季節は三月。もう、春の足音が聞こえる。
春。春と言えば、恋の季節。俺の恋も全開だ。秋子さまぁ〜〜!
はっ、いかんいかん。クールな俺としたことが、ついみっともないまねをしてしまった。
しかしなんだな。先月には確か、ヴァレンタインディという、恋のお話には欠かせない重大なイベントがあったはずだが。俺には何もなかった気がするぞ。うん、これはきっとこのSSの作者の所為だ。作者は、ヴァレンタインディが自分に関係のないイベントなものだから、「そんなイベントは存在しない!」
とか言って、カレンダーと自分の記憶から抹消してしまったのだろう。
まあよい。そんなことで俺と秋子さんの愛が崩れるわけでもない。だいたいあんなものは、ペコちゃんの陰謀に決まってる。だから俺は、そんな恋のイベントとは無関係なのさ・・・・
通りすがりの女「ねえ馬男さん、ホワイトデーのプレゼントは、何くれるの?」
通りすがりの男「ふふふ、キミとボクの、二人のコドモさ☆」
通りすがりの女「んもう、馬男さんのえっち☆」
何、ホワイトディ、だとぉ?!くそ、作者め。ヴァレンタインディは完膚無きまでに無視していたくせに。3月14日がかつて国鉄のダイヤ改正日だったのをいいことに、ホワイトディをネタにしようなどと考えやがったな!なんか関係ない気もするけど・・・
すっかり意気消沈してしまった俺は、商店街をとぼとぼと歩いていた。
北川「秋子さんに、何あげればいいんだ・・・・」
そんな俺に、ふと一つのショウウィンドゥが目に留まった。
『煎餅、激安。』
北川「煎餅か・・・・しかし何故、骨董屋で煎餅を・・・・」
骨董屋のオヤジ「若いの。煎餅に興味を持ったようじゃな。なかなか目の付け所が良いぞ」
北川「ふ、当然さ。俺には扉絵一枚しか無い分、グラフィッカーさんも俺を描くのに気合いが入っているのさ・・・・」
骨董屋のオヤジ「そういう意味ではないのだが・・・にしても、本当にそう思うか?」
北川「・・・・・・。」
骨董屋のオヤジ「まあよい。今時の若い者にしては感心な奴じゃ。全く最近の若いものと来たら、やれハンバーガーだフライドチキンだチンスコウだと、ハイカラなものばかり好みよる・・・」
北川「オヤジ、最後のは違う気がするぞ・・・・。」
骨董屋のオヤジ「しかしお主は違う。この煎餅1000枚セットを買おうなんざ、なかなか出来るものではない。うむ、その心意気気に入った。既に半額になっているところを、さらに3割負けてやろう。」
北川「そいつはまけすぎだろう。・・・って、俺買うなんて言ってないぞ。」
骨董屋のオヤジ「言わなくてもわかる!」
北川「わかってねーよ。1000枚もの煎餅どうしろって言うんだ。だいたい、なんで骨董屋で煎餅売ってるんだよ。」
骨董屋のオヤジ「不憫な煎餅じゃ・・・。こんな世知辛い世の中に生まれたばっかりに、誰にも買ってもらえず、食い物としての生涯を全うできず・・・・」
北川「だったらオヤジが食えよ。」
骨董屋のオヤジ「それはできん。持病のリュウマチと糖尿病が悪化するといかんのでな、医者から止められておる。」
北川「そんなやばい煎餅なんかい!」
骨董屋のオヤジ「・・・編みおろしの髪の女性。」
北川「・・・え?」
骨董屋のオヤジ「歳は・・・・20代に見えるが、実は40近くかもな。」
北川「え、あ、あの、それって・・・。」
骨董屋のオヤジ「その人が言っておったな。『おいしそうなお煎餅ですね。でも、ちょっと数が多いかしら』」
北川「買う。」
こうして俺は、全財産をはたいて煎餅1000枚セットを購入した。
