祐一「あゆあゆ、18歳の誕生日おめでとう。」
あゆ「ありがとう、祐一くんっ」
祐一「18といったら・・・・・いろいろ、『やっていいこと』がたくさん出来るんだよな。」
あゆ「うぐぅ・・・祐一君、目がやらしいよ・・・。」
祐一「ま、それはおいといて。18歳になったあゆに、一ついいことを教えてやろう。」
あゆ「なに?変なことだったら、背中に羽つけるよ。」
祐一「決して変なことではない。あゆにとって、新しい世界を知る機会となることだ。」
あゆ「なんだかちょっと怖いけど・・・。でもボク、祐一君を信じるよ。」
祐一「それはな・・・・。」
あゆ「うん・・・・。」
祐一「『揚げたい焼き』だ。」
あゆ「『揚げたい焼き』?」
祐一「そう。たい焼きを油で揚げたという、ただそれだけのものだ。」
あゆ「・・・・おいしいの?」
祐一「・・・あゆ、ピロシキって知ってるか?」
あゆ「うん、ロシアの家庭料理だよね。」
祐一「うむ、正確にはそうなのだが。ここで言うピロシキとは、そのピロシキとは少し違う。」
あゆ「え?」
祐一「ごく普通の肉まんを油で揚げたもの、それのことだ。つまりはただの『揚げ肉まん』だ。」
あゆ「本物のピロシキとは違うんだね。・・で、おいしいの?」
祐一「実は俺も、食べたことはない。ただ、L○WSONR大北□店、またの名をコンビニLOLIKON沖縄店の店員は、よくそれをやってるらしい。」
あゆ「・・・つまり、おいしいってこと?」
祐一「・・・あゆ、美味しいかどうかということにこだわっちゃいけない。大切なのは、チャレンジ精神だ。もし古代縄文人が腐った豆を食べずに捨てていたら、納豆という日本が誇る健康食品は生まれていなかった。それに、落語にも、『酢豆腐』というのがあるだろう。」
あゆ「・・・祐一君の話を聞いてると、なんだか美味しくないように思えてくるんだけど・・・。」
祐一「あゆ、俺は甘いものが嫌いだ。でも、あゆはたい焼きが大好きだ。そうだろ?」
あゆ「そうなの?」
祐一「そうなんだよ。つまりは、人の味覚というものは個体差があって、誰かが不味いとおもうものでも、他の誰かなら美味いと思うかもしれない。そういうことだ。思想信条と同じだよ。」
あゆ「・・・難しくてよくわかんないけど・・・要するに祐一君は、ボクを実験台にしたいんだね?」
祐一「そんなことはない。俺は、たい焼きヲタクなあゆのために、より一層の自己昇華の機会を与えたい、それだけのことなんだよ。」
あゆ「・・・ホントに?」
祐一「本当だ。俺の目を見てくれ。」
あゆ「・・・意地悪しようとしてる目。」
祐一「これで、俺の心に偽りがないことがわかっただろう。」
あゆ「うぐぅ、全然わかんないよ。」
祐一「そうか・・・。言葉でわからないなら、行動で示すしかないな。」
あゆ「え?」
祐一「さああゆ、たい焼きを出せ。」
あゆ「うぐぅ・・ホントに揚げちゃうの?」
祐一「あたりまえだ。そのためにわざわざ買ってきたんだからな。」
あゆ「そのままで食べても美味しいのに・・・。」
ぼちょん
じうぁぁぁぁ・・・
祐一「どうだ、美味そうな音だろう。」
あゆ「音だけじゃわかんないよ・・・。」
祐一「何を言うか、中華料理は音も味覚の一部なんだぞ!」
あゆ「これ、中華料理なの?」
ぶちぶちぶちぶち・・・・
あゆ「ねえ、いつまで揚げるの?」
祐一「わからん。何しろ俺は、料理をするのは初めてだからな。」
あゆ「え?!」
祐一「念のために言っておくが、揚がったたい焼きは、全部あゆが食べるんだからな。」
あゆ「そんな・・・。」
じくじくじくじく・・・・・
あゆ「ねえ、もういいんじゃない?」
祐一「う~ん、いいような気もするし、まだ詰めが甘いような気もする。」
あゆ「詰めが甘いって・・・。」
じじじじじじじ・・・・
あゆ「ねえ、もうこれ、なんかあんまり美味しくなさそうなんだけど・・・。」
祐一「なんと!たい焼きヲタクのあゆが、たい焼きを美味しくないとでもいうのか!」
あゆ「うぐぅ・・・祐一君、意地悪だよ・・・。」
名雪「・・・なんの臭い?ちょっと焦げ臭いような・・・。」
祐一「あ、名雪。だめだぞこれは、あゆの今日一日のカロリー源なんだからな。」
あゆ「どうしてこれで一日過ごなきゃいけないのっ?!」
名雪「・・・・なにこれ?」
祐一「たい焼きだ。」
名雪「くー」
祐一「何故そこで寝るっ!」
名雪「大丈夫だよ、ちょっと現実逃避しただけだから。」
あゆ「ねえ祐一君、やっぱりこれ、一般常識からかけ離れた食物になっちゃってるんじゃない?」
祐一「大丈夫だ、名雪の辞書に元々一般常識という言葉など無い。」
名雪「祐一、もしかしてかなり酷いこと言ってる?」
祐一「そんなことはない。さああゆ、とりあえずできあがったということにしよう。喰え。」
あゆ「うぐぅ・・・・・。」
祐一「どうした、くわんのか?ん~?君はたい焼きマスターになりたくてここに来たんだろぉ?」
あゆ「・・ちがうもん・・・。」
