荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸Key系ページ >>薫り米 >>KanonSS >>北川補完計画 >>北川ポピュレイションポォル大作戦 >>後編


 正直、嫌な気分だった。美坂は今にも噛みついてきそうなほど怖いし、クラスは分裂状態になってギスギスしてしまっている。ただでさえオレが立候補したことで1枚岩だったクラスにひびが入ってはいたのだが、なゆちゃんが突如相沢派を離れたことで裏の事情を訝しむものが相次ぎ、教室中に疑心暗鬼が渦巻いていた。
 早く帰りたい。少なくともこの教室から出たい。そんな思いが、授業中のオレの心をずっと支配していた。それでもオレは同時に、耐えなければと思っていた。とにかく授業が終わるまでは。少なくともそれまでは、なゆちゃんを守ることに専念しなければと。それはなゆちゃんの警護を引き受けたオレの責務であるし、また父親としての責務でもあった。なにより、秋子さまから直々に「名雪をよろしくね」とお願いされている。
 逃げることは許されない。この戦いが終わるまではただひたすら、なゆちゃんを守り続けるしかないのだ。
 
 

北川ポピュラリティポォル大作戦

後編

 
 
 投票前日。生徒会室。
「共同通信社の世論調査結果によると」
「朝日から共同に乗り換えたのか。」
「まあ、所詮ネタですから。それで調査結果によると、相沢祐一の支持率は49%で変わらず。過半数を視野に入れている状況に代わりはないですが、しかし前回調査からの伸びが殆ど無く、勢いが急速に衰えている事は間違いありません。一方で北川潤は44%、二日前より1ポイント伸ばしています。」
「たった二日で勢いを止めたか。想像以上に、水瀬名雪の相沢陣営離脱は衝撃的だったようだな。」
「普段からおおっぴらに祐一祐一ばっかり言っている子ですからね、予想外だったんでしょう。なにより我々が一番驚きですよ、まさかうまくいくとは。」
「まさに君の手柄と言っていいな、川澄さん。」
 そう言って生徒会長久瀬は、傍らに控える川澄舞に視線をやった。だが舞は、それに反応しないかの如く、表情を変えずに呟いた。
「・・・まだ甘い。これだけでは、祐一には勝てない。」
 
 
 校門まで行く道すがら、校舎の中の廊下の途中。オレとなゆちゃんは、並んで歩いていた。生徒達が不自然にオレ達から目を逸らす。まあ、オレ達は言わば時の人だ、これは仕方のないことだろう。そう、そもそももう教室を出ており、美坂の襲撃にあう心配もない。だから一緒にいる必要はない。だが、しかしなんとなく一緒にいてしまっていた。
「・・・なあ。」
「なに?」
「明日は投票日だな。」
「・・・そうだね。」
「なゆちゃんはその・・・誰に入れるのかな?」
「なんでそんなこと北川君に言わなきゃならないんだよ。」
「いや、言いたくなかったら言わなくていいんだけど。その・・・居づらいかな、とか思って。気が紛れるかなと。」
「・・・居づらくなんかないよ。みんないつもこんな感じだよ。わたし、全然気にしてないよ。これから部活に行くんだよ。わたし、走るよ。いつも通りに。」
「そっか。ならいいんだけど。」
「北川君は、何でついてくるの? いつもついてきたりしないし、選挙運動もあるんでしょ。ついてこなくていいよ。というかついてこないで。」
「ん、いや、まあ。そうなんだけどさ。秋子さまに、なゆちゃんのこと頼まれてるしさ。」
「秋子さま秋子さま。北川君っていっつもそうだよね。わかったよ、そんだけお母さんのこと好きだって事は。でも、北川君の言動ってまるで、お母さんの意志が全てみたいなところがあるよね。自分の意志って無いの? 何でもかんでも意志が一致するはず無いよね。それとも自分を殺してお母さんに合わせてるの? いくら好きだからってちょっと異常じゃない? というか正直ウザいよ。」
「な、なゆちゃん・・・?」
「・・・ごめん。言い過ぎたよ。というか、ウザいのはむしろわたしだよね。祐一に恋人いるってわかっていながら、祐一祐一騒いだりして。しかもいきなりそれをやめたりして。みんな意味わかんないって思うよね。」
「水瀬・・・いや、なゆちゃん。」
「言い直さなくていいって前から言ってるでしょ。」
「いや、あのさ。その、・・・他は知らないけど、オレはウザいなんて思ってないから。そう思う奴はいるかもしれないけど、そういう奴を気にする必要はないし、どうしても気になるならその、オレがそいつから守ってやるから。」
「北川君・・・。それは、お母さんにお願いされたから?」
「・・・いや。オレが、水瀬の・・・なゆちゃんのこと心配だから。」
「言い直さなくていいって、今言ったばかりでしょ。」
 どかっ。なゆちゃんがオレを蹴った。だけどそれは、全然痛くなかった。いつもの蹴りに比べてとてもとても甘いものだった。
 