しかし、やっぱり1000枚は多いよな・・・。秋子さんも、数が多いって言ってたらしいし・・・・
よし、仕方ない。どうせホワイトディだ、義理として女生徒どもに配ってやるか。
そして3月14日。
北川「やっほ〜、女生徒のみなさん。潤ちゃんだよぉ」
女生徒1「げ、北川君だ。」
女生徒2「北川君って、顔はいいけど、中身がねえ・・・。」
女生徒3「やっぱ男は、顔と中身両方よねえ・・・・」
北川「今日は女生徒のみなさんに、ホワイトディのプレゼントをあげちゃうよぉ」
そう宣言して俺は、女生徒に一人一人、煎餅を手渡した。
女生徒4「良かった、煎餅で・・・・」
うんうん、喜んでもらえて嬉しい。
・・・しかし、まだ余ってるな。
よし、もっと他の知り合いにも渡してこよう。
北川「やあ巳間さん、煎餅あげよう。」 晴香「ありがと。携帯食にでもするわ。」
北川「やっほ〜七瀬さん、煎餅あげるよ。」 七瀬「・・・・ありがと。」
北川「川名先輩、煎餅あげます。」
みさき「そこに持ってるの全部頂戴。」
北川「それは駄目。」
北川「やあ遠野さん。煎餅食べる?」 美凪「フライングです。」
北川「やあ麻宮さん、煎餅をあげよう。それと、いつも難しい顔してるけど、トイレはちゃんと行かなきゃ駄目だよ?」
ぼぐっ
う、これは鬼の棍棒・・・。きっと樋上さんにもらったのね・・・・。
北川「さて、これで知り合いにはみんな配ったかな。」 佐祐理「佐祐理は貰ってません。」
北川「さ、佐祐理さん・・・。その節はどうも。」 佐祐理「いえいえ、おかまいなく。」
北川「・・・煎餅、貰います?」 佐祐理「はい。クッキーやケーキなら受け取りませんけど、煎餅なら喜んでいただきますよーっ。」
そうか、クッキーやケーキ嫌いだったんだ。知らなかったぞ。
佐祐理「あははーっ、舞ーっ、変態の北川さんに、煎餅貰っちゃったよーっ。」
佐祐理さん・・・・・もうあなたとはなんでもないんだから、そんなこと大声で言わないで・・・・。
さてと・・・。あと、あの二人にも渡しておかないとな。
祐一「おい、北川戻って来るぞ!」 名雪「か、香里・・・・・。」 香里「大丈夫、大丈夫だからね、名雪・・・・。」
北川「ふふふ・・・な〜ゆ〜ちゃ〜ぁ〜ん♪」 名雪「・・・・ふぇ〜ん」
男生徒1「おい、北川が水瀬泣かしたぞ」
男生徒2「許せん、サブキャラの分際で」
男生徒3「扉絵一枚しかないくせに」
男生徒4「オープニングに名前も出てこないくせに」
斉藤「本編にだって名前出てこないくせに。」
北川「それはお前も同じだろ・・・・」
祐一「よし名雪、今のうちに逃げるぞ。」 北川「あ、ま、まってくれ。」
香里「ここから先は行かせないわ・・・・。」 北川「美坂・・・。俺はただ、ホワイトディのプレゼントを渡そうと・・・・」
名雪「どうせ煎餅でしょ?いらない。」 北川「な、何故煎餅だと・・・・」
香里「さっきクラスで配りまくってたばかりじゃないの。」
・・・しまった。何故俺は、そのとき一緒に渡さなかったんだろう・・・
香里「だいたいホワイトディに煎餅なんて、どういうつもり?新手のギャグのつもりなら、つまんないからやめた方がいいわよ。」 北川「え?え?煎餅じゃいけないわけでもあるの?」
香里「・・・・・・。」 名雪「・・・・・・。」 祐一「・・・・・・。」 クラス全員「・・・・・・・・。」
香里「教えてあげるわ北川君。一般にホワイトデーのお返しは、クッキーやケーキなどの洋菓子類。好意のある子に対しては、それに加えて花なんかを贈るわね。逆に煎餅みたいなのを送ったら、『お前には感心ねえよ』みたいな意思表示になっちゃうわ。」