祐一「・・・なああゆ。今ここで君がこのたい焼きを見放したら、どうなる?このたい焼き達は、廃棄処分だ。誰にも愛されることなく、その一生を終えるんだぞ。そんなことが、許されていいと思うか?」
あゆ「だったら祐一君が食べれば・・・作ったの祐一君だし。」
祐一「俺は甘いものが嫌いだと言っただろおぉぉぉぉ!」
名雪「わたしも、揚げ物はちょっと・・・。イチゴがつくならいいけど。」
あゆ「うぐぅ・・・わかったよ、ボクが食べればいいんでしょ。それでみんな幸せになるんでしょ。」
ぱくっ
あゆ「・・・うぐぅ・・・・しに不味い。」
名雪「・・・だろうね、そんなに揚げすぎじゃ。」
祐一「思わず北国とは縁もゆかりもない方言を使ってしまうくらい不味いんだな・・・。」
あゆ「うぐぅ・・・せっかくのたい焼きが。」
祐一「そうだ、何かつけたら、食べれるようになるかもしれないぞ。」
あゆ「またそうやってボクを実験台にしようとする・・・。」
名雪「(はっ)わ、わたし、そういえば陸上部の昼練があるんだった。じゃあねっ」
祐一「なんだよ昼練って・・。って、今の行動はもしや!」
あゆ「なに、何か起こったの?」
祐一「名雪には、『予定調和』を感じ取る能力があるんだ。俺達も早く逃げないと・・・」
あゆ「祐一君、手遅れ・・・。」
秋子「何かつけるんですよね?でしたらこのジャムを・・・。」
名雪「お母さん・・・見逃して。」
祐一「名雪の足をもってしても逃げられなかったのか。まあ今回は、完全に油断してたからな。・・う~ん、油を使っていたのに油断してた。こいつは一本とられたな。」
あゆ「祐一君、悠長に解説してる場合じゃないよ・・・。」
祐一「はっ、そうだな。何とかこの状況を切り抜ける方法を・・・。」
秋子「・・・祐一さん、そんなにこのジャムが嫌いですか?」
祐一「い、いえ、けっしてそんな・・・・・ああっ、やめてください、無言でじっと見つめるのは!」
名雪「祐一・・・だめだよ、自分の心を信じて・・・。」
祐一「はっ、そ、そうだ。秋子さん、俺達は今、そのジャムを食べてはいけないんだ!」
秋子「・・・・・?」
祐一「そう、足りない!一人足りないんだ!そのジャムをもう一度食べるに当たって必要な人物が、今ここに一人いないんだよ!」
名雪「それって・・・もしかして香里のこと?」
祐一「そう、『いちご白書をもう一度』は全共闘で高度経済成長が革新自治体なオイルショックなんだよ。だから、『あのジャムをもう一度』をやるためには、美坂香里という存在が不可欠なんだ!」
名雪「祐一、なに言ってんのかわかんないよ・・・。」
秋子「大丈夫ですよ。あなたの求める人はほら、ここにいますから。」
香里「・・・・ごめんね。」
祐一「あの~すばぁらしぃ~あぁいぃをぉ~もぉいちどぉ~♪」(日本音楽著作権協会未許諾)
あゆ「現実逃避してるよ・・・・。」
名雪「香里は・・・なんのために来たの?」
香里「それは・・・・。」
秋子「このためにですよ。」
そういって秋子さんは、隣の部屋に通じるドアを開けた。
あゆ「これは・・・・?」
飾り付けられた部屋と、並べられた料理の数々
秋子「あゆちゃん、今日お誕生日でしょ?」
名雪「あ・・・そういえば。」
秋子「お誕生日おめでとう。」
香里「おめでとう。」
名雪「あゆちゃん、おめでとうっ」
あゆ「・・・うぐぅ・・・・みんな、ありがとう・・・。」
名雪「でもお母さん、これだけの料理、いつの間に作ったの?」
あゆ「そうだよ、台所はボクと祐一君が占領してたのに。」
香里「そのためにあたしが呼ばれたのよ。」
名雪「そうなんだ。で、どうやったの?」
香里「秘密。」
祐一「もぉいちどぉ~もぉいちどぉ~うまれかわぁってぇ♪」(日本音楽著作権協会未許諾)
あゆ「あ、・・・そういえば祐一君、壊れたまんまだったんだ。」
名雪「どうしよう?」
秋子「大丈夫ですよ。」
香里「・・・・根拠は?」
秋子「さあ?」
香里「ま、いいか。今日の主役は、あゆちゃんだものね。」
誕生日は何度も来た。誕生会も過去に経験した。それはそれで、ボクの大切な思い出。でも、今日この日の誕生日は、きっとボクにとって忘れられない日になるだろう。
人生において、最良の日と呼べる日なんて、そうそうあるものじゃない。でも、たとえBestでなくても、Betterな日というのは、いっぱいあってもいいんじゃないかな。
だってボクは今、とても楽しい時を過ごしているのだから・・・・。
名雪「そういえば、この揚げたい焼き。どうするの?」
香里「それはもちろん、作った本人が責任もって始末すべきでしょ。」
秋子「そうですよね。」
祐一「もういちど・・・もういちご・・・牛と苺で、もーいちご・・・・くくくくく・・・・・。」
祐一が ジャムは嫌だと 逃げるので 1月7日は 揚げたい焼きの日 |
月宮あゆ |
あゆ「ボク、来年の誕生日が楽しみになったよっ」
秋子「そうですね。」
おしまい。