 
 投票当日。異様な緊張感から生徒達が言葉少なかになる中、投票は進められ、そして締め切られた。普段なら半数の生徒が帰ってしまう時間、それでも多くの者が帰らずにいた。屋外でさもいつも通りに部活動をする者達も含め、開票結果の発表を待っていた。
 18時24分。選挙管理委員会による開票結果の速報値が、全校放送にて発表された。
 
相沢祐一/356票(49.5%)
北川潤/331票(46.0%)
佐久間翔/21票(2.9%)
森本玲緒/7票(1.0%)
跳躍斉藤/4票(0.6%)
 
「以上、有効得票の過半数を得た者がいなかったため、規定により上位二名による決選投票が行われます。」
 生徒会室では、結果に対する報告・検証会が行われていた。
「まさに間一髪だったな。数名でも相沢に投票なり棄権なりしていたら、一回目で相沢の優勝が決まってしまうところだった。」
「まあこうなることは世論調査の結果からある程度予想済みでしたからね。直前までてこ入れを続けたのが効いたようです。その分、泡沫候補に思ったより票が流れたようですが、しかし彼らは皆元々反相沢候補ですから。この票を全て取り込めば、決選投票では逆転できます。」
「・・・甘く見るな。」
 片隅に座っていた川澄舞が、声を上げる。続けて、その隣にいる倉田佐祐理が発言した。
「候補が反相沢でも、投票した人もそうだとは限りません。それに、相沢陣営の参謀は美坂香里さんだということをくれぐれもお忘れなく。祐一さんはともかく、彼女がこのままで終わるとは、到底思えません。気を引き締めてかかってください。」
「は、はい。」
 うんうんと、生徒会長久瀬が頷く。
「さすがは倉田さんだ。僕なんかよりずっと分析力も統率力もある。どうでしょう、いっそこのままずっと、僕のパートナーとしてともに戦い続けるというのは。」
「・・・ざけんな。」
「そういう気の緩んだ発言は控えてくださいと、今言ったつもりだったんですけど?」
「すみません。」
 
 
 そしてその頃。美坂香里は、教室で相沢派幹部に囲まれながら、一人唸っていた。
「お姉ちゃん、落ち着いてください・・・」
 そう妹の美坂栞がなだめるも、一向に収まる気配はなかった。
「これが落ち着いてなどいられるっていうの?! 勝てるはずだったのよ、一回目で悠々勝てるはずだったのに! 何で決選投票にまで持ち込まれちゃうのよ!」
「そう言われても・・・。」
「まあ、決戦で勝てればいいじゃないですか。」
「勝てればいい? なんて甘い考え! いいこと、忘れているようだからもう一度、情勢分析の解説をしてあげるわ。一回目の投票で出た候補は5人。うち決選投票に進んだのは2人で、一人は相沢君。もう一人は反相沢統一候補として出た北川君。そして、落ちた3人は、候補統一を拒否したとはいえ元々反相沢祐一を掲げて立候補した人たち。普通に考えて、決戦では北川君に票が回ると考えるのが妥当でしょう?」
「で、でもそれを切り崩せば、勝てるかもしれないじゃないですか。」
「そんなのは当たり前よ!」
「す、すみません。」
「だけどね。あたしは今、泡沫候補の票を切り崩す、なんて生易しいことは考えちゃいないの。そんなことをしたって、僅差で勝てるだけでしょう? 大差よ、決戦では大差をつけて、あたし達の力をいやというほど彼らに思い知らせてやらなければいけないのよ!」
「そ、そうですね。」
「丸ごと取り込むわ、こちら側に。まず3番手につけた男子陸上部長、この票を頂かないとね。この票はたぶん、陸上部関係の組織票だから。名雪の一件をエサに、こっち側に勧誘しましょう。名雪の離脱は正直こちらにとって痛手だったけど、今度はそれを利用させてもらうわ。」
「は、はい。」
「それと。今までは控えていたけど、これからはネガティブキャンペーンもバンバン打つわよ。北川君には悪いけど、徹底的に彼をこき下ろすの。人格ごと否定するの。今回彼に投票した有権者にも、彼に投票する気を無くさせるの。」
「え、でもそういうのは。だいたい、元々私達って、反相沢派のネガティブキャンペーンに怒って運動始めたわけだし・・・。」
「いいのよ! どうせ彼には、裏で生徒会がついてるんだから。これくらいハンデよ!」
「美坂さん。そこまでして勝ちたいんですか・・・?」
「当然よ! 勝ちたいに決まってるじゃない!! いいこと、あたしはね、入学してすぐに、自らあたしの辞書の中の『敗北』という文字を塗りつぶした女なのよ!!!」
「香里さん、それ普通にイタいです。」
 