北川「が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
祐一「だからみんな、喜んで受け取っていたんだよ・・・あまりに可哀想で言い出せなかったけどな。」
北川「そ・・・・・・・・・そんなのはペコちゃんの陰謀だァ!」 香里「何わけわかんないこと言ってるのよ。」
北川「どうしよう・・・俺、秋子さんに渡すつもりで、全財産はたいて煎餅買ったのに・・・」 名雪「え、そうだったの?さっさと渡してくれれば良かったのに・・・・」
北川「なゆちゃん・・・全財産使い果たした俺を、哀れんでくれてるんだね・・・・。」 名雪「違うよ。お母さんに煎餅渡してくれれば、北川君とお母さんはそれでジ・エンドでしょ。」
北川「・・・・うっ、・・・うっうっ・・・・(泣)」
祐一「・・・俺、かなり可哀想になってきた。」 香里「あたしはちょっとだけだけど。でも、可哀想かもね。」 名雪「そんなことないよっ!(怒)」
祐一「なあ名雪・・・。北川と一緒に、ケーキかなんか作ってやったらどうだ?」 名雪「な・・・・なんて事言うの祐一っ!(泣怒)」
祐一「それくらいいいだろ?なあ、秋子さんを信じろよ・・・・」 名雪「う、うん・・・。」
祐一「よし決まり。良かったな北川、名雪が一緒に、トルキスタン風レバニラケーキを作ってくれるってさ。」
名雪「そんなの作り方知らない・・・・。」
祐一「というわけで、ジュンとナユのお料理教室が始まったのです。」 香里「なに解説してるのよ。」
北川「なあ、こうして二人で並んでお料理してると、『パパと娘のハッピークッキング』って感じ、するよな?」 名雪「変なこと言うと刺すよっ!」 祐一「いつもの名雪じゃない・・・・。」
名雪「言い直して。」 北川「うっ、・・・うっうっ、・・・ただのお友達同士が、お料理してます・・・・」
名雪「うむ、よろしい。」 北川「台詞パクらないで。それ俺の・・・・」
祐一「耐えろ北川・・・・愛の道は厳しいのだ・・・・」
香里「そう言いつつ、心の中で笑ってるんでしょ。」
北川「できたぞぉ!」 祐一「ふむ、どれどれ」 香里「ふ〜ん・・・。なかなかやるじゃない。」 名雪「わたしが手伝ったからだよ。」
祐一「なあ・・・・。このケーキ、俺の目にはイチゴしか乗ってないように見えるのだが・・・・どの辺にレバニラを使ってあるんだ?」 名雪「そんなの使ってないよ・・・・。」
祐一「なにぃ!レバニラ使わなきゃ、レバニラケーキとは言えないじゃないか!」 北川「そんなものを作った覚えはない。だいたい、そんなゲテモノ秋子さんに食わせるわけないだろう!」
祐一「ふ・・・・そうか。残念だったな名雪、レバニラケーキにしとけば、秋子さんは確実に北川を蔑んだだろうに・・・・。」 名雪「はっ、そ、そうだった!わたしったら、うっかりして・・・・」
北川「相沢・・・。お前、俺の敵なのか?味方なのか?」 祐一「友達だ。」
北川「・・・・まあ、いい。さて、最後の仕上げをしよう。」 名雪「え、もうこれで完成だよ。」
北川「いやいや、まだ大事なトッピングが残っている。」
そういって俺は、先刻から目を付けてあった、あの瓶を持ち出した。
この時点で、なゆちゃんの姿はもう無い。
祐一「・・・何を企んでいる。」 北川「企む?馬鹿な、このジャムこそが、このケーキ最大の花なのだぞ。」
そういって俺は、ケーキの最後の彩りとして、ジャムをかけた。
祐一「これでこのケーキは、秋子さんと北川以外食べられなくなったな・・・・。」
