があるんだ。あそこにさっきまでいたんだぞ。」
「あぅ・・・。」

祐一「・・・ごめんな、ここでお別れだ。」
「あぅ、あぅ」

祐一「そんな悲しい目するなよ。僕は帰らなきゃならないし、お前だって、仲間のところに帰らなきゃ。」
「あぅ・・・・。」

祐一「ほら・・・・。わかるだろ、自分のすみかぐらい。」
「あぅ〜、あぅ〜」

祐一「違うよ、戻るんだよ、自分の家に。ついて来ちゃ駄目だって。」
「あぅ〜」

祐一「わかってくれよ、なあ」
「あぅ・・・」

祐一「・・・・ついてくんなっ!」
「あうっ」

だっ

祐一「そんな目・・・・すんなよ・・・・・。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

美汐「起きましたか。」
祐一「・・・寝てたのか、俺。」

美汐「そのようですね。」

祐一「天野、いつからいたんだ。」
美汐「さあ。私も眠ってしまっていたので、どれくらい時間が経ったかよくわかりません。」

祐一「・・・それだけの時間が経ってるということか。」

美汐「・・・・沢渡真琴さん。」
祐一「ん?」

美汐「憧れの人、だったんですね。」
祐一「・・・・なんでそれを。」

美汐「やっぱり、そうなんですね。自分の夢にしては、変だと思いました。」

祐一「・・・・同じ夢見てたってのか。」
美汐「そのようですね。」

祐一「そんなことって、あるんだな。」
美汐「まあ、場所が場所ですしね。」

場所。そうか、俺は、丘にいるんだっけ。

祐一「そういえば。天野は、なんでここに来たんだ?」
美汐「相沢さんは、どうしてですか?」

祐一「俺か?・・・実は、よくわからん。ただ、この丘に来なきゃいけないような気がして。」
 

美汐「私も、きっと同じです。」

丘から見下ろす街の風景。もう、夕刻が近い頃だろうか。

祐一「・・・ほんとは、もう一人欲しいところだよな。」
美汐「あの子なら、いますよ。」

祐一「・・・どこに?!」

美汐「私たちの、心の中にです。」

祐一「心の中・・・・」

祐一「でも、真琴は・・・・・。」

美汐「この丘で消えてしまった。でもそれは、目に見えるものとしては、ですよね。」
祐一「ああ。」

美汐「元々あの子は、狐だったんです。その狐としての一生を終える、最後の時に、人として私たちの前に現れた。」
祐一「うん。」

美汐「その人としての姿は、あらかじめ区切られた死を宣告されたものだった。でも同時にそれは、私たちの心の中に、新しく『沢渡真琴』という存在を生み出した。」

祐一「わかる。」

美汐「だからあの子は、生きているんです。正確には、生まれ変わった。」

祐一「真琴が欲した、『人のぬくもり』そのものの中で、か。」

美汐「はい。」

・・・・そう。真琴は死んじゃいないのだ。俺達がそう信じる限り。彼女が求めた、人のぬくもりを忘れない限り。

美汐「相沢さん。」
祐一「はい?」

美汐「私には、今日があの子の誕生日な気がするんです。」

祐一「そう、かもな。いや、そうなんだよ。俺達がそう思うなら。」
美汐「はい。」

俺達の心の中に、真琴という存在が刻まれた日。それが、沢渡真琴の誕生日。

祐一「じゃあ、何かプレゼント考えないとな。」
美汐「私は、湯たんぽがいいと思います。」

祐一「湯たんぽ?」

美汐「寒いですから。」

祐一「・・・天野、お前って実は、おもしろい奴だったんだな。」

美汐「あら、知らなかったんですか?私実は、コメディアンなんですよ。」
祐一「しらねーよ」

ひゅうっ

祐一「でも、実際寒いな。」
美汐「こんなところで寝るから、よけいですよ。」

祐一「・・・帰るか。」
美汐「そうですね。相沢さんは、受験生ですし。」

祐一「やな事思い出させるなあ。しかも成果は上がってない。」
美汐「じゃあ、来年もう一度、私と一緒に受験生ですね♪」

祐一「今の冗談はおもしろくない。」
美汐「あら、冗談じゃないですよ。マジです。」

祐一「こいつっ♪」

はははは、はははは、と、笑い声を残しながら、二人は去っていく。
思い出の場所で、その思いを再確認した少女の存在を、心の内に秘めながら。
 
 
 
 

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