 
 三日後、生徒会室。生徒会長久瀬が、声を荒げていた。
「男子陸上部が相沢派についたという情報が入ったぞ。一体どういう事かね?!」
「は、はあ。詳しいことはわかりませんが、なんでも美坂香里とその手下が、説得工作をしたようで。」
「謂わく、『そもそもあなた達が相沢祐一に反発する理由は何か。水瀬名雪が原因ではないのか。名雪を取られたくないから、彼女を独占する相沢祐一に反旗を翻したのであろう。だが見よ、水瀬名雪はもはや、彼の元にはいない。彼女はどこへ行ったのか。君たちのところか? 否、違うだろう。名雪は、北川潤の元へ走ったのだ。反相沢を掲げていたはずの彼は、事もあろうに君たちのアイドル水瀬名雪を奪い取ったのだ。これを君たちは許せるだろうか。決選投票では手を取り合うべき存在であったはずの君たちを裏切った、彼を許せるだろうか? よく考えてほしい、君たちにとっての真の敵が誰であるかを。そして、今手を取り合うべき相手が誰であるかを。』」
「・・・君、その台詞を全て暗記したのか?」
「はい。かくいう私も、何度も何度も相沢派への寝返りの説得を受けましたから。覚えてしまいました。」
「何、工作を受けていたのは陸上部だけではなかったのか。」
「ええ。水瀬名雪に好意を抱いていた男子生徒、その殆どは何らかの説得を受けています。」
「おかげで北川陣営は強烈な切り崩しにあっていますね。これまでの支持基盤であった男子生徒層をズタズタに分断されています。」
「件の世論調査結果によると、相沢祐一の支持率は54%。対して北川潤は40%で、大きく差をつけられてしまっています。」
「なんということだ。くそっ、だから美坂香里には警戒しろと・・・!」
「そう言ったのは会長じゃなくて倉田さんです。」
「そうだ、倉田さんだ。倉田さんはどこにいる? こういうときこそ助言を求めたいのに。川澄舞も、今日は来ていないじゃないか!」
「会長、たまには自分で考えてくださいよ。一応学年3位なんでしょ?」
「一応とか言うな! それを言ったら北川潤は2位だぞ、彼に考えさせろ!」
「しかしこの選挙運動、両陣営とも候補者本人が動こうとしない戦いですよねー。」
 
 
 そしてその頃。校内中には、オレの悪口を書いた怪文書が出回るようになっていた。
 
北川潤は変態系のスケベ
パツキンとかあり得なーい
立ってる髪も超ダサい
上も下もたちっぱなしの走る性欲魔神
ホモ
妹に手を出して勘当された、苗字が違うのはその所為
一生童貞
やられ役
女から嫌われるのがデフォ
空気読めずに女に突っ込んでいくバカ
所詮は噛ませ犬
いてもいなくてもストーリーに影響なし
そもそも男脇役の存在する意味がわからない。
 