香里「え、北川君このジャム平気なの?!」
北川「秋子様・・・・。」 秋子「あら北・・・いえ潤ちゃん。来てたんですね。」
北川「秋子様。これ、潤からのホワイトディのプレゼントです・・・」
そういって、ケーキと花束を渡す。
名雪「北川君・・・いつの間に花束を・・・」 香里「花束にしては貧相だけどね。あれ、オオイヌノフグリだったかしら?」 祐一「実はえっちな意味なんだよな。」
秋子「まあ・・・・・。ありがとう、潤ちゃん。」
じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
秋子「おいしそうなケーキですね。みなさんもご一緒にどうです?」
祐一「い、いや俺達はいいです・・なあ。」 名雪「うん、私は手伝ってるときにつまんだから・・・・」 香里「あたしダイエットしてるのよね・・・・」
秋子「そうですか?じゃあ、私と潤ちゃんと、二人でいただきますね。」 北川「はいっ!」
ふっふっふ、思惑どうりだ。
秋子「ところで潤ちゃん?」 北川「はい、なんでございましょう。」
秋子「潤ちゃん、機械の方は強いかしら?」 北川「いえ、自分は機械とする趣味はないです。」 祐一「やっぱバカだこいつ」
秋子「最近、お風呂の調子が悪いんですよ・・・。ちょっと見ていただけるかしら?」
北川「はい、この潤でよければ喜んで!」
秋子「これなんですけどね・・・・」 北川「どの辺がおかしいんです?」
秋子「ほら、この辺り・・・なんか色ついているでしょう?」 北川「これって・・・・単に汚れてるだけじゃ?」
秋子「あら、そうなんですか?」 北川「・・・・・・・。」
秋子「・・・・・・・・。」 北川「・・・・・・・。」 秋子「・・・・・・・・。」
北川「・・・掃除いたしますっ!」 秋子「あらそんな・・・申し訳ないわ。」
北川「やらせてください!」
秋子「そう。じゃあ、お願いしようかしら。」
祐一「秋子さん。俺には、あなたが天使なのか悪魔なのかわからなくなってきました・・・」 香里「さすが秋子さんね。体よく北川君使うなんて・・・・。」
秋子「あら、わたしは別にそんな・・・・・」 香里「(はっ!)ご、ごめんなさい、あたし別に・・・・」
秋子「いいんですよ。それにしても潤ちゃん、役に立つ人ですね。いっそ、ずっとここにいて貰おうかしら。」 名雪「お、おかあさん・・・なんて事言うの・・・・・!」
秋子「あら、そんないけないこと言ったかしら?」 名雪「いけないよっ!そんな・・・もしそんな事したらわたし、祐一と駆け落ちするからっ!」
祐一「ちょっと待て名雪、人の意志も聞かずに勝手にそんなこと決めるな。」
あゆ「そうだよっ。祐一君はボクと駆け落ちするんだからっ!」 祐一「だから勝手に決めるなっつーに。いつの間にはいったんだっつーに。」
名雪「そうだよ、勝手に入ってきて、勝手なこと言わないで。」
あゆ「うぐぅ〜、祐一君と駆け落ちするのはボクだよ〜」
舞「・・・祐一、私をおいていくの。」
祐一「舞まで・・・・なんでこうみんな話をややこしくしたがるんだあ!」
リビングから、楽しそうな声が聞こえる。
・・・仲間に入りたいな。
いや、駄目だ。今の俺の仕事は、風呂掃除だ。
これをやり遂げることが、男として、父として、夫としての俺の責務なのだ!
・・・夫。いい響きだ。ぐふ、ぐふふふっふ・・・・
名雪「ねえ、お風呂場から変な声が聞こえるよ。」
秋子「大丈夫ですよ。」
祐一「絶対大丈夫じゃない気がする・・・・」
北川「俺は今、幸せだあぁ!」
北川ホワイトディ大作戦・完。