 オレは、そんなものは無視していた。慣れっこだったし、正直バカにかまっている暇はないという思いの方が強かったからだ。だが、隣にいるなゆちゃんは違ったようだ。この手の誹謗中傷にあまり慣れていないのだろう、ビラや壁新聞を食い入るように読んでいた。その表情からは、滅多に見ることのない本気の怒りの表情が見て取れた。
「・・・わたし、ゆるせないよ・・・」
 読んでいたビラに顔を埋めたまま、ぷるぷると震えながら、なゆちゃんはそう言った。
「オレがか?」
「北川君じゃないよ!」
「ご、ごめん。」
「・・・ひどいよ、香里。こんな陰険な真似するなんて。確かに北川君、バカでスケベでおまけにお母さんに言い寄るし、正直わたしも辟易してるけど。でも、こんなビラ撒くことないじゃない・・・!」
「あの、フォローするかけなすか、どっちかにしていただけませんか?」
 どういうわけか、オレが必死になゆちゃんをなだめる構図になっていた。しかし、普段の姿からはあり得ないほど怒りに火がついてしまったなゆちゃんは、オレでは到底なだめきれそうになかった。と、そこに二つの影が近づいてきた。
「・・・その怒り、どこにぶつけたらいいと思う?」
「え?」
「ただ物陰で怒るだけでは、事態は何も変わりはしませんよ。言葉は人に伝わらなければ意味がないんです。誰にも聞かせない言葉を吐くのは、誰にも理解できない意見を主張することと同じだとは思いませんか?」
「それは・・・。でも、そうしたらわたし、どうすれば・・・?」
「・・・伝えればいい。あなたが今感じた思いを。怒りを。そして、あなたが今誰を擁護したいのか。ただそれを、率直に伝えるだけでいい。出来るだけ、多くの人に。」
「そうか。でも、それって・・・結果的に、北川君を積極的に応援することになるよね・・・?」
「嫌ですか?」
「えっと・・・それは・・・」
 なゆちゃんは、答えを求めるようにオレの顔をちらりと見た。好きにすればいい、そういう思いを込めて、オレはそっと頷いた。なゆちゃんは決意が固まったようだった。
「わたし、やるよ。北川君の応援する。きっと今これをやらないと、後悔すると思うんだ。その、人として。」
「・・・よく言った。」
「では、早速準備にかかりましょうか。水瀬さんには前面に出てもらって街頭演説とかビラ配りとかしてもらおうと思ってますけど、いいですか?」
「うんっ、わたしカラオケではねこねこナースとだんご大家族しか歌えないけど、でもがんばるよ!」
「あの、オレ、どこから突っ込んだらいいですか?」
 
 
 そして、反転攻勢が始まった。
 それは、主に川澄、倉田、そして水瀬の3人によって実行された。朝は校門前で投稿する全生徒に向けて街頭演説を行い、昼はオレを伴って教室巡り。そして放課後、一演説を終えた後に、反対派や中道勢力の拠点となっている場所へ、3人で直接交渉に赴く。祐一こそがデフォ、そんな風に思っている人たちでも、膝を詰めて話していれば幾人かはわかってくれるものだ。そう佐祐理さんは言っていた。
 だがそれは同時に、相手の懐に手を突っ込む行為でもあった。無論そうしなければ勝てないことは明白だった。だがそれにより、相沢陣営の人間はいきり立ち、陣営の引き締めとさらなる運動の強化に結びついていくのだった。こうして互いの運動は熾烈さを極めていった。幹部同士の相互不信は頂点に達していた。オレはそんな雰囲気が嫌でしばし逃げだそうとしたが、その度に佐祐理さんや、なゆちゃんにまで説教されるのだった。みんな、辛いのは同じだと。
 
 そんなときオレは、偶然相沢と出くわした。美坂も一緒だった。オレは、なゆちゃんと一緒に夜食を買いに行った帰りだった。
 最初にその姿を認めたのは、なゆちゃんだった。突然気まずそうにオレの後ろに隠れるので、何事かと思ったら目の前に2人がいた。気まずそうなのは美坂も同じようで、目を逸らしてうつむいたまま、何も言わなかった。仕方なく、その場を引き取るようにオレと相沢が前へ進み出た。
「元気そうだな。」
「ああ、健康には気を配ってるからな。」
「なんかさ。しょうもない戦いに巻き込まれちゃったよな。」
「ああ。だけどさ。それを積極的に否定せずに今まで来たって事は、それはオレ達自身の責任でもあるよな。」
 風が2人の間を通り抜け、一瞬2人の言葉はとぎれた。なにかにつられたかのように、二人して同時に夜空を眺めた。まばらだが、星が見えた。
「・・・なあ。これが終わったらさ。また4人で、飯でも食いに行かないか?」
「いいな、それ。」
「天ぷら蕎麦のうまい店見つけたんだよ。」
「しぶい趣味してんなあ。」
「はは、そうかな。」
 そして2人はまた、互いの同士の元へと戻っていった。二組は意識して距離を取りながら歩き出し、そして別々の入り口から校舎に入っていった。
 
 
 
 第二回投票前日。生徒会室。
「両者が拮抗、並びに情勢があまりにも混沌としすぎていて、世論調査の結果にも統計学的意味が見いだせない状況、だそうです。」
「そうか・・・。」
「明日の結果を、天に祈るしかないのでしょうかね・・・。」
「祈るくらいなら、自分の足で一票でも多く稼いできたまえ。」
「はい。」
 
 
 
 第二回投票当日。オレは、締め切り直前に投票をすませ、その足で人目につかない校舎裏に向かった。終わってしまう前に、一人でゆっくり心の整理をつけたかった。
 だが、そこには先客が既にいた。相沢だった。
「・・・よう。」
「奇遇だな、北川もここに来るなんて。それとも必然か?」
「どうなんだろうな。」
 そう言ってオレは壁にもたれかかり、買っておいたニューヨークチーズケーキドリンクの栓を開けた。相沢も、EPA入り黒豆スープの缶を手にしたまま、空を見上げていた。2人ともそれについて何も言わなかった。暫く黙ったまま、2人で空を見ていた。
 
 校内放送のチャイムが鳴り、選挙管理委員会からの開票速報放送が始まった。
 
北川潤  360票。当選。
相沢祐一 359票。次点。
 
「「・・・一票差か。」」
 2人同時に呟いていた。それでオレも、今の相沢の心境がわかった。今はまだ、それ以外の感慨も感想もないことに。
 また暫く黙っていた。少しずつ、頭が事態を理解してくる。ふと思い立って、オレは相沢に問いかけた。
「相沢は、誰に入れたんだ? 今日の投票。」
「・・・ああ。俺は、北川潤に入れた。」
「なんだ、そうなのか。」
「・・・なんかさ。そうするのが一番、後腐れ無くこのばかげた戦いを終わらせられる方法なんじゃないかって気がしてさ。」
「そうか・・・。だけど、お前のその思いは、無駄だったな。」
「なんでだ。一票差でお前が勝ったんだぞ?」
「ああ、確かに。だけどな。オレ自身は、相沢祐一に入れたんだ。だから、お前が敢えてオレに入れた一票は、無駄になった。」
「そうか・・・。」
 相沢はスープを一口飲んで、続けた。
「じゃあ、掛け値無しの一票差って事だな。」
「ああ。ある意味、後腐れ無い。」
 オレはドリンクを一気に飲み干し、空き缶をポケットに突っ込んでその場を立ち去ろうとした。
「行くのか。」
「ああ。そろそろ行かないとな。」
 そう言い残してオレは、校舎の角を曲がっていった。
 
 ふと、相沢が校舎の影からオレを見た。そのとき彼の目には、叫びながらバンザイして駆けていくオレの姿が映っていた。
 
 
 
 
「北川君、おめでとうっ!」
 大喜びしながらなゆちゃんが、勢いよく生徒会室の扉を開けた。
「おお、水瀬君。一票差とはいえ、我々は勝利をつかむことが出来たよ。そう、その勝利は、まさに君の功績だ。君という存在がいなかったら、我々は今頃無惨な敗北を喫し惨めな屍をこの校舎に差し込む夕日の中に」
「話が長くなるようなら聞きたくないよ。」
「酷なことを言うね君は。まあいい、後で倉田さんや川澄さんも交えて勝利演説会を行うから、僕はその時に思う存分語らせてもらうことにするよ。ちなみにこの2人もまだ来ていないが、ちゃんと来るんだろうね?」
「呼んでないし、例え呼んだとしてもそんなの出たくないだろうから、来ないと思います。」
「なんですと!」
「わたしも出るつもり無いよ、そもそも当事者である北川君がいないじゃない。で、北川君はどこなの?」
「ああ。彼なら、『秋子さまぁ〜』って叫びつつバンザイしながら校門の方に走っていくの、見ましたよ。」
「なんですとっ!」
「目的は間違いなく、水瀬家でしょうね。」
「・・・・。」
 
 
「ふん。なんだよなんだよ、北川君なんか。せっかくわたしが、北川君が勝ったのお祝いしてあげようと思ったのに。一言も無しにお母さんのところ直行だなんて。」
「・・・でも、北川君は元々それが目的だったんだもんね。ただお母さんに褒めてほしくてやってただけなんだから。」
「あーあ。なんかばかばかしくなっちゃった。それになんだかさみしいよ。心にぽっかり穴が開いた気分だし。香里もまだ、今日のうちじゃ気まずいだろうしなー。・・・そうだ、こういうときこそ、祐一に慰めてもらおう! うん、それがいいよ。今なら許されるよ。こういう状況だから、仕方ないよ。そうと決めたら祐一レーダー発動! 祐一どこ〜?」
 
 
「舞、やっとゆっくり話が出来るようになったな。」
「・・・ごめん。」
「何をいきなり謝ってるんだ? 俺は、舞と話が出来てうれしいぞ。」
「・・・今まで祐一ほったらかしで、しかも北川に肩入れしてたから。」
「ああ、そのことか。そうだな、それについては理由くらい聞いておきたいかな? 俺はともかく、きっと読者が納得しないから。」
「祐一さん、舞を怒らないでください。これは佐祐理が言い出したことなんです。」
「佐祐理さんが?」
「はい。この企画を考えたのも、祐一さんを強制参加させたのも、北川さんを対抗馬に担ぎ出させたのも、佐祐理と舞が敢えて北川さんの側で戦ったのも、全部佐祐理の考えなんです。」
「そうなのか。でも、それはなんで?」
「この間、舞が言ったんです。祐一さんは他の女の子に優しすぎるって。もしかしたら、ハーレムとかそういう事をたくらんでるんじゃないかって、心配になるって。」
「・・・。」
「だから佐祐理は考えたんです。祐一さんが本当に舞のこと好きなのか、試そうって。同時に、もしハーレムとかバカな事本気で考えていたとしても、人気投票で女の子の票を獲得できなければきっとあきらめるだろうって。」
「・・・そんだけ?」
「はい。」
「そんだけのために、生徒会まで巻き込んで、こんな・・・。」
「・・・祐一・・・ごめん。」
「いや・・・舞はいいんだよ。」
 祐一は、そっと舞の髪をなで上げた。
「でもな、舞。俺は少しだけ悲しいよ。舞は、俺のこと信じてくれなかったのかなって。」
「・・・。」
「でも、それもきっと俺が悪いんだよな。確かに俺は、他の女の子にも優しくしているかもしれない。だけどな、舞。俺は、舞にはそれ以上に、優しくしているつもりなんだ。他の女の子とは明らかに違う、そう、舞のことが好きだという思い、それに基づく優しさを。」
「・・・。」
「だけど、もし舞がそれでも不満だというなら、俺も反省しないといけない。もっともっと、たくさんあげないといけなかったんだなって。なぜなら俺は、舞に喜んでほしくて、そうしているのだから。舞が満足するまで、俺は舞に尽くし続けなければいけないんだ。だからな、舞。不満があるのなら、遠慮無く言ってくれ。俺はその全てに答えるから。」
「・・・祐一・・・。」
「舞、好きだ。」
「きゃーっ、今にもキスしそうです。えっと、DVD、DVD。」
「・・・佐祐理、それ、違うSS。」
「勘弁してくださいよ佐祐理さん、こういうときは、空気読んで二人きりにしてくださいよ。」
 
「うわーん、明らかにわたしの出る幕無いよー!」
 
 
 
 於、水瀬邸。
「秋子さま、潤、秋子さまの膝枕なでなで、とても気持ちいいです!」
「そう。でも、本当にこれで良かったの? もっと他に、おいしいもの食べたいとか、ニンテンドーDSのソフトが欲しいとか、そういうのでも良かったのよ?」
「とんでもないです、秋子さまの膝枕なでなでに勝るご褒美など、この世にあり得ません!」
「そう。だったら、もっといっぱいしてあげるわね。」
「はい、嬉しいです!」
「ただいま〜。」
「あら、名雪が帰ってきたわ。」
「ねえ。今、北川君来てるんでしょ? どこに・・・って、うわ、なにしてるんだよ!」
「膝枕なでなで。」
「なんでそんなことしてるんだよ・・・。」
「人気投票で勝ったご褒美にして欲しいって、潤ちゃんが言うから。でも、名雪が帰ってきたならお茶煎れないとね。潤ちゃん、続きはまた後でね。」
「はい、お待ちしております! ってなゆちゃん、どうしたんだ、そんな怖い顔して?」
「・・・わたしのことほっぽりだして。家に直行したと思ったら、お母さんとこんな・・・。」
「あの、なゆちゃん?」
「ゆーるーせーなーいーよー!!!」
「え、ちょっと、なゆちゃん、いや、蹴るのやめて、乱暴ダメ、暴力禁止、いやマジで、痛いから、本気で痛いから、だから、いや、秋子さま助けて!」
「あらあら、仲良くするのもいいけど、怪我しない程度にね。」
 
「「そんなんじゃないっ(よっ)!」」
 
 
 
 北川ポピュラリティポォル大作戦 終了。
 
 
 
<2006年5月7日執筆>
 −−−−−−−−−−−−−−
 
  北川INDEXに戻る